SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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テュレチェリィロード4 芽生える気持ち

 西暦2024年11月1日、浮遊城第50層。(最前線75層)

 

 瞬きよりも刹那、ざわつくような、浮足立つような胸騒ぎがした。遠くから微かに名を呼ばれた気がして、誰もいないはずの通路を振り返ってしまう。

 暗く続く回廊には、静寂だけがあった。

 

「(ルガくん……? ……)……くッ!?」

「オラァアアアっ!!」

 

 突如、待ち伏せていた敵の一兵が1.5メートルほどもあ段差から飛び降り、頭上から先制攻撃を仕掛けてきた。

 しかし付近の伏兵を《索敵(サーチング)》でリピール済みだったアリーシャの対応は冷静沈着だった。

 息を止め、抜刀と同時に返す刃がカウンターで獲物の中心に直撃。バギギィッ!! 『く』の時に折れ曲がる襲撃者の両手用槍斧(ハルバート)には目もくれず、見せつけられた実力差に呆然とする南蛮服の敵へダッシュで迫った。

 そのまま男を組み伏せると、背中に乗ったまま素早くロープを実体化、流れるような作業で敵の1人をでき損ないの恵方巻にしてしまった。

 

「うげぇっ、なんだこれ! 俺は女に縛られる趣味はねぇぞ!」

「あ、口を塞ぎ忘れたわ」

「ちょ、おいやめっ……ふごぉ!? フゴフゴっ、ムゴゴォォォオ!!」

 

 戦闘終了。3人目だからこそスムーズに行えたが、逆に言えばアリーシャはこれで3人のプレイヤーと戦ったことになる。

 HPや武器の消耗は皆無と言ってもいいが、そろそろロープの方が底を尽きかけている。敵を無力化して進むのもあと1人が限界と言ったところか。

 そしてこの騙し絵迷路のダンジョンを進む理由がヨルコの発見であるため、この場合は無駄に時間を浪費したことの方が痛い。変わり栄えのないレンガ部屋にも見飽きてきたところだ。

 

「(やんなっちゃうわ、まったく。敵の本拠地もヨルコも見つからないし……おまけにこの胸騒ぎ……)」

 

 戦果にいちいち喜ぶこともなく、アリーシャはずんずん前進する。広い目で見ればすべてのエリアが閉所といえるこうしたダンジョンでは、やはり見つからないように逃げ回るにも限度がある。角を曲がる度にヒヤヒヤものだ。

 それとも、ランダム配置の蝋燭(ろうそく)の火が服に燃え移ったり、巨大な水槽状の湖からゾンビが襲来しないだけアニメや映画よりマシなのだろうか。

 なんて冗談を考える暇もなかった。

 

「……あっ……!」

 

 アリーシャはもう少しで大きな声をあげそうになる。

 あっさり発見したのだ。

 数メートル先。比較的広く開けたエリアで、見渡せる範囲は15メートルほどもある。

 そのエリアの中心で、防具の特性なのか手入れを怠っているのか、不潔な生地の薄い服を(まと)う男達が5人。おそらくは拠点で会えると推測できる。

 その5人は辺りを適度に警戒しながら、休憩したり武器を研いだりしている。敵の捜索網を順々に辿って突破した結果だが、やけに警戒心が低い。捜査の手を薄く広げたのが仇となったようだ。

 アリーシャは慎重に見渡すが、ヨルコの姿は見当たらない。しかし、密集具合に理由がないとは考えにくい。

 

「(ふぅ〜、とりあえず見つけたわね。コイツら、アタシ達の捜索を中断してるのかしら……? ってか、ヨルコの姿が見えない。……ということは、たぶんあのコ逃げられたのね? よかった……)」

 

 現状捕まっていないことだけでも収穫である。

 しかし隙を見て逃げられたのなら、敵の本拠地を見つけても仕方がない。

 

「(仮に捕まっても、最後はここに連れられるはずよね……って、捕まるのを待ってどうするのよアタシ!!)」

 

 意思や感情のないNPCの救出作戦であれば確実性を重視するが、ヨルコが怖い目に遭ってから助けているのでは遅い。彼女が捕まってからの一網打尽は論外なのである。

 という決意のもと、非効率を承知で物陰を移動。散乱する木箱などをカバーにしつつ、敵の1人が最短距離に近づいたアリーシャは、隙を見て一気に物陰から突撃した。

 

「ん……な、なんだこいつ、どこからッ!?」

 

 反射作用(リフレックス)で戦闘体勢にはなれたものの、男はアリーシャの速度と筋力値に追い付けなかった。

 直後にけたたましい重音が炸裂する。

 

「遅いのよっ!」

「ぐァああっ!? くそ、速い!?」

「敵襲ぅー!! 武器を取れー!!」

 

 アリーシャは迷いを切り捨てて剣を振るった。

 完全な奇襲で1人、武器を手に取る前にさらに1人、ソードスキルの正面衝突で敵をゴリ押しすることでまた1人。あっという間に3人を注意域(イエローゾーン)へ叩き落とした。

 当然ポーションやらクリスタルやらで回復を繰り返してくるだろう。しかし5分そこそこも戦えば、必ず敵側の方が先に非常用の物資を使い果たすはず。それにメインアームを折ってしまえば敵にどれだけ回復ソースがあろうと関係なくなる。

 時には人数を生かした挟み撃ちを、時にはやけくその特攻をかましてくる敵を、アリーシャは冷静に(さば)いていく。

 

「セヤァアア!!」

『ゴアアああっ!?』

 

 男達は束になっても役立たずだった。

 1人がレンガ水槽にドボンッ、と落ちていき、敵の戦意はほぼ喪失したようだった。

 

「ハァ……ゼィ……つ、つえぇ……ッ」

「ハァ……ハァ……さあ、後がないわよ。ハァ……あんた達の言い訳は、署でたっぷりと聞いてあげるわ。それよりヨルコをどこに……ッ、上!?」

「飛んで火に入る夏の虫ってなァ!!」

 

 ガチンッ!! と、寸前までアリーシャが立っていた場所に火花が飛び散る。

 また真上から。一辺倒な戦法だ。

 しかし敵の援軍だとしても、簡単に後ろを取られたこと、何より乱入者の手に握られたタルワールが、先の5人とは比較にならない業物であることに驚いた。

 アリーシャは瞬時に敵の装備を分析した。

 知性を感じさせないファンキーな声、やる気のない構えに騙されてはいけない。地味だが彼のブーツは加速をアシストするレア物。他のアクセサリーもレアとはまではいかないが前線で通用するレベルだろう。チャラチャラとネックレスやゴーグルのようなものを首に下げ、海賊袈裟のように羽織(はお)る防具も見た目以上の防御値を誇っているはずだ。

 抜け目ない眼光1つとってもやられ役の雑魚キャラではない。一流の装備にも追加の強化や手入れが行き届いており、ダンジョン侵入直後の下っぱの発言にあった『ボス』という単語が頭にチラついてくる。

 そして、その予想は的中した。

 

「ボス! 待ってやしたぜ!」

「サクッとやっちまってくだせぇ!」

「……やっぱあんたが。……ふふん、ずいぶん弱っちい部下を何人かそろえたみたいだけど、アタシはもう8人も倒しちゃったわよ?」

「……ひ……ヒ、ヒィーヒッヒッヒ! 『忠実な下僕』が11人。……それを束ねる俺は1人。そしてェ……? なんと! 戦闘員も俺1人(・・・)なんだなァこれが!」

「なにを……言って……?」

 

 支離滅裂な発言に見えるが、ただの狂人ではない。目の前の男が言葉でかく乱する目的であることは理解しているが、それでも発言の意味がわからなかった。

 人を小バカにしたような仕草で大柄男は続ける。

 

「わかんねェかなァ? お前がチマチマ倒して縛り上げた最初の3人も、そこでたむろってた5人も! 『戦闘員』じゃあねェんだよ! イキがってもらっちゃ困るなァ!!」

「(な、なんで最初の3人のことまで……まさか!?)」

 

 振り向くのと同時に、大柄な男とアリーシャの対角線(ダイアゴナル)上から毒塗りのナイフとダガーが飛来した。

 ガッ、ガガ!! と、際どいところですべての武器をシールドで弾く。姿勢を低くしてどうにかそれらを(しの)ぎきったと確認すると、今度は攻撃したプレイヤーを視認した。

 すると……、

 

「やっぱりッ……アタシが倒した人達が……!!」

 

 捕獲は無意味だった。戦闘力は脅威に値しないが、視界の端に映る猫背のプレイヤーには見覚えがある。最初の遭遇戦で無力化した毒武器専門の男だ。

 おそらく、後方に戦闘を観測する人員を置き、縛ったプレイヤーを開放していったのだろう。潜伏しているだけで、あと2人も戦線に復帰していると考えるのが妥当。

 

「そういうこった。ハナッから負けるつもりでテメェを誘導したんだよ。……ってことはだなァ、オメーさんは散りばめたチーズの欠片にホイホイ食いついた挙げ句、ネズミ取りにかかった哀れなネズ公ってわけだ!! ハッハッハァ! 自分でゴールに辿り着いたとか思っちゃったかなァ!?」

 

 男は傲慢(ごうまん)だが、その自慢癖が数少ない弱点でもある。

 とはいえ、これはアリーシャにとって圧倒的な劣勢。

 無力化に失敗した敵が3人と、ロープの束縛から解放した1人。アリーシャが奇襲した、無防備にたむろしていた者が5人。新たに登場した『ボス』らしき人物と、その部下が追加で2人。敵の合計は12人。実質的には1人+αだが多勢に無勢。

 ルガトリオとペア戦ならまだしも、全員の相手をして正攻法による撃破は難しいと判断した。

 

「(ヨルコはまだ見つけてないのか、それとも隠しているだけ? なんにせよ、ルガ君がいないなら全員の相手は無理……一気に敵のトップを叩くしかない!!)」

「お? ……おおっ!? よく見たらこいつレジクレじゃねェか! ブロンドウェーブのグラマーってことは、おめーさんは『アリーシャ』だな!? ヒャッハッハァ! わざわざ美人さんがこんな巣窟に飛び込んでくるたァ、もうけ話があったもんだぜ!!」

 

 アインクラッドに《タバコ》というアイテムはないが、いかにもヤニの臭いがしそうな笑みを浮かべると、褐色肌の大柄男はタルワールを構えた。

 それが合図だったのだろう。直後に死角からまたも毒塗りの投擲(とうてき)武器が迫る。

 しかし、これはアリーシャの読み通りである。

 部下を使った牽制を読んで、すでにラウンドシールドで隠しながらポーチから《解毒結晶》を取り出していた。大きなシールドは腕に装着すると手元が隠せることから、この小技は対モンスターよりも対プレイヤーによく効くのだ。

 アリーシャは敵の攻撃に合わせて「リカバリー!」と叫びながら、あえて下がらず前に出た。

 

「なにッ、この女!?」

「バレバレよ! そんなものッ!!」

 

 《解毒結晶》により数分は毒を受けつけなくなった。こけ脅しにもならなくなった部下のデバフ攻撃と失策に苛立ちながら、大柄男はワンテンポ遅れてアリーシャの攻撃に対処する。

 さすがにソードスキルを発動する隙はなかったが、インファイトを仕掛けたアリーシャと男の距離が近すぎるため、外野は手出しができない状況に(おちい)った。

 人数差はこうした工夫でも切り返せる。

 

「まともな戦力が! あんた1人だからこうなんのよ!」

「く……クソッたれ、こんな手でッ」

 

 アリーシャは連続攻撃の途中でわざと剣を大きく振りかぶった。そして敵が両手でタルワールを水平に構えるのと同時に、鋭い足払いで敵のバランスを崩す。

 決定打となるフェイント。

 ゴキンッ!! と、直後に炸裂した渾身の一撃は敵を5メートルもぶっ飛ばした。

 

「ぐがァアアアアアっ!?」

「嘘だろ、ヤベェぞこれ! あんな女にボスがッ!!」

「これでトドメよ!!」

 

 取り返しのつかないディレイを尻目にソードスキルを発動させた、直後だった。

 

「な~んてな」

「なっ……!?」

 

 (くら)むような閃光が空間を包む。

 視界がすべてホワイトアウトした。それが《閃光弾》による敵の部下の援護射撃だと気づくのに、アリーシャはたっぷり3秒も費やしてしまう。

 

「し、しまった……ッ」

「《対閃光ゴーグル》に気づかなかったかなァ? まあ、邪魔なもんまでチャラチャラぶら下げといたからなァ!」

 

 ゴッ!! と、腹部に強烈な蹴りが入った。

 続いて耳の近くで《威嚇用爆弾》が炸裂し、足元で小規模の爆発も起きる。

 人間は情報の9割以上を視界から得る。盲目(ブラインドネス)にかかったアリーシャは一方的なリンチを受けた。

 少しずつHPが削られる度に――《盲目》中でも、視界の左上には名前とHPは常に表示される――焦りと悲鳴が表面に出る。

 認めざるを得ない。確かにこの男は部下の『使い方』がうまい。これだけの人数がいてなお単純戦力として扱わず、最大限に効果を発揮させるやり方は今までにないスタイルである。まるでポーンしか動かせないチェス盤のようだ。

 ただし、キングが1人という絶対的ルールは生きている。奴隷のように部下を使役するリスクは最終的にはそこにある。

 だから……アリーシャがこの男に勝てば、盤上の危機はひっくり返せる。

 

「(まだ諦めてたまるか!)」

「おっ!? がむしゃらに暴れて時間稼ぎか! いいねェ、そういう泥臭い努力!!」

 

 最後のセリフでまた横腹を蹴られ、アリーシャは軽い悲鳴と共に倒れてしまう。

 

「そろそろかァ!? 視界が戻るぞォ~……はい残念ン!!」

 

 アリーシャが視野を取り戻すのとほぼ同時に、またも《閃光弾》が投げ込まれた。

 もちろん、普通に攻略するだけなら常備する必要のない《対閃光ゴーグル》により、何発《閃光弾》が投げ込まれようと大柄男にはなんら影響はない。

 

「そ、そんな!? ッ……こんなの卑怯よ!」

「卑怯ときたか!? 作戦と言って欲しいね! だいたいクリスタルで対策とか、単調すぎて話になんねーよ女ァ!!」

「く、あァあああ!?」

 

 アリーシャは口惜しさと情けなさで唇をかんだ。

 戦いに勝つどころか、ダメージの入らない攻撃で遊ばれ続け、文字通り手も足も出ない。先ほどからわざと局部に近い場所ばかり攻撃され、彼らはそれを嘲笑(あざわら)っている。

 それでも、部下の11人は手を出してこない。本当にこの男は、自分以外の部下の戦闘力を無視している。

 戦術は驚愕に値するが、問題はこれを覆しようがないことにある。

 

「ああ~最高だぜ! 防戦一方の美人さんが喚くのは、そそるなァ! まだ耐えれるかァ? ほらもういっちょォ!!」

「きゃあああああああっ!?」

 

 シールドで防ぎきれなかった衝撃が伝わり、フロアの壁まで吹っ飛ばされた。胸部の防具に大きな亀裂が入ると、間髪入れず無抵抗になったアアリーシャ大柄男が片足で踏みつけ、さらに利き腕を躊躇(ちゅうちょ)なくタルワールで突き刺す。片手用直剣が手から滑り落ちるのを確認すると、男は突然質問してきた。

 

「健気だねぇ。テメェらは負けると頭で理解した戦いでもホント~に最後まで諦めねぇのな。感服するよ、秘訣でもあるのか?」

「くっ……まだ負けてなんか……」

「……ったく、この女は回転が鈍い。じゃあヒントな。『テメェら』ってワード選んだのは、なんか気にならねェ?」

「え……? あっ……そんな、あんた! ま、まさかもうルガ君と戦ったっていうの!? ならっ……彼になにをしたの!」

 

 アリーシャは今度こそ激しく動揺した。

 まさか。そんな。あり得ない。

 だとしたら、この敗北の遅延行為に、ほとんど意味がなくなる。

 

「助けを待ってたんだろお前! 援護があれば逆転できるって! ハッハァ、それが厄介だから部下の大半をお前に当てて時間を稼いだんだ!! ケケケっ……来ねェぜあいつは! この手で先に殺しといたからなァ!!」

「なっ、そん……な……はずは……ッ」

「そんなはずはないかァ? 爆音に大声に光の玉! こんだけ暴れてもまったく気づかず、まだ迷路をさ迷っているとでもォ!? いい加減認めろよアバズレェ!!」

「くぅっ……ぅ……く……!!」

 

 グリップを(ひね)られると、手を貫通するタルワールがさらにゴリゴリと食い込む。

 男にとって、アリーシャの目論(もくろ)みはすべてお見通しだった。

 最初から逆転の芽は摘まれていた。高レベルのルガトリオが敗北したのなら、この男に単独で勝てる可能性は最初から低かったことになる。

 ……しかし。

 まだ負けてはいない。ルガトリオが死んだ? そんな証拠はない。

 アリーシャにできることは、可能性を信じて、いつもジェイドが口すっぱく言っている命令を実行することだけだ。

 

「……だいたい、あんた達はどうやってこれほどまでの人数を……ッ」

「おっ? てめェも追い詰められたら冷静になる口だな。別に知ってる奴は知ってるし、いいぜ教えてやっても。……つか、てめェらとまったく同じ方法だがな」

「アタシ達と同じ……? まさか、ギルメンの途中参加!?」

 

 海賊服の男は気分をよくしたのか、真っ黒なゴーグルを着けたまま、嬉々たる気持ちをオーバーアクション気味に笑いだした。

 聞いたことがある。

 例えば、ギルドAの構成員が個人の自由意思で組織を抜け出せる仕様なら、ギルド共通ストレージから(コル)やアイテムを持ちパク(・・・・)される危険性がある。もちろん、それを許せば大損害である。だから組織を抜けるには、ギルドAの代表者(ギルマス)による承認が必要となる。

 だがこれは、裏を返せば脅されて強制参加させられたメンバーが絶対に抜けだせないことになってしまう。

 そこで疑似的な束縛を防ぐため、例えば他のギルドBからギルドAの構成員に《ギルド招待メッセージ》を送れるのである。言葉通り、それに承諾すればギルド脱退と別ギルドへの移動手続きが完了する。

 これが、いわゆるプレイヤーへの救済措置。

 もっとも、その通知はギルドAのリーダーに届く。それゆえにアイテムを盗んでトンズラはお互いにできないことになる。

 大柄男はアリーシャに構わず楽しそうに答えた。

 

「奇遇だが、俺もとあるギルドの長をやっていてね」

「そんな……だったら最初から……!!」

「イッヒッヒッヒ! そう、4人にはあらかじめ《ギルド招待メッセージ》を送っておいたのさ! 回答はしばらく保留にできるからな。《黄金林檎》だか知らんが、時間差で承諾ボタンを押すことで、いつでも! そして好きなタイミングで俺らのギルドに戻って来られる状態だったのさ!! さらに同じギルメンは一時的な(インスタンス)マップを共有する! 遅れて発車した俺ら全員がここで合流できるって話よォ!!」

 

 この手順を応用すれば、ルガトリオの言っていた『クエスト報酬の重複受け取り』も夢ではなかった。まさに超スピードレベリングを実現せしめる立派なシステム外スキルである。この発想力を売ればコルにだってなったはず。

 この悪党達は、その手段を最悪な目的に使用した。

 

「……く……っ」

「やっと諦めたか? なァに安心しろ、幸いお前は顔がいい。大人しくしてりゃ痛くはしねェよ」

 

 絶体絶命。しかし、おしゃべりな男が懇切丁寧な情報提供をしたことに、アリーシャは感謝すらしていた。これで聞きたいことはあらかた聞けたからだ。

 逆転の段取りもシミュレートする。あとは……

 

「死ねッ! クレイジー野郎!!」

「なにィっ!?」

 

 アリーシャは左腕の盾装備をバレないように解除していたのだ。

 左手が自由になると、今度は足の側面に掌底(しょうてい)を食らわせる。

 前のめりになった敵の腰めがけて真下から蹴りを炸裂。「ぐおおおっ」と股間を痛そうに押さえるのを無視し、頭部に装着されたゴーグルをひっぺがして投げ捨てた。

 そして大柄男がレンガの床をのたうち回っている間に改めて盾を拾うと、即座に反撃に出る。

 

「これで小細工もなし! あんたみたいなモブ野郎には! 絶対負けないのよ!」

「ぐっ、クソッ! ふざけた女だ、この期に及んで……ッ。いちいち抵抗すんなァ!!」

 

 大柄男に正真正銘の焦りが見えた。ここでアリーシャが距離を開けずに攻め続ければ、部下はオウンゴールを恐れて飛び道具を放てない。対閃光ゴーグルを除去したため《閃光弾》も無論だ。

 そしてある事実が浮上する。

 やはりこの男の単体性能はそれほど高くないということだ。それなりのレベルとそれなりの装備をした、ただそれだけの男である。

 ビーストテイマーのように部下を使役している間は比類なき厄介具合だが、こうして武装を剥がすと、もれなくガタガタの基礎があらわになる。その点、嫌というほど堅実な戦いを反復した攻略組は、ピンチになろうとイレギュラーに()おうと、常に安定した戦力を発揮できる。

 大柄男はとうとうHPを危険域(レッドゾーン)寸前にまで追い詰められた。

 

「ぐっ……くそ、こんなクソアマに……ここまで……っ」

「ハァ……ハァ……そうして地に伏してる方がお似合いよ……!!」

 

 男の首筋に剣を突きつける。部下はそれだけで身動きがとれないでいた。

 趨勢(すうせい)は決した。思った通り、男の部下は考えることを放棄している。即物的な欲求を果たすために言いなりになって、負けろと言われたら唯々諾々(いいだくだく)と戦いに負け、プライドも捨てて責任者を(はや)し立て、どんなにバカにされても言い返さない。まるで木偶(でく)人形だ。

 キングが取られたら敵は終わり。という、アリーシャの読みは正しかった。

 ただし……、

 

「……くぅ~敗けだ敗けだ。まァさか最終手段まで使うハメになるとはな……」

「な、に……!?」

 

 キングを取ったという先走った認識だけが誤りだった。

 今の言葉が合図だったのだろう。アリーシャは男に剣を向けているというのに、高所で待機し続けていた部下2人がゴソゴソと動き出したのだ。

 

「なにをしてるの! 動かないで! 動くとこの男を殺すわよ!」

 

 アリーシャとて、過去に2人もプレイヤーを殺したことがある。忘れもしない。自分を都合のいい女としてしか見なかったロックスと、そしてDDAに加盟したばかりの罪なき男性オーレンツ。彼らをこの世界から退場させたのは紛れもなくアリーシャだ。

 これを最終手段にするだけの良識はあるが、やれと言われたらやれる自信はある。

 しかし大柄男はともかく、怪しい動きを見せる部下2人はここから数メートルほど高い位置にいた。最初にこの大柄男が頭上から攻撃をしかけられた理由だ。

 当然、高低差ゆえに彼らの手元が足場によって隠れている。

 

「いいね~。そのタレ目で、こんな強気な女だとは思わなかったよ」

「黙りなさい」

「……ああ、そっか。そういやあんた、ラフコフにいたんだっけ? ど~りで戦い慣れているはずだ。……いや、この場合は人の心理を読み慣れてるって言った方がいいかァ?」

「黙れと言ったのよ。あんたも部下も、必ず牢獄送りにしてやるわ!」

「おいおい。あいつらがただの観戦客とでも思ってんのか。言ったろう、テメーんとこのクソガキと戦ったって。……その戦利品だよ。あれを見な」

 

 男がアゴをくいっ、とやると、アリーシャは男に注意しながらゆっくりと振り向いた。

 そして、信じられない光景に言葉を失った。

 3人目のプレイヤーが見えたのだ。白いレディースの肌着のみを身に付けたヨルコが、両手と口の自由を奪われた状態で2人の男に立たされていたのだから。

 先ほどアリーシャの《索敵》スキルにヨルコの反応がなかったことから、おおかたサーチ妨害用の使い捨てアイテムで、数分間だけプレイヤー反応を隠したのだろう。

 手詰まりである。

 今にも恐怖で泣き崩れそうなヨルコの首に鋭利なナイフを突きつけられた時点で、もはやアリーシャと彼らに『勝負』はない。あるのはヨルコの安全のため、彼らの要求を素直に受け入れなければならないという現実だけ。

 

「その悔しそうな顔を実力で引き出したかったんだがなァ。……クックック、まァいいか。さて、武器を捨てるかあの女を捨てるかだ。この高さじゃひとっ飛びとはいかないぜ?」

「そん……な……っ」

 

 握りしめた手が鬱血(うっけつ)する。アリーシャは悔しさで眩暈(めまい)がした。

 男性恐怖症になりかけたあの経験は、まだトラウマである。

 かつての中堅ギルド《夕暮れの鐘》。アリーシャがコンビではなく、初めてギルドとして集団行動をした居場所。そのギルドマスターであるロックスは、アリーシャに激しい好意を寄せるあまり暴走し、部下5人と共に(はずか)しめるような行為を迫ったのだ。

 あのとき味わった恐怖は、一生忘れることはない。

 あの恐怖がよみがえる。

 

「……っ……武器を捨てるから、ヨルコの安全を約束しなさい」

「……クヒッ、クヒヒヒヒヒ! 名前も知ってんのか! なんだよ、ガキの元カノかと思ったが、おめェらも知り合いだったとはね! だったら早くそう言えや!」

 

 大柄男は悠々とポーションでHPを回復すると、また頭の中で悪巧みが働いたのか、満面の笑みを浮かべた。

 

「おめェら! どっちかが《ハラスメントコード》を使ったら、その時点でもう片方の女を殺す! お仲間さんを見捨てるなら、好きなタイミングで誰かを牢にブチ込みな! ただし確実に片方には死んでもらうぜェ!!」

「なん、てことを……っ!!」

 

 自分の失言は取り戻せないが、卑劣なやり口である。

 これでヨルコやアリーシャの束縛を解いたとして、そのどちらかが反抗的な態度をとればもう一方が犠牲になる。あくまで抵抗する意思を削ぐ気だろう。

 

「フッヒッヒッヒ。俺を愚弄した時点で殺されないだけマシと思うんだな。女の保証とかは知ったこっちゃないが、さて……。おーい、おめェらも全員降りてきていいぞ! ……さあ、まずはレジクレのアリーシャからだ。なにから始めるか……」

「女の武器は運んどきますぜボス」

「トリップショーやりましょうよ! 恒例じゃないっすか!」

「こいつは久々に見ものだ! おい、《記録結晶(メモリー・クリスタル)》を用意しとけよ!」

 

 ゾロゾロと男たちが集まってきた。単純な戦闘であれば部下11人程度、数分で片付けられるレベル差だが、ヨルコの安全を考えるとアリーシャは命令に従うしかない。

 

「自発的なのもいいが、たまには俺らの方からってものオツだよなァ!」

 

 言うやいなや、大柄男はアリーシャの胸当てを無造作に引き剥がした。

 ガコッ、という音がして、すでに亀裂の入っていたブラストプレートが地面に転がる。あらわになった無地のインナーを見て、おお!! という歓声が上がった。

 ここまでは不可侵扱いではない。ゲームのルール上では、外部からの衝撃や圧力で破壊、除外が可能だ。手入れもせずにモンスターと戦い続ければ、いずれ防具が剥がされて同じ現象も起こる。

 しかしこれは、人の手による能動的な結果だ。服の間に指が入り込む瞬間のおぞましい感覚は、本来プレイヤーが感じる必要のない不快感である。

 

「ヘッヘッヘ、ウワサ通りの体つきだなァ」

 

 まだ肌が露出したわけではないが、これだけでも()え難い屈辱だった。

 男達の()め回すような視線が顔から胸部に至ると、顔を覆いたくなるほどの恥ずかしさから、アリーシャは途端に体中がカアッ、と熱くなった。

 冷や汗が流れる。拳をもっと強く握りしめる。

 それでも文句は言えない。すでにほとんどの衣類を脱がされてしまっているヨルコは、ここに立たされているだけでも耐えがたい恥辱を受けているのだ。

 

「(でも……怖い! アタシだって、こんなの嫌! 誰か……誰か助けてよ!!)」

 

 無力を実感すると、視界が(かす)んだ。泣いても意味などないのに。

 あまりの恐怖に足の震えも止まらない。

 大柄男が今度は腰当てに手を伸ばす。その(いや)しい手つきは、ロックスとギルドメンバーによるトラウマな記憶をより鮮明に呼び覚ました。

 少し離れたところでヨルコも脱衣を強制されている。初めは彼女も嫌がったが、アリーシャの顔を見ると、大柄男のセリフを思い出し、互いを庇うために指示に従う。

 次々と追加される指示通りその場にしゃがみこみ、無抵抗に手を後ろに回す。これでアリーシャは、体の自由を敵に委ねたようなものだ。

 

 

 

 男の笑い声と息づかいが、目をつぶっていても五感に無断で入り込む。

 現実逃避するかのように、自然と意識が、判断力が遠退いていった。

 

 

 

 その直後だった。

 ゴガァアアアアアアッッ!!!! と、突然爆音が鳴り響いた。

 なんの冗談だろうか。慌てて目を見開いた時には、大柄男のいかつい顔の向こうで、大人が5人もスローモーションのように宙に浮いていたのだ。

 アリーシャは絶句し、大柄男は「は?」という、たった1つの短い言語を口から発音するのがやっとだった。

 振り向くそのマヌケな顔面に、磨き上がった棍棒がフルスイングで叩き込まれたからだ。

 ゴゥンッ!! と、またも鼻面から骨に響く嫌な音が鳴った。

 

「ゴッギャァアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」

 

 人にあるまじき顔に変形しながら、凄まじい運動エネルギーを受けたからか、男の体は低空を水平に飛んでいった。

 最低男をブッ飛ばした人物は静かに佇む。

 アリーシャは目の前に立つ人物の正体にようやく気づき、饒舌(じょうぜつ)に尽くし難い安堵から、抱きつくのも忘れて(ほう)けてしまった。

 

「遅くなってごめん」

「ルガ君……よかった……本当に……っ」

 

 ルガトリオが見たこともない殺気づいた眼光をして立っていたのだ。

 それでも、助かったことに歓喜し、アリーシャの返事はつい涙声になった。

 ルガトリオは男に殺されてなどいなかった。無事だったのだ。そして危険も(かえり)みずにアリーシャ達を助けてくれた。

 

「ヨルコさんはアリーシャさんに任せるよ。僕はあいつをやるから」

 

 上着を脱いでアリーシャに被せながら、彼はまた一層と敵意の濃度を上げて射抜く。

 

「く……そったれがァ……どうなっていやがる!? 死んだはずだ! 《水泳》スキルかッ……いや、最深部は光も届かない。鍵を見つけられるはずがッ……トラップは外せなかったはずだァ!!」

 

 魔法はない……光源は炎しか……奴は水中に……などと、ブツブツと文句を垂れながら大柄男は辺りを見渡す。

 そして彼は壁に立て掛けてあったタルワールを無我夢中で拾うと、鼻を真っ赤にさせながらアリーシャ達に迫ってきた。

 

「負け犬はおとなしく死んどけッてんだ、こいつよはよォオオッ!!」

「ッ……シアアアアっ!!」

 

 しかし、ルガトリオは怒りのピークすら通りすぎ、すべて爆発させていた。

 左からまっすぐ迫るタルワールを、左手で持った棍棒を地面に叩きつけるように突き立て、甲高い金属音と共に完全に()き止める。

 そのまま武器を離し、左手で相手の胸ぐらを無造作に掴むと、完全にキレた感情を集約させた右の握り拳を、全体重が乗ったまま情け容赦なく顔面に食い込ませた。

 ゴキュッ、という肉切れ音が鼓膜に届き、アゴが外れたような顔をした大柄男がベクトルを反転したように無様に吹き飛ばされた。

 

「ゴブふぇロゴゴガァっ!?」

「……頭にキたよ。なにがアホらしいだ……達観したつもり? きみの、人を使い捨てるようなやり方も……自分勝手な行動も全部!! 僕は絶対に許さないっ!!」

 

 垂直に突き立てた棍棒が倒れる前に柄を掴み直すと、ルガトリオは油断なく大柄男に接近し、骨ごと潰さんばかりの筋力値で追い討ちをかけた。

 クレーターでもできそうな一撃からほとんど這うように脱出すると、焼けた褐色肌が青ざめるような表情で制止をかけていた。

 

「まっ、待て待て! 俺が悪かったよ! もう悪さはしねェ、これっきりにする! ハァ……ハァ……ったくよォ、おふざけじゃねェか。ハハッ……ハァ……ただ、1つこれだけは教えてくれないか? ゼィ……あんた、あの状況からどうやって抜け出せたんだ……ッ!?」

「……ふん。あいにく、《鍵開け(ピッキング)》スキルを完全習得(コンプリ)済みでね。鉄球付きだろうが、あんな足枷じゃ僕は止められないよ」

「ピッキング……チッ、あァそんな手があったか! 2度手間とらせやがって! きっちり堕ちとけよこのクソガキィ!!」

「……いい加減ッ、その心理戦もくだらないねっ!!」

 

 姑息(こそく)にも喋りながら態勢を整えた男も、策が尽きたのかひたすら特攻兵のように突撃する。しかしその剣は、ルガトリオに軽くあしらわれる。戦意に燃えたぎる彼の足元にも及ばなかった。

 

「ガァアアアっ!! なんなンだよ、このガキはァッ!!」

 

 いくら叫んでも好転しない。やはり、彼単体ではまともな戦闘はできない。作業ゲーのように怠惰なレベリングを繰り返したとしても、レベルと装備を騙し騙し前線プレイヤー並みにしても、結局は本人のバトルセンスや技術力はほとんど向上しないのだ。

 組織のトップを心配そうに取り囲む周りの11人の部下も、とうとう与えられた命令が品切れなのか棒立ちしているだけだった。アリーシャが自分の武器を拾いに行く間にも妨害はなく、背中に隠れるヨルコへ危害を加える素振りも見せない。本当に電池切れの人形のようだった。

 業を煮やした大柄男は、自分を助けるように裏返った大声で指示を出すと、やっと自分達の置かれた状況を理解したのかノロノロと応戦準備を整える。

 

「(アタシはヨルコから離れられない……このままじゃまずい! ルガ君っ!)」

 

 しかし心配は杞憂だった。ルガトリオが殺意に溢れる(にら)みを利かせただけで、取り巻き連中が(すく)み上がってしまったのだ。

 なんと情けない。小柄なプレイヤーに(にら)まれるという、たったこれだけの行動で士気が落ちきった。彼らの希薄な信頼関係は、こんなところでも浮き彫りになる。

 

「(こんなに動けないんだったら……!!)」

 

 なるべくヨルコから離れないようにしつつ、アリーシャは部下11人への攻撃を開始した。その効果は覿面(てきめん)で、1発で武器をロストした者までいる。

 すると、自分達の決定的な劣勢をようやく理解したのか、こんな言葉が聞こえてきた。

 

「む、無理だぁ! もう無理なんだよこれはっ! 作戦がない!」

「おっ、オレっちは先に逃げるぞ! 巻き添えはゴメンだー!!」

「あー!? ズリィぞ、だったらオレも逃げてやる!」

 

 なんと、ヨルコの逃走対策としてまだ《黄金林檎》メンバーでいた人達までメインメニューから『クエスト破棄』を選択していたのだ。

 その影響は即座に現れた。すでにクエストを破棄していたヨルコと合わせて、最初にこのダンジョンに侵入した《黄金林檎》扱いのプレイヤー全員がクエストを諦めたことになったからだ。

 

「あ、あれ……体に光が!? これって転移なの……?」

「そうみたいね。……あっ、これアタシの服、早く着て。向こうにアタシ達の仲間が待機してるから、状況を説明したら保護してもらいなさい」

「うん……本当にありがとう、アリーシャ。この恩は一生忘れない!」

 

 敵の下っぱ3人とヨルコの転移が完了した。

 しかし敵のボスが『クエスト破棄』を選択しない、正しくはルガトリオとの戦闘中で選択できないからか、残る8人の雑兵はいつまでたっても転移ができないでいた。

 

「ちくしょ~、こっちはボスがクエストを破棄してくれないと逃げられねぇよ!」

「逆に閉じ込められてんじゃねぇか! 冗談じゃないよまったく!」

「お、オレっちがボスを助ける! いや、ていうかやっぱりみんなで助けよう! 勇気を出すんだよ! あの男さえいなくなれば、そしたらみんなで脱出を……」

「させると思う?」

 

 頭痛がするほどのんびりと方針決めをしている連中の後ろに立つと、アリーシャは距離の近いプレイヤーめがけて片手剣を真っ先に振り抜いた。

 対応能力の低い彼らからは、雄叫びは上がらないが悲鳴は上がる。元々、8人だろうが11人だろうが彼らだけなら敵ではない。

 どうにか防具や盾で(しの)ぎ、タゲを押し付けあって逃げるのがせいぜい。8人は鬼ごっこでもするかのように辺りを走り回った。

 しかし彼らを殺しきらなかったことが災いした。

 

「ちっくしょおおお! こうなったら買い溜めした爆弾の大安売りだ!」

「よし来たオレっちが着火する! トリアンは持ってる油を全部床に捨てるんだ!」

「ば、バカやめなさい! こんな密室でそんなことしたら!!」

 

 無知ゆえに無謀。あまりに自分らが扱う武装のことを理解しておらず、アリーシャはその奇天烈(きてれつ)な作戦の制御に間に合わなかった。

 量も計らずそこらを走りながら大量の油が撒かれ、ストレージにあった樽型導火線爆弾をテ適当にオブジェクタイズ。着火剤が無造作に投げ込まれると、凄まじい火災が発生し、続けざまに爆発音が四方八方から膨れ上がった。

 

「うわぁああああああ!?」

「あちっ、あっちィいいいいいいいいい!! 油撒きすぎたぞこれェ!!」

「冗談言うな、爆弾が多すぎたんだよ!! 誰だよこんなにィ!」

「きゃあっ!? ……くっ、もう! あんた達ホントにバカなんじゃないの!!」

 

 手のつけようがなかった。ドガッ! ドガッ! と散発的に爆発が起こり、視界一杯にもうもうと煙が立ち込める。肌が焼けそうな熱風が迫り、火の手も広がって行動も制限された。

 敗戦濃厚だからと、まさか破れかぶれな自爆特攻をかましてくるとは考えていなかった。下手をすれば仲間も傷つける行為である。

 しかも視界を一時的に奪われたせいで、ルガトリオと大柄男を見失った。どちらが勝利するにせよ、そろそろ決着がつくはず……。

 

「し、仕方ねぇ! あれだよあれ! ギルドを強制解散させるやつ!!」

「《解散の多数決》だな!? そうだよ、それで過半数が越えたらギルドは解散だったじゃないか! 初めからこれでよかったんだよ!」

「よし、みんなで脱退を選んでさっさとここから逃げよう!」

 

 おそらく彼らは、メンバーの過半数がギルドの存続に異議を唱えた場合にそのギルドが強制解体される、プレイヤー側に与えられた民主的権利のことを言っているのだろう。アリーシャはメニューから見ようとしたこともないが、その機能名は《解散の多数決》で合っているはず。

 そして彼らはギルドの存続が不可能と判断したのか、それをここで行使しようとしていた。確かにこれならギルドは消滅し、ギルドメンバー全員が『クエスト破棄』を選択しなければ脱出できない、という前提も消える。

 もはや構うだけ無駄。先に逃げた3人を見れば外で待っているジェミル達だって事情を察するだろう。即刻捕まって牢屋行きである。

 

「(じゃあアタシは見失った2人を……)」

「アリーシャさん、うしろだ!」

「えっ……ッ!?」

「おせェんだよクソアマァアアアアア!!」

 

 いきなりガバッ、と後ろから首を絞められた。鋭く手首を捻られ、気の緩みも重なっていたのか武器を落としてしまう。

 首に巻き付く褐色肌の腕は間違いない、大柄男はまだ抵抗を続けていたのだ。

 恥ずべき油断。暴走する手下連中にばかり気を取られていたが、煙とファイアフラッシュを逆手にとった接近である。

 

「ハァ……ハァ……どォオオだクソガキィ! ゼィ……てめェ追い詰めたつもりだったろ! ハァ……フヒ……フヒャヒャヒャヒャヒャ!! またまた形勢逆転だなァおい!」

「くっ……」

 

 男はせわしなくまくしたてた。

 余裕のない敵は、それでもなおタルワールを構え抵抗の意思を見せる。

 

「ハァ……クソッタレが滅茶苦茶だ! いいか、使いきったクリスタル代は高くつくぞ! 必ずその身でツケを払ってもらうからなァ! ゼィ……と、とにかくだ! 女の命が惜しけりゃ今すぐ武器を捨てなァ!」

「……最後にもう1回だけ言う。その汚ない手でアリーシャさんに触るな……!!」

「あっそォかよヒーロー気取りィ! 墓の前で一生詫びてろォ!!」

 

 煙と(すす)でさらに真っ黒に汚れた男が、それでも狂ったように刃の欠けたタルワールを振りかぶる。

 だがルガトリオの方が一瞬速かった。

 なんと、巨大な棍棒を溜めなしでブオッ!! と投げつけたのだ。

 アリーシャは同時に合気道の要領で鳩尾(みぞおち)に当て身をすると、緩んだ束縛を見逃さずその場で素早くしゃがむ。

 男の喉仏の辺りに鈍い音と共に棍棒が突き刺さると、今度はえずく男に追い討ちをかけていた。

 

「アリーシャさん、僕のを拾って!!」

 

 指示を出しながら疾駆(しっく)するルガトリオは、厳しい剣幕のまま相手の右手をガッチリと背中に固め、なんとチャラチャラと首にぶら下がっていたアクセサリー郡を全部掴み、手加減もなしに引っ張ったのだ。

 「コヒュっ、コヒュっ……!!」と、酸素ボンベの失敗作のような息遣いが聞こえる。

 腕をガッチリ決められ、自身のアクセサリーで息も止められ、ブクブクと泡を吹き始めた大柄男の前に、アリーシャは拾い上げたルガトリオのメインアームを片手に立っていた。

 意識の飛びかけた男の耳元に、ルガトリオは静かに語りかける。

 

「この教訓は僕からのプレゼントなんだけど……『忠実な下僕』より『大切な仲間』だよ」

 

 皮肉を言われた男は、もはやその言葉に反応することもできなかった。

 経緯がどうあれ、結果的にこの大柄男は大敗を(きっ)した。少し臆病なほど慎重に、丹念に、念には念を押した作戦はすべて破られたのだ。

 アリーシャは恵まれているのかもしれない。今日1日でさんざんな目には遭ったけれど、こうして挽回(ばんかい)のチャンスを与えてくれる仲間に出会えたのだから。

 

「ありがとうルガ君。終わりにしましょう……」

 

 残念ながら《両手用棍棒》スキルはスロットに入れていないため、鬱憤(うっぷん)すべてを晴らすような大技ソードスキルは放てない。

 だからせめて、アリーシャは恨み辛みを凝縮(ぎょうしゅく)させるように武器を溜めた。

 そして……、

 

「一生詫びてなさい! この変態男ォっ!!」

 

 ズドォッッ!! と。全霊を込めた一撃を脳天に叩き込んだ。

 潰れたカエルの様に痙攣(けいれん)する男は、何とも無様にノビてしまうのだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 アリーシャとルガトリオは体中を(すす)で汚しながらも、無事にダンジョンを抜けた。

 まだほとんど半裸のヨルコが泣きながらお礼を言いつつアリーシャに抱きつく。

 抱擁(ほうよう)を返しながら、よく見ると近くで10人以上のオレンジプレイヤーが無造作にぐるぐる巻きにされているのが目に入った。

 そこで、アギンが代表して発言する。

 

「よっ、お2人さん。無事でなによりだ。そのお嬢さんに大体事情は聞いたから、ダンジョンから脱出しようとした輩は全員おれらでノしといたぜ」

「グスッ……ありがとうアリーシャ……ルガトリオさんも……助けてくれて……」

「あ~もぅ泣かない泣かない」

 

 鼻を真っ赤にしてすがり付くヨルコを優しくなだめると、アリーシャ自身も全身から力を抜きつつ息をついた。

 ヨルコが《ハラスメントコード》で《黒鉄宮》に飛ばした1人を含め、13人の犯罪者はこれで総叩きにできたわけだ。チームワークもへったくれもない歴史の浅いオレンジギルドとは言え、これほど早期に芽を摘めた事実は大きい。

 犯罪へのハードルを極端に下げた元凶であるラフコフは、もうこの世には存在しない。SAO界のオレンジギルドは縮小の一途をたどり、そのプレイヤー総数は50を切ると概算(がいさん)されている。本日消滅したこのオレンジ達も、割合だけを見ればそれなりに影響があるに違いない。

 すると、アリーシャが考え事をしている間におもむろにヨルコがアイテムストレージを開くと、その中からレア度の高いアイテムを2つオブジェクト化させた。

 

「アリーシャ……こんなのしかないけど、いま私ができる最高のお礼よ。受け取って」

「そんな、気にしなくていいのに……」

 

 しかし直後に「ルガトリオさんにも」と2つのアイテムを手渡されると、アリーシャ

だけの話ではなくなったので受け取らざるを得なかった。

 どうやら、せめてものお礼として手持ちで1番高価なものを渡したいらしい。

 

「なんか悪いわね。……あ、物欲でやったんじゃないわよ?」

「もちろん。これは私の気持ち」

 

 そう言って彼女から渡されたアイテムの名は《漆喰(しっくい)のアームレット》。

 濁《にご》った銅色だが形の凝ったアームレットで、装着中の10分間はソードスキルのクーリングタイムを激減させる代物だ。1つはルガトリオのものだが、両腕に装着することでさらに効果が重複(ちょうふく)されるのだとか。

 

「(へぇ、便利なアイテムね……)」

「それにしてもぉ、ルガァもアリーシャさんもボロボロだねぇ。そこで目を回してる真っ黒な人はぁ、そんなに強い人だったのぉ?」

 

 アリーシャと2人がかりでダンジョンから運び出し、髪と服のあちこちが黒コゲになった男を指しながら、ジェミルがのんびりと聞いてきた。

 この男がどんな人間だったかを詳しく説明されると、今度はアリーシャとヨルコの貞操の危機となる。救助があと1分も遅ければどんな目に遭っていたかわからない。

 しかし聞かれたルガトリオは、何でもなさそうにあっけらかんと答えた。

 

「いや、火薬庫に火がついただけだよ。名前もわからないぐらい弱い人だったし。時間かかっちゃったけどね~」

「な~んだぁ、それならよかったぁ。てっきりただ事じゃ済まないかと思ったよぉ」

 

 こっそり視線を寄こしながら、ルガトリオは「えへへ」と笑ってみせた。どうやらダンジョン内での出来事を内緒にして、みんなを心配させないようにしてくれたらしい。

 しかし現に男は強敵だった。詳細を語れば十分に誇れる功績だったはず。

 アリーシャは高鳴る心臓を押さえつつ、撤収(てっしゅう)の提案をした。

 ぐるぐる巻きの連中を無理矢理立たせると、アリーシャ達はすぐに1層《はじまりの街》を目指した。

 

「(ハードな1日だったわ~……まあ、ちょっとはいいこともあったけど……)」

 

 隣を歩くルガトリオをチラッと確認すると、目ざとく気づいた彼は首をかしげてくる。

 その子供のような仕草がまた思ったより自分の琴線(きんせん)に触れたらしく、オーバーヒートしたアリーシャは考えるよりも先に話しかけていた。

 

「ねぇ、アタシって男運ないわよね……」

「え、そうかな。……ああ、昼に言ってたフリデリックさんのこと?」

 

 今度は相当コソコソと話したので、先頭を歩く本人は聞こえていないようだった。

 気恥ずかしさで目尻が熱くなったが、アリーシャは自制もできずにどんどん口をついてしまう。

 

「う、ん……なんて言うかね。アタシにも少し……いや、やっぱかなり原因あるのかも……」

「アリーシャさんに原因か~……とてもそんな悩みはない人だと思ってたんだけどなぁ。だってその、すごく美人だし。……人それぞれあるものなんだね」

「そうなのよ……例えば……雰囲気に流されやすかったり、褒められるのに弱かったり……」

「えっ……?」

 

 ほんの少しだけ空気が伝わったのか、彼はピクッと肩を揺らした。おかげで自身の体温が無視できないほどデンジャラスになってくる。

 しかし、それでもアリーシャは続けた。

 

「アタシって……ほら、たぶん……ちょっと、惚れっぽいのかもっ……」

 

 照れ照れな言い方になったが、言い終えてから数秒待ってみる。

 まだ待つ。

 そして10歩以上も進み、ようやくその意味を理解したのか、ルガトリオはお湯をかけられたように真っ赤になっていた。

 

「えあぅえぇっ?」

「……ぷっ……あははははっ」

「んん? 2人ともなんか楽しそうだねぇ。でもルガァは顔赤いよぉ?」

「な、なななんでもないよジェミル! なんでもないったら、なんでもないよ!」

 

 アリーシャを土壇場で救出し、敵をこてんぱんに倒したけれど。

 こういう純で可愛い反応だけは、まだまだアリーシャのよく知るルガトリオなのだった。

 

 

 

 

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