SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第90話 グリムロックが遺したキセキ

 西暦2024年8月4日、浮遊城第68層。

 

「ようアリーシャ、相手はなんて?」

 

 待ち合わせらしき場所から行きつけの店へ帰ってきたアリーシャに声をかけると、俺に追随(ついずい)するようにカズも話しかける。

 

「ねぇねぇどんな話したのっ? ロマンチックな感じだった? アリーシャさん大人っぽいから、きっとレストランでディナーとか誘われるじゃない? それともき、きキキっ?」

「ルガ落ち着きなぁ。相手がイケメンかも怪しいしぃ。まぁここゲーマーしかいないからねぇ。それは仕方ないよぉ」

「……うん? どうしたのよアリーシャ。『ユリウスさん』って人から会いたいって言われたんでしょう。なんか怖い顔してるわよ?」

 

 帰宅したアリーシャに対しヒスイが心配そうに顔を覗いた。

 それにしてもどうしたのだろうか。確かに彼女の様子がおかしい。

 

「信じ……られないかも、しれないけど……」

「へ……?」

 

 もともと、ことの始まりは2時間前だった。

 1日を通してパラパラと雨が降り注ぐなか、俺はアリーシャの攻略に対する集中力が途切れていることに気づいた。

 朝から元《黄金林檎》メンバーに叩き起こされて『グリムロックが死んだ』という訃報(ふほう)を聞かされ、元メンバーと《黒鉄宮》に確認しに行っていたのは知っている。元気がでないことに疑問はなかったが、しかし夕方になって今度は時間を気にしてモジモジとし始めたのだ。

 俺がそれを問いかけても、彼女は(かたく)なに説明しようとしなかったが、コンビネーション練習を3回連続でミスられてからいい加減白状させた。

 すると間が悪いことに、『ユリウス』と名乗るプレイヤーから恋文が送られていたのだ。手軽なインスタントメッセージではなく、しっかりとした便せんには長文で想いの丈が感情的に綴られていた。

 なるほど、これなら時間は気になるだろう。なにせ戦闘訓練兼レベリング時間は19時までなのに、約束の時間は18時だったのだ。いくら俺達に隠したまま待ち合わせ場所にいこうとしても、少なく見積もって1時間半は相手を待たせてしまうことになる。

 そして事情を知った俺はフィールドでの仕事をその場で切り上げ、アリーシャをその人物に会わせてみようと思ったのだ。

 もちろん、そこには2ヶ月前の雪山の一件を思い出した経緯はある。

 あの日以来、俺はてっきりアリーシャも気持ちにケジメをつけられたのかと思っていた。だが何度か俺への相談もあって、なかなか割りきれないでいることにも勘づいた。嬉しいやら悲しいやらである。

 カズやジェミルも奥手だし、そもそも彼らに相談していいなら俺が1人で悩む必要もなくなる。

 と、そんな折りにこの告白メッセージが届いたのだ。

 成り行きで決めたのではなく、俺もそれなりに覚悟を決めてアリーシャに会ってみることを強く勧めた。するとどうにかして、彼女も新しい恋探しに出掛ける決心がついた。

 それが今から約30分前の話。

 しかし帰ってくるなり無言の棒立ちときている。いったい何があったのだろうか。

 辛抱強く待っていると、彼女はポツリと答えた。

 

「『ユリウス』は……グリムロックだった」

「ええっ!?」

 

 俺もカズ同様耳を疑った。腰を浮かせて驚くほどではなかったが、ゾクッ、と背中に悪寒が走る。

 グリムロック。たった1人の妻を死に追いやり、仲間すらその後を追わせようと裏で暗躍したプレイヤー。同時にレッドギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》とパイプを持った男。

 現状判断材料は少ないが、『とりあえずは危険人物だろう』という枠組に入る、謎多き犯罪者予備軍である。

 しかし、それよりもまず、俺は幽霊でも見ている気分だった。

 

「つか……生きてたのか。でも、それっておかしくねえか」

「そうだよ、今朝死んだってGAの人達が……」

「だよねぇ。だってぇ、去年死んだグリムロックなんていないはずだからぁ」

「……偽ったということね?  1年越しの同名偽装以外にも、本来はもっと単純な方法はある」

 

 ヒスイが鋭く指摘すると、彼女は俺達を見渡したまま話す。

 

「死の偽装……は、それほど難しくないわ。……ジェイドもチラッと考えたはずよ。あたしとあなたが《圏内事件》に関わっていた時、わかってからは考えたくもなかったけれどね……」

 

 「ああ、あれか」と、俺も言われて思い出す。

 

「確かに……誰か別のプレイヤーの名前を変えさせただけでも成り立つ」

「ええ。もし去年に同名者が死んでいなければ……十中八九、偽装には生きてる人を使ってるわ」

「えぇえ!? 名前を変えて死なせた……って、それじゃあ、あの人が殺人犯って言ってるようなものだよ!?」

「でしょうね。せっかくダマしたのに、初日で向こうからバラしてくるなんて……」

 

 やってくれる。一般人から名前を変えざるを得ない状況を作り、完了した時点で殺害。たったこれだけで生きるプレイヤーのすり替えが可能だ。そこには言い訳をする余地すらない。

 目的は不明だが、今のところ言えるのは、グリムロックが堕ちるところまで堕ちたレッドの犬畜生に成り下がったということだけだ。

 いっそ清々しく、堂々とさえしている。

 偽装による実質的人殺しを見せつけ、カズやヒスイから聞いた話では、ラフコフから『メインターゲット』に指定されているアリーシャへの接触。最近なぜか異常に活性化しているレッドギルド連中と《指輪事件》や《圏内事件》の経験から考えて、グリムロックが《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》と無関係であるとは考え辛い。

 ラフコフが動いている。しかも、俺達への先制攻撃だ。

 

「上等だぜラフコフ」

「うん……やっぱり、あのギルドの匂いがするわね」

「けどちょっと待ってほしいの! ……アタシも最初はそう思ったわ。人を殺しておいてよくも目の前に現れたな、って……。でもね、グリムロックの姿勢って言うか……事件に対する取り組み方が異質って言うか、どこかおかしかった気がするのよ」

「どういう意味ぃ? ボクらが《圏内事件》で見た時のあの人とはぁ、違う感じってことぉ?」

 

 まどろっこしさにジェミルが追求しても、アリーシャはまだ曖昧な態度のまま答えた。

 

「うん。……うまく言えないけど、罪悪感みたいなのを感じたわ。……だからきっと、本人が言うように人を直接殺したこともあるんだと思う。それは許されないことだし、ラフコフメンバーなのも、わざわざアイコンを見せてくれたから……けどね。けど……きっと、必死に抵抗してる感じだったのよ……」

「ハッ!」

 

 呆れたような横槍で言葉を遮ったのは俺だ。

 全員の視線が俺に集中する。

 

「バーカ深読みしすぎだろ。つか、人を殺した時点で言い逃れは利かねぇ」

「でも彼……ラフコフのアジトの場所を教えてくれたのよ」

「ああ、そうだとしても……あァアアッッ!?!?」

 

 目が飛び出るかと思った。こんな三白眼が飛び出たらホラーだ。

 

「ラフコフの……アジトよ。53層の迷宮区にある安全地帯で、確か7階」

「い、いやいや!! ンな簡単に奴らの本拠地がわかっちゃ苦労しねェよ!! ったく、今までナニ見てきたんだ。いいか、奴らのトップは組織の末端に教えるべきことと、そうでないことをきちんとわきまえてる! 前にとっ捕まえたザコがなんも知らなかったんだ。それともなにか、グリムロックはこの短期間でラフコフ内の階級を上げまくったってか!? だいたいショーコはどこだよ! まさか口頭説明されただけじゃないだろうな!?」

「アジトの位置はその場で渡された紙に書いてあったわ。用紙は耐久値(デュラビリティ)を消滅寸前にされてたからもう見せられないけど、階級についても彼は高い位置にいると考えていい。だって彼が自由に動ける理由がないでしょう? 使いっぱしりにして監視でもしてると? アタシだって《索敵》で辺りは探ったわよ。あの場にいたのは絶対にNPCだけだった!」

「じゃあ本人が帰って報告してるかもな」

「もうっ! 信じてよ!!」

 

 アリーシャがそう怒鳴り付けると、周囲にいた何人かのプレイヤーが反応した。

 今となってはヒスイやアリーシャだけでなく、レジクレというギルド自体が有名になりつつあるので今さら視線は気にしないが、周りに迷惑をかける音量で話し続けるのはいくらなんでも気が引けた。

 俺はそれを考慮したううえで、声のトーンを抑えるジェスチャーをした。

 

「アリーシャ、ちょい冷静になって話すぞ」

「ねえ……信じてくれないの……?」

 

 彼女はそこでもまだ抵抗する。しかし、まだ何か言いたそうなヒスイら3人を手で制し、この場の説得を引き受けた。

 

「まあ、簡単には信じられない。理由はわかってるはずだ」

「この単独接触は罠じゃないわ。彼の意思に触れて、無視しきれない可能性を感じたのよ。もしうまくいけば、本当にラフコフの悪行をここで止められる。だったらアタシ達がやらなきゃ! 明日の17時にまた61層に来るよう言われたわ。そこにアタシを行かせてほしいの」

「アホかっつーの。危険すぎる。すべてにおいてッ……根拠が、ないだろ。やっぱりダメだ」

 

 俺はフツフツと湧いた僅かな期待を振り払うように怒鳴ろうとしたが、彼女のまっすぐな視線から逃れ諭すように反対した。

 それでも「……根拠なら、あるわ」と言って、彼女はおもむろに目を合わせた。

 

「『アリーシャは子供だから、切り札の使い方を間違えた。でも私は大人だから間違えない。1度ラフコフと手を組み、組織から抜け出したきみなら理解できるはずだ』……こんなことを、言われたのよ。ジェイドにはわからないかもしれない。けどアタシはわかる……あんな男のこと、信じたくないけど! ……それでも、アタシだけは信じなきゃいけないのよ……ッ」

「……アリーシャ……」

 

 震えた声でこれほどはっきりものを言われたのも、また2ヶ月前の雪山以来だ。

 と同時に、この女がそれをする時は決まって本気の時だと相場が決まっている。フラれて意気消沈しているだけかと思ったらとんでもない。俺の仲間は面倒なまでにいつも色んなことを考え、悩んでいた。

 

「(こいつも大抵クソまじめだな……)……はあ、わかったよ。改めて作戦会議だ」

「えっ……ていうことは……?」

「ジェイド、本気……?」

「ああ。今度は俺らの方から反撃してやろうぜ」

 

 決めたものは仕方がない。

 俺は攻略行為を一時断念し、メンバーに次々と指示を出していた。

 

「アリーシャをグリムロックにもう1度会いに行かせる。けどカン違いすんなよ? こっちから裏をかくためにやるんだ。敵が人殺しだということを忘れるな。……ラフコフがギルドを上げて、俺らを潰しに来てるという前提で作戦を立てる。まず、この事はレジクレ内でしか話すな」

「他の人に協力は求めないの!?」

「ああ。なぜなら、俺達の目的がラフコフに勝つことじゃないからだ。こっちのカウンター作戦が知られたら意味がない。最優先は情報、強いて第2目標を挙げるならグリムロックの確保だろうな。だから限界まで奴を泳がせる。泳がせたうえで、口は割らせる。得たものはなるったけ攻略組にリークさせる」

「でもぉ連続転移でぇ、相手はいつでも話を切り上げられるよぉ?」

「当然な。けど『追跡されない脱出法』ってのは、相手が勝手に付けたキャッチフレーズだ。そんな手段はこの世に存在しない。……対策はこうだ。まず持ってる《転移結晶》は1個を除いて全員がアリーシャに持たせる。あいつらにとって最後の転移と思われる場所まで粘って、今度は俺らが追って一気に捕らえるんだ。けどもし《圏外村》が1度でも指定されたら、その時点でオレンジ共の待ち伏せを見越して追跡を中止する。……なにか質問はあるか?」

 

 俺は一旦言葉を止めてメンバーの反応を(うかが)った。

 

「……ないよ。僕はジェイドの判断に従う」

「リーダー方針なら仕方ないよねぇ。逆らえないしねぇ。ボクも賛成だよぉ~」

「ジェミル君ったら全然不満ないクセに。まあ、あたしもそれでいいと思うわ。アリーシャがせっかく掴んでくれたチャンスなんだもん。活かさなきゃね」

「みんな……」

 

 どうやら意見は纏まったようだ。時にはギルドメンバーが行動方針を決めてしまうのだから恐ろしい。俺もメンバーには甘いらしい。

 

「いっちょ連中に泡ふかせてやろうぜッ!!」

『おおーーっ!!』

 

 こうして作戦は決行された。

 そしてこれは、悪魔根絶への偉大な1歩の幕開けだった。

 

 

 

 日をまたいだ8月5日。

 なんともあっさり、決着がついてしまった。

 17時に約束の場所へグリムロックが現れ、全方位から4人のメンバーが死角なく監視し、危険はないと断定した。

 何度か転移して22層の村で会話をしたらしいのだが、それ以来一向にアリーシャが後を追う気配がなかったのだ。そしてものの10分で、とうとう彼女は最初の61層主街区、つまり《セルムブルグ》まで舞い戻ってきた。当然そこにグリムロックの姿はない。

 これで追跡も不可能。鹵獲(ろかく)も不可能。もし準備に見合う情報が得られていなかったら、考え抜いた作戦が全部おじゃんだ。

 俺達4人は《転移門》付近――《転移結晶》で飛ばされる場所は《転移門》の半径10メートル以内と決まっている――まで走って駆け寄る。

 すると彼女は、1枚のスクリーンショットを可視化した。

 

「《記録結晶(メモリー・クリスタル)》か? ……ってこれ! アジトのスクショじゃねえかよ!? あいつ、俺らの信用を買うために、アジトを撮って来たのか……!?」

「信じられないね。しかも、昨日言ってた場所と本当に一致してるよ。おまけに臨時で開く会議の場所や、本部への中継ポイントまで撮ってきてる。……僕らがこれほど探しても見つからなかったのに……」

「アリーシャ、これホントにグリムロックが手渡したのか? あいつは3ヶ月前の事件以来、マジでラフコフを殺すためにここまで……」

「ええ。だからこそ、今日はアタシの方から彼を逃がしたの。……ラフコフを潰そうとしてる。彼は本気よ」

「でも、だって!」

「もちろん、身勝手な復讐だと言ってたわ。グリセルダさんを殺す依頼をしたのは自分なんだから、これが罪滅ぼしにならないことも自覚してる。……でも、あの人……グリムロックさんは、人として……いえ、《黄金林檎》副リーダーとして、最後の使命を全うしようとしている気がするの。死ぬ気はないけど、せめて牙を剥いてやるって……」

 

 ――嘘をつけ、フラグビンビンだろうが!

 聞いていて腹が立つ。こんなことがあっていいのか。

 妻なき今、使命というなら、それこそ彼女の分まで生き抜くことだったはず。それが、なんだこれは。まるで正反対じゃないか。

 ラフコフを捕まえるために殺しが正当化されるわけではない。自由行動権を手に入れるため、ましてやアリーシャから理解を得るために誰かの命を奪っていいわけでもない。なにより……こんなことを達成したとして、妻への手向けにそれはない(・・・・・)だろう。

 グリムロック。

 元を辿れば、茅場晶彦の被害者。そんな人間へ、俺やキリトのお節介が歪んだ決意を持たせてしまったのなら。

 

「止めよう……今すぐグリムロックを!」

「ダメよ! それは絶対にダメ!!」

「死ぬ気はないって!? ご高説は結構だが、保証はあるのか! 気の利いた逆転法でも聞いたか!? あいつは!! ……死に場所を求めて、この悪夢を……ッ」

 

 終わりなき旅ではない。終着駅がどんな場所か知ったうえで。

 死ぬ気はないだと、よくもそんなことをぬけぬけと言える。

 

「逆転……になるかはわからないわ。けどアタシ……ある準備をしたのよ……」

「アリーシャ……?」

「その……突然でビックリしたけんだけど、ね……」

「ここまで来てもったいぶるなって。もう生半可なことじゃ驚くこともできねーよ」

「アタシ、グリムロックさんと結婚してるの」

「ああ結婚な。けっこォんおォおおオオオッ!?!?」

『結婚んんーーっ!?』

 

 ――結婚、だとッ!?

 それはなにか、精神的にしているということなのだろうか。元々アリーシャは叔父様派だったということなのだろうか。それなら意外だ。アリーシャはもっとこう……若い男が好みなのかと思っていたが……。だいたい、俺に好きだと言っておいて叔父様派も何もないだろうに。

 ――え、俺老けてる!?

 

「アイテムは!? アイテム取られちゃうよアリーシャさん!?」

「いやいやそんなことよりも! ……え、なんで!? 急過ぎて俺……あっ!!」

「あ、ジェイドッ!!」

 

 俺とほぼ同時にヒスイも気づいた。

 グリムロックの信じられないような玉砕行為に。

 

「そうだよ! 結婚してればできる!! あいつやっぱり!!」

 

 おかげでアリーシャのふざけた発言にも説得力が生まれた。ましてやグリムロックが茶化しで提案してきたのでもない。

 なるほど……これは、確かに本気だ。

 退路はない。やれることをすうべてやったら、あとの未来は残った俺達に任せる意思。一般プレイヤーだけでなく自らの命すらチップに懸ける究極的な不退転の覚悟。

 あの男は、未だに亡き『ユウコ』を想っていたのだろう。愛していたのだろう。だからこそアリーシャに求婚し、死を覚悟してまで己が作戦を貫いた。

 

「ああ、もう遅いなこりゃ……グリムロックは死ぬ……」

「え……ええっ、どうしてそんな。……死なないように作戦を立てたって、彼は言っていたわ!」

「でもねアリーシャ……彼はもう、ずっと前から自分が死ぬことを計画に入れていたのよ。自分が死ぬように仕向けて……だからもう、間に合わないと思う」

「ちょっと待ってよ! なんで、そんな……!?」

「《圏内事件》を思い出して。あたしとジェイドが指輪の移動に気づいた理由を」

 

 アリーシャが事実に困惑する気持ちも()める。《圏内事件》だって、実際にはアリーシャではなく俺とヒスイが謎を解いた。

 当事者ならではの発想転換。共有化されたストレージは『死別』した場合、その全権が生存者のものになる。彼が欲したのは、夫婦の片方を殺すことによるプレイヤー全所持アイテムの瞬間移送手段だろう。

 

「あ……あ、ぁ……!!」

「あいつは……ラフコフ全滅に不可欠な何かを、こっち(・・・)に送り込んでくるはずだ。しかも殺されたらその時点で証拠は残らない。PoH本人か、誰でもいい……奴を殺して、勝利を確信してたら……死んだ後に連中を出し抜くことができる」

「もう、それを止めても意味がない……アリーシャ、グリムロックさんの行動はその内バレるわよね?」

「う、うん。細工はしたけど、もうすぐにでもって……」

「じゃあ……意味なく死ぬか、意義を遺して死ぬかの違いでしかない……」

 

 ヒスイの突きつけた現実は、その場の空気を鉛よりも重くさせた。

 確定事項にも近い人の死。

 例えるなら、ビルから飛び降り自殺した人物を空中で救出しろと言われた気分だ。選んで死地へ行く人間など、根本的に助けられるはずがない。

 考えたくはない。が、考えるのをやめたら終わりだ。

 まったく大人はズルい。こんな無理難題を平気で子供に押し付けてくるのだから。

 俺は硬く握りしめていた拳を解いた。

 

「あァ……わかったよ……」

「ジェイド……?」

「やってやる。ハッ、やってやろうじゃねぇかグリムロック。ここまで来たんだ。……全員よく聞け、まずオフレコにしてた情報は全部解禁だ。ルガは《SAL(ソル)》のアギンへ、ジェミルは《風林火山》のクライン、ヒスイは《KoB》のヒースクリフだ。アリーシャはアルゴ捕まえて信用できる攻略組だけ集めてくれ。俺は《聖龍連合(DDA)》んとこ行って交渉してくる」

「待って。グリムロックさんは早くても近日中って……」

 

 聞いていられなくなったのか、アリーシャがなおも俺に反対意見を出す。

 しかしそれは考えが甘い。

 

「ラフコフを舐めすぎだ。それに、準備にしすぎはない」

「でもジェイド、DDAにも話すの? あそこが無償で協力してくれるとはとても……」

「おいおい、でけェ貸しがあるだろ。……シュミットだよ。あいつから話し通して絶対戦力を確保する。……いいか、極秘任務だ。寒いセリフに反してガチのやつな。だから手当たり次第にヒト集めりゃいいってわけじゃねェ。先にリーダーにだけ話して元情報(ソース)を聞かれたら俺の名前を出せ。《ギルド用共通タブ》から一時的に証拠の《メモリー・クリスタル》を見られるようにしとく」

「わ、わかった!」

「了解よ」

「でも、こんな……ことに……」

「アリーシャ、悲しむのは後だ! 全員死ぬ気で果たせよ!」

 

 この言葉を機に、俺達はそれぞれの担当場所へ駆け出していた。

 現在時刻は17時半。今から散り散りになっている攻略組に声をかけ、そのリーダー達の耳に情報が入ってから作戦に連れ出す仲間を厳選し、フィールドや迷宮区からそのプレイヤーを主街区まで呼び寄せ、人数調整を込めた部隊編成をしてから作戦を練る。

 慎重に慎重を期すなら、ざっと目星をつけて5、6時間はかかりそうだ。(また)ぐ直前。これが作戦を決行できる最速ボーダーライン。

 

「やってやるさ……達成して、それで最後は……ブッつぶす!!」

 

 これがグリムロックの作戦。彼の描いた理想図。

 ギルド《レジスト・クレスト》はその実現のため、アインクラッド中の街々を走り回るのだった。

 

 

 

 そうして6時間半が経過した。

 たった今、日付変更線を越えたことになる。

 

「これじゃラチが空かない。まずはリーダーが誰かをはっきりさせよう」

「リーダーは我々KoBの団長が請け負う!」

「ハァ!? 横暴さは定評通りだな。だいたい人を待たせておいて、態度がデカいんじゃないかぁ!?」

「そもそも、この情報の正確性は保証できるんだろうな。向こうの誰かが意図的に流したのでは?」

「そればかりは言っても仕方ないだろう。いま偵察隊を向かわせて確認させに行ってる。帰りと結果報告を待ってから攻め込むべきだ」

「いや、攻め込むことが決まってから部隊編成じゃ時間がかかりすぎる」

「だから先にリーダーを決めて部隊を作ると最初から言っている!」

 

 まずもって一般的な通行人には聞かれないだろうフィールドの隅。張られた大型テントの中は、混沌としたギルドエンブレムと声の応酬でてんやわんやだった。

 53層のフィールド。夜間による一帯を《索敵》スキル保持者が常時監視し、近づくものはモンスターであろうとプレイヤーであろうといち早く察せる。一斉拡散できない情報ゆえに長く時間がかかってしまったが、ここまでは順調だ。抜かりもない。情報統制も徹底され漏洩した気配もない。

 とは言え、この準備にかかった時間はおおよそ予想通りだが、思った以上に仲間意識が薄かった。

 しかしその心理状態ははっきりしている。

 そう、怖いのだ。

 浮遊城を震撼(しんかん)させたラフコフという殺人者集団(レッドギルド)が堪らなく恐ろしい。

 人とは初めて行うこと、または未知の現象に対して警戒心を抱ける高度な動物だ。迷宮区攻略やボス討伐は慣れたもの。だが、《人殺し作戦》に慣れている者はいない。ここにいる全プレイヤーにとって初体験。

 何より敵の思考が読めない。およそ攻略前におけるもっとも重要な材料、『必要充分な情報』がない。

 おまけに最近のレッド連中は絶好調ときている。例えば誰かの命令に従って突撃したとして、それでそのままあの世行きという可能性が今までで1番高いのだから。

 

「……き、来ました! 偵察隊です!」

「全員静かに! 報告を聞け!」

 

 そこへようやく53層の迷宮区に侵入したプレイヤーが帰ってきた。

 息を切らす若いプレイヤーを前に、その場にいた全員が静まりかえる。

 

「ほ、報告します。53層の7階にあった《安全地帯》は……間違いなく、ラフコフがアジトとして拠点にしていました!」

「ウソだろ……!?」

「信じられん……こんな簡単に……」

「いや、今は事実だけを受け止めよう。集団戦になるぞ!」

「いよいよ突撃だな。根絶やしにしてやるッ!!」

 

 また各々が勝手に発言するなか、DDAのリンドが手を挙げて言った。

 

「実際どうだろう。部隊の指揮官候補は、俺とヒースクリフとジェイドの3択だと思う」

「ふむ……」

「げ、俺!?」

 

 いきなり話を振られるとは思わなかったので、内心かなり動揺した。

 情報提供元という意見もわからないでもないが、俺は2桁越えの大部隊の指揮をしたことがない、という欠点がある。さすがに今回は候補から除外されるだろう。

 そしてリンドも同じ指摘をした。

 

「ジェイドの活躍には感謝している。最近いい加減調子に乗っていたレッド共を叩くチャンスとしては、これほど奴らに接近した例もないだろうさ。だから本人が立候補するなら一考の余地はある。……が、押し付けるのはよくない。責任の帰属先が集中しすぎるからな」

「ビンジョーするようだけど、俺にもその気はない。候補から外してくれ」

「……了解した。ではヒースクリフ、あんたはどうする」

「ふむ……私の部隊には経験者(・・・)がいなくてね。誉められたことではないが、人にも刃を向ける覚悟があるかという点では、DDAが適任だろう」

「ふん、嫌みかこいつッ」

「まあ待てエルバート、言わせておけばいい。ということはヒースクリフ、我々が指揮を執る、で相違ないな」

「構わんよ」

 

 これで部隊のリーダーは決定した。

 この後1時間にもおよぶ作戦会議が行われ、『女性は参加すべきでない』という意見も満場一致したところで、いよいよ作戦決行時間の話になってきた。

 俺とてグリムロックがどんな作戦を立てたのかを理解している。

 だから言った。

 

「情報ついでに提案だ。部隊を本格的に動かす時間は――」

 

 皆が納得する理由を、確かに伝えた。

 グリムロックの真の復讐計画とその真髄(しんずい)を。

 異論を申し立てる者は1人もいなかった。しかしプレイヤーが集合した22時から、ここまで一気に煮詰めて話し尽くしたので、一旦の休憩が挟まれる。そのわずかな時間を使って、俺はヒスイと2人きりになっていた。

 

「いよいよね。……まさかこっちから仕掛ける日が来るなんて」

 

 忙しなく周りを往来する者、あるいは立ち話でざわめく人垣(ひとがき)を気にせずヒスイは呟く。

 

「夢にまで見た瞬間……だったらいいんだけどな。夢のまた夢は、やっぱラフコフ全員が悪さをやめることだ……」

 

 それは不可能である。頭では理解できているし、だからこの状況を招いた。

 しかし、やむなき戦闘とは言え、果たして俺達は人を殺せるだろうか。普通に暮らしていれば到底体感することのない究極の領域だ。ともすれば、こちらが勝つための最低条件を、この場の全員が持ち合わせていない場合もある。

 不安は尽きない。それでもヒスイが《ラフコフ討伐隊》から外させられたことについては胸を()で下ろしている。ミンスやタイゾウの件と同様に、彼女にだけはそれをさせたくはなかったからだ。

 同じ理由で、アリーシャやアスナも会議を聞いただけで本戦には出ない。

 

「それにしても待ってるだけかぁ。あたしならできたのに……それか、今からでも抗議しに行こうかしら。ジェイドだけを危険なところになんて送れないわ」

「はやトチったことすんなよ。人を斬る感覚なんて、一生知らなくていいんだ」

「過保護ね~。でもそうやって意地張るとこは、やっぱり男の子って感じがするかな」

「悪いかよ、こっちは死ぬほどカッコつけたいの」

「ふふっ……ううん。全然悪くない」

 

 ヒスイがそう言うと、テントの影でキスを迫られた。

 俺は優しくしよう、なんて心遣いも忘れ、彼女を抱き締めながらそれに応えた。

 しっとりとした柔らかい感触が伝わる。

 呪いのかかったような視線をちょこちょこ感じたが、それでも俺はやめなかった。今日この時だけは、例えどんな妨害を受けてもこの唇を離さなかっただろう。

 死ぬ……かもしれないのだ。最後の口付けになるかもしれない。その可能性は、考えたくないほどに高い。

 誰も決して口にはしないが、心の中ではこう思っているだろう。「絶対勝てる戦力だが、きっと数人は犠牲になる」と。

 だから俺は腰が折れそうになるまで彼女を抱き寄せた。

 正直怖い。しかし、この場から逃げ出す選択肢は存在しない。俺は元犯罪者アリーシャを仲間に引き込んだ責任があり、危険な戦いにみんなを巻き込んだ責任がある。ゆえにそのツケを払う義務がある。それにここで逃げるようなら、彼女をギルドに引き入れはしなかっただろう。

 にしても……、

 

「(ああ……やっぱ、死ねねェな……)」

 

 ヒスイとキスをしていると脳裏に稲妻が走るような感覚がする。慣れてきたと思っても、どれだけ回数を積んでも、重ねる度に心拍数だけは面白いぐらいどんどん上がる。

 本当に、笑えるほど、俺は彼女にゾッコンなのだ。

 もう死んでもいい。

 けど死ねない。

 そんな相反した葛藤(かっとう)がせめぎ合う。

 

「……ヒスイ、そろそろ……」

「ぁ……うん、そうね。なら……」

 

 俺とヒスイにとっては辛い決断だった。

 しかも、アリーシャにはもっと残酷な要求をしなければならない。

 

「ヒスイ……俺と《離婚》してくれ」

「……ええ、そうしましょう。じゃあ……アリーシャと頑張ってね……」

 

 こうして俺とヒスイは《結婚》を破棄した。達成直前の作戦を成すために。

 そして刻々と近づく。

 奴らとの、最終決戦が。

 

 

 

 

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