SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第92話 74層攻略戦(前編)

 西暦2024年10月18日、浮遊城第74層。

 

 目の前に瀕死の人間が10人いる。盾を割られ、剣を砕かれ、戦意を折られた人間が。そしてその広い空間に、群青色のバカでかいミノタウロス。

 戦禍を見れば結果は瞭然。ならば俺達の取れる行動は単純である。

 簡単ではないが、単純ではある。彼らを助けるのみ。そのために、でき得る限りのことを尽くすだけだ。

 

「ここにいる奴全員に聞く! 助けたいと思うなら残れ!!」

 

 気づけば俺は叫んでいた。

 キリトはソロで日々マッピングするゲームの中毒者で、アスナは言わずと知れたKoBの副リーダーだ。一介の中堅プレイヤーである俺が心配するまでもない。

 クラインと彼のギルド《風林火山》も戦う準備はできているという。何より、俺達の中で誰1人として逃げようとするプレイヤーはいなかった。これだけあれば十分だ。

 

「残った奴でパーティ組んで、俺がそのまま指揮をとる!! ……ここで、ボスを倒しきるぞッ!!」

 

 だから俺は肺がちぎれんばかりに声を出した。

 茅場という狂った天才が作ったオモチャで、人が死ぬのはもうこりごりだ。

 しかし断言したはいいが、何分この小人数。俺を含むレジクレが5人で、キリトとアスナに6人の《風林火山》と、最後は軍10人を加算した計たった23人。適当に攻めて突破できる壁ではないだろう。

 俺は死ぬほど頭を巡らせ、決戦を覚悟した仲間の意思にそれぞれ応えていた。

 

「分担する! アスナは死角から手数スキルでタゲ取れ! 首から順に弱点を探って、手応えあったらすぐ引くんだ!!」

「わ、わかったわ!」

「今すぐだ! よし、キリトはそのサポート! 引きつけたらなるったけ時間稼ぎ!!」

「了解だ! 行ってくる!!」

「クラインはギルド全員で《軍》を立て直しのバックアップ! ボスはおそらく《脱力化(ウィーケン)》のデバフを使う! 連中が逃げられなかったのはたぶんそれだ! 俺らレジクレが前衛で盾になる!」

「任せろ! 聞いたなお前ら!!」

「持ち直したら部隊を再編! 序盤はショートローテで回して情報集めに専念する! 内容叩き込んだら配置につけッ!!」

『了解っ!!』

 

 これだけ一瞬で頭が回転したのはおそらく人生初だろう。

 みんな即席の作戦によくついてきてくれている。アスナも溢れる速度に逆らわず飛び込み、細剣専用ソードスキル、上位高速八連撃《スター・スプラッシュ》を全段うなじに命中させていた。

 中段突き3発に回転しながら下段に薙ぎ払い、回転を止めて正面で往復攻撃。さらに斜め上に2発の強烈な突き。これは本来攻撃範囲を大きくカバーして、技のどこかで『弱点攻め』を成す技のはずだ。それを片端から狙った部分に打ち込めるのだから彼女の腕は計り知れない。

 そして単発攻撃力より、短期間で多く有効打をヒットさせた方が憎悪(ヘイト)の伸びは速い。

 結果、軍に斬馬刀を振り降ろす数瞬前に、ヘイト値の矛先はアスナに向いた。

 すかさずキリトが割り込んで役割通りの動きを見せ、硬直したアスナへの直撃もなし。ここまでは上出来だ。

 俺は辺りに漂う霧を払いながら怒鳴った。

 

「ヒスイ、軍はどうだ!」

「《ウィーケン》が効いてるみたい! 吸い込んで発動するみたいだから、じきにあたし達も弱体化のペナルティを負うと思うわ」

「だろうな、クソッ。狙うなら短期決戦だ。軍が回復しきったら俺の指揮下に置く。ムリやり撤退するにも、人数がいるからな」

「わかったわ。そう伝えておく」

「ちょっと待て!!」

 

 突如、脇から男が介入してきた。威圧的な態度、先ほど号令を出していた立場、ただでさえ高級な《軍》の前線用鎧よりもうワンランク上の防具、胸元に浮遊城全体を意匠化した紋章。どれをとっても、この男がキリトの言っていた『コーバッツ』なる人物であることは明らかなようだ。

 この惨状を作り出した張本人は、それでもなお突っかかってくる。

 

「聞こえていたぞ若造が! 私は解放軍のコーバッツ中佐だ。実績を認められ、この場での権限も組織に一任されている。したがって私が指揮を執る! 部下に勝手な指示を送るなど断じて……ッ」

「うッせーよおっさん! なにが『したがって』だ。てめェのせいでこうなってんだろうがッ! 自覚あンのかよッ!!」

「やかましい! 貴様ら一般人に変わって我々が戦ってやっているのだ! それに、途中から割り込んで助けるもないだろう! それは単なる横取りであってッ」

「死ぬか、おい」

 

 俺は相手が怒鳴っている最中にジャギッ!! と、《ガイアパージ》を突きつけていた。

 曲がりなりにも《魔剣》。俺が制動をかけなければ、首を両断されてあの世行きだっただろう。

 気迫に圧されたコーバッツは小便でも漏らしそうな顔をしたまま押し黙ると、俺は簡潔に要点だけを押さえて言う。

 

「黙って従うか、斬られて死ぬかだ。てめェの無知が生きてる人間殺してンだよ」

「……ぐっ……く、だが……私の威厳の問題であって」

「どうこう言ってる場合じゃねェだろう! 俺は4人殺してる!! グダグダ抜かすと5人目のサビにすっぞ!? あァッ!?」

「ひっ、い……!!」

 

 胸ぐらを掴んで吐き捨てると、コーバッツは萎縮(いしゅく)してしまっていた。

 だが悠長に話し合い(・・・・)をしている暇はない。俺は早々に交渉を切り上げ敵の方へ向きなおった。

 ただでさえ討伐推奨人数に足りない戦力だというのに、戦場の奥でマイナススタートをしているのだ。しかも、指揮を名乗り出た俺は極力戦局を把握しなければならない。

 キリトとアスナが負ったダメージ、俺達がスイッチするタイミング、軍の立て直しに要する時間、それらを計算した上で作戦に組み込まなくてはならない。

 まったく、今までの48人もの戦力でそれをやってのけた大ギルドのの功績がいかに偉大か、そんなズレた感激が今になって身に染みる。

 それでも今の俺は討伐隊の命令棟だ。

 

「レジクレ、スイッチ!! もうすぐ軍が復活するっ! ダメージ与えんのは後回しにして地盤を固めろ!!」

『了解!!』

「アスナ、ダメージの減りが速いとこあったか!?」

「角よ。あとは、あの蛇の形をした尻尾かしら」

 

 走り戻ってきたアスナに訪ねると、そんな答えが返ってきた。

 なるほど巨体の頭部にある角はともかく、長い尻尾なら巨体に見合う狙いやすさだ。弱点部位へのダメージソースには尻尾を狙うとしよう。

 現在4本あったグリームアイズのHPバーは2本半ほどにまで減っている。軍の男達もただやられていたのではなく、きちんと反撃できていたことになる。とは言え、たかだか全体の3割少しの時点で壊滅(ワイプ)寸前に追いやられていては元も子もない。やはり無謀な挑戦であった事実は変わらないだろう。

 俺は一時離脱したアスナとキリトを引かせて回復させると、《風林火山》にレジクレの消耗具合に準じてスイッチする命令を下し、改めて軍の男達に命令した。

 

「軍のトップ連中か。俺はジェイド、《レジスト・クレスト》所属だ」

「レジクレ……あ、あんたがレッド殺しの《暗黒剣》か……?」

「肩書きはいい。《風林火山》……あそこで待機してる次のギルドがタゲ取りし終わったら、あんたらがグリームアイズを止めてほしいんだ。できるか」

「し、しかし……おれ達はコーバッツ中佐の部隊であって……」

「その中佐くんも従ってもらう。両手用斧槍(ハルバード)の後衛隊5人と、コーバッツを含む片手剣(ワンハンドソード)の前衛隊5人に別れてくれ。スイッチのタイミングは俺が指示して、後ろで得た情報を全員に回す」

「この人数だ。固まって逃げればいいんじゃないか……?」

 

 知っての通り、と前置きしたかったが、軍が知らないのも無理はない。

 それが難しい理由としては、ひとえに敵のイレギュラー性がある。70層に突入してから、ボスも雑魚も関係なく動作パターンを読み辛いのだ。おまけに逃走者、および被弾者を優先的に狙う傾向も強い。特にボス戦の撤退はフォーメーションをじっくり練るか、あるいはその過程を飛ばすなら撤退なら適当に2、3人を部屋に残して相手をさせ、その隙に残りの人間が脱出するか方法もある。きっと残りは安全に逃げられるだろう。

 そうした旨を伝えると、やはり彼らとてうなずく者はいなかった。

 

「そんなッ、オトリ作戦なんてしたら……っ!?」

「だろう? それはできない。なんせ結晶無効だ。置いてった奴は確実に死ぬだろうし、誰も名乗りでない」

 

 1人たりとも欠けないようにするなら、ここにいる全員が平等にボスからタゲをもらい続けるしかない。

 そこまで一気に(まく)し立てるとどうやら軍のメンバーも納得したようで、ようやく俺の話に静かに耳を傾けてくれた。

 俺は自身の知名度が上がったことにこの時ばかりは感謝する。

 

「対策は追って伝える。まずは片手剣部隊がフォワードに行ってくれ。まだ攻撃はしなくていい。辛抱強く、できるだけ長く耐えろ」

「わ、わかりました!」

「コーバッツもだ! もたもたすんな!」

「……了解……です」

 

 呪いの魔法でも唱えそうな顔をしていたが、コーバッツもどうにか指示に従った。あの頑丈なレア装備で戦線に加わらないなどもってのほかである。

 

「うし、残ったハルバード隊の隊長はアスナだ。このスイッチからは攻めに回る。風林火山を全員サポーターにして、かく乱と防御を任せるから、同時にテメェらが持ってる最大のソードスキルで敵を斬れ。いいな!」

『了解!!』

 

 おそらくハルバード隊か、遅くとも次のレジクレの一斉攻撃でグリームアイズのHPは残り2本を下回る。つまり半分以下にまで落ちるということだ。

 本番はそこから。

 例に(なら)えば、ゲージ半分以下でボスの動きが変わる。攻撃前の溜めモーションが変動したり、使用するソードスキルが上位版や専用物に変わるなんてことはザラで、取り巻きのポップすら考えられた。徹底して防御体勢を敷いたのもそのためである。

 

「(単体なのは不幸中の幸いだけど、回復に時間をかけすぎたな……もうすぐ俺らにも《ウィーケン》のバッドステータスがかかる。クソ、ちんたらしてられねぇ……)」

 

 確かに軍は持ち直した。安定したローテパターンにも入れている。だがダメージを稼げないまま回復ポーションを消費しまくったこともまた事実で、こんなペースで討伐をしていてはすぐに回復ソースが枯渇してしまう。

 短期決戦が鍵を握ると言っておきながらそれが実現できていない。戦況を覆すだけの瞬間火力がいる。

 

「次のローテで俺も出る。キリトは片手剣のパーティに入ってくれ、リーダーを任せる。《風林火山》の次に出てもらうから説明しとけ」

「だと思った。ガラじゃないんだけどな……」

「文句言うなよ。あのバカ隊長も抑え込めるだろ。……よし、レジクレは全員スイッチの準備! ハルバード隊が下がったらすぐ前に出る! ルガは俺とソードスキルの準備! いつものだ!」

「うん、わかった!」

「準備は万端だよ!」

 

 俺達の装備は順に両手用大剣、両手用棍棒、ダガー、盾持ち片手剣が2人だ。ダメージディーラーが2人にサポーター1人、タンカー2人と成り行きで完成したにしてはそれなりのバランスパーティではあるが、だからこそ部分特化は難しい。

 それにパーティをまるごと特化させても1度にスキルを使える人数には限りがある。ボスがいくら大きくても、ソードスキルは広い範囲に攻撃が及ぶので味方にもダメージが入ってしまうからだ。

 全員がそれを踏まえた上で構える。

 すぐにハルバード隊が後退を開始した。

 

「スイッチ今! 行くぞッ!!」

 

 尖った鼻から白煙を撒き散らすグリームアイズは、空気が(とどろ)くほどの雄叫びを上げながら迫ってくる。

 しかしここを通すわけにはいかない。

 俺はローテの順番を守れるようヒスイとアリーシャを先に前に出した。

 だが……、

 

『グォォォォォォッ!!』

「きゃああっ!?」

「ヒスイ! アリーシャ!!」

 

 下段横薙ぎの斬馬刀が《反射(リフレクション)》スキルの壁を越え、低重音を轟かせながら2人を吹き飛ばしていた。

 見た目に準じて恐ろしい筋力値だ。バランスビルド寄りの2人ではいくら盾持ちでも長くは持たないだろう。

 ゆえに前進する。

 俺とカズは、ぴったりと合った息で左右から挟み撃ちを敢行していた。

 

「止まんじゃねェぞルガァっ!!」

「ヤァアアアアアアッ!!」

 

 命中タイミングはほぼ同時。さらに俺の技は凄まじい轟音と共にクリティカルヒットまでした。

 膝を地面につけたグリームアイズに対しジェミルが追い討ちに入る。ゴガァアアアッ!! と、爽快な音が響いた。文句なしのベストタイミングである。

 だがスキルが直撃した数瞬後。突如、ボスが狂ったように暴れだした。

 

「うわっ!? 急になんだ!?」

 

 荒い鼻息から漏れる熱気とはまた別の、遥かに大量の白煙が吹き出していた。

 視界が一気に悪くなる。白い濃密な霧はすぐにフロア全体に充満し、ボスすらその上半身が辛うじて見える程度になるほど俺達の視野を遮った。

 まずい。これらすべての霧が《ウィーケン》に陥る布石だとすると、弱体化した部隊ではさらに被害を受けてしまう。

 

「(くっそ、半分切って本気か……どうすりゃいいッ!?)」

 

 《暗黒剣》がボスに弱いのも、こういった場面で無力だからと言える。

 俺が指示を出し悩んでいた、その時。

 

「……ジェイド、俺に少し時間をくれ」

「キリトっ!?」

「やるっきゃないみたいだからな……俺も出せる全てを出す。ほんの数十秒でいい。片手剣部隊から外してほしい」

「……わかった、じゃあ命令だ! やりたいようにやれ!!」

「ああ任せろっ!!」

 

 何の躊躇(ためら)いもなくキリトが後方へ下がると、俺は受けたダメージからレジクレへ交代の合図を出す。

 キリトなしの片手剣部隊5人が前に出ると、一列に並んで防御体勢へ入った。

 やはりグリームアイズの筋力値は凄まじい。前線に顔を出すプレイヤーはしっかりレベリングされている。それすなわち、体力の絶対値だけは確保されている強力なコマであるはずだ。

 そんな彼らのHPが瞬く間に削られていく。

 

「ダメだ、長くは持たんぞ! 後続も準備してくれ!」

「うっ!? これッ、もうウィーケンにかかってるのか!? 剣が重い!!」

「全ステ弱体化か……さらに気を引き閉めろ!」

「ボスの姿が視認し辛い! 仲間とできるだけコンタクトをとれ!」

「ぐあっ!? オレも直撃もらった! 引かせてくれ!!」

 

 戦場の端々で怒号が飛び交っていた。

 片手剣部隊のタゲ取りが終わり俺はハルバード隊に前進させるが、流れはかなり悪い。もちろん、ハルバード隊によるダメージ量は申し分ないのだ。よく洗練された《軍》の攻撃部隊5人とアスナの手数による攻撃は、ボスのバーをさらに1本半近くにまで減らしている。

 だが交代があまりにも早すぎた。

 スキル発動、命中、部隊内のローテーション。それを6回繰り返す約15秒間だけが、攻撃隊が取れるタゲの限界時間だった。

 15秒後にはすぐにレジクレが前に出るが、ここでも長く持たせて30秒だ。《風林火山》はたった1分で前線へ戻さなくてはならなくなる。バフの掛け直しができないどころか、中にはデバフの対策まで手が回らないメンバーすらいるというのに。

 

「クライン出られるか!?」

「いくらなんでも早すぎるぜ! もう少し時間をくれ!」

「くっそ……ッ」

 

 回復速度が間に合っていない。こういった緊急時でも回復結晶が使用可能であれば問題なく打破できたはずだが、前述の通りその手は使えない。

 嫌な汗が全身から滲み出た、その直後。

 

「スイッチだ! 俺と変われっ!!」

「キリト!?」

 

 待ちに待った交代に叫び返しつつ、振り返る間もなく反射的にスキルを発動していた。

 《ガイアパージ》専用ペキュリアーズスキル、超級単発重反動斬《ライノセラス》。

 命中しさえすれば、敵がどんな大型モンスターであれ必ず行動遅延(ディレイ)を起こす、『怯ませ値無限』の突撃系汎用ソードスキルだ。

 集中する。当たらなければ意味がない。

 全神経を両腕とその先の大剣へ。

 天井に届きそうなほど上空から振り回されたボスの斬馬刀がジェミルやカズを蹴散らすが、俺はその中心へ臆することなく疾駆(しっく)した。

 速度アシストが限界点へ達した瞬間、押し寄せる風をかき分け声にならない咆哮と共に《魔剣》が振り降ろされた。

 

「らァああアアアアアアアアッ!!」

『ヴォォォォォォッ!!』

 

 火花と言うよりは花火のようなライトエフェクトが飛び散っていた。

 ブライオリティの高い武器のみが保有する専用ペキュリアーズスキルは左腕に直撃。盛り上がった筋肉からの反動には確かな手応えがあった。

 そこで背中を預けた仲間へ声を送る。

 

「キリトォ!!」

「スイッチっ!!」

 

 すぐ隣から弾丸のような速度で黒い塊が射出された。

 右手には鈍い漆黒を放つ魔剣《エリュシデータ》を。左手には対照的に魔を射ぬかんと発光する聖剣を。

 その手には2本の剣が握られていた。本来ならメインアーム以外の装備品はイレギュラー扱いでスキルすら発動できないはずだ。初心者だって知っている。

 だが、俺はキリトを信頼していた。

 もぎ取った数秒足らずのチャンスをものにし、それを最大限活かさんがために。全ての光を押し退け連続攻撃が顕現(けんげん)する。

 

「スターバースト……」

 

 スパークが閃いていた。

 

「……ストリームッ!!」

 

 グッシャァアアアアアアッ!! という、あらゆる筋肉を引き裂く音が反響した。

 グリームアイズが激痛を表すように叫び散らすと、散々部隊を蹂躙していた斬馬刀の波が一気に遠退く。

 攻撃が続く。

 まだ続く。

 過去類を見ない最大攻撃回数を誇る剣技。《二刀流》専用ソードスキル、究極高速十六連撃《スターバースト・ストリーム》。

 斜め上から黒剣が振り抜かれると、すぐさま半回転して光剣が真横に一閃される。斬り上げられ、袈裟懸け斬り、突きが放たれ、下段払いが炸裂し、正中線からの振り降ろし。右から、左から、また右から。やがて光の筋を目で追うことすら困難になっていく。

 

「うォおおおオオオオッ!!」

 

 絞り出すような気合いと共に技を一閃。

 左手のラスト技が直撃した時、ボスのHPバーは3本目のレッドゾーンにまで陥っていた。

 

「んだよ、あれっ……隠し玉か!? どんだけ続くんだ!!」

「す……げぇ……ハハッ、すげェなおい!!」

「……ッ! 一気に攻め込むぞ!! キリトに続けェ!!」

 

 初めて目の当たりにする隠し技に感動するのもいいが、せっかくのダメージも次に繋げてこそ意味があるのだ。

 凄まじいノックバックにたじろぐグリームアイズは、とうとう《風林火山》の6人から決定的なダメージを与えられていた。彼らのローテーションが終わり一時離脱する頃には、HPはさらに残り1本にまで減っている。

 ――やれる!

 そうやって勝利を確信した瞬間……、

 

「なっ、なんだ!? 霧がさらに濃くなってるぞ!?」

「もうボスの姿すら見えない! 《ウィーケン》が回って速度も出ないってのに!」

「んだよこりゃっ!? これじゃあ戦いようがない!!」

 

 混乱が起きていた。噴出される霧によって、いよいよボスの視認すらままならなくなったのだ。巨体がすぐ近くにいるのに位置が掴めないというのは、人を本能的に不安にさせる。

 このままではキリトがこじ開けた傷跡が塞がってしまう。

 しかし、特殊能力で濃霧を一面にくゆらすのは勝手だが、どうやら奴は根本的な前提を失念しているようだ。

 

「いいからまずは落ち着け! 的はこっちの方が小さいんだ! だったら、ボスからも見えないだろう! いいか、先にレジクレが前に出る! 部隊を広く展開して声で空間を把握するぞ! フロアの北側には風林火山を! 南側にはっ……」

「ぐあァあああっ!? ぼっ、ボスから! 攻撃を受けています!!」

「なにッ!?」

 

 本気で心臓が跳ね上がり、指示を止めざるを得なくなった。

 この視界最悪の空間で、軍の連中が一方的に攻撃を受けているとでも?

 敵は間違いなく『目』を持っていて、目を持つユニットが視界で敵の位置を判断するのはもはや常識である。

 それともさらなる特殊能力だろうか。装備する武器は大きな斬馬刀しかないように見えたが、敵の位置を知るためだけのアイテムでもあったのか。

 しかし方法がなんであれ、このままやられっぱなしにはできない。

 

「攻撃されないんじゃないのかよ! ばっちり割れてんぞ、おい!!」

「ヘビの形をした尻尾だ!! あれが噛みついてきてる! ……クソっ、ぐァあああッ!?」

「ちくしょう、ダメだ! 来ることがわかってても、やっぱこっちからは反撃できない!」

「ジェイド! 軍の人達が!」

「くっ、そ……なら出口だ! 全員出口なら方向わかんだろ! そっちを背に向けて後退しながら防御体制!! 稼いだ時間で突破口を見つける!!」

 

 突破口……声に出すだけなら簡単だ。

 しかしこれは数学の問題ではない。公式はなく、模範解答が100%存在する保証もない。攻略方法はレベル、装備、地形、人数、敵の種類によってあらゆる形に変化する。

 自分なりの解答を出さなければならない。それを提示し、従わせるに足る説得力を持たせなければならない。

 ロムライルならどうしていただろうか。彼は決して1人で事を成そうとはしなかった。自分が万能者でないことを理解し、いつも周りの戦力を的確に運用していたはずだ。

 幸い、思った以上にこいつらは骨がある。逆転の道を信じるのだ。

 

「(俺が気づいてないだけ……絶対、どこかにッ……!!)」

 

 敵が白い煙で見えない中で、悲鳴と金属音だけが断続的に広がる。自分の発した霧を利用し。正確に攻撃を繰り出しているのだろう。

 ――俺らと奴の索敵能力の差はどこにある?

 昔やったゲームに類似したシチュエーションがあったはずだ。

 あれは次世代ロボットストラテジゲームだった。ミッションの1つである夜襲系の任務では、デフォルトで搭載されているハイライトを灯して実行されなかった。なぜならそれは、こちらの位置を教えながら敵に攻撃することと同じになってしまうからだ。

 敵味方なしに闇に溶け込み、彼我(ひが)の条件は同じ。だからこそ敵は一方的に攻められる状況に敵は混乱していた。

 今とはちょうど真逆。

 ならば敵の位置を知るために、俺はどうしていたか。

 

「もう戦線が持たない! 反撃の手はないのか!?」

「敵の剣はまだ避けられる! けど、ヘビの噛みつきが精密すぎるんだよ! こんな視界の悪さじゃ避けられっこねぇ!!」

「勝てなかったんだ! やっぱりッ! 初めから勝てないのに戦わされたんだッ!!」

「ジェイドぉ!! 犠牲覚悟でも、もう逃げるしかないよぉ!!」

 

 だが俺はネガティブな声を1つ1つ丁寧に聞いている暇はなかった。勝てない設定の敵はいない。

 思い出せ……思い出せ……。

 赤外線、振動、感圧、声紋、金属探知……他には何かなかったか。しかし、ハイテクサーチ機能がグリームアイズの体内に仕込まれているはずはない。

 茅場も言っていた。『これはゲームであっても遊びではない』と。ということはつまり、これは少なくとも最低限『ゲームではある』ということだ。

 そしてゲームには相応の世界観がある。ロボットゲームに科学と無縁な妖精は現れないし、戦国アドベンチャーにM16アサルトライフルなんて装備品もない。リアルの戦争では、強国が戦略兵器で射程外から絨毯爆撃するが、ゲームにはクリアさせる気のない理不尽な虐殺はない。あるのは実力や情報の不足、認識力の低さによる攻略ミスだけ。

 いつだって、どんな作品にだって、守るべきゲームバランスと不文律(ふぶんりつ)があった。

 相手の位置を知る方法……他には……、

 

「(あ、あったぞ! 温度だ!!)」

 

 温度センサ、厳密には放射温度計に分類されるのだろうか。過去に1度だけテレビで見たことがある。特定のヘビは体性感覚が異常に発達しているのだ。

 夜目が利かないのに夜間でも獲物を捉えられるし、それゆえに剣での攻撃は空振りが多発する。奴は目ではなく体温で俺達の位置を追っていたのだ。

 そうとわかれば話は早い。

 

「温度を見てるんだ!! 全員、《発煙筒》でもランタンでもいい!! 焚いてから広範囲にバラまけ! 火が灯せるなら野営用の《火起こし器》、《松明》でも!! とにかく火を焚いて温度をメチャクチャにしろ!!」

「そ、そんなことで本当に……!?」

 

 不審に思う部隊を、「とにかくっ、指示に従って!」「僕からもお願いします!」という声が後押しし、ようやく全員が作戦通りの動きを見せる。

 あちこちでパチパチと音がなり、時にはさらなる白煙も舞っていた。

 攻略環境が余計に悪化し部隊内から反感を買う。

 しかし、ガシャァアアッ!! という()りきれ音が鼓膜を打つと、信じられない光景に誰もが押し黙った。

 

「なん、だ……っ!?」

「ヘビが《発煙筒》に食いついてる!?」

「しかもケムリの中だ、これなら位置が丸見えだぞ!」

 

 読みは正しかったというわけだ。

 吐き捨てるように、俺はうっすらと笑っていた。

 やっと突破口を見つけた。《発煙筒》を口でくわえてしまったせいで、煙の中でもヘビの位置がしっかり認識できる。

 プログラミングされた範囲でしか行動ルーチンを選択、差別化できないグリームアイズにはわかるまい。自らもたらす間抜けな逆転劇をとくと味わうがいい。

 

「《暗黒剣》……リリースッ!!」

 

 ブワッ、と。黒き邪悪な(もや)を《ガイアパージ》が纏う。

 深淵の輝きがさらなる深みを増し、地獄への(いざな)いが胎動した。

 《暗黒剣》専用ソードスキル、極致両断上位四連斬《ネグロ・ヘリファルテ》。

 1撃がバカみたいに重い大剣が生み出す連続攻撃としては十分な回数を誇るそれは、ぐねぐねと動き回る赤い目印に向けて吸い込まれるように直進した。

 左へ中段払い、右斜め上へ斬り上げ、まっすぐ上から両断、時計回りに1回転して右へ中段払い。

 ヒット角をカバーできる一連の連続技は、強弱の差こそあれどその全てが命中していた。

 しかしいかんせん、長い尻尾の各位置にそれぞれズレて命中してしまっている。これだけ技のヒットポイントがバラバラでは《暗黒剣》の真価は発揮されない。

 そんな悪い予感をトレースするように、連撃後のボスのヘビ型尻尾は健在だった。

 

「(くそっ、やっぱ凡人並みかよ……ッ!!)」

 

 すでに《発煙筒》も離してしまっている。宝の持ち腐れとはこのことだ。いっそのことキリトやアスナがこのユニークスキルを使っていればこれが決定打になったのではないか、などと詮無き希望に願ってしまう。

 手繰り寄せたチャンスを離してしまった。敗北の2文字が頭をよぎったその時。

 

「まだ行けるわ! あたしがやる!!」

「ひ、ヒスイっ!?」

 

 叫ぶのと同時に、左手の剣を投げ捨てたヒスイがボスに向かって直進していた。

 無謀だ、なんて言葉が出てくる間もなかった。一点しか見つめていない走りはあらゆる反応速度を越え、それだけ真に迫っていた。

 圧倒的な集中力。

 彼女は転がる《松明》アイテムを左手で(すく)い取り、それを携帯したまま全力でジャンプした。

 その右手が、煙に紛れようとしていたあるものを掴む。

 ーーそうか、ヒスイの狙いは!

 

「ここよ! あたしを狙ってっ!!」

 

 狙いは尻尾にしがみついて俺にその位置を知らせること。

 濃い煙の中でも真っ赤な《松明》が煌々と位置を照らした。

 

「手ェ離すなよォ!!」

 

 俺は再度《暗黒剣》のソードスキルを発動していた。

 長距離用単発斬撃《フォ・トリステス》。今度こそ外したら攻略は失敗する。死者発生のリスクを覚悟してでも、尻尾を巻いて逃げ出すしかなくなるだろう。

 だからこそ、俺は欠片も(おく)さなかった。

 邪悪なオーラを発する黒き大剣から放たれたホリゾンブルーの衝撃波は、爆発的な初速を糧に目印めがけて飛んでいく。

 直撃。手応え十分。

 ザッシュンッ!! という切断音が耳朶を打つと、室内に響くあまりにも大きなグリームアイズの絶叫。さらに長く大きなヘビ型尻尾が地面に失墜する現象だけが起こった。

 《体性感覚》の排除完了。ヒスイも武器を拾って戦隊復帰した。

 

「霧が……晴れていく……?」

 

 そして徐々にではあるが、間違いなく充満していた霧が薄まっていっている。

 一方的な展開からの脱出だ。

 

「ボスのデバフアタックが終了した!?」

「尻尾を切り落としてか!?」

「これが攻略条件だったんだ! あの野郎マジでやりやがった!!」

「残りはゲージ1本だ! これより全部隊で反撃に出るぞ! 気を引き締めろ!!」

『オォオオオオオオオオオッ!!』

 

 士気の大幅な回復。戦意の高揚。討伐隊の目に生気が戻っていた。

 攻略戦は、ここからが本番だ。

 

 

 

 


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