SAOエクストラストーリー   作:ZHE

113 / 159
カルマレスロード3 復讐こそがエンドライン

 西暦2024年6月12日、浮遊城第32層。(当時の最前線64層)

 

 太った男が油断なく構える目の前で、《メインメニュー・ウィンドウ》を素早く操作した。

 ポップアップメインウィンドウ、サブメニュー、アイテムストレージ、アームクラスタブ、メイン装備フィギュアオープン。

 そして……、

 

「ん、それって……盾……?」

「…………」

「ハッハハ、ちょっとちょっとぉ、それだけじゃ意味ないでしょう。どこのキャプテンだよ!」

「……私の切り札だ」

 

 グリムロックは大きなラウンドシールドを物体化し、左腕に装備していた。形は円形で直径は約70センチ、銅製でしなやかさを持つスタンダードな盾。元々の所持者はエルミナであり、バトルスタイルを変えた彼女にとってはもう無用の長物。ただの貰い物。

 しかし、それを見た男は呆れていた。

 

「……ふざけてんの……?」

「…………」

「……価値のある勝利にしたかった。それってボクの装備のダウングレード版だよね? おっさんの逃げ足が速かったから想像つくけど、装備するのがやっとでしょ。まともに動けるの? ボクを脅かす要素は?」

「……ない、だろうな……」

 

 今度こそ太った男は短く息を吐いた。付き合いきれない、むしろここまで付き合った己が愚かだったと。

 まったくである。何に期待したか知らないが、グリムロックが戦って勝てるはずがない。レベル差、ステータス差、武器と防具の性能。どれをとっても差は激しく、まともにぶつかれば万に一つも倒すことはできない。

 彼に死ぬ要素はない。しかし、このゲームに勝つのは自分だ。

 勝負は一瞬。

 

「ズァアアアアアっ!!」

「な、にッ!?」

 

 グリムロックがほんの数秒黙祷(もくとう)して気合いを溜めていた時だった。

 男が片手用斧(ワンハンドアクス)専用五連撃技の予備動作(プレモーション)を完成させている。

 速い。速く、そして正確だ。

 6メートルほど離れていた距離が1秒で詰まった。

 グリムロックはなりふり構ってはいられなかった。反射的に体を丸く(すぼ)め、吹っ飛んでいかないようにシールドを密着させる。

 暴力の嵐。一方的な腕力が他方を翻弄(ほんろう)し、蹂躙(じゅうりん)していた。

 防御自体は間に合った。スキルの直撃は1つたりとも受けておらず、敵の技後硬直(ポストモーション)が目の前で起こっている。

 

「お、おォおおオオッ!!」

 

 攻守逆転。

 短剣(ダガー)スキルの上位連続技、《ドラップルエッジ》。

 後方へ押しやられていたグリムロックが再び距離を詰めると、技の全てが胴体へ命中。先攻してきた元の位置へ男を追い返した。

 そこでようやく両者のHPバーを確認した。

 そして、気づいてしまう。

 

「(なんだ、視界が赤い……こ、これはっ!?)」

 

 視界がレッドアウトする現象。これは残りの命が2割を下回ったということだ。

 《危険域(レッドゾーン)》。永眠への最後の階段。

 途端に汗がブワッ、と吹き出していた。対して、押しやられたというのに太った男は冷静である。技の全てをノーガードという見下しきった戦法を取ったくせに、HPがほとんど減っていなかったのだ。ゲージの残量は少なく見積もっても8割はある。

 手加減しない、本気でいく、そう言っていた男は前言を撤回(てっかい)した。

 

「やっぱ暑苦しいのナシでさっさと殺すわ。でもまぁ、興が冷めたことで抵抗とかなくなったかもね。そこだけは感謝するよ」

「……く……そっ……」

「悔しがるのやめてよ。ガッカリってレベルじゃないよ? そっちはもう1割か……すっごいや、人を殺しかけてるのになんとも思わないんだもん。それだけつまらないハッタリごっこをしたんだよ? 勘弁してよね……」

「まだ……まだだ……」

 

 冷や汗をかきながらも、グリムロックは目だけは()らさなかった。

 肥満男の背後は《蛇道》。しかも彼の《サーチング》スキルの補足対象は、グリムロックに設定されている。

 不意を突くシチュエーションは完璧だ。よもやエルミナも準備をする時間はあったはず。していなければ死ぬだけだが、今は彼女を信じるしかない。

 グリムロックは斬り口をさするようにコートの中に右手を突っ込んでいた。

 大きなラウンドシールドが邪魔をして、彼からは本当に斬り口をいたわっているようにしか見えまい。

 

「まだ……って、なにが?」

「勝負の行方だよ。勝負というのは一瞬で、あっけなく決まってしまうのさ!!」

 

 グリムロックはオブジェクト化した盾で隠すように、手元でいくつかのアイテムをストレージから取り出していたのだ。

 そして球形のそれを、相手に向かって全弾投げつけた。

 

「これッ、《トリモチ玉》か!?」

 

 足元に命中。粘り気のあるスライム状の物体が付着すると、ようやく相手の表情にサッと緊張が走った。

 しかし、これではただの足止め。決定打ではない。

 続いてグリムロックは、黄色い液体が詰まった水瓶(すいびょう)と、紫の汁が滴るスポンジのようなアイテムを投げつける。それも彼の足元に着弾し、衝撃によって煙が広がった。

 有効範囲が狭く、汎用性はない。しかし毒の濃度は最高級の《麻痺(パラライズ)》と《(ポイズン)》のバッドステータスである。

 

「(同時にかかった!)」

 

 だが朗報も束の間。

 相手はなんと、片手にクリスタルアイテムを持っていたのだ。

 緑色の蛍光色の結晶。ルール通りであれば、すでに回収されているはず。しかしジョニー・ブラックやその部下は、きっとこの《解毒結晶》を、あえて彼に持たせたまま試験に挑ませたのだろう。

 そう、これは《加入試験》と銘打った、ただの殺戮ショーなのだから。

 

「リカバリー!」

 

 その発動キーにより結晶体はパリン、と割れ、男の状態異常を瞬時に回復させた。

 

「……さて、あっさり復帰だ」

「……そん、な…………」

「アッハッハ、いいカオ。そのぶんじゃ万事休すかな?」

「……くっ……まだ、作戦は……」

「驚いた。まだ強がれるのは才能だよ、ソレ。でもそういう心理戦はしつこい。ウザいだけだから」

 

 男は最後までつまらなさそうに斧を構えた。一瞬のスキを(えぐ)ってきた先ほどと打って変わり、今度はかなり適当である。冷却中(クーリングタイム)に入った技が連発できないからか、単発直進技の構えに切り替えたようだった。

 もっとも、それだけあれば十分なのだ。防御に成功したプレイヤーを5回の攻撃で8割以上減らしている。至って簡単な暗算で、1発当たり16%の体力をグリムロックは失うことになる。

 残り10%のHPを飛ばすには、シールド越しだろうとあと1発で十分。だからこそ、彼がここで単発突撃技を繰り出すことは予定調和だった。

 プレモーションが終わる。男が勝利を確信し、アシストが術者を加速段階へ導いた。

 その瞬間。

 

「コリドー、オープンッ!!」

「っ……んなッ!?」

 

 状況が動いた。敵が初めて、本気で目を剥く。

 割れるような音が聞こえると、グリムロックの目の前に真っ白なサークルが突如として出現していた。

 直径は4メートル。持続時間は1分間。あらかじめセットした場所へ複数のプレイヤーを運べる、唯一無二の特殊転移アイテムだ。

 だが。

 

「あっ、ぶねェッ!!」

 

 ズザザザァッ!! と、男は技をギリギリでキャンセルできていた。

 慣性の法則が彼を1メートルほど前進させたが、あとほんの20センチほどの距離で止まってしまっている。冷や汗を垂らしつつも、硬直を課せられた男はまた微笑を浮かべた。

 だが終わりではない。

 ソードスキルを出しきった場合も、ソードスキルをキャンセルした場合も、技後硬直(ポストモーション)タイムに変わりはない。

 

「(さらばだ、名も知らぬプレイヤー……)」

「ヤァああアアアアっ!!」

「ぐ……づッ!?」

 

 太った男は《蛇道》から無鉄砲に直進してきた人物に、無防備な背中へズドッ! と激突されていた。

 そう、エルミナだ。《索敵》対象をグリムロックにセットしたことが仇となり、勝利に酔った男はこれだけグダグダと会話をしていても、彼女が後ろでスタンバイしていたことに気づけなかった。

 ソードスキルが生み出すノックバックを利用し、あとほんの少しの距離を単発突撃系の技で押し込むだけ。直撃さえすれば敵のHPなど別に削れなくてもいい。

 彼女の仕事はそれだけだった。

 姿勢の整わないまま作戦に墜ちた太った男は、か細い悲鳴を残しただけでそのまま転移先へ飛ばされてしまった。

 

「ハァ……ハァ……うそ、やった? ハァ……勝っちゃった……?」

「挑発して……ゼィ……攻めさせましたからね。しかし……発動タイミングも、あなたが来るのも……首の皮一枚でした……」

「うっさいなぁ……ハァ……成功したんだからいいでしょ、グリムさん……」

 

 これが切り札だ。《回廊結晶(コリドー・クリスタル)》。シーザー・オルダートから買い取った『命綱』。

 運がいいと言ったのはこういうことだ。今のところトレジャーボックスからの入手がメイン、すなわち前線に上がれず手にする機会のないはぐれ者が、まさか集団で真価を発揮する高額レートのレアアイテムを売らずに保管してあるとは思ってもみなかったのだろう。

 ストレージ検査の際にアイテムジャンルではなくアルファベットでソートし、うまいこと所持アイテムを誤魔化せたのが奏を成した。よもや本番になって逃げの手段ではなく、逆転の手段に使うとは、グリムロック自身も思わなかったが。

 しかし、完遂させた。言葉で誘導し見事役割をこなした。

 作戦成功だ。

 

「ハァ……グリムさん、でも……安物のメモリーやレコーディングはともかく、よくこんなの持ってたね」

「……入手経路については運です。そしてもちろん、所持がバレたら回収されていたでしょう。ラフコフの狙いは経費の傘増しだろうからね」

「ふふっ、けど乗り切った。……あの太った男は高ランカーだったけど、出口からじゃこっちには戻られない」

「そういうことです。飛ばした先は遠い。残りの2時間で戻って来られるような場所ではありません。彼の脅威は去ったと見ていいでしょう」

 

 それを聞いて安心したようにエルミナは立ち上がった。

 

「ふぅ~……まぁ、一難去ったところ悪いんだけど、さァッ!!」

「っ!?」

 

 そして。立ち上がるついでにソードスキルを構えた。自身にとって最後の敵、最後の参加者、つまり『グリムロックを殺す』ために。

 作戦の最終フェーズが、これでようやく終わった。

 

「なッ……っ!?」

 

 待ちに待ったスキルの構えを察知した直後、グリムロックは彼女の刺突剣(エストック)を蹴り飛ばしていた。

 ゴキンッ! と、あらぬ方向へ飛んでいく武器。

 完全に裏をかいたと思い込んでいたエルミナは、予想外の反撃で失った武器へ注意を逸らし、グリムロックは情け容赦なく彼女の腕を引いて地面へ組み倒した。

 フリーな方の手の甲にもダガーを深々と突き刺し縫い付けると、ダメージを与え続けることで《ハラスメントコード》対策をする。セクハラではなく『攻撃している』のであれば、システムはその戦闘行為を妨害できない。

 

「考えることは同じさ」

 

 当然、グリムロックはオレンジプレイヤーへと変貌(へんぼう)したが、この際それは何のデメリットにもならない。

 

「《ハラスメントコード》にまで!? あ、あんたっ……あれだけエルを信じきっていたのに……ッ!?」

「信じる、か。くだらん妄想だ。きみのその傲慢な瞳は、私が手を組もうと申し出た直後からギラついていたよ」

「くッ……!?」

 

 どうにか下敷きの状態から脱しようとわずかな抵抗を見せるが、技術の介入しない単純なパワー勝負では不可能。システムを根性で覆すことはできないのである。そして、グリムロックの筋力値は彼女よりも高い。

 

「無駄だ。……少々安直な作戦だったな。性別と色気を武器に何度も私を意識させようとする発言があった。こうなると見越したのだろう。ピンチを都合よく利用できたのも計算づく」

「……アハ、やるじゃん……バレてたの……」

「もとより、きみの目論(もくろ)みは成り立つはずがない……」

「は……意味、わかんないし……」

 

 色気によって誘われず、いかな誘惑にも惑わされない。

 すでに勝敗を悟り、組み伏せられるままとなったこの女性には知る由もない過去。

 

「私には妻がいた。この世界に」

「え、う……うそッ……!?」

「《結婚》もしていた。現実でもそうだった……だから私は、他の女など眼中にない」

「く、そ……っ」

「エルミナ……殺しはせんよ。だが……」

 

 憂うような思いがあった。グリムロックはここにきて久しぶりに、本当に久しぶりに演じる(・・・)のをやめた。

 

「あなたもどうか、2度とこんなところへは来ないでください」

 

 それが最後の別れの挨拶だった。

 グリムロックはエルミナを両手で持ち上げると、悲鳴を無視して彼女を開きっぱなしの光の円へ投げ飛ばした。

 発声コマンドでコリドーを閉じる。辺りには静寂が広がった。

 

「…………」

 

 樹木に囲まれる深い闇のフィールドで、目をつぶって深呼吸をした。

 勝った。と同時に、ある種の二重人格のように『上書きしたグリムロック』が表層に降りてきた。

 いったい誰がこの結果を予想できただろうか。

 強さの順列だと後ろから数えた方が早い雑魚が、開始2時間でサバイバル戦を決し、生き抜いた。まだ時間は半分もある。おまけに4人の内3人の退場には自分が関与しているのだ。

 いや、誰も予想できなかったはずである。「レールをぶち壊せ」と、コリドーを横流して激励(げきれい)したオルダートでさえ。そして誰もが驚愕と共に心に刻むだろう。食物連鎖を逆転させた男として、このグリムロックという名を。

 

「さて、ここからだ」

 

 綺麗事(きれいごと)を連呼して自己の正当性を主張する時間は終わり。

 ストレージから回復ポーション取り出して飲み干すと、東へひたすら歩いた。

 夜行性タイプの狂暴なモンスターも、レベル60を超えた今のグリムロックにとって障害とならない。細い《蛇道》を越え、南東を埋め尽くす《低丈草原》を抜ける。妨害工作も罠もない。ただ道なき道を進むと、いとも容易(たやす)く《カーデット村》へ到着した。

 死者2名。退場者2名。

 そして勝者1名。

 

「ラフィン・コフィン! 私は勝ったぞ! フィールド内に他の参加者はいない!! 勝者は私だッ!!」

 

 グリムロックは村の中心区で叫んでいた。周りに気配はない。だがどこからともなく現れた4人のプレイヤーが、四方から取り囲むように近づいてきた。うち1人はジョニー・ブラックで間違いない。

 彼の姿を確認すると、グリムロックは(おく)せず強気に話しかけた。

 

「勝ちました。私がここに残る、唯一の参加者です」

「……おい、ちょっと待てよ。あのデブまで倒したのか」

「ええ。造作もないことでした。今ごろ転移先でふてくされているでしょう」

 

 転移先、という表現が使えるのは、コリドーを使った証拠でもある。

 ジョニー・ブラックもその暗喩(あんゆ)には気がついたようだ。

 

「転移……ハッ、いいねェコリドーとはたまげた。前線にいたわけでもねぇ奴がな。それも回収しとけばよかったぜ。……けど、どうだ? 夜明けまでまだ2時間以上ある。いくら転移させても、復帰できないことはねェだろう? 2時間たっても帰ってこれねぇポイントは、お前のレベルじゃセッティングできない」

「いいえ、そんなことはありません。場所は55層フィールド北山の山頂、《山の白竜》の巣です。巣穴は底まで約80メートルと深く、復帰するには大量のロープを持参するか、『夜明けまで』待たなければいけません。一緒に飛ばした女性は幸運にも大量のロープを持っていましたが、今回の《加入試験》中にほぼ使い果たすように仕向けました」

「回収していないコリドーは、なにもお前のだけじゃない。そもそもデブのクリスタルは回収してない。すぐにこの《魍魎(もうりょう)の樹林帯》に戻ってくるかもな?」

「問題ありません。飛ばされた先は《結晶アイテム無効化エリア》です。あとは夜行性のドラゴンが夜明けに、つまりこのサバイバルゲームの制限時間が過ぎる頃に巣穴に帰ってくるのを待ち、その飛行能力を利用して脱出するしかありません。……そう、チェックメイトなんですよ」

 

 そう言い放つと、数秒だけ沈黙が降りた。

 

「ほぅ……ほうほゥほーう!! お前やるじゃんオモしれェよ!! ネギしょったカモだと見ていたが、注いでみないと器量の深さなんてわかンねェなァ!? ヒャハハハハ!! オッケーオッケー愉快な余興だった。ところでお前、なんでウチに来ようと思ったよ」

「…………」

 

 グリムロックの目的、そこがブレたことはない。

 そしてその目的は、このギルドへ入らないと達成しない。

 

「復讐です。そのためにはなんだってできます。例えば今回用意された『出来レース』の男を退場させたように」

「てめェ、そこまで見えてた(・・・・)のか……。いいぜ、合格だ! 元よりこんなサバイバルすら生き残れない出来損ないに用はなかった! 今日からあんたは世界最悪のレッドギルド、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の仲間入りだァ!!」

 

 今度こそ本当に感心した声で、ジョニー・ブラックは楽しそうに騒いだ。

 4段階に分けた復讐作戦。気の遠くなるような辛抱が必要だが、グリムロックは計画の第1段階『ラフコフへの加盟』を成立させたのだった。

 

 

 

 以来、グリムロックはことあるごとに彼らに忠実に服従した。人を騙し、獲物を差し出した。ラフコフに、ひいてはPoHに認められるように。

 気づけば、名を『ユリウス』に変え、『グリムロック』は跡形もなく消えていた。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 これでいい。復讐者で通すには『グリムロック』では弱すぎる。

 第2段階、『ラフコフ内での階位を最高ランクまで上げる』には、過去と完全に決別した今の『ユリウス』が必要だった。そのために費やした2ヶ月という期間である。

 それに、一気に序列を駆け上がるには多少の無謀さは必要。

 ラフコフでわがままを通すには、己の存在価値を行動で示すしかない。そしてユリウスにとっては、執念とも言える自己顕示が認められたのだ。

 

「(人が……たくさん死んだな……)」

 

 おかげで《攻略組》に限らず、アインクラッドに住むすべてのユーザーが怒りに燃えていた。

 快楽殺人者共め。気の狂った異常者が。絶対に許さない。いつか仕返ししてやる。そういった悲鳴なのか、慟哭(どうこく)なのかも判別できない、敵意の衝動が無数にこだましていた。

 

「(上出来。いや……)」

 

 ユリウスはすぐに考え直した。

 まだ足りない。敵意では生ぬるい。それが殺意に変わってこそ、ようやく意味を持つ。ラフコフとは悪の筆頭組織であり、負の象徴であらねばならないのだから。

 

 

 

 そしてPoHと会話をしてから4時間が経過した。平和を望む声を聞き入れたラフコフに対し、使者を買って出た青年と会合の時間である。

 しかし和平交渉とは名ばかりで、これはあくまで獲物を弄び、ラフコフの欲求を吐き出す時間だ。

 そうとも知らない青年も、さすがに念には念をとこれ見よがしに《転移結晶》を見せびらかせ、完全武装で登場するという心意気だけはあるようだった。

 

「話をつけに来た! ……条件は1人で来ること! そして名を『グリムロック』に変えてくることで相違ないな! 言われた通り変えた。証拠の確認なら好きなだけさせてやる!!」

 

 ユリウスを含むラフコフのメンバーが辺り一面に配置するなか、可視化されたウィンドウを見せる青年は、自分がいかに危機的状況に立たされているかも知らず叫んでいた。

 ただ、はるばる足を運んだ男性に対し、回答ぐらいはないと不憫(ふびん)と感じたユリウスは、物陰から姿を見せるとリラックスして挨拶した。

 

「やあ青年、時間通りとは律儀な男だ。前に1度だけ会ったな。覚えているか、今回も私が交渉人を務める」

「ああ先週ぶりだな。もちろん覚えているさ。しかし交渉人なんて、まったくよく言うよ。以前は名乗りもせず条件を一方的に提示しただけだろう」

「我々も警戒心が強くてね」

「……まあ、過ぎたことはいい。きみらがこうして場を設けてくれたということは、やはりただの気狂いの集まりではなかったということだ。……僕は信じているよ。いずれ、きみたちも含め大勢の意志がまとまり、そして攻略に立ち向かえる日が来るのだと。それで、今回は名前ぐらい聞かせてくれるのかな?」

「……ふむ、その前に変えた名前をもう1度よく見せてほしい。可視化したウィンドウをこちらへ」

「ハハ、なんとなく予想していたが疑り深い人だな、きみも。だいたい、いい迷惑だぞ? 受注できるのはアカウントにつき1回きりなんだから、僕は今後この名前で過ごさなくちゃならないじゃないか」

 

 おどけながら青年がウィンドウを操作すると、ネーム変更の確認が終わった。スペルの指示まで出しておいたので間違いない。

 ユリウスはほっと胸を撫で下ろす。と同時に、青年が生かされる意味も失われた。

 

「うるさいガキだ。……あと数分の命なんだ。グダグダ抜かすな」

「な、なに……を……くっ!?」

 

 彼が武器と結晶を構えるよりも早く、足元に四方八方からナイフが突き刺さった。その内の1本はクリスタルに直撃し、把持(はじ)が甘かった結晶は遠くへ弾け飛んだ。この命中精度はジョニーの成せる技である。

 青年は『こちらも交渉に出る者は、非武装の協力者1人のみ』という情報をどこかで信じていたのか、それとも主街区からそう遠くないフィールドでまさか攻撃されると思っていなかったのか、とにかく驚きに目を見開いた。

 攻撃された武器のレベルの高さだけは理解し、足が(すく)んでしまっている。そして、気の毒だが運命も決まっていた。

 

「な、なんだよこのナイフ……あっ、あんたがやったのか……?」

「無駄口を叩くな。10人規模で貴様を囲んでいる。……ここから一区南下した場所に毒沼がある。死にたくなければそこへ入れ」

「は……はっ? ま……さか、裏切るというのか。僕の帰還は多くの人間が望んでいる。刻限までに戻らなければ徹底報復だぞ。……こんなことをして、ただで済むはずが……」

「とっくに理解しているはずだ。それとも、我々の意思表示を最初から説明してほしいか? ……(さい)はすでに投げられている。繰り返すぞ。死にたくなければ、そこへ入れ」

「……お、お前たちは間違っている……」

 

 移動距離にして、わずか50メートル強。

 青年はなるべく小幅でゆっくりと歩き、そして憐憫(れんびん)なまなざしを向けたくなるほど必死に言葉で抵抗していたが、結局すぐに沼地へ到着してしまった。奇跡もなし、助けるヒーローもなし。青ざめた顔で青年は毒エリアへ侵入した。

 ここは66層。前線に限りなく近いこのステージの適正域にまで達していない青年は、《対阻害(アンチデバフ)》スキルも(むな)しく、すぐに毒に侵されじわじわとHPが減っていく。

 

「青年よ、私は運命すら感じるよ。ここは私にとって大切な者が土に眠った場所とよく似ている。……しかし安心したまえ。まだきみにはチャンスがある。これからトレインしたそこらのモンスターを適当に何体か毒沼へ投げ込む。見事モンスターを全滅させたら、きみは釈放してやろう」

「む、無理だ! あんたが場所を指示する前から、僕の限界層は伝えてあったはずだ! こっちはソロで……しかも毒状態なんだぞ!! ここのモンスターはまだサシでないと勝てないんだ!!」

 

 声には涙が入り交じっていた。

 もうどうしようもないのだと、本能では悟っているだろうに。

 

「ああ、無論それも知っている。健闘を祈るよ」

「く、ああァあアアアアッ!!」

 

 じゃぶじゃぶと泥をはねながら、青年は必死にもがいていた。どこからともなく放り投げられたスケルトンウォリアーを相手に、首のない騎士甲冑を相手に、スライムのようにぐねぐねと姿を変える軟体系モンスターを相手に。

 周囲にはラフコフメンバーの笑い声。

 叫び声と金属音は1分間ほど頻繁に聞こえた。

 1分もたつと金属音より泣き叫ぶ声が大きくなり、2分後にはすべての音が消えた。

 作戦終了。

 これで無事帰還すれば、それは計画の第2段階が完了したことと同義である。

 こうしたやり取りに長けていない青年は、せっせと集めた結晶用のコルやら、万全を期した武装やらを披露する間もなかった。そしてユリウスの要求通り名を『グリムロック』に変え、『いい返事』とやらが返ってくると信じて交渉場へと(おもむ)いたのだろう。

 

「(残念だ。せめて安らかに眠るといい)」

 

 ユリウスはほんの数秒だけ黙祷(もくとう)した。

 彼は毒に侵されるのと同時に引き連れられ(トレインされ)たモンスターとも戦っていた。特に重要ではないが、《黒鉄宮》の《生命の碑》に刻まれる『グリムロック』の死因はそのどちらかだろう。念のため把握しておく必要がある。

 もっとも、死んだのは前線一歩手前に甘んじる一般人である。ラフコフとの和解交渉自体は大っぴらに宣伝したようだが、まさか死の直前に名前を変更して死んだと予想できるはずもない。あの女(・・・)はすぐには気づかないだろう。

 

「(計画の第2段階はこれで完了か。これで私はギルド内での権限を大幅に上げられる……もっと手こずるかと思ったが、案外スムーズにことを運べたな)」

 

 権限が増すと言うことは、開示される情報がクリアになるということであり、同時に主導できる指揮権や自己行動範囲を広げられることでもある。

 単純なようで大きい。手駒が増えれば復讐の成功率も上がるからだ。

 ギルドの頭脳役(ブレイン)として才覚をアピールしたのは正解だったようである。

 

「(では少し早いが、計画の第3段階に入るとしよう。待っていてくれよ、アリーシャ……)」

 

 行動制限の枷を外したユリウスは、いてもたってもいられず、『娯楽』が終わるとすぐに行動に移る。

 辺りに人気(ひとけ)のない古小屋の中で、ユリウスは戦局を左右させる1つの恋文(こいぶみ)(つづ)った。

 

 

 

 翌日。

 8月4日、18時。本日の天気は残念ながら雨。

 アインクラッドでは全層を通して天候や気圧が統一されており、それは極端な気候に固定された特殊なフィールド以外のすべてに適用される。ここ61層主街区、水の都《セルムブルグ》も例に漏れず雨だった。

 61層主街区と言えば、セレブの街として知られている。確かに道ゆく先で見渡せば、高級感あふれる硬質で色鮮やかな壁が目立つ。しかし、なにも成金だけが住んでいるわけではない。あくまでそれは悪いイメージが独り歩きしたもので、都心から外れれば水上集落に暮らすNPCが、日銭(ひぜに)を稼ぐために投網(とあみ)に励む光景すら見られるほどだ。

 脱線したが、計画自体は雨天でも決行。復讐にだけ生きる人生など真っ平だし、こんな悪夢は1日でも早く終わってほしい。そして、これが最速で終わらせられる方法である。

 ユリウスはメッセージを送った相手、つまるところ『アリーシャ』をひたすら待った。

 約束の時間が迫り、そして過ぎていく。5分も過ぎると、相手が約束を反故(ほご)にしたのではないかという落胆から、指先がじわりと痺れてきた。

 待ち人の到来を信じてとうとう10分がたつ。

 しとしとと降る雨に打ちひしがれそうになった時、奇跡が起きた。小降りであることが幸いしたのか、それとも詩文のようなメッセージに少しでも心動かされたのか。とにかく、アリーシャは薄水色の傘をさして辺りを見渡していた。

 気を引き締める。道の角に隠れた状態のまま、ユリウスは静かにあいさつした。

 

「こんにちは、アリーシャさん。メッセージを送ったユリウスです」

「あれ、いるの? ごめんなさい遅れてしまって。けどユリウスさん、アタシはあなたのことを全然知らないのよ。それよりどこにいるのかしら?」

「……ここです」

「ああ、あなたがメッセージを……ッ!!」

 

 姿を見せたユリウス。その顔を確認した瞬間、アリーシャは傘を投げ捨てた。そしてジャリンッ!! と、腰のロングソードを抜刀し、相手の首筋にピタリとそれを張り付けた。

 ほとんどまともな抵抗もできずに距離を詰められた。敵ながら見事な反応速度と適切な対処である。覚悟していたにも関わらず、ユリウスはここが《圏内》であることを忘れるほど恐ろしい気迫を感じた。

 それでいてやはり、ユリウスは数瞬で冷静さを取り戻し動作記憶(ワーキングメモリ)は迅速な対処を促した。

 

「剣を降ろせ、話し辛いではないか」

「…………」

「無言か、それもいい。にしてもさすが、ブルジョア主街区で有名な『水の都』だ。風景価格というやつか。まったく、やることがなくて過疎化している層とは別の意味で人が少ない」

「……あいさつはいいわ。過疎地を選んどいて白々しいのよ。それより、牢屋へ出荷されたくてここへ来たのよね」

 

 ここまでくると殺気に近い。

 最前線の女性プレイヤー。アスナ、ヒスイに続く女の《攻略組》。差はできるだけ詰めたつもりだが、まだユリウスでは彼女に勝てない。それに、端から戦闘行為をしにここに来たのではない。

 ユリウスの心は笑っている。彼女の成長がその末端でも見届けられたことと、そしてまたこの女性に会えたことそのものに。

 だからこそ、落ち着いて質問を投げ掛けた。

 

「さてさて。久方ぶりだが、どうも懐古談はできそうもないらしい。では単刀直入に、『ラフコフとの和平交渉』について……ゆっくり話し合おうじゃないか」

 

 復讐計画の第3段階、『アリーシャを仲間に引き込む』のに必要な、大事な話し合いを。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。