西暦2024年8月6日、浮遊城第59層。(最前線68層)
日付が変わって2時間。
月の光だけが照らす
「アジトを
「Accident。位置が攻略組に割れた。口を割った奴がいる」
「えェっ!? マジっすか……最近ハイペースでブッ殺しまくってたもんで、ブルッちまったんすかねぇ」
「いいや違う。俺らの位置を知り得て、さらに日の浅い奴の仕業だろう。あまりにも前兆を感じなかった」
ジョニーは思案した。PoHの推理を信じるなら、ラフコフでの立場が上がって日が浅いうちから権限を乱用したということになる。
最近はメンバーが急増し、ジョニーは全員を把握するのに一苦労だった。新人には伝えていないが、PoHは他のオレンジギルドも
今や犯罪ギルドは大きなネットワークと化し、過去最大級の塊になっているのだ。
「ってーと何人かいたような……」
「ユリウス」
「へ……?」
「ユリウスだ。確証はないが、人の感情はそう隠せるもんじゃない。特に『歓喜』はな。俺はあいつの『歓喜』を感じたことがない」
「あァ~確かに。けど、あれだけウチらに依存していた奴が、そう簡単に裏切るもンすか?」
「そそのかされたわけではなく、初めからその気だった、か。《加入試験》でレールを壊したと聞いて買い被ったが……」
「あちゃ~。なら俺のミスっすねこりゃ。じゃあさっさと殺してきます」
「Wait。奴がこの短期間でどこまでリークさせたか裏を取る。先に45層の圏外村で待機しておけ。後で送り込む。それに、
「了解っス」
ジョニーは犯人と思しき名を聞いて意外な人物だと感じたが、すぐに目的を理解し、早速《
ユリウス……当時のプレイヤー名は『グリムロック』だった男。
彼はラフコフへの加盟動機を「復讐だ」と言った。ありふれた動機だが、ジョニーはその言葉を聞いた時、強烈な
彼の腹からは、満たされない欲求を確実に感じた。あれは嘘だったのか。
「(いや、そんなはずはねェ。現に奴はラフコフへ加盟してから、生け贄をこれでもかと運んできた……)」
見抜けなかった言い訳ではないが……、
ジョニーはアゴに手を当て、1つの解答に辿り着いた。
「(それともなにか……ヘラヘラとうそぶいたまま、奴はマジでラフコフを裏切る気満々だったってか? だとしたら、生半可な覚悟じゃねェぞ……)」
感心する。欠片も恐れはないが、同類として感心はする。
同時に、猛烈に関心を持った。グリムロックというプレイヤーの半生に。忠実すぎて、逆に退屈だった男に。
中層で安全に過ごしてきた者が、いったいどんな心境の変化があれば、このような気の狂いそうなことを真顔でこなせたのか。ましてや理性を残したまま殺人者を名乗る、ニワカのなりすましではない。そういった人物のほとんどが、あとで後悔や
だのに。結果的にニワカの殺人者と予想される人物は、組織へこれほどのダメージを与えた。
ギルドがまるごとアジトを変えるとなると、結晶代による金銭的損失はバカにならないし、時間ロスおよび在庫の問題上、同じ手は連発できない。
「(面白いぜ……もうお前はユリウスじゃねェ。あの面白オカシかった頃のグリムロックだ!! 久しぶりに俺の予想を裏切ってくれよォ!?)」
ジョニーはまだ、背後に近づく急展開を
45層の《圏外村》で待機すること数分。木造の
件のグリムロックだ。
意外にも、転移後はこれといった動きが見られない。ぼうっと立っている。逃げも隠れもしないという決意だろうか。しかし、監視されていることを前提にしているのか、視線を泳がせることもない。常に一点を見つめている。
「(なるほど俺の気配に勘づいたのか。だとしたら、2ヶ月でエラく成長したものだな。《加入試験》を受けていた当時は、軒並みアホ面をぶら下げてたってのによォ。ヒヒヒヒッ!)」
しばらく『出来の悪い駒の成長』を感慨深げに観察していると、もう1つの転移反応があった。
今度はPoHである。裏切り者に対して怒り狂うような気配はなく、その表情はしつこい服のシミを掃除する時のそれに似ていた。
それがグリムロックの現在の価値だ。便利な小道具で、忠実な犬でもあった。そこは認めるにやぶさかではないが、では必要不可欠な存在だったかと問われると、別にそんなことはない。
所詮は言われたことを無難にこなす部下。ジョニー達が求めるのは自分で判断できる生きたレッドプレイヤーである。
と、眺めるうちにPoHが話を続けると、グリムロックはすぐにボロを出した。
なんと『アジトの位置を59層の迷宮区内にある《安全地帯》へ移動させること』は、あくまで目的の一部だった。何らかの計画のため、転移結晶の無駄な消費を誘ったのだろうか。
「クールじゃねェかグリムロック。久々にグッとくる刺激だぜ」
ジョニーは気分的に《人間ダーツ》ゲームでもしながら踊りたいぐらいだったが、廃屋の屋根裏で小さくこぼしながら我慢を続けていると、グリムロックは次々に胸の内を解き明かしていった。
『メインターゲット』共の情報漏洩を意図的に抑え込んでいたこと、彼ら以外でガス抜きをさせていたこと。PoHへの煽り合戦と、『命綱』の指摘。
そして……彼は、おもむろに木陰からクリスタルアイテムを取り出したのだ。
「(なっ!? 奴はすでに、《録音結晶》を隠していやがったのかッ!!)」
これはジョニーの予想をいい意味で裏切った。
同時に合点もいく。
つまり、ここであらゆる事実をカミングアウトして無駄な抵抗をするのではなく、今日のこの瞬間まで、おそらく中継点として使用している主な《圏外村》に同様の細工を施していたということになる。ならばあの落ち着きにも納得がいく。
「(やるなァおい。《録音結晶》は安価だし、まだ予備もってンだろう)」
実に面白い試みだ。そしてどうやら、本当にあれが切り札のようである。
確かに今の会話が攻略組に
されど、その貴重な結晶が誰かの手に届くことはない。
追跡率を格段に落とせる連続転移も、ジョニーが控えているため通用しない。おまけにグリムロックは知るよしもないだろうが、いかなる罠もPoHへは通用しないのだ。なぜなら彼は、現存するすべてのトラップアイテムの名前と効果を熟知し、それぞれに最高の対応を反射の域でこなせる本物のバケモノなのだから。
だからPoHには《
さらに2人の会話は続く。
「現実は易しくない。理解しているか、誰かに渡すまでが遠足ってなァ!!」
「ッ……ああ! 知っているとも!!」
とうとうグリムロックが動いた。
気合いと並列してナイフを際どいところで回避すると、グリムロックは家屋の隙間を
PoHは歩いてそこへ向かっており、グリムロックの転移阻止には間に合わない。
ジョニーは見せ場をもらえたことにほくそ
「(ここまで来たら出番なくっちゃあなァッ!!)」
姿勢を正すと、嬉々として毒塗りナイフを投げた。
ズンッ、とうなじに命中。手ごたえあり。
完全に不意を突き、グリムロックからは転移エフェクトが解除され、《
「ワーンッ、ダウーン!!」
と、つい嬉しくなって叫んでしまう。
しかし、直後に「リカバリー!!」というボイスコマンドが聞こえた。やはりグリムロックは伏兵からの介入さえ読んでいた。
《
だというのに、一向に闘志の火が消えなかった。逃走を図るよう装っているが、警戒を巡らすような眼はまだ何か狙っている証拠だ。
「かっけェなメガネ野郎!!」
「Wow、今ので打つ手なしかと思ったぜ」
「いつまでも! そうやって余裕をかましていろ! 私は勝つ!!」
歯を食いしばり、それでも往生際悪くグリムロックは逃げ続けた。
ジョニーはPoHからアイコンタクトで待機を命じられ、お楽しみの観察タイムへ入った。
それからも、グリムロックはあの手この手でPoHを妨害した。両足を封じて宙づりにすることで一定期間対象を無力化する単純なトラップ。または対象を丸太で吹き飛ばすことで誘導し、足に重りを装着させるマルチトラップ。地形まで利用して保護色で擬態させていた辺り相当手が込んでいる。
しかし、PoHはことごとくを薙ぎ払った。
わずか1つも、
「(とうとう終わりか……)」
そして、逃走劇は幕引きへと差し掛かった。負け犬は壁際に追い詰められる。
すると……、
「だが……終わりではないぞ、PoH!! わ……私が、死んでもッ……この抵抗は無駄ではない! ……いずれ、必ずや悪魔共は滅ぶ!! 悪が勝つことはないッ!!」
こんな言葉を残して、逝った。ヘッドに首を
……いや、ジョニー達からしたら役にも立たないグリムロックの低レベル武器と、1つの指輪が落ちていた。裏側に
まったくもって期待外れ。
ラフコフに加盟するべき男を撃退し、ジョニーを
先ほどまで抗っていたのは妻の殺害を依頼したときと同じ、消え入りそうな
ジョニーは崩れかけた廃屋から飛んで着地し、歩きながら溜め息をつくように口を開いた。
「戻りましょうぜヘッド」
「……釈然としねェな」
「そっスか? これがあいつの限界っすよ」
「……ああ。呆気ないカスだった」
PoHは消えた残照へと唾を吐き捨てると、
ジョニーも死者に対して
そして新たな潜伏場所、59層の迷宮区へ到着した。
1時間ほど黙々と準備していると、目星をつけていた《安全地帯》はギルド中継点としての機能を取り戻す。散見できるアイテムは非常に見慣れたものばかりで、見張りや交代体制も滞りなく再配置した。
グリムロックが2ヶ月以上かけて与えた混乱は《
しかし、孤独な内乱は儚く散った。
「(優雅だ……たまにはこういうイベントもねェとな……)」
気を緩めかけた、その時。
「ボス、大変です! 連中が討伐隊を崩していないらしいんです!!」
「What……『サイ』からそう聞いたのか?」
「はいッ。フィールドに張っている野外テントは明かりが消えず、しかも! そっ、その……討伐隊ってのが59層に移動したようだと……」
「……この層に……」
「ちょっち待てよ、おいどうなってんだァ!?」
その報告に、ジョニーは思わず叫んた。
『サイ』はグリーンカーソルのスパイ。こうした事態、つまり『密告者による本拠地の情報漏れ』対策のメンバーである。PoHは人を殺める重責に耐えられず、いずれ現れただろう裏切り者に対しても手を打っていた。
手の込んだ内乱が結果的に手ごたえのない結末に終わったことで、おそらくPoHはグリムロックの件が
しかしあり得ない。情報が漏れる余地はなかったはずだ。
ジョニーは己の目で見た。ユリウス……いや、グリムロックが死ぬ様を。間違いなく《レコーディング・クリスタル》を誰かに渡すチャンスはなかった。
ザワつきを聞きつけ、
「どうなってる。殺したはずだ」
「あァぶッ殺したさ! 奴が死んだあと《索敵》で一帯をサーチしたが、付近には誰もいなかった!!」
「……ならなぜ来る。連絡手段が、あったんだな」
「くそったれ。奴は《共通アイテムストレージ》の作成を、ましてや部外者と《フレンド登録》もしてなかった。殺ったのは30分前だぞ!? もう俺らの討伐隊が主街区出発だァ? 情報早すぎんだろうッ!!」
ジョニーは近くに散乱していた置物を苛立たしげに蹴り飛ばす。
待機中の部下は怯えてしまったが、それでも怒りは消えない。
「……チッ。しかしまァ、来るもんは仕方ねぇ。サイの野郎は討伐隊と一緒に転移していないだろうから、討伐隊がこの層へ来たのはもう少し前だな。てことは……ご到着はおおよそ3時ってところか」
「もう……30分もない……」
「全員での移動は利かねぇ。付近の見張りと次の『娯楽』の準備に行かせた奴らを全員集めろ。ここで待ち伏せて迎え撃つ」
「全面戦争すか!? ヒョーウッ! こりゃまた凄ェことになってきたッ!!」
グリーン協力者のサイに嘘をつくメリットはない。
ということは、来る。攻略組の大群が。
原因がどうあれ、打てる策を打つだけ。犯人捜しはその後でいくらでもできる。ジョニー達の情報を売ったグリムロックの協力者捜しなど。
「さァタイムリミットは近いぞ。臨時の宴だ」
「おいテメェら!! 聞きもらすなよォッ!?」
「全員よく聞け、史上初の戦争だ! ジョニーとザザは直前の枝道で待機。挟み撃ちにする。人選と使う武器は任せる。残った連中は俺とオルダートの指揮下だ。会敵と同時に毒煙を撒いて敵を
まるで備えていたかのような、確信に満ちた
PoHの開戦前演説には、わずかに本人の高揚が感じられた。
「連中は隊列を組むだろう。ゆえに、それが崩れれば作戦が瓦解する。敵の作戦を潰すことが勝利への最速コースだと心得ろ。前衛には《
『…………』
「……へっ、ないみたいっすよ」
あるわけが、ない。
この扇動的なカリスマ性を前には発言すら
「あァそれと、逃げたい奴は前に出ろ。この世から逃がしてやる。……クックック。いいか、なにも恐れることはねェ。極論俺達は無敵だ。奴らは『人間』を噛み殺す牙がない。それを引き裂く爪もない……言わばただの臆病者」
場を独占するヘッドの言葉だけが響き、それに釘付けにされたメンバーは一様に息を呑む。
「対して俺らは何人殺した、んん? ……答えは『数えきれねぇぐらい』だ。お前らならわかるだろう、《デュエル》形式の決闘がクソの役にも立たないことを。型にハマった人間は、枠に収まらないレッドに恐怖し畏怖している。だったら! ……どうだ、おい。生放送で俺らの強さを見せつけようじゃねェかァ!!」
『おおぉぉッ!!』
「俺達なら攻略組にも勝てる!」
「ああ。何のためにここまでやったきた!!」
「殺す! オレを捨てたあいつらに、人を殺せるってのがどういうモンか見せつける!!」
「そうだ、このギルドの本質だ! さァお前ら!! 血をたぎらせろッ!!」
ウォオオオオオオオオッ!! という群生音が洞窟内で反響した。
指揮は上々、気合いも充分。何よりジョニー達は相手に足りないもの、殺す技術とその
うまくいけばパーフェクトバトル、ワンサイドゲームが展開される。結果的に攻略に不可欠な人員は根絶やしにされ、レッドが巷に
夢の一極支配体制。
その実現が、明日の朝からやって来るかもしれない。傷をなめ合うだけの弱者が、首だけ並べられたトップ勢を見て、いったいどれほどの絶望と恐怖に苛まれるか。ジョニーは想像しただけでエクスタシーを迎えそうになった。
「……ハ……ハハハハッ、ヒャハハハハハハハァ!!」
ジョニーの高笑いすら、周囲の轟音に掻き消える。
とそこへ「ところでジョニー・ブラックさん」と、パーティの端でノリに混ざれないタイプの空気を纏ったまま、シーザー・オルダートが声をかけた。
「あァ、なんだよオルダート」
「二次被害者を除き、ラフコフの殺害人数は128人だと思うんですよね。数えきれちゃいました」
「バッカおめっ、アスペかよ! そういうテンション下がる情報は捨てとけ! ったく、だァからお前ェみたいなお利口チャンは嫌いなんだよ!」
お気楽なオルダートは扱い辛い。
それよりも、祭りが近い。今は死臭に酔いしれるとき。
だというのに、話はそれだけでは終わらなかった。
「そうですね。ぼくは……おかしいでしょうか……」
「ンだよそれ、珍しいなオイ。ま、お前はいつでもおかしいがなァ! ヒャハハハハハッ!!」
「…………」
やっぱり頭のおかしい者は無視に限る。
――あァ、そんなことより、パーティが楽しみだ!
そして。
午前3時。
ジョニーと赤眼のザザが部隊を編成し枝道で身を潜めていると、とうとう大群が押し寄せてきた。
「一気に攻め込め!! 人殺しに慈悲はいらないッ!!」
『うォおおおおおっ!!』
部隊を先導する統括者の指揮で、後続の大集団が
深夜にのみ
細い脇道に身を潜めるなか、通過する集団を観察する。そのバイブレーションだけは本物である。
ジョニーらを殺すためだとしたらたいした戦意。これから人と戦おうとする一般人とは思えない殺気。ここ2ヶ月ほどハイペースで《遊び》に興じたことが仇となった。それとも攻略組、ひいてはアインクラッド全体が、こうした『反ラフコフ精神』という統一意思を持つところまでが、グリムロックの策略だったのかもしれない。
「(まったく思い通りにならねェな。だからこそ……)」
――人生は楽しい!!
「イィ~ツ、ショウタァイムッ!!」
「戦闘開始ィっ!!」
『オオォオオオオオオオッ!!』
「なにっ!?」
「バカな……後ろに回り込まれた!? いつッ!?」
「知るかよ! 指揮系統はもっと前だぞ!!」
「読まれてたんだ! 全員挟み撃ちに備えろォっ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
縦長に延びた敵の部隊がたちまち崩れた。
「なっ、毒!? 敵味方も判別できなくなるぞ!?」
「こいつら、すでに視界撹乱対策をッ!?」
「絶対勝てるんじゃねぇのかよ! こいつら全員ヤバいって!!」
「ヒャアアアアハハハハハハハハハハハッ!!」
――ああ可笑しい!
――素で笑っちまったぜ!
――絶対に勝てる戦いなんてモンはさァ!!
「この世に存在しねェんだよォカスがァッ!!」
「これがレッドの力ァ!!」
隣で部下の1人、ドレイクが同じように吠える。彼は殺人現場にも何度か連れ出し、《加入試験》の際も手下として同行させたことがある。
もちろん、乱戦中にはダメージも受ける。しかし攻撃されて緩む者はいない。
連携は上々。ドレイクがうまく誘導し、ジョニーが背後から必殺の《ソードスキル》をお見舞いした。
「がァあああああっ!?」
バリィイイッ!! と。まず1人、割れた。既存のものと被ることのない人造花火。この輝きと美しさだけは他の何にも変えられない。
満を
それなのに、死者は《ラフコフ討伐隊》から先に発生した。解毒に数秒時間を割いたその判断が、ジョニーの魔手に
「もういっちょォオ!!」
逆奇襲による目眩ましと、《ポイズン》のバッドステータスによる混乱。討伐隊は恐慌状態だった。
加えて前衛に務めた仲間が、貫通継続ダメージのある武器で先制を打ってある。後半の優位性も確保された。さすがに人数は覆しようのない差だが、これなら初動で何人かは削れるだろう。
「うああ! このォおおおっ!!」
「おおゥ、威勢だけはいいなガキィ!!」
不意打ちで新手の乱入。
しかもその少年には見覚えがあった。
「おっと、こりゃあいいぜ!
「くっ、う!?」
ザクンッ!! という斬撃音がした。
小ギルド、レジスト・クレストの一員……ルガトリオなるプレイヤーの攻撃を受け流し、その隙を縫うようにダガーを走らせた音だ。
HPアドバンテージはあっという間に吹き飛んだ。並び立つドレイクも死にかけているが果たして……、
「殺せるかなァ!? こっちも彼岸見えてンぞォ!? ヒャハハハハァ、そんなツラで斬れるかよォッ!!」
殺る気のない剣など、避けるまでもない。同様に仲間達にも余裕があった。
予想通りルガトリオは、今となっては文字通りただの的になり下がった男は、《
殺人者になる前の段階。
あってはならない、戦意喪失。敵前逃亡にも等しい降伏行為。
まったくもって論外だ。
――
「ハっはァッ! 死ねやカスが!!」
「くぁああ! 僕だってぇええ!!」
殺しは無理なのだろう。虫すら殺せそうにない哀れな憂いを見てしまえば、そんなことは理解できた。
しかし。
次の瞬間、理解できないとばかりに咆哮話を上げたのはジョニーの方だった。
ガヂィイッ!! と。首を
しかも彼を殺した刃は、そのままジョニーのダガーまできっちり受け止めている。両手剣という大味な装備に対し、見事な精密性と言わざるを得ない。よく使いこなしている。
だがそもそも、人を殺してなお剣に迷いがない。
「て、めェは……!! うオォオ!? 久しいなァ!!」
こんなところでも邪魔をする男に、呆れと喜びが同時に込み上がる。
一見すると目付きの悪い不健康な不良のなり損ない。横暴な態度や礼節をわきまえない気ままな性格が、当時攻略組内でも孤立を生んだ原因になっていたはず。
だが。ジョニー達ラフコフにとって、いつも土壇場で現れては神経を逆撫でする天敵。ずっと殺しそびれていたメインターゲット。
「ジェえイドぉオオッ!!」
「ルガは早く下がってろっ!!」
毒塗りのナイフを至近で投げるが、左手の籠手に遮られ《
横一門に振り抜かれた大剣はしゃがんで
しかしそれすら察知され、スレスレで命中を避けた相手から、今度はいくつものピックが飛来してきた。
強い。瞬殺できない。量産型のボンクラとは違う。
「人殺しの剣はよォ!! やっぱ年季が違うなァッ!?」
「今日で最後にしてやるッ!!」
大剣の腹を向けて防御可能面積を増やし、回り込んだジョニーへ腕が伸びてきた。
胸ぐらを掴まれ洞窟の壁へ投げ飛ばされる。
その手首をダガーで突き刺し、握力を緩めてから一時離脱。
毒塗りナイフを投げつけて隙を作り、今度は超低空からの足首へ一閃。
直後に膝蹴りが飛んできて目にスパークが走った。
舌打ちと後天倒立による姿勢制御。
ここまで互角に渡り合う時点で、やはり覚悟が据わってる。
「どォおおルイだろうがよオオッ!!」
「一緒にすんじゃねェよゴミがァッ!!」
バヂヂヂヂッ!! というオレンジの火花が飛び散った。対人戦に向かない《ツーハンド・ソード》使いと戦っているとは思えない手強さだった。
ジョニーは押している。ヒット回数も上回っている。
しかし、ともすれば防衛本能が機能するほどの気迫があった。
一瞬も気を抜かなければこのまま。一瞬でも気を抜けばジョニーが死ぬ。
「(つえェ……やるじゃねぇかクソがァ……!!)」
とそこで、脇からさらなる乱入者が現れた。
全身を黒い装備で固めた片手剣士。
「キリトか!? さっきのは!?」
「殺したさ!! やらなきゃ死ぬ!!」
「今度は初代ビーター様っ!! 大盤振る舞いだぜ!!」
「こいつは俺がやるから! ジェイドは作戦通りPoHを逃がすなよ!!」
「わ、わかった! ここは頼んだぞ!!」
《黒の剣士》。ジョニーにも聞き覚えのある二つ名である。散見される一方的な虐殺風景には成り下がらない。つまり彼も、そこらの成り損ないと違いラフコフメンバーを屠る可能性があるということ。
しかしジョニーは、眼前の敵に昂った。これこそ由緒正しき殺し合い。
条件さえ同じなら、あとは腕の差。
「ヒールッ!! ……さァてどう料理すっかァ!?」
「キリト! オレも付くぜ!! ……う、こいつは……ッ」
「ああ、ジョニー・ブラックだ。気を付けろよクライン! 来るぞ!!」
――何人来ようが殺してやるよ!
――今までそれができた! 実現させた!!
「シアアァアアアアアッ!!」
地を蹴り、壁を走り、回り込み、仲間すら盾に、邪魔者を蹴散らし、ターゲットを
ジョニーは自分の限界速度すら超越する万能感に包まれた。
2人を常に狙い続けるのではない。2人と常に戦うのでもない。
この場にいる動くユニットすべてが駒だ。
だが……、
「くおォ! 捉えたぞキリト!!」
「チィっ!!」
足へ刀の直撃を受けた。
バランスを崩し、断続的な加速行動が途切れる。
「うおおォッ!!」
気合いと同時に放たれる《黒の剣士》渾身のソードスキル。それがヒットする直前、真横から迫る新たなソードスキルによって妨害された。
単発突撃技が衝突したとき特有の爆音が響くと、トドメに失敗した敵が顔を歪める。
そして驚愕していた。
「ジョニー。お前はすぐ、調子に乗る」
「無礼講だろう!? ったく、説教は後にしろッてんだ!!」
ジョニーの援護に来た男はザザだった。クラインと呼ばれていた赤バンダナの男も、名前ぐらいは耳にしたことがあるようだ。
有名人というのは、ときに苦行に晒される。
「さァ殺ろうぜ!? パーティはまだ続いている!!」
ジョニーが決着を
長期戦を覚悟していたが、相当数の頭数を失った。作戦が順調に消化されないのはお互い様のようである。
何より初期人数に違いがありすぎた。
おそらく、討伐隊側はレイド単位の48人。対してジョニー側は34人。しかも平均レベルにハンデがある。
いくら殺しの技術を培ったところで、敵味方が入り交じった戦局においてはそのメリットは十全に発揮されない。なぜなら、少数側にとってトドメ一撃は、やはり人海戦術をとられると届きにくくなるからだ。
なかには討伐組が殺す気もなくがむしゃらに剣を振り回したら、たまたまラフコフメンバーを殺す、といった瞬間すら目に入った。
人数差は開くばかり。逆転一発ツモにはならなかった。
一切皆苦は世の常。中々どうして、攻略組なりに根性を見せたということだ。
「ジョニーは、3人か。俺もだ。どっちが多く、狩れるか」
「ハッ、いいねェ! 赤バンダナと黒ゴキブリ! 両方食らってやるよォっ!!」
ツーマンセル同士の死闘。
今度こそジョニーも狙いを引き絞る。
「やるぞクラインっ!!」
「おうッ!!」
《魔剣》の
対人向きの逆棘ダガーと貫通力に長ける
それぞれの愛刀が重なると、心地いい金属メロディが奏でられた。ビリビリとした感覚が闘争本能をも麻痺させると、その奥に潜む
これほどの高揚があるだろうか。これほど背徳的な快感があるだろうか。
人殺しって楽しい、と。本気で思える人種だけが辿り着く末路であり、終点。
殺し合う風景を、消え行く一瞬を、
素晴らしい巡り合わせはあったものの、元より理解されるつもりはなかった。たった独りだとしても、いかな罵倒を浴びせられても、この世界線を何回繰り返したとしても、ジョニーは殺人者として生きただろう。
「キィイエェエエアアアアッ!!」
「この野郎っ!?」
互いの金属をぶつけ合い、飛び散り、削られる生命の粉末に
ジョニーが黒剣士と斬り合っていると、横からバンダナ男が介入。それに乗じて連携を試みるも、またもザザがストップをかけた。
ジョニーはさらに真上へ飛び上がり、上空と下段からの立体戦術を繰り出す。今度は相手が防御に回り、着地後から終わりなき連撃が迫る。
伝わる振動から官能に酔いしれ、それでもなお凶器を振るう。
理解者『PoH』に、ひいては《
「俺はぶっ殺すゼェエエアアアアッ!!」
「ぐうっ!?」
赤バンダナの男が気迫に圧されたのか数歩後ずさる。《黒の剣士》もザザにかかりっきりで援護は不可能。
一瞬の空白を利用し、ゴバァッ!! と、突撃系ソードスキルを炸裂させた。
無理やり防御した、クラインと呼ばれる男の刀が吹き飛ばされ、乱戦の渦中へ消えて行く。
隙を見せた赤バンダナ、死亡確定。
そう思った時……、
「くっ!?」
「チッ……、時間切れ、だな」
バン! バン! バン! と、粉末の塊が破裂したような音が3回鳴り響いたのだ。
《威嚇用破裂弾》3発、これは撤退の合図である。
タイミング的に逃げ切れない仲間もいるだろう。動けないように縛られている者もいる。彼らを囮にジョニー達は脱出行動に移った。
生存者を人選したのではなく、撤退できる者だけが仕方なしに撤退する体裁が保たれる。これならPoHや組織に対する無駄な不信感も生まれまい。
ラフコフは不滅だ。人数の減少は問題にならない。減った分だけ増やせばいい。
それができる唯一の人物さえ生き残れば、それは夢物語ではない。PoHの卓越した
「(あァ、楽しかったぜ……)」
そして……光が
「うわっ、なんだこれ!?」
「《閃光弾》か!? 誰が投げたんだよバカ野郎!!」
「くっ!? 違う! 攻撃が止んでる!! 逃げる気だッ!!」
「逃がすな追えぇっ!!」
《威嚇用破裂弾》が炸裂してからきっかり3秒後、《閃光弾》が連続3発投げ込まれ続けた。1つの《閃光弾》につき《
すなわち、計6秒間目をつぶり続けなければ戦闘不能状態に陥る。
これを知らない討伐隊の面々は狂乱した。
ジョニーとザザは光の爆発が収まった瞬間から目を開けて逃走に移る。不意打ちが容易な今こそ棒立ちのプレイヤーを斬り刻みたい衝動に駆られたが、なんとか自制して合流地点を目指す。
PoHがすでに通路の奥で《
脱出口へ間に合ったのは9人。メンバーの半数以上……いや、7割を失った計算になる。
「撤退だ。入れ」
「来たのは俺らで最後っすよ」
「血沸き、肉踊った」
「2度とやらねェがな」
その言葉を皮切りにジョニー達9人の生き残りは転移した。
後ろで捕獲された何人かの仲間の叫び声が聞こえるが、無能な部下は不要。せいぜい縛られるなり、手足を斬り落とされるなり、各々時間を稼げとジョニーはあざ笑った。
いともあっさり光のサークルを抜けると、そのまま脱出が完了した。コリドーの転移先は所持者が任意で定める。特定の場所への移動ではないため、討伐隊に追跡の手段はない。
よって、これでジョニー達の安全が確保された。
「ふぃ~……一転して静かだ。さて、19層とは懐かしい。初拠点だな」
「元はと言えばグリムロックが起こした騒乱だったな。宣言通り墓でも荒らしてから、明日のことを考えるとしよう」
「それにしても結構な損害ッしたね。パイプのあった別の弱小レッド共でも引き込みます?」
「戦力外だ。前線のオレンジを、洗脳した方が早い」
「待てお前ら。……誰だッ!!」
PoHが突然大声を出すと、その場にいた8人の生き残りが静まり返った。
そして、荒れた道の脇から姿を表す人物は……、
「なんてこった、こいつァ気の利いたサプライズだな。ビビったぜ。……んで、なんでおめェがここにいるよ、えェっ?」
声に怒気をはらませると、相手の女はビクリと一瞬反応した。
恐怖感。狂騒寸前の震え。
ジョニーにとっては、ずいぶんと昔のことのようだった。
見ないうちに丸くなったが、納得もいく。ジョニー達が共に行動した期間はたったの4ヶ月で、道を
元ラフコフというレッテルを貼ったまま、今を生きる唯一の攻略組。
「アリーシャぁッ! 会いたかったぜ、愛しの仲間によォ!!」
金に近い長い髪をなびかせる女性プレイヤー。組織を裏切ったことへの
だが、ジョニーの耳に入る言葉は少々意外なものだった。
「ホンット……ジョニーは、いつまでも能天気ね」
「……あァん?」
「アタシは会った時から嫌いだった。あんたにあるのは幼稚な残虐性だけ。確かにアタシは手を汚したわ。けどね……思えば、心までは許していなかった。……自己弁護かって? いいえ、現にアタシはこうしてあなた達の最後を見届けようとしてるのに、全然、これっぽっちも悲しみを感じないんだもん」
「なにが言いたい。そもそも貴様は、なぜここへ、来られた」
ザザの疑問はもっともだった。わざわざ言われなくとも、ジョニーはアリーシャがラフコフの方向性に馴染んでいないことを早期に発見できていた。
その不適合性はいい。問題はそこではない。
なぜここに。
どうやって。
彼女が現れたのか。
意味すら不明。ジョニー側に生き残りが9人もいる時点で、死に物狂いで抵抗しても1人も道ずれにできないだろう。
「(自殺願望……いや、今やあの《
しかし、仮に目的ありきだったとして、この状況からできることには限りがある。ジョニーはそう考えた。
だというのに。
PoHが、ジョニー達の頭領が声を震わせた。
「テメェ、
「ヘッド……? どうしたんすか!! こんなアマ、さっさと殺りましょうよ!!」
ジョニーは動揺した。意味不明な会話に、ではない。PoHの未来予知にも似た先見の明は時々以上に理解できないことはある。
驚いたのは、彼が動揺していることそのものに。
なぜ、なんの力もない女1人に言われっぱなしで黙る? ジョニーの知る組織の
なぜ、なぜ、なぜ……、
「(いや、待てよ……? こいつが位置を知る方法は……あ、あぁア……)……アアアアアアアッ!!」
――そうか! そう言うことかッ!!
「てめェッ、そういうことか!? ぐ、グリムロックと……《結婚》して!? だから、野郎が死んでも……本隊の位置が伝わった!! だからコリドーの転移先を知っていたッ……そうだろう!!」
「見事ね……見事に遅い推察よ、ジョニー・ブラック!」
頭に血が上る、目の前の女は、本当に取り返しのつかないことをした。
「レコードは全部聞いたわ。潜伏場所も。彼の死が、集結した討伐隊を信じさせた。ラフコフを壊滅させようという、強い意思を生ませたの!」
「そして……ときを待った……」
討伐隊を結成させてから突入するまでに時間がかかった理由は、夜襲で寝首をかくためではない。こちらの退路を潰すためだったのだ。
グリムロックは妻の眠る墓すらも材料に使ったことになる。
「
「く、うっ……!?」
てっきり、グリムロックに共犯者がいたのかと思った。だがジョニーはともかく、PoHすらその片鱗や兆候を掴めなかったのは道理にそぐわない。グリムロックの死に動揺した協力者らしきラフコフメンバーは、100パーセント1人もいなかった。
PoHには人間の機敏な変化に勘づく才能があった。だからからこそ常に先手を打てたし、ラフコフという存在が成立した。
だから、いなかったのだ。2人目の裏切り者は。
殺して情報の流出を止められたのではない。むしろ死によって巧みに
これが彼『1人』の復讐計画。
「お前ッ……まさか……今っ……!?」
「ええ。惨めよね。アタシはまた《結婚》してるわ。当然ストレージも共有された。このためだけに……もうっ、彼は……アタシのことなんて見てもないのに!! でもッ……この役目は降りられなかった! この決着をつけるために、どうしてもッ!!」
涙声を上書きし、決意だけは微動だにしない。
「くっ、そカスがァ……コリドーをセットしやがったな!? ガキが! 何度もホイホイと……プライドねェのか!! この糞ビッチがァあアアアッ!!」
叫ぶことしかできない。
アリーシャの後ろで、ゆっくりと、真っ白な光が輝きだした。
白い円。絶望を与えるコリドーの前兆。
アリーシャは胸を叩き、泣き叫ぶように。
「ビッチ上等よ!! このクソ野郎っ!!!!」
光が広がる。初めて
転移の輪から討伐隊がごっそりと姿を現した。その目は殺意に燃えている。
最終戦は、まだ終わってなどいなかった。