SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第103話 ビロードに染まる戦場(後編)

 西暦2024年11月7日、浮遊城第75層。

 

 すでにそれは、戦闘と呼べるほど拮抗してはいなかった。

 滞空するスカルリーパーに対し、投擲武器を除けば攻撃を届かせる手段がないのだ。しかし、手序(てつい)でに取り巻きに近づこうものなら、《反重力》と名付けられた特殊技と即死コンボの餌食となる。空中に投げ出された時点で、羽のない人間に逃れる術はない。

 命知らずのヒースクリフだけはサブシトゥードに斬りかかろうとしていたが、今は彼の部下が必死に抑えている。司令塔に万が一のことが起きないようにしているのだろう。

 まさに雑然(ざつぜん)とした獲物の狩り場。

 事実上の潰走者となり果てた討伐隊は、まともな反撃すら試みないまま10分もエリアを逃げ回っていた。

 

「勝てない! こんなの、一方的じゃないか!!」

「ザケんな、どう戦えっつうんだよッ!」

「初めからクリアさせる気なんてなかったんだ! ちくしょう!!」

 

 天蓋(てんがい)に浮かぶ死神を見上げ、各々がそうやって悲観しているのにも理由がある。

 先ほど空中のボスがまた新しい技である『飛ぶ斬撃』スキルを放ったことで、さらにメンバーが1人減っているのだ。

 現時点で11人もの死者を生んだことになる。

 偵察隊まで勘定に入れればその倍。仲間の凄惨な最期を看取ることしかできなかった討伐隊の士気はほぼ壊滅。さしものレジネスメンバーも、まさか重力を打ち消す攻撃に対するメタアイテムまでは持ち合わせているはずもなく、双璧を成す隊長の1人を失ったことで指揮系統は混乱していた。

 

「(ダメだ……これじゃあ、どうやって……ッ!?)」

 

 かく言う俺も仲間に指示を出せないでいた。

 だがその時、視界の端で動く気配があった。光沢のない甲冑を身に纏う、そのトゲ頭の男は……、

 

「バカっ、キバオウ!? 1人で動くな!!」

「……ワイとて、これ以上仲間はやらせん! よう見ときジェイドはん! いや、全員や!! 正解(・・)かどうか、確かめたるわっ!!」

「おっ、い……!?」

 

 引き()める間もなかった。

 ほんの10分前にベイパーが死んだばかりだというのに。全小隊員の制止すら無視し、味方1人付けず。甲冑を鳴らし走るキバオウは、鉄砲玉のように取り巻き集団と距離を詰める。

 もちろん、取り巻き(サブシトゥード)は待ち望んでいたかのごとく人外の高い音程で鳴き、両目を紅く発光させた。

 一見すればただの自殺行為。それを裏付けるように、例のハウリング現象が起きた。

 死の予兆。思わず彼の名をまた叫んだ。

 その絶叫すら高周波の音波によって届くことはない。それでも、彼のとった行動は予想外のものだった。

 ダンッ!! と、力強く地を馳せる。その体は反力によって勢いよく投げ出され、重力による抵抗を受けずに直進すると、なんと空高く滞在するスカルリーパーの中心にまっしぐらに向かっていったのだ。

 

「うおぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 《反重力》を逆用した大きな飛揚。1度の跳躍で十数メートルにも届こうかという高さまで上り詰め、ついにキバオウは討伐メンバーの中でボスの土俵に初めて並び立った。

 本来なら軌道ごと狂わされるはずの風圧による妨害も、《防風の貴石》が帳消しにしている。

 どこか気を抜いていたようにも見える絶対の優位者。その懐に飛び込む。真っすぐな得物が赤い光芒を纏い、発動したのは片手武器専用ソードスキル、上位垂直四連撃《バーチカル・スクエア》。

 技の初撃から派手なエフェクトが飛び交うと、その腹部へ渾身のダメージ痕を残した。

 膨大な体力を持つフロアボスを前にたった4発。されど、その行為は誰も気付けなかった攻略法を白昼に晒した……否、逃げ腰になっていた討伐隊の戦闘欲すらもわずかに回復させた瞬間だった。

 敵の眼前でスキルを出し終え、空中でも例外なく技後硬直(ポストモーション)を課せられたキバオウ。スカルリーパーに怯みもなし。

 攻撃のターンは切り替わった。

 

『ギギ、ギガァアアアアッ!!』

 

 まるで、(わず)わしいハエでも払い退けるかのように。往復の薙ぎ払い技である《神を刺す滅びの外殻(スティンゴッド・ペリッシェル)》は無慈悲に放たれた。

 2段とも胴に直撃。

 彼の名を呼ぶいくつかの叫び声が(むな)しくこだまし、時がスローに流れるような錯覚が去来する。

 この場で最も勇敢だった男と、彼を薙いだその凶器が、続く咆哮と共に高らかに掲げられる。

 俺はそれを見届けることなく一足飛びに駆け寄り、空気の塊を吐き出して落下した戦友を両腕で抱いた。

 うつろな目で脱力するキバオウ。

 フルゲージだったはずのHP先端が消え去る寸前、男の発した遺恨は短かった。

 

「見たか、どアホウ。絶対勝てや……っ」

 

 直後、両腕にかかる重力が消えた。

 人の死をトラウマに背負う俺の手の中で、皮肉にも最も近い距離で。

 そのアバターは甲冑ごと真っ白な破片となって四散し、彼が最後に装備していた武器とアクセサリだけが乾いた音とともに散乱する。

 

「うあああァアアアアアアアッ!!!!」

 

 裏返った絶叫が、自分の喉から発せられていることにすら後追いで気付く。

 しかし、戦場の者達は成すべき答えを見せつけられた。

 スカルリーパーが安全圏から無抵抗なプレイヤーを蹂躙(じゅうりん)できたのも、ひとえに反撃方法がわからなかったからだ。ここで何人の犠牲者を払おうと、どれほど近しい者が去ろうと、殺意の芽を枯らしてはならないと(みな)知っている。

 後悔も弔悼(ちょうとう)も、後で気が済むまでしてやる。

 俺はほとんど無意識のうちに、彼が装備していた《防風の貴石》を埋め込んだベルトを握りしめる。

 今はただ……、

 

「あいつを殺すぞ!! 《暗黒剣》、リリースッ!!」

 

 ボウッ!! と、断岩刀が黒い炎を帯びた。

 専用ソードスキルのアンロックと、あらゆる攻撃に切断(ディレクト)値加算ボーナスがつくユニークスキル。

 確かにリポップしないモンスターは、弱点に設定された属性や状態異常を除く、いかなる耐性をも高水準で備える。部位欠損(レギオン・ディレクト)はその最たる例だ。

 だが実際に俺は、74層ボス(グリームアイズ)戦にて、蛇頭の尻尾や巨木のような左腕を、このスキルの力で斬り落としたのだ。

 既存のボスに有効という点は確認済みである。

 ディレクトが発生する部位は腕、脚、羽や尻尾などが挙げられるが、奴の背にも大層なものがついている。あれを切断すれば少しは連中も戦いやすくなるだろう。

 俺の目的に気づいたDDAの一員が話しかけてきた。

 

「《暗黒剣》だ! 羽を狙うつもりか!?」

「ああ!! 取り巻き1体は残しとけよ!!」

「ヒースクリフはもう2回目の『無敵』を発動している! 今のうちに便乗して、アイツの羽をぶった斬ってくれ!!」

 

 言われずとも、俺とて彼の活躍をアテにするつもりだった。

 しかし、事態はそう簡単ではなかった。

 《暗黒剣》スキルを何度かヒットさせるには、どうしても彼の絶対的な守備性が不可欠だったが、空中に飛んでしまうと今度は《神聖剣》の利点が潰されてしまうらしい。

 A班、並びに総隊長の言い分をまとめると、衝撃までを相殺する力はあくまで個人の技量とステータスに左右されるもの。よって力学現象を無視して空中で姿勢制御し続けるのは不可能とのことだ。

 これは大きな誤算である。現時点でヒースクリフの役割はあくまで『飛ぶ斬撃』への対抗に留まっている。クーリングが完了するなり急いで再発動させたらしいが、彼にしては珍しく早計な判断だったと言わざるを得ない。

 そして《反重力》適用時間の短さを考えると、ボスの技後硬直を狙って時間差で飛び上がる、といった応用もできない。

 

「(クソッ! だったら賭けで奴に斬りかかれってのか!?)」

 

 思わず俺は内心でそう吐き捨てた。

 ソードスキルでのみ、まとまったダメージが入る。ということは、技後硬直(ポストモーション)は覚悟して斬りかかる他ない。しかし敵のスキルの直撃をもらえば、レベルや体力残量に関係なくその時点でリタイアとなる。

 もっとも、ダメージの通らない通常攻撃ではヘイトも溜まらないため、せっかく《反重力》を利用して大ジャンプしても、ダメージソースの俺だけがタゲをもらい反撃を受けて即死する。

 ではロシアンルーレットのように全員で斬りかかるか。

 言うまでもなく、繰り返せば攻撃分散要員の誰か、ひいてはやはり俺自身が確殺技の前に没し、攻略が立ちゆかなくなる。

 そうして自己犠牲と攻略の天秤に誰もが揺らぐなか、1人の男が断言した。

 

「行けますよ、ジェイドさん。ぼくなら必ず助けられます」

「シーザー!?」

 

 このフロアで唯一のビーストテイマーは、藍色の髪をなびかせながら澄ました顔でこう続けた。

 

使い魔(ゼフィ)をオトリにします!!」

「ッ……!?」

 

 それを聞いた俺は、言葉を詰まらせた。

 黒い羽と体躯を持つ(たくま)しいワイバーン。共に支え合ったシーザー・オルダートの愛獣にして、かつて犯罪者の手先だった頃からの心のよりどころ。

 無論、《なつき度》をしっかり醸成したモンスターであれば、そのパラメータをいくばか犠牲にするだけで死んでも生き返る。何であれば、《飼い慣らし(テイミング)》スキルの熟練度に長ける彼なら、あとで同じ種族のモンスターをテイムし直す手段もとれるだろう。

 されど、それはユーザに与えられた権利の1つに過ぎない。

 彼は決してそんな選択はしないはずだ。

 攻略に直接かかわりのないあのシリカですら使い魔(ピナ)に深く依存したように、ゼフィの存在は激務の日々を耐える支えであり、同時に生活を彩る一部と化している。

 だというのに、育んだ関係を捨ててしまうのか。

 彼と行動を共にした時間の短さから、使い魔より俺を優先させるのかと疑っているわけではない。しかし……、

 言い淀む俺に、シーザーはあっけらかんと答えた。

 

「言ったでしょう、『可能な限り準備は済ませた』と。あの待機時間で《プネウマの花》を計4つ用意しました。《なつき度》はすべて失うでしょうが、討伐失敗に比べれば安い対価です!」

「……ハッ、さっすが! スキル撃ったら、俺を叩き落としてくれ!!」

「お任せください!!」

 

 口角を上げて無理やり納得し、今度こそ彼の応答にすべてを託した。

 ギルドメンバーが当面の作戦を大声で伝えて回っている。攻略本を見て行動しているわけではない。ぶっつけ本番もいいところだ。しかし、キバオウが最期に示した方法だけが唯一の打開策なのも間違いない。

 《反重力》を利用した全方位からの攻撃。《暗黒剣》による羽の切断作戦。俺はそれを大声で伝えた。

 他班の人間も攻撃する都度博打を打つつもりはなくても、まだ撃破していないサブシトゥードを利用し、側面から陽動するぐらいのことはしてくれるらしい。敵のソードスキルは硬直(こうちょく)してなければガード可能で、かつ直撃以外は他のボスと変わらない。

 結論は出た。これが俺達にできる精一杯。

 

「行くぞ、シーザーっ!!」

「《反重力》に乗れ! 同時に、全員で踏み込むんだ!」

「クライン、ヘマするなよ!!」

「ヘッ、キー坊(・・・)こそなァ!!」

「単発技だけにしろ!! ヘイトは全部《暗黒剣》に向かわせる!!」

『うおぉおおおおおっ!!』

 

 耳鳴りを無視して各班から計6人が大跳躍を。

 体が羽毛のように軽く、吹き(すさ)ぶ向かい風が猛烈に迫る。

 この時ばかりはキリト、エルバート、クライン、アギンといった小隊リーダー格の呼吸がぴったりと合う。すでにレジネス班の遺品を失敬するか、あるいは個々人が用意していた《防風の貴石》は突撃メンバー全員が装備していた。

 形態が変化してから唯一ダメージを与えたキバオウを殺しきったことで、各プレイヤーへのヘイト値はまさに一律状態。ここから先は最もダメージを与えた誰かに瞬殺攻撃の矛先が向くだろう。

 ゆえに連撃スキルを立ち上げたのは俺1人。

 出し惜しみはナシだ。手始めから使うのは強撃7発、《暗黒剣》専用にして最高攻撃力を誇るソードスキル、地閃掌握七連強撃《スクレット・クレマシオン》。

 

「(狙いは羽ッ! ヒットポイントも合わせる!!)」

 

 対象物が背にあるなら、正面から飛んでも意味がない。

 俺は仲間を信じてソードスキルの構えを取った。

 そして立ち上がったアシストを限界までチャージする頃に、スカルリーパーが他のプレイヤー群に気を取られて側面を向く。

 瞬間、俺は最高連撃を全力で解放した。

 空中にいながらわずかに加速。するとソードスキルは吸い込まれるように左翼に直撃した。

 凄まじい反動。ガッ、ガガガガッ!!!! と、ムカデとデーモンによるキメラ巨体の各部で花火のように舞うダメージエフェクト。虹色の閃光が骨と関節を砕くように彩色されると、激痛にあえぐような絶叫が鳴り響いた。

 うち5つが一瞬で爆ぜたのに対し、俺だけは7連撃。

 もちろんボスは攻撃に耐え切った。

 そして反撃。いつまでたっても重力に引かれることのない6つのアバターは、まだ空に浮いているのだ。

 

「(俺の位置だけ正反対……さあ、来いよクソカスッ!!)」

 

 全方位への九連撃技(シャイン・プラネノヴァ)だけは出させてはならない。単発で終えた5人はもう硬直は解けている。ゆえにガード行為こそ可能なはずだが、無重力化における姿勢の悪さはいかんともし(がた)いのだから。

 果たしてその小さな願いは見事に叶った。

 

「来た! タテ6連の奴だ!!」

 

 誰かが叫ぶ。ヘイトの先は俺。

 奴の選んだ処刑法は《シコゥピオン・フォレディック》。地団駄(じだんだ)を踏むような挙動で垂直に鎌を振り回す狂ったスキルである。

 

「ゼフィ! 行けっ!!」

『クルギャァア!!』

 

 だが動けない――すなわちガード姿勢を取れない俺の体は、横方向から激しいGを受け、錐揉(きりも)むように地面に墜落した。

 寸前までいた空間を凶刃が斬り裂く。

 時同じくして人外の甲高(かんだか)い断末魔が耳朶(じだ)を打った。

 使い魔ダスクワイバーンの死。俺はほとんど視界に捉えることさえできなかったが、自身を犠牲に敵スキルのアグロレンジ外へ飛ばしてくれたゼフィは、主の命令に一切の疑問を持たず従ったのだろう。その先に死の未来が確定していたとして、おそらく恐怖すら感じることはなかったはずだ。そもそも彼だけはプレイヤーと違って『やり直し』が利く。

 そこに付け入り、主人は神風(カミカゼ)を命じた。

 表情など見なくてもわかる。これ以外に手段がないから、シーザーという男は戦友の命を優先し、(はがね)の精神で特攻指示を出したのだ。

 積み重なる屍の山。こんな景色を前にしなければ、きっと永遠に取ることのなかった戦法である。

 彼の怒りは十分に()み取った。

 だからこそ、俺はこう叫ぶ。

 

「シーザー、次だ(・・)!! 用意しろっ!!」

「っ……りょう、かいですッ!!」

 

 同情こそ真に無意味。

 それを判別できる彼だからこそ歯を食いしばり、世界を呪うような目を向け、それでもなお地を馳せる。

 《プネウマの花》を左に携えたまま、落ちゆく羽根と化した《ゼフィの心》を空中で掴み取るとそれらを強引に()り合わせた。

 触れた途端にシステムが遺骸とアイテムを照合。絆が深ければ死亡して3日以内……すなわち、《心》アイテムであれば使い魔蘇生用アイテムは問題なく機能する。

 やがて光が収まると黒き翼竜はその肉体を取り戻した。ピナの蘇生時には美麗に見えた演出も、このフロアではことさら無機質さが際立っている。目的が目的だからだろう。

 いずれにせよ、作戦は続行である。

 

「よし、このまま行けェッ!!」

「スゲー減ったぞ、おい!!」

「落ちる頃にはひん死だ!」

 

 さすがにひん死とはならないだろうが、それでも活気付いた号令が飛び交うのはレイド全体が今日1番に興奮しているからだ。

 ヘイト値をコントロールするため《防風の貴石》を手渡しすると、今度は入れ替わりで新しいメンバーが5人攻撃に参加した。リンドやアスナといった名の知れた猛者に並び、役の1人は同ギルメンのアリーシャも担っている。

 絶望的に見えた戦況に光は差した。

 この世界を創造し鑑賞することが目的、などとのたまったあのフザけた量子学者様も、どこかでこの戦いを見ているのだろうか。だとしたらさぞ立腹しているに違いない。手の込んだストーリーのようだったが、キバオウがこれを暴いたことにより、こうしてゴールを探し当てられたのだから。

 実にいい気味である。節目にいちいちドン底へ落そうとする奴のやり口はもう見飽きたところだった。ここらで難問相手に華麗にパスするファインプレーがあってもいいだろう。

 

「(覚悟はできたか、ガイコツムカデっ!!)」

 

 狂乱に近い高揚感。笑う余裕すら生まれると、俺は自然と軽くなった足取りで再びサブシトゥードに接近した。

 《反重力》を誘発させるため、あらかじめ討伐隊の面々は距離を取っていた。あとは十分な助走をつけて斬りかかるだけ。

 重厚に輻輳(ふくそう)するエフェクト。

 6名が同時に飛び込むと、先ほどと同じように5人が単発突撃技、そして俺だけが極致両断上位四連撃(ネグロ・ヘリファルテ)を全段ともヒットさせると、第二波による同時攻撃も面白いぐらい成功した。

 元祖所有者だったイベントボスの直剣と違い、重量武器から繰り出される《暗黒剣》ソードスキルだ。他はヘイト値ゼロのメンツしかいなかったため、またもターゲティングは俺に向く。

 そして俺を殺そうと確殺のソードスキルに対し、使い魔(ゼフィ)の援護によって難を脱する。

 1つの安全なルーティンが確立した瞬間だった。

 

「取り巻きはなるべく生かしとけ! どうせたいして強くない!!」

「そこ! 気を抜くなよ! 奴が落ちてきてからが勝負だ!」

「3回目も成功した!!」

「いいぞ《暗黒剣》! 次でちぎれるんじゃないかっ!?」

 

 討伐隊は休むことなくエリアを走り回り、火力だけが取り柄で足の遅い取り巻きの生き残り4体――壁際でターゲティングされたメンバーがやむを得ず応戦し、2体だけ撃破してしまっている――は接近戦に持ち込むことすらできていない。

 部隊が極めて効率的に機能していた。

 シーザーも3度目となる《プネウマの花》を使用し、ダスクワイバーンを復活させている。誇らしいことに、戦局を左右させるキーマンがギルドメンバーから続出している状況だ。これはもう俺達の班がMVPでいいだろう。

 そこには慣れが生んだ、一種の油断があったのかもしれない。

 

「(ハァ……ハァ……おいおい、サイッコーだぜ《暗黒剣》!! レジスト・クレスト!!)」

 

 全能感と緊張が荒れ狂い、バクバクと心臓がうるさい。本物のヒーローになれる瞬間が近いのだ。

 そして確かに先ほど、攻撃の際に肉塊を引き裂くような、今までにない確かな手ごたえを感じた。

 俺も《暗黒剣》ソードスキルは5種しか持ち合わせていないが、どのみちフロアボスは次の波状攻撃で翅をもがれ、間違いなく床をなめることになるだろう。

 そして立役者である俺は、栄冠を欲しいままにできる。

 

「(へっ、4回目! こいつでラストだッ!!)」

 

 気が(はや)り、そして俺はこの行為を永遠に後悔することになる。

 さすがに4度目ともなればタイミングを合わせる行為はスムーズに行われ、これまでのローテーションで攻撃に参加していない新たな3人は呼吸を合わせて《反重力》に乗っかった。

 俺も一拍遅らせて後を追うと、4種類目の《暗黒剣》スキル、長距離用単発斬撃《フォ・トリステス》を発動。振った剣先から4.5メートルに渡り斬撃を飛ばす技で、多少飛距離が足りなくても直進上に目標物があれば問題ない。エイムの甘さを誤魔化せる。

 という甘さと日和(ひよ)りが、最悪の結果を招いた。

 運命のイタズラか、死神の気まぐれか。

 見計らったかのような瞬間にスカルリーパーが傷だらけの(はね)を羽ばたかせたのだ。

 きっちりと接近してから撃ち込まなかった攻撃は、ヒット直前にフワリと浮いた胴の方へ吸い込まれていく。

 そして、命中。

 際どい判定だった。

 しかしその攻撃で、奴の赤黒い羽が千切れる結果を引き寄せられなかった。

 ただの不運が招いたことなのかもしれない。もちろん、九死に一生を得たボスからすれば好都合。しかも4人全員が単発技だったせいで、各位へのヘイト値が比較的近い値で確定してしまったのだろう。

 それらの歯車がかみ合うと、やがて1つの託宣(たくせん)が下された。

 全方位回天九連撃、《死星成す天象儀(シャイン・プラネノヴァ)》。

 剣戟の軌道は1度目にしているが、必ずガードできるわけではない。

 そして当然、後出しの俺は動くことすらできない。

 

「ぐ、うぅ……ッ!?」

 

 やはり真横からの衝突により、俺は確殺スキルのアグロレンジから脱出できた。

 不幸中の幸いだったのは、攻撃を受けた他のプレイヤー3人の防御が間に合ったことで、盾の上から抜かれた(・・・・)分しかダメージを負わなかったようだ。

 しかしこれでダスクワイバーンにとっては4度目の死。シーザーが持つプネウマはこれがラストとなった。まさかこの戦いだけで復帰アイテムが尽きることになってしまうとは。

 

「(すまねェ、でも今だけはッ……)……シーザー!!」

「……やれます! 次が本当に最後ですよ!!」

 

 ただし予期せぬラッキーが生まれた。

 スカルリーパーがいつまでも殺しきれない俺に業を煮やし、実に単調な挙動で『飛ぶ斬撃』のスキルを放ってきたのだ。

 駆け寄ったヒスイが反応。右手のラウンドシールドがダルオレンジに輝くと、彼女の二つ名となったエクストラスキル、《反射(リフレクション)》による上位単発衝撃反転《ベクターン・オーバー》を、盾のど真ん中で当てて防いだのだ。

 ドーム状の透明ガラスが斬撃に触れると、その特殊効果により衝撃ごと真っすぐ発動者に向かっていく。『飛ぶ斬撃』が尾の先端に当たると、皮肉にも奴の態勢は大きく揺れた。

 正攻法で怯み値を稼いだ。やるならこの瞬間しかない。

 しかし、俺が覚悟を決めて《反重力》に乗った瞬間だった。

 

「あ、あれっ!? シーザーさん!?」

 

 後方で、カズの不安そうな声が聞こえたのだ。

 振り向く時間さえない。すでに攻撃モーションは組まれているし、今さら後には引けない。

 

「(これがラストなんだ、このままブチ抜くッ!!)」

 

 躊躇(ちゅうちょ)を捨てる。

 連続で飛び上がったことで今度こそ奴の左羽を捉えた。

 わずかな隙を勝ち取ると、両腕がもげそうなほどの速度で振り抜く。5種類目、最後の《暗黒剣》ソードスキル、単発超振動斬り《ミゼリコルド》は狙い通りの部位に精密に叩き込まれた。

 ブチブチブチッ!! という腐乱した肉を噛み切るような音と共に、スカルリーパーの雄大な片翼がその根元から切断。途端に10メートルを超す巨体は完全にバランスを崩した。

 そして、最後に空中で破れかぶれの反撃の構えを見せる。奴が最も多用する二連撃、《スティンゴッド・ペリッシェル》だ。

 俺は作戦通り、ダスクワイバーンによる援護が入るものだと信じ切っていた。

 だが、結果はそうならなかった。

 運命の分岐路は突然やってくる。

 トンッ、と。誰かの手で優しく肩を押されたのだ。少なくとも今までのような黒竜の突進ではない。

 

「(はっ? お、い……ッ!?)」

 

 信じられない光景を目の当たりにした。

 使い魔を使役した方法ではなく、シーザー・オルダート本人が、俺を手でどけてボスに向かっていったのだ。

 位置が入れ替わっても助かるのは俺だけ。そんなことは、ダスクワイバーンの死を4度も経験すれば……いや、考えなくてもわかることだ。

 バカ野郎。何をしている。

 もはやそんな短いセリフを発する時間さえなかった。だというのに、一瞬だけ合わさった彼の目線から、俺は1つの(つむ)がれた想いを幻聴した。

 「これが、ぼくの『願い』です。どうか生き残って!!」。

 瞬間、両者のソードスキルが炸裂した。

 

「シーザーァアアアッ!!!!」

 

 落下直後に見上げるも、決着は過ぎていた。

 彼の腹部には2つの赤い斬痕が。そのまま地上に戻ることなく、無数の光の硝子と化して分散した。

 相打ちにもならない。スカルリーパーに微かなダメージを与えただけで、かけがえのない仲間がこの世を去った。

 ギルドの連中が絶叫するなか、俺の体感で世界の進みが減速される。

 理性と本能がぶつかり合う。

 最悪の結果を招いたことに対し、ガムシャラに剣でも振って詫びるか。それとも、生き残ったメンバーをこれ以上殺させないために、マシーンのような反応でもしておけばいいのか。

 やがて思考すらままならなくなる。

 これは、何週間もたってからシリカに聞いて教えてもらったことだ。

 SAO界で《使い魔》が命を落とすことによる《なつき度》の減少は防ぎようがなく、例えそれをMAXで維持していたとしても、1度のリカバリーもなく短期間での連続蘇生は3回までが限度らしい。4度目は問答無用で《心》ではなく《形見》アイテムと化す。であれば、基本的に4つ目以降の《プネウマの花》を同時に所持することに意味はないわけである。

 それでもシーザーは、4つもの花を用意していた。いざ決断の時が来ても行動できるように。仲間を本気で(あざむ)けるように。

 本当に大間抜けである。

 滅多に起きる現象ではないとはいえ、ビーストテイマー以外に馴染みがないとはいえ、これだけの仕様を理解していれば止める手立てはあったはず。少なくとも戦法を変えるよう動いていたはずだ。

 討伐までの効率など知ったことではない。

 蘇生限界が3回と知っていれば、功を焦ることはなかった。どうにかスカルリーパーを低空まで誘い込み、スキルの硬直を何らかの手段で帳消しにする。ギルド全員で考えればきっといいアイデアがあったはずだ。

 ――あるいは、間抜けにも俺が4度目(・・・)に慢心しなければ……、

 

「っ……く、ッ……!!」

 

 しかし俺は、そういった結果論を全部かなぐり捨てた。

 戦友が(のこ)した一筋の勝機を侮辱(ぶじょく)しないように。

 あらゆる悔恨を奥歯で食いしばり、それでも呑み込む。レイド隊の小隊長に任命された瞬間から、俺はシーザーの悔いを受けとめた友人でも、(ゆる)しを得るためアインクラッドを奔走(ほんそう)した恩人でもない。

 次層を解放するため、ひいてはプレイヤーをこの世界から解放するため、垣根(かきね)を越えて協力し合う一蓮托生(いちれんたくしょう)の戦闘員に過ぎないはずだ。

 レジクレのメンバーが脱落した。

 だから、どうした?

 他の連中だって今も震え、怯え、(すく)むような恐怖に(さいな)まれながら剣を握って立ち向かっている。

 

「ハァ……そんな、シーザーさんが……じ、ジェイド……!!」

「……くっ、泣くなよカズ。まだ終わってねェ」

「でも! イヤだよ、僕っ……ハァ……こんなところで……これからだったのにッ!!」

「だったら勝手に動くな!! ……いいか、全員! ローテーションを守って、回復とバフをかけなおす。今はこいつに集中しろッ!!」

 

 戦場では落涙する行為すら不利になる。戦々恐々としている仲間が自棄にならないよう、俺はあえて語気を強め具体的な命令を下した。

 現に片翼を失った奴はとうとう地に堕ち、そのまま大きなダウン判定となったことから、スカルリーパーへの攻撃は再開されているのだ。どこぞの《二刀流》使いもここぞとばかりに肉薄し、彼が最も得意とする蒼き鮮烈の16連撃をブチ込んでいるところである。

 各所で「タンカーは正面から動くなよ!」や、「ジャンプ攻撃はまだ生きてるかもしれない! ガードだけに頼るな!」など、思いつく限りの怒声を飛ばしている。温存していた小隊が各方面から可能な限りの大技で斬りかかっているので、もうタゲのコントロールはできないだろう。

 そして問題は、ヒースクリフにのみ発動できる《神聖剣》の無敵モードが終了している点だ。一方的な惨殺に弱腰になったのかは知らないが、普段は冷静な鉄仮面がこの終盤でやらかしてくれたものである。

 現在はモンスターを挑発し自身をタゲらせるデバフアイテムを使い、A班ヒースクリフのタンカー隊が真正面を陣取ってくれているが、やはりこれにも永続性はない。

 

「(クソがッ、もう《漆喰のアームレット》はないんだぞ。ダウンが終わったらまたチキンレースじゃねェか……!!)」

 

 もっとも、連続スタンによる高速攻撃、および半ハメ戦術以外にもやりようはある。

 ボスの取り巻き《サブシトゥード》も全滅し、地上での行動にレパートリーの少なかった――こうした事態を想定していなかったのかもしれない――第三形態戦は問題なく終了し、フロアボスのHPゲージは最終段へ突入した。

 

「来た……! とうとう4本目のゲージだ!」

「最後のステ強化がされるっ!!」

「信じろ、勝てるぞ!! 今まで通り連携して動け!!」

「ちくしょう、取り巻きが復活してる!? もう飛ぶ必要はないんだ、さっさと片付けよう!」

「いや、倒すたびに補充されてる! 1体残しでくぎ付けにしろ!」

 

 どうやらボスの子分連中はコンボの初動を担うだけではなく、攻略そのものが(とどこお)らないよう全滅するたびに補給されるプロセスらしい。《反重力》の利用は正しい攻略手順だったようである。

 ただし、よもや翅を切断することで地上戦に持ち込まれているとは思わなかったのだろう。

 《神聖剣》だって《アイソレイデ・ムーン》以外にも有用なものはいくつかある。時間はかかるだろうが、主なタンカーが眼前でウロウロしてソードスキルを誘発。続いて周囲を囲うレイド隊の中でベストポジションにいた誰かが単発ソードスキルで着実に蓄積していけば、討伐隊の集中力が続く限り勝利は確約される。

 されど、唯一気がかりなのはこの時間だ。

 知っての通り人間の集中力には限度がある。個人差こそあれ、その波は15分周期で訪れるとされ、現時点で攻略開始から45分以上が経過している。

 そしてイレギュラーが起きた。

 喜悦(きえつ)に浸る暇もない。隆々(りゅうりゅう)とした筋肉繊維に覆われたスカルリーパーは、多脚姿勢に裏打ちされた速度と安定性をさらに増し、これまで以上にシビアなエイムで猛反撃してきたのだ。

 

「は、速すぎる!? 人の足じゃ追いつけないよ!」

「ジェイド、下がりましょう! あたし達だって無傷じゃないの!」

「下がるったってもうそんな人数いねェだろ!! 相手の方が速いんだ、カウンターで《ライノセラス》をブチかます!! ザコを消したら……ッ」

「ジェイド危ないっ!!」

 

 ガヂンッ!! と火花が散ると、真後ろまで迫っていた大きな鎌がアリーシャの盾に弾かれてギリギリ軌道が逸らされた。

 思わず彼女を腕で支え、被弾箇所とダメージを確認。

 幸い無事だったが、短い舌打ちが出る。早速意識の隙間を刺された。胴体が長すぎて視界外から攻撃されたのが原因だが、戦場ではいかなる言い訳も意味を成さない。

 さりとて、鎌と尾を警戒し過ぎてドーナツ布陣のまま身を固めていても討伐は永遠に成されない。

 ソードスキルにだけは気をつけつつ、各班のメンバーが徐々に攻撃を重ねる。

 ぶつかり合いというよりは、どうにか(かじ)り付くような状況だった。

 しかし消極的であれ堅実な戦法が数分も続けられると、レイド隊全員の集中力がまさに限界を迎えようというタイミングで、スカルリーパーの最終バー先端が半分を割った。

 もう少し、もう少し、と念じるように足を動かす。

 もはや作戦などない。恐ろしいスピードで接近してくるボスと会敵した順に、その攻撃を(かわ)しつつすれ違いざまに可能な限りの単発ソードスキルを放つ。技後硬直(ポストモーション)は付近のメンバーが全力でカバーする。

 最強の神聖剣(アイソレイデ・ムーン)がない今、足止めのジョーカーに頼ることはできないのだ。

 

「ラストだァ! あと半分!!」

「誰も欠けるなよっ!!」

「ここ一発集中しろォ!!」

「ソードスキル以外に即死はない! よく見て動くんだ!」

 

 しかしスカルリーパーは、穏便有れかしと願う希望すら軽々と消し飛ばした。

 

「(なっ!? 新しいソードスキルか!?)」

 

 見たことのない色に発色した奴の両鎌。

 《曲骨鎌(きょっこつれん)》専用ソードスキル、最上位殺戮永続必殺《原罪裁く死神の絶叫(シンドレッス・リーパーズスクリーム)》。

 いわば、永遠に解かれることのない、恒常戦用確殺ソードスキル。

 信じられない技に呆気にとられた一瞬だった。スカルリーパーがひと際大きく戦慄(わなな)くと、猛烈なスピードで部隊に接近してきたのだ。

 狙いはアスナ率いるF班の隊員。

 

「え……ッ!?」

「リック避けろォっ!!」

 

 しかし無残にも、ザンッ!! と男の胴は斜めに剪断(せんだん)された。

 小ギルド《サルヴェイション&リヴェレイション》。たった4人の社会人組は今日だけでメンバーを2人も減らされ、そうでなくても最古参のアギンとフリデリックの2人を残すのみだった。

 彼らと初めて共闘した日のことを、俺は今でも覚えている。

 まだ誰とも話せず、どことも打ち解けなかった俺がヒスイの魅力に惹かれ、初めてレベルの低い連中と手を組んだ最初の新年。いちいち偽善で返す不愉快な主張を一時的に認め、彼女に(くみ)した瞬間に協力を申し出た命知らずのチームが2つあった。

 それがクラインの《風林火山》と、アギンの《SAL(ソル)》だ。

 共闘の記念日というだけではない。

 ヒスイは新年イベントボスの戦利品、《翡翠のお守り(ジェイド・アミュレット)》を生還のジンクスにして大切に持ち歩いていた。そのおかげで俺は彼女の気持ちに気づかされ、勇気をもらい、ずっと素直になれなかった想いを伝えることもできた。ひいては《レジスト・クレスト》再誕のきっかけを与えてくれたのだ。

 俺にとって、アギン達は歳の離れた兄のような存在だった。

 彼らこそ報われるべきだ。プレイヤーを解放させた時に真の意味で完成するギルドだと、恥ずかしげもなく豪語していた彼らこそ。

 だというのに、その博愛姿勢のどこに裁かれなければならない理由があるのか。

 食い違う人とも争わず、あらゆる行動を閉ざしてしまった者さえ救い、一途(いちず)に攻略に励んた人間の、どこに。

 

「ぁ……ぁ、あ……ああァアア……っ!!」

 

 両断された赤髪の男――仲間の危機に身を(てい)し、自らの命さえ投げうった小隊長の表情は、どこまでも寛大な許容を(たた)え、悔いは見えなかった。

 慈しむように。包み込むように。

 長く戦いを共にした戦友、フリデリックを救えたことに満足していた。

 

「イヤだ、先輩っ!! アギンせんぱいッ!!!!」

 

 しかし、人の死に例外はない。

 曲刀使いの戦士が結晶の欠片となって四散した後も、最終強化されたスカルリーパーの攻撃は続いていた。

 随所でソードスキルによる邀撃(ようげき)はなされるものの、返しの一撃死を恐れてか、有効部位とはかけ離れた各部の先端に当てるにとどまる。あるいは、そもそも命中させられないような逃げ腰の技が散発されるだけ。

 

「もう作戦はない!! 全員手持ちのスキルをブチ込めェ!!」

「バカッ、ヤケになるな! きっと正しい攻略法がある!」

「言ってる場合か! 1分考えてる間に何人殺すつもりだよっ!!」

「うわああぁあああっ!? こっちに来たぁ! だれかァー!!」

 

 名も知らぬ男の断末魔は途中で途切れた。

 そこから起こった悲劇は、いかなる言葉でも表せないだろう。

 史上初めて注意域(イエローゾーン)にまで陥った団長を守るため、A班のタンカーが自分さえも犠牲にしてヒースクリフの身代わりとなった。

 DDA副長を務め百戦錬磨の戦歴を持つエルバートが、ボスが起こした地面の《振動》によって行動阻害を受けた一瞬の隙に首を()ねられ絶命した。

 レジネスのベイパーが率いていた(・・・・・)統率者なきH班の残党兵は、俺の目の前でとうとう最後の1人が死に追いやられた。最後まで生き残っていたのは、意外にも新人の少年だった。

 カバーに入る時間さえない。素振りのようなスイングで誰かが死に至る。

 まばたきするよりも一瞬。ふと振り向くと、いつの間にか人が減っているような錯覚。ヒスイが戦いの前に約束させた、『人を守りたければ、まず自分を守れ』なるセリフが否応なくリマインドされる。

 そうして数多の死を目の当たりにして、俺は1つ確証を得た。

 理性を持つ動物がスカルリーパーを凌駕するには、絶対に死なない保証付きの対抗手段が必要だという点だ。でなければ、気概の時点で敗北し、奴と対等に対峙することすらままならない。

 例えば、ヒースクリフの《神聖剣》のような。

 例えば……、

 

「(いや待て……俺達が死なない、アイテムが! まだ手はあるっ!!)」

「(そうよ、ジェイド! あたし達の切り札(・・・・・・・・)が!!)」

 

 もしかすると、その答えに辿り着いたのは2人同時だったのかもしれない。俺達はまったく同じ鼓動で視線を交わし、一切の声を出さず、シンクロして行動に移した。

 共に打ち合わせたわけではなく、そもそも一生使うつもりはなかった2人のお守り。

 かつて11ヵ月前に1度だけ使用した、アインクラッドにこれまで2回しかドロップしていない年内初めのレアアイテム。

 《翡翠のお守り(ジェイド・アミュレット)》。手を結ぶ両者のHPを即座に足し合わせ、精霊の加護により30秒間だけ不死属性を与えられる究極の延命アイテム。

 俺は左手を伸ばし。

 彼女は右手を伸ばした。

 彼女の首から下がる深緑の宝石が煌く。触れた瞬間、互いの思考は完全に一致した。

 

『《ジェイド・アミュレット》、オープンッ!!』

 

 翡翠色の光が巻き付くように伸びる。1層主街区の地下、かの戦いでも感じた、煩わしいすべての苦悶を忘れさせる暖かい温度。

 そして目の前には、風圧によって吹き飛ばされたアスナの前に、巨悪に立ちはだかる《黒の剣士》の背中が。きっと1人では防ぎきれない。

 

「(クソが……ッ!!)」

 

 それすらも構わない。いかなる障害にもならない。俺は心の中で吐き捨てると雑兵(ぞうひょう)を押しのけ、今まさに振りかぶられた渾身の一撃を素手(・・)で止めてやった。

 ゴッガァアアアアアッ!! と、爆音が支配する。

 しかし俺達はアミュレットのエフェクトに護られて無傷。

 窮地のメンバーを救い、周囲から上がった驚嘆する声すらも無視し、俺とヒスイは最上級のソードスキルを撃ち放った。

 

『れあァアアアああああっ!!!!』

 

 鮮やかな双色の華が戦場に咲いた。

 その舞いは交互に続き、流れるように呼吸を合わせ、共鳴した意志を持つ1つの生命体と化した。

 まったく同時刻に、ヒースクリフによる総攻撃の命が下される。

 すでに半数近くの人間が消失した討伐隊は最後の理性を手繰(たぐ)り寄せ、各々に出せる最高の技を、迅速かつ確実にボスの図体へ叩き込んでいた。

 レイド全体が大きな力に変換される。怒号なのか、スキルの発動音なのか、金属と骨とが擦り合わさる音なのか。それはおそらく、この戦いが始まってから最も大きい――否、アインクラッド攻略の歴史上における最も強大な集団意志となって眩い光の渦を生んだことだろう。

 一転攻勢にスカルリーパーでさえどんどん後ずさり、持ち直そうと武器を構えた瞬間にはダメ押しの《ライノセラス》までくれてやった。

 確定スタンによって途切れることのない《二刀流》の16連撃。あるいは、高プライオリティに設定された各自の武器による《ペキュリアーズスキル》。レジクレの仲間による一斉攻撃も。

 アミュレットの効果などとうに過ぎている。だが、関係ない。すべての怒りを火力に変換させる。

 そして……、

 

『ギッガガガガガァアアアアアアッ!!!!』

 

 最大級のバケモノは最期を迎えた。

 その最終段のゲージが完全にゼロとなる。スカルリーパーはこれまでにない絶叫を残し、とうとう力なく戦場に倒れ込んだ。

 気の遠くなるような数秒後、その巨体が完全にガラス片となって四散。馴染みのファンファーレが鳴り響き、現時点でフロアにいる人間にだけ圧縮された、信じられない量の経験値が舞い込んだ。

 しかし、それだけだ。

 やがて煌びやかな演出も鳴りを潜める。そして生き抜いた戦士達は、それをただ呆然と戦友の亡骸。すなわち、彼らが残したわずかなアイテムと装備を眺めるだけだった。

 戦場跡に喜びの感情を示す人間は1人もいない。いるはずもない。戦いに勝利したとはいえ、報酬はデータの塊。絆、感情、魂……そういった、俺達が(はぐく)んできた替えの利かない宝物は、未来永劫剥奪されたままなのである。

 俺も剣を突き立て、天を仰ぐ。

 終わった。1つの壮絶な戦いが。

 失ったものが重く、大きすぎる。1時間にもおよぶ激闘の跡は禍々(まがまが)しく、疲れ果て消耗しきった男達は一様にして黒曜石にへたり込んた。

 仲間に(なら)って(ひざ)をつくと、時同じくしてクラインが何人やられたか、と問うた。

 「20人だ」と、フロアの奥で低くしわがれた声がする。普段の明るさからは想像もつかないが、今のはキリトの返答だっただろうか。

 

「(ああ……ちくしょう、なんだよ……20人って……)」

 

 一瞬、冗談で言っているのか疑うような数字だった。

 わずか1時間。トップ集団が死に物狂いで抵抗し、技術と経験の粋を集めた極限下の一戦。

 しかし、結果はこれだ。

 誰1人として戦果に満足していない。ある者は悔しさに瞳を閉じ、ある者は疲れ切ったように地面に横たわり、ある者は風穴のような喪失感に泣いていた。激戦の果てに全員が満身創痍で、次層アクティベートに向かう人間は皆無だった。

 俺も整理できていない。シーザーとの今生(こんじょう)の別れに、これから向き合っていくことに。

 

「(ぁ……あ、れ……?)」

 

 うつむきかけたその時、俺はある異色に気がついた。

 全員、という前提は取り消さねばなるまい。たった1人だけ動じないように屹立(きつりつ)し、76層より先を……そのずっと先を見据えた男が立っていたからだ。

 無敗の男、ヒースクリフ。KoBが誇る《神聖剣》ホルダーの総団長。

 深紅の装衣に身をくるむ彼だけは、死を悲しむわけでもなく、奮い立たせるよう激励を飛ばすでもなく、今なお悠然(ゆうぜん)と立っている。新世界を夢見てうずうずする子供にさえ見えるではないか。

 今日に限って被弾の多かったかの男にとっても、それはすなわち戦う前から緊張していたということになるのだろう。だが仲間の援護によってゲージがレッド直前に陥る度に、ポーションを飲んでどうにか戦線復帰していたはずが、あれだけの死闘を経て疲労のそぶりすら見せないものなのだろうか。

 1つだけ、何度か感じてきたノドに引っかかるような疑惑が、思い出したように頭をもたげてきた。

 

「(どうして……あんたは、いつも……)」

 

 そうやって平然としていられるのか。

 まるで他人事(たにんごと)である。

 思えば、初めてこいつを殺してやりたいと息巻いた年末、奴が自身の強さの秘訣を俺に(ひもと)いて教えようとした《黒鉄宮》での一面にも違和感はあった。

 ハーフポイント討伐戦直後、彼の無敵っぷりに食って掛かったプレイヤーは俺だけではない。あらゆる手段――無論、本人への直接攻撃も含まれる――が画策され、我先に《神聖剣》の入手法を暴こうと躍起になった暴徒達のことだ。

 俺を含め、そうした烏合の衆はもれなく当の本人に敗北し返り討ちにあったらしいが、その際のフォローがイヤに丁寧だったとウワサを聞いたことがある。

 ボス戦以外に無関心だった彼が、世界の公平性が失われた――すなわち、ユニークスキルが誕生したワケを地道に説く姿は、さながら不可抗力が招いた不慮の状況対応に追われているようにも見えた。

 いわゆる、言い訳である。

 疑惑に拍車をかけたようなものだ。らしくもなく、俺に長々と生い立ちを聴かせ、あまつさえ《黒鉄宮》から出られるよう便宜を図ってくれた彼の行動は、すべてこの一言で説明が付く。

 そしてこの瞬間。ヒースクリフが茅場晶彦の、ないしSAOソフト開発チームの手先かもしれないと疑った日のことを回顧録のように思い出したことは、まさに天が定めた運命の分岐点だったのかもしれない。

 

「(なんだ……今、あいつ……ッ!?)」

 

 それはふとした気の緩みだったのか。

 彼が左手の指(・・・・)を2本揃えて構えかけたのだ。

 まるでウィンドウでも開こうとするかのように。右腕でも失わない限りそんな行動はとらない。即座に思い直し、すでに右手でストレージを開いているが、今の動作はいったい……、

 そう首を(ひね)った直後だった。じっと見つめていたその視界の奥で、こともあろうに《黒の剣士》ことあの二刀流使いが、臨戦態勢のままヒースクリフに攻撃しようとしていたのだ。

 彼の二刀が光芒を放つ。キリトも何らかの衝動に駆られたというなら。

 俺の思考にも同時にスパークが走った。

 『無敗の男』の正体。背景。到底足りないその説得力。

 疑問はいくらでもあった。ブラックボックスを暴く可能性があるとしたら、それは今だ。奴を挟み、奴が最も警戒を解いている今しかない。

 

「キリト君……?」

 

 対面にいたアスナの呼び声に反応し、ヒースクリフが俺から背を向ける。寸前に自分も走り出していたのは、ほとんど条件反射によるものだった。

 直後に爆音。彼の十字盾が、キリトの《二刀流》連撃を両段とも防いだ音である。

 そして歯車は動き出した。

 連続するように響いたのは、俺の大剣による無防備な背中への一撃。――それを、紅白甲冑より数センチ浮いた透明なバリアが弾いた音だった。

 

「な、に……ッ!?」

 

 そのセリフは、俺からではなくヒースクリフから発せられた。

 しかし驚愕したのは彼だけではない。プレイヤーが2人もレイド隊長に斬りかかったこと、あるいは被弾者の近くに現れた《Immortal Object》という短いメッセージウィンドウに、皆一様にして言葉を失った。

 ほんの数秒の間に事態が動きすぎた。

 されど……、

 

「システム的不死……って、どういうことですか……団長……?」

 

 キリトに駆け寄ったアスナがそう発言したことで、フロアにいる人間の注意はその一点に集められた。謀反を起こした俺やキリトになぜと問う前に、呆然と立ち尽くしている。

 不死属性。《ジェイド・アミュレット》などを使用した痕跡(こんせき)はない。ボスを討伐し終えた今、どんな消耗品とて使う意義は失われているはずである。

 だとすれば、この男はいかなる理由によって死なないアバターと化しているのか。

 答えはすぐに導かれた。

 

「ずっと疑問に思っていたことがあった。この世界を創り出した茅場晶彦は、どうやって俺達を観察し、世界を調整してるんだろう、ってな。けど単純な心理を忘れていたよ」

 

 一拍おき、揺るぎない証拠でも叩きつけるように。

 

「他人のやってるRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない……そうだろう、茅場晶彦」

 

 集団では感情を隠すあのキリトでさえ、かすかなイラ立ちを(あら)わにそう言い放つ。

 対する長身の男は、一瞬見せた狼狽(ろうばい)を忘れたように背筋を伸ばし、澄んだ声でゆっくりと答えた。

 

「ここが潮時か。……いかにも。私が、茅場晶彦だ」

 

 天文学的な確率の壁を越え、正体を見破られた男はとうとう白状した。フツフツと湧く戦意に後押しされるように、大剣のグリップをいっそう強く握りしめる。

 そしてこれから起きる歴史的な戦いは……いや、この戦いさえも。かねてより連綿と続く数千のプレイヤーによる、生存競争と生死の狭間を(また)ぐ激しい抗争で俯瞰(ふかん)すれば、たった1ページのできごとに過ぎない。

 肩の力を抜く。その代わりに、道半ばに倒れた仲間の意志と怨嗟(えんさ)でも背負うように。

 終幕の(こえ)が、耳元で囁くように。

 それは俺の中で、1つの覚悟が決まった瞬間だった。

 

 

 

 

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