SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第107話 けんもほろろなリジャクション

 西暦2024年11月7日 《三領の永地》森林南西区画、湖のほとり。

 

 目も開けられない速度で着水した瞬間、あまりの衝撃に「死んだか……?」なんて危惧(きぐ)もしたが、俺の体が《リメインライト》になる憂慮(ゆうりょ)は避けられたようだ。

 もっとも、密林が形成する満月湖がなければ即死。最後はほとんど不時着に近い。

 だが、過程がどうあれ俺達は生きている。

 しかも水をかき分けるうちにもう1つの朗報に気づいた。

 体のどこも痛くない(・・・・)のだ。怪我をしないどころか、先ほどまで生傷のようにズキズキと(うず)いていた腰やら腕やらの痛みまで消え、いつの間にかHPもフルゲージとなっている。

 おそらく高度数千メートルにあった積乱雲を抜けて正式にオンライン用シームレスマップに突入した時点で、《ラボラトリー》にて受けた理不尽な制約から解き放たれたのだろう。きっとこの世界には数々のネットゲーマー達が戦闘やら交流やらを楽しんでいるはずだ。

 息を止めたまま、システム的な死を避けるためすぐに水面に向かって泳いだが、他の2人もどこかで岸に向かっているに違いない。

 

「ぷはっ……ハァ……ハァ……くっそ、剣どっか行った……ハァ……おいアルゴぉ!! んぶっ……ハァ……シリカー!! ……ハァ……生きてるかぁ!!」

 

 水面から顔だけ出してとにかく叫んでみたら、直後に近くでも水中からザバッ、と顔が出てきた。

 

「ぷはぁ……ハァ……ハァ……」

「おうアルゴ! シリカはどうした!?」

「ハァ……それが! ……ハァ……シリカちゃんが! いないんだ!」

「なにっ!?」

 

 それだけ聞くと、俺は呼吸を整える間もなく肺を膨らませ、もう1度深く潜水した。

 幸い水深は最も深いところで6~7メートル程度。周囲に火山でもあるのか、丸みを帯びた外周まで水は綺麗に澄んでいて波もなく、一目見て仰天するような海中の主的な魚型モンスターもいない。

 水中で首を何度か降ると小柄な尻尾付きの猫耳娘の影はすぐに見つかった。水中でゆっくりと漂っている。

 慌てている様子はなく、どうも意識がないようだ。よくない傾向だが、彼女は頭を打ってからというものの、だいぶ失神グセがついてしまっている。おそらく巨大樹の上で受けた激痛のせいで、着水寸前に本能が痛みからの逃避を選んだのだろう。

 潜水すること数秒で合流。動かない彼女の細い腰に手を回し、俺は片手だけで必死に水をかいて真上に向かった。

 思った以上に動きが鈍い。水泳に関しては親の方針で何年もスクールに通っており、現実仮想問わず自信はあったのものの、まさか潜水になった途端ここまで前に進まないとは。泳ぐのをやめてからブランクが長すぎたか。

 

「(ってか、意識のない人間を運んでるからか……ッ)」

 

 別のところで納得すると、やっとの思いで水面に到着。

 『溺死』対策として真っ先にシリカの顔を水中から持ち上げた。

 

「ぶはっ……ハァ……アルゴ! いるか……ハァ……手ェ貸せ!」

「ハァ……ナイスだジェイド! ハァ……今いく!」

 

 しばらくシリカを持ち上げ、アルゴの助けも借りながらどうにか岸まで運ぶことに成功した。

 シリカを仰向けに寝かせ命に別状がないことだけを確認すると、互いに息を切らしながら、泥だらけになることもいとわずにぐったりと地面に背中をついた。

 粘ついた背中が気持ち悪い。しかし土を払う元気もなくなった俺は、寝そべったまま感動的な休息を享受(きょうじゅ)する。

 

「ハァ……人を持ち上げて、泳ぐのが……ハァ……こんなに大変だとは、思わなかったぜ。……ハァ……てか、水中でも翅使えばよかったじゃん俺……バカだ……ハァ……しかし起きねーなシリカのやつ……」

「ナッハッハ……ハァ……ハァ……まさか空まで飛ぶなんテ……ハァ……ジェイドは凄いナ。……ハァ……オレっちだけで、逃げてたラ……シリカ嬢も……ハァ……助けられなかったヨ……」

「……ハァ……あっはっは、確かに……ハァ……じゃああれだ。……どうせなら人工呼吸とかしてみるか……ハァ……フンイキでるだろ……」

「このロリコンめ……今のは聞かなかったことに、しといてヤル。……こっちじゃ、心臓マッサージすら無意味だゾ……」

「ちぇっ……じゃあ、アルゴの猫耳なでるのでカンベンしてやる」

「にゃはは、は……」

 

 ボケにもツッコミにもいつものようなキレがなかった。それほど疲弊(ひへい)していたというわけだ。こればかりは回復ポーションを飲んだところで治るものでもない。

 もちろん、戦いは終わっていない。

 ログアウトボタンは相変わらず機能せず、ゲームのタイトルが少し変更されただけで立場はなおも囚人のままだ。

 俺達が旧世代インターフェースであるナーヴギア、つまりあの鉄壁の電子ロック兵器を内蔵するヘルメット型ハードからこの電界へ接続する限り、無条件でシステム干渉することはできないのだろう。ここは一般人も混在するオンラインフィールド――の可能性が高い――であって、奴らも並外れて目立つ行動をとれば自分の首を絞めるだけのはずだ。

 しかしあの研究員達の立場上、人体実験の一端を知られてしまったからには、なりふり構わなくなる可能性はある。

 俺はこのわずかな(いとま)に愚痴をこぼした。

 

「にしても、現実ってのはとことんフザけてやがる。たまにはホービをくれてもいいだろうに……」

「まったくだヨ。ここ現実じゃないけどナ。……ところで聞きそびれてたケド、その娘はジェイドのなんなんダ……?」

 

 アルゴがすやすやと眠るシリカを指さしながら聞いてきた。しかも彼女のセリフにはどこかトゲがあった。

 怒ってらっしゃる……ように見える。

 まさか俺とヒスイの関係に亀裂を入れないよう、気を配ってくれているのだろうか。それとも、すでに惚れた()れたの関係を邪推されて人生が終わりかけているのか。

 危ういところだ。できればシリカの年齢を考慮した常識的判断が、前者のそれに落ち着いたことを祈ろう。

 

「あ~あれよ。話せば長くなるやつ」

「いや大雑把すぎるだロ! こんな可愛らしい子供……。前線じゃ見ない顔だし、どうやったらお前サンと接点なんテ……」

「グーゼンだって。ぐ、う、ぜ、ん。ほら《タイタンズ・ハンド》っていう、10人ぐらいのオレンジギルドいたろ?」

「懐かしいナ」

「そう、あいつら捕まえに下に降りた時なんだけど、ちょうどこいつの《使い魔》が死んじまったところを見ちまってさあ……」

「まさカ、ヒスイちゃんに言えないような関係なんじゃ!?」

「はなし聞いてるーッ!?」

 

 特大ノリ突っ込みをかましたところで「ナハハハ、冗談だヨ!」とはぐらかされてしまった。相変わらず軽い奴だ。人のことは言えないが。

 

「で、なしくずし的に47層の《思い出の丘》に行ってな。前からヒスイと仲良かったらしくて、なんやかんやたまに会ってたよ。……まぁある意味、ピナのことをマジで大切にしてたから、未だに恩を感じてんのかもな。こいつは」

「ピナ……?」

「あーそれが使い魔の名前」

「ニャルホド。しっかしお前サンはカツアゲ慣れしたような眼をしてるクセに、ちゃっかりお人よしだからなア」

「うっせ、面相にフレるな……」

 

 完全に息も整ったところで、俺はまたクリアになった頭であれこれと考えていた。

 それは、現状が山積みにされた問題を何1つ解決していない、ということだ。

 そして逃げられないなら、必ずまた戦闘になる確信があった。この場も見た目ほど安全ではないだろう。

 確かに、日差しがほとりに吸い込まれる静かな湖畔(こはん)は、新鮮な空気に満ちていて暖かい。気晴らしに釣りでもできそうな良環境で、恵まれた気候とソードアートさながらの精巧なデザイン。踏めば沈むほどの肥沃(ひよく)な土壌に、見渡す限りに生い茂る樹木からは鳥や虫の鳴き声が聞こえてくる。

 日本本土でも、有数な名所に足を運ばない限り、これほど自然豊かで緑にあふれた風景はあるまい。

 されど、すべてはまやかしに過ぎないのだ。

 ここは《ソードアート・オンライン》の世界でなければ、ましてや現実世界でもない。明らかにその手に長けたデザイナーによって造られた人工空間である。

 しかもステータスが引き継がれていたり、同一のアバターが参照されていたり、あまつさえ極限まで磨き抜かれたはずの精緻(せいち)なデティールやグラフィックまでほぼ同等な精度を保っている。ご丁寧にあらゆる背景テクスチャにも手抜きはなく、その没入感と臨場感はかつての世界とも甲乙つけ難いものだった。

 

「(ソンショクないっつーか……見分けがつかねェぞ……?)」

 

 浮遊城(アインクラッド)で2年過ごした者の、これが率直な感想だった。

 ゆえに、かなり予測の範疇(はんちゅう)を出ないが、この世界が旧ソフト《ソードアート・オンライン》のサーバを完全コピーした仮想空間である可能性は捨てきれない。

 権利の委譲(いじょう)など法的な道程がどうなっているのかまでは知らないが、無数の訴訟とそれに伴う損害賠償額を想像するに、どうも俺の知るSAO運営会社《アーガス》が今も存続しているとは思えない。きっと会社ごと買収されたのだろう。

 だがだからこそ、ゲームマスターはあくまで茅場晶彦ではなく新しい創造主達となる。

 話の通る連中ではないことは身に染みた。どんなに騎士道に反しようとも、奴らは寝首をかきにやって来るはずだ。

 俺達のデータを監視なり改造なり、もしかしたら今度は触れただけで抵抗虚しく《リメインライト》にされるのかもしれない。そうなればいくら連中がVRゲームの初心者とはいえ毎回勝てる、あるいは逃げられる保証はなくなる。

 しかし奴らは、『プレイヤーを殺すために大技魔法を放って』きたのだ。必中ホーミングタイプなど、単発の弱魔法を『攻撃力無限』などに設定する力などはないようである。剣やアイテムの精製についても入手までの過程を誤魔化しているだけで、あくまで既存のものをオブジェクト化しているように見えた。

 そのため、『触れただけでOK』なんてことを実現しようとすると、プログラムの根幹から作り直す必要があると推測できる。

 もっとも、両者にとって相手が最大の障害物という認識に変わりはないが。

 

「……なあ、アルゴ」

「どうしタ……」

「今さらだけどさ……『76層で会おう』なんて言ったけど、とんでもないところで再開しちまったな……」

「ア〜確かニ。ゲームすら違うみたいだシ」

「ほとんど普通のゲーム(・・・・・・)に戻ったけど、たぶんやることは今までと変わらない。見たこともない街やフィールドに出て、情報集めて、装備を更新して。……んで、来たるべき戦いに備える。まあ慣れたもんだけどさ」

「にゃっはっは、その度胸だけは頼もしいヨ。ケド、わざわざ戦いに行くこともないだろウ? ……うまく行けばこのまま普通のプレイヤーに会って、今まで起きた事実を話して、そして現実世界の誰かに伝えてもらえばそれで終わりサ。警察でも運営会社でもイイ。何百人と違法な実験の素体にしたことが流布すれば、あの研究員達は人生終わりなんだカラ」

 

 確かにその通りだ。穏便(おんびん)に済む道があるならそれに越したことはない。

 しかし……、

 

「そううまく行きゃいいけどな。……たぶん色々といじられてるぞ、今の俺ら。オンライン環境でどこまで制限できるのか知らんけど、ヘタすりゃ人と接触もできなかったりして……っ!?」

 

 会話の途中、鬱蒼(うっそう)とする木陰から人が接近する気配を感じた。

 俺とアルゴが湖からそう遠くない森林方向へ振り向く。すると、ほぼ同時にガサガサと雑草を踏みしめる足音と男性の声が2つ聞こえた。

 

「まあ確かにさっきスゲー音してたけどさ。人が降ってきたはねーだろお前。まともに飛べない奴がさぁ、今さら中立域の奥に来るかっての」

「それがマジなんだって! なんか人が抱き合ったままモノ凄いスピードでさ」

「へぇ〜? 初心者はやることワカランねぇ。ハナからPK推奨を掲げてんだし、いいマトじゃねえか」

「へへっ、それか動画配信者だったりして。どっちにしろノーリスクでアイテム奪えるかもよ!」

 

 どうやら声の主はこの世界を満喫する普通の男性プレイヤーのようだ。しかも幸運なことに、相手はたったの2人。

 ただ『PK推奨』なんてセリフを聞くと、アインクラッドからやってきた俺達は耳を疑いそうだった。

 無論、ゲームにはそれぞれ特有の世界観というものがある。何らかの理由で他者と対抗、争奪をしているのなら、価値観の齟齬(そご)をSAO独自のそれと比較して指弾(しだん)する権利はない。

 しかし物騒な会話のせいで、反射的にシリカをズルズルと引きずり、人の背丈ほどもある草が生い茂る密林の端に隠れてしまった。

 

「(アルゴ。お色気の術でなんとかしてこい)」

「(シバくぞコラッ。男ダロ、お前サンが行けよゥ)」

 

 ヒソヒソ声で冗談を1つ。いずれにせよ、どうにか敵でないことを納得してもらい、俺達の事情を聴いてもらわないと。

 

「ハア~……じゃあ賭けてみるか? 俺は『まともに飛行できない奴は、こんなところで墜落しないし死んでもいない』に100ユルド」

「ああー! またバカにして! じゃあオレは死んだ奴からガッポリ強奪できるに1000ユルド!」

「10倍に上乗せって、なんも考えてないだろ!」

「あっはっはっ」

 

 学生のように若い気の抜ける声調だったが、彼らなりに自信を持って隙を見せているのだろう。友人と一緒にログインしていれば見栄の1つも張りたくなるものだ。

 木陰からこっそり観察すると、彼らは同じ種族の妖精を選択して――俺を含め囚われ組に選択権はなかったが――いるようで、共に麻黒い肌をしていた。

 見たところ一方は脳筋タイプ。(たくま)しい背中に、これまた()の長い大きな戦槌を背負っており、もう一方は腰に曲刀をプラプラさせているがどうも接近タイプではなさそうな雰囲気だ。

 これは完全に俺の直感だが、この世界でペアを組む場合は、両者が接近戦タイプである可能性はかなり低い気がするのである。

 だがここで、俺の腕の中で予期せぬことが起こってしまった。

 

「う……ん……あれ、ジェイドさんっ!?」

「げ、シリカ!? し~!」

 

 なんともバッドなタイミングで猫耳バージョンのシリカが目を覚ましてしまったのだ。しかもいつかの主街区の時のようにお姫様抱っこをしている状態だったので、ここで覚醒したら声の1つも上げたくなるだろう。

 俺とアルゴは同時に慌てたが、すでに後の祭り。2人の男らは抜刀しながら声が聞こえた方向、つまり俺達3人が身を潜める樹木を警戒していた。

 まったく、いいツラしてあつらえ向きの大槌(おおつい)まで買いそろえておいて、いざ寝起きの女の子の声を聴いただけで戦意むき出しとは気の早い連中だ。夜の(いとな)みもさぞ早いことだろう。

 いちいち交渉難度を上げてくる現実という名のクソゲーに感謝しつつ、俺は両手をあげて降参ポーズのまま「いや〜、ワリーワリー! 隠れるつもりはなかったんだ」と、陰から姿を現した。

 武器もないことだし。

 

「お、いたいた。デートでもしてたのかな~? まあ、場所を間違えてるぜ」

「そうそう。今度は人の敷地内じゃなくて、自分らの領地か《アルン》でしなよん」

 

 さっそくバトりたくてウズウズしている感じの声で話しかけられた。

 安定の不運である。

 

「(アルンてどこだよ。領地も知らねえけど……)……てか、殺す気満々か……。カンベンしてくれ、俺は敵じゃないんだ。ただ少し……その、ログアウトできなくて困っててよ」

「あ? なんだコイツ。お前なに言ってるか聞こえた?」

「いや全然。セーフマスクかかりすぎでしょコレ」

「なっ!? そんなサツバツとしてんのかこの世界は!?」

「だから聞こえねえって!」

 

 あまりに容赦のない受け答えと、若干ばかり噛み合わない会話に首を傾げたが、武器のない俺には話術だけが頼りなのだ。

 事情を聞いて協力してくれるか、せめてこの場だけでも見逃してほしいものだが、はて。

 なんて呑気に次の手を考えていると、事態は急変した。

 

「なにっ!? レーダン、これ広域デバフアタックだ!! やられた!」

「クソッ、弱体化(ウィーケン)か!? いま解除する! フォアード頼むぞ!」

「はっ……え……のわあああああっ!?」

 

 突如、彼らは翅を生やして襲ってきた。長い鉄槌が振り下ろされ、回避する前の地面はゴッバアアアアア!! と、抉れるように土ごと持ち上げられた。

 反射的に初撃は避けたが、目が点になるとはこのことだ。

 俺は何もしていない。構えてすらいない。だのに激怒した彼らは突然フォーメーションを組み、片方はハスキーな声をあげて巨大ハンマーをブンブンと振り回し、その相方は後ろに下がって日本語でも英語でもない、何やら奇怪な呪文を唱え始めていた。

 『上』で戦った時はこんな動作は……、

 

「(いや、ちげェ! 上での戦いが異常だったのか!!)」

 

 この戦闘スタイルが本来のあり方なのだ。

 そして異常と言えば、俺もいい加減異常事態を察していた。

 こいつらが突然牙を剥いた理由。おおかた俺が知らない内(・・・・・)に何か先制攻撃をしたのだろう。

 まともなプレイヤーにある程度接近することで強制的に発動する既存の範囲魔法。また肉声によるリアル関係の露呈(ろてい)を防ぐプライバシーポリシーや、セクハラ対策として猥褻(わいせつ)なセリフを聞き取りにくくする名目で導入された、《セーフマスク》の最大レベルでの適用。確か無敵のメガネ男もこれを使っていたか。

 ノーマナー行為を繰り返す悪質なプレイヤーに、この程度の制限を設けるぐらいなら……いや、もっといろんな妨害を、奴らは俺やアルゴといった『普通のプレイヤー』に施すことができるはずだ。これでは人に出会う度に戦闘は避けられないし、意思疎通を図ることもできない。そのうえ世界観の導入部からPK推奨とダメ押しまでされたら、さすがに誰も俺達に手を差し伸べてはくれないだろう。

 『まだ終わりじゃない』、なんて段階ではない。

 奴らとの戦いはすでに始まっていたのだ。

 

「(これだけやって、死んだら即転送。おまけに記憶も感情もいじくられます、なんてファッキンな話だったらそろそろブチ切れるぜ神様よォ!!)」

「くっそマジかよ! どんだけスキル熟練度あげてんだ! 悪いトヨ、一回の解呪じゃ解けなかった!」

「じゃあもう1回唱えろ!」

 

 敵のラッシュは続く。ステータスはともかく、少なくとも動きだけを見るなら上で戦ったクソ野郎とは比較にならない隙のなさだった。

 ジャブ程度の連続牽制に、大きくフルスイングしたと思ったらそのエネルギーを殺さず軌道を変えて捻転力を次撃にぶつけてくる。ソードスキルではないので技後硬直(ポストモーション)なんてものもなく、試しに森林地帯に侵入してみても大木ごと折り倒して強引に攻めてきた。

 手練れだ。ゲーム歴は長いのだろう。

 敵の目的も時間稼ぎなのか、戦槌の振りは浅く、とても武器を奪ったり素手で反撃できるタイプの弱者ではない。

 ともあれ、今の俺が普通のプレイヤーといったいどこまで『ズレて』いるのか、それはおいおい確かめて行くしないので悩むのは後だ。

 俺は足場の悪い森林地帯から飛び出すと、どこかに隠れているはずの仲間に呼びかけた。

 

「アルゴ! いま!!」

「っく!?」

 

 掛け声を待っていたかのように、どこからともなくダガーが飛来して、バチン! と男に当たった。

 命中したのは後方で呪文を唱えていた相手のプレートアーマーで、詠唱中だった一連の動きが不意打ちでキャンセルされる。よほど驚いたのか、左手に飛行補助コントローラまで握りしめて上空に逃げ出したので、前衛の男も連動するように焦っていた。

 

「伏兵だ! くそっ、こいつら女も戦えるぞ!」

 

 もちろん伏兵なんて大層なものではない。自身のものはすでにロストしているはずなので、投げつけたダガーはもおそらくシリカから借りた非投擲用の初期装備だろう。

 しかし、見えない位置からのフォロー。このたった1発の援護射撃で十分だった。

 

「野郎、誘いやがった! 初めからやる気だったのかよ!!」

「(いんや、ヤる気になったのは今からさ!!)」

 

 どうせ言葉は届かない。俺は心の中だけで敵に返事をくれてやる。と同時に、力の限り地を()せた。

 最初にして最後となるだろうハンマー男の隙を、俺は正確に突いてやった。

 

「おっらァああああああッ!!!!」

「ぐあああっ!! ううっ!?」

 

 格闘戦で何発か顔面に入れたあとに、本日すでに何度目かもわからない全力タックルが決まった。意外とこの汎用性の高さは知られていないので、ぬくぬくと育ったパンピー連中には結構な確率で決まったりする。

 あまりの衝撃で腹から何か吐きそうな表情を浮かべるハンマー男は、そのご自慢の金属製武器をまともに振れないまま俺と湖にダイブした。

 過抵抗のかかる水中。ここでは大きな戦槌はおろか、短剣だって満足には振れまい。

 

「ぶっはッ、ふざけんっ、なよコイツ! なにがしたいんだ、ったくよォ!!」

 

 いち早く泳いで岸に戻ろうとする敵を放置し、俺は潜水したまま湖の中に置き忘れた『ある物』を探した。

 当然これは時間的なロスとなる。支援タイプが空中でデバフの解除に成功したら、今度は遠距離攻撃の援護をしてくるかもしれない。となるとハンマー男も湖のすぐ近くに陣取って、仲間と同時に俺の出待ちを狙ってくるだろう。疑似的な湧いた瞬間殺す(リスポーン・キル)という状況だ。

 しかしこちとらリスキル上等。置き忘れたもの、なんてもったいぶる必要もないだろう。

 水底(みなそこ)に佇んでいた巨人の宝剣《エッケザックス》を発見。

 手に握りしめ、感触を確認。

 あとはタイミングだ。酸素ゲージの続く限り時間はある。

 

「(さあ、行くぜオラァ!!)」

 

 飛び出したい衝動を抑えて時間いっぱいまで耐えると、大剣のポメルに埋め込まれた七色の宝石を半回転させる。

 すぐに俺も左手で補助コントローラを出すと、水中で4枚の(はね)を広げ、水圧を押し分けて振動する。

 出せる限界の速度で、自分自身を水面から上空に投射した。

 

「来たぞ、撃てぇええええええ!!」

「っらァアアアッ!!」

 

 水柱が立った直後。案の上、空で待機していた支援兵は一直線に飛翔する俺に向けて掩撃(えんげき)魔法を放った。

 そして容赦なく()き消える。

 いかなる魔法を発動した痕跡(こんせき)もなく、相殺するほどの物理攻撃があったわけでもない。しかし青白く発光する肉厚の大剣にヒットする直前で、土属性魔法《塊岩(クラッグ)》なる重量級攻撃は唐突に消え失せた。

 これが《あまねく魔法の追放(ソーサリィ・マグバニッシュ)》。触れた魔法を問答無用で無力化し、術者への衝撃まで遮り、かつデメリットなしで連発できるエクストラスキル。……と信じていたが、予想に反しピシィッ、という大剣にヒビが入るような音が聞こえた。

 だが。

 戦場では些細(ささい)なこと。俺はそれを無視し、体を張った壁(スクリーン)をしてきた戦槌使いの男を体をよじってパス。さらに加速した。

 

「あ、れっ……?」

 

 狙いは後衛。空中で狼狽(うろた)えていた革服男の腹にゾップン!! と響く刺突攻撃が決まった。

 規格外の鉄塊が腹の下から背中まで貫通し、男はメイジクラスを選択した甲斐なく、まともに支援もできないまま勝敗は決した。

 気合一閃でそのまま大剣をアッパーでもするように持ち上げる。

 グッチャァアッ、と上半身を縦に真二つにされるという、なかなか体験できない凄惨(せいさん)な最期を遂げると、男はとうとう《リメインライト》になって空中に漂った。

 

「っしゃあ!! まずひとーりッ!!」

 

 脳筋戦士は速すぎるカウンターキルに一時唖然(あぜん)とするも、驚嘆(きょうたん)すべき速さで俺に食いつてきた。

 慣れない空中戦。耳鳴りを起こす金属音と、おまけに片腕をバランス制御に使わざるを得ない状況に眉をひそめる。すると、なんと敵は両手で(・・・)ハンマーのグリップを握り、ギリギリと鍔競り合いをしながら話しかけてきた。

 

「くっそ《エッケザックス》かよ!? どっからこんなレア剣を……てめえらさっきまでのはフリか、あァっ!? ……で、でもなんで補助スティックなんか……!?」

「(ぐッ……やっぱり……そうだったかッ!!)」

 

 片手だけで槌を受け止めながら、必死に頭をはたらかせる。

 リマインドされるのは、脳に響いた女性の機械音声アナウンス。あの時、エアレイドを前面に押し出した(うた)い文句を繰り返した。

 ゆえに、飛行補助コントローラで片手が塞がるはずなのに、両手用の武器が存在していること自体不思議だった。そして存在している以上、空中では特定のカテゴリ武器は両手で扱えない、なんてバカげた話はないはずである。

 現に、目の前の男は(はね)を器用に操り両手で武器を振っている。これが答えなのだろう。

 この《アルヴヘイム・オンライン》なる世界には、どういう理屈なのか、スティックに頼らない翅の動かし方が存在しているらしい。

 先ほどメイジクラスの男にトドメをさした瞬間、アイテムストレージに何かをドロップさせたようなメッセージ音が聞こえたが、実際にゲームオーバーになる、あるいはさせることによってデスペナルティらしきシステムも作動するようだ。

 剣の不調も感じ取れる。《ラボラトリー》ではメガネ男が何の躊躇(ためら)いもなくスキルを使用していたが、無条件に魔法を無効化できたのはあのエリアだけだったとみて間違いない。

 悲しい誤算だが、《ラボラトリー》を脱してなお、武器そのものが消えてなくならないだけ(もう)けものと捉えるべきか。

 せっかくの新要素である魔法を完全否定するような武器が考案されている方が滑稽(こっけい)だが、剣の性能に任せたゴリゴリの遠距離封殺戦法は期待できないと見ていいだろう。

 

「(へっ、いいこと知ったぜ……ッ!!)」

 

 しかしこの劣勢状況に立ってなお、俺は楽しかった(・・・・・)

 生まれたての俺達にとって、すべては新しい発見だらけだ。

 魔法の発動に必要なスペルが英語ですらなかったこと。触媒も不要な魔法が存在している――のちに知ったが、触媒不要の魔法の方が圧倒的に多い。杖は照準性(エイミング)と威力の補助がメイン――こと。そして脳筋の熟練プレイヤーと俺のアバターが筋力で()り合えていること1つとっても収穫だ。どう考えても俺のステータスは異質である。

 敵と戦う前に備えるべきことは、性能のいい武器と気概(きがい)だけではない。

 その点、焼けた肌を持ったこの少年らには、ある意味感謝をせねばなるまい。俺達が今もっとも欲している武器、情報という切り札を提供してくれているのだから。

 

「おっるああああ!!」

 

 相手の咆哮で鍔競り合いが解かれると、俺はスティックを引っ込めて地上に降り立った。

 大剣を体の正中線に構え、初めて得物を持ったまま正面から対峙(たいじ)する。

 しかし、流れで得意な地上戦に持ち込もうという算段は早くも見破られた。イケメンの両手用ハンマー少年は、降下を中止すると何やらブツブツとスペルを唱え、地面を這うことしかできなくなった羽虫に一方的な魔法を浴びせる。

 種別は幻属性、魔法名《煙り包む灰塵(スモークス・アッシュ)》。

 

「(広範囲の煙……? アイツも巻き込んでるから、たぶん毒はなさそうだな……)」

 

 彼の相方が巨大な岩をそのまま投げつけるワイルドな《クラッグ》という攻撃をしてきた時も思ったが、どうやら敵が魔法を発動した場合、その魔法名が敵アバターの付近に浮かぶようで、一定範囲内にいればそれを目視できる仕様らしい。

 無論、高速で移動しながら戦闘している最中なら、見逃すことも往々にしてあるだろう。この辺りは旧アインクラッド界のソードスキルの扱いに近いので違和感はない。

 だが身構えはしたものの、攻撃魔法ではないようだ。モクモクとどこからともかく不透明な煙が漂ってきただけで、その場を移動しなかった俺にいかなるデバフも与えていない。おそらく時間稼ぎ用の目くらましだろう。

 

「(さーてどう来る……)」

 

 視界ゼロの緊張感。さりげにゆっくりと位置だけ変えつつ、神経を研ぎ澄ませた。

 これだけ濃い霧であれば、俺が音を出して動かない限り相手も感知は困難なはず。奴にはお得意の翅があるが、常に音は鳴っているし、いくら立体に動けるとは言え高速移動時は必ず空気を独特な音波で振動させてしまう。迂闊(うかつ)に動いて位置を悟られた方が不利になるというわけだ。

 しかしそこまで考えた俺を出迎えたのは、まったく予想外な攻撃だった。

 

「(来た! ……って、爆弾かよ!?)」

 

 何かを投下された瞬間にバックステップを踏んだことで直撃はなかったが、バリン! バリン! バリン! と地面に弾けたのは間違いなく巨大樹の上で雨のように降らされた火炎瓶もどきだった。

 狙って放たれたものではない。爆発力もいくばかグレードダウンした廉価版のようで、目潰し魔法からのハンマー連撃を想定していた俺からすると若干ばかり拍子抜けだ。

 だが気を抜きかけた瞬間、俺の先入観がいかに愚かだったかを思い知らされた。

 

「ジェイドさん! 音が2つに戻っています!」

「なにっ!?」

 

 どこか草の陰に隠れているシリカが声だけで教えてくれたが、まさに信じられないことが起こっていた。

 最初に倒した方のメイジの男が完全に復活していたのだ。

 敵の付近に浮かぶのはまた新しい魔法名、光属性の《蘇生(リヴァイブ)》。

 まさかシリカは翅が作るこの音の重なりの中から、特定の周波数を聞き分けられるのか、なんて発見もあったが、そもそも考えてもみればこれこそアクションRPGにあるべき本来の姿なのだろう。むしろゲームの世界だというのに、たった1回死んだだけですべてを失うなんて、ナンセンス以前に論外だ。

 それを2年間強制されたせいで感覚が狂っていることを自覚し、俺は晴れた(きり)の先にいる2人の敵を見据(みす)えた。

 

「すまねぇトヨ、助かったよ。あいつ、インプのくせに凄いスピードだったぞ。種族補正だけじゃない。どんだけVR慣れしてんだ……」

「敵は奴だけじゃない。気を抜くなよ、こいつの仲間はケットシーだ」

「湧いてる場所には違和感しかねーな。多種族ペアってことは脱領者(レネゲイド)かもしれないし、目と耳は相手に分がありそうだ」

「へへっ。けどどうも、初心者っつうお前の読みだけは正しそうだな。賭けはイーブンってことにしといてやる」

「ハイハイ。……あ、トヨが煙まいた時かな。投げつけてきたダガーも拾われてるね。気をつけなきゃ」

 

 そう言い合う男達は淡々としていた。まるでその分析と洞察がなんの自慢にもならないかのように。

 

「(や~れやれ。気が遠くなるな……)」

 

 見事な審美眼である。

 動揺を悟られないよう舌打ちこそしなかったが、誰の目にも明らかな劣勢に心の中で溜め息を吐く。

 連中は一見するとオチャラけているようで、しかしその鋭い注意力は的確にこちらの手の内を暴き、あまつさえアルゴの武器回収にまで気づいてみせた。

 《リメインライト》の状態から復帰した男はまだ補助コントローラで飛んでいるとは言え、彼はスペルを読み上げるスピードが強みなようで、決して戦闘員として弱いわけではない。

 そしてこの《リメインライト》についてもっと考察するなら、これはきっと死に切るまでの『猶予期間』だったのだろう。仲間が広範囲に煙を()いたことを認知していたことから、一定時間は意識を含めてその場にとどまり、アイテムなり魔法なりで蘇生処置を施せばもう1度戦線に復帰できる仕様なのだ。

 《エッケザックス》で後衛の男をクリティカルヒット2発で撃破できたことから、ステータスが異常に高い俺達にとって、本来これは圧倒的に不利な戦闘ではない。

 それなのに劣勢ということは、やはりこの世界で勝敗を左右するのは、経験値総量ではなく知識というわけだ。

 魔法の種類、武器防具ごとの強み、そして当然それらの対抗手段。

 この展開を読み切れなかったのは、考慮不足による判断ミスである。しつこいようだが、俺達は《アルヴヘイム・オンライン》のルールに乏しすぎる。長期戦になればなるほど裏のかきようがなくなってくる。

 若干気が重くなりつつも、背の高い針葉樹よりもさらに高々度を維持する2人を見上げた。

 俺が助走をつけてジャンプしても剣が届かず、自分らが魔法を撃てば容易に回避できないだろう絶妙な距離感。相変わらずだ。

 

「(……しっかし、《エッケザックス》が使えたのはほとんど奇跡に近い。カテゴリが都合よく大剣で筋力値不足もなしなんて、スキル制ゲーム様々だな。……つっても、こんなものに頼らなくちゃならないとは……)」

 

 わずかな静寂を前に、彼ら曰くレア剣の、光り輝く一振りを一瞥(いちべつ)して俺は憂鬱(ゆううつ)な気分になった。

 これは俺の持論だが、剣を信頼せず、剣を本当に愛していない者は、それを振るう資格はないと思っている。

 もちろん2年前の俺がこんなクサいセリフを聞いたら、()でも生やしながら親の仇でも取るかのごとくそいつを(あお)っていただろう。

 だが俺は命と同等の価値ある相棒を背負って、いかなる困難も、絶望的な死地も、剣と共に戦い生き抜いてしまった。

 と同時に、焼き付くほど目にしてきた。武器をおざなりに扱う者、道具の延長としか認識できない者、そして真に愛さない者。彼らが最後の最後で剣に見捨てられ、この世を去っていった光景を。

 魂の奥にまで刻んだこの価値観は今さらぬぐえない。

 しかしだからこそ、なんの努力をしたわけでもなくボイスコマンド1つで精製され、試し振りすらせずに実戦投入したこの武器について、どうしようもない不快感が襲ってきた。今さらだが中心の支柱に(はがね)を用いている以外が結晶製のこれは、特大リーチである見た目ほど重量もなく、その異様な軽さがさらに不安を()き立てる。

 頭より先に体が理解してしまっていた。勝機があるとしたら俺の剣の能力ではない、ということを。

 しかしあいにく、強力な武器もまた《エッケザックス》だけではなかった。

 

「さあ、次で決着にしようぜ!」

 

 俺はあえて声に出して相手を挑発した。

 それはきっと、自身への鼓舞(こぶ)でもあったのだろう。

 彼ら2人は一切の感情も見せず、先ほどと同じフォーメーションを取っていた。2人が同時に魔法を唱え、さらに1人が接近戦を仕掛ける構えを見せる。唱え終えた瞬間に波状攻撃で(たた)みかけに来ると見て間違いない。

 奴らの勘違い(・・・)を突けるチャンスは1度。

 気合いと共に地を駆ける。

 これまで通り肝を()え、仲間を信じる。何度でも立ちはだかる壁に、今度もまた血を吸う得物を向けるのだった。

 

 

 

 

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