SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第99話 消息不明までのアリバイ工程

 西暦2024年11月1日、浮遊城第22層。(最前線75層)

 

 例えばケンカの仕返し、あるいは攻略難度の高いクエストの手助けなど。

 低層のプレイヤーが攻略組に金を払って戦力を借りる話は、古今に溢れている。別に彼らを責めはしないし、図々しいとも思わない。レベルに大幅なマージンを強いられるSAOの特徴上、無理なものは無理なのだろう。

 なかにはトラウマから前線を離れるも、攻略の支援だけはしたいと、献身的に走り回る物好きすらいる。いわゆる何でも屋のことだが、彼らにとって低層のお困りプレイヤーはむしろ必要なクライアントと言える。

 しかし、だからこそ(コル)で物事を解決したければ、そういった手合いに当たるべきであり、普通に攻略している俺達は正直時間が惜しい。《軍》所属のユリエールなる女の頼みも、所詮はよくある話だろうと踏んでいたし、内容が何であれキリト達はそれを断ると思っていた。

 こんなセリフを聞かなければ。

 

「シンカーの命を救ってください……」

「命を救うって……おいおい、おーげさだな。ただのケンカだろう? 街でデュエルとかになっても、初撃決着かなんかでやり合えばすむ話じゃ……」

「そうですよ。相手に殺意があるなら、応じなければいいんです。それも嫌なら……」

「もう遅いんです……」

 

 俺とアスナの言葉を(さえぎ)ると、目立つ銀髪のポニーテールさんは信じられない言葉を続けた。

 

「MPKをされたんです。いえ、まだ未遂なんですが、彼は……シンカーは、転移した先で多くのモンスターか、あるいはプレイヤーに囲まれて……たぶん、今もどこかで身を潜めている……」

「されたって、いつ……?」

「3日前です」

『ッ……!?』

 

 一同は息を呑んだ。3日も前に行方不明のプレイヤーなど、いつ命尽き果ててもおかしくはない。もしそれが最前線なら、攻略組ですら持たないだろう。夜を越すにもステルス性能を内包したバカ高いテントが必要なうえ、回復ポーションとて無限にあるわけではない。非常用の《回復結晶》を使っても俺ですら戦場で3日は持つまい。

 最前線でなくとも、レベルに不相応なフィールドへ投げ出されていたら結果は同じだ。敵中突破する前にゲージが消し飛んで死んでしまう。

 『身動きがとれない』という部分は引っ掛かるが、今なお生きているというのなら、おそらく主街区クラスではない村などの《圏内》か、もしくは随所に設定してある《安全地帯》で過ごしていると推測できる。

 

「……その言い方だと、《生命の碑》は見てきてるんだよな? クリスタルもないのか」

「はい、確認しました。いま彼はクリスタルも持っていません。少なくとも生きてはいるんです。ですが……これだけ待っても帰って来ませんでした。動ける状況ではないのでしょう。せめてノーマルフィールドだったらメッセージも送れますし、ギルドストレージを使って物資を援助することもできたんですが……」

「迷宮区ならすべてが不可」

「はい……」

 

 割り込んだ俺としても、手の打ちようが無さすぎて歯がゆい。

 まず、なぜ彼はこんなメジャーな手に引っ掛かったのか。MPKなど《回廊結晶(コリドー・クリスタル)》がドロップするようになったはるか昔から横行する、犯罪の常套(じょうとう)手段である。

 俺の記憶が正しければ、シンカーという人物はかなりの情報通だったはず。SAO発売前にも多くのMMOでその名を馳せていたギルドリーダーだ。戦闘に不向きな性格だろうと、こんな初歩的な手にかかる器ではない……という先入観はあったのだが。

 

「いい人過ぎたんです……」

 

 まるで思考をトレースしたように、そして慨嘆(がいたん)するようにユリエールが声を(つづ)った。

 

「もとはと言えば私のせいでした。ギルドの方針を懸けた戦いなのに……彼の副官でありながら、コトを大きくしたくないと言われて素直に引き下がりました。そしてキバオウ達が躍進していく様を、指をくわえて見ることしか……」

「周りは止めなかったの……?」

「稼ぎが桁違いだったんです。マナー違反な狩り場独占に、昨日の《徴税兵》の強引な稼ぎ方……控えめに見ても《急進派》の行いは解放軍のメリットになることばかりです。おかげであの男に同調する人はたくさんいました。……それに、そうやって持ち上げられたことで、本人も目的意識を失ったメンバーを啓蒙しているのだと信じていたのでしょう」

「……け、ケーモー……?」

 

 おそるおそる手を挙げてみる。

 

「教え導くという意味です」

「しっ、知ってたけどね……」

「……続けますね。なので、私達の発言権はもうほとんどありません。ギルドの正式名称すら変わってしまったというのに……」

「あ~、確か《ギルドMTD》とかだったよな、最初は。資金とか食料とか、そのヘンをギルドに分配するのが目的だったやつ」

「ていうか、急進派のトップ争いしてるのってキバオウなのか。初耳だよ」

「はい、その通りです。しかしこんな独善的な組織では……少なくともシンカーに、今の《軍》を作るつもりはありませんでした」

「けどさァ」

 

 俺は俺ばかりが話してしまっていることに気づき、一旦周りを見渡してみるが、キリトを含む3人が発言の続きを催促(さいそく)してきたので構わず続けた。

 

「けど……言っちゃあなんだけど、あんたらも悪いんだぜ?」

「それは……どういう……」

「わかってるだろう。……いいか、極力キケンを減らしつつ集団レベリングして、コルやアイテムを分け合おう、つー思想はたいへん結構なんだよ」

 

 規模に差こそあれ、ギルドという集団は皆それが目的だろう。

 しかし、SAOに限らずMMOは基本的に……、

 

「でもな、世の中リソースの奪い合い……いや、SAOならなおさらそうだ。『みんな仲良く』はあくまで理想で、実現させたいなら反対勢力を押しきれる戦力か、それに見合った強力なリーダーシップがいる。……シンカーにはそれがあったか?」

「それ、は……」

 

 しゅんとするユリエールを見ると、さすがに可哀想になってきた。

 ここまで糾弾するつもりはなかったが、やはり人がいい、優しい、というだけでは大集団はコントロールできない。今は亡きロムライルも、それを引き継いだ俺も、やはり数人をコントロールするだけで相応の労力が要求された。(ハナ)からこの極限状態のなか、4桁のプレイヤーの面倒を見るということが夢物語だったのだ。

 それを本人達に認識させない限り、シンカーを救出したところで摩擦(まさつ)は消えない。

 

「ないだろ。見りゃわかる。助けるのはいいけど、助けたあとはあんたらでソコんとこ解決しなくちゃいかんぞ」

「はい、おっしゃる通りで……えっ、え? あの……助けてくださるのですか……?」

「俺はな。けど元はキリトとアスナを訪ねてきたんだろう。2人はどうか知らんぞ」

 

 ケンカの尻拭いなら見て見ぬふりだが、死ぬかどうかの瀬戸際というのなら(ふち)まで引っ張ってやらないこともない。ここで帰ったら後味は悪いだろう。

 しかし極力ヒスイは戦闘に出したくない。PoHと殺し合ったせいでダメージを負ったからこそ、こうして休暇をとっているのだ。おまけに精神的に何の異常もないキリアスコンビも、だからと言ってここで協力に乗り出す可能性は低いだろう。

 理由は2つ。

 1つは話の信憑性だ。裏をとっていないので単なる作り話かもしれなし、アインクラッドでは騙しや詐欺などよく見かける現象である。またユリエールに悪気がなくとも、ノコノコついていったら急進派に話が筒抜けでしたというパターンもある。俺は快く引き受けた(てい)を保っているが、やはり裏では疑いが残る。

 2つはキリト達の今の立場。

 俺とヒスイは新婚祝いにここへ来ている。そう、『新婚』だ。早い話、キリトらはかけがえのない幸福を満喫している最中なのである。貴重な時間を削ってまで、こんな物騒な話に首を突っ込むことはあるまい。

 しかし、意外なことにアスナの姿勢は積極的だった。

 

「わたしも助けられるなら助けたいです。……でも、やっぱり最低限こちらでも事情を聴く時間が欲しいです。どのみち全層の迷宮区は見て回れませんから、軍の関係者に第三者の立場から情報を得ませんと……」

「じゃあ……アスナさんも救出に協力を?」

「ええ。だってギルドマスターさんですもの。無名の一般人なら考えるところでしたけど、さすがに軍の人に聞けば、彼の行方不明が事実かどうかぐらいはすぐにわかると思います」

「ありがとうございます。本当に……ありがとうございます。情報収集については、そうですね……、わかりました。では軍のギルドホームへは私が案内します」

 

 ここで試しに「キリトはそれでいいのか?」と聞いてみたが、本当に困っているユリエールに同情したのか、特に嫌そうなそぶりは見せなかった。

 しかもトドメにユイまで「ママ、この人うそついてないよ」なんて言ってくれたおかげで、どうやら決心はついたようだ。

 ――なんでガキんちょのユイにそんなことがわかるんだか……。

 だが、それなら話は早い。

 

「よし、閉じ込められてんのが前線だろうがどこだろうが、ここにいる連中はみんな攻略組だ。見つけさえすれば余裕だろ。それよりまず……メシ食わね?」

 

 直後、我慢を知らない俺の腹がぐぐぅっと鳴ってしまった。

 と言うわけで、準備の期間に打ち解けられるよう談笑し、ずっと気になっていたアスナの髪型の名称を『編み込みハーフアップ』だと教えてもらいつつ、俺達は彼女のとっておきの調味料付きの料理を堪能させてもらった。

 しかも、そのとっておきの調味料というのは『醤油』と『マヨネーズ』だったのだ。

 信じられない。いつか誰かが作るとは思っていたが、まさか攻略組のアスナが作るとは。以前俺が料理に挑戦した時は、手順を間違えたのか焼きそばのような形をしたダークマターができあがったことがあるが、このマヨネーズさえあればあれもそれなりにイケただろう。

 あっけないことに食事は10分そこそこで終了。俺はあまりに感動的なうまさに涙を流しながら礼を言い、ついでにヒスイに材料とレシピを伝授してくれるらしいので今後のメシも安泰(あんたい)である。

 ――ぶっちゃけ俺は、醤油とマヨネーズがあれば何でもイケる。

 

 

 

 腹ごしらえを終えたところで、ようやく俺達は動き始めた。目的地は軍のギルドホームだ。《はじまりの街》それ自体には思い出もなく、特段理由もなければ足を踏み入れないだろう大都市にそれはある。

 と言いつつ、せっかく久々に《軍》のギルド本部へ来訪したからといって、参加者全員に事情聴取なんて時間はない。俺はかねてより目星をつけておいた人物を訪ねようとしていた。

 それが先ほどの話にも出たキバオウだ。

 

「それにしてもキバオウか~。思えば、あいつとは1層からの因縁だったな」

 

 キリトが柄にもなくしみじみと言った。

 そういえばユリエールとの会話中も、キリトだけがキバオウの名前に反応していたか。

 

「しかしジェイドは知ってたっぽいけど、話し合いをつけようとしたらシンカーがMPKに遭ったって話だろう? 信用できるのか」

「まあそうなんだけどさ。俺にはどうもあいつがやったようには思えないんだよ。なんかこう……避けられない事情があったとか」

「やけにキバオウの肩を持つな。便宜上でも対立関係にあるシンカーがいない今、あいつからいくら意見を聞いても、それこそ自分に都合のいい話に偏るだけだと思うけど……」

「私もそう思います! 彼がやったに決まってるんです!」

 

 話に乗っておきながらキバオウを擁護(ようご)するような俺の態度が気にくわなかったのか、ユリエールが気性も荒く割り込む。

 しかし……、

 

「まあまあ、そう結論をせくなよユリエール。ショーコないんだしさ、いっぺん洗いざらい聞いてみようぜ。それにキリト、俺らがここへ来た理由はどっちの味方もせず第三者として平等に分析するためだろ? それこそ奴の話も聞かないとだぜ」

 

 さしものキリトもこの言葉には納得するしかないらしく、トコトコとあとに続くアスナ、ヒスイ、ユイについても異論はないようだった。

 判断するにもまずは情報。それに、キバオウの話を聞いてどう結論付けるかは俺の勝手である。何度も言うようだが、俺は人を見た目で判断しないタチだ。なので、ユリエールがトップの席を狙う悪人でした、なんて可能性もバリバリ視野に入れている。

 しかしふと思ったのだが、ユイは置いてきてもよかったのではなかろうか。確かに子供を1人にするのは危険なことかもしれないが、《軍》の内部が安全かと言われると五分五分だ。ややこしくならなければいいが。

 

「ってあれ? ルガからメッセージだ」

 

 歩いている途中、視界の端でメッセージアイコンが点滅しだす。話の本筋とは関係なかったが、俺はつい気になってメッセージを開いていた。

 ヒスイも覗きこむように近づく。

 

「なんて言ってきてるの?」

「ん~と……ん……は? ちょ、なんだこれ!? ルガとアリーシャから、一時的にギルドを脱退したいって書いてあるんだけど!?」

「ええっ!? なにそれ、あたしたちとの駆け落ち対決!?」

 

 そんなおちゃらけたはずはないと信じたいが……。しかし内容が内容だけに、なかなか軽いノリでは返せない。キリト達も心配そうにこちらを覗き見ている。

 俺は真顔になってメッセージで端的に理由を聞くと、『今は時間がなくて説明できない。とにかく僕を信じてほしい』とだけ返ってきた。よほど慌てていたのか2度も送信してきている。

 俺とヒスイはまだ呑み込めていないが、数秒(うな)った俺は『わかった、すぐ帰ってこいよ』とだけ返信して《約定のスクロール》を開き、カズとアリーシャの名前をギルドから除名した。

 自然な挙動過ぎたのか、それを見たキリトとアスナの方がむしろ慌て出す。

 

「おいおい、いいのか?」

「なんか簡単にやっちゃったけど、本当に2人からだったの?」

「あっはは、キリアスコンビは心配しすぎな。大ギルドじゃこうもいかないんだろうけど、こっちは柔軟性がウリだしよ。……ま、向こうも何かあったんだろ」

 

 格好つけて流してしまったが、きっと事情があるはずだ。俺達の案件が終わったらゆっくり聞けばいい。

 と、歩きスマホではないが、メニューを開きながら歩いているうちに軍のギルドホームへ到着した。

 先頭に立つユリエールが話をつけると、門番はすぐに道を開けて俺達5人ともすんなり通してくれる。彼女はなかなかの影響力を持っているのだろう。

 余談だが、頭の良さそうなアスナに聞いてみたところ、ユリエールの軍服の肩口に()い付けられた階級章は、どうやら陸軍における『中佐』相当のものらしい。軍のトップランカー12人の、さらに隊長を務めたコーバッツも中佐だった。《黒鉄宮》監獄エリアの監守長を勤めるクロムのおっさんですら『少佐』であることから、やはりユリエールは名実共に重役勤務のようだ。

 それにしても、軍の本部は何度見ても立派な造りの建物である。長い廊下と、その壁や天井に追加された装飾品。手の込んだ内装だけで、かなりの値段になると予想される。

 

「結構なカスタマイズ具合だな。全体がどうかはわからないけど、急進派はどうも贅沢な暮らしをしてそうだ」

「ええ。これならシンカーさんの攻略方針と食い違うわけよね」

「内装にコルを割いた理由は、戦闘員のストレス発散らしいのですが……やはり私に彼らの豪遊を止める力はありません。……だいたい、シンカーはキバオウと話し合いをつけようとして、2人で転移したまま帰ってこなくなりました。なのにキバオウだけが帰ってきたんです。おかしいと思いませんか? 2人とも丸腰だったのに、片方だけが帰ってきたのですよ。……やっぱり、絶対に許せない……ッ」

 

 まずい、歩きながらユリエールちゃんがお怒りモードだ。激おこプン……このスラングは死語か。

 別に《圏内》なので、剣を振ろうが(たる)型の導火線爆弾を投げ込もうがプレイヤーは傷1つ付かないのだが、あまり感情的になられると話もできない。

 だが、どうやらその心配は杞憂(きゆう)に終わったようだった。

 

「待っとったで、ユリエールはん。話があるそうや……なァっ!?」

 

 奥の部屋で大物ぶろうと回転椅子に座ってもれなく失敗していたのは、実質的なギルドの支配者であるキバオウだった。

 しかしさしもの彼も、ユリエールの連れが俺やキリトらであることまでは読んでいなかったらしく、姿を確認すると同時にすっとんきょうな声をあげた。

 彼女もそれに興を削がれたのか、俺達5人のことを簡単に説明する頃には怒りも完全に抑えてられていたようで、落ち着いて自分の席につく。

 ちなみに、部屋にはもう1人いた。俺が中継テント群を訪れた時にもキバオウの横にいた人物だ。

 彼の名は確かベイパー。長身で首が太く、青を基調とした短髪が特徴的な男だ。姿勢もやたらいい。

 ユリエールを除く俺以外の者には面識はないだろうが、俺は当時、キバオウがこのベイパーとやらは無所属であると証言したのを聞いている。居合わせていることは問題はないだろう。だがおそらく彼がここにいる理由は、事件について重要参考人だからだと推測できる。

 すこぶるどうでもいいことかもしれないが、ベイパーは俺達珍客よりもユリエールに目線を寄せていた。なにか俺の預かり知らぬ因縁があるのか。

 

「(または単に可愛いからか……なんてな!)」

 

 とは言え、ユリエールは美人だし目が行くのは仕方がない。他はロリっ娘以外ならすでにシステム上の嫁さんであるし。

 なんて冗談は無論、口にできる雰囲気ではなかったので思うだけにしておく。

 さて、明らかに場違いなユイについてあーだこーだと文句は言われなかったものの、ここからが本番だ。なんとしてでも手がかりがほしい。

 

「それにしてもジェイドはん、ホンマに首突っ込むのが好きやな。なんやそういう体質なんか?」

「ほっとけ。成り行きだ」

「ま、ワイとして好都合やけどな」

「証人としてって意味か? それよりほら、ユリエール」

「……はい。では質問に移ります。……その前にキバオウ、彼らは事件を解決しようと第三者としてここへ来ています。決してあなたを責めに来たのではありません。ですから、どうか当時の情報を正確に伝えてください」

「わあっとるわ。こっちも隠すことはあらへん。むしろ疑惑が晴れてせいせいする」

 

 トゲ頭のキバオウが足を組みながらそう答えると、ユリエールは意を決したように問う。

 

「コホン……ねじれた意見の統一のため、私達とあなた方は話し合いによる決着を約束しました。その対話は武器も結晶も持たず、完全に丸腰になってから行おう。そう言って提案して来たのはあなたですね? そして私達はそれを承諾し、安全に安全を期してその日を迎えた……」

「せやな。もっと具体的に言うと、どっちの部下も武力介入できないようシンカーはんが1人で極秘に協議場所を決め、そこをコリドーの出口に設定した。そんで無所属のメンバー……そこの壁に立っとるベイパーにしばらくコリドーを渡しておき、時を待ってからワイとシンカーはんが転移する。これがギルメンで決めた約款(やっかん)やったな、ベイパー」

 

 キバオウが指をさす方へ全員が振り向くと、ベイパーは小さくうなずいて肯定した。

 俺が眉間にシワを寄せて神妙な顔を作りつつ、「ヤッカンて何だろう。約束の方言かな?」なんてくだらないことを考えているうちに、今度はベイパーが補足するように発言する。

 

「オレは数日間ストレージを空っぽにしたまま過ごし、シンカーさんに渡されたコリドーだけを持って過ごしました。食料は支給されたものだけを食べ、オレと接触するプレイヤーは必ずストレージを空にしてからという条件までつけられました。軍の敷地内からも1歩も出ていません」

「えっ、じゃあなに。俺と中継テントで会った時は、キバオウ達がみんなストレージん中を空にしてたのか?」

「は、はい。……ですよね、キバオウさん」

「せやで。ワイらは一時的に、だがな。アイテムの……正確には『別のコリドー』の受け渡しができんようにや。急進派も保守派も関係あらへん。絶対守っとったルールやし、なんならテントにおったモン全員に聞いてもエエで。……これなら直前になって場所をコロコロ変えよるズルはできん。互いにフェアやったっちゅーことや」

「でも《フレンド登録》を誰かとしていれば、同じ層にいて迷宮区にいないという条件下で、遠くからアイテムの受け渡しが可能よね」

「一定距離内なら《共通アイテムストレージ》による受け渡しもあるじゃない。いくら手渡ししなくても、例えば隣の部屋ぐらいならアイテムの譲渡ができたはずよ」

 

 ここでアスナとヒスイも発言。そしてそれぞれの意見がごもっともだった。

 見てすぐわかりそうな、それこそ手渡しであからさまなアイテムの交換をしていなくとも、ゲームの世界ならいくらか誤魔化しが効いてしまう。徹底するならもっと強い縛りが必要だ。

 だがキバオウは、そんな彼女達の鋭い視線にもたじろぐことはなかった。

 

「承知の上や。せやから、ベイパーの《フレンド登録》、《共通アイテムストレージ》、およびストレージ内交換に使える機能全般は、数日間だけ凍結状態にしとった。ベイパーが正式なギルメンである以上、本人の同意の上なら《約定のスクロール》を開けるワイとシンカーはんにとっちゃ造作もないことや。ここまですればさすがに誰だろうとアイテム交換は無理やったはずや」

「うお……思ったより徹底してるぞ。でも、よくそんな極端な環境を我慢したな……」

「ギルドの今後に関わりますからね。言ってしまえば、1000人規模の存続問題ですよ。あなたは長らくソロだったらしいので、その辺はピンと来ないのでしょう」

 

 うぐっ、と黙り混むキリト。もっとも、不便極まる生活を何日も強いられたベイパーの献身的な行為は実にあっぱれだ。どちらかの派閥のためと言うならともかく、無所属ならリワードはほとんどないはず。モチベーションも上がらないだろうし、そうそうできることではない。

 しかしなぜそれほど時間を空けたのか。

 

「時間が空いてしまった理由は私から説明します」

 

 おそらく誰もが思っていただろう疑問に、とうとうユリエールが説明に入った。

 

「簡単に説明すると、これも『ズル対策』でした。キバオウ達の要求で、『出口を設定したシンカーは、セットした先にアイテムを隠すことができる。武器や結晶も隠したい放題だ。転移直後に武器を拾って脅すこともできる。だから、その耐久値が全損するまで放置し、充分時間を空けてからしか協議には応じない』……こう要求しましたよね?」

「その通りや。日時を決定したのは結局シンカーはんやった。コリドーをベイパーに渡してからやから場所の変更はできん。ワイらも時間さえ空いとれば、フィールドに置きっぱなしの武器はオシャカになる思て、文句は言わへんかったんや。……そして、サシの協議をしようゆう当日、初めて場所を知ったんや。対策はしようがない。ワイら2人は所持物審査によって、ストレージや外部オプションに武器や結晶を隠していないと確認され、ベイパーに渡されたコリドークリスタルを起動した」

「そしてキバオウ、あんただけが帰ってきたわけだ……」

 

 キリトがそう言うと、やはりキバオウはすぐに反発した。

 

「仕方なかったんや! 転移した先にはオレンジプレイヤーが待ち伏せとった! 情報がどっかから漏れて、ワイらは始末されかけたんや! ……ええか、あんな状況じゃレベルなんて関係あらへんでっ? ワイは武器も防具も身に付けとらん、完全に丸腰やったんや。一目散に逃げ出し、ワイだけが奇跡的に生還できた。シンカーはんが途中でどこに逃げたかも把握できんかった!」

「そんな……ことが……」

 

 この独白を聞いた俺は絶句した。これではむしろ、キバオウ自身も立派な被害者だ。おまけにシンカーの殺人未遂という罪まで(なす)り付けられていたのなら、彼とて内心穏やかではなかっただろう。

 しかし、ユリエールはなおも食い下がった。

 

「で、でも! ……わかりました、正直に話します。私はどうしても嫌な予感がして、シンカーにこの件について確認をとっていました。つまりズルをして、彼からコリドーの転移先を聞いたんです……」

「な、なんやってッ!?」

「でも! 誓って言います。決して、悪用するためではありませんでした! あくまで人の良すぎる彼の安全策として、副官の私がきっちり安全を確保しなければと思って……」

「ふざけんのも大概にせェや! それがワイらを騙していい理由に……ッ」

「でも事実、あなた達は待ち伏せに遭いました! ……これこそ水面下の駆け引きがあった証左です。本来起こり得ないことが起きました。だからこそ、私の対策には意味が生まれた。事前に転移先を聞き出しておいたことを、ここで改めて問います……」

 

 ユリエールはおもむろにポケットから2つ折りにされた紙を取り出し、何かを決意したように続けた。

 

「キバオウ……あなたがコリドーで転移するはずだった場所はこの紙にメモしてあります。もし証言と食い違えば、あなたとシンカーが転移した場所は本来の場所ではないことになる! 誰かに情報が漏らされ、コリドーがニセモノとすり替えられていたはずなんです! さあ、あなたが転移した場所を教えなさいっ! キバオウッ!!」

 

 すさまじい剣幕だった。部屋を訪れる前に見えた怒りなど、ただの篝火(かがりび)。今の彼女が発する敵意の猛火は、具現化しそうなほど真に迫っていた。

 きっと、背後に俺達がいるからだろう。1人でこれを突き付けたとして、実力行使で口封じされては意味がない。

 だが、それでも。少しだけ目を細めたキバオウは勝ち誇ったように答えた。

 

「ふん……6層の迷宮区、2階に上がってすぐ左に上層階への階段とは関係ない、フェイクとして作られた迷路ダンジョンがある。そのゴール地点や」

「っ!? そ、そん……なっ……!?」

「あそこはレベリング効率も極端に悪く、隠れスポットなせいか人は滅多に来ん。迷路を突破しても報酬は少し味のいい果実アイテムが中央の樹からドロップするだけで、その場で食べられるよう気を利かせたのか、《安全地帯》がポツンと設定されとる。人が来んゆう意味なら格好の場所やな。……ワイらはそこへ飛ばされたんや」

 

 言いながらキバオウが近づき、放心状態のユリエールの目の前で紙をめくる。するとそこには、たった今証言した場所とまったく同じ場所がはっきり記載されていた。

 これで決まりだ。キバオウは間違いなく、正々堂々と協議をするためにシンカー自身が定めた場所へ転移した。そこでオレンジプレイヤーの待ち伏せに会い、迷路を逃げ回ってキバオウだけ脱出に成功した。

 もう、疑いようがない。

 

「そんな……はずは……6層の迷路は確認しました。そこには誰もっ……だからキバオウが、シンカーを騙し討ちしたに……決まって……」

「一方的な疑いやな。ワイからすればあんさんの方が疑わしいわ。転移先を知っとったんやってな? 約束を破って1人だけ! ……くそったれや! せやったら! そっから情報が漏れたんとちゃうかァ!!」

「ち、違っ……私はそんな……っ」

「おまんはワイらを危険に晒したんや! 他に誰ができるっちゅーねん! あァッ!?」

「ち……が……」

 

 キバオウの攻撃的な口調に、とうとうユリエールは顔を伏せて泣き崩れてしまった。

 無理もない。どうも聞く限りでは、ユリエールは『軍における中佐』や、『シンカーの副官』という、単純なポジションではない気がするからだ。彼女にとってシンカーという人物は……その存在は、心のウェイトの多くを占めていたに違いない。

 しかしだからと言って、あらぬ疑いをかけられたキバオウも(たま)ったものではないだろう。転移先を最初から知っていたのは彼女の方なのだ。故意にせよ事故にせよ、もし情報が漏れて待ち伏せをされたとしたら、それは彼女を経由したと考えるのが自然である。

 

「……ユリエール、聞きたいことは聞けただろ。消息を掴めそうな手がかりはなかったけど、これ以上は……」

「待って! 待ってください! なにかあるはずなんです! キバオウはまだ隠してます! 条件がフェアなら、1人だけ逃げられたなんて絶対……ッ」

「おいユリエール!」

 

 往生際の悪い彼女を、俺は一喝(いっかつ)して黙らせた。

 これより先、キバオウを責めることは黙認できない。彼女が求めた回答によって逆に証拠が出揃ってしまったからだ。今や重要参考人はキバオウではなくユリエールである。

 

「部屋を出て話し合おう。シンカーを見つけるのが先だろ? だいたい、あいつが行方不明になって困るのはあんたなんだから、そのメモ用紙が原因だったとしても、キバオウはわざとやったなんて思わないさ」

 

 フンッ、と鼻をならすキバオウは腕を組ながら目線を()らす。やはりユリエールを個室に連れ出して質問責めにしても意味がないとわかっているのだろう。

 傷心した彼女には悪いが、捜索は一からやり直しだ。

 

「じゃあ悪かったな時間とらせて。あとはこっちでシンカーのこと探すよ」

「待ちぃや、お前ら」

 

 振り向きかけた俺達に、キバオウは言い放った。

 

「ジェイドはん……キリトはんもや。あんさんらは、よその揉め事に首を突っ込みすぎとる。今回だけは見逃してやるが、次はないと思っとき。これはな、《軍》っちゅうギルドの威信をかけたワイとシンカーはんとの争い……いや、正面切っての決闘や。横からとやかく言われる筋合いはないで」

「…………」

 

 反論のしようがなかった。

 キバオウにやり過ぎたところがあっても、シンカーに足りないところもあった。たったそれだけの話である。どちらが悪だったかという基準は存在しない。それこそ組織強化を強行したキバオウが悪いと言うのなら、(まと)める能力もないのに組織をいたずらに拡大させたシンカーも悪い。

 彼らはそれぞれの理論を持ってぶつかり合おうとしていたが、何者かによって罠にかけられた。これが事実だ。今はそのせいで消息を断ったシンカーを探し出すことが先決だろう。

 俺は改めて、彼の救出に成功しても、ギルドの方針には絶対に口出ししないと心に誓った。

 

「わかってるよ。シンカーを探すだけだ。そっから先はつべこべ言わねェ」

 

 今度こそ俺達は部屋を出た。泣き続けるユリエールをなだめたら捜索再開だ。やるべきことは山ほどある。

 しかしまたしても去ったはずの部屋の扉が開いた。と同時に「ユリエールさん!」と、廊下に大きな声が響いた。振りかえると、そこにはどちらの派閥にも所属しない青髪のベイパーが立っていた。

 

「オレはこの協議の仲介をしてました! オレにも責任があります! だからっ……自分を責めないでください! なにかあったらオレを訪ねて! 絶対力になりますから!!」

 

 彼は大声で叫んだ。先ほどユリエールとの間柄を邪推してしまったことを謝りたくなるほどまじめな奴だ。元々そういう性格なのだろう。

 背中越しに言葉を受け取った彼女は、感極まったのかまた涙を流す。

 そして口元を手で押さえたまま、ベイパーに体を向けてから深々とお辞儀をした。それが、彼の誠意に対する彼女なりの精一杯の謝礼だった。

 

「まあ、まだ始めて1時間もたってないんだ。そう落ち込むな」

「はい……ありがとう……ございます……」

 

 さて、しかしここからは手探りになる。

 俺達6人は軍のギルドホームを出てすぐ、手分けをする手筈となった。シンカーの目撃談がないか聞き込みをしようという話になったのだ。

 せめて行方不明になった層が何層なのかさえ突き止めれば、攻略組4人もいれば見つけ出すことは可能だろう。

 

「う〜っし、じゃあ俺らはシンカーの適正レベル層あたりから順に行くか」

「うん……効率で言えば……」

「それとも、先に軍の保守派連中に当たってみるとか? そいつらも独自にシンカーを探してそうだし」

「……そうね。保守派の人達なら知ってるかも……」

「ん~……ん? どうしたヒスイ」

 

 俺はヒスイが上の空で返事をしていることに気がついた。

 彼女も俺の意図が読めたのだろう。顔をあげてからとんでもないことを言い放つ。

 

「あたしは……やっぱり、キバオウさん達が怪しいと思うの……」

 

 はっきりとそう言った。だが、論理的でないなら切り捨てざるを得ないだろう。

 アイテム交換のできなかったベイパーは、シンカーから預けられたコリドーを使用し、協議日程まで伏せられ、そしてキバオウ達が事件に巻き込まれているのだ。

 しかも、唯一転移先を知っていたユリエールの場所、つまりシンカー本人が定めた協議場所へ2人は転移したという証拠まである。

 事前対策は不可。どう考えても、ここから罠にかけるのは無理である。

 

「……その可能性はさっきあり得ないってなっただろう」

「いいえ」

 

 短い否定に、迷いはなかった。

 

「それでもまだ、可能なのよ……」

 

 なおもヒスイは断言した。

 その心に、確信に近いものを見いだしたように。

 

 

 

 

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