SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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カルマレスロード2 達成までのディスタンス

 西暦2024年6月12日、浮遊城第32層。(当時の最前線64層)

 

 地獄のような殺し合いが始まった。

 バトルロワイヤルを始めるにあたりスタート地点はランダムに決まり、グリムロックのそれは《カーデット村》から1番近い森の南東部だった。

 村を目指すプレイヤーを手持ちの罠にかけられる可能性は1番高い。特に《蛇道》は機動力と視野を極端に奪うため、先に陣取れば先制攻撃は間違いなく決まる。

 しかしいかんせん、序盤は敵対者と当たってもメリットがほとんどない。

 スタート地点で待ち構えて片端から罠にかけたところで、それらすべてに対処しきれるだけの実力を、グリムロック自身が持っていなかったのだ。

 できることは1つ。一帯からいち早く抜け出し、なるべくエンカウントを最小限に抑える。そして他のプレイヤー同士が可能な限り潰し合いをしてから、最後に漁夫の利を得る戦法を取ること。

 罠を仕掛けるとしても、敵を倒すのは別の敵でなければならない。

 

「(必要なのは情報……まずはどのプレイヤーが、どの地点からスタートしているのか。それをなるべく正確に割り出さなくてはならない……)」

 

 グリムロックは緊張した手でメインウィンドウを開き、そこからフィールドマップを確認していた。

 《魍魎(もうりょう)の樹林帯》北側区間、つまり《高丈林(こうじょうりん)》は森林全体の45%の面積を占めている。おそらくここへ2人ほどのプレイヤーが運ばれると考えた。そして願わくば、北側の2人で潰し合いか牽制が起きていればベスト。

 直面する問題はグリムロックと同じ区間、《低丈草原》に近い湖と中心から四方へ伸びる《蛇道》へ運ばれただろうプレイヤーである。

 草原とは銘打っているがここも立派な森であり、突っ立っていてもすぐに見つからない。だが罠は仕掛けやすく、行動に制限がつく《蛇道》から村を目指すプレイヤーは少ないはずだ。

 であれば、プレイヤーは《低丈草原》から村へ向かうと推測でき、必然的に最後は主戦場にすらなりうる。南下してきた《高丈林》配置のプレイヤーまで合流されたら、作戦もへったくれもない乱戦になる。

 

「(戦局のコントロールは難しい。必要なのはむしろ柔軟性か。まずは湖を目指し……仮に《低丈草原》で乱戦が起きても巻き込まれないようにする。視界が開けているということは、心理的にも隠れ辛いはず。あえて村から逆走してそこで機を待つのも作戦だ。……あとはラフコフがどこまで逃げを許容してくれるか……)」

 

 しかし。人が真っ先に考える逃げ先は被る。

 北の《高丈林》からスタートして地盤を固めていた方が有意義だったかもしれない。考えれば考えるほど自由が失われる。

 地図を広げ、手持ちの装備を照らし合わせ、即席の作戦を練っている時間は本当に一瞬のように感じられた。気づけば試験開始から15分もたっている。これ以上時間のロスはできない。

 

「(足下は暗いが、ランタンを灯すのは自殺行為か……こちらの位置情報を教えるようなもの。手探りで北を目指すしか……)」

 

 北の《高丈林》はアインクラッド外周にも接していることから、注意しなければ浮遊城(アインクラッド)そのものから落ちて死んでしまうと聞く。

 ここでの会敵率は最も高いと予想されたが、漁夫の利の他にも戦略はある。そしてグリムロックの戦略上、とある人材が1人だけ必要不可欠だ。

 その人物も北を目指すと踏んでいたが……、

 

「……ッ!!」

 

 フィールド上半分の直前エリア、人間の毛細血管のよつにまばらに延びる《蛇道》にその人物がいた。

 弱者の行動パターンをトレースした結果だが、半ば賭けに近い行動だった。しかしジャスト、予想通りである。

 動物型モンスターではない。深くフードを伏せた装備に柔らかい物腰は、間違いなく試験の待ち合わせ場所にいた5人目のプレイヤーである。

 それに気づいた途端、グリムロックは天恵(てんけい)を受けたようにいきなり口を開いていた。

 

「あ、あの……!!」

「っ……!?」

 

 存在に気づいていなかったのか、声をかけた瞬間、その人物は刺突剣(エストック)を引き抜いてピタリと剣先を向けてきた。

 後戻りはできない。勘違いならここで終了。

 グリムロックは、今後の雌雄をも決する賭けに出た。

 

「きみは、その……女性ではないか?」

「ッ……な、なぜそれを……?」

 

 グリムロックは気づかれないように口角を上げる。

 サトルネガティブ。50パーセントの確率なのにカマをふっかけ、それが見事的中した場合、人はそのインパクトと信憑性を続く言葉にまで影響させる。心理誘導テクニックの1つだ。

 

「結構わかるんですよ。……私に攻撃の意思はありません。戦いの終盤まで、私と協力しませんか?」

「……どうしてそれを……信じられる……」

「弱いから……です」

「……はァ?」

「私が……いえ、私達が弱いからです。フードを目深に伏せているのは、性別が割れてナメられるのを避けるため。安物になったのは貴重なコルを割けなかったから。貴方にとってコルが貴重なのは、指先の中途半端なネイルを見れば想像できます。武装は『見せずに警戒させた』のではなく、実力に見合っていないから。高ランカーに金を取られた仕返しならラフコフに依頼するだけで済みますが、そうせず自ら行動しているのも、おそらく同様の理由。(した)しいプレイヤーがターゲットで、自らの手で決着をつけようとしたのでしょう。そのプレイヤーは……」

 

 ズキン、と。

 話す前に少しだけ、しかしはっきりと心が痛んだ。

 

「貴方にとって大切だった男性……」

「す、すごい……」

 

 愛する異性に捨てられた、少なくともそう感じたことのあるグリムロックだからこそ、下調べもなしにターゲットの身の上を当てることができたのだろう。

 結果、初めは男だと思っていた真っ黒ローブの女性は、エストックの構えを解いた。すると予想よりも美形な顔立ちがあらわになった。子顔で品のいい鼻筋を持ち、少し色のある柔らかそうなツインテールがよく似合っている。

 

「ふ、ふん! でもあんなクズ間男は死んで当然よ。……で、組む目的はなに?」

「死ぬわけにはいかないからです」

「はぁ……ねえ、ルール1を覚えてる? 勝者は1人よ」

「わかっています。組むのは途中までです」

 

 こればかりは本心だ。演技ではないので自然と語気も強くなる。

 その気迫を感じ取ったのか、女性は警戒心を強めたように改めた。

 

「ふぅん、その気はあるんだ。……じゃあさ、太った男の装備……見た?」

「ええ。彼がこの中で1番強いプレイヤーと思われます」

「やっぱり? エルもあいつが難関かなって……あっ」

 

 手で口を押さえる女に「お名前ですか?」と聞くと、彼女は数瞬躊躇(ためら)ってから答えた。

 

「ふん……。エルミナよ。あんたは?」

「私はグリムロックです。鍛冶屋から転職しました」

「そ。……ま、聞かないわ。それより協力の話なんだけど……まあ受けてもいいよ。あんたは使えそうだし。ただし、あの太っちょを倒すまでよ。体触るのとかもナシ」

「ハハ、しませんよ……」

 

 殺しきるまでは殺し合わない、という共通見解を得られたからだろう。エルミナと名乗った女性はようやくエストックを腰に戻し、ニヤリと笑ってから軽口を叩いてきた。

 しかし条件は揃った。多対一と言う状況を常に作り、複数の攻撃手段で敵を切り崩す。正攻法が効かない強敵への最もポピュラーな対処法である。

 そしてその『ポピュラーな対処法』とやらは、弱者同士が集まらなければ成り立たず、グリムロックとエルミナの実力はおそらくワースト。他のプレイヤーとのレベル差は僅差であるとは信じたいが、やはり実戦経験からも差は出る。付け加えるなら、悲しくなるほどグリムロックの実践経験は浅い。

 彼女以外の敵と出会っていたら、その時点でひたすら逃げることしかできなかった。この展開は奇跡に近い。

 しかしそこへ、遠くから糸のようにか細い絶叫が漂ってきた。

 

「っ!? 悲鳴……よね?」

「間違いありません、東の方から聞こえましたね。声に聞き覚えがあります。確か回復結晶を懐いっぱいに詰め込んでいた……」

「あ、《長柄槍(ポールランス)》装備の! っとと、声大きくしちゃマズいわね。でもやられたとしたら、そいつは《高丈林》にいた1人かしら」

「なぜわかるんです?」

「エルは湖スタートだったんだけど、さっきあの太っちょが《低丈草原》にいたのを見たのよ。たぶんスタート地点がそこ寄りの《蛇道》だったんだと思う。で、《カーデット村》を目指して南下したプレイヤーをそのまま……」

「だとしたら罠も、先制攻撃も、半端な攻撃すべてが通用しそうにありませんね……」

 

 思った以上に肥満男とのレベル差が激しい。

 その男以外とのマンツーマンなら、低いなりにも勝てる見込みがあった。しかし彼だけは立っている土台からまるで違う。もしかすると、《攻略組》とタメを張れる実力者かもしれない。

 現在時刻は0時50分。開始からわずか25分で、生きた人間がバトルマップから永久退場した。

 独壇場である。複雑な地形が死期を遅らせているにすぎない。

 

「……急ぎましょう、グリムぅ~……グリムさん。童話みたいな名前ね。……なんにせよ、エルはこんなところで死ぬ気ないし」

「同感ですがそっちは北ですよ? 単独なら先ほどのように北を目指すところでしたが、今やツーマンセル。迎え撃たないんですか?」

「バカね、まだ大剣使いがいるじゃない。あいつを始末するだけの準備をするか、最悪太っちょが場所移動して来てもいいように作戦練らないと」

 

 ――ほう、意外と冷静だ。

 と、グリムロックは素直に感心した。

 この手の突発的予備軍と言うのは、その名の通り計画性に乏しい場合が多い。「悪いことをしようとしたけれど、案外難しくてすぐ捕まってしまった」のパターンが大多数なのである。

 誉められたことではないが、この女性はきちんと勝つための手段を模索している。ただの足手まといにはならないようだ。

 

「私に作戦があります。連携しないと絶対に成功しません。やってくれますか?」

「……ふん、内容聞いてからよ」

「まずは1人では動かせないような大きい岩が必要です。あと頑丈なロープも。ついでに作戦とは関係ないのですが、シールドを持っていないでしょうか? できればそれを貸してほしいのと、あとは……」

 

 こうしてグリムロック達は、意見を出し合いながら《高丈林》へ侵入した。

 『殺されないために』という無理ある言い訳を盾に、殺しを正当化して作戦を決行するために。

 

 

 

 あれから1時間がたった。

 あれからというのは、推定1人目のプレイヤーが死んでからの時間だ。

 可能な限りの作戦を張り終えている。必要最低限、周囲の安全は確保したため、あとはテリトリー内に目標を誘い込むだけだ。

 

「どう? 宙吊りにする罠とロープの延長はエルがやっといたけど」

 

 トラップの設置だけにしては、やけに時間をかけてエルミナが潜伏場所へ帰ってきた。おそらく限られたトラップを最大限に活用できるポイントを慎重に選んでいたのだろう。

 

「いませんね、誰も。彷徨(うろつ)いているのはモンスターばかりで、金属音すらしません。それにこう高い木が乱立していては、木に登った視点も意味がありませんしね。もしかしたら2人目も、もう……」

「楽観視は危険よ。エルが様子見てこようか?」

「……いえ、私が行きます」

 

 言ってからスルスルと背の高い木を降りる。

 エルミナとアイコンタクトすると、グリムロックはポーチから取り出した瓶の液体を飲み干してから、警戒域範囲外へ飛び出した。

 テリトリーを出るとそこから先は闇。《策敵》スキルのないグリムロックからすれば、敵陣にノコノコ足を踏み込む行為に等しい。せっかくの罠もここでは有効に機能しないからだ。

 そこで。

 草むらが、微かに動いた。

 

「ッ……!?」

 

 息が詰まりそうなほど驚くが、顔を覗かせたのは非攻撃型(ノンアクティブ)の野うさぎだった。確か食用にもなるレアな部類のモンスターだった記憶がある。

 しかし今はそれどころではない。

 止めていた息を吐き出すと、グリムロックは再び前進する。

 飛び立つ鳥に、風に揺れる木の枝に、自分の足音にすら、注意を払い続けていた。

 敵はまだ見えない。随分歩いたが気配もない。

 ぐったりと気を抜いた、その時。

 

「が……ッ!?」

 

 ズガッ!! と、肩口にナイフが突き刺さった。軌道は掴めたが姿が見えない。おそらく《隠蔽(ハイディング)》スキルだろう。

 自陣ポイントに誘い込む戦法は向こうも同じ。塗布された液体が緑色に光っていることから、これは麻痺毒が仕込まれている武器だとわかる。

 だがまだ爪が甘い。

 

「……あ、テメ、解毒飲んでやがったのか!!」

「易々とはやられんさ!」

「言うねぇおっさんッ!」

 

 保険が効いたのは大きい。待ち受けていたのは両手用大剣(ツーハンドソード)使いの男だった。

 おそらく、勝てない。なんて頭で判断するよりも早く、グリムロックは後ろを振り向かず全力で来た道を走り抜けた。

 倒れた木の下に潜るように滑り込むと、ほとんど速度を殺すことなくそのまま滑って通りすぎた。すると、グリムロックが隠れてやり過ごすとでも思ったのだろう。減速しかけた後ろの大剣使いのプレイヤーが舌打ちするのが聞こえた。

 しかし逃げるにしても限度がある。と言うより、相手は麻痺による短期決戦が失敗しても追い付ける、ギリギリの場所で待ち構えていたように感じる。すなわち、グリムロックが不用意に長距離を移動するのを待っていたのだ。

 

「が、あぐッ!?」

「へへっ、捕まえたぜクソ野郎」

 

 とうとう後ろから飛び付かれ、グリムロックは首を絞められていた。

 スピードを出すために、大剣を納刀して追ってきていたのだ。確かに追い付いてしまえば、あとは煮るなり焼くなり強者の自由。

 しかしそれは、理性を持たない動物が巣食う自然界の話である。

 

「お、おォオオオ!!」

「こいつっ!?」

 

 グリムロックが足元に投げたのは《毒煙玉》だった。

 《毒煙玉》。モンスターは当然のこと、投げた本人だろうがパーティメンバーであろうが、有効範囲内にいるすべてのユニットに見境なくバッドステータスを与える。しかもその無差別性からか、対象が誰であれオレンジカーソルにはならない。

 ここで彼我(ひが)の状態を確認すると、片方だけ毒対策をしていないことに気づくだろう。

 毒を武器とする生物は、逆に毒への対策を(おろそ)かにしがちである。毒ヘビ、毒蜘蛛、毒を持つハチから、それを吐き出す草木まで、人間の作った毒に殺されるように。

 攻めようと考えたプレイヤーこそ、攻められる戦局を考えない。

 

「ンの野郎!?」

「さあ、我慢比べだ!!」

「く……そぉッ!!」

 

 首から腕が離れて自由になる。絞められたことで止まっていた空気の循環を戻すと、グリムロックはまたも逃げ続けた。

 逃走を開始してから初めて後ろを振り向くと、大剣の男も早々に解毒ポーションを飲んで追跡を再開している。

 

「(甘かったな。……毒は回るが、死ぬ速度は私の方が早かった。手を離さず、殺してから解毒すればよかったものを……!!)」

 

 これが心理戦だ。追い詰められた鼠が猫の手を噛むように、土壇場まで攻め込まれた獲物は何をしでかすかわからない。

 そういった無駄な先入観(・・・)があったからこそ、ただ毒をばらまいただけのグリムロックを、男はみすみす取り逃がしたのだ。

 

「あァそうかよ、そういうことかっ……なら望み通り、ぶっ殺してやるッ!!」

 

 男は裏の作戦に気づいて叫ぶが、もう遅い。

 グリムロックは罠を張り巡らした『陣地内』に入っていた。ここから先は『グリムロックチーム』の反撃……、

 

「つ、あァ!? ぐぁあああ!?」

「おっと……こりゃどうなってやがんだ……?」

 

 反撃の、はずだった。

 だというのに、陣地内を走っていたら、グリムロック自身がいきなり宙吊りの罠にかかったのだ。

 足首に絡み付いたロープは、背の高い木枝を伝って奥に伸びている。武器のブライオリティの低さと体勢の悪さから(かんが)みて、すぐにロープを切断して脱出できることはあるまい。そもそも、こんなところに罠を仕掛けることは作戦に盛り込んでなかったはずだ。

 グリムロックの知らないところに、ブービートラップが仕掛けられている。

 この事から導き出される答えとは……、

 

「(裏切ったのかエルミナ……)……ぐ、くそ……ッ」

「おいおいこりゃ拍子抜けだな。まさかとは思うが、仕掛けた罠に自分でかかったってのか? ハッハァ、こりゃウケるぜ間抜け」

 

 絶体絶命だ。エルミナが見限ったのだろう。でなければ、こんなところにトラップがあるはずがない。

 簡単な話である。グリムロックに報告した数より多くの罠を所持し、自分の判断でそこら中に仕掛ける。あとは攻めてきた敵にせよ、グリムロックにせよ、捕まえた方をなぶり殺す。

 恐ろしいほど狡猾(こうかつ)な女性。

 

「こんな、ことが……」

「さァてと。んじゃあ終わらせるか」

 

 戦闘を諦め、男がゆっくり近づくのを見届けていた瞬間。

 

「のァああああっ!?」

 

 という叫び声が響いていた。

 見ると、なんと信じられないことに、大剣の男も同じ罠にかかって宙吊りになっていたのだ。

 これはブービートラップではない。多重仕掛け(マルチトラップ)だ。

 同時にグリムロックは理解した。彼女がトラップの設置に出向いてから帰還までに長い時間を要したのは、こんな事情があったのだ。しかも罠の隠蔽率(ハイドレート)を上昇させたり、極めて近いポイントに重ねてトラップを仕掛けるには、時間だけでなくそれなりに高い《罠仕掛け(ギミッキング)》スキルの熟練度が必要になってくるはずである。ということは、同じく熟練度の高い《罠探査(インクイリィ)》スキルでもってリピールするしかない。彼女はその情報を秘匿したまま、グリムロックを利用したことになる。

 なんにせよ、この先の作戦は2人で決めている。

 グリムロックは……結末を知っているのだ。

 

「お、おい! この罠どうなってんだよ!?」

「く……ロープの先を延長し、巨大な石にくくりつけてある。協力者がいる……その人物が、石を城壁の外へ落とせば……」

「はァアアッ!? ざっけんじゃねぇよ!! んなことしたらアインクラッドから落っこちてお陀仏じゃねェか!! テメーらが仕掛けた罠だろ、なんとかしろッ!!」

「…………」

 

 なんと言われようが、裏切られたグリムロックに対抗手段などない。

 そして。

 

「ひ、ヒィイイイイイイっ!?」

「く……そ……ッ!!」

 

 落下が始まった。壁上から投石されたのだ。

 テコの原理を利用して、2人がかりでなんとか壁上に持ち上げたほどの大きさの石である。このままでは浮遊城からまっ逆さま。

 大剣使いが泣き(わめ)いていた。グリムロックも限界まで唇を噛む。近くの雑草を掴んでみたが、簡単に抜けてまるで減速しない。

 計画が、復讐が、こんなところで終わってしまう。

 

「く、そォおおおおっ!!」

 

 思わず叫んだ、直後。

 

「ヤァアアアアッ!!」

 

 という気合いが響いた。

 剣と、光。エストックのソードスキルだ。

 高威力単発系のものだと推測されるそれは足元、つまりグリムロックを拘束するロープに直撃し、壁面に激突する寸前で束縛から解放した。

 同じように死の縁へ(いざな)われていた大剣の男はまだ運ばれている。

 とうとう壁に激突。男は口内から胃酸のようなものを吐き出すも、どうにか壁端にしがみつこうとする。

 しかし、所詮は悪あがき。断末魔を残し、男は大きな岩とともに浮遊城外へと投げ出された。

 鼓膜が拾う彼の声の音量がだんだんと小さくなり、そして消えた。

 もう永遠に聞くことはない。

 

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」

 

 大量の汗。足りない酸素を補充する。何かの比喩(ひゆ)表現ではなく死にかけたのだ。

 エルミナの息も荒い。が、ここからは問い正さなくてはならない。

 

「ハァ……エルミナさん……ハァ……どうして……」

「ハァ……わかるでしょ。敵を騙すには……ハァ……まずは味方から……」

「だから直前で……ハァ……私を、助けてくれたのですか。……ですが、本当に死ぬかと……思いましたよ……」

「わかってるわ! ハァ……話しかけないで……エルは殺したのよ……手、出してないから……グリーンのままだけど、殺した……」

「彼はすでにオレンジでした。攻撃しても……」

「そういう意味じゃない!」

 

 グリムロックが屁理屈を言うと反駁(はんぱく)があった。

 エルミナは自分のしたことが恐ろしいと感じたのだろうか。会ったことも話したこともない男だったろうが、人間を死に至らしめる歴とした殺人。

 そして心地の良い言葉である。うっかり気を許してしまいそうだ。

 ……だが。ここまでされてなお、騙されない。

 下手をすればグリムロックは死んでいた。確かに結果だけ見れば、グリムロックは助けられたことになるが、それは論点がずれている。彼女の震えが本物なら、怯えておいてよく有効面積の小さいロープへ冷静に技をヒットさせられたものだ。彼女の武器はエストックなのに。

 グリムロックを殺すも生かすも、彼女の手に命運が握られていた。それはあってはならなかった。1秒たりとも。

 彼女の真意を確かめる方法は1つ。

 

「人殺しが無理なら……逃げてください。ラフコフへは私が言っておきます」

「……それはダメ。エルはあの男を殺す技術がほしいの」

「(なるほど、やはり……)……そうですか。では最後の1人を倒しにいきましょう」

「……ええ、そうね」

 

 真意は読めた。とっさに相手の笑顔に愛想笑いを浮かべてしまったが、今となってはその大胆不敵な謀略(ぼうりゃく)に感服すらする。

 大した役者(・・・・・)である。

 作戦が失敗しても演技ができる、ということが彼女の強みなのだ。

 男を殺して息を荒らげている行為も、グリムロックを救出して安心しきった顔をしているのも、危機を乗り越えた一体感を見せつけて笑顔を向けるのも。そのすべてが欺瞞(ぎまん)に満ちた巧妙なトリック。

 おそらく彼女の策はこうだ。

 1つ、グリムロックからアイデアを貰ったら、あとは自分から罠を仕掛けて見張らせる。これにより、グリムロックへのトラップ配置の報告を偽装する。

 2つ、グリムロックを先に罠にかけることで、後続者を確実に油断させる。

 3つ、後続者が『太った男』なら誰も助けず、纏めてあの世行きにさせる。

 4つ、後続者が『大剣の男』ならグリムロックを救出し、2対1の状況を続ける。

 太った男は最強の敵だからだ。単独では勝ち目が薄い。

 

「ねえ、あんたはなんで勝ちたいの? 死にたくないからってのはなしよ」

「……復讐です。とても身勝手で、ちんけな復讐……。ですが、私が生きるすべての原動力でもあります……」

「ラフコフに求めるものなんてどこも同じね。……で、グリムさん。これからどうする? 場所移した方がいいかな?」

「いえ、まだ仕掛けた罠は残っています。せめて手持ちの武器は全部ぶつけましょう。だとしても、彼に勝てるかどうか際どいところなんですから……」

「……そうね。じゃあエルが……」

 

 エルミナが言いかけた時だった。

 

「こんばんは~」

『ッ……!?』

 

 わざとらしい挨拶と共に、男が茂みから姿を表した。

 片手用斧(ワンハンドアクス)に大きなラウンドシールド。脂ギッシュな顔を(こす)り、武器も構えずにのしのしと歩いてくる。その自信は、強力な防具で身を固め、贅肉の詰まった腹とは裏腹に、すでにラフコフに素質を認められたからに他ならない。

 舞台における役者側ではなく、主催者に選ばれた脚本家。

 

「なぜ、ここが……」

「そんな……ッ」

「グックックッ、ヤだなぁ~なにその反応。あれだけ大きな叫び声(シャウト)のあとじゃん。隠れるもなにもないでしょう。えげつない殺し方してたみたいだけど、すごいねさっきの」

「く……あァもう! だから移動した方がいいって言ったのに!」

 

 ツインテールを揺らしながら、グリムロックと敵を交互に見るエルミナ。この状況の打開策を求めているのだろう。

 しかし、対抗手段など……、

 

「あ、ちなみにボク《罠探査(インクイリィ)》スキルも持ってるから、その辺に張り巡らされた罠も無意味だよ。……それに驚いた。あんたらまさか、協力し合ってんの? それだとボクを倒しても意味ないよ~。まあ、そもそも勝てないんだけどねェ!!」

 

 男がこちらにダッシュすると、グリムロックとエルミナは今度こそ全力で後ろへ駆け出した。

 《罠探査》スキルと《隠蔽》スキルの熟練度の高さから実力とステータス差もはっきりし、彼にとっては罠も見え見えで2人での会話も聞かれた。

 裏をかきようがない。勝ち目がない。

 これではただの虐殺だ。

 

「とにかく《蛇道》だ! そこまで逃げ込めば、奴を撒けるかもしれない!」

 

 グリムロックは振り向きざまに《煙玉》を叩きつけながら、全力で足を動かした。

 勝つためには逃げて、逃げて、そして策を講じるしかない。もしくは、いよいよ『アレ』を使う時が来たのかもしれない。

 

「逃げてどうすんのよ、結局勝てないじゃない! 罠もなんも効かないのよ!」

「……わかってる。最後の戦いだ。私の切り札を使う」

「切り札……?」

 

 私は走りながらなんとかエルミナに作戦を伝えた。

 勝利確約の必勝法ではない。

 まさにアドリブ必須。内面と外面、ソフトとハード、メンタルとフィジカル、なんでもいい。力を発揮しなければ、勝ち目はないのだ。

 ――ごたくはいい。私はやる!

 

「いいな、チャンスは1度きり!! だから生き残ってくれ! エルミナさん!」

「ッ……あ~もうっ! あんたも死ぬんじゃないよ!!」

 

 《蛇道》への最短距離からエルミナが逸れる。

 当然、後ろで猛追する男も二手に分かれたことに気づいたはずだが、予想通りグリムロックを追っている。最初に殺すと決めているらしい。

 そして、それこそが『計画通り』だった。

 逃げ切れなければ意味はないが。

 

「二兎を追うものは一兎も得ずってね~! まずは眼鏡のおっさんからだ!!」

「く、そ……っ!! 恨みは買ってないはずだが!!」

「ンフッ、ンフフフッ! 好きなものは後で食べる主義でねぇ!!」

 

 太った男は体格に見合わず俊敏だった。1度開いた距離も徐々に詰まり、余裕綽々(しゃくしゃく)でニタついていた。

 

「2時間たぁ~ぷりあの娘と遊べるからね~! さっきチラッと顔見えたけど、なかなか可愛かったんじゃないぃ~? エルミナさぁん!! ってさァ!!」

「っ……!?」

 

 ブオッ、と斧が空気を斬り裂いた。いや、直後にけたたましい轟音をたて、樹木をなぎ倒している。凄まじい破壊力だ。

 後頭部に命中しなかったのはただの悪運で、何度も連続すると思わない方がいい。

 だが今できることは武器で反撃することではない。

 

「最後には殺すのだろう! さっき、きみがそう言った!!」

「逆だよ逆ぅ~!! 最後に殺すから『途中でナニやってもいい』んじゃないかァ~!!」

 

 どうしようもないゲス。

 しかし罵るより前に、武器が頭蓋の近くを切り裂く。

 緊張で乾いた喉にだけ意識がいった。

 

「く……やはりラフコフはクズだな!!」

「あれ~気づいた!? すごいね! でもさぁ、おっさんにだけは言われたくないな~! 同じ穴のムジナっしょ!!」

 

 確かに男は太っているがここはゲームの世界。敏捷値にある程度経験値が振ってあれば、その体格など関係なかった。

 大きな盾と塞がる両手が、まるで障害になっていないかのような加速だ。

 時には草木をシールドでよけ、倒れかけた木片をアクスで切り開き、その他生い茂って苔まで生えた樹木をズタズタにしながら突っ切っていた。野性味溢れる無茶な進み方ではあったが、効果的であることに違いはない。

 またも、距離はどんどん詰められる。

 もうほんの1メートル。

 

「そぉらっ!!」

「ごァああああ!?」

 

 とうとう斧が右の肩口に(かす)った。武器の射程がショートタイプでなければ、充分に『直撃』という判定が出ていただろう。

 しかしHPは削られたが、それが1割にも満たなかったことからある仮説が立てられた。

 

「く、防御型(タンカー)か!?」

「ラッキーとでも思った!? でもほらほら! 逃げなきゃ死ぬよ~!!」

「ぐッ……くっ、そぉ!」

 

 おそらくは的中、なかでもバランス寄りだろう。

 しかし幸運だ。タンカーであることも、追い付かれるのと同時に《蛇道》へ突入していたことも。

 ここから先は体格も関係してくる。道すらない混雑とした木々を踏み越え、垂れる(つた)や枝を避けなければならないからだ。どうしても大きい体格、広い体面積だと移動時には不利になる。

 がしかし、そんな希望すら(かす)れた。謀ったような革製の防具、それに盾持ちとは思えない軽い足取り、斜めに倒れかかった大木すら足場にピョンピョンと跳ね迫ったのだ。

 間違いない。相手は《軽業(アクロバット)》スキルを高い熟練度で獲得している。

 

「こ、こいつッ!?」

「実践的なのは網羅済みでね~!!」

 

 今度の垂直振り降ろしは左足首へ。足に攻撃されたことで若干体勢が崩されてしまった。

 全身泥だらけ。それでもなお両足を酷使する。完全に射程内に入れば死ぬだけだと理解しているだけに、四つん這いになっても必死に進もうと足掻く。逃げた先に勝利を信じて。

 

「はい無駄ァ!!」

「ぐわァああぁあアアっ!?」

 

 背中にドロップキックを受け、グリムロックは坂をゴロゴロと転がった。

 もう天と地の境も知覚できない。

 何度も地面とバウンドし、草木の葉と泥を被る。遮断された視覚と聴覚に混乱したまま、グリムロックはとうとう大きな広場へ吹き飛ばされた。

 ぐるぐると回る目をなんとか戻し、開けた視界から情報を搾取(さくしゅ)する。

 

「(ぐっ……ここ、は……?)」

 

 ――開けた視界(・・・・・)だと?

 森林設定のフィールドにこのような空間はほとんど存在しない。つまり、ここは《魍魎の樹林帯》南西部、澄んだ湖のあるエリアだ。

 しかしグリムロックは内心焦っていた。来るのが早すぎたからだ。

 エルミナは回り込めているか、配置につけているか、準備はできているか、作戦を決行して良いか。

 彼女との連絡手段はない。選択権も時間の猶予(ゆうよ)もない。それを意識すると、知らず足は湖の方は後退りしていた。

 

「(まさか本当に、こんな状況が……)」

 

 今さら後悔しても仕方がないが、こんな方法で『切り札』を使うとは思わなかった。本来は生存率を上げる手段であって、自分が何かに打ち勝つために使用されることはない代物だからだ。

 だが、過去のグリムロックは最悪のケースを想定し、それが功を奏した。だとしたら誇るべきだ。

 今は作戦を頭で反芻(はんすう)するのみ。

 

「あらら~、ここ湖じゃん。広い敷地に障害物のない平坦! こりゃ逃げれそうにないね。どうする?」

「…………」

 

 完全に勝利を確信したのか、鬱蒼(うっそう)と生える草木をかき分けながら、彼はあくまでゆっくりと近づいてきた。森林帯を背に、二度と視界不良のエリアには逃さない構えだ。

 

「ビビっちゃうよねそりゃ~。でも遺言ぐらい遺したら? ほらほら、どうするのさ~?」

「……きみを、倒す」

「ん〜やっぱ最期は……はっ? あれ、聞き間違えたかな。いま倒すって聞こえたんだけど。……あれあれ~? もしかして、死ぬ前に相手をイラつかせよう作戦かなァ」

「きみは知らんだろうな。……しかし私には、今まで誰にも見せてこなかった切り札がある……」

「…………」

 

 それを聞いた太った男は一旦体をリラックスさせ、鼻で大きく深呼吸した。

 そのまま斧をクルクルと(もてあそ)び、ステップを踏んで息を整えると改まって発言する。

 

「へ~面白そうじゃん。やれるもんならやってみなよ。武器でもアイテムでも、ほら使えばいいだろう? ボクはそれでも勝つけどね」

「……(おご)りは破滅を招くぞ」

「違うよ~。ボクなりに準備をした。だから、100パー勝つ自信がある。おっさんのはハッタリにしか聞こえない。……けど、なんだろうね……説得力も感じるんだよ。だからそれを見極める。踏み越えたうえでボクはラフコフへ入る」

「…………」

「ポールランスの男を殺した時ね……震えたよ。ブルっちまったのさ。……まさに恐怖だった。……でもさぁ、これじゃダメなんだよ。正規メンバーの誰にも認められない。だからね~、ボクは殺す感覚に慣れなきゃいけない。ただのエサじゃ意味がない。……切り札を出させたうえで、それでも勝たなきゃね!」

 

 彼の目には決意があった。ラフコフがこの男に与えた試練の意味を、彼は正確に熟知している。そのハードルをしっかり超えて人を殺すと宣言するのだから、さすがラフコフが勧誘した唯一の人材だけはある。

 

「(ユウコ……なんの運命だろうな。私は今、想像もつかないことをしているよ。こんなところで復讐に燃えているんだ……)」

 

 必ず完遂させる。この手で殺すために、グリムロックは人生で1番頭を巡らせている。

 だとしたら狂っているのはグリムロックの方で、彼の言う通り同じ穴の狢でしかないのかもしれない。しかしそれを言い換えるなら、1度決めたことに愚直(ぐちょく)になった男は、この世で最も面倒な生き物ということだ。

 それをこの男に思い知らせる。

 

「なら、見せてやろう……!!」

 

 これがグリムロックの、最後の切り札。

 

 

 

 

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