西暦2024年8月6日、浮遊城第53層。(最前線68層)
現在時刻は2時55分。いよいよだ。
「(結局、俺の読みは正しかったわけか……)」
悪の権化を
しかし悲しいことに、なんの捻りもなくストレートに、俺の読みは正しかった。
彼は自分の死による『PoHの出し抜き』に見事成功し、おめおめとアリーシャのストレージに証拠を渡してしまったのだ。
8月6日の、時刻は午前2時16分。
グリムロック死亡。
作戦を練り上げ、討伐隊をさらに1時間も待機させてしまうのは本意ではなかったが、各隊のリーダー格がアリーシャに送られてきた《録音結晶》を聞いた時、俺への評価はガラリと
その扱いたるや、まるで英雄だ。四方から発せられる称賛の声は5分も続いたが、俺はそれを複雑な気持ちで聞き届けた。
それでも、マイナーな鍛冶屋であるグリムロックの訃報に対し、思うところのない討伐隊は一様にして戦意が向上した。
ラフコフへ致命傷を与えられる最初で最後のチャンス。1度
彼女の覚悟と、仲間に引き入れた俺へ。最愛の人と《離婚》してまでアリーシャと《結婚》し、ラフコフに植え付けられた恐怖に打ち勝ったことへ。
作戦の
「因縁への終止符かな。ジェイド君、きみの健闘に期待する」
「よくやってくれたよ。DDAからも代表して感謝を送りたい」
「ら、らしくねェな。それに部隊の指揮……つーか、そのシンガリもあんたらに投げっぱだ。俺らもこっからはただのコマさ」
「適材適所というやつだ。さあ向かおう! 全員気を引き絞めろよ! 部隊の再確認を済ませろ!! これより我が隊は59層主街区へ移動し、一気に敵を
『オォオオオオオオオオオっ!!』
大部隊の移動が開始された。
長い待機時間や、53層から逃げた59層への移動時間の間に戦意は遠退いたかと思ったが、とんでもない。むしろ勇む多くの足取りは、熟練の戦士以外の何者でもなかった。
そして。
午前3時。決戦の時。
道中の雑談は鳴りを潜め、早打つ心拍と手に汗握るプレッシャーが全隊員を襲う。ここからは加害者への境界だ。だがそれでも、ターニングポイントを超えた俺達は、
直後、決戦の号令が鳴り響く。
「一気に攻め込め!! 人殺しに慈悲はいらないッ!!」
『うォおおおおおっ!!』
ビリビリと振動する空気に共鳴するように、心が激動した。
この時をいったいどれだけ待っただろうか。毎度のように先手を取られ、罪のないプレイヤーの犠牲に苦渋を
しかしそれもここまで。悪は、絶つ。
そう決意した直後……、
「イィ~ツ、ショウタァイムッ!!」
「戦闘開始ィっ!!」
『オオォオオオオオオオッ!!』
後ろの方角から声が聞こえた。
声というよりは、激しい雄叫びが。
「なにっ!?」
「バカな……後ろに回り込まれた!? いつッ!?」
「知るかよ! 指揮系統はもっと前だぞ!!」
「読まれてたんだ! 全員挟み撃ちに備えろォっ!!」
「(まさか……ッ!?)」
一気に緊張感が充満した。
奇襲側はラフコフのメンツで間違いない。ここに討伐隊が踏み込んでくる情報を、どこかで入手できたということか。
十数個にもおよぶ《毒煙玉》が無尽蔵に投げ込まれ、部隊は戦々恐々としていた。
全身から嫌な汗が流れる。敵を倒すことよりも、すべてが終わったあとスパイ疑惑で責任が押し寄せてくるのでは、という場違いな恐怖がせり上がってきた。判断力が散乱して鈍る。
それでも、脳が電撃を浴びたように思考が加速された。
考えが嫌でも
「(今は考えるな……こいつらを、殺せッ!!)」
目の前の人間が凶刃に
怖い、怖い、と全身の細胞が叫ぶ。原始的な恐怖に筋肉が
しかし怒号に惑乱する直前で、戦場の渦中にいる俺はある経験を思い出した。……いや、改めて思い知らされた。
腹部の中心に突き刺さった大剣を抜き、ミンストレルという男を破壊した現象を。奪ったレイピアでアバターの心臓を貫き、タイゾウという男を絶命させた事実を。
俺は、元より殺人者だ。何を今さら。俺はもう……、
「(殺せるだろォがッ!!)」
俺は大剣にすべての意識を集約させた。
そして混沌とした斬撃の中でカズの叫び声を拾う。彼はすぐ近くで助けを求めるように叫んでいた。
冷静に、精密に、一分の誤差もなく刃を操作する。
振るった鉄塊は死にかけていたレッド連中の、しかも弱点部位へクリティカルヒット。
ゴリッ!! と、首から上が吹き飛び、それでも直進した。
殺したプレイヤーは、本当に望んで戦闘へ参加したのか。嫌々殺しをさせられていたら? 弱味を握って感情を制御するのはPoHの得意技であり、その気になれば本来の人間性すら塗り替えることだってできるはず。
そういったもろもろの心配を、くず箱へ投げるように全部捨てた。
激しい金属音が直進した大剣がダガーを受け止める。
「て、めェは……!! うオォオ!? 懐かしいじゃねえかァ!!」
目の前にいた男はジョニー・ブラックだった。
ナイフ、ダガーを腕の延長のように扱い、殺人行為へ一切の
だが、カズに手は出させない。親友には指一本触れさせない。
彼は元々こういう血生臭いところにいるべき人間ではなかったが、それでも勇敢な決断が参戦を後押しした。
仲間の決意は尊重する。そのうえで失わない。
そのためなら俺は、人殺しにでも成り下がる!
「ジェえイドぉオオッ!!」
「ルガは早く下がってろっ!!」
ナイフを至近で投げる。そう予測した直後、思考をトレースされたかのように予測違わず攻撃してきた。
それをシミュレート通りに左手の籠手で遮ると、今度は右手に持った大剣は横一門に振り抜く。
大剣はしゃがんで
それすら察知する。ジョニーと戦ってきた経験則を、体が覚えている。
ショルダーにストックされていたピックを投げつけると、奴がバックステップで引いてお互いに距離を作った。
やはり一筋縄ではいかない。
「人殺しの剣はよォ!! やっぱ年季が違うなァッ!?」
ジョニーが叫んだ。深い心の傷を
それでも、彼の主張は事実とは異なる。俺も自分なりに罪の背負い方というものを学んだ。
「(だからッ……)……今日で最後にしてやるッ!!」
大剣の腹を向けダガーを防御。そのまま胸ぐらを掴んでジョニーを壁へ叩きつけた。
左手に鈍痛が走る。手首をダガーで刺されたらしい。
追い討ちが失敗し、奴は俺の拘束から離脱。と同時に緑に輝くナイフを投げつけられた。
「(く……そッ!?)」
毒だ、と考える前に反射的に
やってくれる。だがやられっぱなしにはさせない。
その顔面に膝蹴りを見舞うと、また
互角……なのだろうか。殺した者同士考えることは同様なのかもしれない。人を殺したから張り合えると。だから人に向けても剣が鈍らないのだと。
俺とこいつは……、
「どォおおルイだろうがよオオッ!!」
実に楽しそうに、そう断言された。
しかし面と言われてはっきりした。
「一緒にスンじゃねェよゴミがァッ!!」
胸を張って否定の文句で言い返せる。憎悪に満ちた……いや、狂気に任せてチープな衝動に逆らおうともしないナイフと、激しい鍔競り合いから剣を伝って改めて感じた。
俺とこいつの『殺し』への意識の向け方は180度異なっている。どこも一緒ではない。究極的な選択はいつだって複雑だ。
遠慮がなくなると、押されているのに勝機が見えた気がした。
とそこで、大音量と共に俺の後ろから援護が入る。
「キリトか!? さっきのは!?」
彼は別のプレイヤーと戦っていたはずだ。
とは言え、援護に来た時点で結果は見えている。
「殺したさ!! やらなきゃ死ぬ!!」
「今度は初代ビーター様っ!! 大盤振る舞いだぜ!!」
「こいつは俺がやるから! ジェイドは作戦通りPoHを逃がすなよ!!」
キリトはジョニーとの戦闘を引き受けるという。確かに作戦上はそうするべきなのだろう。俺達は作戦を進める際に、会議でとあることを決めていた。
それはすなわち、『誰がPoHを殺すか』だ。
一瞬でも
では殺すことを躊躇しない人間とは誰か。その可能性を持つ者とは。
決まっている。殺しの経験がある者だ。さらに可能なら、個人的に恨みを持った人物が好ましい。
だから俺は挙手をした。殺したことがある者は、という質問に。その時、手の挙がった数は全体の1割にも満たない4人だけだった。実力者のみを厳選して作ったレイド48人パーティで、4人。隠れて挙げなかった者もいたのかもしれない。
それでも、これらのプレイヤーこそ勝敗の鍵を握ると期待された。
「わ、わかった! ここは頼んだぞ!!」
俺はその期待に応えなくてはならない。
希少な1人である俺は、罪人をしっかり殺してくれるだろう、というあまりにむなしい期待に応えなくてはならないのだ。
「(くそ、くそっ!! ……)……2度とゴメンだぞッ!!」
俺は放心状態のカズを、近くで器用に援護していたジェミルに任せると、単身戦場を直進した。
弾ける火花と怒声。タンカーの多いこちらの部隊は防戦になりがちだが、反撃の一撃はレベルの差もあって重い。1人、また1人と、ラフコフに限らず魂を乗せた電子アバターが散っていった。
カシャーンッ、カシャーンッ、と。次々と無機質な音が連続する。
その断末魔をいちいち拾い上げていると泣きそうになる。人間同士でこんなことをして、心臓に穴でもあけられた気分だった。
しかし、今はそれを怒りと闘志へ。この事態を引き起こした張本人PoHへ向けさせ、最優先に爆発させなくてはならない。
純粋な殺意を。人を殺せる力を。
「PoHゥッ!!」
俺は気づけば最前線で叫んでいた。
うねった壁のようにいたプレイヤーの集団が
目の前でまた男が割れ、その先にいた黒ポンチョのオレンジプレイヤーは
「呼んだか、同士サンよォ」
「うる……せェ……ッ」
また光の
出撃前にリンドと相談していたのを見た。彼はその重役に恐怖していたが、総隊長も一緒に最前線で付き合うと言われ、自分を無理矢理納得させていた。
だが返り討ちにあったのだろう。リンド自身はギルドの部下が強制介入してなんとか後衛への退却に間に合ったようだが、死んでしまった男はもう助けようがない。
PoHと……もう1人、隣に
「てめェら……頼むから、武器捨てて……投降しろッ……!!」
「腰抜けは揃って無駄口を叩くな」
「ジェイドさん……できれば殺したくない。どうか立ち去ってほしい……」
2人目はシーザーだ。
シーザー・オルダート。レッドギルドのビーストテイマー。
こいつらの実力はいやというほど知っているし、思い出すだけで頭痛がする。立ち並び、押し寄せてきた《ラフコフ討伐隊》を、わずか数人の部下と2人の指揮者が押し返したのだ。わざわざ確認するまでもなく、史上最悪の人間の敵である。
「シーザー……まだこんなことを。クソ野郎の言いなりに!!」
「……ぼくの選んだ生き方です」
「てめェは!! なんッも選んじゃいねェよっ!!」
言うやいなや俺が斬り込むと、パーティ部隊もそれに
そして人間同士の愚かな激突が起きた。
その火蓋を切った男を、この世から消すために。
「俺の見込み違いかァ!? ンな程度の男かよ!!」
「あなたに! ぼくのなにがっ……!」
「プライドの塊が! ゴミ溜めに落ちたままでよォッ!!」
「……ッ……!!」
剣戟による爆音の中で、言葉による口撃に、シーザーは次第に黙りこくった。
先ほどDDAの男を殺したのはPoHだった。もしかしたら今日、シーザーは1人も殺していないのかもしれない。
なんであれば確かめてもいい。
「今日テメェは何人殺したよ、えェっ!!」
「く……ッ!?」
「トドメはさしたか!? 『優秀』なだけで合ってない! ホントは気付いてんだろ! 何とか言えよッ!!」
「耳を貸すなオルダート!!」
大剣に圧倒されるシーザーはひどく
やっぱりか、と。彼はそういう男なのだ。
非常に感化されやすく、そのくせ1度決めたことはそうそう曲げない。愚直で、頭が切れ、付き合いがヘタで、面倒で、手のかかる超クソガキ。すでに俺なんて奥の奥まで見透かされているだろうが、同様に俺も彼を間近で見続けてきた。
「もう、わかってンだよ!! シーザァッ!!」
「見苦しいな、ジェイドォ!!」
「ぐ……あァっ!?」
PoHの攻撃が直撃した瞬間、俺は悲鳴に近い声をあげていた。
パキキキッ、という高い音がした。左足にPoHの《
このデバフは《
がしかし、問題は対応策ではない。
PoHがこんな隠し玉を持っているとは思わなかった。そもそも、一撃フリーズは一部の上級モンスターにのみ使用を許された専売特許である。奴の得物《
しかし、現に俺はデバフに
「ジェイド気を付けろ! PoHは《氷結剣》という特殊なソードスキルを使う!!」
「公開リストにはありません! たぶん《ユニークスキル》です!!」
「く、そ……先に言えっての……!!」
《ユニークスキル》。公式呼称ではないものの、ヒースクリフが50層のボス攻略戦で言わずと知れた《神聖剣》を
それを、あの犯罪者が使いこなしている。
俺は《黒鉄宮》でヒースクリフに言われたことを思い出した。すなわち、本物の犯罪者は冷たい心を持つ、と。そんな皮肉がここで具現化している。
「とっておきのスパイスだ。味わえよ」
「けっ……」
――だったら!!
「《暗黒剣》、
直後、バリィイイイイッ、という崩壊音が零度の固形物を粉々にした。
黒い
「一瞬で《
「ジェイド……? それ、まさかっ……!!」
「ジェイドさんもっ……!?」
ユニークスキルには同じユニークスキルを。
俺はPoHに漆黒に燃える大剣を向けて言い放った。
「味比べだな、クズ野郎ッ!!」
戦闘再開。途端にPoHの部下の1人が巨大なランスを携えて突撃してきた。
直前まで引き付け、腰溜めに刺突されるランス。それを……、
「ゼァアアアッ!!」
歪む形相のまま左下から斜めに大剣を振り抜くと、ゴバァアアア!! という、
「なァっ!?」
《
耐久値を全損させる、という能力を帯びた攻撃法は本来存在しない。この現象が起こるのは『武器の構造上脆い部分へ、的確な方向から強大な瞬間火力が加えられた場合』のみである。すでに常識化している。
それをムチャクチャな剣の振り方で達成せしめた。
高難度《システム外スキル》の強制施行。この時点で《魔剣》の性能を越えた《ユニークスキル》特有のおぞましい力が垣間見えたことだろう。
そしてPoHの反応から、シーザーはこのスキルのことを組織で共有していない。
「さては黙ってたなァ、シーザー!」
「……それ、は……っ」
「ハッ。だとよォ、PoH!!」
「……く……クックック。楽しませンじゃねェかよ……!!」
しかし、不測の事態に対応してきた犯罪者のトップだけはある。横目にシーザーを
戦闘中にPoHの仲間が数人の部隊を押し返す。
「おいバカ! 一旦引けぇっ!!」
「ジェイドさん!! まずは回復を!!」
「るせェ! こいつらブン殴るまでやめられっかよッ!!」
怖い。死ぬのが、怖い。
ユニークスキルを持っていようが、そんなものは1つの攻撃手段にすぎない。この世界で死ななくなるわけではないのだ。
だが……ここで引いたら……。
――ここまで来たら!!
「最後だろうが!!
「ッ……!?」
無我夢中で突っ込んだ。シーザーに向けて、がむしゃらに叫んだ。
3度目だ。
人を救う、3度目の行為。心を救える最後のチャンス。
度重なる攻撃を受けて俺は死にかけている。やはり連中は強い。実力差は気合いでどうにかなるものでもなく、俺は2人からの猛攻撃に耐えきれなかった。
「ジェイドぉっ!!」
「(ああクソっ……アギン、わかってる……けど、俺はッ!!)」
人は生物で唯一、理性で戦う。
戦闘行為に理由を求める。剣を握るのに
肉親や仲間のため、主君のため、恋人や自分のため、強さや栄誉のため、なんだっていい。だのにシーザーは俺を目標に定めて剣を握った。
苦心の先に何を得られるかは明白だ。好きな女の子に嫌がらせをして気を引こうとする小学生よりわかりやすい。
本当に……本当に本当に、本物のバカばっかりだ。
「(助けてほしいならさァ……)」
右からはシーザーと使い魔の《ダスクワイバーン》が。左からはこの惨状の元凶たるPoHが。
それぞれ刀と大型ダガーをたぎらせて、迫り来る。この挟撃を止める術はない。
スローになる意識が、その詳細をはっきりと感知した。
……それでも。
「(そう言えよッ!! ……)……シィザァアアっ!!
瞬間。バギィイイッ!! と。あり得ないはずの金属音が響いていた。
ある男の刀が、もう1人の大型ダガーを受け止めた音だった。
「あ……っ……!?」
「テメェ、オルダートォッ!!」
ザクンッ、と中華包丁のような刃がシーザーを斬り裂く。それを見たダスクワイバーンは《フレイムブレス》の対象を、直前で俺からPoHへ。
「ああっ……ぼくはっ……ぼくはなんで……ッ」
「Shit!! 役立たずがァッ!!」
ダスクワイバーンによる魔法攻撃すら回避しPoHが使い魔を斬り伏せると、心頭した怒りを押さえつけるようにPoHはある物体を投げていた。
連続して3つの破裂音が響く。
「く……ジェイドさん! これは撤退の……ぐァっ!?」
「シーザーッ!?」
PoHがシーザーを蹴り飛ばすと、奴はさらにポーチから《閃光弾》を放り投げる。
やられた。《閃光弾》の連続投擲。
最悪のバッドステータス、《
とりあえず結晶でHPを回復させつつも、多くのラフコフメンバーがすぐ隣を通りすぎる気配を感じた。討伐隊の何人かが何やら叫んでいるが、いろんな音が重なって内容まで聞き取れない。
ほんの十数秒間の出来事。
目を開けると、そこにはほんの数人の敵が捕まっているだけで、残党はどこかへ行ってしまっていた。
「……コリドーで逃げたか……」
「ジェイド、さん……ぼくは……っ」
シーザーは隣で震えていた。
よもや組織の破滅までは想像していなかったのだろう。だが騙し騙し生きる果てには、いつか
過ちを犯した自分を、歪んだ目標を持ってしまった自分を、これからどうするのか。果たしてまともに人間として扱ってくれるのか。それとも、買いまくった恨みの精算をさせられるのか。
そしてなぜ、自分は組織に反抗したのか。
「シーザー……その答えは、もうあんたが持ってる」
「ぼくが……持っている……?」
うずくまっていると、直後にシーザーは何人もの討伐隊によって取り押さえられた。
戦闘開始から13分と少し。午前3時14分、全面抗争一時終結。ボス攻略に比べあまりに短い時間で、人間同士の争いは終結した。
そしてその場にいた討伐隊は、2桁以上も数を減らしているのだった。
「点呼終わりました」という忙しそうな声と、「遅い! 報告しろ!」という怒声でようやく意識が戻ってきた。
アインクラッド最大のレッドギルド、なんて遠回しな言い方に意味はないのだろう。負の遺産、死の象徴、《
「捕らえた奴を前へ。……この5人だけか」
「はい、リンドさん。あとは、その……死んだか、それとも……逃げたか」
「ご苦労だった。……さて犯罪者諸君、聞きたいことがある」
リンドは厳しい目を向けたまま、拘束された5人のオレンジプレイヤーへ質問を投げ掛ける。俺は彼らの隣でその姿を眺めていた。
あご髭が濃いラフコフの1人が言う。
「転移先か。ハッ……言うかよ……」
「いいだろう。せいぜい牢獄で末永く暮らせ。次、隣の奴」
「言わねぇよ。言ったら減刑されるってのか……?」
「さぁな、知るか。次……聞かれたことにだけ答えろ」
ラフコフの生き残りへラフコフが転移した先を問い正す行為は、儀式のように淡々と進められていった。
誰も何も言おうとしない。奴らにとっても多くの仲間を失う痛恨事となったからか、今さら俺達に協力する気はないらしい。
だが最後の人物。シーザーだけは違った。
「……19層……です」
「おいシーザーッ!!」
ぐったりとうなだれたまま、それでも続ける。
「……19層の……南西地区エリア。《魔物の棲みか》の林道エリアです……」
「信じらんねェ! お前、お気に入りだっただろう!?」
「ラフコフ裏切んのかよっ!!」
それは、この世で最も醜い内輪揉めだった。
近くに立つカズは、死が間近に迫った恐怖と2桁にも
アギンも、フリデリックも、キリトも、クラインも、およそ視界に入る人という人の怒りが
しかしその嫌悪感も禁じ得まい。こちらとしては最後の情けをかけているというのに、目の前でお涙ちょうだい劇をされたところでシラけるだけだ。
「シーザー……といったか。確かに事実のようだ」
「じ、じつ……? ……確かめようが、ないはずじゃ……?」
「我々は元より転移先を知っている。お前らを試しただけだ」
「ハァっ!? おまッ、俺達を騙したってのかッ!?」
「待て、知ってるってどういう意味だよ!?」
「黙れこの
「…………」
即答はできなかった。
しかし……、
「やれるさ。終わりにしよう」
俺はストレージを無造作に
アリーシャと《結婚》したことにより、俺のストレージ内はごちゃごちゃとしていた。ヒスイと共有しただけでは見られないアイテム名の物もちらほらとある。
なかでも際立つものがあった。レア度最高ランクのクリスタル系アイテム。
「それ……まさか……ほんとに転移先を知って……ッ!?」
「ああ。
すぐに釈放とはいくまい、シーザーもやはり立派な犯罪者だ。
だが俺はとても満足している。なぜなら、彼を改心させられたからだ。ミンストレルの時は道半ばにすらならなかった。タイゾウも結局『ぶっ殺して解決』という、奴らと同じ手段をとってしまった。
それがどうだろう。彼は俺に味方し、まんまと出し抜いた。シーザーはPoHではなく、この瞬間から俺についた。信じていた仲間に土壇場で寝返られる感覚を、あの途方のないクズもしっかりと味わったことだろう。
そう考えるだけで、今までの
「ッ……終わらせるぞ! コリドー、オープン!!」
右手の結晶が弾ける。暗い通路に開くコリドーによる白いサークルに、24人の猛者が侵入した。
俺が最初に見た光景はアリーシャの背中だった。
続いて荒れた大地と枯れかけた草木が飛び込む。マズい空気と棲息モンスターの種別から、とても歓迎される気分にはなれないフィールドだったが、俺はグリムロックによってこの場が決戦場だと知らされた時から待ち遠しかった。
そして、その向こうにはラフコフが9人。
「もう……逃げらんねェぞ、PoH……」
追い求めていたプレイヤー。出会うだけでなく、『逃げずに戦わせる』だけの戦場。
やりたいだけやって煙のように退却できた今までとは違う。
「……Shit。だが、ずいぶん減ったなァ、ジェイド」
PoHはあくまで減らず口を叩いた。
だがその声にすら力がない。
「アリーシャ……あとは俺らに任せろ。よくやった」
「うん……ジェイド、信じてたわ……」
「てっ、めェジェイド!! 絶対に殺すッ!! 必ずドロ噛ませて惨めにブチ殺してやるッ!!」
「図体ばっかでけェ害虫共がッ……こっちのセリフだジョニー・ブラック!!」
俺が激動を吐き出すと、ラフコフ討伐隊の面々が武器を構えた。俺も強く柄を握り視線を諸悪の根元に見据える。
24対9。絡め手もとれない圧倒的な戦力差。
「まったく、一応リーダーは俺なんだけどな。……さあ、行くぞ! 戦闘開始ッ!!」
『ウォオオオオオオッ!!』
全面戦争の後半戦。開始の鐘代わりとして、リンドの掛け声に呼応し6人4パーティ分の戦力がフィールドを
俺もその先頭付近で剣を構える。狙いは当然PoHだ。他の連中は仲間に任せる。
だが。
「くっ!? ジョニーッ!! 邪魔すんなよ!!」
「これ以上はやらせねェっ!!」
またしても俺の前に立ちはだかったのは奴の鋭いナイフだった。
先に減速して振り抜いたせいで威力の弱まった大剣をダガーで防ぎつつ、相手はそれでも叫び続ける。
「ヘッドを逃がせ!! くっ……全員!! ヘッドを逃がすことだけ考えろォッ!!」
「こいっつ!?」
それが、ジョニーの選択だった。
希代の大犯罪者PoHと最も長い時を重ね、常に謀略と戦乱の渦に身を投じた男の決断。自らを導き
PoHが「自分を生かせ」と嘆願したのではなく、仲間が「
それを聞いたラフコフ残党の動きは早い。逆ピラミッドのような部隊編成を作成し、PoHを討伐隊から最も遠ざけたのだ。他人の傀儡化、精神把握術、悪意の煽動、それこそ火元を絶たなければ煙は消えない。だからこそ、PoHを捕まえられるか否かは俺達にとっても重要事項だった。
逃がすわけには、いかない!
「追える奴、PoHを追え!! 絶対に逃がすなァ!!」
ラフコフ討伐隊……いや、もはや『掃討隊』にも近い俺達の部隊は、8人の男に全力で行く手を阻まれた。
もう勝ち目はないというのに。
それとも勝ち目がないからこそ、だろうか。
ひたすらな遅延行動。その集中力と団結力だけは見事なもので、追い詰められているはずの敵に感服すらする。
何人かはラフコフの防衛戦を抜けられたが、彼らが先に逃げ去ったPoHに追い付き、さらに捕獲できるかは五分五分だろう。
残った掃討隊の方も、残党を捕らえるのに最低1分はかかる。
「待てよゴラァ! 誰もいかせねェ! 俺がてめェらまとめてブッ殺してやる!!」
「ったく、呆れた執着だよこいつら!!」
「リンド! 左から押さえ込め!!」
俺とリンドによる左右からの挟み撃ち。
別の掃討隊2人を誘導に使っただけあって、誘い込まれたジョニーはモロに俺達の攻撃を受けた。さらに俺の《暗黒剣》スキルの攻撃で片足まで欠損し、素早い身のこなしが嘘のように地に伏せる。
それを皮切りに残党狩りは終息に向かった。
《赤目のザザ》もキリトとヒースクリフの連携攻撃の前にとうとう崩れ、不殺での確保に成功。結果だけ見れば、戦争の後半戦はラフコフ側に1人の死者を出すだけに留まった。
捕獲者が7人追加。正確な全勢力は不明だったが、戦闘初期の敵側は34人いた。21人が死亡し、これで前半戦と合わせて12人のラフコフメンバーを捕まえたことになる。
あとはPoHだけだ。
「全員逃がさないように縛り上げろ! PoHを追った仲間の連絡を待つ!」というリンドの命令がかかると、それぞれの隊員が指示に従って黙々と作業に入る。
そこでジョニーが苦し紛れに話しかけてきた。
「ヘ……ヘヘヘッ……ジェイドぉ、俺を殺さねェのか。今やらないと後悔するぜ……必ず後悔する……」
「…………」
答えは決まっている。
「ムカつくから殺して解決……ってなァ、この世で1番チンプな正義だよ。あんたはこの先も生かし続ける。生きて……死ぬまで思いしれ……ッ!!」
「くっ、く……カッコいいねぇ。ったく……」
会話はそれっきりだった。
PoHの追跡に入った討伐隊は30分もしてから本隊と合流した。
迷宮区の中まで捜索し、寸でのところまで追い込んだが、結局は見失ったらしい。やはり19層の迷宮区を1度根城にしただけはあるようで、くまなく探すには捕らえた者を《黒鉄宮》に送ってからしかできそうにない。
「逃がした、のか……」
「やめようぜジェイド。まずは目上の戦果に満足しようや」
納刀したクラインが、赤いバンダナの上から髪をガシガシと掻きつつ話した。
「クライン……でも……」
「お前ェが作り上げた作戦と部隊で、死に物狂いで掴み取った結果だ。いいか、よく見とけよ。これからジェイドつープレイヤーをバカにする奴は現れねぇ。この日起こした奇跡を、誰も忘れやしねぇってな」
「けどっ、俺……ッ……た、くさん……!!」
死なせてしまった。仲間の数が初めとで全然合わない。つまりそれは、俺が立案した作戦で多くの攻略組がこの世を去ったということに他ならない。当初の『絶対安全』という太鼓判から逆算すると、この人数は殺したも同然だった。
それに俺は、今の戦いで2人のプレイヤーのHPを文字通り消し飛ばした。
体力バーの消滅、それは人を絶命足らしめる絶対のルール。1年9ヶ月も前から変わらない不動の摂理。
このゲームに囚われて以来、俺はこれで4人ものプレイヤーを殺した殺人鬼となったのだ。
「今日だけで……何人っ! ……死んだよ!!」
「……ジェイド……おめぇ……」
「たぶん30人以上は死んだだろうさ」
「キ、リト……?」
俺とクラインの間に、今度はキリトが黒いコートをなびかせて割り込んできた。
しかし、その眼には
「けど誰もジェイドを恨んじゃいないよ。……あんたを称えこそすれど、絶対に誰も恨まない。だってジェイドは英雄なんだぜ? 悪の根を滅ぼした勇敢な人間だ」
「キリト……」
「明日……ていうか、今日の朝か。もうすぐ夜が明けて……それで多くのプレイヤーが目覚めると、有志新聞のトップにこの戦いのことが載っているだろうさ。作戦会議の時、アルゴもまだ起きてたろ? そして記事を読んだ人は、きっとこんなことを言うんだと思う……」
キリトはそこで1度言葉を区切ると、改めて澄んだ声を出す。
「ありがとう、ジェイドさん。ってな」
そう言う彼は凄く嬉しそうだった。まるで自分のことのように笑っている。
それを聞いていたクラインも、近くで見ていたアギンとフリデリックも、一緒に死線を潜った討伐隊のメンバーも、一様にして俺に目を向け各々意味ある表情をする。
「ありがとうジェイド。おつかれさん」
キリトがそう締め
「よくやったありがとう」、「あんたがいなきゃできなかったぜジェイド!」、「ラフコフを潰した勇者だ」、「名前は覚えた! 今度手合わせしようじゃん!」など。たくさんの言葉が心に流れ込んできた。
死者も出て、泣く者も出たが。PoHを逃し、わだかまりも残ったが。
それでも俺のしたことに意味はあった。
「ジェイドぉ、ボクはレジクレにいてぇ……ロムの意思を継いでくれたこのギルドにいてぇ……本当によかったよぉ……」
「僕も……きみがリーダーでよかった。いつも助けてくれるヒーローが……ジェイドでよかった」
「ええ、まったくね。じゃあヒスイんとこ帰んなきゃ。アタシはできればこのままがいいけど」
ジェミルが泣きそうに語り、カズが嬉しそうに呟き、アリーシャがいたずらっぽく笑う。
並んだメンバーに、正直俺の心は踊った。
「ああ、帰ろうぜ。俺らの日常に……」
この日、8月6日。夜明けと共に、アインクラッド全域へラフコフの壊滅が周知された。人々はその戦果に歓喜し、訪れた安息に
そして。
悪を絶った英雄の名が。
『ジェイド』という栄冠の象徴が、全世界に