SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第14話 βの先へ(前編)

 西暦2023年2月13日、浮遊城第10層。

 

「撤退に入る。各隊に伝えろ」

「了解です……退却! 退却命令!」

「退けぇ! 各位戦闘中止! 退却命令出てるぞぉ!」

 

 青い(ろう)が怪しく揺れるフロアボスの部屋に、響く野太い男達の声が重なって響く。

 これで2度目の撤退。しかし、逃げると決まっても油断はできない。

 この10層ボスは、2体の巨人。彼らは阿吽像の顔をしており、それぞれ右手と左手にはシンプルな太刀カテゴリである《オオダチ》を装備。繰り出される攻撃は《カタナ》専用ソードスキルである。つまりボスは、人間の倍の体躯(たいく)を持つ侍のような姿なのだ。

 そして奴らの厄介なところは、闇雲(やみくも)に背を向けた者を優先的に狙う点である。こうしたボス部屋は例外なく広く、狙われれば歩幅の差から簡単に詰められる。そうなれば一網打尽だ。

 それを理解しているプレイヤーは、各々きちんと背を向けないように撤退戦に入った。

 各自細心の注意を払い、陣形を崩さずに統制された動きでジリジリと後退。2分ほどの時間をかけ、ようやく攻略隊全員が出口を通った。

 

「……ハァ……ハァ……」

「……ゼィ……くっそ……今回も……偵察……止まりか」

「……ハァ……だけど……ゼィ……無駄じゃなかった……」

 

 息も切れ切れに腰を落としながら、各々が悪態と状況整理を同時に吐く。

 今日だけで何度も通過した迷宮区の広い回廊。1日かけて敢行(かんこう)されたボス戦は、1回目が偵察、2回目が完全攻略の予定だった。しかし、ボスの予想以上の強さに再び撤退を余儀なくされた。

 

「(しゃーねぇわな……なんせ前回が……)」

 

 俺達が討伐のために後一歩が踏み出せない理由。それは前層……つまり、9層ボス攻略の際に1層以来の『死者』を出したからだ。

 3か月ぶりのボス戦での死者。記憶に新しい分、あるいは1層時と討伐メンバーがほとんど変わっているからか、事態への耐性の無さが災いして、プレイヤー達は必要以上に慎重になっている。

 そこへ、相変わらず真っ黒な装備をしたキリトが俺に話しかけてきた。

 

「にしても、やるなあいつら。プレイヤーのモチベーションが低いのを差し置いても結構強いぞ」

「ああ。あん時に比べて、明らかに新しいモーションがある。……ま、わかっちゃいたけどな」

 

 キリトのぼやきには同意するが、一口に強いと言っても苦戦の理由は多々ある。

 まず俺が言う『あん時』とは、周りに配慮したが要はβテストの時だ。聞くところによると、第1層から第9層までのボスには、正式サービスと比べ攻撃モーションやスペックに100%何らかの変更点があった。

 今回も『ボスが2体』までは、NPCの証言と同じだ。しかし、ボスの連携に関してはかなり違っている。

 

「1段毎にパターン増えるのは厄介ね……」

 

 隣に座るヒスイがそう言った。寄せ集めパーティなので、彼女もこの隊に配属されていたのだ。

 そして彼女の言う通り、推定3.5メートルもある阿吽の銅製仏像は、見た目の異形具合もさることながら、それ以上に恐ろしい特殊能力を持っている。

 

 1つ、高い耐久性能。

 銅を模す肉質を持ち、大層な甲冑まで着込んでおり、弱点は打撃属性のみ。各状態異常耐性も高い。

 通常、フロアボスはHPゲージを4段以上表示させるのに対し、阿吽像2体はそれぞれ3段。高い防御値があるとはいえ、1体当たりのアベレージは歴代に比べ少ないが、それが2体同時だ。並のHP総量ではない。

 2つ、獲物1本とは思えない潤沢な手数。

 加えて、ヒスイの指摘した『HPゲージ1段毎に攻撃パターンが増える』もの向かい風となる。ただでさえそれぞれが独自の攻撃モーションを持ち、戦況が進むにつれて敵の攻撃択が増えていく。

 3つ、練度の高い連携。

 単体のフィジカルに対抗するための集団戦法なのに、敵が互いを補うチーム体制を組めばどうなるか。

 想像するまでもない。はっきり言って、これが1番厄介である。それゆえに、暫定最強のボスたらしめているといっても過言ではない。

 

「でも、今のでやっと最終段の動きも見えたな」

「ああ。今日はもう無理だろうから、決戦は持ち越しだな。……そういえば、アスナとエギルは明日もいないんだったか。じゃあメンバーは変わらずだな」

「そうね……それに、さすがにパターン多いから飛び入り参加は危険よ。実際に目で見て慣れないと。口頭説明じゃ伝えきれない」

 

 その意見にはキリトと2人で頷く。

 ちなみに、なぜアスナやエギルがいないのか。正確にはキバオウの率いるギルド、《アインクラッド解放隊》やリンドの率いるギルド、《ドラゴンナイツ》がフルメンバーでないのか。それは、ボス攻略の際のプレイヤーレイドの上限が48人と決まっているからである。

 もっとも、それ以上の人数で挑むことも不可能ではない。しかしその場合、システム的メリットの享受(きょうじゅ)が難しくなる。例えばパーティメンバーの残体力が視界に表示されない、など。

 それに司令塔を統一しなければ、数の暴力を生かしきれない。制御不能の乱戦になれば死者を出す恐れがあるからだ。

 よって、システム上の規定値メンバー上限で、堅実にローテーションを繰り返すのがSAOの常識となっている。

 元々は討伐戦の参加表明は50人と少しだったが、その場合は必然的に誰かが攻略を諦めるしかない。

 

「あ~あ。でっかいギルドに予備戦力とかあれば便利なのにねえ。……あ、でも手数に対応できなきゃ一緒かな」

「手数もそうだし、やっぱ連携だよな~ウザいのは。隊を分割してどっちか集中狙いした方がよくね?」

「そうね。こっちも大技出しにくいし。……集中狙いの作戦、提案してみよっか?」

「そうしたいけど、今さら作戦変えるとリンドとキバオウがモメそうなんだよなあ」

「え、そう……? あたしが頼むとだいたい通るけど」

「それはアンタがヒスイだからであって……ほら、あいつら仲悪いじゃん。プライドの塊だし……ん? どしたキリト?」

「…………」

 

 しばらくヒスイと2人での会話になっており、キリトが参加していないことに気付く。

 彼は顎に手を当て、難しい顔をしていた。と思ったら、そのままとんでもないことを口走る。

 

「いや、逆にさ。……ボス攻略で顔合わす度に、あんたら2人が仲良くなってる気がするんだけど」

「「そんなわけないだろ(でしょ)」」

「…………」

 

 ――ハモったよ。

 正直焦った。言っている場合でないのだが、なかなか綺麗なハモりをするとついテンションが上がる。こういった現象は漫画やドラマでしか起きないと思っていたが。

 

「……なるほどな」

「……違うからな」

 

 その後、得心顔なキリトに釘を打ちつつ平行線を辿りそうな会話を打ち切ると、討伐隊リーダーが今日中の攻略を断念する旨を伝え、その日は迷宮区を無事に抜けた時点でお開きとなった。

 

「キリトはこれからどうする? まだ20時だけど」

「そうだなぁ。明日の攻略まで時間もあるし、もうひと狩りしていくか」

「いや、あなた達ねぇ。そこは『もう20時』でしょ? ボス戦直後だっていうのに、どれだけ体動かせば気が済むのよ」

「ハハっ。男は《安全地帯》さえあればそこで寝られるからな」

「(うわっ……キリト地雷だよそれ)」

 

 止める間もなく答えてしまったが、これはマズい。

 露天で休んだせいで性被害に()いかけた事件は記憶に新しい。事情を知らないキリトに非はないが、よりによってその話題とは。

 

「アハハッ、いいよね男の子は。あたしらはちょっと無理かな~」

「…………」

 

 ――おや、なんともないのだろうか。

 俺は横目で恐る恐るヒスイを覗き込んだが、彼女はあくまで自然体だった。口に出さないだけで表情は硬い、なんてオチもない。

 

「そうだジェイド、たまには競争しないか? 《オロチ・エリートガード》30分エンドレスのクエってこの辺で受けられたよな。経験値いいから無駄にはならないだろ」

「あ、ああ。いいけど……」

 

 生返事で答えつつ、俺は帰路についたヒスイの後ろ姿を見る。そこにあるのは、彼女を元βテスターだと知らないリンドやキバオウの有力ギルドメンバーがしつこく勧誘し、それを彼女が丁重に断るシーンだ。

 普段から繰り広げられる風景であり、目立った違和感はない。

 

「(やっぱ強えな……)」

 

 少なくとも彼女は、抱え込む負の遺産と決着をつけるまでソロをやめないだろう。それがなにかは知る由もないが、少なくともギルドのお誘いにホイホイ乗れるほど軽くないようだ。

 彼女には強いメンタルがある。もうしばらく1人にしても問題ないだろう。

 

「よっし、キリト。《体術》スキルも相当上がってっから、今度は負けねぇぞ」

「こっちこそ。今度も勝つぜ!」

 

 はしゃぎ回る俺たちを、ヒスイがほんの少し羨んでいた気がした。

 

 

 

 翌日、2月14日。時刻は11時50分。押し寄せる寒波により、フィールドは凄まじいほど寒かった。ただただ寒い。本当に寒い日だった。うむ、他にはなんの変鉄もない1日だ。

 ――バレンタイン? そんなイベントは知らん。

 そうやって負け犬染みたことを考えながら歩いていると、俺達討伐隊はあっという間に再びボス部屋まで到達した。

 朗報として、作戦が一極集中攻めに変わっている。隊を7分割し、4隊を攻撃特化仕様、つまり《ダメージディーラー》で固めて一気に片翼を潰す手筈(てはず)だ。

 残った3隊はひたすら時間稼ぎ。2体の連携を阻むのが役割である。すべてのプレイヤーのビルドがきっちり分かれていたわけでないので、バランス型は攻守のどちらかに少しでも偏っていたらそちらの隊へ、という振り分けである。

 

「あたし特化ではないのよねぇ」

「俺もそうだよ。ま、意識すればそれなりになるさ。こーいうのは気合いの問題だからよ」

「うわー脳筋。早死にするタイプじゃん」

「ひっで。まあ一応、マジで《武器防御(パリィ)》スキルは上げてっから」

防御役(タンク)に回った奴らも皆が皆ってわけじゃない。それに……おい見ろ。開くぜ」

 

 キリトの介入で俺達は静まる。言葉通り再三のボス戦である。今度こそ決めきらねば、レイド全体の士気は無視できないほど低下する。それを、ここにいる誰もが理解していた。

 俺は愛刀を強く握りしめることで、自分で口走った気合いとやらを入れ直す。

 「リンド隊の3人もよろしくな」と、同じ攻撃特化メンバーとなった端数の3人に挨拶を済ませると、再び討伐隊は大きな門をくぐった。

 すると、暗闇に2つのシルエットが浮かんでくる。

 中央で仁王立ちしている、10層のフロアボスだ。

 

「(くるッ!)」

 

 外周の提灯(ちょうちん)オブジェクトに癒着した(ろう)が光り出すと、ボスの姿がはっきりと見えた。連中も歩きながら《オオダチ》を抜刀。そして茶一色だったその体に色が付き始め、名前も表示された。

 フロアボス《ジェネラルスタチュー・ジ・アキョウビ》と《ジェネラルスタチュー・ジ・ウンジョウラン》は同時にHPゲージを3段で表示する。

 威圧が質量を持った壁のように迫り来る。その直後、リンドが号令を放つ。

 

「戦闘開始! タンク隊はエルバートの指揮下へ! 左右に展開しろ!」

 

 俺達の攻撃隊の指揮はリンドのまま。右側のプレイヤーだけが、重そうなミスリルアーマーをガチャガチャと鳴らせて移動を開始する。

 

「A、B隊は右! C、D隊は左だ! なるべく刀を振らせるなよッ!!」

 

 俺を含むD隊は、右手にカタナを持つ『アキョウビ』がターゲットだ。命令に従って回り込むと、大型の《オオダチ》が眼前に迫る。

 相変わらずの図体に、思わず筋肉が委縮(いしゅく)する。

 しかし、1人ではない。無理を通してでも体が動くのは、カバーをくれる仲間がいるからだ。

 

「(ったく、バカでけぇ筋肉ダルマがッ)」

 

 手始めに単発のソードスキルを発動。問題なくヒットしたが、やはり硬さが尋常ではない。集中力との戦いである。リンドは「振らせるな」と言ったが簡単に言ってくれる。なにせその剣身はプレイヤー1人分以上もあるのだ。

 だが、討伐隊もさすがに見慣れたのか臆することはなく、次々と自慢の高性能武器を振るっていた。

 ボスのHP減少は、前回とは比べられないほど速かった。

 

「うおっ……ぶねぇ。これペースは速いけどさ……!」

「ああ、紙一重だ。でも他に方法がない!」

 

 至って作戦通りだが、さすがはリスク上等のハイペースな消耗戦。一歩間違えれば死人が出てもおかしくない。

 振り回される冗談じみた太刀を慎重に見極めながらも、討伐メンバーはなおも集中力を上げた。

 合流される前に1体を倒しきる。それさえできれば勝ったも同然。

 そして、これで駄目ならレベルを上げて出直すしかない。

 

「スイッチD隊! 2段目行ったぞ。気を付けろッ!」

『了解ッ!』

 

 心配する反面、部隊の連携練度は目を見張るものがあった。

 このバカげたデスゲームで前線に踏みとどまる過程は十人十色だろうが、こんな低層で足踏みなんてできない、という強い想いは共通しているからだろう。

 1日、1時間でも解放を早めるために。そして志気と攻略にかかる時間の均衡点から、今日ここで仕留めることには相応の意味がある。

 そこまで考えた時だった。

 

「(ん!? これ……《浮舟(ウキフネ)》かッ!?)」

 

 戦闘の渦中で『アキョウビ』が《オオダチ》の刀身を光らせた。

 瞬時に反応する。

 体全体を屈ませながら、右足の筋力だけを拡張させた。

 気合を一喝。その一瞬あとにブオッ、と視界の右斜め上を《オオダチ》が掠めていった。

 想像以上にスレスレで冷や汗が流れたが、回避は成功。

 カタナ専用ソードスキル、スキルコンボ初動斬り上げ《ウキフネ》。一見単発攻撃に見えるこの技は、ヒットすると対象物を上空に飛ばし、重力を一時的に無視して空中で連撃ソードスキルを発動させるものである。当てさえすれば敵にとって追撃されない空中での連続攻撃だが、逆に躱せばチャンス到来。外した時の行動遅延時間(ディレイタイム)は比較的長いのだ。

 

「強攻撃3発はいけるッ!」

 

 俺が叫ぶとキリト、ヒスイ、リンド隊3人が一斉に剣を光らせる。

 そしてかく言う俺自身もジャンプ後に今の愛剣《フィランソル》をディープブルーに輝かせて、《両手剣》専用ソードスキル、初級垂直三連撃《ガントレット・ナイル》を敵の顔面に叩き込んだ。

 

「せあァああぁあああッ!!」

『…………』

 

 ガンガンガンッ、と硬質な肌に剣が直撃する光と音が鳴る。確実に効いているはずなのだが、一向に喋ることのないボスを相手にしているとダメージが入っているか不安になる。

 しかし今の攻撃は相当有効だったようで、敵のHPゲージは早くも2段目がイエローに入った。開幕9分で1体目の体力を半分削った計算になる。

 

「(このままいける……)……れあァああッ!!」

 

 着地直後に剣を上段構えで右肩の前に持ってくる。今度は愛刀《フィランソル》を紫に染め上げ、《両手用大剣》専用ソードスキル、初級二連斬り上げ《ダブル・ラード》をボスの土手っ腹に決めてやった。

 

「これで……ッ」

「ジェイド!」

 

 しかし意識の反応圏外から迫った鉄塊のような太刀に、俺はほとんど真横に吹き飛ばされてしまった。

 重い攻撃が多段ヒットした結果から、『あと少しで怯みディレイになる』と見ていたが、読みが外れたのだ。

 怯み値計算のミス。頭では納得している。反撃を許した以上、今の追撃は軽率だった。

 

「バカ! 無茶して……」

「ヒスイの言うとおりだ。自分で3発と言ってただろう」

「ぐっ……くそ、ワリぃ……」

 

 ヒーロー願望と射幸心が邪魔をした。

 ここで言い訳しないところだけ少しは成長したのかもしれないが、やっていることは自分だけの問題ではなく、パーティ全体の弱点晒しである。

 無力加減に歯がしみしても、落ち込んではいられない。

 再びローテーションでA隊がタゲを取っている内に回復を済ませなければ。

 

「今度は本当に気を付けろよ。次にD隊が当たる時は、たぶん最終段になってる……」

「ああ、つまり敵の技が増えてるってわけだ。ここからは……いや、このボスからはすでに『βテスター』と言う肩書きは有利に機能しない」

「そうね……でもだからこそ、よ」

 

 ここにいる元『ベータ』3人で小さく頷きあった。互いにその正体を知り、ライバルであると共に頼もしい仲間でもある3人で。

 

 

 次の《スイッチ》が始まる。

 ここからが本番、正真正銘のデスゲームだ。

 

 

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