SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第102話 ビロードに染まる戦場(前編)

 西暦2024年11月7日、浮遊城第75層。

 

「クッソやっぱり硬ぇぞっ!! こいつ!」

「気をつけろ、甲殻が硬い! 『弾かれ判定』が出たらスキができちまう! 攻撃するなら全力でやるんだ!」

「ビビるな体重乗せろッ!!」

「ダメだ、ほとんど通ってないッ!! どんな防御力だコレ!?」

 

 開幕序盤。主にKoBとDDAの計18人が順番でタンクにあたり、相手の行動パターンを見極める、というのが当初の作戦だった。

 もちろん、それそのものは成り立っている。

 しかし問題は、《ザ・スカルリーパー》なるこのクォーターボスに通常攻撃がほとんど通らないことだろう。

 動きを見るだけではゲームは進まない。闇雲(やみくも)な突撃をするつもりはないが、ヘイトを溜めない待機組は側面、あるいは背後から手数を重ねて随時HPを減らしていく算段だったのである。

 だが、見つからない。

 すでに1人喰われているというのに。安定したダメージ源の確保がままならない……、

 

「ヤバすぎだろコイツ!? ヒスイっ、なにか見つけたか!?」

「ううん、ダメ! 強いて言えば関節だけど! あの減り方は弱点って感じがしないの!!」

「なら状態異常系かもしれません!」

「いや、ダメだったよシーザーさん! さっきジェミルが手持ちの《猛毒ナイフ》全部命中させてたけど、異常値溜まってる気がしないって! 適用エフェクトが出ないんだ!!」

「ンなアホなッ!? じゃあどうやって……」

 

 あれもダメ、これもダメ。カズからの追加情報により、俺は焦りでどんどん視野が狭くなっていくのを自覚した。

 やはり大技を叩きこむしかないのだろうか。

 だが、《怯み値》を溜めてスタンでも発生させなければ、ソードスキルによる隙の大きい技は放てない。スカルリーパーに返しの即死スキルをブチ込まれれば、晴れてお陀仏(だぶつ)になるからだ。そして現状のように、剣先でチクチク刺しているだけでは永遠に溜まらないだろう。

 そうこう悩んでいるうちに1人、また1人とウワサのソードスキルによって()り砕かれていた。

 あり得ない。大鎌と尾による何らかのスキルであれば、その種類に関わらず直撃した時点でアウト。等しく一撃で葬る力が備わっている時点で、奴にとってプレイヤーは十把一絡(じっぱひとから)げな存在にすぎないらしい。

 攻略の糸口がないまま、これで3人目である。

 

「(人間死んでんだぞッ! なんで何も見つからない……!!)」

「このままじゃマズいわ! カマが大きすぎて、スキルが発動するたび誰かしらに当たってる!!」

「クソ、見りゃわかるっての!! だったらアレだ、《ライノセラス》ブチかまずぞ! ルガとジェミルは援護くれ!!」

「そんな、ソードスキルを!? ホントに行くのっ!?」

 

 それには愛用の大剣(ガイアパージ)を肩に担ぐことで応えた。

 《ガイアパージ》専用ペキュリアーズスキル、超級単発重反動斬《ライノセラス》。

 50層フロアボスLAボーナスの魔剣にのみ発動の許された――元よりペキュリアーズスキル保有武器は、どれも固有のものだが――技で、モーション自体はシンプルな斜め斬り《スラント》と変わらない。ただし、攻撃力とは別にヒット=《確定怯み》の特典が付く。

 すなわち、命中さえすれば反撃をもらわない、一種の防御にも繋がる汎用スキル。

 と言う前提さえ、適用されるか不安は残る。この規格外に巨大なのフロアボスが、それすら無効にする可能性は十分にあるからだ。

 もしそうなれば、目の前でポストモーションを課せられることになる。一転、死ぬのはこちら側。

 

「(頼む、効いてくれよ……)……ルガ! タイミングは合わせる!!」

「カマ弾くよ……いまっ!!」

 

 声が聞こえた瞬間、俺は猛然(もうぜん)と駆けた。

 一気に視界がトリミングされ、焦点にはスカルリーパーのみとなる。

 一挙手一投足に集中し、空いた穴に重撃を叩きこむためだ。

 側面に回ったジェミルからは合図とともに《閃光弾》も投げられた。しかし目を開けた先に暴れ続けるボスを見て、やはりデバフ系では効果がないことを確信。

 すぐにスイッチによる連撃へ思考をシフトすると、カズの視線誘導、および大鎌の一撃を弾く瞬間を利用して突撃姿勢を作った。

 緊張を払い退け、システムアシストを起動。

 体が羽根のように軽くなると、踏み込んだ直後にアバターは吸い込まれるように腹部へ射出された。

 

「オッルァアアアアアアッ!!」

 

 可能な限りの膂力(りょりょく)を解き放った。

 激しいライトエフェクトと轟音が響き、両手の先からは鋼鉄の壁を金棒で殴ったような反動。と同時に、スカルリーパーは聞いたことのない鳴き声を上げた。俺の渾身の一撃はクリティカル判定にもなったようだ。

 そして……、

 

「(減ったぞ、オイッ!?)」

 

 目に見える形で、そのHPが急速に減少したのだ。

 しかも先刻の通り、断岩の両刃剣(ガイアパージ)の特殊技は確定スタン付き。それを知るギルドメンバー、ヒスイとアリーシャが時間ロスなしで追撃した。

 エフェクトが花火のように舞う。ごくわずかな時間で、微動だにしなかったゲージがじりじりと減少していく。

 そしてそれは、単なる数値的なダメージに留まらなかった。

 一矢報いるチャンスを得られたのだ。おまけにこちらには切り札(・・・)もいる。

 

「そうか、やっぱりソードスキルだっ!! スキルを当てれば削れるぞ!!」

「けどムカデが早すぎる! 止まるのも危険だ!」

「ヒースクリフ、この期に及んで出し惜しむなよ! 例のアレ(・・・・)で止めてくれれば俺達が前に出る!!」

 

 俺たちの戦果を見て、DDA総隊長のリンドがそう叫んだ。

 少々姑息だが文句はない。どのみちKoB団長様の絶対防御なしにはリスクが高すぎる。あとはスキル発動中に誰が攻撃するか、という点だが、人数の多い彼らDDAがダメージの貢献具合をここで稼ごうという腹だろう。いかにも好戦的なギルドらしい。

 さりとて、自らの部隊はタンカー(そろ)いで、最大打点を期待できる副団長アスナも不在とあれば、彼は効率面で反論できない。

 かくしてヒースクリフの反応は、「よかろう」のただ一言だった。

 この男は逆に撃破リワードに無頓着すぎるが、たったそれだけで神速の鬼と化し、一切の恐怖すら感じさせないまま単騎で突撃していく。重装の男とは思えないスピードである。

 

「うお、行くなァマジで。手がすべったら終わりだぞアイツ」

「縁起でもないこと言わないでよ。今あの人を失ったら、あたし達も一気に不利になるんだから……」

「そりゃそうだけどよ……」

 

 歯がゆいが、ヒースクリフの能力頼りというのは事実。

 彼の保有する最長にして最堅の防御体制。一対の剣と盾(メインアーム)をクリアベールに包み、あらゆる脅威をシャットアウトする《神聖剣》専用ソードスキル。絶堅連続完全防御《アイソレイデ・ムーン》の存在があるからだ。

 俺も一世を風靡(ふうび)した彼の10分間無敵モードはよく知るところだし、ハーフポイントの8刀流をたった1人で完封してみせた衝撃は今でも忘れていない。

 しかし、やはりあれも『人の技術ありき』だった。

 ぼう、と立っていても死なないわけではない。「10分間集中するだけで限界だ」という俗識も、もとはと言えば彼自身がのたまったほどである。だとすれば、身の丈をゆうに超える大鎌を軽々といなし続ける最強タンカーの度胸は計り知れない。彼を見やり、改めて尊敬を超えた一種の寒気を感じざるを得なかった。

 あの自信はなんだろうか。

 どこから来ていて、絶対に()るがないのだろうか。

 まるで自分が死なないことを知っているかのように。どこか創作世界の主人公にでもなった気分でいるあの男は、そうした英雄観を貫いたままHPを注意域(イエローゾーン)にすら落としたことがないという。それがもし事実だとすれば、単純なステータス差では説明のつかない溝が、彼と攻略組に存在することになる。

 ハイランカーとてギリギリの生活でレベリングに邁進(まいしん)しているのに、果たしてそんなことが……、

 

「ジェイドやったね! 効いてるみたいだよ、この作戦!」

「1段目もそろそろ削れそうじゃない!?」

「あ、ああ……」

 

 仲間の歓喜に意識を戻されると、確かにスカルリーパーの1本目のバーはすでに赤く染まっていた。クライン達も「お手ガラだな、ジェイド!」なんて元気よく叫んでいる。

 俺が突破口を見つけたところで、他のパーティも攻撃的なフォーメーションを取っているからだろう。

 基本的に《ソードスキル》は反撃をもらわないディレイやスタン発生時に放つものである。それらは内在値の蓄積により確率で発生するもので、一撃必殺を持つ敵相手にこれほどリズミカルに放っていいはずがない。

 こうしたゴリ押しは《神聖剣》による恩恵が大きい。(くだん)の無敵バカは、一切のノックバックすら受けずに走り回っているが、期間終了まではまさにフィーバータイムだ。

 

「(2本目はいくな。なるべく次のゲージも……)」

 

 そうして俺達に3度目のローテが回ってくる頃には2段目に突入。しかし、いざ攻撃を仕掛けようという段階で異変が起きた。

 フロアボスが苦しそうに悶えたかと思ったら、『変形』しだしたのだ。

 ムカデのような形状だった下半身は、数多の足が畳まれることで大きな尻尾へ。骨を鳴らしながら前面にある6つの脚だけ大きく膨れ上がると、それを6本足に見立て鋭利な爪を地に突き刺したままうずくまる。そしてその背中には、どこから生えているのか翼竜の翼らしき骨格が形作られていった。

 骨格形成だけにとどまらない。その上部からは腐肉のような赤黒いジェル状の物体がドロリと垂れ、骨と骨の隙間をグロテスクな(まく)(おお)った。

 討伐隊の面々が固唾(かたず)を呑んで見ていると、とうとうスカルリーパーは独特な鳴き声と共に翼を一翔。そのワンアクションだけで風圧耐性の低い軽装プレイヤーはディレイを起こしていた。

 具現化された姿は、甲殻類と昆虫のキメラじみた外格を持つ、2刀の大鎌と翼付きのモンスターだった。

 

「くそっ、異様な形だ。尻尾の位置が高くなった! 側面から当たり辛いぞ!」

「神聖剣の効果も終わっちまう!」

「だがすべきことは同じだ! 次のローテでは俺達のタンカー隊も使う!」

「その間に可能な限り削るぞ!!」

 

 普段は精悍(せいかん)な顔立ちを歪めるも、リンドの指示はフロア全体に響いた。おそらく彼の部隊であるB班(アタッカー)だけでなく、C班(タンカー)の戦力をパーティ全員のために消費すると言っているのだろう。

 ヒースクリフと同等の防御力を得るために小隊を丸ごと動かすとなると、それだけで攻撃に参加できるプレイヤーの数は激減するが、このボスと戦うにあたり慎重すぎるということはあるまい。

 しかし……、

 

「(C班、って1人欠けてんじゃねェかッ……5人で防げんのか!? あのバカみたいな火力を……!!)」

 

 タンカー隊隊長(シュミット)の能力を疑っているのではない。元は弱小ギルド《黄金林檎》からの成り上がりかもしれないが、こうして(おさ)を任命された以上、その単純な壁性能はレジクレの誰よりも優秀なはずだ。

 されど、それがボスに通用するかは別問題である。

 《神聖剣》によるかのソードスキルは、あらゆる物理、属性ダメージを100パーセントに近い比率でカットしていたのだ。

 根本的な条件が異なる。ノーマルな盾で前衛を維持しようとすれば、その強化具合だけでなくC班全員の動体視力や判断力、そして部隊の連携練度にも左右される。

 

「動け! とにかく走り続けろ!」

「ジェイド! アリーシャさんが被弾した!! 次のローテに回そう!」

「あたしはノーダメ! ガードは任せて下がって!!」

 

 変形したボスに対し、攻撃のターンが止まる。同時に《神聖剣》の《アイソレイデ・ムーン》も終了し、宣言通りC班が一斉に前に出た。

 すでに3人が犠牲になっているのだ。これ以上は……、

 

「ハァ……ハァ……どうにか無事だったね。クラインさん達、大丈夫かしら……」

 

 ヒスイは息を切らしながら、入れ替わりで前に出たE班、すなわち《風林火山》とエギルのチームを見やりながら心配そうにつぶやいた。

 ここからしばらく絶対防御の加護がなくなるからだろう。

 そしてやはり、ボスの動きにも変化が見られた。羽による風圧ディレイの他に、序盤から大雑把だった通常攻撃がよりコンパクトになっているのである。

 ますます慎重な対応が求められる。そう思った矢先だった。

 

「クソ、一撃が重い! このボスッ……ずいぶん狙ってくるようになりやがった!」

「被弾した奴はマジで気をつけろ! 優先的に攻撃してくるぞっ!!」

「うわっ、コイツ浮くのかッ!?」

「翼を使った! 全員けいかーいっ!!」

 

 スカルリーパーが不完全な羽根で羽ばたいたのだ。

 足元に潜って包囲していた連中は軒並み吹っ飛ばされる。

 だがボスはすぐに飛翔を停止し、落下した。巨体を利用した圧殺コンボ攻撃だ。

 

「おい、早く逃げっ……ぐああああっ!?」

 

 そして、すべてを薙ぎ払う衝撃が。

 俺は反射的に叫ぼうとしたが、その声すら続く轟音にかき消された。

 爆心地から距離があったにもかかわらず、地割れや隆起が発生するほどの災害じみた攻撃を前に、あくまで二足歩行ユニットであるプレイヤーはなす術がなかった。

 剣を突き立てひざをつく者、なかには転倒している者までいる。

 さらに煙が晴れると、奴の巨大な6本足の下でレイドメンバーが2人もがいていた。

 1人はシュミット隊のタンカー。もう1人は風林火山のメンバーが。重装の男に至っては、真上を向けたシールドの中心を貫通して串刺しにされている。

 ガード行為すら無視する攻撃が存在するのか。

 

「(こん、な……どうしろってンだよ……ッ!?)」

 

 付近の討伐隊が脱出を促したり、連続攻撃によるヘイト調整を試みるも、フロアボスに容赦はなかった。

 曲骨鎌(きょっこつれん)専用ソードスキル、六連懊悩極之毒牙(おうのうきわみのどくが)異端者への蠍の鎌刑(シコゥピオン・フォレディック)》。

 縦振り確殺6連撃のうち、2発が双方の人体を蹂躙(じゅうりん)すると、そのアバターはボスに踏み抜かれたままパーティクルとなって砕け、跡形もなく消え去った。

 これで5人。

 本当にふざけている。

 ヒースクリフがいなければ、初見の技が出るたびに即死だ。そこにいったいどんなゲーム性や戦略性があるというのだろうか。

 俺達は無謀な賭けをしているのではない。むしろその真逆。騰貴(とうき)して久しいレアアイテムをふんだんに使用し、クリア適正レベルを逸脱(いつだつ)するまでレベルを上げ、安定した狩りに臨めるよう万全を期したはずだ。現に75層に到達してからボスに挑戦するまで3週間も要している。

 だからこそこの結果が生まれたこと自体に、『プレイヤーを1人でも多く抹殺しよう』という、製作サイドの歪んだ執念を感じた。

 

「う、うわぁぁあああああっ!? また一発だぞ!?」

「くそ……こんなの! 勝てるわけないだろう!」

「助けるチャンスもないじゃないか、ちくしょう!!」

 

 2名の戦死で一気に戦局が傾いてしまった。

 クライン達もひどく気を取り乱し、臨時メンバーであるエギルがどうにか危険な行動に出ないよう抑え込んでいるのが現状だ。

 キリトも《二刀流》を構えたが、同班のアスナが制止している。強力なスキルによる一撃を10回以上も叩き込む前代未聞の継続火力がウリだが、ただでさえ危険な前線に立つ時間が長くなる。今回ばかりは絶望的に相性が悪い。

 ローテの順番で言えばまだ先だったが、レジクレがどう動くべきかの決断も迫られた。

 

「ジェイドどうするの!? アタシらも行かないと、みんなシリごんじゃってるじゃない!」

「あーッてるよ、クソ! 女組は引きずってでもE班引かせろ! ヤロウ共はヘイトかせぐぞ!! ジェミル、閃光なくてもやれるな!」

「もちろん! あと攻撃は受けずにかわそう!」

 

 有用なソードスキルがクーリングに入っている今、頼れるのは己の技術と判断力のみ。

 だからこそカズ、ジェミル、シーザーの3人は短い命令だけで役割を理解し、各々がベストな行動を取ってくれた。

 俺も目の前の死神に集中する。

 大きく振りかぶった凶刃が迫る直前、体を折りたたんで小さく回避。すぐ背中を濃密な殺意が過ぎ去っていった。

 風圧だけで寿命が縮まるようだ。ソードスキルではない……すなわち問答無用の屠殺攻撃ではないにせよ、奴の生み出すダメージ数値はそこらのMobとは一線を画する。

 激しい反動に耐えながらどうにかやり過ごし、6本足の一部にわずかな切創痕を残してやる。

 減ったのかどうかもわからない体力。

 それが、個人がなせる精一杯の反撃だった。

 しかしそこで、またしても風林火山のメンバーが尻尾攻撃に被弾して転倒(タンブル)させられているのが目に入ってしまった。装備重量の関係上、どうしても鈍足になるからだろう。

 もっとも、この戦いにおいて防御性能はほとんど意味を成さない。

 

「カルゥーっ!! 早く逃げろぉおお!!」

 

 だが、クラインの絶叫は虚しく通り過ぎた。

 重厚な武者鎧に全身を守られていたはずの男性は、7割以上もHPを残した状態でたった1度の刺突攻撃を受け、それを全損させたことにより現サーバから消滅する。

 また無機質な音が響いた。

 《風林火山》からは2人目。HPゲージ2段目に突入してからまだ有効打を出せないまま、討伐隊の戦力だけがどんどん削られていく。

 

「あ、あァ……クッソ……ちくしょう、このヤロウ!!」

「待てクライン! 1人で行っても意味がない! 仇を取りたいならッ、なおのこと周りを見ろっ!!」

 

 視界の端で奔走する大男と、それにともなう野太い喝破(かっぱ)が聞こえた。きっと褐色肌のハルバード使いがクラインをなだめていることだろう。思わず俺もカズ達の安否を確認してしまったほどである。

 無論、仲間を奪われた彼の気持ちはよくわかる。すぐさまこのボスを叩き潰したいはずだ。

 しかし、そのためには……、

 

「(くッ……!?)」

 

 ガチンッ!! と、またも凄まじいスピードで振り抜かれる大鎌の主軸を大剣でズラす。

 両腕に凄まじい衝撃。だがパリィ成功にもかかわらず、その規格外の重さ(・・)にHPが減少。すでに時間稼ぎは十分だったが、思考する時間さえままならない。

 とにかく、必要なのは反撃のための準備。ソードスキル必中のタイミングを作るため、普段以上にタンカーを前に出すこと。

 そしてそれは、思わぬ形で成立した。

 

「下がれジェイドはん! ワイらが出る!! ベイパーッ、用意できとるなァ!!」

「こっちはいつでも!! 仲間の仇を、必ず!!」

「キバオウか!? おい、軍にはキツいぞ!」

「アホウ、言っとる場合か!!」

 

 G、H班の計10人にも上る男達が果敢に前に出たのだ。

 しかも入れ替わり際、「それに、もう《軍》ちゃうで!! しっかり焼き付けとき!」と言い放った彼の宣言は伊達ではなかった。

 両端まで8メートルはあろう翼の羽ばたきに対し、なんと彼らはまったく怯むことなく、むしろダメージを伴わない行動に対して強気にも攻撃に転じていたのだ。

 俺達は一定の規則世界でルールを課せられたプレイヤーに過ぎず、奴の巻き起こす風圧は気合いでどうこうできるものではない。

 となれば、あの集団のとった対策は1つ。

 

「あれかっ、腰に巻いてるベルト!」

「みたいですね。埋め込まれている宝玉の色から、おそらくあれは《防風の貴石》。しかも、レベルマックスを10人分も……」

「いえ、もとは全員分だったはずよ。豪勢なこと。やっぱり軍の名残ね……」

 

 キバオウの班からも、ベイパーの班からも、すでに1名ずつの殉職者を出している。しかしフルメンバー分の装備が整っていたことは想像に難くない。

 回復中のシーザーとヒスイも同じ結論に達したようで、エナメルに光る黄金色の皮ベルトと、その中心で輝く青緑の透明結晶に注目していた。

 特定の敵に有効なあの手の対策アイテムは、古今あらゆるRPGに導入されてきたポピュラーなものである。そして1度作成すれば恒久的に使用できるタイプであれば、その作成難度を上げることでバランスを調整されてきた。

 《防風の貴石》のカンストレベルは最高級アクセサリだ。凋落(ちょうらく)した《軍》から脱し、《レジスタンス・ネスト》として再誕した面々は併せて2パーティ分。最終強化には例外なくレアドロップ素材を要求されるので、あれらを準備するだけで相当な時間を要したはずである。

 それに乱戦をよく見ると、彼らの装備がさらにスマートになっていることに気が付いた。直前のローテ待機中に機動性志向の装備へ着替えたと推測できる。

 アバターへのスキル直撃以外……つまり盾による防御を介した余波なら、単純なダメージで済む。死ぬのはスキルの直撃時であって、『攻撃力無限』などの設定ではない。

 というカラクリを見抜いてか、可能な限りのメンバーが盾を構えて相手の邀撃(ようげき)に備えている。

 平均レベルも文句なしの攻略組と同水準。あとは『ガード不可』と判明した先ほどの飛び掛かり攻撃に反応できれば、晴れてセーフティラインの完成だ。

 

「(いい対応力だ。これならしばらく任せられる……!!)」

 

 戦法が変わったことで対処に遅れた討伐隊も、彼らの奮戦中にどうにか立て直せたようだ。

 問題はクラインのいるE班である。物理的にも精神的にもパーティの被害が大きすぎる。

 だがここで、動きを止めないままカズが意外なことを口走った。

 

「ジェイド、どのみち風圧、振動、ガード貫通技に個人で対応するのはムリだよ! レジネスの人にだって限界が来る!」

「そりゃあな! おまけに各デバフまで無効ときてやがる!!」

「でも、《ライノセラス》の確定スタン効いた。でしょ!? ならこれを活かさない手はないよ! 他班と協力してソードスキルを入れよう(・・・・)!」

「1回はできるさ。けど続かないんじゃ……っ」

 

 武器の固有技はどれもユーティリティなスキルだ。《ライノセラス》も1度撃ってからクーリングタイムは終了しているし、俺も再発動のタイミングを見極めていたところである。

 練習できない点は気がかりだが、スキルの直撃直後に奴の広い体面積へ全方位からソードスキルが決まれば、それだけで一気に趨勢(すうせい)は好転するだろう。

 しかし俺のスキルは断続的に発動できない。という問題さえも、彼は即座に打ち破った。

 

「これだよジェイド! 《漆喰のアームレット》! 装備者のスキルのクーリングタイムを大幅に縮めるんだ!!」

「そっか。そういやこれッ、効果が重複するタイプの!」

 

 そう言ってカズが取り出したものは、濁った銅色の腕巻き。腕に装着するものなのに、人の腕を模したデザインの悪趣味なアームレットだった。

 それを見た俺はようやく彼の言わんとすることを理解する。

 助けられた礼として、元《黄金林檎》のメンバーたるヨルコからこれを贈答(ぞうとう)されたのはつい先週の話である。そしてその効果は彼の指摘通りのものだった。

 すぐさまアリーシャを呼び戻し、同じように死蔵されていたレア物を彼女のストレージから引っ張り出させた。

 あとはレイド長に話を通すだけ。

 もっとも、究極的には確定作業となる脳死戦術こそ安全策だということを、ゲームに耽溺(たんでき)する彼ならよく知っているだろう。

 せわしなく動く他班の連中をすり抜けると、俺は迷わずヒースクリフに駆け寄った。

 

「A班! おいヒースクリフ! このままじゃラチが明かねェ。俺らが動きを止めるから、《レジネス》の連中を下げて一斉攻撃してくれ!! こっちには確定スタンを連発させる装備がある!!」

「……先ほどのスキルかね」

「どうしますか、団長!? 確かめる時間はありません……!」

「やむを得ん。しかし前線で援護には入れない。きみの硬直中は……」

「ハッ、俺のスキは仲間(レジクレ)が埋めるさ! ヤれんのは数分だけだ。各隊の攻撃への指示、マジで頼むぜ総隊長っ!!」

「任せたまえ!」

 

 たったそれだけの返答で安心できてしまうのがこの男の恐ろしいところである。単体性能だけではない、集団が持つポテンシャルを効率よく引き出せるからこそ信頼がおける。

 いずれにせよ方針は決まった。

 そうしてA班が作戦を伝達させるなか、俺自身も二の腕に2つ分のレアアイテムを装着しながら精神を研ぎ澄ませた。

 仲間が陽動のために攻撃目的ではなく前に出る。

 俺が動いたのは、スカルリーパーの視線が彼らに向けられた直後だった。

 

「(決めるッ!! 一発目だ、当たれよクソッタレ!!)」

 

 周りを見ている余裕はなかった。

 スキルが立ち上がる。両刃大剣が濃い緑を纏うと、たった1歩で数メートルを移動。

 焦点は白骨の胴のみ。

 

「っけェえええええッ!!!!」

 

 ゴッガァアアアアアアッ!! と、絶叫、スキルのSE、ヒット時の爆音がすべて重なった。

 敵の各関節から酷い軋轢(あつれき)が生じ、俺の両腕には信じられないほどの反動が襲う。

 さりとて、目的だけは果たされた。

 スカルリーパーは無尽蔵に放っていた攻撃の手を止め、後ろに大きくよろめいてから大ダウンを起こしたのだ。あらゆる大型Mobに設定された最大の攻撃チャンスである。

 

「総員! 攻撃せよっ!!」

『うおおおおおおおおおおッ!!!!』

 

 途端、一気呵成(いっきかせい)の大反撃が始まった。

 ほんの数十秒前まで誰かの後ろで尻込んでいたプレイヤー群が、血相を変えて我先にと斬りかかる。ある意味それは恥も外聞(がいぶん)もない、生存優先を徹底する攻略組が織りなす戦法の集大成だった。クライン達もこの時ばかりは我を忘れて殺戮鬼と化しただろう。

 作戦は見事にハマった(・・・・)

 微動だにしなかったHPはみるみる削れ、レジクレメンバーに守られながら、数倍速で回復する《ライノセラス》のクーリング経過を待つ。

 すると、再びメンバーがこじ開けた数瞬のタイミングに一撃を叩きこむ。

 わずか数手のルーチンによる攻略手順を前に、ハーフボスは完全に制圧された。

 

「行け! 手を休めるな!!」

「この調子なら2段目を飛ばせるぞっ!」

「押し切れェ!!」

 

 討伐隊の猛攻と高揚感に押され、思わず両手に力がこもる。

 数えきれないほどの集団バフ、瞬間ブースト、高価格汎用品が湯水のごとく消費されるなか、やがてボスにも限界が訪れた。

 

『ガガギギッギギギギギィッ!!』

「しゃあ! これで3本目行った!!」

「くらった奴、いるか!? 各班!」

「大丈夫です! B班、全員います!!」

「被弾ゼロ! まだやれますよ、これなら!」

 

 半分を乗り切った。ぶっつけ本番のハーフ戦においてこれは快挙だろう。

 しかしまた例の演出も挟まれた。ソードスキルを好き放題ブチ込んでいた連中も、数歩下がって様子をうかがっている。

 案の定、スカルリーパーはまたしても変形シークエンスに突入した。

 薄い膜でしかなかった翼間の肉は徐々に厚みを増し、見違えるほど重厚な一対の大翼となる。

 変化は背部の翼だけではなかった。グロテスクな頭蓋(ずがい)はすでに骨だけではなくなり、もうドクロとは呼べないほど腐肉が癒着(ゆちゃく)している。脚部もよりスマートにまとまって馬のようなフォルムになり、その足の体節や太い肋骨からもドロドロの肉が滲みだし、不完全な筋繊維と血管で(かたど)られていった。

 その光景は再生と表現すべきだろうか。

 すでに朽ち果てたはずの肉体を、戦いの最中(さなか)に取り戻していくかのように。

 そして、肉体機能が復活するたびに失われた殺戮本能すらも取り戻していくかのように。

 原理やストーリーまでは追っていないので想像するしかないが、おそらく最終段になると同時に本来備わっていたすべての機能を手にするのだろう。

 

「気をつけろ、より筋肉質になったぞ!!」

「速度も上がっているだろう! 下がった班も気抜くなよぉ!」

「来るぞ! スキルだけは絶対避けろッ!!」

 

 再開直後、スカルリーパーは両手の大鎌を叩きつけるようなソードスキルを放った。

 爆心地からは轟音と白煙が広がる。被弾者はいなかったが、凄まじいスピードだ。本作におけるモンスターの形状変化とステータスはリンクしていることが多いため、きっと奴の肉体付与は単なるコケ脅しではない。めまぐるしく動く眼球から察するに、攻撃の命中精度も飛躍的に上がっているだろう。

 しかも濃煙が晴れると、信じられない光景が広がっていた。

 

「も、モンスターが増えてる!?」

「6体も……!! これじゃあ集中狙いできない!」

 

 視線の先には羽を持たない6本足の骨のバケモノ、2刀鎌まで主を真似たスケール縮小版のモンスターが6体も地面から出現していたのだ。

 それは一見、土葬された同族の遺骸(いがい)が仲間の窮地に意識を取り戻したような印象さえ与えた。

 いずれにせよ、これで注意すべきポイントは一気に7か所にまで(ふく)れ上がる。

 

「クソッ、取り巻きまで出てくるのかよ!」

「各班警戒!! ザコからも一撃死される可能性がある!!」

「モーションを見て覚えることからだ! 常にチームで動け!」

 

 それらの指示に従い、レジクレを集合させる。

 しかし、悪い報告が連続して届いた。

 部隊の誰かが「それだけじゃない! ボスが浮いてるぞ……!?」なんて叫んだのだ。

 改めて向き直ると、全方位へ風圧による行動阻害をかけながら、なんとスカルリーパーは大きな翼を何度も羽ばたいてエリアの中央で滞空していたのである。

 ジャンプ攻撃のための跳躍ではない。空中で新たな揚力を生んで飛翔している。

 まさか、あの巨体で飛行能力まで有するというのか。スケールに合わせて高い高度を保っているため、現実離れした爽快(そうかい)アクションを行えるプレイヤーの脚力をもってしても、ただのジャンプでは剣先を届けられそうにない。

 これでは攻略にならない。

 

「(シャレになんねェぞこいつッ……でも、まずはザコからだ!!)」

 

 しかし最も危惧すべきは、取り巻きからの妨害でスカルリーパーのスキルを避けきれなくなるケース。奴が高度を下げる瞬間には、風圧による行動阻害までされかねないのである。

 ボスはメインタンカーに任せ、俺達も歯車として役目に集中する。

 小型版の頭に浮かぶカーソルには《スカル・サブシトゥード》とある。残念ながら意味まではわからないが、この戦場において重要なのは奴の和訳ではない。

 

「ヒスイ、一発受けろ! ダメージを見る!!」

「わかってる!」

 

 彼女はすでにフォワードの席を位置取ると、部隊一防御力に秀でる自慢の円盾を構え、取り巻きのタゲを取りに向かっていた。

 ガードの上から抜かれた分の減少値から、相手の攻撃力を逆算する戦法である。

 ――さあ、どんな技を持ってやがる!?

 俺、ひいてはギルドメンバーが一段と身構えた。

 取り巻き(サブシトゥード)は曲がった背筋を伸ばしても、尾の先まで3メートルほどしかない体躯だ。となれば分相応の怯み耐性しか持ち合わせていないはずで、ヒスイの《反射(リフレクション)》スキルがうまく決まれば、怯んだ隙にで追撃を叩きこむことすら可能だろう。

 そしてこれは完全に俺の経験による想像だが、この取り巻きまでボスほどの瞬間火力があるとは考え辛い。

 しかし、突撃系ソードスキルを放てるよう腕を引いた瞬間だった。

 

「な、にこれッ……!?」

「くっ!? 耳が……!!」

 

 サブシトゥード共の両目が紅く発光し、甲高い声で吠えたのだ。

 戦場に響くのは、鼓膜を直接振動させるような低重音。

 そこかしこでキィィィンッ、と耳を(ろう)するハウリング現象が起き、取り巻き共の付近にいたプレイヤーが何らかのエフェクトに包まれる。

 ヒスイから発せられる短い悲鳴。すると、確かに接地していたはずのその体はフワリと浮き上がった。

 彼女だけではない。軽装ながらも貴金属防具を纏うはずの各隊のプレイヤーが、完全に重力に反して空中に持ち上げられる。技の有効範囲にいた計5つものアバターが無防備に晒された。

 

「べ、ベイパー……!? 何しとんねん、はよ下がれや!!」

「ダメです、重力が!? た、助けて!!」

「シュミット隊長っ!! 早く降りて!」

「どうなっている!? クソ、ひとまず取り巻きから離れろッ!!」

「そんな!? 待って、エルバートさん! オレを下ろしてくれぇ!」

 

 そして時同じくして、ヒスイの頭上……スカルリーパーの4メートルを超す両刀と長い尾が鈍く発光する。

 

「おりっ、られない……!?」

「ヒスイッ!!」

 

 俺はほとんど反射的に飛び出し、殺傷力のないブレードの腹を前方に向けたまま大剣を大上段で構えた。

 彼女の腹部を剣先でド突いて地面へ叩き落すのと、滞空するボスから技が放たれたのはほぼ同時だった。

 《曲骨鎌》専用ソードスキル、全方位回天九連撃《死星成す天象儀(シャイン・プラネノヴァ)》。巨体の旋回により、鎌と尾による3本の軌跡が天体の軌道を描くように空を半球に彩り、その閃光の筋は4つの人体を精密に貫通した。

 うるさいほどのサウンドエフェクトと、凄まじい迫力の広範囲殲滅撃。視線を上げると、硬い珪素(ケイソ)が砕ける特有の四散景と轟音がこだました。

 同時に、空中では複数のアバターが硝子(しょうし)のフレークと化す。

 

「あ……っ、ぁ……!!」

 

 エリア全体に人灰の雨が降る。それも、4つ。

 気づくと、そこには戦意喪失の渦が広がっていた。

 峠を越えたかに思われた戦局はわずか1手で覆され、同時にこれまでに10人もの戦友を失う結果をもたらした。そのリストにはシュミット、ベイパーという2人の部隊長まで含まれる。

 進捗は、まだ半分。

 まるで戦果に満足したように、スカルリーパーはひと際大きく戦慄(わなな)いた。

 地を這い、天を見上げる戦士達が硬直するなか、やがて戦闘は強制的に再開される。感情を持たないはずのモンスターの方が、争いの本質を思い出させるかのように。

 

「(俺はッ……こんな、ところで……!!)」

 

 気負う虚勢とは裏腹に、俺の中で、戦意を灯す中核が砕ける音がした。

 

 

 

 

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