SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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カルマレスロード1 復讐計画(ヴェンジェンツプラン)

 西暦2024年8月3日、浮遊城第66層。(最前線68層)

 

 あの日から、3ヶ月と少し。

 ユウコが死んでからは9ヶ月と少し。

 グリムロックは1度、自身の生き様について見つめ直した。

 ユウコとの関係。彼女の判断、発言、行動。そういった諸々(もろもろ)を客観的になって捉える時間を割いた。

 僅かだが、以前よりはっきりしてくる。グリムロックは1度も裏切られたことはなかった。幻滅、見捨てられる、なんて考えは自分の被害妄想で、彼女は常にグリムロックを重んじた決断をしていた。

 つまり。

 複数の少年少女から突きつけられたことは、真実だったことに他ならない。打ち負かされたグリムロックは、(ハナ)から敗者だった。

 

「(今さら気づかされるとはな。……いや、きっと気づいていた。目を背けたけだ。ゆえに私は、ここにいるのだろう……)」

 

 枯れた草木。骨の浮かぶ死骸。それらを踏み抜き、深夜の暗いフィールドに現れた、膝まで垂れるぶかぶかの黒い艶消しポンチョに、フードをかぶった大型ダガー使い。

 

ユリウス(・・・・)。調子はどうだ」

 

 その男は、グリムロックを相手に聞きなれない名前で呼んだ。

 

「変わりありません。しかし、いいんですか? 相手はまだ和平を信じています。大変な反感を買いますよ」

「ハッハッハ、皮肉が言えるようになったな。構うな。むしろいい宣伝になる」

 

 雑談に近い軽さで会話しているが、その内容は『人をどう殺すか』の段取り決めである。標的となったメッセンジャーの男は、最近過激な活動を繰り返す《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に真摯に向き合い、勇気を振り絞って諧話(かいわ)の印を交わしに来た。

 まだ間に合う。悪さをやめて、協力し合ってこの牢獄から抜け出そう、と。

 しかし現実は理不尽だ。PoHにその気は一切なく、ノコノコとやってくる哀れな羊をどう調理するかしか頭にない。

 

「今回、リスクのない狩りです。殺す前に彼の名前をもらってもよろしいですか?」

「名前? ……ああ、以前から言っていた件か。構わんさ。お前は今日から名実共に『ユリウス』だ」

「はい。ではすぐに《ネームチェンジ・クエスト》を受ける条件を追加しておきます。……今度はどんな趣向で?」

「クックック、毒だ。毒沼でトレインさせる。この時間帯、包囲が済めば逃げ場はない。死ぬまでの時間(スコア)で賭けもする。お前も出ろよ」

「ええ、ぜひ。では、合流の位置は調整しておきます」

「ああ。抜かるな」

 

 《ラフィン・コフィン》永遠のトップ。

 殺人の先駆者PoHはまた闇に消えていった。獲物を定期的に(みつ)ぐ身とはいえ、グリムロックには上層幹部の定住位置など重要な情報は知らされていない。

 しかし、それも今日まで。誘導任務をこなし殺戮ショーが無事成功すれば、晴れて参謀としての実力が認められる。立場としてはシーザー・オルダートの直属の部下となる。

 グリムロックがラフコフ内の序列を駆け上がる快進撃は、2ヶ月前から留まるところを知らない。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 2ヶ月前。これは、グリムロックがラフコフと接触する前の自叙詩である。

 その日の攻略範囲は真っ白な雪山の頂上にまで達した。深く柔らかい雪を踏み、片手でメガネをずり上げる。ソロプレイヤーと化したグリムロックは、モンスター出現区域では一切気が抜けず、加えて長期的に立て籠るあまり疲弊(ひへい)しきっていた。

 もっとも、悔いはない。自分で選択した道だ。

 寒さの方が問題である。55層のフィールドは超がつくほどの極寒地帯であり、まさに本日も6月の気候ではない。いくら防寒具を着ても足りないぐらいだった。

 グリムロックは無意識にコートの襟を引き寄せるが、震えながら乞食(こじき)のようなことをしていると、今にも凍餒(とうたい)しそうな薄幸のヒロイン気分を味わわされる。

 もちろん、ヤケになって極寒地で野営したのではなく、目的がある。

 見届けるのは雪山の山頂付近にある、ぽっかりと口を開く大穴。

 

「(結局、一夜が明けたか……)」

 

 小さなため息。もはやまともな睡眠はとっておらず、効率的なレベリング時間を失ったことだけが惜しまれる。

 55層にある『レアな金属素材』という噂にそそのかされたが、見つかったのはキリトやジェイドを含む、少数の攻略組パーティのみ。きっと目的は同じだろう。

 さらに、彼らはグリムロックを攻撃する口実がある。先に見つけたのは単なる奇跡だった。もっとも、幾層にも重なる広大なフィールドで鉢合わせたこと自体が最大の不運とも言える。

 と、そんなことを考えた折だった。

 

「先客がいましたか」

「ッ……!?」

 

 いきなり後ろから声をかけられた。

 驚き半分と、あっさり後ろをとられた警戒半分で、グリムロックはパッと後ろを振り向く。

 《隠蔽(ハイディング)》スキルは発動済み。仮に看破(リピール)されても、灰色の上着とトレッキングパンツはこの雪景色に溶け込んでいたはず。

 そして振り向いた先のプレイヤーは、暗い色のファーがなびくロングコートを着た男性だった。スリムな輪郭に若者らしいファッション。わずかな金属音から、インナーには防具を纏っているのだろう。声色も相当に若く、二十歳(はたち)に届いていないと感じた。藍色の髪、伸びた背筋、目も()んでいる。腰に下げる刀はグリムロックには手の届かない上等なもので、装備の充実性から類推するに実力は比べるべくもない。

 しかし。

 どこか虚ろとしていた。

 生きる意味を忘れてしまっているような、生気の感じられない表情。

 この顔を、どこかで……、

 

「……ッ!! きみは確か、《圏内事件》の時に、私が皆の殺害を依頼した……ッ」

「覚えてましたか。と言っても、1ヶ月ちょっとしかたっていませんけど。シーザーです、シーザー・オルダート。まあ好きに呼んでください」

 

 真面目に話しているのか、完全に見下しているのか。とにかく、男は肩をすくませて言った。

 

「あんまり怖がらないでくださいよ。グリムロックさん、でしたっけ? 今日はプライベートです」

「プライベート……?」

「ぼくらも手当たり次第じゃない。世紀末になってしまいますし、準備を怠った者から順に《黒鉄宮》でお寝んねしてるんですよ」

「……私を……殺さないのか……?」

「美学なき犯行は実に醜い。……それより、こんな雪山の山頂でなにを? この層には、日陰者にとってはおっかないKoBが在中していますし、言うまでもなく寒いですよ。それとも……さっきからチラチラ意識されている、あの大きな落とし穴が答えですか?」

 

 グリムロックが敵ではないと判断してか、シーザー・オルダートは警戒心もなくゆったりと近づいた。

 ラフにぶら下がった凶器がすぐそばに迫る。

 緊張で胸が張り裂きそうなほど圧迫されるなか、グリムロックは冷や汗を(したた)らせながら黙考した。言葉を間違えたら終わりだからだ。鎖に繋がれていない狂犬が最後まで大人しかった試しがない。

 とそこで、いきなりシーザー・オルダートが口を開いた。

 

「72時間単位で」

「……は……?」

 

 彼はグリムロックの反応を無視して語り出す。

 

「睡眠時間が10時間を切ると、目の下に隈ができます。汚れエフェクトの進行から、そのコートを着続けている期間は約3日。長時間のレベリングですかね。無意識でしょうが、手の組み方からあなたは右利き、腰に短剣。コートの揺れ方が左右で違う。裏にあるのは《閃光弾》かな? 足の向きが戦闘より逃走を意識している。……もしかして、ぼくがビーストテイマーと見破りました? 声をかけてから視線が斜度のある雪原(せつげん)と、岩場の続く道に1度ずつ向かった。挟まれた時の逃走経路ですか。その最適解を選別するため。違いますか?」

「……っ、な……か……ッ……!?」

 

 違わない。

 なぜ。

 恐ろしい。

 どうやって。

 グリムロックの脳内に危険信号が鳴り響いた。ほとんど話すことさえなく、この相手は情報を勝手に引き抜いた。

 確かによく見ると、向かいの面とは逆側に《使い魔》用のエサ袋にのみ使用される長紐が腰から垂れていた。しかしグリムロックは、彼がビーストテイマーであることすら見抜いていなかった。対して、シーザーなる男には戦闘スタイルから撤退作戦まで筒抜け。見事なコールドリーディングだった。

 

「……その……通り、です」

「まあ、そっちはいいです。あの大穴には何が?」

「……あるパーティをつけていました。ご存知でしょうが、キリト君とジェイド君たちです」

「ジェイドさんと、誰です……? そういえばぼくも、昨晩にリーダー不在のレジクレを見かけましたよ」

「その彼らです、下にいるのは」

「へぇ。落ちて死なないってことは、案外下まで浅いんですかね。やっぱり目当ては例の金属(インゴット)でしょうか」

 

 いつ気を変えて襲ってくるか怯えながらも、グリムロックはなるべく詳しく経緯を伝えた。

 しかし当の聞いている本人は終始退屈そうにしている。

 

「なるほど。脱出できないだけで、下にダンジョンが広がってるわけじゃないんですね。結局金属は見つからず、か」

「ざ、残念ですね。とんだ無駄足でした。では、私はこれで……」

「グリムロックさん」

「っ!?」

 

 しかし、その場を立ち去ろうとしたグリムロックを、シーザーは呼び止めた。

 ここで得た情報をすべて話し終えたはずのグリムロックは、それでもなお相手の言葉に従うしかない。

 

「な、なんでしょうか……?」

「……お話ついでに話題を変えましょう。今度はぼくからお題を出します。単刀直入ですが……」

 

 同窓会で久々に会った友達に話しかけるかのような気軽さで。

 彼はとんでもないことをはっきりと口にした。

 

「《ラフコフ》に入ってみませんか?」

「なっ……!? それは……どういう……!?」

「言葉通りの意味です。長いこと人間ウォッチングやっていると肌で感じるんですけどね、あなたみたいに『素養』がある人に声をかけて勧誘しているんです」

「素養……私に、素養が……?」

「そりゃあもう、たっぷりあります。中々できませんよ、『妻殺し』なんて。いろんな意味でレアですし。ふくくっ……」

「ッ!! く……ッ!!」

 

 危ない。

 一瞬、理性が飛びかけた。殴りかかりそうになった。

 しかし、攻撃すればその時点で人生は終わりだ。反撃ののちに秒殺だろう。だが今は、そんなこと(・・・・・)より、もっと大事なことがある。

 それは《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》なる悪の権化に仲間入りできるかもしれないということだ。彼らと同類になれるかもしれないという奇跡だ。

 ラフコフと肩を並べ、最終的にグリムロックの掲げた『復讐』を完遂させること。

 それが行動規準たる第1条件。そのためなら、汚点を侮辱されたことにも目をつぶれる。

 グリムロックは自然と饒舌(じょつぜつ)になった。

 

「彼女の件は……もういいんです。それより、私がラフコフに? ぜひともお願いしたい。1人じゃ不便をしていたところです」

「……ほう。大変結構な答えです。せっかくですので、何か目的があるならお尋ねしても?」

「それは……」

 

 言い(よど)んだ瞬間、雄々しい鳴き声と共に大穴からドラゴンが飛翔している光景が目に飛び込んできた。

 シーザー・オルダートの注意も今だけはドラゴンに移り、山頂付近に佇む我々2人のプレイヤーはさらに天を仰ぐ。

 『彼ら』だ。

 途端に《隠蔽(ハイディング)》スキルを発動させると、シーザーもごく自然な挙動で攅立(さんりゅう)していた適当な水晶の陰に身を潜めていた。繰り返し行われた練度を感じる、滑らかな動きである。

 

「ジェイドさんと……あれはアリーシャさんか。他にも2人。なるほど穴に落ちた時、ロープがなければああやって脱出するんですね」

「……隠していたわけではありません。本当に知らなかった……」

「責めちゃいませんよ。しかし、ふむ……復帰方法、トラップゾーンが竜の巣で、夜行性……つまり、インゴットは巣の中にある可能性が高い。簡単に見つからないわけだ」

 

 シーザーが瞬時に達した推論に驚嘆させられたが、グリムロックにとって新たな疑問が生まれた。

 

「……ずいぶん《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》に詳しいんですね。私は穴の底から煙が上がるのを見ました。これは火を炊いていた証拠です。クリスタルで脱出せずに夜営に切り替えた理由は、『使えなかったから』という推論が立つ。それを見ていないオルダートさんは当てずっぽうで来たのですか」

「リーダー不在のパーティを見た、と言いましたよね? そして、彼らは動揺していた。ゆえに、ジェイドさんはダンジョンに取り残されたままだった。簡単な推理です」

「…………」

 

 一理ある。そして話し方から、シーザーと彼らに因縁を感じた。きっとそれは事実だろう。だが、話さなかった時点で聞かれたくない(・・・・・・・)のだと読み取った。

 グリムロックはそれ以上言及しなかった。

 それに、希少なインゴットを手に入れる方法は今しがたシーザーの口から聞けた。あとは情報が出回る前にさっさとインゴットを回収して自己強化をすれば、それだけでここに来たことに価値が生まれる。

 懸念すべきは……、

 

「オルダートさん、3つほど聞いてもいいですか」

「なんなりと。お答えできる範囲なら」

「……今ここで加入する意思を見せれば、私もラフコフに入れるということになるのでしょうか?」

「はは、まさか。7日後の23時に50層主街区(アルゲード)の9番外ストリート南端に来てください。占い師NPCに扮した内通者がいます」

「主街区内でそんなことを……?」

「灯台下暗し、です。当然グリーンカラーに戻っておいてください。この紙が暗号文です。……解けたら占い師に合言葉を。《加入試験》の日時と開催場所を教えてくれますよ」

「…………」

 

 薄汚れた紙にいくつかの英数字。これを解くことが最初の試練なのだろうが、幸いこの暗号文とやらはグリムロックなら解けそうだった。

 

「2つ目です。加入の際に必要な物はありますか? 例えば、最低限のレベルなど……」

「いえ特に。ですがまあ、殺人ギルドに入ろうとしているわけですから、それなりの気概は持った方がいいかと。万全の体制で望めば今のあなたにもチャンスはある」

「わかりました……。では最後の質問です。《回廊結晶(コリドー・クリスタル)》を持っていないでしょうか?」

「ほう、また変わった質問ですね。ドロップするようになってからだいぶたちますし、前線に籠れば1つは手にするでしょう。現にぼくも所持しています。ですが、これは集団で使うもの。ぼくも近いうちにラフコフに献上するつもりでした。で、それをあなた1人がどう使うつもりで?」

「『命綱』です。我々には必須の……」

 

 その時点でシーザー・オルダートが笑い出す。

 

「あはははっ、気分だけはいっちょ前ってわけですか」

「逃げは攻めの一手にもなる。個人で扱いに困るコリドーも、使いようです。着目すべきはその応用性。先ほどオルダートさんは《加入試験》と言いました。私がラフコフに相応しいか試されるということですね? なら打てる手は……可能な限り打っておきたい。ここに10万と少しのコルがあります。できれば私に売ってほしい……」

「……へぇ」

 

 たったその一言だけだった。

 何かを悟ったのかもしれないし、詮索をやめる合図だったのかもしれかい。

 なんにせよ、シーザー・オルダートという犯罪者の頭脳役(ブレイン)は、相場に5万ほど足りない額であっさりとコリドーを引き渡した。

 元より手つかずのまま死蔵されていた、《指輪事件》で得た大金を惜しみなく開放しているグリムロックにとって、10万という損害額など些細なこと。しかも、白竜の巣穴に落ちているレアメタルインゴットですぐに帳消しにできる。

 

「期待していますよ。時にはネズミが、猫を食らう場合があるかもしれませんしね」

 

 取引が終わり、口だけ笑う彼が発したセリフはそれだけだった。

 立ち去る背中からはあっけなさすら感じる。

 

「(オルダートは本当に去っていったか。なんだったのだ……)」

 

 しかし考え続けていても仕方がない。残ったものは事実だけ。

 グリムロックはその日、ラフコフの正規メンバー化に向けて最大限の下準備をするのだった。

 

 

 

 1週間がたった。

 6月12日。曇り空が果てまで続くフィールドで、階層数は32。ここが決戦の場だ。初の《圏外村》、つまり《カーデット村》が出現した層である。

 50層でラフコフの『窓口』である男に《加入試験》への参加意思と、事前に受け取った合言葉を告げると、集合場所が書かれた小さな紙を受けとる。これが23時過ぎのことで、てっきり50層で試験をすると構えていたグリムロックは、ここまで徒歩で移動した。

 集合時間は深夜0時。現在時刻がその10分前であることから、のんびりはしていられない。

 と言っても、間際の時間にしか集合場所の情報を受けれない仕組みになっているのだが。

 

「(さて、ラフコフへの加盟は『復讐』の前提だ。絶対に成し遂げなくてはならない)」

 

 グリムロックは歩きながら決意を固めた。そのために人生をかなぐり捨てて自己強化に投資したのだ。

 ある少年はストイックなレベリングで強さに自信が付き、人助けをすることに生きがいを見つけた。その少年の良心に付け入り、クエスト報酬をだまし取ったことがある。

 ある少女は自分の容姿に陶酔(とうすい)していた。ゲームの世界、それも金をつぎ込んで成り立つ容姿と人気につけあがったが、対抗心に燃えていた別の女性の依頼で、無残にも素顔を晒して見返りとして大金を手にした。

 平和に暮らしていた、ある弱小ギルドがいた。彼らをフィールドに(おび)きだし、モンスターの習性を利用して死に際に追いやった。そして命を()う者達からアイテムを巻き上げた。

 言わば悪徳業に成り下がった何でも屋。

 どれもこれも『復讐』を完遂させるためであり、これらは序の口である。

 ラフコフに加盟できるだけの実力がいる。

 最終的にグリムロックは、ユウコが死んでから手に入れた『指輪の売約金』に手をつけ、当時驚愕の防御力と人気を博していた防具を購入して無双した。

 レベルに見合わない高価な装備を身に付け、性能差によるモンスターの虐殺を繰り返すことで、グリムロックは類を見ないスピードで攻略組との実力差を詰めていった。

 気付いた時には、ラフコフへの片道切符を手にした。

 《加入試験》への招待状。それもほんの数十分前のことだ。

 

「(いよいよだ。無謀なレベリングをした甲斐があった。……こうして目標ある人生を送れているということは、少なからずキリト君やジェイド君の存在は、私の中で偉大だったということだろうな……)」

 

 『ある意味』において、2人には感謝している。

 彼らは生きる意味を与えた。

 おかげでグリムロックは心身ともに否応なく鍛え上げられ、ラフコフでの殺戮デビューのスタートラインに立った。4つのフェーズに分けられた『復讐計画』を練り、それを実行する決意とともに。

 

「虚しい戦いだ。まったく……」

 

 グリムロックはひとりでに、そう呟いた。

 

 

 

 そして深夜0時。約束の時間である。

 周囲には木製の朽ちた家々に、作物が荒らされた畑、そして名物でもある傾いた大きな時計塔。NPCはごく少数しか配置されておらず、実質的にゴーストタウンと化した村である。ストーリー的には、隣接する森林地帯に棲み着いたモンスターに村を襲われたがゆえに起きた惨劇。

 当然、ここを拠点に活動するプレイヤーは皆無で、集まったプレイヤーは全員ラフコフへの参加希望者だろう。

 意外にもその数は、グリムロックの予想より多かった。

 

「(私を入れて5人か……)」

 

 志願者として集まったということは、他の4人は同期でありライバルでもある。特にギルド内で出世を狙うグリムロックにとっては。

 それに、初めはお互い協力し合うこともあるだろう。シーザーが《加入試験》と呼称した以上、今から何らかのテストがあると考えるべきであり、集まったメンバーがどんな役割を果たせるか推察する必要がある。

 順に目を走らせる。

 灰色の装備で固めた細身のロングヘアの男は、背に長柄槍(ポールランス)を所持。アクセサリーはカウンターを重視しており、長いリーチを活かしたヒットアンドアウェイが狙いかもしれない。

 次に隣の男は少し……否、かなり太っていて鼻息も荒かったが、深緑を基本色とする軽そうな革系の装備。左手には大きなラウンドシールドと、腰のホルスターには片手用斧(ワンハンドアクス)がある。高威力の割には小回りが効くため、入り組んだ森林ではロングレンジの武器より頼りになる。

 3人目も男で、背中には両手用大剣(ツーハンドソード)。筋力値に振っているだろうことから、フォワードとしては今いるメンバーで最も期待が見込める。

 最後の男は全身が黒のフード。かなりの安物に見えるが、ブカブカの服でメインアームを覗かせないように工夫しているのだろうか。とは言え、ここから確認できない武器の大きさということはダガー、大型ダガー、エストック、チャクラムなどに絞られる。

 

「(しかし、いくらなんでも多いな。なかには前線から遠いレベルの者も混じっていそうだ。周期は不明だが、たった1度の試験にこれほどラフコフへの希望者が集まるようでは、今のギルドに正規メンバーが何人いるかわかったものではないぞ……)」

 

 そんな危惧(きぐ)も露知らず、1人のオレンジカラーのプレイヤーが草陰からひょこひょこと歩いてきた。その姿勢はやけに威圧的だが、さらなる6人目の参加者だろうか。

 ――いや、参加者ならグリーンになっているはずか。

 小馬鹿にした歩き方は、完全に参加者全員を敵に回している。この緊張感が感じられないのだろうか。

 

「……ッ!? なっ!?」

 

 だが直後に、グリムロックは驚愕で目を見開いた。

 黒革のブーツに身体に密着しそうなレザーアーマーとズボン。刀身が麻痺毒で彩られたナイフを片手に頭陀袋(ずたぶくろ)を被った特徴多き冷酷無比な犯罪者。

 プレイヤー名、ジョニー・ブラック。ギルドの幹部である。

 飛び道具に関する知識と扱いは天才級で、いかなる重武装すら彼の前では紙切れらしい。にわかに信じ難いが、鎧の間接部に空いたわずかな隙間さえナイフで()うように射止めると聞く。それが実現可能なら、下手な重武装より身軽で軽快に動ける装備の方が有効だろう。彼と戦う気があればの話だが。

 そんな男が近づいてくる。横にいる3人のオレンジプレイヤーは彼の部下だろうか。ともあれ、全員に今まで以上の警戒が走った。

 

「そ〜固くなんなって。ウチらラフコフは仲良しこよしがモットーだ。新人ちゃん達にも、ぜひ仲良くやってほしいのよ。わかるだろゥ?」

 

 わからなかった。まったく。

 そんな噂は聞いたことがないし、嘘八百もいいところである。

 声に出ない反論を汲み取ってか取らずか、構わずジョニーが続ける。

 

「まぁまぁまァ!! 俺は待たせるのも待つのも嫌いだしィ!? んじゃあ、ちゃっちゃと《加入試験》について詳しく説明して行こーかァ!」

「ちょ、ちょっと待って……ください。試験が……あるんですか?」

 

 ポールランスを背負った男が弱々しく問う。

 グリムロックはシーザー・オルダートから本日中に《加入試験》があることは聞かされていた。どうやらこの段階で、すでに各々へ与えらた情報量に格差があるようだ。

 

「あちゃあ、ゴボウ君には言ってなかったかァ!? まあ普通にあるぜ! 殺人ギルドらしィ~テメェら同士の『殺し合い』つう試験がなァ!!」

「(なにッ……!?)」

 

 グリムロックは耳を疑った。その場の全員が硬直するのを感じた。

 志願者同士での殺し合い。事前に想定したすべてのシチュエーションを超越した事態である。

 

「けど残念なことにルールがある。しかも5コもあるから説明が長い長い。じゃあまず1つ目。1つ目ってことは、これが1番大事ってことだ。耳かっぽじってよ~く聞けよォ?」

 

 言葉に反して随分ともったいぶる。

 それに、まだ動揺が収まらない。今の自分に直接手を下す覚悟がない。

 あるいはだからこそと言うべきか。続く言葉は、とても耳障りのいい内容ではなかった。

 

「ルール1はなんと! 勝者はたったの1人!! ン~!! 実にシンプルだろォッ!?」

「なッ……に!?」

「な、なにを言ってッ!?」

 

 いきなり、でたらめな条件が出た。

 なにが仲良く。なにが新人ちゃん『達』。端からそんな気はなかった。

 

「ギャアギャア(わめ)くな。それともなんだァ。まったく、一片たりとも予想できなかったかァ? だったら悪いことは言わねェ、こっから消えな」

「…………」

 

 反論、抗議、折衷案。そんなもの、受け入れるはずもない。

 変わったのは空気だけではなかった。軽い気持ちで足を運んだ者もいるのか、人によってはすでに顔色が悪い。フードの男は顔が見えないが、ポールランスを持つ細身の男は今にも倒れそうである。

 意外に図太い神経を持っているのか、高そうな装備に太った体型のワンハンドアクス使いだけは動揺が少ないように感じた。もっとも、額に浮かぶ脂汗が冷や汗でないとも言い切れないが。

 ジョニー・ブラックがルールの続きを説明する。

 

「よし大人しくなったな。誰も殺さなくて済んだ。んじゃあお待ちかねのルール2だ。戦闘はバトルロワイヤル形式。使っていいフィールドはこの層にある《魍魎(もうりょう)の樹林帯》と、その森に隣接する《カーデット村》の内部のみ。自分以外のユニットはすべて敵と思っていい。他メンバーと組んでもいいが、『ルール1』がある限り、それも最後までは通用しない。……あァちなみに、フィールドを彷徨(うろつ)く部外者がいたら殺していいゼ? 利用して他の対戦者に当てるも、腕試しに練習するも、ぜェんぶお前らの勝手だ!」

 

 《魍魎の樹林帯》。

 32層のメインフィールドにしてはさほど広さのない森林フィールドだ。しかし空けた視界や直線道がほとんどなく、入り組んだ地形は利用しやすくも身を潜めやすくもある。

 区間は大きく4つに別れ、アインクラッド外周と隣接するマップの上側が《高丈林(こうじょうりん)》。背の高い草木が生い茂る、樹海に近いエリアである。

 南西部には名前がないので『南西部』と呼ぶしかないが、開けた視界と言えば唯一ここのことであり、美しい湖が広がっている。エリアの輪郭は波打っており、身を隠せる障害物は少ない。

 右下、つまり南東部分は《低丈草原》と呼ばれ、腰下程度の野草が植生されるエリア。好戦的なモンスターとのエンカウント率も高い。

 それらを繋ぐのが《蛇道》。中心区間から各マップを埋めるように、そして人の毛細血管のように延びている。とても集団が歩いて渡れるようなデザインになっていない、いわば獣道である。

 地の利をいかにうまく使いこなせるか。それも重要というわけだ。

 《加入試験》のルールがどんどん開示される。

 

「ルール3! 転移(テレポート)回復(ヒーリング)解毒(リカバリング)クリスタルは使用不可とする!」

「そ、そんな! その、それだと……実力が発揮しきれないと言いますか……」

「ハッ、ばァか。脱出用の『命綱』は本番にだけあればいい。俺らが見たいのは金にものを言わせた生存方じゃねェ。どうせ《回復結晶》を10個20個と用意したとんちんかんだろ、テメェ? ウス汚ェ根性だが、それは加盟してから発揮しろ」

 

 ジョニーの言う、ルール3を聞くまで気付かなかったが、《加入試験》が戦闘だった時点でこの展開は読めてしかるべきだった。

 仮に《転移結晶》で逃げられれば、この試験内容や場所が世間に知れ渡る恐れがある。そんなリスクは早々に排除されるだろう。

 

「……つーわけで、各メンバーがそれぞれストレージを確認し、3種の結晶は事前にすべてを回収する」

「は、はい……」

「オッケー質問はいいことだ。人生最後の発言になるかもしんねェしな! クハハハ! ルール4は~そうだな……お、そういや勝利条件を言ってなかったか。ん~まァ皆殺しにすりゃ勝手に決まるが、戦力判断はレベルを見れば済む。……これはつまり、『いかなる手段』を用いても勝者になれってこった。いいか? 勝利条件は1つ。最後に32層唯一の《圏外村》……つまり《カーデット村》にいたプレイヤーだ。こいつを新たなラフコフ参加者とする。例外はない、せいぜい雑魚は小細工するんだなァ」

 

 これが、勝者が1人なのに、「生き残りが1人」と言わなかった理由。極論、1人以外が全員逃げ出しても勝者は決まる。1人以上殺さなくてはいけないノルマがあるわけでもなく、常に戦う義務もない。

 

「ルール5……さて、『最後に村にいた奴』と言ったが、その最後とやらの時間は『夜明けまで』だ。……現在0時過ぎから、約4時間ちょい。これがお前らのすべてを分ける。あ~それと、無気力試合を避けるため夜明けの時点で2人以上村に残っていた場合は全員殺す。村に隠れて1日中やり過ごすのはナシだ。せいぜい殺し合ってくれよォ?」

「(……く……これでは作戦を練る時間さえ……)」

「お、そこの銀縁メガネくん質問か? 聞くなら今のうちだぜ」

 

 クリスタルを回収されると知ってから放心状態のポールランサーに代わり、今度はグリムロックに話を振られた。

 しかしこの場合、初めから答え方にバリエーションなどない。

 

「い、いえ……ありません……」

「よしよしイイコだ。最後に助言をくれてやる! 勘違いしてほしくねェんだが、逃げたきゃ全然逃げてくれよ。それは一向に構わねェ。『来るものは拒まず、去るものは獲物』だ。ククク……理解してんだろォ? ようこそ、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の入り口へ! たっぷり殺戮(さつりく)を楽しんでくれよォ諸君!!」

 

 これが、イカれたギルドへのイカれた加入条件。《加入試験》とは名ばかりの、サバイバルゲーム。

 そこまで考え、グリムロックはかぶりを振った。

 

「(違う……これは、《加入試験》でなければ、ましてやサバイバルゲームでもない。……この、フザけた状況は……!!)」

 

 気づいていた。気づきたくなくても、観察で得た情報だけで気づけてしまった。

 

「(甘くはないと思っていたが、本当に甘くなかった。自分に暗示をかけても意味がない……くそっ、まだスタート前だぞ……ッ!!)」

 

 自分の決断を今さらながらに恨めしく思う。

 グリムロックはシーザー・オルダートに出会ってから、人をよく観察するようになった。

 情報は戦力だからだ。人の呼吸回数、決まった動作、特有のルーチンやジンクス、姿勢、声のトーン、その話し方、無意識な癖、そういった何気ない行動からでも人格を推理し読み取れることがある。だからこそジョニー・ブラックの真意に気づいたのだ。

 ルール説明の際、ジョニーの目が左斜め上に何度も寄った。これは俗に言う『視覚的記憶』を思い出す素振りである。ここで発表する前に紙に書かれたルールを何度か読み直したのかもしれない。

 すなわち、このルール説明は繰り返されたものではなく、今回の《加盟試験》にのみ採用された突発的な方式であり、一時的にルールを丸暗記したということになる。

 そして、ここにいる5人の中で唯一顔色の変わらなかった人物がいる。どころか、幾度となくジョニー・ブラックと目が合っていた。

 その男とは、太った体型の革製防具のプレイヤー。

 この自信、安心感はプレイヤーのレベル由来はない。装備の基調は深い緑の暗黒色で、革製のそれは金属部分がほとんど使われていないのだ。ゆえに『音』が発生しにくく、保護色と相まって深夜の森林では大きなアドバンテージとなる。

 と言うことは、バトルロアイヤルはおろか、そのルール内容や場所、決行の時間帯までを彼だけが事前に把握していた可能性が高い。ジョニー・ブラックからルールを聞かされる以前に、正規メンバーと示し合わせていたのだろう。

 

「(なるほどな……)」

 

 諦めにも(いきどお)りにも似たため息が出る。この戦い、強者を選抜する《加入試験》などという悠長な話ではない。

 言わば、出来レース。即戦力と見込んだ人材――今回はこの太った男――をあらかじめ絞り混み、彼をこのサバイバルで『立派な殺人鬼に成長させること』が目的なのだ。

 殺しの技術、感覚、快感を植え込むのに最も適し、効率がいい方法はなにか。

 答えは簡単だ。まさに、殺しをさせることである。

 エサと捕食者。だからこそ緊張感に温度差が出た。

 まったく、えげつないことをする。しかしこの絶望的なヒエラルキーでさえ、自力で逆転させなければ、どのみちグリムロックの器はそこまでだ。

 

「(ああ……とんでもないところに足を踏み入れてしまった……)」

 

 ともすれば、太った男がすでに『ラフコフの正規メンバー』で、このサバイバル戦自体が一種の『娯楽』の一環かもしれない。少なくとも、シーザー・オルダートの提案はもっとよく精査しておけばよかった。

 『素養』があったから誘った?

 バカバカしい。

 さんざんインテリぶった会話を続けたせいで、警鐘(けいしょう)を鳴らす重要な頭のネジがイカれたらしい。そこまで場当たり的では、いつかハズレを引いてラフコフの行動パターン、スケジュールが割れてしまうだろう。

 暗号というクッションを挟んだのも意味はなかった。いやに簡単すぎると思ったが、目的は獲物への納得感の植え付けだろう。人は自分で選択した行動に納得する。それが与えられた答えでも、だ。

 グリムロックは誘い込まれたネズミそのもの。

 なぜ疑えなかった。

 なぜ馬鹿正直に信じた。

 今となっては頭を抱える失態である。グリムロックの過去と素性を割られたうえで、ノコノコと奴らの土壌(どじょう)に上がり込んだのだ。

 

「(なんて……ことを……)」

 

 己の不甲斐なさに吐き気がした。

 

「…………」

 

 しかし、運がいい(・・・・)

 ストレージ検査の際に必要最低限の手は打ってある。

 必要なのはアドリブで切り抜ける力。元々、グリムロックに不足していた能力である。このステージ上で養い、成長させるしかない。

 敵のズル賢い裏工作が判明した以上、グリムロックがそれに付き合う義理はないのだ。

 やってみせる。勝って、勝って、そして生き抜く。

 勝つには緻密(ちみつ)な作戦。そしてグリムロックの武器は頭脳。

 たった1人の勝者に輝く方法が、脳内でいくつも浮かんでいた。

 

「クリスタルは渡し終えたかなァ!? 終わったら教えてくれよ。配置につく前に言っときたいセリフがあるんだよなァ……ククク!!」

 

 ルール1、勝者は1人。

 ルール2、一般人の利用は可。形式は森林地帯と村を戦場としたバトルロワイヤル。

 ルール3、転移、回復、解毒結晶は使用不可。

 ルール4、勝利条件は《カーデット村》に残ったプレイヤーのみ。

 ルール5、刻限は夜明けまで。戦意なく隠れ続けたら処罰の対象。

 助言。殺し合いはマナーを守って、楽しく。

 

「オッケー!? オッケーだな!? じゃあ始めちゃうぞォ~!?」

 

 ――ああ、ユウコ。

 ――ほんの少しでも、私を(ゆる)してくれるのなら……。

 

「イィイ~~っツ、ショォオタァイムッ!!」

 

 

 

 

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