SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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テュレチェリィロード4 芽生える気持ち

 西暦2024年11月1日、浮遊城第50層。(最前線75層)

 

 瞬きよりも刹那、ざわつくような、浮足立つような胸騒ぎがした。遠くから微かに名を呼ばれた気がして、誰もいないはずの通路を振り返ってしまう。

 暗く続く回廊には、静寂だけがあった。

 

「(ルガくん……? ……)……くッ!?」

「オラァアアアっ!!」

 

 突如、待ち伏せていた敵の一兵が人の首ほどもある段差から飛び降り、頭上から先制攻撃を仕掛けてきた。

 しかし付近の伏兵をサーチングでリピール済みだったアタシの対応は沈着だった。

 息を止め、抜刀と同時に返す刃がカウンターで獲物の中心に直撃。バギギィッ!! 『く』の時に折れ曲がる襲撃者の両手用槍斧(ハルバート)には目もくれず、見せつけられた実力差に呆然とする南蛮服の敵へダッシュで迫った。

 そのまま男を組み伏せると、その背中に乗ったまま素早くロープを実体化、流れるような作業で敵の1人をでき損ないの恵方巻にしてしまった。

 

「うげぇっ、なんだこれ! 俺は女に縛られる趣味はねぇぞ!」

「あ、口を塞ぎ忘れたわ」

「ちょ、おいやめっ……ふごぉ!? フゴフゴっ、ムゴゴォォォオ!!」

 

 これでよし。しかし3人目だからこそなかなかスムーズに行えたけれど、逆に言えばアタシはこれで3人のプレイヤーと戦ったことになる。

 HPや武器の消耗は皆無と言ってもいいが、そろそろロープの方が底を尽きかけている。敵を無力化して進むのもあと1人が限界と言ったところか。

 それよりヨルコを探しながら騙し絵迷路のダンジョンを進んでいるのだから、この場合は無駄に時間を浪費したことの方が痛い。変わり栄えのないレンガ部屋にも見飽きてきたところだ。

 

「(やんなっちゃうわまったく。敵の本拠地もヨルコも見つからないし……おまけにこの胸騒ぎ……)」

 

 戦果にいちいち喜ぶこともなく、アタシはずんずん前進する。広い目で見れば全てのエリアが閉所といえるこうしたダンジョンでは、やはり見つからないように逃げ回るにも限度がある。角を曲がる度にヒヤヒヤものだ。

 それとも、ランダム配置の蝋燭(ろうそく)の火が服に燃え移ったり、巨大な水槽状の湖からゾンビが襲ってきたりなどしないだけアニメや映画よりマシなのだろうか。

 

「……あっ……!」

 

 何て冗談を言っている暇はなかった。もう少しで大きな声をあげそうになってしまう。

 いたのだ。

 数メートル先に人数は5。比較的広いエリアで、見渡せる範囲は15メートルほどもありそうだった。

 そんなエリアの中心で、防具の特性なのか手入れを怠っているのか、不潔そうな生地の薄い服を(まと)う男達が辺りを適度に警戒しながら休憩したり武器を研いだりしている。

 やけに呑気なものだ。と言うより、敵の捜索網を順々に辿って突破した結果、こうしてアタシに本拠地が見つけられたようなものなのに、少しまったりし過ぎである。彼女の姿は見当たらないが、アタシが見つけたからには捜査の手を薄く広げたのが仇となったようだ。

 

「(ふぅ〜とりあえずいたけど、アタシ達やヨルコ探しを中断してるのかしら……? 少なくとも見た感じは他にいないし。……ということは、たぶん逃げたあのコが捕まっても最後はここに連れられるはず……って、捕まるのを待ってどうするのよアタシ!!)」

 

 意思や感情のないNPCの救出作戦なら考えるところだが、ヨルコが怖い目に遭ってから助けているのでは全然遅い。彼女が捕まってからの一網打尽は論外なのである。

 という決意のもと、非効率を承知で物陰を移動。散乱する木箱などをカバーにしつつ、敵の1人が最短距離に近づいた隙を見てアタシは一気に物陰から突撃した。

 

「ん……な、なんだこいつ、どこからッ!?」

 

 反射作用(リフレックス)で戦闘体勢にはなれたものの、アタシの速度と筋力値にその男は追い付けなかった。

 直後にけたたましい重音が炸裂する。

 

「遅いのよっ!」

「ぐァああっ!? くそ、速い!?」

「敵襲ぅー!! 武器を取れー!!」

 

 アタシは迷いを切り捨てて剣を振るった。すると完全な奇襲で1人、武器を手に取る前にさらに1人、ソードスキルの正面衝突で敵をゴリ押しすることでまた1人。あっという間に3人を注意域(イエローゾーン)へ叩き落とした。

 当然ポーションやらクリスタルやらで回復を繰り返してくるだろう。しかし5分そこそこも戦えば、必ず敵側の方が先に非常用の物資を使い果たすはず。それにメインアームを折ってしまえば敵にどれだけ回復ソースがあろうと関係なくなる。

 時には人数を生かした挟み撃ちを、時にはやけくその特攻をかましてくる敵を、アタシは冷静に(さば)いていく。

 

「セヤァアア!!」

『ゴアアああっ!?』

 

 男達は束になっても役立たずだった。

 1人がレンガ水槽にドボンッ、と落ちていき、敵の戦意はほぼ喪失したようだった。

 

「ハァ……ゼィ……つ、つえぇ……ッ」

「ハァ……ハァ……さあ、これで追い詰めたわよ。ハァ……男の風上にもおけないあんた達の言い訳は、署でたっぷりと聞いてあげるわ。それよりヨルコをどこに……ッ、上!?」

「飛んで火に入る夏の虫ってなァ!!」

 

 ガチンッ!! と、寸前までアタシが立っていた場所に火花が飛び散る。

 また真上からだった。一辺倒な戦法だ。

 しかし敵の援軍か。簡単に後ろをとられるとは驚きである。だいたい、乱入者の手に握られた武器であるタルワールが、先の5人とは比較にならない業物だ。

 アタシは瞬時に敵の装備を分析した。

 知性を感じさせないファンキーな声、やる気のない構えに騙されてはいけない。地味だが彼のブーツは加速をアシストするレア物。他のアクセサリーもレアとはまではいかないが前線で通用するレベルだろうか。チャラチャラとネックレスやゴーグルのようなものを首に下げ、海賊袈裟のように羽織(はお)る防具も見た目以上の防御値を誇っているはずだ。

 抜け目ない眼光1つとってもやられ役の雑魚キャラではない。一流の装備にも追加の強化や手入れが行き届いていて、ダンジョン侵入直後の下っぱの発言にあった『ボス』という単語が頭にチラついてくる。

 そして、その予想は的中した。

 

「ボス! 待ってやしたぜ!」

「サクッとやっちまってくだせぇ!」

「……やっぱあんたが……ふふん、ずいぶん弱っちい部下を何人かそろえたみたいだけど、アタシはもう8人も倒しちゃったわよ?」

「……ひ……ヒ、ヒィーヒッヒッヒ! イィーヒッヒッヒッヒ!! 『忠実な下僕』が11人。……それを束ねる俺は1人。そしてそしてェ……? なんと! 戦闘員も俺1人(・・・)なんだなァこれが!」

「なにを……言って……?」

 

 警戒がスカスカなことは伝わってきたけれど、言っている意味がわからない。

 人を小バカにしたような仕草で大柄男は続ける。

 

「わかんねェかなァ? お前がチマチマ倒して縛り上げた最初の3人も、そこでたむろってた5人も! 『戦闘員』じゃあねェんだよ! イキがってもらっちゃ困るなァ!!」

「(な、何で最初の3人のことまで……まさか!?)」

 

 アタシが振り向くのと同時に、大柄な男とアタシの対角線(ダイアゴナル)上からアタシへ毒塗りのナイフとダガーが飛来してきた。

 ガッ、ガガ!! と、際どいところで全ての武器をシールドで弾く。姿勢を低くしてどうにかそれらを(しの)ぎきったと確認すると、今度は攻撃したプレイヤーを視認した。

 すると……、

 

「やっぱりッ……アタシが倒した人達が……!!」

 

 捕獲は無意味だったのだ。戦闘力はたいしたことなかったが、毒武器専門職のような気味の悪い猫背のプレイヤーが戦線に復帰している。

 

「そういうこった。後ろで待機してた奴が、エサ役の部下をきちんと解放済みさ。ハナッから負けるつもりでテメェを誘導してたんだよ。……ってことはだなァ、オメーさんは散りばめたチーズの欠片にホイホイ食いついた挙げ句、ネズミ取りにかかっちまった哀れなネズ公ってわけだ!! ハッハッハァ! 自分でゴールに辿り着いたとか思っちゃったかなァ!?」

 

 彼の傲慢(ごうまん)さは留まるところをしらないようだった。

 しかし誘われたとはやってくれる。

 無力化に失敗した敵が3人と、その人達をロープの束縛から解放した1人。アタシが奇襲した、無防備にたむろしていた敵が5人。新たに登場した『ボス』らしき人物とその部下が追加で2人。敵の合計は12人。1人以外がまるで強くないことから、実質1人+αと言ったところか。

 だが、アタシとルガ君が束になって戦えばなんとかなりそうだけれど、短期決戦でこの『ボス』らしき人物を倒さなければかなり厳しい。

 

「(ヨルコはまだ見つけてないのか、それとも隠しているだけ? なんにせよ、ルガ君がこの場にいないなら全員の相手は無理……一気に敵のトップを叩くしかない!!)」

「お? ……おおっ!? よく見たらこいつレジクレじゃねェか! ブロンドウェーブのグラマーってことは、おめーさんは『アリーシャ』だな!? ヒャッハッハァ! わざわざ美人さんがこんな巣窟に飛び込んでくるたァ、もうけ話があったもんだぜ!!」

 

 ヤニ臭そうな笑みを浮かべると、褐色肌の大柄男はタルワールを構えた。

 それが合図だったのだろう。直後に死角からまたも毒塗りの投擲(とうてき)武器が迫る。

 しかし、これはアタシの読み通りである。

 部下を使った牽制を読んで、アタシはすでにラウンドシールドで隠しながらポーチから《解毒結晶》を取り出していた。大きなシールドは腕に装着すると手元が隠せることから、この小技は対モンスターよりも対プレイヤーによく効くのだ。

 アタシは敵の攻撃に合わせて「リカバリー!」と叫びながら、あえて下がらず前に出た。

 

「なにッ、この女!?」

「バレバレなのよそんなものはッ!!」

 

 《解毒結晶》により数分は毒を受けつけなくなった。何のこけ脅しにもならなかった部下のデバフ攻撃と失策に苛立ちながら、大柄男はワンテンポ遅れてアタシの攻撃に対処する。

 さすがにソードスキルを発動する隙はなかったが、インファイトを仕掛けたアタシと敵の距離が近すぎるため、外野は手出しができない状況に陥っていた。

 人数差はこうした工夫でも切り返せるのだ。

 

「まともな戦力が! あんた1人だからこうなんのよ!」

「く……クソッたれ、こんな手でッ」

 

 アタシは連続攻撃の途中でわざと剣を大きく振りかぶった。そして敵が両手でタルワールを水平に構えるのと同時に、鋭い足払いで敵のバランスを崩す。

 それで決まりだった。ゴキンッ!! と、直後に炸裂した渾身の一撃は敵を5メートルもぶっ飛ばした。

 

「ぐがァアアアアアっ!?」

「嘘だろ、ヤベェぞこれ! あんな女にボスがッ!!」

「これでトドメよ!!」

 

 取り返しのつかないディレイを尻目にソードスキルを発動させた、直後だった。

 

「な~んてな」

「なっ……!?」

 

 眩むような閃光が空間を包む。

 視界が全てホワイトアウトした。それが《閃光弾》による敵の部下の援護射撃だと気づくのに、アタシはたっぷり3秒も費やしてしまう。

 

「し、しまった……ッ」

「対閃光ゴーグルには気づかなかったかなァ? まあ、邪魔なもんまでチャラチャラぶら下げといたからなァ!」

 

 ゴッ!! と、お腹の辺りに強烈な蹴りが入った。

 続いて耳の近くで《威嚇用爆弾》が炸裂し、足元で小規模の爆発も起きる。盲目(ブラインドネス)にかかってしまっては一方的なリンチだ。情けないことに少しずつHPが削られる度に――目をつぶっていても視界の左上には名前とHPなどは常に表示される――焦りと悲鳴が表面に出てしまっている。

 確かにこの男は部下の『使い方』がうまい。これだけの人数がいてなお単純戦力として扱わず、しかも最大限に効果を発揮させるやり方は今までにないスタイルでもある。まるでポーンしか動かせないチェス盤のようだ。

 ただし、キングが1人という絶対的ルールは生きている。奴隷のように部下を使役するリスクは最終的にはそこにある。

 だから……アタシがこの男に勝てば、盤上の危機は見事にひっくり返されるだろう。

 

「(まだ諦めてたまるか!)」

「おっ!? がむしゃらに暴れて時間稼ぎか! いいねェそういう泥臭い努力っ!!」

 

 最後のセリフでまた横っ腹を蹴られ、アタシは軽い悲鳴と共に倒れてしまう。

 

「そろそろかァ!? 視界が戻るぞォ~……はい残念ン!!」

 

 アタシが視野を取り戻すのとほぼ同時に、またも《閃光弾》が投げ込まれた。

 もちろん、普通に攻略するだけなら常備する必要のない《対閃光ゴーグル》により、何発《閃光弾》が投げ込まれようと大柄男にはなんら影響はない。

 

「そ、そんな!? また……ッ……こんなの卑怯よ!」

「卑怯!? 卑怯と来たか! ハッハァ、作戦と言って欲しいね! だいたいクリスタルで対策とか、単調すぎて話になんねーよ女ァ!!」

「く、あァあああ!?」

 

 アタシは勝つどころかダメージの入らない攻撃で遊ばれ続け、しかも文字通り手も足も出ないことをいいことに、先ほどからわざと局部に近い場所ばかり攻撃してくる。そして、彼らはそれを嘲笑(あざわら)っている。

 それでも、最低な男の部下は11人もいるというのに手を出してこない。

 下っ端達が直接戦って得た戦績と言えば、アタシに歯向かってボロ負けした程度。ダメージもほとんどもらっていない。本当にこの男は、自分以外の部下の戦闘力を無視している。この統一性はある意味では潔い。

 だのに、アタシはまるで歯が立たない。戦術は驚愕に値するが、問題はこれを覆しようがないことにある。

 

「ああ最高だぜ! 防戦一方の美人さんが喚くのは、こんなにビンビン響くんだなァ! そそるねェ……まだ耐えれるかァ? ほらもういっちょォ!!」

「きゃあああああああっ!?」

 

 シールドで防ぎきれなかった衝撃がモロに伝わり、フロアの壁まで吹っ飛ばされた。胸部の防具に大きな亀裂が入ると、間髪入れず無抵抗になったアタシを大柄男が片足で踏みつけ、さらに利き腕を躊躇(ちゅうちょ)なくタルワールで突き刺す。片手用直剣が手から滑り落ちるのを確認すると、男は突然質問してきた。

 

「健気だねぇ。テメェらは負けると頭で理解した戦いでもホント~に最後まで諦めねぇのな。感服するよ、秘訣でもあるのか?」

「くっ……まだ負けてなんか……」

「……ったく、この女は回転が鈍い。じゃあヒントな。『テメェら』ってワード選んだのは、なんか気にならねェ?」

「え……? あっ……そんな、あんた! ま、まさかもうルガ君と戦ったっていうの!? ならっ……彼に何をしたのよ!」

 

 まさか。そんな……まさか。

 だとしたらこの敗北の遅延行為に、ほとんど意味がなくなってしまう。

 

「助けを待ってたんだろお前! 援護があれば逆転できるって! ヒャーハッハッハ、それが厄介だから部下の大半をお前に当てて時間稼ぎしてたんだッつーの!! もとより、各個撃破が無理なら今ごろ俺は離脱してただろうさ。ケケケっ……来ねェぜあいつは! この手で先に殺しといたからなァ!!」

「なっ、そん……な……はずは……ッ」

「そんなはずはないかァ? 爆音に大声に光の玉! こんだけ暴れてもまったく気づかず、まだ迷路をさ迷っているとでもォ!? いい加減認めろよアバズレェ!!」

「くぅっ……ぅ……く……!!」

 

 グリップを(ひね)られると、手を貫通するタルワールがさらにゴリゴリと食い込む。

 アタシの目論みは全てお見通しだったというわけだ。

 最初から逆転の芽は摘まれていた。そもそも高いレベルを保持するルガ君で勝てないのなら、アタシがこの男に勝てる可能性は最初から低かったことになる。

 ……しかし。

 まだ負けてはいない。ルガ君が死んだ? そんな証拠もない。

 アタシにできることは、全ての可能性を信じていつもジェイドが口すっぱく言っている命令を実行するだけだ。

 

「……だいたい、あんた達はどうやってこれほどまでの人数を……ッ」

「おっ、てめェも追い詰められたら冷静になる口だな。別に知ってる奴は知ってるし、いいぜ教えてやっても。……つか、てめェらとまったく同じ方法だがな」

「アタシ達と同じ……? まさか、ギルメンの途中参加!?」

 

 海賊服の男は気分をよくしたのか、真っ黒なゴーグルを着けたまま、嬉々たる気持ちをオーバーアクション気味に笑いだした。

 聞いたことがある。

 例えば、ギルドAの構成員が勝手に組織を抜け出せるとしたら、ギルド共通ストレージから金やアイテムを持ちパク(・・・・)されるかもしれない。もちろん、それを許せば大損害である。だから組織を抜けるには、ギルドAの代表者(ギルマス)による承認がいるのだ。

 けれどこれは、裏を返せば脅されて強制参加させられたメンバーが絶対に抜けだせないことになってしまう。

 そこで疑似監禁を防ぐため、例えば他のギルドBからAの構成員にも《ギルド招待メッセージ》が送れるのである。これが、いわゆるプレイヤーへの救済措置。

 もっとも、ギルドBが他のメンバーに後からちょっかいを出してしまえば、当然その通知がギルドAのリーダーに届いてしまうが、だからこそアイテムを盗んでトンズラはお互いにできないことになる。

 解りきっている質問に答えないでいると、大柄男はアタシに構わず楽しそうに進めた。

 

「奇遇だが、俺もとあるギルドの長をやっていてね」

「そんな……だったら最初から……!!」

「イッヒッヒッヒ! そう、4人にはあらかじめ《ギルド招待メッセージ》を送っておいたのさ! 回答はしばらく保留にできるからな。《黄金林檎》だか知らんが、時間差で承諾ボタンを押すことで、いつでも! そして好きなタイミングで俺らのギルドに戻って来られる状態だったのさ!! さらに同じギルメンは一時的な(インスタンス)マップを共有する! 遅れて発車した俺ら全員がここで合流できるって話よォ!!」

 

 この手順を応用すれば、ルガ君の言っていた『クエスト報酬の重複受け取り』も夢ではなかっただろう。まさに超スピードレベリングを実現せしめる立派なシステム外スキルである。この発想力を売ればコルにだってなったはず。

 ただし、この悪党達はその可能性に満ちた手段を最悪な目的に使用してしまったようだが。

 

「……く……っ」

「お、やっと諦めたか? なァに安心しろ、幸いお前は顔がいい。大人しくしてりゃ痛くはしねェよ」

 

 多勢に無勢。絶体絶命。

 けれど、おしゃべりさんから聞きたいことはあらかた聞けたし、逆転の段取りもシミュレートできた。懇切丁寧な情報提供には感謝すらしてもいい。あとは……

 

「死ねッ! クレイジー野郎!!」

「なにィっ!?」

 

 アタシは左腕の盾装備をバレないように解除していたのだ。

 左手が自由になると、今度は足の側面に掌底(しょうてい)を食らわせる。

 前のめりになった敵の腰めがけて真下から蹴りを炸裂。「ぐおおおっ」と股間を痛そうに押さえるのを無視し、頭部に装着されたゴーグルをひっぺがして投げ捨てた。

 そして大柄男がレンガの床をのたうち回っている間に改めて盾を拾うと、即座に反撃に出る。

 

「これで小細工もなし! あんたみたいなモブ野郎には! 絶対負けないのよ!」

「ぐっ、クソッ! ふざけた女だ、この期におよんでまだ……ッ。いちいち抵抗すんなっつってんだろうがァ!!」

 

 大柄男に正真正銘の焦りが見えた。ここでアタシが距離を開けずに攻め続ければ、こいつの部下はオウンゴールを恐れて飛び道具も放てない。対閃光ゴーグルを取ってやったので《閃光弾》も無論だ。

 そしてある事実が浮上する。

 やはりこの男の単体性能は、それほど高くないということ。それなりのレベルとそれなりの装備だけ。ビーストテイマーのように部下を使役している間は比類なき厄介具合だが、こうして武装を剥がすともれなくガタガタの基礎があらわになる。その点嫌というほど戦い方を身に染み込ませてきた攻略組は、ピンチになろうとイレギュラーに遭おうと、常に安定した戦力を発揮できる。

 大柄男はとうとうHPを危険域(レッドゾーン)寸前にまで追い詰められた。

 

「ぐっ……くそ、こんなクソアマに……ここまで……っ」

「ハァ……ハァ……そうして地に伏してる方がお似合いよ……!!」

 

 男の首筋に剣を突きつける。部下はそれだけで身動きがとれないでいた。

 思った通り、彼の部下は考えることをかなり放棄している。即物的な欲求を果たすためにこの男の言いなりになって、負けろと言われたら唯々諾々(いいだくだく)と戦いに負け、プライドも捨てて責任者を(はや)し立て、どんなにバカにされてもこれっぽっちも言い返さない。まるで木偶(でく)人形だ。

 キングが取られたら敵は終わり。という、アタシの読みは正しかった。

 ただし……、

 

「……くぅ~敗けだ敗けだ。まァさか最終手段まで使うハメになるとはな……」

「な、に……!?」

 

 キングを取ったという先走った認識だけが誤りだった。

 今の言葉が合図だったのだろう。アタシはずっと男に剣を向けているというのに、途中参加してから一切動きもしなかった部下2人がゴソゴソと動き出したのだ。

 

「何をしてるの! 動かないで! 動くとこの男を殺すわよ!」

 

 アタシだって過去に2人もプレイヤーを殺したことがある。忘れもしない。アタシを都合のいい女としてしか見なかったロックスと、そしてDDAに加盟したばかりの罪なき男性オーレンツ。彼らをこの世界から退場させたのは紛れもなくアタシだ。

 これを最終手段にするだけの良識はあるが、やれと言われたらやれる自信はある。

 しかし大柄男はともかく、ゴソゴソと動く彼らはここから7メートルほど高い位置にいた。最初にこの大柄男が頭上から攻撃をしかけられた理由だ。

 だから当然、高低差ゆえに彼らの手元が足場によって隠されてしまっている。彼らが今何をやっているのかがここからだと見えないのだ。

 

「いいね~、見た目的にそんな強気な女だとは思わなかったよ」

「黙りなさい」

「……ああ、そっか。そういやあんた、ラフコフにいたんだっけ? ど~りで戦い慣れているはずだ。……いや、この場合は心理を読み慣れてるって言った方がいいのかァ?」

「黙れと言ったのよ。あんたも部下も、必ず牢獄送りにしてやるわ!」

「おいおい、あいつらがただの観戦客とでも思ってたのか。言ったろう、俺らはテメーんとこのクソガキと戦ってきたんだって。……その戦利品だよ。あれを見な」

 

 男がアゴをくいっ、とやると、アタシは男に注意しながらゆっくりと振り向いた。

 そしてアタシは、ごくナチュラルに言葉を失うことになる。

 信じられない光景が広がっていた。

 7メートルほど高い位置に、3人目のプレイヤーがいたのだ。知覚してなお信じたくもない。白いレディースの下着とブラのみを身に付けたヨルコが、両手と口の自由を奪われた状態で2人の男に立たされていたのだから。

 先ほどアタシの《索敵》スキルにヨルコの反応がなかったことから、おおかたサーチ妨害用の使い捨てアイテムで数分間だけプレイヤー反応を隠していたのだろう。

 手詰まりである。

 今にも恐怖で泣き崩れそうなヨルコの首に鋭利なナイフを突きつけられた時点で、もはやアタシと彼らに『勝負』はない。あるのはヨルコの安全のため、彼らの要求を素直に受け入れなければならないという現実だけ。

 

「その悔しそうな顔を実力で引き出してやりたかったんだがなァ……クックック、まァいいか。さて、武器を捨てるかあの女を捨てるかだ。この高さじゃひとっ飛びとはいかないぜ?」

「そん……な……っ」

 

 悔しい。女性の弱味をこんなことに利用するなんて、悔しさのあまり握りしめた手が鬱血(うっけつ)しそうだった。

 男性恐怖症になりかけたあの経験はまだトラウマである。

 かつての中堅ギルド《夕暮れの鐘》。アタシがコンビではなく初めてギルドとして集団行動をさせてもらった居場所。そのギルマスでもあったロックスなる人物は、アタシに激しい好意を寄せるあまり暴走し、部下5人と共に(はずか)しめるような行為を迫ってきたのだ。

 あの時味わった恐怖は、一生忘れることはないだろう。

 この言い方では顰蹙(ひんしゅく)を買うかもしれないが、ある意味ラフコフに加盟して男への詐欺行為を繰り返したのは、縮こまっていたアタシにとっていいリハビリになったのかもしれない。ゆえにこうして男連中に剣でもって立ち向かえるし、ヨルコの苦しみを理解した上で守ろうと動けるのだから。

 ……いや、先ほどまでは動けたが、それもここまで。

 

「……っ……武器を捨てるから、ヨルコの安全を約束しなさい」

「……クヒッ、クヒヒヒヒヒ! 名前は『ヨルコ』! ヨルコねェ~! なんだよ、おめェらは知り合いだったのか! だったら早くそう言えや!」

 

 大柄男はまた頭の中で悪巧みが働いたのか、満面の笑みを浮かべた。

 

「互いに知り合いならこんなゲームが成り立つんだよ! ……いいか、おめェらのどちらかが《ハラスメントコード》を使ったら、その時点でもう片方の女を殺す! お仲間さんを見捨てるなら、好きなタイミングで誰かを牢にブチ込みな! ただし確実に片方には死んでもらうぜェ!!」

「なん、てことを……っ!!」

 

 自分の失言は取り戻せないが、それにしても信じられないほど卑劣なやり口だ。

 これではヨルコやアタシの束縛を解いたとして、そのどちらかが反抗的な態度をとったらもう1人が犠牲になる。あくまで抵抗する意思を削ぐ気だろう。

 

「フッヒッヒッヒッヒ、俺を愚弄した時点で殺されないだけマシと思うんだな。女の保証とかは知ったこっちゃないが、さて……。おーい、おめェらも全員降りてきていいぞ! ……さあ、まずはレジクレのアリーシャからだ。何から始めるか……」

「女の武器は運んどきますぜボス」

「トリップショーやりましょうよ! 恒例じゃないっすか!」

「こいつは久々に見ものだ! おい、《記録結晶(メモリー・クリスタル)》を用意しとけよ!」

 

 ぞろぞろと男たちが集まってきた。やろうと思えば部下11人なら数分で片付けられそうなレベル差だというのに、ヨルコの安全を考えるとアタシは命令に従うしかない。

 

「自発的なのもいいが、たまには俺らの方からってものオツだよなァ!」

 

 言うやいなや、大柄男はアタシの胸当てを無造作に引き剥がしてきた。

 ガコッ、という音がして、亀裂の入ったブラストプレートが地面に転がる。あらわになったアタシの無地のインナーを見て、おお!! という歓声が上がった。

 確かにここまでは不可侵扱いではない。ゲームのルール上では外部からの衝撃や圧力で破壊、除外といったことはできてしまう。手入れもせずにモンスターと戦い続ければ、いずれ防具が剥がされて同じ現象も起こるだろう。

 けれどこれは、人の手による能動的な結果だ。服の間に指が入り込む瞬間のおぞましい感覚だって、本来プレイヤーが感じる必要のない不快感である。

 

「ヘッヘッヘ、ウワサ通りの体つきだなァ」

 

 まだ肌が露出したわけではないが、これだけでも()え難い屈辱だった。

 男達の()め回すような視線が顔から胸部に至ると、顔を覆いたくなるほどの恥ずかしさからアタシは途端に体中がカアッ、と熱くなった。

 冷や汗が流れる。拳をもっと強く握りしめる。

 それでも文句は言えない。すでにほとんどの衣類を脱がされてしまっているヨルコだって、ここに立たされているだけでも死にたくなるほどの恥辱を受けているのだ。

 

「(でも……怖い! アタシだって、こんなの嫌! 誰か……誰か助けてよ!!)」

 

 無力を実感すると視界が(かす)んでくる。泣いても意味などないのに。

 あまりの怖さに足の震えも止まらなくなってきた。

 大柄男が今度は腰当てに手を伸ばしてくる。その(いや)しい手つきは、ロックスとその仲間とのトラウマな記憶をより鮮明に呼び覚ました。

 少し離れたところでヨルコも脱衣を強制されている。初めは彼女も嫌がっていたけれど、アタシの顔を見ると大柄男のセリフを思い出したのか、庇うために指示に従う。

 次々と追加される指示通りその場にしゃがみこみ、無抵抗に手を後ろに回す。これでアタシは、体の自由を敵に委ねたようなものだ。

 

 

 

 男の笑い声と息づかいが、目をつぶっていても五感に無断で入り込む。

 現実逃避するかのように、自然と意識が、判断力が遠退いていった。

 

 

 

 その直後だった。

 ゴガァアアアアアアッッ!!!! と、突然爆音が鳴り響いた。

 なんの冗談だろうか。慌てて目を見開いた時には、大柄男のいかつい顔の向こうで、大人が5人もスローモーションのように宙に浮いていたのだ。

 アタシは絶句し、大柄男は「は?」という、たった1つの短い言語を口から発音するのがやっとだった。

 振り向くそのマヌケな顔面に、磨き上がった棍棒がフルスイングで叩き込まれたからだ。

 ゴゥンッ!! と、またも鼻面から骨に響く嫌な音が鳴った。

 

「ゴッギャァアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」

 

 人にあるまじき顔に変形しながら、凄まじい運動エネルギーを受けたからか、男の体は低空を水平に飛んでいった。

 最低男をぶっ飛ばした人物は静かに佇む。

 アタシは目の前に立つ人物の正体にようやく気づき、饒舌(じょうぜつ)に尽くし難い安堵から、抱きつくのも忘れて惚けてしまっていた。

 

「遅くなってごめん。もう心配ないよ」

「ルガ君……よかった……本当に……っ」

 

 ルガ君が見たこともない殺気づいた眼光をして立っていたのだ。

 それでも、来てくれたことが嬉しすぎて、ついアタシの返事が涙声になってしまった。

 とにかく、彼は男に殺されてなどいなかった。無事だったのだ。そして危険も(かえり)みずにアタシ達を助けてくれた。

 

「ヨルコさんはアリーシャさんに任せるよ。僕はあいつをやるから」

 

 上着を脱いでアタシに被せながら、彼はまた一層と敵意の濃度を上げて射抜く。

 

「く……そったれがァ……どうなっていやがる!? てめェは死んだはずだ! 《水泳》スキルかッ……いや、んなわけねェ! だいたい、あの深さじゃ最深部は光も届かない。鍵を見つけられるはずがッ……トラップは外せなかったはずだァ!!」

 

 魔法はない……光源は炎しか……奴は水中に……などと、ブツブツと文句を垂れながら大柄男は辺りを見渡す。

 そして彼は壁に立て掛けてあったタルワールを無我夢中で拾うと、鼻を真っ赤にさせながらアタシ達に迫ってきた。

 

「負け犬はおとなしく死んどけッてんだ、こいつよはよォオオッ!!」

「ッ……シアアアアっ!!」

 

 しかし、ルガ君は怒りのピークすら通りすぎ、すべて爆発させていた。

 左からまっすぐ迫るタルワールを、左手で持った棍棒を地面に叩きつけるように突き立て、甲高い金属音と共に完全に()き止める。

 そのまま武器を離して左手で敵の胸ぐらを無造作に掴むと、完全にキレた感情を集約させた右の握り拳を、全体重が乗ったまま情け容赦なく顔面に食い込ませた。

 ゴキュッ、という肉切れ音が鼓膜に届き、アゴが外れたような顔をした大柄男がベクトルを反転したように無様に吹き飛ばされた。

 

「ゴブふぇロゴゴガァっ!?」

「……僕は頭にキたよ。何がアホらしいだ……達観したつもりかい? 君の、人を使い捨てるようなやり方も……自分勝手な行動も全部!! 僕は絶対に許さないっ!!」

 

 垂直に突き立てた棍棒が倒れる前に柄を掴み直すと、ルガ君は油断なく大柄男に接近し、骨ごと潰さんばかりの筋力値で追い討ちをかけた。

 クレーターでもできそうな一撃からほとんど這うように脱出すると、焼けた褐色肌が青ざめるような表情で制止をかけていた。

 

「まっ、待て待て! 俺が悪かったよ! もう悪さはしねェ、これっきりにする! ハァ……ハァ……ったくよォ、おふざけじゃねェか。ハハッ……ハァ……ただ、1つこれだけは教えてくれないか? ゼィ……あんた、あの状況からどうやって抜け出しやがった……ッ!?」

「……ふん。あいにく、《鍵開け(ピッキング)》スキルを完全習得(コンプリ)済みでね。鉄球付きだろうが何だろうが、あんな足枷じゃ僕は止められないよ」

「ピッキング……チッ、あァそんな手があったか! 2度手間とらせやがって! きっちり堕ちとけよこのクソガキィ!!」

「……いい加減ッ、その心理戦もくだらないねっ!!」

 

 姑息(こそく)にも喋りながら態勢を整えた男も、策が尽きたのかひたすら特攻兵のように突撃する。しかしその剣は、ルガ君に軽くあしらわれる。戦意に燃えたぎる彼の足元にも及ばなかった。

 

「ガァアアアっ!! なんなンだよ、このガキはァッ!!」

 

 いくら叫んでも好転しない。やはり、彼単体ではまともな戦闘もできないらしい。作業ゲーのように怠惰なレベリングを繰り返したとしても、レベルと装備を騙し騙し前線プレイヤー並みにしても、結局は本人のバトルセンスや技術力はほとんど向上しないのだ。

 組織のトップを心配そうに取り囲む周りの11人の部下も、とうとう与えられた命令が品切れなのか棒立ちしているだけだった。アタシが自分の武器を拾いに行く間にも妨害はなく、背中に隠れるヨルコへ危害を加える素振りも見せない。本当に電池切れの人形のようだった。

 業を煮やした大柄男は、自分を助けるように裏返った大声で指示を出すと、やっと自分達の置かれた状況を理解したのかノロノロと応戦準備を整える。

 

「(アタシはヨルコから離れられない……このままじゃまずい! ルガ君っ!)」

 

 しかし心配は杞憂だった。ルガ君が殺意に溢れる(にら)みを利かせただけで、取り巻き連中が(すく)み上がってしまったのだ。

 なんと情けない。小柄なプレイヤーに睨まれるという、たったこれだけの行動で士気が落ちてしまっていた。彼らの希薄な信頼関係はこんなところでも浮き彫りになる。

 

「(こんなに動けないんだったら……)……アタシの方からやってやるわよ!!」

 

 なるべくヨルコから離れないようにして敵の部下を攻撃し始めた。もちろん効果は覿面(てきめん)で、1発で武器をロストした人までいる。

 すると、自分達の決定的な劣勢をようやく理解したのか、こんな言葉が聞こえてきた。

 

「む、無理だぁ! もう無理なんだよこれはっ! 作戦がない!」

「おっ、オレっちは先に逃げるぞ! 巻き添えはゴメンだー!!」

「あー!? ズリィぞ、だったらオレも逃げてやる!」

 

 なんと、ヨルコの逃走対策としてまだ《黄金林檎》メンバーでいた人達までメインメニューから『クエスト破棄』を選択していたのだ。

 その影響は即座に現れた。すでにクエストを破棄していたヨルコと合わせて、最初にこのダンジョンに侵入した《黄金林檎》扱いのプレイヤー全員がクエストを諦めたことになったからだ。

 

「あ、あれ……体に光が!? これって転移なの……?」

「そうみたいね。……あっ、これアタシの服、早く着て。あと向こうにアタシ達の仲間が待機してるから、状況を説明したら保護してもらいなさい」

「うん……本当にありがとう、アリーシャ。この恩は一生忘れないわ」

 

 敵の下っぱ3人とヨルコの転移が完了した。

 しかし敵のボスが『クエスト破棄』を選択しない、正しくはルガ君との戦闘中で選択できないからか、残る8人の雑兵はいつまでたっても転移ができないでいた。

 

「ちくしょ~、こっちはボスがクエストを破棄してくれないと逃げられねぇよ!」

「逆に閉じ込められてんじゃねぇか! 冗談じゃないよまったく!」

「お、オレっちがボスを助ける! いや、ていうかやっぱりみんなで助けよう! 勇気を出すんだよ! あの男さえいなくなれば、そしたらみんなで脱出を……」

「させると思う?」

 

 目眩(めまい)がするほどのんびりと方針決めをしている連中の後ろに立つと、アタシは距離の近いプレイヤーめがけて片手剣を真っ先に振り抜いた。

 対応能力の低い彼らからは、雄叫びは上がらないが悲鳴は上がる。元々、8人だろうが11人だろうがこいつらだけなら敵ではない。

 どうにか防具や盾で(しの)いだり、タゲを押し付けあって逃げたりがせいぜいの8人は、鬼ごっこでもするかのように辺りを走り回った。

 しかし彼らを殺しきらなかったことが災いした。

 

「ちっくしょおおお! こうなったら買い溜めした爆弾の大安売りだ!」

「よし来たオレっちが着火する! トリアンは持ってる油を全部床に捨てるんだ!」

「ば、バカやめなさい! こんな密室でそんなことしたら!!」

 

 無知ゆえに無謀。あまりに自分らが扱う兵器のことを理解していなかったらしく、アタシはその奇天烈(きてれつ)な作戦の制御に間に合わなかった。

 量も計らずそこらを走りながら大量の油が撒かれ、ストレージにあった樽型導火線爆弾をテキトーにオブジェクタイズ。着火剤がポイッ、と投げ込まれると、凄まじい火災が発生し、続けざまに爆発音が四方八方から膨れ上がった。

 

「うわぁああああああ!?」

「あちっ、あっちィいいいいいいいいい!! 油撒きすぎたぞこれェ!!」

「冗談言うな、爆弾が多すぎたんだよ!! 誰だよこんなにィ!」

「きゃあっ!? ……くっ、もう! あんた達ホントにバカなんじゃないの!!」

 

 もう手のつけようがなかった。ドガッ! ドガッ! と散発的に爆発が起こり、視界一杯にもうもうと煙が立ち込める。肌が焼けそうな熱風が迫り、火の手も広がって行動も制限された。

 まさかアタシに勝てないからと、こんな破れかぶれな自爆特攻をかましてくるとは。下手をすれば仲間だって傷つけるというのに。

 しかも視界を一時的に奪われたせいで、ルガ君と大柄男を見失ってしまった。どちらの勝利にせよさすがに決着がつく頃だとは思うが……。

 

「し、仕方ねぇ! あれだよあれ! ギルドを強制解散させるやつ!!」

「《解散の多数決》だな!? そうだよ、それで過半数が越えたらギルドは解散だったじゃないか! 初めからこれでよかったんだよ!」

「よし、みんなで脱退を選んでさっさとここから逃げよう!」

 

 おそらく彼らは、メンバーの過半数がギルドの存続に異議を唱えた場合にそのギルドが強制解体される、プレイヤー側に与えられた民主的権利のことを言っているのだろう。アタシはメニューから見ようとしたこともないが、その機能名は《解散の多数決》で合っているはず。

 そして彼らはギルドの存続が不可能と判断したのか、それをここで行使しようとしていた。確かにこれならギルドは消滅し、ギルドメンバー全員が『クエスト破棄』を選択しなければ脱出できない、という前提も消える。

 もうあんな人達は放っておこう。先に逃げた3人を見れば外で待っているジェミル君達だって事情を察するだろう。即刻捕まって牢屋行きである。

 

「(じゃあアタシは見失った2人を……)」

「アリーシャさん、うしろだ!」

「えっ……ッ!?」

「おせェんだよクソアマァアアアアア!!」

 

 いきなりガバッ、と後ろから首を絞められた。鋭く手首を捻られ、気の緩みも重なっていたのか武器を落としてしまう。

 首に巻き付く褐色肌の腕は間違いない、大柄男はまだ抵抗を続けていたのだ。

 これは油断した。暴走する手下連中にばかり気を配っていたが、煙とファイアフラッシュを逆手にとってこんなに接近してくるとは。

 

「ハァ……ハァ……どォオオだクソガキィ! ゼィ……てめェ追い詰めたつもりだったろ! ハァ……フヒ……フヒャヒャヒャヒャヒャ!! またまた形勢逆転だなァおい!」

「くっ……」

 

 男はせわしなくまくしたてた。

 余裕のなくなった敵は、それでもなおタルワールを構え抵抗の意思を見せる。

 

「ハァ……クソッタレが滅茶苦茶だ! いいか、使いきったクリスタル代も高くつくぞ! 必ずその身でツケを払ってもらうからなァ! ゼィ……と、とにかくだ! 女の命が惜しけりゃ今すぐ武器を捨てなァ!」

「……最後にもう1回だけ言う。その汚ない手でアリーシャさんに触るな……!!」

「あっそォかよヒーロー気取りィ! 墓の前で一生詫びてろォ!!」

 

 煙と(すす)でさらに真っ黒に汚れた男が、それでも狂ったように刃の欠けたタルワールを振りかぶる。

 だがルガ君の方が一瞬速かった。

 なんと、巨大な棍棒を溜めなしでブオッ!! と投げつけたのだ。

 アタシは同時に合気道の要領で鳩尾(みぞおち)に当て身をすると、緩んだ束縛を見逃さずその場で素早くしゃがむ。

 男の喉仏の辺りに鈍い音と共に棍棒が突き刺さると、今度はえずく男に追い討ちをかけていた。

 

「アリーシャさん、僕のを拾って!!」

 

 アタシに指示を出しながら疾駆(しっく)するルガ君は、厳しい剣幕のまま相手の右手をガッチリと背中に固め、なんとチャラチャラと首にぶら下がっていたアクセサリー郡を全部掴んで手加減もなしに引っ張ったのだ。

 「コヒュっ、コヒュっ……!!」と、酸素ボンベの失敗作のような息遣いが聞こえる。

 腕をガッチリ決められ、自身のアクセサリーで息も止められ、ブクブクと泡を吹き始めた大柄男の前に、アタシは拾い上げたルガ君のメインアームを片手に立っていた。

 意識の飛びかけた男の耳元に、ルガ君は静かに語りかける。

 

「この教訓は僕からのプレゼントなんだけど……『忠実な下僕』より『大切な仲間』だよ」

 

 皮肉を言われた男は、もうその言葉に反応することもできないでいた。

 経緯がどうあれ、結果的にこの大柄男は大敗を(きっ)した。少し臆病なほど慎重に、丹念に、念には念を押した作戦はすべて破られたのだ。

 アタシは恵まれているのかもしれない。今日1日でさんざんな目には遭ったけれど、こうして挽回のチャンスを与えてくれる仲間に出会えたのだから。

 

「ありがとうルガ君。これで終わりにしましょう……」

 

 残念ながら《両手用棍棒》スキルはスロットに入れていないので、鬱憤(うっぷん)すべてを晴らすような大技ソードスキルは放てない。

 だからせめて、アタシは恨み辛みを凝縮(ぎょうしゅく)させるように武器を溜めた。

 そして……、

 

「一生詫びてなさい! この変態男ォっ!!」

 

 ズドォッッ!! と。全霊を込めた一撃を脳天に叩き込んだ。

 潰れたカエルの様に痙攣(けいれん)する男は、何とも無様にノビてしまうのだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 アタシとルガ君は体中を(すす)で汚しながらも無事にダンジョンを抜けた。

 まだほとんど半裸のヨルコが泣きながらお礼を言いつつアタシに抱きついてきたけれど、よく見ると近くで10人以上のオレンジプレイヤーが無造作にぐるぐる巻きにされているのが目に入った。

 

「よっ、お2人さん。無事で何よりだ。そのお嬢さんに大体事情は聞いたから、ダンジョンから脱出しようとした輩は全員おれらでノしといたぜ」

「グスッ……ありがとうアリーシャ……ルガトリオさんも……助けてくれて……」

「あ~もぅ泣かない泣かない」

 

 鼻を真っ赤にしてすがり付くヨルコを優しくなだめると、アタシ自身も全身から力を抜きつつ息をついた。

 ヨルコが《ハラスメントコード》で《黒鉄宮》に飛ばした1人を含め、13人の犯罪者はこれで総叩きにできたわけだ。チームワークもへったくれもない歴史の浅いオレンジギルドとは言え、これほど早期に芽を摘めた事実は大きい。

 それに犯罪へのハードルを極端に下げた元凶であるラフコフは、もうこの世に存在しないのだ。SAO界のオレンジギルドは縮小の一途をたどり、今となってはその総数は50を切っているはず。本日消滅したこのオレンジプレイヤー達も、割合だけを見ればそれなりに影響があったに違いない。

 すると、アタシが考え事をしている間におもむろにヨルコがアイテムストレージを開くと、その中からレア度の高いアイテムを2つオブジェクト化させていた。

 

「アリーシャ……こんなのしかないけど、いま私ができる最高のお礼よ。受け取って」

「そんな、気にしなくていいのに……」

 

 しかし直後に「ルガトリオさんにも」と2つのアイテムを手渡されると、アタシだけの話ではなくなったので受け取らざるを得なかった。

 どうやら、せめてものお礼として手持ちで1番高価なものをくれたらしい。

 

「なんか悪いわね。……あ、物欲でやったんじゃないわよ?」

「もちろん。これは私の気持ち」

 

 そう言って彼女から渡されたアイテムの名は《漆喰(しっくい)のアームレット》。

 濁《にご》った銅色ではあるけれどやけに形の凝ったアームレットで、どうやら装着中10分間はソードスキルのクーリングタイムを激減してくれるらしい。1つはルガ君のものではあるが、両腕に装着することでさらに効果が重複(ちょうふく)されるのだとか。

 

「(へぇ、変わったアイテムね……)」

「それにしてもぉ、ルガァもアリーシャさんもボロボロだねぇ。そこで目を回してる真っ黒な人はぁ、そんなに強い人だったのぉ?」

 

 アタシと2人がかりでダンジョンから運び出し、髪と服のあちこちが黒コゲになった男を指しながら、ジェミル君がのんびりと聞いてきた。

 なんだかこの男がどんな人間だったかを詳しく説明されると、今度はアタシとヨルコの貞操観念が揺らいでしまいそうだが。救助があと1分も遅ければ危なかったし、彼女も知られたくなさそうに不安がっている。

 しかし聞かれたルガ君は、何でもなさそうにあっけらかんと答えた。

 

「いやいや、ちょっと度の過ぎたヤンキーみたいな人ってだけだよ。名前もわからないぐらい弱い人だったし。時間かかっちゃったけどね~」

「な~んだぁ、それならよかったぁ。てっきりただ事じゃ済まないかと思ったよぉ」

 

 こっそり視線をアタシに寄せながら、ルガ君は「えへへ」と笑ってみせた。どうやらダンジョン内での出来事を内緒にして、みんなを心配させないようにしてくれたらしい。

 しかし現に男は強敵だった。詳しく話せば自慢できる功績だったはずである。

 アタシは何だかドキドキしてきた気持ちを押さえつつ、むしろ振り払うようにして撤収(てっしゅう)の提案をした。もっとも、こんな連中といつまでもお散歩はごめんだったので、ぐるぐる巻きの連中を無理矢理立たせると、アタシ達はすぐに1層《はじまりの街》を目指した。

 

「(ハードな1日だったわ~……まあ、ちょっとはいいこともあったけど……)」

 

 隣を歩くルガ君をチラッと確認すると、目ざとく気づいた彼は首をかしげてくる。

 その子供のような仕草がまた思ったより自分の琴線(きんせん)に触れたらしく、オーバーヒートしたアタシは考えるよりも先に話しかけていた。

 

「ねぇ、アタシって男運ないわよね……」

「え、そうかな……ああ、昼に言ってたフリデリックさんのこと?」

 

 今度は相当コソコソと話していたので、先頭を歩く本人は聞こえていないようだった。

 気恥ずかしさで目尻が熱くなってきたが、アタシは自制もできずにどんどん口をついてしまう。

 

「う、ん……何て言うかね。アタシにも少し……その、やっぱかなり原因あるのかも……」

「アリーシャさんに原因か~……とてもそんな悩みはない人だと思ってたんだけどなぁ。だってその、すごく美人だし。……でも人それぞれあるものなんだね」

「そうなのよ……例えば……雰囲気に流されやすかったり、褒められるのに弱かったり……」

「えっ……?」

 

 ほんの少しだけ空気が伝わったのか、彼はピクッと肩を揺らした。おかげで自身の体温がなかなかにヤバめな感じになってくる。

 しかし、それでもアタシは続けた。

 

「アタシって……ほら、たぶん……ちょっと、惚れっぽいのかもっ……」

 

 照れっ照れな言い方になってしまったけれど、言い終えてから数秒待ってみる。

 まだ待つ。

 そして10歩以上も進んでからようやくその意味を理解したのか、ルガ君はお湯をかけられたように真っ赤になっていた。

 

「えあぅえぇっ?」

「……ぷっ……あははははっ」

「んん? 2人ともなんか楽しそうだねぇ。でもルガァは顔赤いよぉ?」

「な、なななんでもないよジェミル! 何でもないったら何でもないよ!」

 

 アタシを土壇場で助けてくれて、敵をこてんぱんに倒してくれたけれど。

 そういう純で可愛い反応だけは、まだまだアタシのよく知るルガトリオ君なのだった。

 

 

 

 


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