SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第89話 『幻の金属』探検隊(後編)

 西暦2024年6月5日、浮遊城第55層。(最前線63層)

 

『おお~っ!!』

 

 という男女3人の驚きの声がこだました。

 いったいどこにこれだけの量のアイテムを格納していたのか、辺り一面にはごちゃごちゃと簡易式の日用品が転がっていた。

 野営用の大きなランタン、一家が丸ごと囲って使うような鍋、火の確保にも運用できる火起こし機一式、真空パックのような袋に閉じ込められた綺麗な水、新鮮さには欠けるものの水分を飛ばした保存食、マグカップに見立てたお椀がいくつかに本物のマグカップが2つ、カラフルで中身が謎な缶詰め4つ、それら缶詰めのタブも開けられる便利な7つ道具に、見当もつかない小袋が3つ。

 本気具合に呆れるとはこの事だ。

 このキリトとかいう男にとって、日夜攻略に励みレベリングを行うことは生きていることそのものらしい。とやかく言うつもりはないが、この没入っぷりには純粋な心配と忌避感(きひかん)が生まれてしまう。

 しかしそのおかげで、今夜は俺達もメシと寝床に困らないのだから皮肉なものだ。

 

「まあ見てなって」

 

 と言って、キリトは自慢の『日用品』をあらかた見せると、手慣れた手つきで火を起こし、そこへ鍋と水、いくつかの具材を乱暴に投げ込んだ。鍋の横に何かの(もと)が置かれていることから、どうやら食後にスープのようなものまででるらしい。

 すぐにハーブを溶かしたような香りが充満し、冷えた体を暖めてくれる熱源が4人を包み込む。

 ところで、《料理》スキルを獲得していないキリトだと、具材の質や調理器具の性能だけでは味をカバーしきれず、どうしても時間が必要とのこと。食事が始まるまでの数分間は、保存食を片手に雑談をする運びとなった。

 

「蟹みたいな甲殻類と草食系ドラゴンの肉、レタス代わりの野菜に、前線に生えてたキノコか。適当に有り合わせを突っ込んだメシにしては上々じゃねぇか」

「ホントそれよねぇ。あたしなんて、キリトが壁を走り出したりロッククライミングしだした時は『あ、もうこの人ダメだ』って思っちゃったわよ。あれで脱出とかムリムリ」

「おいヒドイな。俺だって前線でソロやってるんだから、どんな状況でも対処していかないといけないんだよ。それにあれはデタラメ言ったんじゃないぞ? 充分な助走距離と舗装された地面があれば、こんぐらいちょちょいと登れたのに……」

「あ~話変えて悪いんだけど、こう干し肉に食いついてると酒飲みたいわねぇ。ないの?」

「え、アリーシャってハタチ越えてんの?」

「やぁね~、女の子にトシ聞いちゃダメでしょうジェイド。でも若く見られてたなら嫌な気はしないかな~。あ、あと今は越えてるよん」

「(絶対普段飲んでたろこいつ……)」

 

 でなければ酒との相性を知っているはずもない。ちなみに俺も15ぐらいから飲んでいた。

 と、そんなこんなで話し込んでいると、鍋の近くに浮いていた小さなウィンドウからポーン、と音が聞こえ食事の時間が到来したことを告げた。

 鍋から蓋を取り除くと、グツグツと煮えたぎる食材が食欲を()き立てる。

 ドラゴンの肉は元々小型だったのか可食部は少なそうだ。しかし甲殻類の殻の中にはぎっしり白身が詰まっており、皿によそったその瞬間から旨さの質量を実感できた。しかもいいダシになっている。

 一通り盛り付けが終わると、全員が「いただきます」と手を合わせた。スプーンという若干食べ辛い食器しかないのが残念だが、それでも空腹に耐えていた面々は会話も途切れ途切れにガツガツと頬ぼった。

 こういう状況下だとお上品な方々は苦労するだろうな。と、内心お節介をやきつつ手を動かす。

 

「うっめぇ! くぁ~染みる~。あったけ~でも火傷した~ッ」

「あははははっ」

 

 家にも帰れないというのに、なんとも平和な会話だった。

 食事が終わると、また談笑タイムが訪れる。

 特にリズは攻略組ではないので、俺やキリトから聞かされるほとんどのエピソードが初耳だったらしい。かなり懐かしげのある話もしてやったが、どれも楽しそうに聞いてくれた。

 逆にキリトには《リズベット武具店》がどういった経緯でリズの手に渡ったのか、その波乱の道中を説明するとやけに納得したような顔をする。

 

「なるほどなぁ。KoBがガラにもないトーナメント大会を開いて、しかも優勝商品がキスだったのはそういうことか。というか、リズの金を奪った奴の顔は知れてるんだろ? なんなら俺が見つけて取り返しにいってやろうか?」

「う、う~ん……その気持ちは嬉しいんだけどね。けど、その相手って言うのが……結構ヤバイ奴らなのよ」

「いやキリトに伏せる必要はないぜ。つか、リズよかよっぽどかインネン深い相手だ」

「因縁深い……ってまさか、ラフコフか!?」

 

 瞬時に顔を伏せたリズを見て、キリトはすぐに理解したようだ。

 《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。アインクラッド史上初にして最大、最悪の殺人者集団(レッドギルド)。俺やキリトは切っても切り離せない存在である。

 ロムライルがリーダーをしていた頃のレジクレを鏖殺(おうさつ)しようとしただけではない。ケイタを殺した組織であり、邪悪の原点。

 その後も《レッドギルド宣言事件》や、個人的にミンストレルやタイゾウに狙われたこともある。しかも、つい最近起こった《圏内事件》においても彼らは暗躍していた。ここでも俺は、キリトと共に寸でのところで彼らを撃退している。

 俺達は撃退に成功したからまだいい方だ。

 しかし、失敗した場合は聞くに耐えない。

 奴らは理性を完全にコントロールしたうえで、それでも殺す(・・)のだ。

 

「1人で殴り込みは確かに自殺行為だな。アジトを掴むのだって苦労してるし。情報屋が寄ってたかっても見つからないんだろ?」

「ああ、アルゴを筆頭にな。でも、見つかったのは特にマークしてたわけでもない弱小オレンジ集団のみ。戦果はほぼナシだとさ」

「…………」

 

 とそこで、明らかに口数の減っているアリーシャに気づいた。

 彼女はラフコフに加盟していたことがあるのだから、とても手の平を返せる心境にはない。今の彼女にできることは安全な外野からとやかく言うことではなく、罪を晴らせるよう黙々と善行に基づくことだけだ。

 同じく表情に影を落としたことに気づいたリズが(いたわ)る。

 

「アリーシャさんが気にすることじゃないわよ。半年以上も前、あーいう人達と縁を切って、それで初めからやり直してるんでしょ? だったらもういいじゃない」

「リズの言う通りだぞ。俺もホラ……例の地下で疑似パーティ組ませてもらったろう? あ~っと……そう、あの時あんたの目を見てその、いろいろ気づかされたよ。なんかこー生きようとする力的な」

「(キリトは話ややこしくするから黙ってなさいよ!)」

「(ゴメン、ごめんってば!)」

「……うん、ありがとね2人とも」

 

 アリーシャはキリト達の気遣いに軽い感謝を寄せたが、表情は暗いままだった。

 そしてそのまま、俺の危惧していた心配事を口にする。

 

「けどアタシがよくても他の人は。……ラフコフを裏切る時、ジェイドを助けるためだけに行動したわ。でも……あとでよく考えれば、ラフコフそのものを終わらせられたんじゃないか、って思うのよ。裏切り方をもっと工夫すれば、今も頻発してる犠牲者を止められたんじゃないかって」

「おう、どうでもいい悩みだな」

「ちょっとジェイド!」

「だァってろ。いいかよく聞け。あの時は俺だけじゃなくて、ロムライルを含むレジクレ全員分の命を救ったんだよ。4人だぜ、4人。おいおいどこの英雄さんだ、よくばりな奴め」

「……運が良かった、だけよ……」

「運じゃねぇ、アリーシャの実力だ。俺ができなかったことを、あんたがやったんだ。しょげてないで誇ってくれよ……でなきゃ俺がムナしくなる」

「ジェイド……」

 

 何のことはない本心だ。天地がひっくり返っても俺では成し得なかった偉業を、この金髪美人のネーチャンが血ヘド吐く思いで成し遂げた。ならば他にある甘美な可能性に目を眩ませても仕方がないはずだ。元より隣の芝生なんて青く見えるものである。

 元犯罪者のアリーシャとしてではなく、現レジクレメンバーのアリーシャとして、今まで積み重ねたことにもっと誇りを持ってほしい。精一杯今を生きているからこそ、彼女は誰よりも格好いいのだ。

 

「よっし、じゃあジェイドが上手くまとめたところでこの話は終わりだ。もう日付変わるから、そろそろ明日に備えるとしようぜ。……そこでだ、少し聞きたいんだけど、寝袋かそれに準ずるアイテムを誰か持っていないか?」

「う~んあたしは持ってないかな。まず外で寝るって行為が初めてだから」

「リズは仕方ないさ。だって職人クラスだからな。前線で野営なんてもってのほかだ。そこのお2人さんは? ……ああ、ジェイドはないんだっけ……」

 

 俺が首を横に振ると、アリーシャもそれに(なら)って首を横に振る。

 こちらはギルドホームを買ってしまっているのだから期待されても困るが。

 

「俺だけか~……。ううむ、じゃあ仕方ない。この2つは女性側に使ってもらうとしよう。それでいいよなジェイド?」

「ちょっと待って!」

 

 俺がしぶしぶうなずきかけたその時、リズが鋭い『待った』をかけた。

 

「そのなに、シュラフみたいのってさ……わりと幅広で大きいじゃない?」

「うん……」

「まぁそうだな」

「これならその……キリトとか入れるんじゃないかって思うんだけど」

『うんッッ!?!?』

 

 ――うむぅぅうっ!?

 同じ寝床に、キリトが、入れる、だと。

 

「(え、リズはそれでいいのか!? こいつピンクな髪してウェイトレス姿でとんでもないこと言い出したぞ!? そういうお仕事でしたっけ!?)」

 

 俺は心の中で大いに錯乱していた。

 当のキリトはというと、口を半開きにした状態で顔を真っ赤にし、さらに困り果てればいいのか、素直に喜べばいいのか、よくわからない奇妙かつ器用な表情を作っていた。

 完全に寒さ以外で固まった空気に気づいたのか、自分の言葉を脳内で反芻(はんすう)してから遅まきに過ちを悟った。

 

「ちょっ、ちょォおおおっ!? 違うからねキリト!? 誤解されるようなことがしたくて言ったんじゃなくて!!」

「ごご誤解されるようなコトォっ!?」

「ちっがーーーうっ!!」

 

 涙目になったリズの凄まじい否定からやっと事態呑み込めてきたのか、ようやくキリトと意思疏通が円滑に進んだようだ。

 どうやら自分と同じ寝袋に入ってほしかったのではなく、キリトの細さなら男2人でも入れるのではないかという提案だったらしい。

 確かに防具を解除すれば可能だろう。女性2人は当然のごとくすっぽりと入る大きさだったし、寒さに弱い俺が薄い毛布1枚で寝なければならない現実に絶望していたことから、その意見は大変ありがたい。季節的には初夏だったので、厚手の服を用意していなかったのだ。

 とそこで、事態が収集しかかったという平和の兆しに戦犯が現れてしまった。

 そう、アリーシャの奴である。

 

「いやこの際だからさ! 男女2人で一緒にネちゃわない?」

『えぇえええええっ!?!?』

「リズもそれを望んでるわ! そうよね!?」

「え、えぇっと……それは、そのっ!?」

 

 ――頬を染めていないで反論しろリズ!

 それにしても、何を言い出すのだろうこのアバズレは。今ようやく話が収まりかけていたところに、まったく!

 

「2人……2人……ダンジョ……フタリ……」

「く、惑わされるなキリト! こいつは昔からダイタン発言して周りを困らせてんだよ! 本気じゃねェから負けるな!!」

「アタシは本気よジェイド! よく言うでしょう、本気の恋も既成事実から!!」

「死ぬほどイヤな格言だなオイッ!? ゴロ悪ィしよく言わねェよッ!!」

 

 突っ込みが追い付かない。

 やむを得まい、本日ばかりは強行手段に出るとしよう。

 

「チッ、こうなりゃ仕方ねェ!! おいキリト、こっちでさっさと寝るぞ!!」

「俺がジェイドと寝るネルネぇ!?!?」

「壊れんなッ、そういう意味じゃねぇ!!」

 

 結局、2つの寝袋に男2人と女2人を割り当てるという、一般人ならごく自然な組み合わせに辿り着くのに30分もかけてしまうのだった。

 

 

 

 そしてそれぞれの寝袋に潜り込んでしばらく経過した深夜0時30分。

 事件は起きた。

 

「あ、ヤバい。アタシ寝れないかも」

「頼むアリーシャ、マジで寝てくれ!」

 

 そう、戦犯がまだお休みになられないらしいのだ。夜は長い。ここで終わりだと思っただろう? しかしそうは問屋が卸さない。

 事件名、《夜は長いぜ第2ラウンド大事件》だ。

 真っ暗な空間にはアリーシャの声だけが響き渡る。

 

「……あァん、シーツの中蒸れるぅ~」

「……ぷふっ……」

「…………」

「アタシらの胸が合わさってぽよぽよ~」

「ぷ……くっく……」

「……ッ……」

「あ、ジェイドとキリトがくっついて寝てると絵になるかも」

「ぷはぁ! アハハハハっ! ダメ、笑い死んじゃうっ! アハハハハハ!」

「がァアアー!! 明日寝不足になっても知らんぞあんたらァーッ!!」

「ジェイドうるさい。耳元で叫ばないでくれ」

 

 そんなこんなで、俺達4人組の楽しげな会話が途切れたのは、そこからさらに2時間以上もたってからだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

「(う、ん……あぁ……)」

 

 眠い。それも非常に。

 眠いというのに、光の筋がまぶたの裏から目を灯す。しかも頭の中にはけたたましいアラームまで鳴っていた。

 

「(うぅわ、まぶし……もう朝か……? あ~、頭ガンガンする……)」

 

 それもこれも完全に寝不足のせいであり、また同時に寝不足なのはアリーシャとリズのせいだ。まったく、途中からリズもノリノリで参戦してくれたので、結局寝られたのは午前3時前というとんでもない時間になってしまった。

 寝溜めや食い溜めができたソロ時代ならともかく、今は当時に対してブランクが長すぎる。それに起床時間だってこんな朝早くからではなく、もっとゆっくりゆったりしていたものだ。

 そう、こんな午前6時とかいうふざけた時間では……、

 

「(午前、6時……? で、なんで起床アラームが鳴ってんだ……?)」

 

 そして俺は気づいてしまった。

 隣で寝ていたキリトの服が少しはだけていることに、ではない。それも今後の俺の貞操概念上超重要なことではあるが、今は寝相が悪かったのだと無理やり納得するしかない。

 それより注目すべきは『寝ていたキリト』の部分だ。

 今は起きている。こんな時間に、俺と同時に目が覚めた。

 

「あァ? なっ、おいこれ!?」

 

 起床アラームではない!

 

「おい全員起きろ!! アリーシャ! リズを端っこまで運んどけ!!」

「えっ? ふえっ?」

「寝ぼけてるヒマねェって! 来やがった! なんか知らんけど、ドラゴンが今になって攻めてきたんだよ!!」

 

 バサッ!! バサッ!! と空の景色を埋める空想上の生き物。《山の白竜》として、そしてシステム的にもクエストボスとして、昨日激しく対決したモンスターが上空から迫ってきていた。

 起床アラームではなく、《索敵(サーチング)》スキルの接近警報。

 だからこそ俺とキリトはほぼ同時に、しかも中途半端なタイミングで目を覚ましたのだ。

 とそこへ……、

 

「ね、ねぇジェイド!!」

「あァッ!? ジョーダン言ってる時間はねぇぞッ!!」

「違うわよ!! これっ! 端っこの方に見たことのない金属素材(インゴット)が落ちてたんだけど!! これって『アレ』じゃない!?」

 

 あれ、とは言うまでもない。俺達が探し求めていた《貴重金属素材(レアメタルインゴット)》だ。

 なんとまあ、運がいいのか悪いのか。アクシデント続きで内蔵にダメージが入りそうな最悪なコンディションになって、ようやく探していた金属が見つかるとは。寝込みを襲ってきた畜生クエストボスドラゴン様々だ。

 

「うわっ、また氷ブレスか……それにしてもキリトよォ! こりゃいったいどうなってんだろうな! 確か水晶食ったドラゴンが腹で精製する金属って設定だったろ!?」

「腹で精製……そうか! そういうことだったのか! その設定は間違っちゃいないぞ! 胃に眠ってるんじゃなくて、排泄物として出してたんだ!!」

「うわっ! なんか男子が下品な会話してる!」

「下品じゃねぇよ! っておいこら捨てんな!! つかこれよォキリト、それならここは落とし穴じゃなくてドラゴンの巣だったってのか!? ここに攻めてきたのは、俺らを見つけたからじゃなくて……」

「ああ。そもそもさっきから言ってる『攻めてきた』ってのが間違いだな。夜行性のドラゴンが、単に活動を終えて巣に帰ってきただけなんだ!」

 

 なるほど面白い設定だ。並列して面倒くさい設定でもある。

 わざわざ見つけ辛い小屋に住ませた老人の、これまた長ったらしい昔話を聞いたうえで、発生したドラゴンとは何の関係もない罠エリアの奥に金属を埋めて隠すとは。本当に嫌らしすぎるだろう。

 おまけにロープを伝って底まで降りてきたわけではないので、俺達4人は今からこのドラゴンを討伐しなければならないときている。

 

「カッコよくご登場したとこ悪いが、とっととブッ倒しますかね!!」

 

 必然的に高度を落とし鉤爪で《斬撃(スラッシュ)》属性の攻撃をするフォールドラゴン。そんな巨体に真っ正面から突撃した直後だった。

 

「待てジェイド、もしかしたら倒さなくてもいいかもしれない! おいリズ! インゴットはいくつ見つかってる!?」

「えーと、あ! また見つけたわ! これで5個目!!」

「よしよし、上等だ。おいジェイド! ドラゴン利用して脱出するぞ!」

「ドラゴンを利用!? って、ああ、なるほどなァ!!」

 

 壁に向かって走り出したキリトから俺もメッセージを受けとる。

 俺も急いで壁へ向かっていた。

 雪上だとこれほどスピードがでないものかと舌打ちする。足場がしっかりしていれば壁を登れるとのたまったキリトの発言にも、少しばかりうなずいてしまいそうだ。

 それでも俺は、目一杯足を動かし地を駆けた。

 ドラゴンが後ろから追随(ついずい)する。

 巨大な足が俺達を踏み潰そうと迫り、極低温の吐息がそばを掠めていた。

 だが、止まらない。加速する。

 アリーシャが猛進する俺に驚いたのか「えっ? なになに!?」と慌てているが、俺はそれを無視して手をがっしりと握る。そのまま手前へ引くと、筋力値が叩き出せる限界の筋力でジャンプした。

 世界が、スローモーションのように減速する。

 

「きゃあァアアあっ!?」

「ぜってェインゴット離すなよアリーシャァ!!」

 

 空中で壁に激突する寸前、俺は《ガイアパージ》を逆手に持ち直しながらさらに壁を蹴って方向転換。キリトもリズを抱えて俺と同様の行動をした。

 ――やっぱそれだよな!!

 示し合わせたわけでもない作戦が一致したことで、いよいよ最終段階に入る。

 チャンスは1度きり。俺は全神経を右手に集中させた。

 そして、接近するドラゴンの背中にゴガァッ!! と大剣を深々と刺し込む。

 

『グルァアアアアアアアアッ!!』

 

 大音響が響いていた。

 フォールドラゴンの痛々しい叫び声だ。

 俺とキリトは突き刺した剣をがっしりと握り込み、もう一方の手でそれぞれアリーシャとリズを掴んだまま、体勢を維持することに集中する。すると、文字通り手も足も出ないドラゴンはひたすら翼をはためき続けた。

 結果的にその場にいた全ユニットが急上昇し、80メートル以上もあった落とし穴の入り口がみるみる近づいた。

 

「速い速い怖い高い!!」

「しがみついてろ、アリーシャ!!」

 

 弾丸のごとく空中を疾駆(しっく)する。

 しっとりとした冷気が遠慮なく顔面を叩くと、寝起きの朦朧(もうろう)とした意識が吹き飛んだ。

 そして……、

 

「出たァあああ!!」

「だっしゅーーつ!!」

 

 地平線から昇る朝日が4人を包み込む。

 ぽっかりと空いた落とし穴を眼下に見下ろせる状態で、それぞれが思い思いに叫んだ。

 そしてしばらくすると、ドラゴンの飛翔角度が変わって高度数十メートル地点で俺とキリトの剣が同時に背中から抜けた。

 落下開始。

 耳が切り裂くような風の音をガンガン拾い、その他の音が完全に遮断されてしまう。しかしアリーシャと手を繋いだままお互いに目を合わせると、どちらともなく笑いこけてしまった。

 今日は……正確には昨日と今日は本当にいろんなことがあった。

 きっかけはアルゴに面倒事を押し付けられただけに過ぎないが、そのおかげで普段は見られないアリーシャ達の本音が垣間見えた気がしたのだから憎めない。

 

「(丸1日ツブれちまったけど……まーなんだ、楽しかったからいっか……!!)」

 

 そんなことを素直に思える、気持ちのいい朝だった。

 …………。

 …………。

 …………。

 がしかし、それとこれは別。高度上空から投げ飛ばされた俺達は、残念なことにメッチャ落下中だった。

 

「って、これヤバいってェーー!!」

「受け身受け身ぃ!!」

 

 バッフゥッ!! と2人同時に地面に激突すると、そのまま俺とアリーシャは揉みくちゃにされながら緩やかな坂をゴロゴロとくだり続けた。

 どうやらキリト達もセットでどこかへ飛ばされたらしい。

 10秒も転がってようやく停止。ちなみに俺の顔に当たる柔らかい感触――防具を外しているので昨日より生々しい――は考えないようにしつつ、落下地点から相当離れてしまった。

 ゆっくり視線を戻すと、そこには仰向けの俺に馬乗り状態になっているアリーシャがいた。

 

「あ……アハハ。なんだかこれ、噴水の前でもあったよね」

「ん……ああ~……あったなそういや。あれはアリーシャに初めて会った日の夜だっけか」

「うん……」

「まぁ好きな場所だったから、たまにはあそこにも戻ってみるのもいいかもな。……それより早く退いてくれないか? 上に乗られると重いんだけど……」

「うわぁ、重いって言った。キズ付く~」

「まったく……」

 

 雪の上に寝転がったまま、俺達は息も絶え絶えにそんなジョークを交わしていた。

 それにしても、おふざけが過ぎるようなら凝らしめてやらねばならないか、などと思っていると、体中雪だらけのアリーシャは静かに……そして震えるように(つぶや)いた。

 

「こんだけやっても……ジェイドの気持ちは変わんないんだよね……」

「は……はい? どゆ意味?」

 

 違った。震えるように、ではない。はっきりと震えていた。

 突然どうしたのだろうか。

 ニュアンスだと『哀しみ』だろうか。それとも悔しさ? ダメだ、全然わからない。昨日の夜からこれほど楽しくいい雰囲気だったというのに。

 俺の胸に顔を(うず)め、彼女はなおも噛み締めるように言葉を漏らす。

 

「ごめんね……ダメだってわかってるのに……もう抑えきれないの。もう無理なの……」

「だから……なにがさ……」

 

 こんな時にも《サーチング》スキルの反応圏内に敵はいないかとか、目標を失ったドラゴンがこちらに気付かないかなど。状況とは関係のないアホ攻略脳が邪魔をする。

 ……いや、こんな時だからこそだろうか。

 考えたくないことを、その場凌ぎで放棄するのは俺の悪い癖だ。

 アリーシャはギュッ、と防具を掴むと、いきなり溜まり込んだ感情を吐き捨てた。

 

「会った時からじゃないけど……ッ。どんどん、強くなって……無視できなくなって……この気持ちは本物なの……!!」

 

 あるいはそれは、いきなりではなかったのかもしれない。

 

「あなたはっ……クズなアタシを、簡単に認めてくれて……!!」

 

 ずっと、ずっと、叫んでいたのだろう。

 俺はそれに対し、聞こえない振りをして耳を塞いだ。

 生きた心地もしないまま、《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》で生きてきた忍耐。想いをぶつけることもできず生かされた苦痛。

 

「ラフコフ抜ける時、やっぱりアタシは自己中だったよ! ジェイドのことしか考えてなかったもん! ギルドの仲間を助けたのも……彼らが死んだら、あなたが困るだろうって思っただけ……ッ。だってアタシ……あの時から……!!」

 

 死ぬほど辛い想いをさせて苦しめ、()きむしりたくなるような葛藤を押し付け、平気でのうのうとしてきた罪。

 もう誤魔化すことはしない。聞いたうえで、決める。

 今、心の中でその覚悟が決まった。

 そして……、

 

「ずっと好きだった!! 誰より大好きなの……忘れらんないよ! 割りきれないよ……負けたからって!! ずっと一緒にいて、こんな屈辱……ないよ……っ」

「アリーシャ……」

「あんたを奪った女が……世界一の親友なんて……。アタシどうしたらいいのよ……悔しいのに……悔しくて、寂しいのに……もう言い訳しきれないの! みんなを指揮するあんたを見て、たまに見せる優しさを感じて……無理だってわかると、距離を感じると……余計に気持ちがふくらむのよ……ッ」

「…………」

 

 長い金髪が垂れ、表情を隠す。だがはっきりと、アリーシャが泣いていることはわかった。

 泣かせたのは俺だ。

 正直、涙を(したた)らせた顔で「好きだ」と言われた瞬間、俺の心臓は現金にも跳ね上がった。戦いの中で感じる高揚感より、もっと激しく躍動した。

 直前に告白されることを感じ取っていたはずなのに。例え彼女を傷つけるようなことになっても、この気持ちだけは揺らぐまいと決めたのに。

 飾り気のない本心。その剥き出しの情動(じょうどう)が、俺の用意した『無難に拒否するセリフ』を全部吹き飛ばした。

 俺もそれに答えなくてはならない。

 キザったいセリフを捨て、本心でぶつからなければ永遠にこじれてしまう。

 

「その気持ちは……すっげぇ嬉しいよ。あぁ、その……ガマンさせてたんだな」

「……うん……」

「悪かった。けど、俺は……ヒスイが好きなんだ。アリーシャじゃなくて、ヒスイが……」

「……う、ん……っ」

「ごめんな、マジで……くはっ……すっげぇ嬉しくて、信じらんないぐらいなのに……応えられないんだ。あいつがさ、俺に応えてくれたから……」

「……う……ぅ、ん……」

 

 泣き方に嗚咽(おえつ)が混じる。一向に上げようとしない顔は酷いことになっているだろう。

 それでも、なお。

 

「好きなの……に……。こんなに、好きなのに……それでもダメ、なの……」

「…………」

「アタシが……最初だったら……先に好きだって、言えば……」

「……好きになってたかもな。……けど、それはズルいぜ。なあアリーシャ、ちょっとこっち向いてみろ」

 

 仰向けのまま、俺は跨ぐアリーシャの顔を両手でむんずっ、と掴むと、半ば強引に向かせた。

 ポロポロと頬を伝う涙を拭き取ってやると、その両目をはっきりと見つめて言う。

 

「アリーシャ、俺の気持ちは変わらない。けどもし、その事が辛くてギルドにいられないって言うなら、俺は止めない。気持ちがはっきりしたんだからな。ギルドを抜ければ、新しい恋が見つかるかもしれない……」

「……ジェイドは」

「でも! できればっ! ……抜けてほしくない。……ハハ、マジで勝手なこと言ってるよな。けどさ……アリーシャを、この世界から出す約束をしちまってる。俺が刻んだ、自分ルールだ」

「うん……」

「だから、できれば……やっぱできなくても! アリーシャには共にいてほしい!」

 

 優柔不断男の最悪の頼み事。

 俺はヒスイを愛し、俺への恋心はきっぱり忘れて精算し、それでもなお俺のわがままに付き合って隣にいてほしい、なんて。自分が赤の他人なら鼻で笑ってしまいそうな要求だ。

 それを、誠心誠意クソ真面目に頼み込んだ。

 それを聞くアリーシャはポカンとしている。ここまで自分のことしか考えていない男だと知れると、その反応こそまっとうなのかもしれない。

 と、諦めかけたその時。

 

「あ……お、い……アリーシャ?」

 

 何かにケジメを着けたような、そんな割りきった微笑を浮かべたアリーシャが。

 

「……!? ッ……!?!?」

 

 思いっきりキスをしてきた。

 キス、である。間違いなく。

 彼女が顔をあげても、長く触れあった唇だけが熱を持ったようにいつまでも熱かった。

 さらにアリーシャはゆっくりと深呼吸をし……、

 

「よしっ!!」

「あ、アリーシャ……?」

「……うん、ムリ言ってごめんね。このままギルドに残ってほしいなんて、本当ならアタシから頭を下げて頼むことよ。だって超前科持ちでしょ? こんな不良物件を買ってくれるお人好しなんて、早々見つからないわ」

 

 ガラにもなく早口だったが、意図だけは理解できた。

 

「じっ、じゃあこれからも!?」

「ええ。アタシはずっとこのギルドに尽くすわ。だからね……さっきのは忘れてほしいの。キスしたことも。……もう、アタシはあんたを忘れるから。気遣って優しくするのもダメよ? アタシの恋は、ここでお終い。……あんたの言う通り、いい加減新しい恋を見つけなきゃね!」

 

 涙を拭き、やっとアリーシャが笑ってくれた。

 彼女には辛い想いをたくさんさせていたのだと思う。他人の気持ちに鈍感で、押し殺させた想いの丈を平然と強いてきた。

 だが、これからも俺と来てくれると言う。

 今日この瞬間がなければ、いずれレジクレが崩壊していたかもしれなかった。その前にアリーシャの本心を聞け、そして整理をつけさせた。もしかしたら、これこそが本当の収穫だったのかもしれない。

 

「そりゃいい目標だ。……じゃあ、そろそろ帰ろっか」

「……うん!」

 

 そこにようやくキリト達が駆けつけ、お互いに無事を確認した。目が赤い理由を誤魔化すのに苦労したものだ。

 そしてドラゴンが巣穴に戻って行くのを見届けてから、俺達は失った2つ分の寝袋を惜しみつつ雪山を後にするのだった。

 

 

 

 ここからは後日談である。

 

「いやぁ、一時はどうなるかと思ったよぉ。あの高さから落ちてもぉ、案外平気なんだねぇ」

「いやいや、んなことはねぇぞジェミル。聞いて驚け、あの一瞬で壁を利用しながら減速してな。あと俺のカレイな着地術があったから助かったんだ」

「も~冗談じゃ済まされないわよ! あたしホント気が気じゃなかったんだからね!」

「あ、ああ……悪かったよ」

 

 ヒスイにこれだけ心配させておいて、自分はアリーシャとあれやこれやがあったのだから、じわりと罪悪感が押し寄せてくる。

 しかし、ふとアリーシャと目が合うと、その意思を受け取るようになるべく普段通りヒスイをなだめた。手に入れた《貴重金属素材(レアメタルインゴット)》を使って彼女の新しい武器を揃えたことなど、そげとなく話題をずらしていく。

 彼女もどうやら振りきったようだ。

 今ではヒスイに対しての過激なスキンシップが復活して、前と変わらないようなキワどい声が響いている。

 ――うむ、ヒスイの可愛い声はやたらと聞かせたくはないけどな。

 

「(にしてもアリーシャ、マジでありがとな……)」

 

 その背中にひそかに感謝しておいた。

 彼女がいたから今のギルドがある。願わくば、この形が末長く続きますように。

 

 

 

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