SAOエクストラストーリー   作:ZHE

120 / 159
お気に入り数が1350件に達しました。いつもご愛読ありがとうございます。


第93話 74層攻略戦(後編)

 西暦2024年10月18日、浮遊城第74層。

 

 74層ボス、《ザ・グリームアイズ》によるデバフアタックは終了したが、奴の(かも)し出すプレッシャーはより凶悪になった。

 動物的な飢餓感。(から)め手を駆使して計画的に敵を追い込むのではなく、右手に持っている斬馬刀(ざんばとう)で刃向かう敵を()ぎ払わんとする本来の獣のような威圧。

 

『グルルル……グォォォォォオオオオオオオオッ!!』

『っ……!?』

 

 ビリビリビリッ、と空気が振動した。

 ただでさえ太かったグリームアイズの両腕の筋肉が、さらに盛り上がる。

 俺はスキルの汎用性を考えて《暗黒剣》を引っ込めると、次の指示内容を模索した。

 

「……ローテを再開する!! 片手剣部隊からだ! 残りは受けたダメージの回復に移る! 狙われても応戦するな、守備に回れ!!」

『了解!!』

 

 プレイヤーにとって手痛い行動を優先する敵の攻撃は、フォワードを飛び越えてくる可能性も十分にあり得た。

 しかし、勢いよく応えた《軍》の精鋭部隊はすぐさま根を上げることになる。

 

「なっ、なんだぁ!? 今までにない動きを!?」

「手で武器を掴んでくるのか!? これじゃあ隊列が組めないぞ!!」

「ボスがこんなっ……まるで人間みたいな動きを!?」

「ぐあァアアアアッ!! 助けてくれぇ!」

 

 飛び交う絶叫。

 グリームアイズが軍のラウンドシールドを左手でどかし、そこへ間髪入れず斬馬刀を差し込む。

 やはり、手強い。グリームアイズは盾を構えるプレイヤーを、横から順に巨大な手で()まむようにして崩してきた。高層になるにつれモンスターの動きのカスタマイズが本格化したとはいえ、現時点でかなり高精度な行動アルゴリズムだ。

 片手剣士の間合いは1メートル強。7メートルにも達する巨体と、あくまで人間サイズのアバターとでは体格差がありすぎる。闇雲に数種類の攻撃パターンをランダム発動するのとは比べ物にならない危険度である。

 軍の守備主体の隊列はたちまち瓦解していった。

 

「もう持たない! すぐにスイッチを!!」

「少し長めにくれ!! バフアイテムが尽きた! ストレージからポーチに移したい!!」

「攻撃してないのに30秒すらッ……くそっ! 位置を換えて前衛の時間を減らす!!」

「そんなっ!? 対策時間が……ッ!!」

「逆だ! ローテを早めて被弾を減らす! 火力高すぎて受けてちゃ持たない! 引いたら回復に専念しろ! アスナ達は側面からスキル使って一時退避!!」

「わかったわ! みんなも、お願いします!」

「任せてください!」

「早く! 今ですっ!!」

 

 すれすれの死闘を繰り広げる討伐隊。首の皮一枚の攻略。ソードスキルによる瞬発的な攻撃と、急接近からの硬直に対する盾役や、そこから脱する十分な移動力の確保。ダメージが重なる前に素早く後続と入れ替わるスピードスイッチ。

 ボスのHPが残り1本を切った時、俺は内心安堵(あんど)した。このまま攻略が順調に進むものと思っていたからだ。

 だが戦況が進むにつれ、やがて(ほころ)びが生まれた。

 

「ジェイドさん!! もうおれらが持ちません!」

「こっちも限界です! 討伐は……もうっ!!」

「なに!? 弱音吐くな! このペースを保ちゃ狩れんだろ!! 《軍》のプライド見せろよッ!!」

「ダメです! 《回復ポーション》が底をつきましたっ!!」

「なっ、にッ!?」

 

 ――ポーション切れだと!?

 最悪の事態だ。

 ちまちまと『防御優先、隙を見て攻撃』を繰り返す堅実なやり方とは違い、ハイペースローテーションは確かに回復アイテムの消費が激しくなる。

 回復アイテムなしの消耗戦。それは普通のゲームなら最後の最後にどうしようもなくなった場合の戦法である。

 しかし、こと《ソードアート・オンライン》というバーチャルゲームにおいて、『最後の最後』という先にあるのは、家庭用ゲーム機におけるゲームオーバーなる現象ではなく、『脳焼却による本物の死』だ。もちろん、負けそうになったからといって電源ボタンで強制離脱などはできない。

 生殺与奪(せいさつよだつ)がかかっている。俺はそんな命令をここで下さなくてはならないのか。どちらが先に死ぬか、チキンレースでも始めようか、と。

 根本的に不可能だ。恐怖は体を硬直させる。ポーションを切らしたプレイヤーというのは、実質的に戦力外通告を言い渡しているに等しい。

 

「《風林火山》は! あんたら予備持ってないのか!?」

「ダメだ……もう俺らの分しか残ってねぇ!!」

「じゃあアスナ!!」

「わたしも限界よ! クリスタルしかないわ! 《バトルヒーリング》だって間に合ってないのに!!」

「(マジかよオイッ……ここまで来て!! ……)……くそっ! くそォッ!!」

 

 事実の受け入れを後回しにするように俺は叫んでいた。

 ここまで来て、あとは運任せだというのか。

 しかし指揮者というものは、権利をかざして適当な命令を下していい立場ではない。勝てる打算のない攻略はアインクラッドでは通用しないのだ。

 なにか見落としているものはないか。見つかれば状況を逆転させるような、画期的な糸口が。

 

「(いや、待てよ……クリスタルなら、予備がある……っ!!」

 

 差し渡し100メートルはありそうな淡いシアンのフィールドを疾駆(しっく)しながら、俺は大事な前提を見逃していたことに気づいた。

 このボスフロアが《結晶アイテム無効化エリア》なら、当然今日の攻略において《回復結晶》は誰1人、1つも使っていないはずだ。そして攻略組であれば、緊急時に使用できるクリスタスの数も相当数に上るはず。

 発想の転換。戦場の見え方が変わる。

 

「作戦だ! 《連続スイッチ》を使って、1人ずつ(・・・・)逃がし続ける!」

「おい! まだ討伐を続けるって言うのか!?」

「ど、どうすりゃいい!?」

 

 全員の意識が俺に集中した。

 言葉を選んでいる余裕はない。

 

「2、3人ずつ! スイッチ直後に距離を取れ! 引いた奴は入り口を出てすぐクリスタルで回復! 引き返して即戦線復帰しろ!!」

 

 前例のない作戦に動揺してか、顔色が変わった付近のプレイヤーから疑問が浮かぶ。

 

「そ、そんな作戦を……ッ」

「できるさッ!! 前衛はタゲ取りだけでいい! 部隊を回しながら一瞬で回復! あとはひたすら1人のアタッカーだけを守り続けるっ!!」

 

 ハイペースローテで攻撃するのではなく、その渦中で防御するだけ。

 ボスが雄叫びを上げて襲いかかるがそれをなんとかいなし、俺は最後の命令を叫んだ。

 

「守るって誰をっ!?」

「トドメやんのはキリトだッ!!」

 

 この時点で視線の先は俺からキリトへと移り変わり、言われた本人も驚いていた。

 つい先ほど、《二刀流》という史上4つ目のユニークスキル――だと推測するしかない攻撃技――でグリームアイズを圧倒した人物。刹那における瞬発力ではなく、一定時間発揮される最高攻撃力。

 軍の連中が代わり番こでソードスキルを使う効率に比べれば、キリトが単独でソードスキルを使い続ける最終的な被ダメージ値に軍配が上がった。

 では彼が防御を一切考えず攻撃に専念できる状況とは何か。

 それは、大人数が統率された状態で隊列を組み、彼を守らんとするこの状況のことである。

 

「こっちが受けるマトを減らして、ダメージソースを絞る! キリトは援護を受けられる間に、持ってる《二刀流》スキルを片っ端から叩き込めっ!!」

「こ、これならキリト君は守ることさえ考えなくていい!」

「どのちみソードスキルは同時にやると互いがジャマになる!」

「軍の片手剣部隊は順番に出口に走れ! ブレイクポイントを作ったらキリトはスキル!! 行くぞッ!!」

『オォオオオオオオオオオオッ!!』

 

 剣と盾を握った戦士一個単位で戦力を測るのではない。

 集まったプレイヤー全体を1つの戦士として捉え、剣なら剣に、盾なら盾に、その役目を完全に分離させる。ある程度の人数を保ち、なおかつフルレイドほど多すぎないからこそ可能な戦術。

 その戦果は早くも見え始めた。

 1人ずつ順番に出入り口の大門で「ヒール!」と叫ぶ声が聞こえると、そこから連続してパリィン! パリィン! とクリスタルの弾ける音が聞こえてくる。

 そして危険域(レッド)すれすれから一瞬でフルゲージになった隊員が隊列へ戻る。これの繰り返しが、追い詰められていた討伐隊の余裕をみるみる取り戻していった。

 順調だ。リズミカルな音の周回は安定している。取り巻きがポップしていないことが条件など、有効なシチュエーションが限られる戦術とは言え、シンプルな行動の繰り返しゆえにグリームアイズは独力で覆しようがない。

 

「代われ代われ! どんどん行け!! 防ぐのは数秒でいい!」

「絶対にキリト君を守って! ダメージが重なったら出口で回復!」

「回復は一瞬なんだ! 走ってやりゃ十分間に合う!!」

 

 キリトが応えるように、さらなる多連撃ソードスキルを放った。

 《二刀流》専用ソードスキル、最上位烈火二十七連超剣撃《ジ・イクリプス》。

 赤より紅い、血よりも濃い、灼熱で深紅のライトエフェクトを(まと)う2本の業物。そして美しいまでのプレイヤーの戦闘センス。それがタガを外れて爆発したことにより、《フレイム》属性を手に入れた太陽コロナのような軌跡が、文字通りいくつもいくつも瞬いた。

 まるで死を迎えた惑星の慟哭(どうこく)

 ゲームの機能にアシストされているのか、アシストを凌駕(りょうが)したスピードで剣を操っているのか。おそらく自覚してはいないだろうが、彼を法悦(ほうえつ)させるその加速力が、スキルが持つ性能のギアをもう1段階シフトアップさせている。

 これが限界突破した二刀流の実力。

 そしてキリトが安全にスキルを放ちきるまで、周りの討伐隊は体を張って彼を守る。

 

「らァアアあああああああああああッ!!」

『グオオオオオオオっ!!』

 

 気づけば叫んでいるのはキリトだけではなかった。

 あのグリームアイズが、74層より上層階を死守せんと立ち塞がる堅牢な番人が、自分より遥かに小さきユニットに咆哮をあげていた。

 その絶叫は逆に、それを打ち倒さんとする全討伐隊を奮い立たせた。

 

「いきなり相当減ったぞ!」

「チャンスだ! やるなら今しかない!」

「待てッ! キリト以外は防御でいい!! 今の隊列を崩すなッ!!」

「し、しかしっ!?」

「ジェイドに従って! 指示にあったことだけを!!」

「持ち場を離れちゃダメ!!」

 

 ヒスイとアリーシャのかけ声でどうにか持ち直し、激しい金属音はキリトを寸前で(かわ)していった。

 今のはギリギリだ。前衛に求められるものは、敵のディレイを探して一気呵成に攻略を推し進めるものではなく、タゲが集中するキリトに攻撃が届かないよう地盤を固めることだ。

 快勝の誘惑に惑わされそうだった軍の男達は、その1歩手前で踏みとどまり、攻撃後の技後硬直(ポストモーション)を課せられたキリトを寸でのところで守り抜いていた。

 彼の消耗もほとんど見受けられない。

 ここからは最終局面。

 

「もうちょいだ、大技はまだあるか!?」

「もう少し待ってくれ! クーリングが終わらない!!」

「ちっ……しゃあねェ! なら順番通りレジクレが出る! 《風林火山》、スイッチで後退しろ!!」

『了解!!』

 

 これだけの人数で攻めてもトドメにはならないだろう。ラスト1本まで迫ったとは言え、ボスのHP最終バーはまだまだイエローゾーン。

 だがラストアタックにならなくとも、そのアシストぐらいにはなる。これは俺達レジクレの最後の仕事だ。

 

「クリスタル切れだ!! 全員これが最後の攻撃だと思えッ!!」

「了解よ!」

「任せて!」

 

 レジクレの戦員が一致団結し、グリームアイズに対峙した。

 まず始めにヒスイの右手のシールドが光を帯びる。《反射(リフレクション)》による防御スキルの準備だ。俺の持つ《武器防御(パリィ)》スキルとは比べられないほど堅固な防御力を持つそれは、数ある攻撃系スキルと違って動作モーションに決まったものがない。

 小隊最高タンカーのヒスイは、きっちりボスの斬馬刀に合わせてシールドを構えた。

 ゴガァッ!! という轟音と共に、減速される斬馬刀。

 あまりに強力な筋力値ゆえか、《リフレクション》スキルによる行動遅延(ディレイ)こそ起こせなかったものの、威力吸収に衝撃反駁(はんぱく)をまとめて味わったグリームアイズの懐はガラ空きとなっている。

 そこへすかさず、カズとアリーシャが潜り込んだ。

 

『ヤァアアアアアアアアアアアっ!!』

 

 ハモる絶叫に、片手剣と両手用棍棒による単発突撃系ソードスキルが炸裂すると、グリームアイズのHPバー先端部分がさらにグイッ、と減少する。

 とうとう危険域(レッドゾーン)直前まで追い込んだ。本当にあと少しだ。

 そこへ連動するように、ジェミルがブーメランを投げつけて視界を撹乱。足首への同時攻撃で俺から注意を逸らす。

 防御、同時攻撃、サポーターによるディレイ延長、最後に大技で一撃。これは俺達レジクレの最も得意とするコンビネーションアタックである。

 

「いっけェええジェイドォ!!」

「《暗黒剣》、リリースッ!!」

 

 ジェミルの声に押されるようにスイッチを行い、俺は咆哮を上げながら突撃した。

 自慢の《魔剣》が漆黒の邪気を纏う。そして現状最強の《暗黒剣》専用ソードスキル、地閃掌握七連強撃《スクレット・クレマシオン》が解き放たれた。

 《はじまりの街》地下にいたイベントボス、《オブスクリタース・ザ・シュバリエロード》も使用した《暗黒剣》の上位奥義技。

 修得難度最高レベル剣技の初撃が、ぴったり脳天に直撃する。

 強烈な抵抗力が襲ってきたが、俺はまったく躊躇(ためら)わずに腕を、刃を、全力で推進させた。

 重さと遠心力によってもげそうになる両腕。

 それを管理下に置かせる精神力。

 スパークする脳内からは大量のアドレナリンが分泌され、もはや命中しているかどうか、攻撃の途中で反撃を受けているかどうかは俺の思考領域から抜け落ちた。

 史上最強の、過去最高の、《スクレット・クレマシオン》を完成させる。そのために不要なものは削ぐだけ削ぐ。

 部隊をまとめる責任感と、レジクレへの仲間意識すら遠退く頃に、俺はとうとうラストの一撃を振り絞った。

 分厚い肉体を爪で(えぐ)り取るような、不快でありつつも確かな感触。見ると、グリームアイズの左腕が肘辺りからゴソッ、と吹き飛んだ。

 宙を舞う大きな肉塊。《暗黒剣》に内蔵される身体的欠損(ディレクト・ペナルティ)効果が、とうとうボスにも適用された瞬間だ。

 先のない左の膝から、そして蛇の頭部を待っていた切断済みの尻尾からも、生々しい液体が噴出する。さらに奴のHPはレッドゾーンを越え、死にかけ(ニアデス)の域まで達した。

 そして……、

 

「キリトォオオッ!!」

「スイッチっ!!」

 

 正真正銘の最後。世界最強のダメージディーラー。この瞬間まで目にすることのなかった、複数の武器を煌めかせる現象。

 《二刀流》専用ソードスキル、究極高速十六連撃《スターバースト・ストリーム》。

 流星のごとく激しく、蝶のようになだらかに舞う。超多連撃のスキルは、なお洗練されたアートのように繋がった。

 ラケットを両手に構えるスポーツ選手はいない。2つのマウスでPCを操作する社会人はいない。包丁を2本持つ料理人もいない。二丁拳銃で本物の戦場に出る軍人もいない。それは、それらの行為が真に無意味だと知っているからだ。武器を増やせば強くなる、という発想は転じて子供じみている。

 だというのに、そんな固定概念にも近い常識を、キリトはバッサリと(やぶ)いていた。

 

「うォおおおおおアアアアッ!!」

『グォォォォォォォッ!!』

 

 暴力的なエネルギーの濁流(だくりゅう)が渦巻く。

 右手の剣撃が左手の構えを崩さず、左手の攻撃は全体の姿勢を保たせ、回るように、跳ねるように、全力滑走が逆に安定を与える超高速領域。

 他の誰にも追随(ついずい)させない、一種の作品のような十六連撃ソードスキル。

 斬っては斬られ、斬られては斬る。

 片腕になったグリームアイズはそれでもキリトへ猛攻撃を繰り出し、斬馬刀と二刀流の乱舞劇は火花と深紅のエフェクトに彩られた。

 絶叫、咆哮、轟音、震動。

 《スターバースト・ストリーム》の最後の突き技が、風船のように膨らむ厚い胸板を貫いた。

 

「キリ……ト……!!」

 

 爆撃のあとの静寂に似た空気の中で自然に声が漏れた。

 さらに天井を仰ぎ見るグリームアイズの全身が硬直した、数秒後。

 

『ゴァ……ァァ……ッ』

 

 バリィィッ!! と、無数のポリゴンをばらまいてボスが飛散した。

 振り()かれた光の結晶はフロア全体を包み込み、不思議な安心感が一帯を支配する。

 約束事項にも似た世界のルール。心の底から緊迫を解く魔法のような、涼しいファンファーレが鳴り響いた。

 これは75層への扉が開けた瞬間であり、壮絶な戦いが幕を下ろしたサインでもあった。

 

「……やった……のか……?」

「やった……倒したんだ! ボスを倒した!!」

「うォおおおおおおおおっ!!」

 

 徐々に勝者の実感が浸透した。と同時に、とても言葉では表しきれない達成感が押し寄せてきた。胸部まで上ってきた緊張感と不快感の塊が、腹の下までストンと落ちた感触だろうか。

 自分で達成しておいてなお、偉業の大きさから状況が信じられない。

 

「夢じゃ……ねェよな……?」

「ジェイド! あんたやりやがったよ!! ホントにこんな戦力で倒しちまった!」

「マジでなんて言ったらいいか……ありがとう! この恩は忘れないよ!」

「ジェイドさん、ボスを倒したんですよ! あなたのおかげで」

「ち、ちょっと待って! キリトくん!!」

 

 子供のようにはしゃいでいた軍の男を押しのけ、アスナが悲鳴に近い声を上げながら駆け寄ると、俺もその先に横たわるキリトを見つけた。

 ――やられたのか!?

 『相討ち』という嫌な単語が脳裏をよぎり、俺やその他のメンバーも駆け寄る。すると、どうやらキリトは精神の磨耗(まもう)から気を失っていただけのようだった。10秒ほどで意識を取り戻すと、俺や他のプレイヤーも胸を撫で下ろす。キリトは周りを見渡して自分が勝ったことを確信したようだ。

 アスナはクラインから手渡された最後の《回復ポーション》を飲ませてやると、回復したキリトは最初に確認すべきことを俺に聞いてきた。

 

「攻略では結局……何人が……?」

「最初の2人だけだ。討伐戦で死人が出たのは67層以来だったな……2ヶ月半ぶりか」

「……ふんっ……」

 

 俺の嫌味にコーバッツは、『自分のせいではない』と言わんばかりに吐き捨てた。

 

「コーバッツさんに全責任があるとは言いませんが、これからはもっと慎重な攻略してください。特に、最前線に上がってくるならその覚悟を持って……」

 

 ヒスイがそう言うと、コーバッツはぐうの音もでないのか腕を組んで後ろを振り向いた。これだけのことがあったのだ、過ちは繰り返されないだろう。

 それよりも問題はキリトである。74層攻略以上のスキャンダルが眠っていたのだから。

 そこへクラインが全員の代弁者として疑問を投げ掛けた。

 

「それはそうとよ、さっきのはなんだよキリト。あんなの見たことないぜ?」

「エクストラスキルだよ。名前は《二刀流》。……俺は武器スキルを《片手剣》しか取ってないから、片手用の直剣を両手に装備するしかないけど、どうやら片手で持てる武器のスキルさえ修得してれば、どんなものでも左手に装備できるらしい」

『おおっ……!!』

「交互に武器スキルを発動できるのか?」

「修得方法は? いつ手に入れたんだよ?」

「《二刀流》の専用ソードスキルは他にもあるんだろっ?」

 

 それぞれが好き勝手なことを聞くなか、キリトは困っているように見えた。

 仕方がないので、俺は確かめなければならないことを端的に聞く。

 

「キリト……結局それは《ユニークスキル》なんだよな?」

 

 キリトは一瞬躊躇(ためら)うが……、

 

「ああ、たぶんな。何ヶ月も他の《二刀流》使いが現れなかったんだ。俺みたいにひた隠しにしてる可能性もあるけど、《神聖剣》と同じで突然スキル欄に来たから、ほぼ間違いなく……」

「なら質問は終わりだな。問い詰めても他のプレイヤーは習得できないわけだし」

「あ、ああ……そうだな……」

「そういえばジェイドさんもユニーク所持者だし、(うらや)んでも仕方ないか」

「また別のを探せばいいさ。きっとあるはずだよ」

 

 目でキリトから感謝されると、俺達は上層の有効化(アクティベート)にむけて歩きだした。

 度重なるアクシデントから蓄積された疲労と、2人のプレイヤーのを喪失感こそ見てとれるが、さすがに新しい街への期待から足取りは軽くなりつつあった。

 何より、75層解放の立ち会い者になれたことが、その背中を上へ上へと押し上げる。

 

「(キンチョーでぶっ倒れそうだったけどな……)」

 

 俺は内心で笑いつつ、晴れやかな気持ちで75層を迎え入れていた。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 翌日、俺達レジクレはただでさえうるさいのに、いつにも増して騒がしい50層の主街区を横断してある店へと訪れていた。

 そこの店主であるスキンヘッドの強面(こわもて)に手を挙げつつ話しかける。

 

「おいーっすエギル。ハンジョーしてっか」

「おうジェイドか。聞いたぞお前、昨日は大活躍だったそうじゃないか」

「まァな。もっとホメていいぜ」

「スーパー格好いいと思うぜ。奇抜な発想を駆使し、レイド半分単位の戦力でボスを倒した英雄! その背中は多くの人間に希望を与え、奮い立たせたに違いない! 俺がもし現場にいたらこう言っていただろう、『俺は今、歴史変革の目撃者になった!』とな!」

「やっぱその辺にしてくれ。超恥ずかしい……」

 

 店内に響く芝居がかった大声に慌てて制止をかけると、この時点で俺はギルド一同にクスクスと笑われていた。

 ――納得いかん!

 

「ハッハッハッハッ!! ところで、レジクレまでそろってお越しとは珍しいな。せっかくだ、なにか飲んでいくか」

 

 ここはエギルの経営する店内である。人の出入りはそれなりにあるそうで、今となってはウワサのカフェ兼アイテムショップ。同時にこの大男が客をおちょくる悪名もまた揺るぎない真実のようだ。

 質屋にも近い雑貨店だが、仕事は早いし安いものも大量に仕入れている。おまけにコーヒーがやたらうまい。強いて言うなら、安く仕入れるということは安く買い叩かれることでもあるので、あえてここでアイテムを売らない方がいいということぐらいだろうか。

 と、それよりも返事をしてやらねば。

 

「じゃあそうだな……最高級のやつを5人分くれ」

「おおっ!? 気前がいいじゃないか。本当にどうしたよジェイド。いつもは男の玉小せぇのかってぐらいケチくさいのに。……あっ、さてはユニークスキルの件を情報屋に売ったのはお前だなぁ?」

 

 キリトのことを言っているのなら、まったくもってその通りだった。

 騒がしいアルゲードの街並みが、今日だけさらに一段と喧騒(けんそう)に満ちているのは、何も75層が開通したからだけではない。俺がここぞとばかりに奴のユニークスキルを情報屋に言いふらしたからだ。

 「新しいユニークスキル情報がある」とほのめかせば、それを買わない情報屋は存在しない。ゆえに俺はガッポリ儲けさせてもらっている。ついでに非常に前向きな配慮から、3割増しで尾ひれもつけておいてやった。すなわち、今の俺の懐はすこぶる暖かい。

 

「へへっ、まぁな。臨時収入ぐらいあってもいいだろう。……ついでに『男の玉』とか言うな。ヒスイがいんだぞコラ」

「あたし男の玉って言われても気にしないわ」

「気にしろ! あと口に出すな!」

「こいつめ~。キリトはホームタウンからねぐらまでつきとめられて、朝から大変だったみたいだぞ? 田舎のエリアに引っ越すと泣きそうになって嘆いていたが……」

「ま、俺にずっと黙ってたツケさ。キリトも同じ苦しみを味わうといい。ケッケッケ」

 

 俺は細く鋭い目付きを一層歪めて笑う。

 すかさず「うわ、悪そうな顔」や「ジェイド変顔やめてよ」と、女性陣からなじられてヘコむ俺を他所に、カズがここへ来た理由をリーダーを差し置いて解消してしまっていた。

 

「ところでそのキリト君なんですが、ここへは来ませんでしたか?」

「ああ、あいつならさっきKoBのアスナに連れられて本部の方に行ったぞ。どうやら話がこじれて、あっちのギルド内でも大変なことになってるらしい」

 

 眉をひそめるカズにはジェミルが割り込んだ。

 

「ボク昨日聞いちゃったんだけどぉ、たぶんアスナさんがぁ『キリト君と一緒に行動したい』って言ってたからかなぁ? KoBの副リーダーだからねぇ。一大事なんじゃないのぉ?」

「へ~そうだったんだ。あの天下の美人さんとツーマンセルじゃあ、やっぱりキリト君は全力で逃げ回ってなきゃだね。気を抜いてるとポックリヤられちゃうよきっと」

「…………」

 

 カズにしてはなかなか辛辣(しんらつ)な言葉だ。

 するとすぐ後ろから声をかけられた。

 

「ムッフッフ。話は聞かせてもらったヨ!」

「そ、その声はっ!?」

 

 俺がわざとらしくオーバアクションで振り向くと、店の1番奥のテーブルにフードを被ったソロプレイヤーらしき人物がチマチマ牛乳を飲んでいた。

 その赤い頭髪のネズミペイントはクルンッ、とこれまた芝居かかって立ち上がると、実に楽しそうに語りだす。

 

「キー坊の情報を真っ先に持ってきてくれた男にサービスしてやル」

「アルゴさんいたんだ。しかもミルクだし……」

「いたよン。ミルクは仕事中だからダ。……コホン、仲のいいKoBの上層部にコソッと話を聞いたんだガ、どうやらあそこのリーダーさんがキー坊を仲間に引き入れようとしてるらしいゾ」

「仲間に引き入れる、ってヒースクリフさんが言ったの? アスナを引き抜こうとしたから、させじと交渉したってことかしら?」

「まア、手っ取り早く言うとそうダ。実力でもぎ取れるならヨシ。さもなくば、逆に行動を共にするようにだとサ」

「なにィ~~?」

 

 だが俺はアルゴのその言葉を聞き、闘志の炎を心に灯した。

 キリトとアスナのツーマンセルなら、まだ容認できる。前提として、それは一時的な話だからだ。

 しかし、キリトが他のギルドの一員になるなら話が変わってくる。

 ギルドへの加入と、ギルドからの脱退。それは効率重視の1日パーティを組むのとはわけが違う。ことの重みが比較にならないのだ。もし彼が他のギルドに加盟してしまったら、アインクラッド解放の日までそのままということもあり得る。

 

「やってくれる。ヒースクリフの奴ならやりかねねぇぞ……」

「そうかな? あたしは意外だと思ったけど。だって騎士団のメンバーは厳格な人が多いでしょう? ましてやあのリーダーは……」

「ンなこたねーって。わかってねーな~ヒスイ。何度か個人的に話したけど、伝説の聖騎士つってのも、フタを開ければ結局は実力を過信したどうしようもない攻略組。呆れたコアゲーマーさ。しかもヤッベェぐらいに最強のな。……くっ、このままじゃキリトが他のギルドに……んなこたさせねェぞ!!」

 

 俺が立ち上がって1人で燃えていると、カズは若干引きながらも聞いてきた。

 

「ど、どうしたの急に。キリト君の脱ソロはもっと喜ぶところじゃないの?」

「バッカ言え! これじゃあ、俺がなんのためにユニークスキルを言いふらしたかわかんねぇじゃねぇか!」

「え!? お金意外に目的あったの?」

「モチのロンだ。『情報屋に追われて居場所なくなったキリトなら、最終的にレジクレに泣き寝入りすんだろ』作戦のためだよ! これじゃ台無しだ!!」

「あっれぇ!? この人すごく最低だったよ! 思ってたより腹黒いこと考えてたよ!」

「先にキリトに目ェ付けてたのは俺だ。なんとしても阻止してやる!」

 

 激しいコント合戦もお構いなしに、俺は頭を働かせて今からの選択次第で起こりうるあらゆる妨害ルートをシミュレートした。

 最短コースでキリトとアスナを追って、KoBギルド本部前までに彼らに追い付ければそれが1番いい。あとは適当に相手側の話をメチャクチャにすればまだ間に合う。

 ではすでに、2人がギルドホームへ到着してしまっていたらどうだろうか。

 俺の知るヒースクリフは、この世界に魅了されている。これは間違いなく断言できることで、アインクラッドの攻略に人生を(ささ)げていると言ってもいい。

 であれば、大事な戦力であるアスナ喪失(そうしつ)を防ぐため、先ほどアルゴが教えてくれた、「一緒になりたきゃ勝負をしろ」なんて提案を持ちかけた話にかなりの信ぴょう性が生まれてしまう。

 アスナとのツーマンセルを阻止し、ギルドに引き込もうとする連中の狙いを阻止する。

 妨害の妨害。その達成にはやはり、本部への突入が最も確実だ。

 

「ヒスイ! アスナに『今から本部に商談しに行くからレジクレを中に通せ』つーメッセージを送ってくれ」

「う、う~んいいけど。でもそんな簡単にいくかしら?」

「あ~そこはあれだよ、全力で揺すれ。ほら、ヒスイならあいつの弱味とかなんか知ってるだろ!?」

「うわ、アナタとことん最低ね……そりゃあ、まぁあるけどさ……。ていうか現在進行形で、彼女は弱味を持ち歩いてるわけだけど……」

「進行形? よくわからんけど、ギルマス命令だ! 今からKoB本部に乗り込むぜ!」

『え~~』

 

 不満タラタラではあったが、俺としてもワリと本気でキリトを狙っていたりする。

 理由は述べるまでもあるまい。犯罪歴は当然クリアしているし、ボス攻略戦への出動率も高く、メンバーとも死線を共にしている。おまけにユニーク使いのトップランカーで1匹狼と来たら、これほどの有望株もそうそうないだろう。

 問題はキリトの『傷跡』だけだった。《闇夜の黒猫団》が全滅したあの日、その原因のありかを自分にあると決めつけた彼は、壮絶な心の傷を負った。

 それは今もなお彼のなかで(くすぶ)り、集団行動への切符をことごとく捨てさせている。1年4ヶ月たった現在でも苦しめているのだ。

 脱ソロが嬉しくないのかとカズは聞いた。そんなの、嬉しいに決まっている。

 誘いになるかはともかく、この数ヵ月間でわだかまりが溶けかかっている感触に俺は気づいていた。

 人は集団の温もりからは逃れられない。

 《圏内事件》があったあの日は、まだうなずかなかった。だがあれから半年。俺は正直、いつギルドに誘おうかワクワクしていた。いつか一緒に冒険できる日を強く渇望していた。

 行動に起こして失敗するならともかく、何もしていない内にポッと出の成り行きに取られてたまたるものか。

 

「(負けて元々、相手はあのKoBなんだからな。けど……)」

 

 奴と苦楽を共にしたい。そのためなら、やれるだけのことをしたい。

 この衝動が収まらない限り、俺は挑戦をやめなかっただろう。

 

「待ってろヒースクリフ! レジクレ出撃!!」

「ちょ、えっ!? なにも飲んでいかないのか!?」

 

 エギルの叫びは虚しくこだまし、アルゲードの街並みに溶けていった。

 

 

 

 ギルド全員が走って目的地に向かうと、ものの10分でKoBのギルド本部前に到着した。

 『鉄の都』グランザム。また(ちまた)では鍛冶屋や彫刻が盛んな街として有名だ。鋭角な長槍の先にはKoBのエンブレムを刺繍(ししゅう)した旗が寒々とはためき、鋼鉄の尖塔がところ(せま)しとひしめき合っている。なかでも一際大きな塔がKoBのギルドホームである。

 この光景を目にする度に体中にサッと緊張が走る。

 しかし、今日ばかりはビビるわけにはいかない。

 とそこで、番を任されたらしい男2名が俺達の存在に気づいたようだった。

 

「む……? きみは確かレッド殺し。……ということは、後ろの方々はギルド《レジスト・クレスト》の?」

「やあやあお人2さん、オツトメご苦労だな。ところで、俺らを本部に入れてくれないか? ヒースクリフに用があってな」

「今は客人を招いているし、当日来てすぐ入れるなら我々がいる意味がなかろう」

「フフン……ヒスイ! 例のものを見せたまえ」

「なんでまた、わざとキザッたくするの……」

 

 ヒスイは指パッチンした俺にジト目を向けるが、しかしなんやかんやと言いつつも素直に聞いてくれた。

 俺が彼女に甘いのと同じぐらい、彼女も俺に甘いのだ。

 と言うわけで、アスナからの招待状メッセージを見せつけられたKoBの門番ズは「う~ん」と首を捻りつつも、俺達を案内するしかないようだった。

 

「(脅して勝ち取ったとは言えないわよね……?)」

「(当たり前だ。余計なことは言わんでよろしい)」

 

 コソコソ話して事前に(くさび)を打っておくと、俺達は門番ズが持ち場に戻った途端、抜き足差し足忍び足で客間を飛び出した。

 そして堂々とメインホールを横切り、立派な螺旋(らせん)階段を上がりきる。この辺りの間取りは、以前のイベント(・・・・)の際に会計士ダイゼンにより案内されたことで知り得ている。

 敷地内を迷わず直進し、明かりの漏れる部屋に近づくと、「いいでしょう、剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう」なんて声が聞こえてきた。歴戦の風格を漂わせながら、どこかあどけなさを残すテノールのかかった声色は間違いなくキリトのものだ。どうやら悪い予感が命中し、ヒースクリフの挑発に乗ってしまったようである。

 ――ったく、ゲーマーってなァどうしてこう!

 俺は大股早歩きのまま、贅沢なモザイク絵が飾られた廊下を通り過ぎると、思いっきり扉をバンッ!! と開け、踏み込み部屋へ侵入した。さらにビシィ!! と指を突きつけながら、あらかじめ用意しておいた言葉を高らかに発した。

 

「キリトは俺のモンだ! 誰にも渡さねェ!!」

 

 この自信満々な誤解を招く一言は、事態をさらにややこしくさせるのだった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。