西暦2024年11月1日、浮遊城第1層。(最前線75層)
いくつも違和感が残った。まだ新人の俳優さんが慣れない台本を思い出しながら演じるように。どこか
そういう意味ではユリエールさんはあまりに味方が少なかった。ずっと多勢に無勢で、キバオウさんとユリエールさんの舌戦は、きっと始まる前に決着していたかもしれない。
けれど、だからこそジェイドが「キバオウは悪くない」などと言っていたとしても、あたしはこう言い返せる。
「……いいえ、まだ可能よ」
キリト君、アスナ、ユイちゃん、そして誰よりもユリエールさんがあたしの発言に興味を向けた。彼女に至っては希望にすがるような眼差しで。
状況証拠が出揃ってなお、あたしが食い下がれる理由に。
「具体的なトリックは……まだわからないわ。でも、あまりにも急進派に非がないんだもん。おかしいと思わない?」
「非がないことがおかしい、ってのはよくわからんな。確かにやってることはカゲキかもしれないけど、だからって……」
「違うのジェイド。そもそも彼らの行動がずいぶん回りくどいと感じなかったかしら? ……ズル無し丸腰で話そうなんて状況は、難しそうに見えて実は簡単に作れるのよ。いい? まず無所属のプレイヤー、ここで言うベイパーさんね。彼に剣と防具だけ持たせてストレージを空にさせるの。そこにコリドーだけ格納しておけば、もうそれで準備完了。《転移門》を使って適当な層に飛んで、人目のつかない《安全地帯》にコリドーの出口をセットする……そこからは簡単よね?」
「んん……あ、そっか。武器もクリスタルも取り上げておけば、主街区から2人を送れば済む話なんか」
「ええ。ベイパーさんの無所属を信用できないと言うなら、そもそも彼に何日もクリスタルを保管させたキバオウさん達の案も成立しないわ。それでも疑わしいというなら、ストレージ交換機能をすべて凍結させてから、彼をすっぽんぽんにでもしておけばいいだけよ」
「いやすっぽんぽんはこの時期寒いぜ」なんてジェイドは言っているが、そんな冗談はさておき、この『協議』とやらが始まるまでにいかに無駄な労力が割かれていたのか、その点については理解してくれたようである。
ここでついにアスナまで助け船を出してくれた。
「う~ん……ヒスイの言う通り胡散臭すぎるなぁとは感じてたわ。わたしらが各交換機能について聞いた時も、まるでその質問に備えてすっごい完璧な解答を作ってたような……」
「そう、それよ! 時間を空けた理由も事前に仕掛けておいた罠やアイテムのデュラビリティを全損させるまで、なんて言ってたけど、これも怪しいものよね。そんなトラップなんて考えもつかなかったわ。……みんなも不自然に思ったはずよ。あたしなんて、よくもまぁ偏屈になって次から次へと最悪な状況が想定できるものだと感心したほどよ」
ジェイドはそれでもまだ「むむぅ……」なんて
それでも、あたしは続けた。
「ユリエールさん。あなた達は今回のことでキバオウさんに……と言うより、急進派に何か要求をしましたか? 協議に必要なものとか、なんでもいいんですが」
「そう言えば、シンカーは1度もそんなことを言ってなかった気がします。いつも過度に悪い状況を仮定して、キバオウ達があれこれと注文してきました。どれも安全面について強化される内容だったので……私もあまり気にしませんでしたが」
「なるほど。やっぱり条件設定は一方的なものでしたか」
どこか納得しかけたあたしを
「つまりどういうことだ?」と首をかしげるキリト君の質問に、腕を組んで思案し続けていたあたしは、やっと自信があると言いきれる答えを出した。
「コリドーをセットし終わってから時間を空ける、武器とクリスタルを完全に解除する……つまりこういったそれぞれの要求は、シンカーさん追放と、そのアリバイ作りに必要だったのよ。彼らはきっとその条件下で……」
「ちょっと待てって。なんかキバオウが能動的に事件を起こしたみたいな流れになってるけど、あいつがそんなことするとは思えん。……俺さ、ヒースクリフから命令受けてただろう? ヒスイには話したけど、あれって実は軍の最近のやり過ぎ具合を調べて、ヤバそうなところだけでもクギ刺しとけっつー内容だったんだよ」
ジェイドがちょいちょいと手を振って話を中断させると、なぜ彼がここまでキバオウさんの主張を尊重しているかの理由を話し始めた。
「ああ、決闘で負けたときのやつな。おかげで俺がKoBに入ったっていう」
「そうそう。んでよ……俺、キバオウと直接会ってたんだ」
そう言えば先ほど「前にテントであった時も」どうのこうのと言っていた気がする。確かベイパーさんとアイテム交換できないよう、2人が会う時はキバオウさん達もストレージを空にしていたか否か、そんなことを聞いていた時だ。
そしてキバオウさんは自信満々に肯定した。
ベイパーさんと会うプレイヤーは全員ストレージを空にしていたと断言し、当時周りにいたメンバーに聞けばそれが証拠になる、とまで。
「でだ。そこであいつは、PoHの影がチラついてると言った。狙いは俺やキリトだとも教えてくれた。軍にも、KoBにも、その手は伸びてたって。……知ってること全部教えてくれたんだ」
「だからあの日、突然俺に……」
「ああ、ほとんど衝動的だった。PoHが死んだ以上、その件についてはもう解決だ。……ま、ようは俺がキバオウの肩を持つのはこっから来てる。それにどうも、あいつが考え付けるような匂いがしない。だってそうだろう? アリバイ作りだとか言ってたけど、事実その回りくどいことをせっせとこなしてアリバイが立っちまってる。丸腰だっつー証人がいて、手も足もでない状況だったんだ。武器も持たずに逃げ帰ってきたキバオウが、いったいどうやってピンポイントでシンカーだけを置き去りにできたんだ?」
「まあ……かなり運任せだよな……」
「だろう。アホっぽい奴なりに回りくどいことやっちまったのはいいけど、そっから俺らが頭ヒネっても思い付かないMPK作戦をやってのけるような奴かッつー話よ」
『う~ん……』
「アホっぽいって君が言うの……」
ユリエールさんがこの世で5番目ぐらいに失礼なことを言った気がしたが、みんながその意見に一斉に
キバオウさんにこれほどの頭脳があっただろうか。ゲームのシステムを網羅したような、深い知識と応用力が。
たまたま思い付いたことが成功したのか。あるいは本当に運任せで自分までをも危険な場所へ放り込み、神のみぞ知る天秤にすべての運命を
……わからない。現実のオチなんてつまらないと相場は決まっている。どれもありえそうで、実はなんの種も仕掛けもなくキバオウさんとシンカーさんが待ち伏せに遭っただけでした、なんて可能性はむしろ1番高い。
しかし、こういう時はいつも誰がメリットを得たのかを先に考えてしまう。
シンカーさんがいなくなることで1番得をするのは、間違いなくキバオウさん。彼さえいなければ、《軍》の主導権は消去法で彼のものになるのだから。
ただし、それこそコリドーのすり替えが不可能だったように、シンカーさんしか知り得ない転移先情報が他のプレイヤーへ知れ渡ることはないはず。大事をとるなら主街区の《転移門》を使わず、多少コルがかかるものの、最高レベルのコードに保護された自室などから《転移結晶》を何回も使って一気に層を移動してしまえばいい。追跡は当然無理だし、コンバットログやタイムダイアログが存在しないSAOなら移動の足跡も残らない。後日、移動範囲を探られて大まかな位置が
ゆえにラフコフ壊滅以降、発生件数そのものが激減したオレンジギルド柄みの事件がここぞとばかりに起きたのは、キバオウさん自身か、最低でも急進派になんらかの陰謀がなくてはおかしい。
でなければ、これだけ都合のいい結果は得られなかったはずなのだ。
「(ユリエールさん、ではないわ。彼女は本当に泣いていた……)」
彼女の裏切りの線は限りなく薄い。シンカーさんがいなくなることで彼女にメリットがないのもあるが、何より流した涙が本物だったから。
おそらく、愛するがゆえに。
キリト君やアスナの居場所を藁にもすがる想いで突き止め、これだけ献身的になって犯人を探そうとする彼女が、情報を拡散させたはずがない。情報管理にも細心の注意を払っていたはずだし、だいたい酔っぱらいではないのだから、誰かにうっかり話してしまったもないだろう。
やはり情報は彼女の口以外のルートから漏れていたことになる。
あたしの第六感はまだ確信を持っている。これが消え去らない限り、あたしはシンカーさんを救ってあげたいという願いと同じぐらい、犯人を捕まえたいと思っていた。
「ま、1回リセットして調べてみよう。誰が疑わしいとかは置いといて、シンカーを使って身代金みたいなのを要求された奴はいないかとか、あいつが捕まってないなら逃げ隠れしそうな場所に心当たりがあるかとか。裏の作戦より、とにかく人間探すのを第一にしようぜ」
「それがベストか。なおさら固まって動くのは効率が悪いな。手分けして聞いてみよう」
キリト君がそう言うと、各々はそれぞれ心当たりのある人物へ歩き出していった。そしてこれは、ある意味では好都合である。
あたしは誰からも見られなくなったのを見計らってから、早足に詰め寄りジェイドに改めて話しかけた。
「ねぇジェイド、1つ聞いていいかしら」
「あの……いま手分けして探そうって……」
懲りん奴だな、何て顔をされてしまったけれど、あたしとしても引き下がれない。
「……ったく、それはまだ疑ってるって目だな。ならとことん聞いてやるよ。ほら、何が聞きたいんだ。誕生日か」
「違うわよ、もう。……気になるところがまだあるの。敷地内から1歩も外に出なかったらしいベイパーさんだけど、逆に敷地内なら自由に動けたのよね。だったら……ねぇ、《指輪事件》のこと、覚えてるかしら?」
「うん? 指輪ていうと……《黄金林檎》の連中が解散したあれのことか?」
そう、シュミットさんが結果的にリーダー殺害の手助けをしたしまったという事件。いきなり突拍子のない質問が来たからか、彼は少しだけ戸惑う。
しかし、あたしはここからヒントをもらっていた。
「ええ。あれってシュミットさんがリーダーの部屋に侵入して、コリドーの出口を設定し、それを示し会わせた場所に隠したっていう話だったわよね?」
「そうだな。ラフコフが拾って部屋に侵入……まあ、あとは知っての通りだ。それがどうかしたのか? もう終わったことだろう」
「ギルドのことじゃなくて、手口の話よ」
「手口……?」
《インスタント・メッセージ》はハラスメントに抵触するものもたくさんあるので、送られた側は普通にいつでも消去できる。
「キバオウさんにも、できたはずなの。彼らは基本的に《はじまりの街》、つまりアインクラッド第1層で過ごしているわ。在住する層をまったく変えず、ベイパーさんに至っては敷地内からで出ていないとまで言ってる……これって、連絡はいつでもできたことになるよね? 《インスタント・メッセージ》の機能条件は、相手が同じ層にいることと迷宮区にいないことだもん。もちろんその消去も……」
「まあ、そうなるな……」と答えるジェイドには、まだ見えてこないらしい。
あたしはとうとう核心に迫った。
「つまり、キバオウさんがコリドーを隠してその場所を指示し、時を待ってそれをベイパーさんが探して勝手にストレージへしまったのよ! ……これならつじつまが合うわ。アイテム交換用の登録や凍結されていようと、まったく関係ない……彼らは共犯だったのよ!」
「ちょっと待て、あの時……」
「ええわかってる、それこそ証拠はないわ。けど可能か不可能かで言ったら……」
「違うんだよヒスイ! 今の聞いて思い出したんだ! 確か……そう、そうだよ! ベイパーに初めて会った時、あいつは他の集団からこそこそ離れて袋のようなものを物置から取り出していた!! コリドーがちょうど入りそうな袋をッ!!」
あたしはそれを聞き、強烈な衝撃と共に大きく『
運悪く、偶然、たった6層という超低階層の迷宮区で、今でもレベリングだけはやっているらしいキバオウさんですら逃げ回ることしかできない前線クラスのオレンジ軍団と
「運が悪かったね可哀想に」と、他人事のようにそう言うしかない。しかしそれは事実ではなかった。
「ああそうだ、思い出したぞ! そのテントは本来、正規メンバーでも一部の人間以外は自由に出入りできないらしくて、俺が突然侵入したことにベイパーとキバオウはスゲー驚いてたんだよ! ……そん時の状況はこうだ。キバオウが部下数人と奥のテーブルで話してる。その間にベイパーがかなり離れた場所で、隠れるように何かをストレージにしまっていた!」
「それに気づいた人はいたかしら?」
「たぶん……いなかったと思う。つか、俺が来なかったら注意がベイパーに……この場合は俺にか。向かうこともなっただろうぜ。……そっから軍のやりすぎを注意した俺は、帰り際にキバオウからPoHの情報をタダで教えてくれるって言われたんだよ。ベイパーは一瞬止めに入ったけど、キバオウが『自分らとあいつらはそう仲のいい関係じゃないだろう』ってさ……」
「やっぱりね……」
あたしの中ではもう犯人は決定付けられている。
あとは証拠。あれだけ徹底的に見えた『ズル対策』とやらもこうしてボロが見えだしたのだ。きっとどこかにシンカーさんを幽閉した方法と証拠が隠されているはず。
「うわクッソ、確かにおかしいぞ。なんか先入観があって疑わなかったけど、なんであいつは6層迷宮区の、しかもゲロ面倒なダンジョンにああも詳しかったんだ!?」
「あっ! それもそうよね……!」
「レベリング効率の良し悪し、プレイヤーの行き来があるかないか、ダンジョンを突破した先になんの報酬があるか、どうでもいいだろこんな情報! よりによって6層のクソダンジョンだ。この軍が忙しいって時に……つーことはあいつ、やっぱアスナの言う通り、聞かれることをわかってて万全な答えを用意してやがったな!」
まさに不自然とはこのこと。
おかげであたしはもう1つおかしな点に気づいていた。
「いくつか出てきたわね。あたしも思い出したんだけど、『ワイにとって好都合や』……これはジェイドを見たキバオウさんが第一声でつぶやいた言葉よね。これもかなり意味深よ」
「ああ、まさか恩を売り付けといた俺が、ジャストでバッチリ証人になったんだからな。ユリエールを疑うところだったよ」
「仕方ないわ。だってこれ、共犯者がいなくちゃ成り立たないんだもん。無所属でありながら、キバオウさんに加担できる人物。……すなわちベイパーさんの協力がなければ。……でも、なんで彼はこんなことをしたのかしら? 脅された……ならまだわからなくもないけど、理由もなくするはずないわよね?」
「う~ん……」
さすがのジェイドもそこまで心当たりはないらしく、言葉に詰まっていた。
しかし、あたしが1つの疑問に行きつく。
「……あっ、思えばベイパーさんは、あたし達が部屋を訪れた時から反応がヘンだったわ。《攻略組》が軍のホームに訪れるなんて滅多にないことなのに、物憂げにずっとユリエールさんを見つめてたし。なにか考え事でもしていたかのように……ずっと……彼女を、見て……あっ……あぁっ!」
「ああッ! そうだよヒスイッ!!」
あたしとジェイドは同時に、そしてまったく同じ答えに辿り着いた。
「ユリエールに惚れてたから! 『シンカーが邪魔』だったんだ!! そして……」
「そして、シンカーさんを亡き者にしようと……急進派と共闘したのよ!!」
パズルがかっちりとハマる音がした。
本当に劇と言ってもいい。こうなってしまえばもう、彼らの行動1つ1つが解答への誘導だったかのようにすら思えてくる。気づけなかった自分がバカみたいだ。
あたしはてっきり、何の得もないベイパーさんが、それでもギルドのためにと身を粉にして働いてきたのかと勘違いをしていた。しかしリワードはきっちり存在したことになる。
リワードは、ユリエールさん本人。逆になぜ今まで疑問が持てなかったのか。最後に彼が発したユリエールへの
しかし最後の問題が残っている。
ベイパーさんが勝手にコリドーを使って『本来転移されただろう場所』を確かめたのはいい。しかしそれでは……、
「でもまだよ。キバオウさんはどうやって新たに設定した転移先に、武器かアイテムの仕掛けを施せたのかしら?」
「ああ、話によると最終的に『協議』の日程を決めたのはシンカーだった。さしものキバオウも、フィールドに武器やアイテムを何日も放置しておいて、転移後すぐに装備する技術は持ってなかったはずだ。……てかシステム的に無理だ。山カンならまだしも……」
一発勝負に、そんな適当なはずはない。
とはいえ、いくらコードの保護が強い武器系を《装備フィギュア》に設定しても、所有者属性は1時間で切れてしまうし、《圏内》ですらない場所に放置すればあっという間に壊れてしまう。毎日同じ転移先に武器を置きに行っていたのなら、さすがにその不自然な行動は子供でも気づくだろう。
フィールドでも耐久値が減らないアイテムと言えば。
「うぅん……あっ! 《永久保存トリンケット》よ!! これならできるわ!」
一種の格納箱。マスタークラスの細工師にだけ作成可能な《永久保存トリンケット》。これを作成できるプレイヤーはごく限られているため、専門のプレイヤーを探し出すことは簡単なはず。
そして、これは決定打だった。
「でも、《永久保存トリンケット》は『耐久値無限』の特徴を持ってるけど、実際は最大サイズで作っても四方10センチが限界のちっちゃな箱だぜ? あんなもん、キバオウが使う片手剣はおろか安いダガーだって入りゃしねェよ。入るとしたらせいぜい……クリスタル……1個分……ッ!!」
「ふふん、そうよ。彼らには1個あれば充分だったの! だから転移した先でキバオウさんだけが脱出手段を確保できた。……彼らは本来転移される場所を知っておきながら、新しく決めた転移先で万全を期していたのよ!!」
ジェイドもようやく確信を持ったようにうなずく。あとはこれを突きつければいい。多くの人が聞くなかでこのトリックを暴けば、もうキバオウさんとて言い逃れはできない。
とその前に、まずは心当たりのあるマスタークラスの細工師に最低限裏をとれるよう聞き込みをいれる必要がある。まだまだ仮説に仮説を重ねている状態なので、彼らがシラを切ればそれまでになってしまうからだ。
できれば2人を呼び出しつつ、大勢のプレイヤーの前で事実を吐かせることが理想であるものの、果たしてそううまくいくだろうか。未だに覆りようのない『ように見える』アリバイを作った彼ら2人を、犯人として証拠つきで突きつけられる状況がそう簡単に作れるか。
「まったく……よく考え付くわよね。完全にしてやられたわ。キバオウさんってこんなに頭の回転よかったのね」
「いいよ、そんなのはもう。それよりトリンケットを作ってそうな奴誰か知ってるか?」
「ええ。50層の《アルゲード》に住んでる鉄道マニアの人が、コル不足なのか最近手当たり次第に仕事を引き受けてたのを覚えてるの。良質なものは仕上げられないみたいだけど、仕事が早いことで有名だからきっとベイパーさんも彼へ依頼したはずよ!」
「よし、とにかく急ごう!」
あたしとジェイドは保守派への聞き込みを中止し、急いで《転移門》へ向かった。
そして走りながら思い出す。その鉄道マニアのプレイヤー名は、記憶違いでなければ『ヒャッケイ』さん。残念なほど太ったプレイヤーで、同時に攻略にはほとんど参加していない。しかし戦闘をまったくしないわけではなく、高効率レベリングできる場所が見つかった時のみ、フィールドに出掛けてレベルアップに勤しんでいるらしい。
滅多なことがなければ、彼とは主街区のアルゲード内で会える算段が高い。
あたし達は《転移門》に到着すると、意気揚々と50層へ転移した。
「よっし、んじゃあ案内頼む。えぇっと……」
「ヒャッケイさん」
「そう、ヒャッケイんところに。……てか言い辛いなこの名前」
あたしに言われても困る。あくびが出るほど興味がそそられないけれど、きっと鉄道関係から名付けられたのだろうと推察できる。
それより、彼の所在の方が問題である。
あたしは昔1度だけ訪れたことがあったので、その記憶を頼りに歩き出そうとした。すると、見知ったプレイヤーが近づいてきた。
「おやおやお2人さん、ご無沙汰してます」
「おお、シーザーか。なんだよ、もう自由の身になったのか」
絶滅危惧種の最前線ビーストテイマーであるシーザーさんが、まるで待ち伏せていたかのように歩きながら話しかけてきたのだ。相も変わらず爽やかな笑顔と、思わず振り向いてしまいそうな物腰の柔らかさだったが、どうもいつも浮かべている含み笑いが彼から二面性を感じてしまう。
ともあれ、そのすぐ後ろには愛らしく主人について歩く《ダスクワイバーン》の姿もあった。あたしはその使い魔のことを『ゼフィ君』と呼んでいる。
「いえ《フレンド登録》を済ませた適当な軍の人が、まだぼくの動向をチェックしてますよ。さすがにあれから2週間たちますから、そろそろ解除されるでしょうが、《圏内》付近でレベリング程度なら許されています。……それより、どうしました? ずいぶんと慌てたご様子で。ああ、もしかするとヒャッケイさんをお探しですか?」
『えッ……!?』
思わず心拍が上がってしまっていた。なぞなぞを出したら1秒ぐらいで解かれてしまったような気分である。
あまりにも思わせ振りな話し方をするシーザーさんに対し、あたしは少しだけ警戒レベルをあげて話しかける。
「な……なんでそれを知ってるのよ……?」
「なに、ちょっと小耳に挟んだんですよ、軍の最近のいざこざについてね。彼ならここの北門からフィールドへ出て狩りに行ってしまいましたよ。隣にある村《スクーワ》直前の場所で素材狩りをしていると思います。ここから小走りで10分ぐらいでしょうか。近いですよ」
「な、なんか怖いぐらいタイムリーな情報だな。にしても、よりによってフィールドか」
「待ってジェイド。……ねえシーザーさん……」
「はいなんでしょう?」
シーザーさんはわざとらしく、そして可愛げもなく薄ら笑いを顔に張り付けたまま首をかしげ、事情が読み込めないポーズをとった。
これでも誤魔化す気だろうか。怪しいなんてものではない。
「詳しすぎるよね……? 時間的にもあり得ないわ、こんなこと。あたし達の行動は軍に筒抜けっていう意味なの?」
「フッフッ。だとしたら、ヒャッケイさんの正確な位置情報を教えたりはしませんよ」
「誘われてるようにしか見えないわ。そうでないなら……っ」
「おいヒスイ……」
「疑うのもいいですが、あなたは彼のホームの場所を知っているんですか? 彼、隠れ家みたいな場所に住んでますよ?」
「うっ……」
知っていなくは……ないことも、ない。
記憶が正しければ。
「し、知ってるわよそれぐらい!」
「そこは無理するところじゃありませんよヒスイさん。まあ、何にせよ彼のホームへ行っても無駄ですけどね。フィールドにいるのは本当に事実です。信じるかはあなた達次第ですが」
「う、ぅ……ん……」
ヒャッケイさんはフィールドにいる……らしい。これは信じるしかないのか。
シーザー・オルダート。優男のイケメンで、目線の高さから身長は175センチほど。体格から体重は60キロ前後だろうか。この人は本当に会った時からミステリアスだった。発言はどこまで本気かわからないし、敵だった頃からしょっちゅう勝手な行動も繰り返し、いつもどっちの味方かわからない。
しかし他に宛もなかった。
手をひらひらさせ「ほらほら、時間がありませんよ~ヒャッケイさんに会えませんよ~」なんておどけて言うシーザーさんと別れると、あたしとジェイドは仕方なく彼の指示した場所へ向かう。
そして悲しいことに、《スクーワ》前のフィールドを適当に探すだけで、
「おいあんた! もしかして『ヒャッケイ』って人か!?」
「え? ええ、まあ。お、おれはヒャッケイだけど……な、なにか用か……?」
革鎧とチェーンだらけのデニム(?)にその補色のソックス、しわくちゃのタンクトップにくるぶしをすっぽり覆うほどもある靴という、攻略脳的にもファッション的な観点からも、すべてにおいて壊滅級にナンセンスなぽっちゃりさんがそこにはいた。
脂汗を垂らす彼はドモりながらなんとか続ける。
「あ、あ~トリンケットの依頼ね。……い、いいけどちょっと待ってて。こ、これ終わったら……」
「いや悪いけど客じゃない、トリンケットも間に合ってる。ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだ」
「き、聞きたいこと……?」
手を止めたヒャッケイに向かってあたしとジェイドは何とかして今の軍の状況、そこで起きた事件、解決への証拠を揃えるのに必要な条件などを早口で伝えた。
当然と言うべきか、それでもヒャッケイさんは情報の開示を渋ってくる。
「で、でもな~……こ、顧客情報ってホラ、基本秘密だから。し、仕事は仕事だし……」
「そこをなんとか頼むよ。人の命がかかってるんだ。そのショーコ以外には使わないから、頼むよ教えてくれ!」
「う、う~ん……」
ジェイドも粘るが……やはりダメなようだ。やむをえまい。
「ねぇヒャッケイさん。あたしからもお願いしたいんだけと、それでもダメかなぁ?」
「え、えっ? あっ……いくら《反射剣》さんでも……これは、えっと無理と言いますか……」
「おねがぁい。ヒャッケイさぁん……」
「う、ぅん……じ、じゃあ……ち、ちょっとだけなら……す、少しだよ……」
勝利。鳥肌に耐え、辛くも勝利。
ジェイドにはドン引きされているし2度と繰り返したくはないけれど。
「ここ最近のだと……ちょっと待ってね。め、メモった紙がどっかに……あったあった。え、えぇっと……2週間も前のだけど、1度に3個も依頼してきた『カグヅチ』さん。で、これ……すごく珍しくて女性だったんだけど、『チョコラ』さん。で……この、最新のが……でかいの作れってうるさかった……べ、『ベイパー』さん」
『ッ……!!』
あった。存在してしまった。一瞬耳を疑ってしまったが間違いない。顧客リストに名前があったということは、ベイパーさんはヒャッケイさんに依頼して《永久保存トリンケット》を作成したということになる。今の軍に必要性を感じないアイテムをこのタイミングで。
これでほとんど決まった。
あとはどうやってこの事実を広めるかにかかっている。
「ありがとうヒャッケイさん。お礼としてはあれだけど、何かアイテムを作ってほしくなったら優先的にここを訪れるようにするわ」
「う、うん……けど……ほ、本当にこれだけでいいのか……?」
「ああ十分だ、俺からも礼を言うよ。さあ戻ろうぜヒスイ! さっさとユリエールに知らせないと!」
あたし達は再三に渡って礼を言い、ヒャッケイさんを残したまま来た道を戻ろうとした。そして元々彼を探し出すのに費やした時間は10分。フィールドのモンスターは敵ではないので、あたし達はてっきり帰りもすぐだと思っていた。
しかしジェイドとほぼ同時に気づく。
帰還にかかる時間が10分か20分か、なんて話ではなくなっていたことに。
有効状態にしていた《索敵》スキルに複数のプレイヤー反応。いつの間にかあたし達3人は10人以上……否、20人にも上る武装集団に囲まれていた。
「え、えっ……どうしたの? け、剣なんて構えて……?」
「ジェイド、これって……!?」
「ああ。やっこさん達にしてはわりと早く来やがったな。……クソッ、数に差がありすぎるしヒャッケイもいる。転移したいだけど誰かも一応見ときたいな」
別エリアで待ち伏せしていたのにも関わらず
そしてその姿に愕然……とまではせず、予想通り過ぎてため息が出た。
「(74層攻略に参加してた人まで……)……こんにちは《軍》のみなさん。ファーミングスポットならもう少し奥よ?」
「嘘はいけないと思いますよ《反射剣》さん、スポットはここですよね。それに今日はあなた方に用があるそうなんです。……そうですよね、キバオウさん?」
軍の取り巻き集団を掻き分けてのしのしと現れたのは、トゲ頭が特徴のキバオウさんだった。
とても複雑な顔をしている。こうなることを恐れて早めに
隣にはベイパーさんもいた。ことの
「よりによって本部を出てすぐワイにも疑いをかけるとはな、ジェイドはん。首を突っ込まんよう忠告しといたはずなんやが……。まぁええわ。とにかく逃げることは考えんことやな。ここはフィールドやから、転移しようもんなら何かしらの投擲武器でダメージを与えれば妨害できる」
「すみませんね。……オレもこんなこと、できればしたくはなかったんですよ?」
「キバオウ……ベイパー……てめェらどうしてこんな」
「言ったはずやろ、11ヵ月も前に! ……ワイは軍を育ててきた自負があるんや。せやからここでトップになって、道を変えれば、軍はまだ攻略に戻れるようになると! ……でかくするだけなら誰でもできるで? そりゃそうや、メシ代も宿代もワイらが必死こいて取ってきては配っとる! あいつらは満足に税も払わんくせになッ! ……ワイらはそんな閉塞しきった軍を、こんな弱輩集団を、そっから『強く』した。今さら誰にも邪魔されとうないわッ!!」
真に迫る剣幕に、逆に周りのメンバーがたじろぎ気味だった。
MPKと言っても、それは直接手を下さないだけであって殺人行為に変わりはない。この場で事情のすべてを把握している、あるいは把握してもなお手を貸せるプレイヤーはごく少数だろう。高級な装備に身を固める前線クラスのメンバーとて、しでかしたノーマナー行為と言えば、狩り場の独占がせいぜいのはず。
しかし、おかげで覆しようのない戦力差にただただ
それに『11ヶ月前』という発言で思い出した。ベイパーさんの面影に見覚えがあった理由を。
あの日、1層地下ダンジョンで徘徊型フィールドボス《オブスクリタース・ザ・シュヴァリエロード》と戦って生き抜いた、3人の軍メンバーの内1人であると。
あたしは背中に冷や汗を流しながらも質問を続けた。
「……逃がさないって言っても、じゃああたし達をどうするつもり?」
「ことが終わるまででええ。《黒鉄宮》で成り行きを見とってくれや。……言っとくが抵抗も無駄や。ワイらにとって都合が悪くならんようになるまで大人しく見ときや。その間の面会も全部断らせてもらうが、我慢することやな……」
「くっ……」
「ちょっと待ってくださいよ、キバオウさん」
そこでさらに隠れるようにしていたプレイヤーが前に出てきた。
しかもその声には聞き覚えを通り越し、つい先ほど聞いたものとまったく同じだった。
「シーザーさん……どうしてあなたが!」
「まったく、せっかく協力したんですから、紹介ぐらいしてくださいよ。ヒャッケイさんの位置をあらかじめ絞り込み、ついでに彼らをここへ誘導し、こうして急進派のメンバーをかき集めて待ち伏せに成功したのも、全部ぼくの根回しのおかげでしょう?」
「……せやったな。信用に欠ける男やったが、今回の手際は見事やったわ」
キバオウさんと仲良く話すシーザーさんはとても不適だった。まるですべてを見透かすピエロのように、顔が笑っていても目だけは微笑まない。
「さあジェイドさん。ぼくにも聞かせてくださいよ、あなたの素晴らしい推理を」
藍色の髪をなびかせ、彼は実に愉快そうにあたし達を見下したまま語り始めるのだった。