SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第100話 独り戦争

 西暦2024年11月1日、浮遊城第50層。(最前線75層)

 

 なるほどシーザー、そういうことか。

 と、俺はすぐに直感した。

 俺達を職人『ヒャッケイ』のところへ誘導した時点で、シーザーの様子はどうもおかしかった。いつもは完璧な演出がぎこちなかった。

 だからこそ、竹藪(たけやぶ)のようにワラワラと20人規模の《軍》の武装兵を辺りに展開させておきながら、笑っていない目で「どうです、ジェイドさん」なんてとぼけるシーザーにはこう答えてやる。

 

「俺の推理か……ほほう。いいぜ、たっぷり聞かせてやる」

 

 悟られないように深呼吸した後は、抜刀しかけた剣から手を離して応えた。

 

「キバオウ、俺を見て真っ先に『都合がいい』と言ったな? 疑惑が晴れるからじゃなくて、恩を売っといた人間がノコノコ現れたからだ。違うか?」

「な……っ!?」

 

 突然強気になって痛いところを突いてきたからか、余裕ぶっていたキバオウは慌てながら否定に入る。

 

「ち、ちゃうわ! ワイはただ、本当にッ……疑いが晴れるおもて、安心しただけや!」

「じゃあシンカーと転移した先、つまり6層のダンジョンに詳しかったのはなぜだ。たまたま6層を調べたか? ん?」

「ハンッ、簡単なことを。まさにその通り、調べたんや! なんであんな目に遭わんといかんかったのか! 治安の悪い場所をシンカーはんが選んだのか。だとしたら、それはなぜか! ワイには知る義務がある!!」

 

 事後に調べた。なるほどキバオウもなかなかやる。言い訳ができてしまうからこそ、彼らの犯行を証拠付きで突きつけるのが困難だった。

 しかし手札はまだたくさんある。ここまではあくまで、俺とヒスイが不自然に思った点だ。

 

「けど俺は覚えてるぜ。先週、あんたらの中継テントを入ったとき、ベイパーは1人コソコソと袋のようなものをストレージに隠していたよな?」

「なっ、なにを……オレはそんな……」

「いいや見たぜ。だから俺の侵入にいち早く気づいた。……で、あれはシンカーのコリドーとは別のを隠し持とうとしてたんじゃないのか」

「ち、違う! そんなことはしていない! くっ……言いがかりだ! ログがないからって、部外者が好き放題言うなよ、このッ!!」

 

 1歩踏み出しかけたベイパーはしかし、シーザーに手で先制されて立ち止まった。無論、彼はキバオウ達に手出しさせないように同行していたのだろうが、ゆえに仲裁に入っても不自然ではあるまい。なぜなら『あくまでこの場は話し合い』的な空気の流れは、すでに作られてしまっているからだ。

 つまるところ、俺とヒスイはこのシチュエーションをどう作るかで悩んでいた。多くの第三者が立ち入るなかで、どうやって彼らに犯行を認めさせられるか、と。

 だが、現にあっさりと実現された。俺はシーザーの自然な援護に内心で感謝しつつ続けた。

 

「ログがないから確認できない、ってのはお互い様だ。てめェら2人のメッセージも、結局はあとで消去できるしな。そして、新しいコリドーを手に入れたあんたは、『本番用のコリドー』を勝手に使用して転移先の情報を確認した」

「く……ッ」

「そして今度は偽コリドーの出番。おまけにそっち出口には、《転移結晶》入りの《永久保存トリンケット》を設置しておいた。トリンケットは事前にこいつに作らせたとさっき判明した。……だよな、ヒャッケイ?」

「えっ!? え……あっ……はい。そ、そうです……」

 

 ふくよか過ぎるヒャッケイは、突然振られてオドオドしていたがなんとか答える。

 

「だそうだ。こいつはマスタークラスの細工師……あとはお察しだよなァ? シンカーが日程をいつに設定しようが、転移前に丸腰だろうが、『耐久値無限』アイテムにクリスタルさえ入れとけば、キバオウだけが帰還できる。……これが答えだよ!」

「……は、ハハハハ! 格好いいな《暗黒剣》! だがあり得ないね。好き勝手に糾弾してるが、証拠はトリンケットの作成だけか!? ……オレはもう、長いこと無所属だった。ここまで露骨に手を貸したりはしない! こんなのっ、被害妄想以外のなにものでもない!」

「でもあなたは! ユリエールさんを、愛してしまった……!!」

「な、あっ……ッ!?」

 

 隣に立つヒスイが割り込むと、図星だったのかベイパーが言葉をつまらせてしまう。よもやここで動機まで暴かれるとは思っていなかったのだろう。

 だがその一瞬の空白が、攅立(さんりゅう)する20人以上の武装兵の雰囲気を一転させてしまっていた。

 途端(とたん)にドヨドヨと動揺が広がる。

 どうやら彼女もやっと状況を呑み込んだらしい。シーザーがセッティングしたこの状況こそが、キバオウとベイパーが作り上げた『擬装アリバイ』の上から叩き落とす最良のチャンスだと。

 

「けどユリエールのそばにはジャマ者がいた。……そう、シンカーだよ。なあベイパー? いつ惚れたか知らねぇけど、このままじゃ一生待っても振り向かない」

「だま……れっ……!」

「そしてあなたは犯行に及んだのよ。誰の手にも渡らず、救助もない秘密の場所……《はじまりの街》の地下ダンジョンに、あなたはシンカーさんを追いやった!」

「だまれェッ!!」

 

 ここでさらにざわめきが起きた。はじまりの街の地下にダンジョンなどあるのか、ベイパーは無所属のくせにそんな秘密を抱えていたのか、そんな言葉がちらほら聞こえる。

 そして、黙り混むキバオウとベイパーに、俺は最後のカードを切った。

 

「……キバオウ。あんた、俺にPoHのことを知らせて恩を売ろうとした時、ベイパーに止められたよな」

「……それが……どうしたんや……」

「今じゃはっきりわかる。KoBやDDAの信用が落ちるとか、そんな心配じゃなかった。……『PoHに対して』言ったんだな。あのクソ野郎に詳しかったのは、てめェ自身が野郎と接触して手口を教えてもらったからだ」

 

 似た手口を知っている。だからこそ《指輪事件》が発生し、だからこそ《圏内事件》は起きてしまった。

 この件については、きっとシーザーの方が詳しいだろう。

 

「その通りですジェイドさん。ぼくから言わせれば穴だらけですが」

「おいシーザー、さっきからどっちの味方やねん! 元はといえば、お前さんが余計なこと言わんとったら、こんなこと……!!」

「懐かしいからこそ、なんとなく察しはついていました」

 

 少しだけダークブルーの入った前髪を掻き分けながら、シーザーはキバオウを無視し、落ち着き払ったまま続けた。

 

「だからぼくは、軍をエサにしてキバオウさんの周辺を調べ、PoHを逆探知するつもりだったんです。なにも裏切り者が全員、彼に恐れるわけではありませんしね。……ま、ジェイドさんに先を越されましたが」

「おいコラ、聞いとんのかワレェ!!」

 

 キバオウは突っかかるが、もはやその行為に意味はない。

 それにしてもシーザーの行動力に驚いた。なるほど、俺やヒスイの行動にリアルタイムで詳しかったのも納得である。むしろ、俺達が彼の捜査を追いかけていたことになるのだろう。

 しかも俺達が『擬装アリバイ』に惑わされないことを前提としている。その融通の利かせ方にはまいってしまう。味方になるとこれほど心強いとは。

 

「ムダだぜキバオウ。ネタは上がってんだ。あんたはあの日、PoHに俺のことを知らせたんだろう。……どーりでおかしいと思ったよ。聞いたその日その直後に、あんな都合よく本人の襲撃にあうなんて。……けどこれではっきりした。俺やキリトが消えれば《地下ダンジョン》の秘密を知るプレイヤーが減る。PoHが返り討ちになれば、作戦の考案者が消える。どっちも好都合なワケだ」

「……くっ……うぐ……ッ!?」

 

 チェックメイトだった。

 もう、言い逃れる方法はない。

 

「こ、こんな、キバオウさん! オレ達はこんなところで……!!」

「もう諦めろ。大人しく武器を捨てて……」

「くそっ……諦めろやと? ここまでやっておめおめと……ああ、確かに奴の知恵を借りた! そんで、ジェイドはんらにけしかけた!」

 

 俺がキバオウから言われたセリフをそっくりそのまま返そうとした瞬間、キバオウはありとあらゆる事実を認め、そのうえで腰からジャリンッ!! と、サーベルを抜き放った。

 

「せやけど、これも軍のためやった! やっとここまできたんや! やっと……クソッ……これからやって時に! こんなところで諦めきれるかァっ!!」

 

 激しい剣幕と戦闘欲に、居合わせた全員が身構える。

 俺も思わず剣の柄に手を当てていた。まさかこれほどの覚悟とは。

 

「急進派の代表はワイや! そのワイが、ここで命令する!! 全員戦闘準備やァ!!」

 

 強引に部下へ命令をくだし、俺達を力ずくで排除しようとする。

 だが……、

 

「……それは、できません。できないんですよ……キバオウさん……」

「な、なんやと!? お前らッ……」

 

 突然、事態が急変した。なんと武装隊の半数にもおよぶ10人のプレイヤーが、剣の切っ先をキバオウに向けたのだ。その顔ぶれには少しだけ記憶があった。ほんの数十分間だけ共闘した仲だったが、それでも覚えている。

 74層攻略戦に参加した軍のハイレベルメンバーだ。10人目は顔を知らないから最近補填されたのだろうが、彼ですらコーバッツを含む12人の仲間がどんな経緯を辿ったかは聞いているはずである。

 そんな彼らがタイミングを見計らったように反旗を(ひるがえ)し、一転してキバオウとベイパーらが追い詰められた。そのうちの1人、先ほどからよく先頭に立って発言する(ひげ)の濃い短髪パーマの男性が静かに語りだした。

 

「シーザーさんが……74層攻略に参加したおれ達をかき集めたのは、偶然じゃないんですよ……」

「じ、じゃあ……どうして……っ」

「真偽を確かめられると、そう言われたんです。……だってそうでしょう!? おれ達はコーバッツ中佐を信じて戦いました! それがっ! 結果はどうです!? 中佐は牢で黙秘していますが、おれ達は死ぬ確率が高いとわかっていて戦わされた! 今となっては《レジスト・クレスト》の方が命の恩人ですよ! 彼らを傷つけることなんて……できるはずがないっ!!」

 

 俺はパーマのおじさんにこんな照れくさい言葉を聞かされて、またシーザーの細かい配慮(はいりょ)に気づいてしまった。だからこのメンツを選んだのか、と。俺やヒスイに万が一のことが起こらないように。

 しかし軍の男の言葉に、なおもキバオウは食い下がった。

 

「あれ、は……ワイも誤算やった。よもや……コーバッツのやつが……。本当に知らなかったんや! 少なくとも、攻略の可能性はワイも信じとった!」

「誤算……それで死んだらたまったもんじゃありませんよ! だったら誰を信じればいいんです!? 誰の命令に従えば、この命が無駄に使われないのですか!? ……考えるうちに、おれ達は決めたんです。大恩あるキバオウさんが、今もまだ恩人のままか。それとも、シンカーさんの席を奪うためだけに……許されない犯罪を行ったのか! ……真実によっては、おれ達は軍をやめようって……」

「バカや! そんなんッ、お前らそれじゃこっから生きてけへんで!? 人間だって敵になる! 壁があるたび止まっとったらキリないわ! 今回のことで……すべてを棒に振ってもエエ言うんか!?」

「もう……決めたことなんです……。だから、あなた達を……ここで捕らえます」

 

 ジリッ、と迫り寄る10人のプレイヤーは、もう何を言われても剣を下ろすことはなかった。

 俺達とシーザーも含めば13対10。しかも俺達は平均レベルが前線クラスだ。キバオウにも、ベイパーにも、すでにどうにかできる状況ではなかった。加えて、臨時で招集した8人の兵からも、すでに戦意を感じない。

 それを悟ったのか、ベイパーが両ひざを地に落とし、呆然と彼方へ意識を飛ばす。

 

「なんだよこれ……こんな結末なのか。……でも、だって……仕方ないだろう……? 攻略も脱出も諦めて、餓死もできないこの体で……それでも、彼女が整備や見回りの数分だけが、生きる喜びに変わったんだ」

 

 ある意味開き直ったベイパーには、どこか哀れみを含んだ視線が集中した。

 

「くっ……ゲームじゃ選択肢はない! じゃあキチガイの作ったこのゲームで、わびしく生きるか!? 他に方法があったら教えてくれ! 今すぐオレを現実に帰して、『やりたくもないこと』以外をさせてくれよ! 元より奪い合いだろ、こんな世界! あとは限られた人生をどうやって! どこまで使い尽くせるかの選択なんだッ!! 違うとは言わせないぞォ!!」

 

 皮肉にもレベリングだけは人一倍こなしていたベイパーは、平和ボケした1層の住人よりは現実を見てしまったらしい。見るからに、誰よりも脱出が無理だと悲観しきっている。

 剣も戦意も投げ捨てて、吐き捨てるように叫んだ。いい歳をした大人が顔をクシャクシャに泣き腫らし、環境を、あるいは自分自身を糾弾するそれは、まるで本能の咆哮(ほうこう)だった。

 

「(けどよ、そりゃ通用しねぇだろ……)」

 

 自らを押し殺し、たった1つの恋の成就を願った。

 だが、それでも。

 ベイパーのしたことは間違っている。みんな我慢ならない不条理を我慢し、やりきれない理不尽に耐え、どこかで折り合いをつけて生きている。そんなことは全員わかっているし、ここで美辞麗句を並べて説教しなくても、本人が1番理解しているだろう。

 言うなれば、これはただの駄々っ子だ。同情心は沸くが、やはり彼は1人だけ甘いことを抜かし、犯罪に逃げた弱者であることに変わりない。

 俺はうなだれたまま一言も発しなくなったベイパーから無理矢理視線を外し、1人直剣を握りしめたまま途方にくれるキバオウを直視した。

 

「……キバオウも、シンカーを殺すことが目的じゃないだろう」

「……ワイかて……やるだけやった! 寝る間も惜しんで情報集めて、棒みたいになった足引きずり回して! それでも早うこっから抜け出せんか、毎日ねじ切れるまで考え尽くした! そんでっ……答えを出した! 1年前! 《地下ダンジョン》で3人も仲間を失った日から、答えを!!」

「…………」

 

 俺を含み、まだ誰も責め句を飛ばさない。キバオウがいったいどんなアジテーションに動かされ、こんなことをしてしまったのか。

 あんたの正義を聞いてやる、と。

 単に抜き打ちに近い命令で付いてきただけの軍のメンバーまで、感情的になった彼の言葉に聞き入っていた。

 

「それが《軍》の! 《アインクラッド解放軍》の再強化やった!! ……シンカーはんは確かにようやったわ。残りモンを、目の眩んだアホベーターが置いてった弱小プレイヤーを! 差別もせんと丁重に保護した。それで救われたモンは数えきれん。……やけど! その統制は崩れた! コルの横領も、アイテムの隠匿も、はびこる不正に対応できずに! 責任者が聞いて呆れる! そんで、都合が悪けりゃ『ことなかれ主義』や!!」

「……だから、追放を……?」

「せや! 現実から目ェ逸らして、仲良う暮らせばエエわけやない! 25層で負けたんがなんや! 死人が出て、それがなんや!? だったら戦うのやめるんか、あァッ!? 腰引かした臆病が、《攻略組》に負担押し付けて! 恥ずかしくないんか聞いとんじゃワレェッ!! おまんらフヌけた軍は! いっつも戦わんで済む言い訳しか考えてへん! 弱虫のクソったれやァッ!! ……ハァ……ハァ……《徴税》がなんや……ハァ……中層で遊んどるアホ共から、狩り場独占してなにが悪い……ッ!? あいつらは脱出のために攻略しとらん。周りが動き出して、『取り残される』のが怖いからやっとるだけや。せやったら! 言うてみやホラ、なにが悪いか! 自己満共から、限られたリソース奪って! 代わりに命を張ることのなにが悪いか! 言ってみや今すぐ! 声だけデカい低レベの包食クズには、脱出する気があるんか1人ずつブン殴って聞きたいぐらいやったわッ!! 1年間、組織を強化して……ワイだけに浴びせられる非難を押し退けて! 我慢して我慢して!! そいでもいずれ、仲間が安全に前線行けるようになるまで! どんな気持ちでワイがッ……このギルドで精魂尽き果たしてきたか分かるかお前らァアアアアっ!!!!」

 

 その暴雨のような絶叫に、辺りは静まり返る他なかった。

 言葉が出なかったのだ。

 重すぎる激情がのし掛かり、胸の奥に(しび)れのようなものがじんわりと広がる。その苦痛の日々を思うだけで、自然に憐憫(れんびん)と同情の声をかけそうになる。軍にだけは共感者が多かったと聞くが、大衆から一点に集まったヘイトに折れず、孤独にもキバオウが攻略復帰のために戦力拡大を優先させたことに。

 知らなかった。長いこと前線を離れ、そもそも攻略に参加しようという意識が欠落した当時の軍に、それほど興味がなかったというのもある。

 しかし想像はできる。

 攻略をやめた最大集団を再び羽ばたかせるには、計り知れないほどの努力と時間が必要になる。

 夢のまた夢。無謀な理想は、返り咲く気のないダラけた連中からしたら、きっとハタ迷惑な話だっただろう。それを1年前のキバオウは実行に移したというのだ。

 

「……そりゃ、天才肌とちゃうわ。連中に比べて効率は悪かったかもしれへん。やって来た政策がッ……どれも成功したわけやない。……やけど、シンカーはんと……奴と対立せな! 消えてくれなッ……目標は叶わんかったんや! ……せやから、ワイはずっと馴れ合わんかった。シンカーはんだけやないで。ユリエールはんや、保守派の腰抜けがなんと言おうと、ワイは信じる正義を貫いた。……ある意味、限界やったんや。そんな時に、ベイパーからこの方法を提案された」

『…………』

「コトの重大さを理解し、そいでも自分を叱咤(しった)してPoHと会った。……MPKの方法、バレへんような注意点、アリバイの作り方。その他、知恵とテクニックをありったけ聞き出した。……奴も久しかったんか、楽しそうにしとったわ。……頭じゃわかっとる。ヘタすりゃシンカーはんが死ぬ」

「でも、オレ達に代案は思いつかなかった……」

「……せや。そして先週、チャンスが来た。偶然訪れたジェイドはんや。ラフコフ潰しの張本人が出張ってくれたことを機に、持っとる情報を全部ジェイドはんに渡した。……そしてワイはPoHが死んでくれることを願って、直後にキリトはんと合流した2人へ……すなわち、KoBへ差し向けた。今なら2人が揃っとる言うてな。まだ準備不足やったあの犯罪者を、万全にさせたおまんらに、わざとぶつけたッ! ……結果、PoHは死んだ。すべては……うまくいってたんや……」

「…………」

 

 これは悪の道だと理解しての行動だろう。シンカーの一線を越えた行為を非難しておきながら、自らそれを越えることを、その悪知恵を身に付けてしまったことは。

 キバオウがここで余計な知識を得なければ、まだシンカーに危険が及ぶことはなかったかもしれない。平和的な解決法が、どこかにあったのかもしれない。

 しかしことはすべて終わったあとだ。

 俺は、この場で彼に動機を聞いた責任者として、絞り出すように声をかける。

 

「……その気持ちは……わからないこともない」

「ジェイド……!?」

 

 ヒスイは驚くが俺は止まらなかった。

 同情できる程度の鬱憤(うっぷん)なら、俺にだって死ぬほど溜まっている。

 

「わかってるよヒスイ。……けど、俺もどっかで思ったんだ。なんでこいつら攻略しねんだろうな、とか。戦わねェで、俺らが血肉削いでやっとこさアクティベートした主街区で、どうして当然のように過ごしてんのかって……。最初のうちはよかったよ。まだ立ち上がる奴もいたし、他を踏み台にする俺らベータテスターこそ悪だったかもしれない。……けどどうだ、あれから2年たったぜ?」

 

 苦労話を自慢したかったのではない。

 ただ、自然と口から吐き出されていた。

 

「……ま、軽いグチだ。現に、昔は俺も手が出てた。やる気ねェなら死んで当然つって……自分がテスターでアドがあるとか、そんなこと全部タナにあげて、弱い奴は死にかけてようが助けもしなかった」

「そんな……ことが……? レジクレのジェイドさんにもっ……?」

「あったよ。知ってんだろ、2年前は誰も人を気づかう余裕はなかった。……まあそのせいで、どっかの誰かさんから口うるさく説教食らったけどな」

 

 俺がヒスイをチラッと見ると、彼女はバツの悪そうに目を逸らした。

 

「でも、だからって……」

「ああ。気持ちがわかるといっても、あくまで今回のこれは正当化されるもんじゃない。……キバオウ、あんたが行き詰まって最終手段を取ったッつーのはよくわかった。けど、こうなりゃ見て見ぬふりはできない。全部終わったら独房で反省会だ。……だから、最後にシンカーのいる場所を教えてくれ……」

「……わかった。……全部、話す……」

 

 キバオウはうつむきながらも、ようやくすべてを語るのだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 案の定、シンカーを幽閉するうえで、キバオウ達は《はじまりの街》の地下ダンジョンを利用していた。

 2人とも経験が生かせたことと、何より秘密を共有していたことが大きかったのだろう。まったく、2重の意味で約束を破っている。

 ともあれ、俺達は同じように事件の解決に向かったキリト達と合流すると、シンカーの救出に向かうべくメンバーと段取りを決めた。

 そして、敵のレベルが一律でないことから、地下ダンジョンへは《軍》の精鋭10人、キバオウとベイパー、ユイを含む俺達5人とユリエールの計18人が実行する運びとなった。武装をしていないユイが含まれたのは本人が怖がっていないこともあるが、キリトやアスナがきっちり守りきるからというらしい。どこかに預ける暇がなかったとは言え、少々心配である。無論《軍》に預けるのは絶対嫌だそうだ。

 

「気ぃつけや。ジェイドはんらは知っとると思うが、ここはレベルがバラバラなボスがそこら中に徘徊しとる。たまに《安全地帯》があるのが救いやが、場合によっては今の最前線と同等か、それ以上のボスと遭遇する可能性もあるっちゅーわけや」

 

 地下ダンジョンに進入してしばらくすると、キバオウは同行者全員に注意を(うなが)した。

 

「そんな敵まで出てくるんですか。……これを言ってはなんですが、よくこんな危険なところで奥まで進めましたね。……しかし本当に広い……」

「ああ、一口に地下つっても、総面積ダントツ最大の主街区《はじまりの街》の地下だからな。そりゃバカでかいだろうさ」

「ワイらが奥に進めたのは、単に運が良かったからやな。ボスにも遭わんかったわ」

 

 とは言え、キバオウ達の命知らずな行動に、俺も内心驚いていた。

 レベルうんぬんではなく、先ほどキバオウが注意した通り、小隊規模ではどうにもならないボスとの遭遇も考えられたのだ。そんな奴と会敵した時点でアウト。ジ・エンドである。

 とどのつまり、キバオウとベイパーにとって、このアリバイ工作には命を懸けるだけの価値を感じていたことになる。生半可な覚悟ではなかっただろう。

 話をぶり返すようだが、《はじまりの街》で行動も起こさずに文句を垂れるプレイヤーの言葉は極めて軽い。対して彼らの言葉に重みを感じたのは、リスク上等のアクションを起こした(まぎ)れもない実績があったからなのかもしれない。

 

「……ま、もう少しなんだろ。この分なら、デカい奴には会わなくて済みそうだな」

「だといいんですが……」

「フン、なんやまだ疑っとんのかユリエールはん。ワイも今さら嘘なんつけへんわ。……それにほら、アレや」

 

 キバオウが指さす先に目を向けると、通路の奥に明るい光が漏れる小スペースが見えた。

 迷宮区に足を運んだ者なら幾度となく見たことがある。

 待ちに待った《安全地帯》である。

 

「あ、あそこにシンカーが!?」

 

 先ほどまで仏頂面(ぶっちょうづら)だったユリエールも、この時ばかりは表情に笑顔が戻った。

 逆にキバオウの方は(ひか)えめな顔になって言う。

 

「せや。どのみち、ワイらは《軍》の実権を握ったあとにシンカーはんを救出するつもりやったんや」

「そう……だったんですか……」

「そりゃ、欲しかったのはあいつのタマやなくて、座っとった席やからな。ベイパーとはここで結晶を仕掛けるよう口裏を合わせて……」

「待って! 敵よ!」

 

 (さえぎ)るように、ヒスイが突然叫んだ。

 その声で3パーティ分のプレイヤーは一斉に武器を構えて辺りを見渡す。キバオウやユリエールも今だけは垣根を越えて背中を預けあった。

 すぐに通路一帯の色彩が変わり、何らかのイベント――その多くは特殊クエスト発生や隠れボスとの遭遇戦――が始まったことをフィールドが示唆(しさ)する。

 

「クソッ、言ったそばからかよ! どっか消えやがった!」

「そっちにいる!? わたしは見えなかったわ! 見えた人は教えて!」

「……いえ、でもさっき確かに反応が……」

「おい! 上だ!!」

 

 直後。

 ゴッガァアアアアアッ!!!! と、地面が割れた。

 キリトの洞察力のおかげで反射的に蜘蛛の子を散らすように飛び退いた俺達の中心に、3メートル近くある不気味な骸骨が(たたず)んでいた。

 刺突系に強く、打撃系に弱い《スケルトン》カテゴリ。ボロボロの黒いフードを被った、人間の骨格標本が自立行動しているイメージだろうか。ただし太い背骨の下には下半身らしき人骨格がなく、ムカデの先に非鉄製のブレードを装着したようになっている。足がないことから必然的に宙に浮き続け、間接の節々から黒よりも濃い闇を噴霧(ふんむ)し、その手にはあまりにもアンバランスな巨大鎌。標本の上から軽く接着したような眼球だけがドクロの眼窩(がんか)でグルンッ、とこちらを向く。

 クリムゾンレッドのカーソルカラー。

 定冠詞を飾る徘徊型フィールドボス、《ザ・フェイタルサイズ》。

 

「ヒィィ!? しっ、死神ぃッ!!」

「ウソだろ、《索敵》外から!?」

「ボスの接近警報まで出てないぞ!?」

「く、あぁあああ!! なんでもいい! やれぇ! 全員で攻撃するんだっ!!」

「待てベイパー! こいつはヤバイ!!」

 

 言うよりも速く、体が動いた。俺は無理矢理ベイパーとボスの間に割り込むと、敵の振り抜く鎌を全力で受け止めた。腕が過重圧を感じとると、俺も腰を落として踏ん張りを利かせる。

 そして。

 ……そして、すべての音が消えた。

 ドガッッッッ!!!! と。気づくと俺は、はるか後方へ吹っ飛ばされ、耳を割るような爆音があとから追ってきた。

 しかも衝撃波でさらに直撃を(まぬが)れたメンバー数人が吹き飛ばされている。

 

「ガッ……は……っ……か……!?」

 

 思考ができない。

 呼吸もできない。

 立つことなど論外。

 上を向いているのか下を向いているのかさえ曖昧になっていた。

 

「(半分……切っただと!? たった一撃で……ッ!?)」

 

 もがくように視線を動かし、辛うじて自分が注意域(イエローゾーン)に突入したことだけを確認できた。しかも《武器防御》スキルは問題なく適用されたはずなのに、ただの通常攻撃で行動不能(スタン)まで起きている。

 あり得ない。このボスは……、

 

「じ、ジェイドが! それにこれは……め、目で見えてるのにっ、《索敵》に反応しないわ! どうなってるの!?」

「おいパラメータがまったく見えないぞ! ダメージも異常だ!!」

「そ……んな……このモンスターは、90層クラスのボスだって言うの!?」

 

 つい先週、俺達4人で大罪人PoHを撃退しました。なんて、栄えある肩書きがクソの役にも立たない現実が広がっていた。

 勝てる勝てないを論ずるのは時間の無駄だ。いかにして逃げ切れるかを考える他ない。

 

「うわぁあああああ!? 逃げろ! 逃げろォおおおおおお!!」

「行け行け行け!」

「止まるなっ! さっさと奥へ走れェ!!」

「アホッ、子供を先に通すんや! 1人1発でええ! なんとかして耐えェや!! そしたらワイらが稼ぐ!!」

「キバオウ気を付けろ! 完全に避けきるしかない! パターンを暗記して避けることに専念しろ!!」

「き、消えた!? 気をつけて! こいつ数メートルぐらいを瞬間移動するわ!!」

 

 《回復結晶》でどうにかHPをフルに回復させたが、俺とて耐久が破綻した耐久戦をまともに続ける気はない。

 しかもハイレベルな敵にしては小さい体躯(たいく)だとは思ったが、数メートル単位で瞬時に移動という能力も普通にふざけている。弱点のカバーの仕方がオーバースペックすぎる。

 ただ、よもやこんなラスボス風味のインフレキャラと遭遇するとは思わなかったが、あいにく俺達の目的はダンジョンの攻略でもボスの討伐でもないのだ。

 先に奥へ退避した《軍》メンバーから届く叫び声に近い声を聞く限りでは、シンカー本人はギリギリ土壇場で見つけたらしい。

 当初の目的は辛うじて達成している。

 ならばもう用はない。さっさとケツまくって逃げるが勝ちだ。

 

「(つっても通路が狭いッ……)……これで十分だろう! 俺達も撤退する!!」

「クソ! バラけてたら連撃で終わりだ! 固まって一気に全員で突破するぞ!!」

「おう!」

「了解よ!!」

 

 キバオウ、俺とヒスイ、キリトとアスナ。たった5人の撤退戦は、しかし無惨にも最初の一撃で永久に頓挫(とんざ)した。

 ゴゥッッッ!!!! と、圧力の壁が反応速度を越えて体を貫通していく。

 コマ送りとなった世界で、もれなくプレイヤーの体が舞い飛んだ。

 一瞬で現れ、一瞬で攻撃されたのだ。もはや人型MoBから鎌による攻撃を受けたのか、戦闘機から空爆されたのかも定かでない。そんな冗談みたいな衝撃が全員を襲った。

 固まろうがバラけようが関係ない。強行突破すらまともにできなかった。

 準密室による圧縮された衝撃波が感覚を狂わせたようだが、今ので五体満足なことが不思議なレベルの攻撃。こんなデタラメモンスターは、かのヒースクリフですらどうにもできなかっただろう。

 ペインアブソーバが効いているか不安になるダメージに5人が倒れ……、

 

「ぐっ、あ……っ」

「ちっくしょう……こんな……ことがッ」

 

 しかし。

 

「な……っ!?」

「ぁ……ああッ……!!」

 

 その人物はなんの前触れもなく現れた。

 アスナが目を見開くのも無理はない。死神による猛攻でハイレベルの俺達5人が無様に這いつくばっているなかで、その少女は生まれたままのような無防備さでトコトコと冷たい廊下を歩いていたのだ。

 

「ユイ!? バカっ、なんで!!」

「ユイちゃん逃げてェ!!」

 

 ユイだ。純白のワンピース以外に装備らしい装備もしていない……いや、例え装備していたとしても、あんな小さな手と足ではまともに構えることもできないプレイヤーが、静かに戦場を横断する。

 場違いだ。間違ってもこんなところへは来てはいけない。気づくのが遅れた。ユイはもう……、

 

「だいじょうぶだよ、みんな」

 

 「なっ?」と、気の抜ける声が出た。

 突如、即死級の攻撃力を秘めたフェイタルサイズの単発重ソードスキルが、ガガガガガッ!! と彼女の目の前で不可視の壁に阻まれたように止まり……そして、とうとうボスの方が弾け飛んだのだ。

 過剰なサウンドが耳鳴りを誘発させたが、それが止んでも生きている。改めて見ると、体の付近には拍子抜けするような着信音と共に決定的なメッセージが浮かんでいた。

 信じられないメッセージ。《圏内》に住む死なないNPCなどを攻撃した際に表示される《Immortal Object》と。

 

「(イモータル……って、不死……?)」

「ちょっとまっててね」

 

 そこから先の現象をうまく伝えるには、俺の表現力ではあまりに乏しいかもしれない。

 まず、またも左手で(・・・)《メインメニュー・ウィンドウ》を開いたユイは、ほんの数秒間だけサラサラとタブを操作し、各パラメータをカンストさせるような設定をその場で行ってしまったのだ。

 無限に近い攻撃力と無限に近い守備力。

 同時に見たこともない獄炎の大剣を出現させ、それを片手で軽々と持ち上げる。直後、ズンッ!! という重低音を轟かせ、真上からボスを一刀両断。一撃で敵を葬り去ってしまった。

 バグ……とは違うだろう。

 火葬場のように燃え上がるフィールドで、あどけなさを残すユイは、ほんの1ダメージも負うことなく、真っ白なワンピースに焦げあと1つ残すことなく、ゆっくりと俺達のもとへ歩いてきた。

 

「どう……なっとんねん……?」

「ぜんぶ、思い出したんです。わたしが何者だったのか……」

 

 キバオウが全員の疑問を具体的に声に出すと、ユイは物憂げな表情で告白した。

 

 

 

 曰く、話は《ソードアート・オンライン》創立の時期まで(さかのぼ)った。

 通貨や経験値のインフレを抑え、アップデートごとに新しいクエストやイベントを増やし、時には新武器や新防具の更新を行う。その独立修正プログラムの完成形である《カーディナル》には、開発当初には計画されていなかった機能が末期に搭載されたらしい。

 その名も《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》。プレゼンの段階で、そもそもなぜ《カーディナル》に搭載(とうさい)しなければならないのか議論された、精神トラブルの解決用ツール。

 初めはスタッフが24時間体制で、いくつかのアカウントを使いログインし続け、人間が人間の心のケアをしようという話だった。それは単純に、ゲームでの精神的な損害を訴えるクレーマー対策にもなるはずだった。無論、茅場晶彦のデスゲーム計画ではそれがおぼつかないため、急遽開発されたAIなのだろう。

 曰く、しかし計画は不完全に終わった。開発が急ピッチだったため、感情模倣機能を与えた状態でテスト段階まで持ち込めなかったのだ。

 よって唯一のゲームマスター茅場晶彦は、不完全プログラムを抱えたままゲームを開始することになる。プレイヤーと非接触設定にしておきながら、試作1号機《ユイ》は2年もの間プレイヤーのメンタル状態、ホルモンバランス、血圧、hrbpm(心拍数)、脈拍などのモニタリングさせ続けてしまった。

 そして結果から言うと、《ユイ》は重なるエラーに対処しきれなくなった。

 感情模倣機能を与えてしまったことが裏目に出たのだ。早い話、1万人ものメンタルケアをするべき人間、つまり負の感情を見せられ続けたようなものなのだから。

 そしてそのツケは具現し、不安定なプレイヤー《Yui-MHCP001》として22層の森へコミュニティしてしまった。プレイヤーとの干渉を禁じられたはずのプログラムが、だ。

 曰く、地下ダンジョンに限らず、いくつか《安全地帯》に装飾的オブジェクトとして擬態してある、緊急通信コンソールが設置されていたらしい。

 同じくゲーム内からトラブルに対処できるように設置されたものだ。それに運よく触れた《ユイ》は、本来格納されているアクセス権と非常用のバイパスを経由し、バッファから自分の記憶データと言語機能を再インストールできた。先ほどGM権限じみたプレイヤーのパラメータいじりは、数分前の記憶無きユイではなく、今の彼女だからこそ行えたのである。

 

「わたしは……もうすぐ消滅します」

「そんな……し、消滅って!?」

 

 またも左手でウィンドウを操作した。プレイヤーには手の届かないスペースに『勝手に出現させた大剣』……チラッと見えた、固有名《デモンズゲート》なる大剣をしまうと、ユイはそんなことを言った。

 ユイの存在はイレギュラーの塊。コミュニティしたからといって、今後も何事もなく生活できるわけではない。

 

「カーディナルがあるからか? その、 難しい話はよくわかんねーけど……あんたはエラーで出ただけのAIで、もうすぐ修正されるってことなのか……!?」

 

 俺の質問にユイは小さくうなずいた。それは、見た目8歳の少女が作っていい表情ではなかった。

 彼女は消える運命を完全に受け入れている。

 

「嫌! そんなの嫌よ!!」

「ユイ、行くな!」

「……パパとママのそばにいると、みんな笑顔になれました。だからお願いです、これからも……わたしのかわりに……みんなを助けて……喜びを分けてください」

 

 ユイの体が光に包まれる。カーディナルが、彼女をまた『プレイヤー非干渉状態』にさせるためだろう。

 こういう時、摩訶不思議なパワーが助けてくれたり、天使か何かが功績を(たた)えて理不尽を帳消しにしてくれたり、なんてことは起きない。プログラムは組んだ通りにしか作動しないのだ。

 

「ユイ……ちゃん……」

 

 アスナの涙を肩に受け、ユイは誘われるように光に吸い込まれていくのだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 翌日、ギルドホームにてラフな格好をした俺は、行儀悪く木製テーブルに足を乗せながらそばかす小僧のジェミルと話し込んでいた。

 

「まったくぅ、こっちも大変だったんだよぉ? アクシデントがなくてもぉ、もともとボクはリーダー向きじゃないんだからさぁ」

「ああすまなかったジェミル。リーダー代理助かったよ。……そうそう、なんかそっちも男とモメたらしいな。『ヨルコがらみ』でてんやわんやだったとか。……確か、変な海賊風の奴に絡まれたんだったか?」

「うん、まぁねぇ……。あ、でもルガが言うにはぁ、名前を知る機会もないほどのただの雑魚だったってぇ」

 

 なんだ、絡まれたと言ってもザコか。

 

「無事でなによりだから詳しくは聞かんけど、トラブルはこれっきりにしてほしいぜ」

「えぇ~それをジェイドが言うぅ?」

「うぐっ……ま、まあこっちもヒスイがようやく気持ち固めたらしいからな。今日から普通に攻略に戻るんだとさ」

 

 レジクレに合流したのは今日の朝からだが、一時脱退したカズやアリーシャもすでにギルドに再加盟している。これでいつも通りだ。

 そう言えば昨日、1人も死ぬことなくシンカーを救い出した俺達は、解散したあと深夜になってようやく《軍》の方針というか、最終的な結論を聞いた。

 《軍》は一時的に解散されるしい。その後シンカーの身の丈に合ったもっと小さな規模で再結成されるのだとか。

 ちなみに最初にメンバーリストから除名されたのはキバオウとその直属の配下だ。と言っても、彼らはキバオウをリーダーとした新たなギルドを作るつもりだったらしいので、もしかしたら自主的な辞退だったのかもしれない。

 少なくともパーマ頭の男を筆頭にした《軍》のトップ連中10人は、キバオウを《黒鉄宮》のジェイルから解放しようと手を回しているらしい。どうやら、彼が純粋に攻略行為への最短ルートを取っていただけで、どうせ戦うなら命を懸けるに相応しい人物だと再確認したようだ。

 もっとも、《黒鉄宮》ごと彼らの所有地なのだから、2人はすぐにでも自由になれるだろう。

 そう。忘れがちだが、元々《軍》とて一枚岩ではない。『シンカーが飾り物状態』になる程度に意見は対立し、むしろキバオウの考え方は多くのメンバーから賛同を得ていたのだ。例えそれが非戦闘員にとっていかに過激であっても。

 あまりこういうことを言いたくはないが、『アインクラッドを脱出する』というお題目をクリアするに当たって、シンカーの存在価値はほとんどないに等しい。確実に脱出が成し遂げられるなら、それまで1人でも多くの非戦闘員を存命させる役割はあるだろう。だがもちろん、そんな保証はどこにもない。

 俺達攻略組としては、一刻も早くキバオウ達ハイレベルメンバーが前線で協力してくれることを願うばかりだ。

 そこへカズが近づき、こんなことを聞いてきた。

 

「キバオウさん達はまた前線に戻ってくるかな……?」

「そのうち来るだろうけど、ある意味ちょっと来てほしくないかもな。……だってあいつら、きっとソートー厄介な競争相手になるぜ?」

「あはは、確かにね。それじゃあ、キリトさん達はどうなったの?」

「ん? ああ、キリトとアスナなら大丈夫だ。案の定、仲良くやってるみたいだし、保護した子供とやらもその……無事、家に帰したよ……」

「そうだったんだ、じゃあ一件落着だね」

 

 ユイについては……嘘はついていない。

 あの後、ユイが消滅した直後にキリトはある行動に移っていた。

 黒大理石に擬態させた緊急通信コンソールに噛みつくように迫ったキリトは、俺にはまったく理解できないコンピュータ言語でホロタイプキーを高速で叩き始めたのだ。

 ざっくり説明すると、ユイが開けっぱなしにしたGMアクセス権に割り込み、彼女の保管された領域を主記憶装置からひっぺがして、ペンダントアイテムとしてオブジェクト化させたらしい。わかりやすく言うならUSBメモリにデータを移動して持ち歩いている感覚だろうか。

 よって、厳密にはユイは消滅していない。むしろよほどか安全になった。

 さすがは6歳の頃から自作パソコンに手を出した――と以前に聞いた――キリトだ。剣だけが脳ではない。彼曰く、今ならアインクラッドごとカーディナルがフォーマット化されても、キリトのナーヴギアの中でユイの人格は守られるらしい。

 

「(ま、バッドエンドじゃないだろ。悔いはねえ……)」

 

 攻略して攻略して攻略して……そして、最後はここを脱出する。そのためにすべての時間を後悔しないように消費してきたつもりだ。

 生きて帰る。これを実現するには、やはり俺達は剣を握って敵と戦うしかない。わずか2日でヒスイが再び前線に戻ろうと考え直すまで回復したということは、俺やヒスイにとって今回のお節介は無駄ではなかったということである。

 俺はパンッ! と大きく手を叩くと、テーブルから足を下ろしつつ雑談に興じていたメンバーを制止した。

 

「さて! なんだかんだと色々あったけど結果的にいい休暇になったな。こうしてヒスイも戻ってきたことだし、今日から攻略再開だ。気を引き締め直すぞ!」

『おー!!』

 

 75層。2度目のクォーターポイント。法則通りならおそらく過去最高難度のボス戦となるだろう。

 備えあれば(うれ)いなし。戦力などいくらあっても足りることはあるまい。

 満を持して、さてさて……、

 

「そこでだ! 今日からレジクレの新しいメンバーを紹介する!」

『うんうん……うんっ!?!?』

「あっはっは、いい反応だ。まあナイショにしてたし、10ヶ月ぶりのメンバー更新だ。不安になるのもよくわかる」

「ち、ちょっと待って。初耳なんだけど?」

「いま言ったからな。けど安心しろ。なじみの深い奴だし、実力も十分だ。今回の立役者でもある。……てか、レジクレのために牢を出てからここ2週間、タイトなスケジュールでレベリングに励んでくれたらしい」

「あっ……まさか!」

 

 ヒスイがまっさきに気づき、続いて他のメンバーも得心がいったような顔をした。

 

「入ってくれシーザー!」

 

 事前に《フレンド登録》を済ませ《フレンドのみ解錠可》設定にしておいたホームのドアが開かれると、そこにはシーザー・オルダートが少し照れたような表情で立っていた。

 ダブついた暗い和服。さすがにゲタまでは履いていないが、武具の少ない金属部分も戦国甲冑を連想させる。ダスクワイバーンを後ろに従わせたまま俺達の元へ歩いてくると、そのままソワソワ感を出しつつシーザーは言葉を繋いだ。

 

「3人の方はお久しぶりです。……え~あ……その、おこがましい……とは思いました。ぼくはその……出所したからといって、今までさんざん迷惑をかけましたし。それにラフコフにいた時代からジェイドさんに……」

「まーまーそういうのはいいから! それ言ったら半分は前科モンだし!」

「……で、では。……反省してます! どうかぼくをギルドに入れてください。……牢で過ごす間、この事ばかり考えていました。ぼくにはここしかありません。みなさんと共に、戦わせてください!」

 

 「だそうだ」と感慨深げに言ってみると、最初に反応したのはヒスイだった。

 

「いいんじゃない? あたしは賛成よ」

「ヒスイさん……」

「前科っていうけど、それだけじゃ決まらないわ。今この時、シーザーさんが反省しているかが大事なのよ。そして、あたしはその意思を今回の件で充分感じたわ。ジェイドからの信頼も厚いみたいだしね」

 

 俺を含めて賛成2。無論、1人でも嫌だと言ったらこの話を通す気はなかった。

 だがヒスイの即答はやはり効果的だったのかもしれない。

 次にはカズも続いた。

 

「僕も! ……僕も、賛成だよ。だって2ヶ月間、シーザーさんの証言を頼りにラフコフの残党と戦えた。……それって、僕らが6人で戦い続けたってことにならないかな? 勝手な話だけど、僕のなかでは……もう仲間だって思ってたんだ。ずっと……だから僕も、きみと一緒に戦いたい!」

 

 カズの口からこんなにはっきりと肯定されるなんて意外である。たった1日席を空けていただけだったが、どこかずいぶんと男らしくなったように感じられる。

 そんな彼の成長が誇らしく、俺はつい口を挟んでしまう。

 

「……スカウトした立場から言わせてもらうと、その言葉はスゲー嬉しい。あと私情も込みで追加すると、シーザーはつい数日前までラフコフと単独で戦い続けてたんだ」

「え? それってどういう……」

「PoHだよ。こいつは牢から出た日から、ずっと奴を追いかけてたらしい。野郎を殺して、初めて責任が果たされる、ってな。……まあ、あいつは俺が終わらせた。だからシーザーは、最後に俺とヒスイを助けたうえでここへ来たんだ」

「だったらぁ、もう言うことはないんじゃないかなぁ」

 

 間延びした声はジェミルのものだった。

 

「拒む理由がないよぉ。ボクらレジクレにはぁ、むしろ必要なんじゃないぃ?」

「ジェミル、さん……」

 

 直接斬られた経験から、最も恨みが募っていただろうヒスイとカズが(せき)を切ったように彼を受け入れたのだ。ジェミルも仲間割れの心配は捨てたらしい。

 

「あとはアリーシャだけど……」

「……うん。……あんたの気持ちは理解できるわシーザー。言い淀んだのは、単に……アタシからあんたを赦し、受け入れることを口にする日が来るなんて、って思っちゃっただけよ」

「……ということは、つまり……ぼくを許してくれると……?」

「うん、もちろん賛成よ。どっちかというとここから(・・・・)の方が大変なんだからね」

 

 なかなか深い言葉だ。やらかしている瞬間より、その後が大変というのは、身をもって経験した彼女なりの教訓なのだろう。しかしアリーシャがイタズラっぽく微笑を浮かべると、やっとシーザーの表情が緩んだ。

 これで決まり。シーザーはもう《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》の一員だ。

 

「さ~て、なんかの更正施設みたいな感じになっちまったけど、俺はこういうの好きだぜ! だって俺らのギルドってオリジナリティ的じゃね!?」

「自分で人選を誉めたら世話ないですよジェイドさん。あと言葉が変です」

 

 シーザーにトスを送ると、見事なシュートでどっと笑いが起きた。

 ラフコフの影響で道草だらけの道のりだったが、努力次第ではこんな結末にもなるのだ。少なくとも俺にとって、アインクラッドの2年間は価値のあるものだった。

 俺は背負う大剣を抜刀して一言、

 

「じゃあさっそく!」

 

 言おうとしたが、バチンッ!! と、照明に剣が当たってしまった。

 俺は慌てて剣の腹で揺れる照明を静まらせる。室内で棒状のものは振り回さないように。

 団員に笑われて一言すら締まらなかったが、納刀してから改めて。

 

「じ、じゃあさっそく初の6人パーティで狩りに行くとするか!」

『おーっ!!』

 

 これが末永く続けば。なんて、矛盾する思いを押し殺し。

 今日もこの世界を脱出するために剣を握るうのだった。

 

 

 

 

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