SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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お気に入り数が1500件も超えました。こんなに嬉しいことはありません。すでに作品はラストスパートに入っていますが、どうか最後までよろしくお願いします。


第98話 《軍》の底流

 西暦2024年11月1日、浮遊城第22層。(最前線75層)

 

 俺とヒスイは今、層の面積の8割が森林エリアに設定された22層を歩いていた。

 22層は言わずと知れた休憩(きゅうけい)層だ。敵が弱いどころか、そもそもフィールドに湧出(ポップ)しないことから、前線のプレイヤーに踏破されて以来、多くの人々の記憶から消え去った過疎区である。

 俺達が歩くこの緑の林道区域にもやはり、敵ユニットはおろかトラップすら顔を見せようとせず、NPCかそうでないかも判別がつかない、くたびれた老人が時おり散見できる程度だった。

 ちなみに、誰1人として覚えていないだろうが、この際はっきり言っておく。

 この層を有効化(アクティベート)したのは俺だ。

 ゲームが始まって約2年とたつが、『新たな層の開放』というアクションは、今までにわずか74回しか行われていない。そしてその大半は大ギルドのトップ様が独占していた。むしろ新たな主街区をアクティベートした回数を競い合うことこそが、彼らの根本的な(よすが)だったのだろう。

 しかし俺は彼らのほころびを見逃さなかった。主街区解放の経験者など、攻略組でも稀なはずだ。ヒスイとて1度や2度ほどはあるかもしれないが、この層の解放は紛れもなく俺。21層で扉を塞いでいた強力なボスモンスターにトドメをさした俺。

 そう、俺なのだ。

 

「ね~、なにさっきからブツブツ言ってるの?」

「……いや、ちょっと感傷にひたったつーか、大事なことの確認をだな……」

 

 危ないところだった。(はかな)い自尊心を保とうとするあまり、ハズかしいことを聞かれてしまうところだった。

 幸い過疎区ゆえに付近に人通りは皆無。これなら白昼堂々ヒスイへの愛の(たけ)をこだまするほど大声で叫ぼうが、お洒落に新調したミニスカートをはくヒスイを肩車して歌おうが、やはり目撃談は広まらないだろう。

 しかしそんな心配事もよそに、彼女はここぞとばかりに茶々を入れてきた。

 

「ふぅん。でも挙動不審だからやめてよね。ジェイドはいいかもしれないけど、これから人に会うのにあたしまで変な目で見られちゃうじゃない」

「ひど。別にいいだろこんなカソ区で」

「イヤでーす。あたしは自分が可愛いんでーす。変な人に見られたくありませーん」

 

 まったく、コロコロと無邪気に笑いながら酷いことを言ってくれる。俺もこの他愛のない会話を楽しんでいるのだが、今日会おうとしている人物のことを考えると、どうにもからかわれっぱなしな自分に危機感を覚えた。

 そしてその相手とは、キリトとアスナである。

 せっかく世間的にも(はく)が付いてきた俺が、よもやギルド内では女に言い負かされているなど格好悪いではないか。古くさい考え方かもしれないが、3つも下のキリトにこんな姿は見せられない。

 俺はフツフツと沸き上がる反抗心を武器に、密かな反撃に出た。

 

「ったく、昨日はなでるたびに猫みたいに鳴いてたくせに……」

「なっ、あ、あれはっ……た、たまにはいいじゃない! 毎日気を張るのも疲れるのよう!」

「ふ~ん? まあ、なんならこれからずっとあれでいいよ。スランプのヒスイとかいつにも増して可愛かったしな。……ふっふっふ、毎晩なぐさめてやってもいいんだぜ~?」

「うっ……うぅ……」

 

 元来考え方が理論的だからこそ、弱味を見せたあとのヒスイは弱い。

 ちなみに昨夜どうこうという話は、数日前から続く彼女の戦績不振から来ている。

 9日前、つまりPoHと壮烈な最終戦を繰り広げた日、彼女は少なからず心身にダメージを負った。

 これらは回復ポーションを飲んですぐに全快するものではなく、猛毒のように侵食する。

 考えてみれば俺の危惧(きぐ)はここにあった。

 《タイタンズ・ハンド》との私闘に巻き込んだ時も、ラフコフの残党狩りに2ヶ月費やした際の拷問役も、すべて俺が担った。そもそも、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と全面戦争になったあの日、結局ヒスイは参戦させず数人の非戦闘員と共に作戦会議用テントで待機を命じている。

 よって彼女は、人を(あや)めることへの耐性を研鑽(けんさん)したことはない。

 させまいと過保護にしたからか、個人的な溺愛(できあい)とは関係なく彼女の優しい心が拒絶反応を起こすのか、それはわからない。

 しかし、現に体は悲鳴を上げた。

 剣を振る度に飛び散る血のような赤いライトエフェクト、死に際に(のこ)すモンスター達のグロテスクな叫び声。それらが蓄積(ちくせき)され、とうとうヒスイは前線での戦闘に支障をきたし始めたのだ。

 といっても、これは覚悟の上だった。また自叙伝になるが、シーザーと初めて対峙した時も、殺しの経験を活かして動揺を抑えることに成功した。そしてこうも思ったはずだ。殺しに慣れるのは、それが酷いトラウマにならなかった場合だけだ、と。

 どうやら俺とヒスイは違ったらしい。

 軽いフラッシュバックで済んでいる今の内はいいが、あと25層もあるアインクラッドの道のりを考えると、ここで彼女がリタイアするはあまりにも厳しい。

 という経緯から、無理して後々に響くぐらいなら一旦まとまった休暇(きゅうか)を取り、完全に復帰できるメンタル状態にさせよう、という方針に決まった。これはアリーシャからの提案だが、彼女の療養(りょうよう)をかねて、俺と2人でしばらくデートしてこいというものが今回のこの企画の前提である。

 

「(それがいきなりあれだからな~……)」

 

 「だった」と言うのも、昨晩ヒスイが久しぶりの2人きりだからと、武器も防具も解除して(あらわ)な姿で俺の部屋に突撃してきたことが原因だ。

 それは目を疑うようなモノ凄いコスチュームだった。丈の長いキャミソールを着ているはずなのに、その生地があまりにも薄すぎて下着――冷静に思い返せば水着だった可能性大――が透けていたのだから。

 よもや不安定極まりないシチュエーションで大人の階段を上るわけにはいかず、俺はやけくそのように積極的なヒスイの行動に悶々としながらも、なんとか『今は誰かに甘えたいんです衝動』にスーパー紳士に付き合ってやり、思い出すだけでうぶ毛が逆立ちしそうな甘ったるい愛の言葉を(ささや)きながら抱き締めてやったものだ。このアバターにうぶ毛はないが。

 しかし、相当な羞恥プレイを強要された気がする。

 恥ずかしいセリフの詳細は(つつし)んで割愛させていただくが、察するに彼女は少女漫画かそれに準ずる創作物が好きなのだろう。

 もっとも、このわがままで気が晴れてくれれば万々歳だ。当初の予定では数日かけてケアをするつもりだったが、早く済むならそれだけ手間が省ける。

 いずれにせよ、先に弱味を見せたのは間違っても俺ではない。おまけにこの女は滅多に感情的になれないタイプだ。

 いつも強気なヒスイを、俺はここぞとばかりに攻め立ててみる。

 

「ヒスイも策士だよな~。2人きりってわかった瞬間すぐアレだ。それも夜中に、ダイタンなカッコでよ」

「だから違うんだってば! 昨日のアレはたまたま、ホンット滅多にないんだからね! ……あ、あれよ。人がいる時とか、攻略では見せられないからガマンが溜まってたっていうか。あえてスキを見せることで、あたし達の親密感を深めようっていう算段が……あっ、その目は信じてない!」

「言い訳なげーしアヤシイもんだ。……はは~ん、さては昨日の状況(シチュ)を見越してわざとメンタルダウンアピールしたな~?」

「ち、がっ……もう! あたしはそんな理由で休まないわよ! あとそれ以上言ったら、今後ぜぇったい甘えてあげないから!」

 

 言いながら顔面めがけてベシベシと手刀を飛ばしてくるヒスイ。

 

「いたっ、いたっ! 叩くの禁止!」

「しょうがないでしょう! 今日ミニスカなんだから!」

「いや、蹴りならいいって意味じゃねぇよ!!」

 

 ジョークが言えるだけマシになった方だが、いい加減ほっぺや目の下の高揚が夕日のせいにできないレベルで真っ赤になったヒスイは、とうとう視線を逸らすようにそっぽを向いてしまった。

 しかし手入れの行き届いた(つや)のある黒髪が揺れるのを見て改めてテンションが上がった俺は、攻撃の手が止んだこともあって「スキあり!」と心のなかで叫びつつ腕の辺りをグイッ、と引っ張ってみた。

 そして気づけば、すぐ近くに建っていた適当な家の壁にヒスイを優しく押し付ける。

 驚いて縮こまる彼女におでこを寄せて、ここでもやはり冗談まじりに攻め続けた。

 

「照れてるヒスイ、マジでかわいい」

 

 決まった。

 体温急上昇。

 これはいけない、ハンパなく恥ずかしい技が決まってしまった。

 ……が、これはヒスイのための時間だ。結果として前線に復帰できるようエスコートすることが究極的には俺の任務ということになる。

 恥を忍んでここまでキメ顔作って盛大にボケてやったのだ。鋭いツッコミが返ってきてくれないと恥かき損になってしまう。

 しかしここで問題が起きた。それもかなり重大なやつで、いつまでたってもレスポンスが返ってこないのである。

 彼女の顔を見てみると……、

 

「あっ……ぁ……の……」

 

 もう、首筋まで真っ赤だった。おまけに口を半開きにして両目だけパチクリと俺の顔をじっと見ている。

 そして両手をグーにして胸の前でいっちょまえにファイティングポーズをしているのは、彼女なりの反抗意思だろうか。冗談を通り越して鼻血が垂れそうなのだが。

 だが、待ってほしい。これは俺の望むべく反応ではない。取り敢えず記録結晶に収めて額縁家宝ものの初々しい表情ではあったが、先にも述べたように、これで戦線復帰できるようになってもらわなければ意味がないのだ。

 それともなるのか。なってくれるのか。

 ほう、いいだろう。ならば続けようではないか。

 うるさいぐらいに跳ね上がった心拍が本気で息苦しいが、もはや心臓がハチ切れたって構いはしない。心臓なんて1つぐらいくれてやる。いや、1つしかなかったか。

 

「ヒ……スイ……」

「ぁ……っ」

 

 まともに声も出せず、キョドったまま右手がうなじへ添えられる。彼女は絞り出すように、そして悶えるように弱々しい声を漏らした。

 限界だった。

 背筋にゾクッ、ゾクッ、と官能的な独占欲が走る。ただでさえ威圧的な俺のつり目も、さぞかしギラついてモザイク必須になっていることだろう。

 そのまま左手で流線美を描く引き締まった腰を支え、ほとんど無抵抗な隷属(れいぞく)娘と化したヒスイをおもいっきり引き寄せた。

 ――今ヒドいこと考えたぞ俺。

 どうしてこう、雰囲気の移り変わりは急なのか。こちらとしては極めてジョークのつもりだったが、カズやアリーシャらがいないからか、ヒスイは本気に受け止めてしまったらしい。

 息づかいまで肌で感じられるほど近づくと、今度はヒスイが俺の背中に両腕を回した。

 まずい。情けない話だが、緊張のしすぎで目が痙攣(けいれん)してきた。しかも生唾と一緒に彼女の息まで飲み込んだ気がする。スゴく興奮した。

 今のは少しいかがわしいというか、変態だったろうか。

 しかし……こんなロマンチックなキスができるのなら……もうなんでもいい……、

 

「(ヒスイ……)」

 

 互いに目をつぶった直後。

 

「人んちの」

『わぁああああああっ!?!?』

「……裏庭で、ナニやってるのよ……」

 

 またしても邪魔が。またしても邪魔が入ってきよった。

 口から内蔵を吐き出しそうなほどひとしきり驚くと、俺とヒスイは介入者を確認する。

 

「だ、誰だァ!? ってアスナ!?」

「あ、あああアスナがどうしてここにッ!?」

 

 嫌になるほど目に焼き付いた紅白の団服を着ていないからか。あるいは、らしくない超ジト目のせいか、一瞬判断が遅れてしまった。

 だが栗色の長い髪を()って、明るめのチュニックに上着を重ね、清楚な長スカートに簡素なネックレスで(たたず)む美人さんは《閃光》ことアスナだった。

 恐怖の印象が強かったレイピア使いも、やはり武装解除すると見違えるほど可愛くなるようだ。

 ちなみに俺は名称こそわからないが、髪のサイドを長い三つ編みにしてから頭の後ろへ持っていき、それを中央で小さく結び残りをストレートにする、彼女の特徴的なヘアスタイルが大好きである。以前ヒスイに同じ髪型にしてほしいと頼んだ際、かなり不機嫌になりながらもしぶしぶ実行してくれた時は本当に(もだ)えるところだった。

 そんな一瞬の思い出浸りを気合いで忘れるころに、彼女はヒスイの疑問に反応した。

 

「どうしてもこうしても、ここはわたし達の家の裏庭よ? 買い物帰りだったんだけど、あなた達が時間より早くうちに来てるだもの。こっちが驚きよ」

 

 なるほど、今ので合点がいった。キリトとアスナに会うのになぜ『22層』かという疑問と戻るが、PoHとの決戦の2日後にあたる25日から、キリアスコンビはKoBから正式に長期休暇をもらって2人で暮らしているらしいのだ。

 もちろん、クラディールの件で立て続けに不祥事を起こしたギルド側が全面的に悪いのだが、キリトは早くも集団から切り離されたことになる。

 さらに年頃の男女がわざわざ家まで購入して、ひとつ屋根の下で過ごしているのも納得の理由が存在する。なんでも彼らは、《結婚》までして暮らしているのだとか。

 ここまで紆余曲折と回り道をしてきた感は否めないが、俺としてはようやく落ち着くところに落ち着いた感じがする。

 

「(おかげでアスナの私服見れるとか、超ポイント高いんだけど……)」

 

 なんて最低なことを考えつつ、何にせよ俺のせいでねぐらを暴かれたキリトは、今度こそ2人で静かに暮らすために、こんな辺境の地に建てられたホームを探し当てたらしい。

 ユニークスキルをバラしたと知らないキリトが、こうしてまた俺に家の場所を知らせてしまう辺り、少しばかりズキズキと痛むものがある。

 だが、良心の呵責は華麗に無視。お詫びとしてこうして結婚祝いに来てやったのだから、むしろ感謝してほしいぐらいである。

 しかし、そのホームとやらがよもや俺達がもたれ掛かっていた家の正体だったとは。景色を眺めるついでに寄り道もしたが、いつの間に到着していた。ましてナルシストごっこに利用した壁がゴール地点だなんて、都合のいい偶然があったものである。

 それより目下解決すべき問題はアスナへの言い訳か。対抗意識でラブラブ順調な結婚生活を見せつけに来たわけではない。ただ、彼女のこの素朴な反応を見るに、目がショボショボしていたか何かで、先ほどのシーンは詳しく見られていなかったのではなかろうか。

 十分にありうる。

 

「い、いやぁこっちはアレだよ、ヒスイがその……ほらドライアイでさ、目薬指してほしいって言ってな。そこで気を利かしてだな……なっ?」

「…………」

 

 隣のヒスイはというと、お目目はパッチリなのに顔面一杯に汗をたらたら流すという器用な表情を作っていた。

 おどけたジェスチャーで悪戦苦闘する俺にまったく援護射撃をしてくれないのは、どう考えても無理のあるアホな設定に、呆れを通り越して絶望したのかもしれない。せめて剥がれたファンデを直していた的なことでも言えばよかったのだが。

 俺も言い終えて気づいた。これは厳しいと。

 果たして結果は……、

 

「いやあなた達、人目も気にせず抱き合ったまま2人の世界に入り込んで……」

「ストープっ! 悪かったそうですその通りです気を付けます!」

 

 やけくそになって言葉を遮ってみる。

 何が目がショボショボしていたかもしれないだ俺の楽観人格め。射幸心を(あお)るでない。

 

「(クソ、出だしで鼻くじかれたぞ。どうしてくれるッ……!!)」

 

 男ならハードボイルドに。そんな育て方をされたような気がする俺としては、泣いたり狼狽(うろた)える姿を女性に見られるのは締まりがない。

 それもこれも、支配欲を誘うヒスイが悪い。彼女は策士だ。上げて落とすタイプだろう、きっと。

 なんて、自分のことを(たな)どころかマンションの屋上辺りまで上げておくと、アスナ達が住むホームの玄関へ通してもらった。庭は色彩豊かなレア物オンリーの花畑というほどではなかったが、やはり几帳面なアスナらしい綺麗なものだった。

 

「(おおっ、なんか改まるとキンチョーするな。うちのホームよか片付いてそうだけど……)」

 

 古い作りながらも頑丈そうな扉を、アスナが開けた瞬間だった。

 

「ママー! おかえりー!」

『っ……ッッ!?!?』

「あらユイちゃん、走ったら危ないわよ」

 

 両手を広げて小さな女の子が玄関から出てきた。

 誰だ、この子。

 パッと見たところ年齢は7か8といったところか。真っ白なワンピース(たぶん)に茶色の安い靴。腕輪も指輪もその他有用な装備が一切見受けられない子供だ。ぱっつんカットの前髪はともかく、後ろの髪が腰まで垂れているのが、くびれもできない年齢の子供にしてはやたら長い。

 それに、今こやつはアスナに向かってなんと言ったか。

 

「は……ハジメマシテ、ユイサン……?」

「あ、はじめまして。……あれ。ママ、この人たちはだれ? さっきパパがいってた人?」

「そう、お客様よ。ほらすぐ食事にするから席にすわっ……あっ!」

 

 そこでアスナもようやく気づいたようだ。俺とヒスイがヘタな大理石よりも堅く固まっていることに。

 突如、アスナがすべてを悟り、真っ赤になって言い訳を始めた。

 

「こ、これはっ……違っ! これには深い事情があって!」

「ちがじゃねぇええええッ!! ママってなんだよ、ママって!! えっウソ!? 子供できるの!? デキ(・・)ちゃうの!? このゲーム!?!?」

「ち、違いますから!! これにはいろいろと理由が……っ」

「それだけじゃないわジェイド!! この子、8歳ぐらいよ!? 子供ってこんな早く育つのかしら!?」

「バッバカ言え! に、にンしぃゲホゲホしてる時間はどうなってッ!?」

「ヒスイも! 2人してなに言ってるのよ! この子はわたしの子じゃなくて……!!」

『わたしの子じゃないッッ!?!?』

「ちっがーうっ!!」

 

 なにを言うのよと言われてもナニを、だ。言い訳は聞きたくない。

 顔は似ているだろうか。似てなくは……ない。黒髪を栗色に変更すれば、かろうじて似てなくはない。

 もれなく玄関前につっ立ったままいつまでもギャーギャー騒いでしまっているわけだが、どうしてもこればかりはスルーできなかった。

 子供ができているのだ。

 これは大変である。大変、一大事である。

 

「けどちょっと待ってくれ! 子供がいる……ってことは、つまり――」

「つまりなによ!?」

 

 つまり、アレだ。

 そもそもことによっては無関係ではいられまい。俺とヒスイも結婚しているのだから。

 よもや幼き頃に想像を膨らませた清き純粋で汚れなき無垢(むく)な発想でもあるまいし、キスをしたり結婚をしたりするだけで子が授かれないことは残念ながらもう知っている。そこには非常に説明しにくい、それでいて誤魔化しの利かない大人の事情が絡んでくる。

 いわゆるチョメチョメである。

 いきなり誤魔化したぞ、俺。

 いや、だからこそ、アレがアレしたアレ的な結論が導き出されてしまう。まずその行為がゲームでできるのかどうかすら疑問だが、ここは声に出して聞くべきだ。聞くは一時(いっとき)の恥、聞かぬは一生の恥。無駄に格言。

 つまり。そう、つまり……、

 

「――つまり、これはキリトと、その……せ、セックズゴァアアアアッ!?」

 

 バゴォオオオ!! と、いきなり単発突撃ソードスキルで庭まで吹っ飛ばされた。これが客に対する仕打ちか。

 玄関にはゼイゼイと乱れた呼吸をする《黒の剣士》さんが。そんな彼が頬をピンクに染めたまま、自慢の魔剣で俺を盛大に吹っ飛ばしてくれたのだ。圏内でよかった。

 そんな彼はひきつった顔のまま一言。

 

「その話は……リビングでゆっくりと……」

 

 

 

 

 さて、ひと暴れしてやっとこさ落ち着いた俺達4人……ではなく、ユイと名乗る少女を入れて5人のプレイヤーは長テーブルを挟んで、初めてのお見合いで切り出し方がわからない人達のように黙り混んでしまっていた。

 別に友達関係が冷えたという話ではなかったが、下ネタを使ったCMが不意に流れてしまった茶の間のような、どこか気恥ずかしい沈黙がそこにはあった。

 しかし、これでは話が進まない。

 仕方なく俺は本題へ移った。

 

「……で、その子はどうやってデキたんだ?」

 

 もちろん、もはや新婚祝いなど本題ではない。

 

「会って最初の話題が重すぎる……ていうか、できたとか言うな。保護したたんだよ、一昨日の昼間にな」

「保護?」

「ああ。場所はそう遠くないぞ。ここらじゃ唯一人の集まるでかい湖が北にあるんだけど、そこから道なりに進んで外周沿いの森林区間だ。そこにフラッとこの子だけ立ってたんだよ。……いや、正確には立ってたけど目の前で倒れた」

「ふぅん……だけど言動がまるで生まれたままって感じよ? 少なくとも、齢相応の知識や運動神経が備わっているようには見えないわ」

「そこは……俺も謎なんだけど……」

「やっぱりヤることヤって、コウノトリさんが運んできたんじゃ」

「やめてくれ! イメージ崩れるからそれ以上はやめてくれ!」

 

 キリトがあたふたとヒスイを止めている間に横で、俺はアスナに詳しく聞いてみた。

 すると、どうやらNPCではないことは確か――NPCは行動可能な座標が決まっていて、ましてや人の所有地には侵入できない――なものの、記憶と言語機能が大きく失われているらしく、しかも最悪なことにシステムのバグもいくつか発生しているらしい。

 1つは《メインメニュー・ウィンドウ》。

 本来プレイヤーは例外なく右手でこのウィンドウを開くはずだが、彼女だけはなぜか左手でそれが開けるらしいのだ。右腕をモンスターにちぎられたわけでもあるまいし、この時点ですでに聞いたことがない。

 そして本質はその中身。

 意識を回復してから本人の同意の上でウィンドウを可視化したところ、どうやらレベルやHPバーが表示されないバグに侵されていたらしい。

 ウィンドウの右下に表示される《装備フィギュア》についても武器らしい武器が存在せず、なんのボーナスやステアップ効果もないワンピースが一着だけ登録されるのみ。左下に表示される《コマンドボタン》一覧に至っては、自由にカスタマイズできるはずなのに選択肢がアイテムとオプションだけという、まさにRPGで冒険を始めたばかりの初期勇者状態だった。

 ここまで情報が得られないと、もはやこの子供がどこで何をしていたのか、どの階層をメインに狩りをするプレイヤーだったのか、そういった初歩的なことすらわからない。

 と言うわけで、なし崩し的に保護者となったキリトとアスナは一夜明けた昨日、最も衣食住のコスパが高い《はじまりの街》でユイとやらの保護者か、元の住みかを探し回ったらしい。

 しかし結果はこの通り。

 今日は俺達がお邪魔すると約束していたこともあって、適当な情報屋に迷子の情報の拡散を頼む程度に留まったらしい。無論、そこで保護者が見つかればキリト達も引き渡すつもりだそうだ。

 

「戦果なしか。ん~……いくら敵が出ないとはいえ、むぼーびなガキがフィールドにいたんだろ? なにかしらウワサのひとつでも立つはずだけどな、普通は……」

「それなのよ。昨日は偶然にも、はじまりの街で子供たちを一手に集めて、保護を目的に教会を貸し切ってた女性に会えたんだけどね」

「へぇ〜、物好きな人もいるんだね」

「うん。すごくいい人だったわ。……でも彼女も、やっぱりユイちゃんのことを知らないって言ったの」

「2年間もエリアごとに子供を探してた奴が知らない……ということは、2層以降で暮らしてたことになる。だとしたら……」

 

 アスナらがほとほと困り果てた顔をする。というのも、正式サービス開始から2年経過した現在、オレンジ共を除けば基本的にプレイヤーは3種類にカテゴライズできるのだ。

 1つは《はじまりの街》に住むプレイヤー。

 全生存者の3割近い数がこれにあたり、彼らのさらに約半分が《軍》という巨大ギルドの所属者にあたる。軍はともかく、あらゆる戦闘行為を完全に放逐(ほうちく)した一般市民は、毎日少ないコルで腹を満たすことだけを考えて生きている。自然と低レベル低ステータスが集まる閉鎖空間であり、攻略情報や資金の流通はここと2層以降では一気に遮断される。今や軍が街の全域を統治していると言っていい。

 もう1つは《攻略組》。

 これはわざわざ説明することもないだろう。まさしく俺達がこれなわけだが、日夜死と隣り合わせにモンスターと血を争い、脱出の日を夢見る人々のことを指す。500人ほどが総数で、1番少数かつレアな人種である。

 最後がボリュームゾーンのプレイヤー。言わば『その他』である。

 これが2層以降のプレイヤーというやつだが、2層から最前線手前まで、ありとあらゆるレベルや攻略スタイルを持つ彼らの冒険意欲は、実は消極的な理由から来ていたりする。

 まずは(コル)だろうか。

 世の中カネだ。飯を買うにも、宿を取るにも、他には武具、アイテム、情報まで、何から何までコルがいる。最底辺の生活が嫌なら最低限の努力がいるのだ。ならば仕方がない金を稼ごうじゃないか、という受け身の姿勢である。

 次が経験値。

 レベル10のプレイヤーが隣にいたら、レベル11になりたいのがゲーマーというもの。置いていかれず、飛び抜け過ぎず、しかしちょっとだけ優越感にひたりたい。ごく自然な競争心だが、命を賭けてボスと殺り合いたいほどではない。そんな心理である。

 現存する最も多い分類だが、未踏破のダンジョンへ勇敢(ゆうかん)にも突撃し、レアアイテムなどをかっさらっていく俺達《攻略組》という生き物とは一線を画する。だからこそ、ここでも情報の往来がカットされてしまう。

 敵といっさい戦う気がない者。

 仕方なく敵とは戦うが、安全に生活するためだけに戦う者。

 攻略以外の欲望を捨て、いずれくる解放の日を夢見て、限界に近いレベリングとマッピングで1日のほとんどを消費していくストイックな者。

 情報や人間関係の繋がりが各層で希薄になりがちなのも、日々求めているものがまるで違うからだろう。

 

「(《はじまりの街》で手がかりなしは痛いよな~……)」

 

 1層か、2層以降か。

 結局はそれだ。よもやユイが《攻略組》なはずもなく、だとしたら保護者の捜索は困難を極める。

 

「にしてもよく1層をウロつけたな。あの辺《転移門》から《黒鉄宮》までの直進コース以外は、軍の見回りとエンカウント率高いだろ」

「うぅん、それなんだけど……」

 

 アスナがゴニョゴニョと言い(よど)む。

 すかさずキリトが説明に入った。

 

「ああ、軍の奴らには会ったぜ。教会を貸し切ってた……つまり潤沢なコルを持つ女性に、以前から目をつけてたらしくてな。子供たちを捕まえて金を寄越せって脅してきたんだよ。そしたら怒ったアスナが怖い顔したままボコボコに追い返して」

「ちょっとキリトくん言い方!」

「う~わ、早速モメごとかよ。剣でドンパチやるとあいつらしつこいぞ~? 今度は腹いせに2パーティ分連れてきて集団リンチとかし出すから……ん?」

 

 俺とキリトがほぼ同時に気づくと、すぐにドアの方からトン、トン、トン、の軽いノック音が3回響いた。

 人のホームを訪ねるにしても時間帯が微妙だ。俺達は昼飯をご馳走になりに来たようなものだが、来訪者は昼も食べずにこんな辺境の地まで来たのだろうか。

 と言うより、そもそもキリトは引っ越してまだ間もないはず。彼らの滞在を知っていたとしても、いかようにしてここを突き止めたのだろう。

 

「誰だろ。……まあ俺が出るよ」

 

 数瞬だけ不審そうな顔をしたが、言ってキリトが立ち上がると、すぐに間延びした返事をしながら扉を開けた。

 すると座っている位置から見える範囲での話だが、そこにはかなりの美人プレイヤーが立っていた。

 

「誰だあれ。アスナの知り合いか?」

「ううん、知らない人」

「女性で準攻略組以上の人はみんな知ってるはずだから、たぶん前線には来てない人だと思うわ」

 

 アスナとヒスイが知らないなら、俺が知るはずもない。女性の知り合いなんてたった数人である。

 それに彼女の好みなのか定かではないが、当たり障りのないポニーテールに反してシルバーの髪がやたらと目立つ。あれを見て忘れろと言う方が難しいぐらいだ。

 しかしせっかくの女性だったので、俺は無遠慮にもまじまじと観察してみた。

 アイカラー、ヘアカラーともに少し洋風にカスタマイズしすぎている感はある。別段ベースが悪いわけではないのに、過剰に可愛く見せようとフォトショで加工しすぎた感じだ。

 もっとも、少なくとも東洋人ベースの骨格を持つはずの彼女だが、スラッとした顔立ちと毅然(きぜん)とした姿勢からか、武装はとてもよく似合っていた。

 スタイルも相当に良く、ヘタをすればキリト以上の身長だ。胸はヒスイ以上アスナ並といった感じか。Dカップぐらいはありそうである。腰回りは……見たところ安産だろう。もっと下を見てみると脚はヒスイの方が細い。長さでカバーされているのでまったくだらしなくは感じないが、しかし……うむ、やはり俺は細くて綺麗な脚の方が好きだ。女の基準は美脚かどうかに限る。

 

「ねぇどこ見てるの」

「どこも見てネーヨ」

 

 空虚で適当なヒスイへの返事だったが、どうにかバレなかったようである。俺もポーカーフェイスがうまくなったものだ。

 「あとでゆっくり話を聞くわ。むっつりスケベさん」なんて、末恐ろしい声で耳打ちされた気もしたが、きっと寝不足が招いた空耳だろう。まったく欠陥だらけの聴力で困ってしまう。

 そんなこんなとしているうちに、キリトがその銀髪で空色の眼をした女性を部屋に招き入れた。

 と言っても、俺もただフェチ心を満たそうといやらしい目で観察していただけではない。ステンレス系インゴット特有の反射の鈍い金属面、濃緑色の上着、ギルドのシギルが直接刻まれているわけではない――おそらく意図して隠されている――ものの、それを想起させる防具の色合い。その他いくつかの特徴から、この銀髪の女が《軍》の人間であることは看破していた。

 「ほら見ろ、言わんこっちゃない。報復に来たっぽいぞ」なんて視線をアスナに送ってみたが、その視線には代わりにキリトが答えた。

 

「いや、どうやら昨日のことは関係ないらしい。むしろ感謝したいぐらいだって」

「んんっ、感謝だァ……?」

「突然押しかけて申し訳ありません。ユリエールと申します。もうお気づきかもしれませんが、確かに私は《アインクラッド解放軍》に所属しています。ですが、ここを訪ねた理由は昨日の件ではありません」

 

 銀髪が(しゃべ)った。声はなかなか澄んでいる。

 しかし思ったよりも男勝りな響きなので、きっと《軍》……もとい、《アインクラッド解放軍》でも激務に終われる日々だったのだろう。忙しい人は自然とこうなる。

 それよりも、《軍》という一般的な俗称を避けた辺りに私怨(しえん)を感じる。先ほどのキリトの発言(しか)り、訪れた理由はそんなところからも垣間見えた。

 

「徴税については私達もいい加減困っていて……実はあれ、個人的にも反対していたんです。ですが、彼らはそんな意思とは関係なく動いていて……」

「シンカー派……つーか保守派か。そいつらとキバオウらのイザコザだろ。最近調べたから知ってるよ」

 

 それを調べていたおかげでPoHの脅威がすぐ後ろまで迫っていたことに気づけたのだ。面倒なことではあったが、今ではヒースクリフやキバオウに感謝している。

 しかし事情を知らないキリト達は首をかしげていた。

 ――余計なことを言ったかな。

 

「ああ、こっちの話だ。それより、それがどした?」

「あっ……ええ。それで、ギルド内での揉め事が絶えない日々だったんです。そこへ上から攻略組2人が降りてきて、徴税兵をコテンパンにしたとか。それを聞いて私はいてもたってもいられなくなり……あの手この手を尽くしてあなた達のことを調べたんです」

 

 流れで憶測(おくそく)するなら、おそらくその『揉め事』とやらの解消依頼だろう。誰それがやられたから仕返しにガンつけてきて欲しいだとか、あるいは敵チームより早くレアアイテムが欲しいからクエストに協力して欲しいだとか、そんな話だ。

 低層にありがちな話である。

 例えばリーダー以外が惨殺された《シルバー・フラグス》というギルドの事件も、結局はそのリーダーでなく俺とヒスイが犯人であるロザリアを捕まえている。

 

「なるほど、それはわかりました。ですがわたし達は軍の……ジェイド君の言葉を借りるなら、その『急進派』という人達と争うつもりはありませんでした」

「いえ、違うんです! そうじゃないんです。あなた達のことを探したのは別の理由で」

 

 ここでユリエールと名乗る女は、一拍溜めてからとんでもないことを口にした。

 

「お願いです。私の代わりに、シンカーの命を救ってください!」

 

 

 

 

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