SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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アグレッシブロード5 絶望のホワイトサークル

 西暦2024年8月6日、浮遊城第59層。(最前線68層)

 

 日付が変わって2時間。

 月の光だけが照らす半宵(はんしょう)に、ヘッドから召集がかかっていた。

 

「アジトを53層(ここ)から59層へ? ずいぶん急すね」

「Accident。位置が攻略組に割れた。口を割った奴がいる」

「えェっ!? マジっすか……最近ハイペースでブッ殺しまくってたもんで、ブルッちまったんすかねぇ」

「いいや違う。俺らの位置を知り得て、さらに日の浅い奴の仕業だろう。あまりにも前兆を感じなかった」

 

 ラフコフでの立場が上がって権限を乱用したということだろうか。

 それにしても、最近はメンバーも増えてきて把握するのも一苦労である。新人連中には伝えていないが、ヘッドは他のオレンジギルドも煽動(せんどう)してパート的な扱いで仲間に率いれている。

 今や犯罪ギルドは大きなネットワークと化し、過去最大級の塊になっているのだ。

 

「ってーと何人かいたような……ああ、1番怪しいのはユリウスっすかね。しかしあれだけウチらに依存していた奴が、そう簡単に裏切るもンすか?」

「そそのかされたわけではなく、初めからその気だった、か。《加入試験》でレールをぶち壊したと聞いて買い被ったが、確かに淡々としすぎていた」

「あちゃ~俺のミスっすねこりゃ。じゃあさっさと殺してきます」

「Wait、奴がこの短期間でどこまでリークさせたのかが気になる。先に45層の圏外村で待機しておけ。後でユリウスを送り込んで情報を引き抜く。それに、()るのは断定できてからだ」

「了解っス」

 

 俺はすぐにヘッドの目的を理解し、早速《隠蔽(ハイディング)》スキルの準備をした。

 それにしても意外である。

 ユリウス……当時のプレイヤー名は『グリムロック』だった男。

 奴はラフコフへの加盟動機を「復讐だ」と言った。ありふれた動機だったが、俺はその言葉を聞いた時に強烈な飢餓感(きがかん)を感じたのだ。飢えた獣のみが発するアブノーマルな食欲、血の滴る肉がぶら下がっていたら即座に飛び付くだろう空腹感。

 奴の腹からは満たされない何かを確実に感じた。あれは嘘だったのか。

 

「(いや、そんなはずはねェ。現に奴はラフコフへ加盟してから、生け贄をこれでもかと運んできた……)」

 

 見抜けなかった言い訳ではないが……、

 俺はアゴに手を当て、1つの解答に辿り着いた。

 

「(それともなにか……ヘラヘラとうそぶいたまま、奴はハナッからラフコフを裏切る気満々だったってのか? だとしたら生半可な覚悟じゃねェぞ……)」

 

 感心する。欠片も恐れはないが、同類として感心はする。

 同時に、猛烈に関心を持った。グリムロックというプレイヤーの半生に。忠実すぎて、逆に退屈になっていた男に。

 たかだか中層でヌルく過ごしてきた者が、いったいどんな心境の変化があれば、こんな気の狂いそうなことを真顔でこなせるのか。ましてや理性を残したまま殺人者を名乗る、腐れニワカではない。あとで後悔だの懺悔(ざんげ)だのごちゃごちゃ言い出すのがこの類だからだ。

 だのに。あのニワカ殺人者は、ヘッドの組織へこれほどのダメージを与えた。

 ギルドがまるごとアジトを変えるとなると、結晶代による金銭的損失はバカにならないし、割いてしまう時間、および在庫の問題上でも同じ手は連発できない。

 

「(面白いぜ……もうお前はユリウスじゃねェ。あの面白オカシかった頃のグリムロックだ!! 久しぶりに俺の予想を裏切ってくれよォ!?)」

 

 俺はまだ、背後に近づく急展開を嘲笑っていた。

 

 

 

 45層の《圏外村》で待機すること数分。屋根裏から見渡せる範囲に青白い転移エフェクトが発生していた。

 件のグリムロックだ。

 意外にも、転移後はこれといった動きが見られない。ぼうっと突っ立っている。逃げも隠れもしないという決意だろうか。しかし、奴とて監視されていることを前提にしているのか、視線を泳がせることもない。常に一点を見つめている。

 

「(なるほど俺の気配に勘づいたのか。だとしたら、2ヶ月でエラく成長したものだな。《加入試験》を受けていた当時は軒並みアホ面をぶら下げてたってのによォ、ヒヒヒヒッ!)」

 

 しばらく『出来の悪い駒の成長』を感慨深げに観察していると、もう1つの転移反応があった。

 今度はヘッドである。裏切り者に対して怒り狂うような気配はなく、その表情はしつこい服のシミを掃除する時のそれに似ていた。

 グリムロックの現在の価値などそんなものだ。便利な小道具で、忠実な犬でもあった。そこは認めるにやぶさかではないが、では必要不可欠な存在だったかと問われると、別にそんなことはない。

 所詮は言われたことを無難にこなしていただけだ。俺達が求めるのは自分で判断できる生きたレッドプレイヤーである。

 と、眺めるうちにヘッドが話を続けると、奴はすぐにボロを出した。

 なんと『アジトの位置を59層の迷宮区内にある《安全地帯》へ移動させること』は、あくまで目的の一部だったらしい。何らかの計画のため、転移結晶の無駄な消費を誘ったのだろうか。

 

「クールじゃねェかグリムロック。久々にグッとくる刺激だぜ」

 

 気分的には『人間ダーツ』ゲームでもしながら踊りたいぐらいだったが、廃屋の屋根裏で小さくこぼしながら我慢を続けていると、グリムロックは次々に胸の内を解き明かしていった。

 『メインターゲット』共の行動記録や基礎情報の蔓延(まんえん)を意図的に抑え込んでいたこと、危険に晒さない程度のガス抜きをさせていたこと。ヘッドへのイラつく煽り合戦と、『命綱』の指摘。

 そして……奴は、おもむろに木陰からクリスタルアイテムを取り出したのだ。

 

「(なっ!? 奴はすでに、《録音結晶》を隠していやがったのかッ!!)」

 

 これは意外だ。俺の予想をいい意味で裏切ってくれた。

 同時に合点もいく。

 つまり、ここであらゆる事実をカミングアウトして無駄な抵抗をするのではなく、今日のこの瞬間までにおそらく中継点として使用している主な《圏外村》にこの細工を施していたということになる。ならばあの落ち着きにも納得がいく。

 

「(やるなァおい。《録音結晶》は安価だし、まだ予備もってンだろう)」

 

 実に面白い試みだ。

 そして、どうやら本当にあれが切り札のようである。

 確かに今のヘッド達の会話が討伐隊を結成した攻略組に露呈(ろてい)したら、ラフコフは絶体絶命通り越して終わりかも知れない。

 されど、その貴重な結晶が誰かの手に届くことはない。

 追跡率を格段に落とせる《カウントレスジャンプ》も俺が待機していることから通用しない。おまけに奴は知るよしもないだろうが、いかなる罠もヘッドへは通用しないのだ。

 なぜなら彼は、現存する全てのトラップアイテムの名前と効果を熟知し、それぞれに最高の対応を反射の域でこなせる本物のバケモノなのだから。

 だからヘッドには《罠探査(インクイリィ)》スキルがない。

 さらに2人の会話は続く。

 

「現実はそれほど易しくねェんだよ。理解しているか、誰かに渡すまでが遠足ってなァ!!」

「ッ……ああ! 知っているともっ!!」

 

 とうとうグリムロックが動いた。

 気合いと並列してナイフを際どいところで回避すると、奴は家屋の隙間を()うように走り抜ける。そしてヘッドの死角まで到達すると、その状態で結晶アイテムを両手に取り出していた。

 ヘッドは歩いてそこへ向かっていて、奴の《カウントレスジャンプ》阻止には間に合わない。

 つまり、俺が(・・)止めろと言われたわけだ。

 

「(ここまで来たら出番なくっちゃあなァッ!!)」

 

 俺は姿勢を正すと嬉々として毒入りナイフを投げつけた。

 ズンッ、とうなじに命中。手ごたえあり。

 完全に不意を突かれた形となるグリムロックからは転移エフェクトが解除され、《麻痺(パラライズ)》のバッドステータスが奴の体を蝕んだ。

 

「ワーンッ、ダウーン!!」

 

 と、つい嬉しくなって叫んでしまう。

 しかし、直後に「リカバリー!!」というボイスコマンドが聞こえた。やはりグリムロックは俺からの介入さえ読んでいたのだ。

 《解毒結晶(リカバリング・クリスタル)》による麻痺毒の除去が終わると、奴は一目散に逃げ出していた。どうやら《カウントレスジャンプ》による脱出を諦めたようだ。これで奴は大きな切り札の1つを失ったことになる。

 だというのに、一向に闘志の火が消えなかった。逃走を図るよう装ってはいるが、あの警戒を巡らすような眼はまだ何か狙っている証拠だ。

 

「オォウ! かっけェなメガネ親父!!」

「Wow、やるじゃねェかグリムロック。今ので打つ手なしかと思ったぜ」

「いつまでも! そうやって余裕をかましていろ! 私は勝つ!!」

 

 歯を食いしばりながら、それでも往生際悪くグリムロックは逃げ続けた。

 俺はヘッドからアイコンタクトでこれ以上は手を出さなくていいというメッセージを受けとると、お楽しみの観察タイムへ入った。

 それにしても、ただの潰走者となった男の逃げ足は見上げたものだった。ラフコフに在中しておいてこの逃げ腰なのだから、本来は見下げるべきところであるが。

 それからも、奴はあの手この手でヘッドを妨害した。両足を封じて宙づりにすることで一定期間対象を無力化する単純なトラップ。または対象を丸太で吹き飛ばすことで誘導し、足に重りを装着させるマルチトラップ。地形まで利用して保護色で擬態させていた辺り相当手が込んでいる。

 しかし、ヘッドはその全てを薙ぎ払った。

 わずか1つも、掠ることさえない。

 

「(とうとう終わりか……)」

 

 そして、逃走劇は幕引きへと差し掛かった。負け犬は壁際に追い詰められる。

 すると……、

 

「だが……終わりではない! これで終わりではないぞPoH!! わ……私が、死んでもッ……ここで命を費やしたことは無駄ではない! 私の協力者が……いずれ、必ずや悪魔共のアジトを攻略組に伝えるだろう!! 悪が勝つことはないィッ!!」

 

 こんな言葉を残して、逝った。ヘッドに首を()ねられ、後には何も残っていない。

 ……いや、俺達からしたら役にも立たないグリムロックの低レベル武器と、1つの指輪が落ちていた。裏側に刺繍(ししゅう)されただろう名前は見なくてもわかる。それは奴自身が先に捨てたと聞くグリセルダとの『結婚指輪』だ。

 まったくもって期待外れ。

 ラフコフに加盟するべき男を撃退し、俺を震撼(しんかん)させたグリムロックという強者は、もうどこにもいなかったのだ。

 先ほどまで抗っていたのは妻の殺害を依頼した時と同じ、消え入りそうな脆弱(ぜいじゃく)な一般人。間際に残した怨嗟(えんさ)のセリフも、やはり同業者に言われてもいまいち響かない。

 俺は崩れかけた廃屋から着地し、歩きながら溜め息をつくように口を開いた。

 

「戻りましょうぜヘッド。可愛い部下達が帰りを待って剣磨いてますってさ」

「……ああ、呆気ないカスだった。まさかこれで終わりとはな」

 

 ヘッドは消えた残照へと唾を吐き捨てると、(つや)消しポンチョを(ひるが)して転移した。

 俺も死者に対して一瞥(いちべつ)もせず、ゴミ捨て場を去っていった。

 

 

 

 そして新たな潜伏場所、59層の迷宮区へ到着した。

 何の心配もせず1時間ほど黙々と準備していると、目星をつけていた《安全地帯》はギルド中継点としての機能を取り戻す。散見できるアイテムは非常に見慣れたものばかりで、配置も見張りも交代体制も全て確認をし終えた。

 完璧だ。グリムロックが2ヶ月以上かけて俺達に与えた混乱は《転移結晶(テレポート・クリスタル)》約30個分の金銭的被害と100分ほどのアジト移動時間に抑えられた。これでも1人のプレイヤーが組織に与えた損害としては大きい方だろう。称賛にすら値する。

 しかし、孤独な内乱は儚く散った。

 

「(優雅だ……イベントってのは、こうエキサイティングじゃなければな……)」

 

 気を緩めかけた、その時。

 

「ボス、大変です! 連中が討伐隊を崩していないらしいんです!!」

「What……『サイ』からそう聞いたのか?」

「はいッ。フィールドに張っている野外テントは明かりが消えず、しかも! そっ、その……討伐隊ってのが59層に移動したようだと……」

「……この層に……だと」

「ちょっち待てよ、おいどうなってんだァ!?」

 

 その報告に俺は思わず叫んでいた。

 『サイ』はグリーンカーソルの仲間だ。こうした事態、つまり『密告者による本拠地の情報漏れ』対策のメンバーである。ヘッドは人を殺める重責に耐えられなくなって、いずれ現れただろう裏切り者に対しても過去の段階で手を打っていたのだ。

 手の込んだ内乱が結果的に手ごたえのない結末に終わったことで、おそらくヘッドはユリウスの件が()に落ちなかったのだろう。だからこそ決着後、念には念をとすぐに連絡を入れ、そうして帰ってきた答えがこれだった。

 しかしあり得ない。情報が漏れる余地はなかったはずだ。

 俺はこの目で見た。ユリウス……いや、グリムロックが死ぬ様を。奴にはレコーディング・クリスタルを誰かに渡すチャンスはなかったはず。

 

「どうなって、いる。殺したはずだ。俺はそう、聞いたぞ」

「あァ殺したよ、ぶッ殺したさ! 付近には誰もいなかった! 俺は奴が死んだあと速攻で《索敵》使って、辺り一帯をサーチしといたんだぜ!?」

「……なら、なぜ来る。連絡手段が、あったんだな」

「くそったれ。奴は《共通アイテムストレージ》の作成を、ましてや部外者と《フレンド登録》もしてなかった。殺ったのは30分前だぞ!? もう俺らの討伐隊が主街区出発だァ? 情報早すぎんだろうッ!!」

 

 俺は近くに散乱していた置物を苛立たしげに蹴り飛ばす。

 待機中の部下は怯えてしまっていたが、それでも怒りは消えない。

 

「……チッ、しかしまァ来るもんは仕方ねぇ。サイの野郎は討伐隊と一緒に転移していないだろうから、討伐隊がこの層へ来たのはもう少し前だな。てことは……ご到着はおおよそ3時ってところか」

「もう……30分もない……」

「全員での移動は利かねぇ。付近の見張りと次の『娯楽』の準備に行かせた奴らを全員集めろ。ここで待ち伏せて迎え撃つ」

「え、全面戦争すか!? へぇ……へェ! それはそれでテンション上がりますね。ヒョーウッ! こりゃまた凄ェことになってきたッ!!」

 

 グリーン協力者のサイに嘘をつくメリットはない。

 ということは、来る。奴らがここへ。

 なら原因がどうあれ、打てる対策を打つだけだ。あいつらに痛い目を見せてからでも犯人などすぐ判明する。俺達の情報を売ったグリムロックの協力者など。

 

「さァタイムリミットは近いぞ。臨時の宴だ」

「おいテメェら!! 聞きもらすなよォッ!?」

「全員よく聞け、史上初のリアルタイムオーダーだ。ジョニーとザザは直前の枝道で待機しておけ、挟み撃ちにする。人選と使う武器は任せる。残った連中は俺とオルダートの指揮下だ。手の空いた奴から順に《索敵》の派生機能(モディファイ)に、《闇視》がない奴へ《闇視ゴーグル》を配っておけ。会敵と同時に煙を撒いて敵を攪拌(かくはん)させる。……いや、付近の商人から《毒煙玉》を買い占めろ。結局は目眩ましになる。アンチデバフがある奴も《解毒結晶(リカバリング・クリスタル)》を用意しておけ。迂回組で《隠蔽(ハイディング)》の熟練度がカンストしてない奴は迷彩ローブも忘れんなよ。連中は隊列組んでくるだろうから、その解除に徹しろ。敵の作戦を潰すことが勝利への最速コースだと心得ろ。待機組は存在を知らせるためにハイドは不要だ。前衛には《貫通(ピアース)》系のユーザを配置。短期決着は不可能だが、序盤でいくら減らせるかがウェイトを占める。あと罠は一切仕掛けるな。《罠探査(インクイリィ)》スキル持ちが敵にいたら待ち伏せを悟られて詰むからな。質問はあるか?」

『…………』

「……へっ、ないみたいっすよ」

 

 あるわけが、ない。

 この扇動的なカリスマ性を前には発言すら(はばか)られる。

 

「あァそれと、逃げたい奴は前に出ろ。この世から逃がしてやる。……クックック。いいか、何も恐れることはねェ。極論俺達は無敵だ。奴らは『人間』を噛み殺す牙がない。それを引き裂く爪もない……言わばただの臆病者」

 

 場を独占するヘッドの言葉だけが響き、それに釘付けにされたメンバーは一様に息を呑む。

 

「ふん、対して俺らは何人殺した、んん? ……答えは『数えきれねぇぐらい』だ。お前らならわかるだろう、《デュエル》形式の決闘がクソの役にも立たないことを。型にハマった人間は、枠に収まらないレッドに恐怖し畏怖している。だったら! ……どうだ、おい。生放送で俺らの強さを見せつけようじゃねェか」

「お……おお! やれるんだよな!? 俺達なら攻略組にも勝てる!」

「ああもちろんさ! なんのためにここまでやった来た!!」

「殺す! コロす!! オレを捨てたあいつらに、人を殺せるってのがどういうモンか教えてやる!!」

「そうだ、このギルドの本質だ! さァお前ら!! 血をたぎらせろッ!!」

 

 ウォオオオオオオオオッ!! という群生音が洞窟内で反響した。

 指揮は上々、気合いも充分。何より俺達は奴らに足りないもの、殺す技術とその気概を持ち合わせている。

 勝敗は火を見るより明らかだ。うまくいけばパーフェクトバトル、ワンサイドゲームが展開されるだろう。結果的に攻略に不可欠な人員は根絶やしにされ、俺達レッドが巷に蔓延(はびこ)る。そうなればもう、どんな大部隊であれ俺達に反抗しようとは考えないはずだ。

 夢の一極支配体制。

 その実現が、明日の朝からやって来るかもしれない。

 ああ、愚民共。目を覚ませば絶望が待っている。傷をなめ合う者どもが、首だけ並べられたトップ勢を見ていったいどう思うだろうか。

 ――想像がつくか? ヒヒヒッ。

 

「……ハ……ハハハハッ、ヒャハハハハハハハァ!!」

 

 俺の高笑いすら、周囲の轟音に掻き消える。

 とそこへ「ところでジョニー・ブラックさん」と、パーティの端でノリに混ざれないタイプの空気を纏ったまま、シーザー・オルダートが声をかけてきた。

 

「あァ、なんだよオルダート」

「二次災害的にこの世を去った人までは数えていませんが、ぼくの集計だとラフコフの殺害人数は128人だと思うんですよね。数えきれちゃいました」

「バッカおめっ、そういうテンション下がる情報はいらねェんだよ! とっとと捨てとけ! ったく、だァからお前ェみたいなお利口チャンは嫌いなんだよ!」

 

 お気楽なオルダートは扱い辛い。

 それよりも、祭りが近い。死の気配がする。死臭も漂う。

 だというのに、話はそれだけでは終わらなかった。

 

「そうですね。ぼくは……おかしいでしょうか……」

「ンだよそれ、珍しいなおい。ま、お前はいつでもおかしいがなァ! ヒャハハハハハッ!!」

「…………」

 

 やっぱり頭のおかしい奴は無視に限る。

 ――あァ、そんなことより、パーティが楽しみだ!

 

 

 

 そして。

 

 

 

 午前3時。

 部隊を編成し枝道で身を潜めていると、とうとう奴らが来た。

 

「一気に攻め込め!! 人殺しに慈悲はいらないッ!!」

『うォおおおおおっ!!』

 

 部隊を先導する統括者の指揮で、後続の大集団が咆哮(ほうこう)を爆発させる。

 深夜にのみ湧出(ポップ)する凶悪、凶暴化したモンスターなど最初から存在しなかったかのように薙ぎ倒す。まるで紙切れのように斬り飛ばしていた。

 細い脇道に身を潜める中、通過する集団を観察する。そのバイブレーションだけは本物である。

 俺らを殺すためだとしたらたいした戦意だ。

 これから人を殺そうとしている一般人とは思えない殺気。どうやらここ2ヶ月ほどハイペースで殺ったことが仇となったたらしい。それとも攻略組、ひいてはアインクラッド全体が、こうした『反ラフコフ精神』という統一意思を持つところまでが、グリムロックの策略だったのかもしれない。

 

「(まったく思い通りにならねェな。だからこそ……)」

 

 ――人生は楽しい!!

 

「イィ~ツ、ショウタァイムッ!!」

「戦闘開始ィっ!!」

『オオォオオオオオオオッ!!』

「なにっ!?」

「バカな……後ろに回り込まれた!? いつッ!?」

「知るかよ! 指揮系統はもっと前だぞ!!」

「読まれてたんだ! 全員挟み撃ちに備えろォっ!!」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 縦長に延びていた敵の整頓部隊がたちまち崩れた。

 

「なっ、毒!? 敵味方も判別できなくなるぞ!?」

「こいつら、すでに視界撹乱対策をッ!?」

「絶対勝てるんじゃねぇのかよ! こいつら全員ヤバいって!!」

「ヒャアアアアハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 ――ああ可笑しい!

 ――素で笑っちまったぜ!

 ――絶対に勝てる戦いなんてモンはさァ!!

 

「この世にソンザイしねェんだよォカスがァッ!!」

「これがレッドの力ァ!!」

 

 隣で部下の1人、ドレイクが同じように吠える。連携は上々、元より骨のある奴だった。殺人現場にも何度か連れ出し、《加入試験》の際も手下として同行させたことがある。やはり生まれの素質が真の切れ味を変えさせるのだ。

 もちろん、乱戦中にはダメージも受けている。しかし攻撃されて緩むような者はいない。

 ドレイクの奴がうまく誘導し、俺が背後から必殺の《ソードスキル》をお見舞いした。

 

「がァあああああっ!?」

 

 バリィイイッ!! と。まず1人、割れた。

 既存のものと被ることのない人造花火。この輝きと美しさだけは他の何にも変えられない。

 万を期しての奇襲だったのだろう。

 勝てる戦力差と見込んで剣を握ったのだろう。

 それなのに、死者は《ラフコフ討伐隊》から先に発生した。解毒に数秒時間を割いていた雑魚が、俺の手によって殺された!

 

「もういっちょォオ!!」

 

 逆奇襲による目眩ましと、《ポイズン》のバッドステータスによる混乱。おかげで討伐隊とやらは恐慌状態だった。

 加えて前衛に務めた仲間が、貫通継続ダメージのある武器で先制を打ってある。後半の優位性も確保されたようなものだ。さすがに人数だけはバカみたいに多かったが、これなら初動で何人かは削れるだろう。

 

「うああ! このォおおおっ!!」

「おおゥ、威勢だけはいいなガキィ!!」

 

 不意打ちで新手の乱入。

 しかもその少年には見覚えがあった。

 

「おっと、こりゃあいいぜ! サブタゲが、ノコノコとなァ!!」

「くっ、う!?」

 

 ザクンッ!! という斬撃音がした。

 小ギルド、レジスト・クレストの一員……ルガトリオなるプレイヤーの攻撃を受け流し、その隙を縫うようにダガーを走らせた音だ。

 初めからついていたHPアドバンテージはあっという間に吹き飛んだ。

 並び立つドレイクも死にかけているが果たして……、

 

「殺せるかなァ!? こっちも彼岸見えてンぞォ!? ヒャハハハハァ、そんなツラで斬れるのかよォッ!!」

 

 殺る気のない剣など、避けるまでもない。同様に仲間達にも余裕があった。

 予想通りルガトリオは、今となっては文字通りただの的になり下がった男は、《両手用棍棒(ツーハンド・スタッフ)》を力なく手から滑り落としていた。

 殺人者になる前の段階。

 あってはならない、戦意喪失。敵前逃亡にも等しい降伏行為。

 まったくもって論外だ。

 ――死にかけ(ニアデス)を前にエモノを地面に落とす奴がいるかよ!!

 

「ハっはァッ! カマトトぶってもしゃあねェぜ、カス野郎が!!」

「くぁああ! 僕だってぇええ!!」

 

 殺しは無理なのだろう。虫すら殺せそうにない哀れな憂いを見てしまえば、そんなことは理解できていた。

 しかし。

 次の瞬間、理解できないとばかりに咆哮話を上げたのは俺の方だった。

 カヂィイッ!! と。首を跳ね飛ばされHPゲージを全損させたのは、優秀な部下であるはずのドレイクだったのだ。

 しかも彼を殺した刃はそのまま俺のダガーまできっちり受け止めている。両手剣という大味な装備に対し、見事な精密性と言わざるを得ない。よく使いこなしている。

 だがそもそも、人を殺してなお剣に迷いがない。

 

「て、めェは……!! うオォオ!? 懐かしいじゃねえかァ!!」

 

 またこの男か。こんなところでも邪魔をする。

 一見すると目付きの悪い不健康な不良のなり損ない。横暴な態度や礼節をわきまえない気ままな性格が、当時攻略組の中でも孤立を生んだ原因にもなっていたはず。

 だが。俺達ラフコフにとって、いつも土壇場で現れては神経を逆撫でしてくる天敵。ずっと殺しそびれていたメインターゲット!

 

「ジェえイドぉオオッ!!」

「ルガは早く下がってろっ!!」

 

 毒塗りのナイフを至近で投げるが、左手の籠手に遮られ《対阻害(アンチデバフ)》スキルに押し返された。

 横一門に振り抜かれた大剣はしゃがんで(かわ)し、今度は死角から絡め手で貫く。

 しかしそれすら察知され、すれすれで命中を避けた奴からは今度はいくつものピックが飛来してきた。

 強い。瞬殺できない。量産型のボンクラとは違う。

 

「人殺しの剣はよォ!! やっぱ年季が違うなァッ!?」

「今日で最後にしてやるッ!!」

 

 大剣の腹を向けて防御可能面積を増やし、回り込んだ俺へ腕が伸びてきた。

 胸ぐらを掴まれ洞窟の壁へ投げ飛ばされる。

 その手首をダガーで突き刺し、握力を緩めてから一時離脱。

 毒塗りナイフを投げつけて隙を作り、今度は超低空からの足首へ一閃。

 直後に膝蹴りが飛んできて目にスパークが走った。

 やってくれる。ここまで互角に渡り合ってくるとは。やはり覚悟が据わってる。その気(・・・)で立っている。そんな人間は……、

 

「どォおおルイだろうがよオオッ!!」

「一緒にスンじゃねェよゴミがァッ!!」

 

 バヂヂヂヂッ!! というオレンジの火花が飛び散った。

 対人戦に向かない《ツーハンド・ソード》使いと戦っているとは思えない手強さだった。

 押してはいる。ヒット回数もこちらが上回っている。

 だが、しかし。ともすれば防衛本能が機能してしまいそうなほどの気迫があった。

 一瞬も気を抜かなければこのまま。一瞬でも気を抜けばこちらが死ぬ。

 

「(つえェ……やるじゃねぇかクソがァ……!!)」

 

 とそこで、脇からさらなる乱入者が現れた。

 全身を黒い装備で固めた片手剣士。

 

「キリトか!? さっきのは!?」

「殺したさ!! やらなきゃ死ぬ!!」

「今度は初代ビーター様っ!! 大盤振る舞いだぜ!!」

「こいつは俺がやるから! ジェイドは作戦通りPoHを逃がすなよ!!」

「わ、わかった! ここは頼んだぞ!!」

 

 《黒の剣士》。こいつも骨のある奴だ。散見される一方的な虐殺風景には成り下がらない。つまり、この男もそこらの成り損ないと違い、こちらまで屠ってくるということである。

 しかし俺は、その事実を前に昂っていた。これこそ由緒正しき殺し合い。

 条件さえ同なら、あとは腕の差。

 

「ヒールッ!! ……さァてどう料理すっかなァ!?」

「キリト! オレも付くぜ!! ……う、こいつは……ッ」

「ああ、ジョニー・ブラックだ。気を付けろよクライン! 来るぞ!!」

 

 ――何人来ようが殺してやるよ!

 ――今までそれができた! 実現させた!!

 

「シアアァアアアアアッ!!」

 

 地を蹴り、壁を走り、回り込み、仲間すら盾に、邪魔者を蹴散らし、ターゲットを逐一(ちくいち)変動させ、変則的なダガー捌きで弱者を翻弄(ほんろう)し、そして殺す。

 俺は自分の限界速度すら超越する万能感に包まれた。

 2人を常に狙い続けるのではない。2人と常に戦うのでもない。

 この場にいる動くユニット全てが俺の駒だ。

 だが……、

 

「くおォ! 捉えたぞキリト!!」

「チィっ!!」

 

 足へ刀の直撃を受けた。

 バランスを崩し、断続的な加速行動が途切れてしまう。

 

「うおおォッ!!」

 

 気合いと同時に放たれる《黒の剣士》渾身のソードスキル。

 それが俺にヒットする直前、真横から迫る新たなソードスキルによって妨害された。

 単発突撃技が衝突した時特有の爆音が響くと、トドメに失敗した敵が顔を歪める。

 そして驚愕していた。

 

「ジョニー。お前はすぐ、調子に乗る」

「無礼講だろう!? ったく、説教は後にしろッてんだ!!」

 

 俺の援護に来た奴はザザだった。クラインと呼ばれていた赤バンダナの男も、名前ぐらいは耳にしたことがあるようだ。

 有名人というのは、時に苦行に晒される。

 

「さァ殺ろうぜ!? パーティはまだ続いている!!」

 

 とは言え、時間はあまり残されていない。

 長期戦は覚悟のうえだが、時が経つほど有利にはならない。こちらも相当数の頭数を失っていたのだ。作戦が順調に消化されないのはお互い様のようである。

 何より初期人数に違いがありすぎた。

 おそらく、討伐隊側はレイド単位の48人。対してこちらは34人。しかもレベルにすらハンデがある。

 いくら殺しの技術を培ったところで、こうも敵味方が入り交じった戦局においてはそのメリットは十全に発揮されない。なぜなら、こちらのトドメの一撃も、やはり人海戦術をとられると届きにくくなるからだ。

 中には討伐組が殺す気もなくがむしゃらに剣を振り回したら、たまたまこちらのメンバーを殺す、といった瞬間すら目に入った。

 人数差は開くばかり。逆転一発ツモにはならなかったらしい。中々どうして、ボンクラなりに根性を見せたということか。

 

「ジョニーは、3人か。俺もだ。どっちが多く、狩れるか」

「ハッ、いいねェ! 赤バンダナと黒ゴキブリ! 両方食らってやるよォっ!!」

 

 ツーマンセル同士の死闘。

 今度こそ俺も狙いを引き絞る。

 

「やるぞクラインっ!!」

「おうッ!!」

 

 《魔剣》の片手用直剣(ワンハンド・ソード)と《曲刀》派生の《カタナ》。

 対人向きの逆棘ダガーと貫通力に長ける刺突剣(エストック)

 それぞれの愛刀が重なると、心地いい金属メロディが奏でられた。ビリビリとした感覚が闘争本能をも麻痺させると、その奥に潜む狂痴的(きょうちてき)な解放感が広がる。

 これほどの高揚があるだろうか。これほど背徳的な快感があるだろうか。

 人殺しって楽しい、と。本気で思える人種だけが辿り着く末路であり、終点。

 殺し合う風景を、消え行く一瞬を、精緻(せいち)なアートでも観るように堪能できる精神。

 素晴らしい巡り合わせはあったものの、元より理解されるつもりはなかった。たった独りだとしても、いかな罵倒を浴びせられても、この世界線を何回繰り返したとしても、俺は殺人者として生きただろう。

 

「キィイエェエエアアアアッ!!」

「この野郎っ!?」

 

 互いの金属をぶつけ合い、飛び散り、削られる生命の粉末に(いと)しさをも覚える。

 俺が黒剣士と斬り合っていると、横からバンダナ男が介入。それに乗じて連携を試みるも、またもザザがストップをかけた。

 俺はさらに真上へ飛び上がり、上空と下段からの立体戦術を繰り出す。今度は相手が防御に回り、着地後俺達から終わりなき連撃が迫る。

 伝わる振動から官能に酔いしれ、それでもなお凶器を振るう。

 理解者『PoH』に、ひいては《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に無限の感謝を捧げ……、

 

「俺はぶっ殺すゼェエエアアアアッ!!」

「ぐうっ!?」

 

 赤バンダナの男が気迫に圧されたのか数歩後ずさる。《黒の剣士》サンもザザにかかりっきりでとても援護できそうにないようだ。

 一瞬の空白を利用し、ゴバァッ!! と、突撃系ソードスキルを炸裂させた。

 無理やり防御した赤バンダナの刀が吹っ飛ばされ、乱戦の渦中へ消えて行ってしまう。余裕の有無もはっきりし、逆転手段がないことも確認した。ブラフではない。

 隙を見せた赤バンダナ、死亡確定。

 そう思った時……、

 

「くっ!?」

「チッ……、時間切れ、だな」

 

 バン! バン! バン! と、粉末の塊が破裂したような音が3回鳴り響いたのだ。

 《威嚇用破裂弾》3発、これは撤退の合図である。

 タイミング的に逃げ切れない仲間もいるだろう。動けないように縛られている者もいる。彼らを囮に俺達はさっさと脱出である。

 生存者を人選したのではなく、撤退できる者だけが仕方なしに撤退する体裁が保たれる。これならヘッドに対する無駄な不信感も生まれまい。

 ラフコフは不滅だ。人数が減ったのも何ら問題はない。減った分だけ増やせばいい。

 それができる唯一の人物さえ生き残れば、それは夢物語ではない。ヘッドの卓越した傀儡(かいらい)術と豊富な話術こそが最も重要な武器だからだ。

 

「(あァ、楽しかったぜ……)」

 

 そして……光が(またた)いた。

 

「うわっ、なんだこれ!?」

「《閃光弾》か!? 誰が投げたんだよバカ野郎!!」

「くっ!? 違う! 攻撃が止んでる!! 逃げる気だッ!!」

「逃がすな追えぇっ!!」

 

 《威嚇用破裂弾》が炸裂してからきっかり3秒後、《閃光弾》が連続3発投げ込まれ続けた。1つの《閃光弾》につき《盲目(ブラインドネス)》のバッドステータスを課せられる有効時間は2秒。これも3発分である。

 すなわち、計6秒間目をつぶり続けなければ戦闘不能状態に陥る。

 これを知らない討伐隊の面々は狂乱していた。

 俺とザザは光の爆発が収まった瞬間から目を開けて逃走に移る。不意打ちが容易な今こそ棒立ちのプレイヤーを斬り刻みたい衝動に駆られたが、なんとか自制して脱出した。

 ヘッドがすでに通路の奥で《回廊結晶(コリドー・クリスタル)》を開いている。

 脱出に間に合ったのは約10人。メンバーの半数以上……いや、7割を失った計算になる。

 

「ち、撤退だ。早く入れ」

「了解っすヘッド。来たのは俺らで最後っすよ」

「血沸き、肉踊った」

「2度とやらねェがな」

 

 その言葉を皮切りに俺達9人の生き残りは転移した。

 後ろで捕獲された何人かの仲間の叫び声が聞こえるが、無能な部下は不要。せいぜい縛られるなり、手足を斬り落とされるなり、各々時間を稼いでほしいものだ。

 いともあっさり光のサークルを抜けると、そのまま脱出が完了した。コリドーの転移先は所持者が任意で定めるものだ。特定の場所への瞬間移動ではないので、奴ら討伐隊に追跡の手段はない。

 よって、またもや俺達の安全が確保されてしまったわけだ。

 

「ふぃ~……一転して静かだ。さて、19層とは懐かしい。ヘッドとの初拠点か」

「元はと言えばユリウス……グリムロックの野郎が起こした騒乱だったな。宣言通り墓でも荒らしてから、明日のことを考えるとしよう」

「それにしても結構な損害ッしたね。パイプのあった別の弱小レッド共でも引き込みます?」

「戦力外だ。前線の、オレンジを、洗脳した方が、早い」

「待てお前ら……誰だッ!!」

 

 ヘッドが突然大声を出すと、その場にいた8人の生き残りが静まり返った。

 そして、荒れた道の脇から姿を表す人物は……、

 

「なんてこった、こいつァ気の利いたサプライズだな。俺もビビっちまったぜ。……んで、何でおめェがここにいるよ、えェっ?」

 

 声に怒気をはらませると、その女はビクリと一瞬反応した。

 恐怖感。狂騒寸前の震え。

 もうずいぶんと昔のことのようだ。

 見ないうちに丸くなったようだが、同時に納得もいく。俺達が共に行動した期間はたったの4ヶ月で、俺達が道を別々に歩み始めてから9ヶ月も経過している。今となってはこの女と作り上げた実績などとうに色褪(いろあ)せ薄れていたのだから。

 元ラフコフというレッテルを貼ったまま、今を生きる唯一の攻略組。

 

「アリーシャぁッ! 会いたかったぜ、愛しの仲間によォ!!」

 

 金に近い色の長い髪をなびかせる女性プレイヤー。裏切り者のこいつには殺意しか湧かないが、会いたかったという表現に偽りはない。

 だが、俺の耳に入る言葉は少々意外なものだった。

 

「ホンット……ジョニーは、いつまでも能天気ね」

「……あァん?」

「アタシは会った時からあんたが嫌いだった。知的なそぶりも見せやしない……あるのは幼稚な残虐性だけ。確かにアタシは手を汚したわ。けどね……思えば、心までは許していなかった。……自己弁護かって? いいえ、現にアタシはこうしてあなた達の最後を見届けようとしてるのに、全然、これっぽっちも悲しみを感じないんだもん」

「何が言いたい。そもそも貴様は、なぜここへ、来られた」

 

 ザザの疑問ももっともだ。言われなくとも、アリーシャの奴がラフコフという集体系の方向性に馴染みきれていないことは早期に発見できていた。

 奴の不適合性はいい。問題はそこではない。

 なぜここに。

 どうやって。

 この女が現れたのか。

 意味すら不明だ。こちらの生き残りが9人もいる時点で、彼女がこれから死に物狂いで抵抗しても1人たりとも道ずれにできないだろう。

 自殺志願……ではない。あのレジクレの一員だ。かのモヤシ男に惚れ込み、あげく恋すら実らず、なあなあで前線に立ち往生している愚か者。こんな負け組には一生伴侶などできないだろう。人として、何より女としてどこか終了している人生。

 しかし。だというのに。

 ヘッド(・・・)が、俺達の頭領が声を震わせていた。

 

「テメェ、そういう(・・・・)ことか。……全部、計算づくだったな……」

「ヘッド……? どうしたんすか!! こんなアマ、さっさと殺りましょうよ!!」

 

 俺は動揺した。意味不明な会話に、ではない。ヘッドの未来予知にも似た先見の明は時々以上に理解できないことはある。

 驚いたのは、彼が動揺していることそのものに。

 ここでなぜ引く? なぜなんの力もない女1人に言われっぱなしで黙る? 俺の知るヘッドは腰抜けだったのか。

 なぜ、なぜ、なぜ……、

 

「(ん、待てよ……? こいつが位置を知る方法は……あ、あぁア……)……アアアアアアアッ!!」

 

 ――そうか! そう言うことかッ!!

 

「てめェッ、そういうことか!? こんな……おまッ……ぐ、グリムロックと《結婚》していたのか!? だから、あの裏切り野郎が死んでも……俺ら本隊の位置が伝わった!! だからコリドーの転移先を知っていたッ……そうだろう!!」

「見事ね……見事に遅い推察よ、ジョニー・ブラック!」

 

 この糞アマは、本当に取り返しのつかないことをしてくれた。

 

「レコードは全部聞いたわ。場所が変わったことも。彼が死んだ事実が、最後に集結した討伐隊全員を信じさせた。ラフコフを壊滅させようという、強い意思を生ませたの!」

「そして……時を待った……」

 

 討伐隊を結成させてから突入するまでに時間がかかった理由は、夜襲で寝首をかくためではない。こちらの退路を潰すためだったのだ。

 グリムロックは妻の眠る墓すらも材料に使ったことになる。

 

(けな)しまくった気分はどうだった? おかげであんた達は丸裸よ! アタシにこんだけ言わせといて、なんの反論もできないじゃない!!」

「く、うっ……!?」

 

 (うめ)くことしかできない。ヘッドはここまで察したのだろう。

 俺はてっきり、奴の共犯者が本当にいたのかと思った。存在すれば情報は確かに漏れると、一時は捜索も後回しにした。

 だが俺はともかく、ヘッドすらその片鱗や兆候を掴めなかったのはいくらなんでも道理にそぐわない。グリムロックの死に動揺した協力者らしきラフコフメンバーは、100パーセント1人もいなかったはず。

 ヘッドには人間の機敏な変化に勘づく才能があった。だからからこそ常に先手を打てたし、ラフコフも成立していた。

 だから、いなかったのだ。2人目の裏切り者は。

 殺して情報の流出を止められたのではない。むしろ死によって巧みに隠匿(いんとく)された。ラフコフは、グリムロックに、この世を去ってから完全に出し抜かれた。

 これが奴『1人』の復讐計画。

 

「お前ッ……まさか……今っ……!?」

「ええ。惨めなことに、アタシはまた《結婚》してるわ。当然ストレージも共有されてる。このためだけに……もうっ、彼は……アタシのことなんて見てもないのに!! でもッ……この役目は降りられなかった! この決着をつけるために、どうしてもッ!!」

 

 涙声を上書きし、決意だけは微動だにしていない。

 

「くっ、そヤロ……このカスアマがァ……コリドーをセットしやがったな!? 生意気な糞ガキがっ! 意味わかってンのかテメェ!! このッ……何度もホイホイと……プライドねェのかよ!! この糞ビッチがァあアアアッ!!」

 

 叫ぶことしかできない。

 アリーシャの後ろで、ゆっくりと、真っ白な光が輝きだした。

 白い円。絶望を与えるコリドーの前兆。

 アリーシャは胸を叩き、泣き叫ぶように。

 

「ビッチ上等よ!! このクソ野郎っ!!!!」

 

 光が広がる。初めて女の覚悟(・・・・)に恐怖した。

 とうとう転移の輪から討伐隊がごっそりと姿を現した。その目は殺意に燃えている。

 最終戦は、まだ終わってなどいなかった。

 

 

 

 


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