SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第109話 新天地の剣闘

 西暦2024年11月10日 《虹の谷》第2山、高度限界寸前空域。

 

 空を飛翔(ひしょう)できる妖精の国、《アルヴヘイム・オンライン》。

 この世界に足を踏み入れ3日がたった。

 激戦に続く激戦と不条理な戦力差。しかし《攻略組》だった俺やアルゴはともかく、戦力としては心もとないシリカでさえもまだ生きている。

 最初に会敵した《土妖精(ノーム)》2人組が言っていた、名を《アルン》と判明させた中央都から空に屹立(きつりつ)する世界樹。

 すなわちゲームスタート地点のてっぺんから風に流され、3つの領土が隣接する《三領の栄地》なる大きな森林区間の中央に空から侵入し、山嶺(さんれい)に沿って南下し続け幾星霜(いくせいそう)(体感)。

 なにも3日3晩休むことなく戦い続けたわけではなく、数時間ぶっ通しで続いた過激な戦闘が終わりを迎えたのは、俺がある異変に気が付いたからだった。

 俺達と他のプレイヤーを隔てる相違点、それは『膨大な量の破損データ群』だったのだ。

 どこに逃げ隠れしようとすぐに追手に補足されたのは、おそらくシステムがオートで実行する《エラー検出プログラム》に引っかかり続けていたからだと推測された。

 初めは確信などなかったが、撃破後と次戦のわずかな合間に少しずつ処分――手っ取り早く全処分できなかったのは戦利品まで捨てないため――していくと、最後の1つを境に攻撃はパタリと途絶えた。

 それが地上に降り立ってから2時間がたっていたころだ。

 では今が安全なのかと問われると、そんなこともないから困ったものである。

 快晴の散歩日和を盛大に投げ捨てて、俺達は断崖絶壁の岩肌スレスレを、3人で並列軌道を描いたまま必死に飛行している最中である。

 後方50メートルあたりを見ると、血相を変えた《影妖精(スプリガン)》小隊が「奴らを逃がすな! 飛べるのもそろそろ限界のはずだぁ!!」やら「やられた分取り返さなきゃ割に合わないぞ! おまえら本気出せっ!!」とか「ダメ入んのは見た! チート野郎を殺せぇ!!」なんて、お互いに気合いを入れながらついてきている。しかも殺伐とした世界観に似つかわしくないことに、1人は希少価値の高い淑女(しゅくじょ)だ。思わずその手のサークルで()でもやっているのかと邪推してしまう。

 2度ほどプレイヤーを倒したのにも関わらず()りずに仲間を蘇生させて追ってくる4つの影を尻目に、会話を盗み聞かれないことをいいことにアルゴと俺は大声で叫んだ。

 

「あいつら結構しつこいナ! 蘇生品も値は張るだろうニ! 代わる代わるスイッチしてきて、倒してもキリがないゾ!」

「つっても相手は4人だ、やるからには陣地まで誘う! 一気に決めて復活の隙を与えないようにするぞ! シリカ、準備はできてるな!」

「は、はいっ!」

 

 まだスティックを放せないシリカは先に起こった乱戦を早めに切り上げ、集団よりだいぶ先を飛んだまま大きく返答した。またチラチラと後ろを確認するが追いつかれるペースではないので問題ない。

 敵は黒一式の装備と、優秀なトレジャーハント能力が特徴的な《影妖精(スプリガン)》なる妖精で、許された滞空制限こそ俺達より長いもののスピード補正は互角。しかも敵は補助コントローラ持ちが3人、《手無し運転》をする両手用斧槍(ハルバード)使いが1人という程度の構成だ。見たところ半分は後衛のメイジ職だろうが、何にせよ隊列を組むためには低速のプレイヤーに合わせる必要がある。

 わざとコントローラをチラつかせることで力量を見誤らせるフェイントテクニックも存在するが、すでにコントローラ持ちの撃破に2度も成功している時点で、あれはブラフではないだろう。片手が埋まっている連中は見た目通りの腕しか持ち合わせていない。

 とは言え油断しないまま(はね)を使った高速移動を緩めず、「頼むぜ2人とも……」と小さく口ずさみながらも、俺は依然として高いプレイヤーとのエンカウント率に悩まされていた。

 確かにフィールドは広い。しかし、同時にユーザの母数も多いのだ。

 中立域に留まっていてもわらわらモンスターが湧くため、必然的に移動せざるを得ないが、かといって動き回ると血の気の多い連中と鉢合わせしてしまう。なるべく(かわ)すようにはしているが、翅の関係上こうして逃走できない場合もある。

 そして接近を許してしまうと、今度は《弱体化(ウィーケン)》のデバフを与える広域闇魔法が勝手に発動するのである。

 相手の逆鱗に触れるような行動で、どうやら《脱領者(レネゲイド)》と呼ばれる枠組みに強制加入させられたらしい俺達は、あらゆる種族の妖精から殺害の対象となってしまう。おまけにその名の通り、妖精固有の《領地》に侵入することもできないときている。

 このデバフ効果を与える広域魔法について。

 これは運営会社主催の《ハンディキャップ・バトル》なる、新規アカウント作成者を優遇する公式大会でも使用されている代物で、その発生へのプロセスで誰それが呪文(スペル)を唱える必要はない。プレイヤー同士が接近し、その距離をある程度キープすることが発動条件で、チートコードを介さず運営側が能動的にフィールドへ自然発生させられる数少ない魔法である。

 そしてダメ押しの《セーフマスク》。

 機能を載せるに至ったルーツがプライバシーポリシーかは定かではないが、これが最大レベルで適用されている限り、『相手に不快感を与える猥褻(わいせつ)な表現』か『モラルを欠く暴力的・差別的な発言』として扱われ、俺達の発言はすべてディストーションがかかった妨害を受けてしまう。

 これではプレイヤーと敵対しない方が不自然だ。なるべく逃げに(てっ)しているつもりだが、現実世界で今日が日曜日ということもあってか、いくら無用な争いを避けてもこうした遭遇戦はやむを得ない。

 もちろん、襲われたからとはいえ闇雲(やみくも)に敵の相手をしていたわけではない。その間に得られたこの世界のルール・情報もまた大量にあったのだ。

 その1つに、俺は空を飛びながら悪態をつきそうになる。

 

「(クッソ逆光がマブしい。だいたい今、リアルは21時なのにゲーム(こっち)じゃ朝だからな。狂うったらありゃしねえ……)」

 

 これが最初の発見。はっきり現実と異なる規則性を挙げるなら、それは『時間』だろう。

 俺がアルヴヘイム・オンラインに転移してきたタイミング――確か午後3時ほどだったか――こそアインクラッドの時間軸と大差なかったが、日没から夜明けまでの時間経過は明らかに早かった。

 そもそも、この世界の仕様なのか、現実世界ベースと思しきデジタルクロックが視界の端に浮かび続けているのである。

 そしてなんと、初日は時針が午前2時を示す前にシリカの無防備な寝顔を尻目に、神々しい朝日を拝めてしまったのだ。11月という季節を反映していないのだとしても、日の出の時間計算が合わない。

 ゆえに、実に違和感のある時間の進み方だったが、3日たった現在、《アルヴヘイム・オンライン》では1日が16時間周期で回っていることが確定している。あくまでこれも予想の範疇(はんちゅう)を脱しないが、SAO時と違って年中ログインできない社会人あたりをターゲットにした対応だろう。

 ――まぁ、本来は学生もできないはずだけど。

 

「翅が限界ダ! 揚力落ちてるヨ!!」

「むしろピッタリだろうッ!! 降りたらすぐ穴に逃げ込め!」

「わたしが先に行きます! みなさんはもうスペル唱えてても大丈夫です!」

 

 叫び合いながらも慣れた加減速だった。

 ほとんど垂直の崖から舌状(ぜつじょう)台地のように突き出した鋭角岩。その奥に狭い洞窟がある。段差だらけのくせに距離感を掴み辛い灰色の地面に、全員が華麗に着陸(ランディング)を決めると、翅を休ませるのと同時に罠を張り巡らせた自分らの敷地内に敵を案内する。

 敵は俺達が尻尾を巻いて逃げ出たと思ったのか、硬い岩の地面に慌てて無様なランディング――意外にも着陸の難度は高い――をしながら、後を追って走って来た。

 そして2つ目、この滞空制限について。

 翅の周囲には光る鱗粉が舞っているのだが、これが飛行可能時間を表す指標である。そしてこれは、太陽か月の光を継続して浴びなければ回復しないらしい。

 洞窟(どうくつ)にこもって敵をやり過ごそうとしていたら、待てど暮らせど俺以外の飛翔力が戻らず、あわや全滅の()き目にあったのも記憶に新しい。

 逆に言えば、俺だけは洞窟内など陽の届かない場所である程度飛べるらしいのだが、それは俺に根性があったから……ではなく、妖精としての特性だ。

 ちなみに、俺の種族である《闇妖精(インプ)》に設定された滞空時間は8分30秒となっており、デバフを主体とする闇属性魔法が得意な妖精である。

 

「ったく、ネコ族はビンショー補正高くていいなァ! そのうえ小柄だと天井に頭をぶつける心配もないしさ! ……あイテっ!?」

「冗談言ってないで備えろヨ! 武器ダメ補正はやっぱジェイドが1番高いんだカラ!!」

「ああーってるよ! いつも通りにやるぞ!!」

 

 頭はぶつけてしまったが、おざなりに返事をすると慣れた道をずんずん奥へ進んでいく。狭く暗い通路を駆けながら、俺はあえて罠を気にする《スプリガン》共を振り切らないように、それでいて誘導を悟られないように気を配っていたのだ。

 次に初期ステータスについて。

 《筋力(STR)》、《耐久(DRA)》、《敏捷(AGI)》、《魔力(MAG)》、《智力(INT)》、《生産力(PRO)》、《飛翔力(FLY)》の意味が判明した。普通にメインメニュー・ウィンドウの『通知と表示言語』タブから日本語表記に変更できた。

 初めの3つは従来通りの基礎ステで、重視される傾向も強い。《魔力》は魔法を使用するのに必要なゲージ量、一般的にはいわばMPのことで、《知力》は覚えられる魔法の種類、《生産力》はプレイヤーメイドとして作成できるアイテムや武器のレパートリーを表している。最後の《飛翔力》はまさに滞空時間のことで、《風妖精(シルフ)》という種族のみ最高ランクのA判定を授かっているそうだ。

 大抵のことはウィンドウをじっくり漁れば判明することだった。

 

「ここからほとんど見えません! ジェイドさん!」

「さって出番か。オース・ナーザ・ノート・ライサ・アウガ……!!」

 

 1人で使う場合の3倍の魔力(マナ)ポイントを消費し、スペルを唱え終えた瞬間には真っ暗に近かった視界がクリアになった。

 我らは(オース)得る、(ナーザ)夜を(ノート)照らす(ライサ)(アウガ)。練習の成果か俺は()まずに発音したが、魔法の発動キーに採用された発音し辛い古代ノルド語の呪文(スペル)ワードの一種である。

 すべて可能なわけではないが、例えば限られた一部の魔法は初めの一句を《我は(エック)》から《我らは(オース)》に変更することができる。3倍のマナを消費するものの、発動者から一定の範囲に集まった味方全員に魔法を適用させることができるのだ。

 俺が唱え切ると、瞬時に洞窟の壁の割れ目や隙間に息づく羽虫までよく見えるようになる。

 皆が迷わず配置に着いているので、発音し終えた瞬間、自身を含む付近のパーティメンバーには『暗闇でも夜目が利く』能力が付与されたはずだ。

 そして4つ、最後に明確化された情報が、まさにこの《魔法》についてである。

 魔法の種類は大きなくくりで7つ。

 炎、水、風、土、光、闇、幻属性が用意されている。言うまでもなくすべての属性に特色ある魔法が無数に存在するが、ベタな4元素は攻撃系メイン、バフの光、デバフの闇、言葉通りの幻属性と覚えればわかりやすいだろうか。

 世界樹のさらに上、《ラボラトリー》では雷属性の魔法も受けたが、とにかくオンライン世界では7つで間違いないようだ。

 当然だが、魔法はスペルワードさえ覚えて発音すれば無尽蔵に撃てるものではなく、特定の記憶スロットへ《魔導書》と呼ばれるアイテムを事前にセットすることで、手持ちのマナポイントを消費してそのセッティング魔法のみを使用する権限が与えられるようである。

 と言ってもやはり、《魔導書》を手に入れてもセッティングできるか否かはステータス次第となる。

 覚えられる魔法の種類をつかさどる項目は《智力》。これが低すぎると、高位ランクの《魔導書》はセットできない。

 マナポイントだけガンガン上げても、弱い魔法しか使用できなければ意味がないので、ようはバランスである。またも余談だが《智力》補正値で最高ランクA所持は《水妖精(ウンディーネ)》のみとなっている。

 俺の《インプ》にもいくつか制限がある。空きスロット3に対し、初期から装填されている《魔導書》は2つで、名はそれぞれ《暗視(インフライド)》と《暗中飛行(オプシディアン)》。攻撃力は持たないが、共にスペルワードが短く――単語5つはかなり短い方――消費マナポイントも少ない。そして効果は試す必要がないほどいかにもわかりやすかった。

 アルゴとシリカは2人とも《猫妖精(ケットシー)》と呼ばれる種族で、ネコ科動物の擬人化をベースにする、まさに名が体を表したようなアバターを保有している。

 この種族はまだ未検証な部分が多い。

 魔法の空きスロットは4つで初期装填されたものが3つ。共通の《魔導書》は最初の2つにあたる光属性魔法《体力回復(ヒールバイタル)》と《飼い慣らしの鱗粉(テイミング・スケイレ)》だけで、読んで字のごとくといった魔法名だが、やはりどちらにも攻撃性能はない。テイミングに至っては1回も成功したことがない。

 そしてアルゴの3つ目は《遠方焦点(スコープ・ファインダ)》、シリカの3つ目は《警戒陣(サーベイランス)》とある。前者は双眼鏡のような役割を果たし、後者は音で敵の位置を探れる魔法のようだ。かつてのシステム外スキル《聴音》の強化版と言える。

 

『シリカちゃんが何度か見えない敵の位置を見抜いたのは、敵の足音を聞き取っていたからなんだナ~』

『わたしにしか聞こえていないとは思いませんでした。「そういう設定」だったとしても、わたしとアルゴさんは同じ種族っぽいですし』

 

 とは彼女らの談だ。

 なぜ同じ種族なのにプロパティに誤差があるのか。また、異なる初期魔法が与えられているのかについては、これもいくつかの推測から成り立つものだが、《ナーヴギア》という精密機器が大衆向けに量産販売された、ささやかな矛盾の経緯から端を発しているのだろう。

 簡潔にすると、フルダイブ環境における『適合性』である。

 開発初期から技術的に問題視されていたが、次世代ハード《ナーヴギア》は従来の据え置き型と違って非常に繊細(せんさい)。脳から発する命令素子を延髄(えんずい)部でイジェクトし、機械が読み取れる電気信号に変換する過程には、本来は個人差を埋めるために綿密(めんみつ)なチューニングが必要だったのだ。

 だが購入者に調整用の追加料金を払わせるわけにもいかず、かといって1つ1つ無償でサービスすると今度は経営が立ち行かなくなる。ゆえに苦肉の策として代替された案は、初回神経接続テスト、およびキャリブレーションなる工程を経た自動調節である。

 優に1時間以上もかかるこのテスト結果に応じ、ナーヴギアがマージンの許す限り自動調節を行うことで、大衆は滞りなくゲームの世界に没入できるわけだ。

 ただ、可能な範囲で調整とはつまり、調整しきれない場合もある。

 特に種族ごとに得手不得手が設定される本ゲームではその影響が顕著(けんちょ)で、視覚や聴覚に障害が出るFNC判定、すなわちフルダイブ不適合判定が下されたら、その時点で『視覚と聴覚に優れる敏捷な種族』という設定のケットシーは選択不可となってしまう。

 閑話休題。

 ともあれ、開発元である《アーガス》を買い取った現在名称不明の運営会社は、そうした事態を憂慮(ゆうりょ)し、『個人差のある初期アバター』を用意したに違いない。

 彼女らの性能に差があるのはこれが理由だ。

 

「(しかしまぁ、この魔法と言い、よくできてんな……)」

 

 3日間ほぼフル活動の甲斐あってか、数々のルールを学べた俺が初めに浮かべた感想はそんなものだった。

 今は『絶対に死ねない』制約ゆえ、襲撃に震えながら岩陰に身を潜めているが、できれば血生臭い話を抜きにこの世界を心ゆくまで堪能(たんのう)したい気分である。

 確かに、感覚をフィードバックさせるプロトコル、プログラムはSAOから流用されたものなのかもしれない。フルダイブゲームの根幹、グラフィックと快適な操作性に直接影響する特許技術を出来合い物で済ませた本作の開発費は、この時点でさぞかし浮かせられただろう。

 しかし《アルヴヘイム・オンライン》というソフトの完成度が高いのは、それだけに起因しない。

 SAOとはまったく異なる世界観を作り出すには一から構想を練り、そして文明、歴史、環境、生命、それぞれの物語を作らなければならない。

 リアル世界の街の再現だって大変なのだ。それを上空数キロから端を見渡せない範囲でオープンワールド化するとなると、素人目に見ても生半可な大事業ではなかっただろう。

 

「(来やがった……配置付けてるだろうな……)」

 

 陣地内におびき寄せた敵を視認したことで、無駄な思考を一旦停止させる。

 最後のトラップは近い。後は機会を外さなければ……、

 

「(真上だ。行けっ、シリカ!)」

 

 俺の思いが通じたのか、敵の4人小隊が陣地内に足を踏み入れたベストなタイミングで、隠れていたシリカがロープを切り落としトラップを発動させる。しかし4人は詠唱を中断するとほぼ同時に散開し、宙づり用の網袋は虚しく垂れるだけだった。

 さすがはトレジャーハンターどもだ。ブービートラップで直接無力化、なんて甘いことは起こらなかった。こうした看破(リピール)はスプリガンにとってお手の物なのだろう。

 とは言え、俺の作戦はすでにキマっていた。

 

「リーダー危ない! 上だっ!!」

「おせェよッ!!」

 

 ズッガァアアッ!! と、ハルバード男の胴体に巨人の宝剣《エッケザックス》が斜めに貫通した。

 体力を半分以上削り取ると、そのゲージを飛ばしきるためにさらに距離を詰める。

 

「ぐあぁあああ!? くそっ、離れて魔法を! 早く!」

「(させるかっ……)……アルゴォ!!」

 

 戦場の端で隠れるように2人だけ合流していた男女の顔面に、どこからか飛来したピックが突き刺さる。

 怯んだ一瞬でアルゴが詰め、今度は片割れの女の顔を《鉤爪(クロー)》カテゴリの禍々しい四本の戦爪(せんそう)、《ヘレシーズ・オルタ―》で引っ掻いていた。

 無論これで1撃死とまではいかないが、2人仲良く詠唱失敗(チャント・ファンブル)を起こす。

 スペルの詠唱中でもっとも鬱陶(うっとう)しい行為は『口元への攻撃』だ。

 

「ニャハハ! 悪く思うなヨ!!」

 

 アルゴは勢いに任せて追撃した。アンフェアな戦法でのチャンファ誘発だが、手段を選ばないその(サマ)は、かつてのギルメンで前衛でもあったカズや、サポーターのジェミルより対人戦に向いているかもしれない。

 もとより誘い込んだ戦場は極めて狭く、スペルを詠唱している余裕なんてない。これは後衛の役割がはっきりしすぎているがゆえに、柔軟に対応できないビギナーがよく発生させるミスプレイである。

 敵の援護の妨害を見届け満足すると、全力全開の打ち込みで改めて甲高い金属音を反響させた。

 

「クソッタレが……うますぎるッ!?」

 

 敵が嘆くように言うと、数秒ほど続いた(つば)競り合いを解き、俺は手刀で敵の眼球を容赦なく貫いた。

 叫びを無視し、間髪入れず大剣による横一文字の重撃。

 刃先が腹に食い込むと、とうとう敵の体力ゲージが全損した。

 死に際に体中が黒い炎――《リメインライト》とは別に、ゲームオーバー時のエフェクトはエンドフレイムと呼ばれ、種族ごとに色は違う――に包まれ、断末魔も残さず小隊長が脱落する。

 まず1人。だが敵がフルプレートの重装備だったからか、殺しきるのに時間をかけすぎてしまった。

 

「(間に合うか!?)」

 

 死亡エフェクトを振り払い、限界速で2人目のフォワードに肉薄する。

 相手の武器は長柄槍(ポールランス)。すでに1度撃破したプレイヤーの1人だが、槍術が得意というよりは慣れない空戦でもヒットするよう射程(レンジ)目的にしぶしぶ選んだ、というニュアンスを受けた。

 

「うっ、うわあああ!? 来るなァああ!!」

 

 予想は的中し、慌てて繰り出した独特な突き攻撃は酷いものだった。

 (かわ)した直後に隙を発見。「もらいィッ!!」と一言だけ勝ち誇ると、力任せの斬撃でスプリガンを八つ裂きにしてやった。

 後はアルゴとシリカのタッグ戦か。

 いや、タッグ戦ですらない。すでにダメージを負っていた女性の方をアルゴが1人で倒している。

 だがほとんどフルゲージだった片割れが、シリカのチャチなダガー攻撃を無視してスペルを唱えた。

 《スプリガン》は幻属性魔法を最も得意とし、攻撃面ではツブ揃いの4元素、すなわち炎、水、風、土属性魔法の習得が困難というピーキーな性能の妖精だが、代わりに光と闇属性魔法をある程度操れる稀有(けう)な種族だ。

 敵が放ったものは黒い球体を飛ばし、そこに強力な引力を8秒間発生させる闇属性魔法、《重力渦旋(グラビテーション)》。

 直接的なダメージ設定はない。しかし有効範囲内で発動を止められなかった場合、その時点で非常に対処が難しい範囲タイプの汎用魔法となる。

 

「ウワァアアア!? 吸われるゥー!?」

「きゃぁあああああっ!!」

 

 女性達から悲鳴が上がる。術者への重力影響はかなり低減されるらしく、力場に吸い寄せられたアルゴ達が無防備になった時点で、相手は懐から大きな袋を取り出した。

 見たことがある。《火炎大壺》という爆発系アイテムを麻袋に詰めるだけ詰めた、非魔法の発火性堆積物だ。

 《あまねく魔法の追放(ソーサリィ・マグバニッシュ)》で無効にできない類の攻撃。

 

「(ちっくしょうッ!!)」

 

 俺はダメもとで《エッケザックス》をブン投げた。

 《グラビテーション》によって第2の重力を加味された加速物は緩やかなカーブの軌道を描き、なんと男の胴体に見事直撃。そのまま彼を洞窟(どうくつ)の端に縫い付けたのだ。

 効果の終了した《グラビテーション》と、有効化されたまま敵の手から(こぼ)れ落ちた大量の《火炎大壺》。

 「走れェッ!!」という、俺の命令と同時にアルゴ達は駆け出した。

 ドッガァアアアアッ!!!! と、耳をつんざくような連続した爆音。

 しかも単なる爆破音だけでなく、明らかにエリアの一部が崩壊するような音がまぎれると、そういった破壊可能オブジェクトの下敷きになって死ぬ危険性を知っている俺は内心慌てていた。

 しかし階段のような段差をカバーポジションにし、彼女らはどうにか爆発の余波を逃れたようで、煙の中から(せき)をしながら姿を見せた。

 

「けほっ……けほ……。もう、本当にサイアクです……」

「にゃははは……ゲホッ……まァ、今のはチョット危なかったかもネ。……ケド結果オーライだ。オレっち達の10連勝目」

「バーカ。オーライじゃねぇっての、まったく。確かにアルゴはやることやってたさ。けどシリカは何度も言わせんなよ。……いいか、狙うのは相手の顔だ。スペル唱えられたら対抗魔法なんて山カンでしか間に合わないし、都合のいい《魔導書》セットしてなかったらそもそもムリだ」

 

 開口一番の叱責。厳しいようだが、今の戦闘は反省点が多い。まだ実戦の回数も少なく、コンビネーションアタックも下手なでこぼこパーティだが、いつまでもできませんでしたでは済まされないのである。

 駆け寄って瓦礫の排除だけ手伝ってやりながら、俺はなおも(すす)だらけのシリカを責めた。

 

「できない限り言うぞ。近距離取ったら詠唱は絶対止めないと、俺らの知らない魔法が来るかもしれないんだ。例えば自爆だったらどうする? 今ので終わってたかもしれない」

「ぅぅ……ご……ごめん、なさい……」

「マーマー、そうまくしたてるなっテ。勝てたしいいじゃないカ。ジェイドはシリカちゃんに厳しすぎるゾ。対人はやっと慣れてきたばかりで」

「それじゃァダメなんだよッ!!」

 

 洞窟内だったからか、その叫び声は俺が思っていたよりも反響した。

 突然の絶叫に2人も驚いている。

 

「……ああ、クソ……どなって悪かった。けど、2人も知ってんだろ。……俺らは死んだらモルモットになる。奴らの言葉を借りるなら《格納室》だったか? あそこに転送されて記憶操作だか改ざんだか、意味ワカんねェ人体実験のな」

「そう……だケド……」

「……なあ、2人はそうなっちまった時のことを考えたことあるか?」

 

 改めて質問されるとは思わなかったのか、あるいはここ数日は戦って生き残るだけで精一杯で、自分らがいったい何から逃げているのかを考える暇もなかったのか。

 いずれにせよ、彼女達は(そろ)って言葉を詰まらせた。

 ちなみに戦場跡でペラペラと喋ってはいるが、倒した敵の残り火《リメインライト》はすでに消滅している。

 おそらく味方が全滅した時点で、《蘇生(リヴァイブ)》の魔法なり《世界樹の雫》といった復帰アイテムなりを施してくれるプレイヤーが皆無となり、蘇生猶予期間としてその場に留まる意義がなくなったからだろう。

 殺害後、一定の割合でアイテムを強奪できる死亡罰則(デスペナ)を悪用して、『その場で復活→リスキル』の無限ループをさせないために、パーティメンバーやギルドメンバー以外は死者を蘇らせることはできないのだ。

 もちろん、可能でもしないが。

 今ごろ彼らは最後にセーブしたポイントやログアウトに使用した宿屋か、あるいは《脱領者(レネゲイド)》でなければ、それぞれの《領地》に転送されているはずである。

 

「戦いに負けたあとのこと……」

 

 改めて、シリカが口にする。アルゴも続くようにフォローした。

 

「それハ……きっと、意識を取られテ、この事実を忘れさせるんじゃ……?」

「ああ、その通りだ。実験が成功すれば(・・・・・・・・)な。もし、記憶操作に失敗したら……たぶん、俺たちは殺される」

「そ、そんな……!?」

「だってそうだろ? こんなのバレたら極刑モンだ。それに国の人間だってバカじゃない。300人だけ意識戻んなきゃ、血眼で原因を探るだろう。だから、クソ研究員どもに退路はない。引けないところまで来てるんだよ!!」

 

 俺は足元にあった石を蹴飛ばし、イラ立ちを隠そうともせずに彼女らにあたってしまう。

 原因ははっきりしている。満足な睡眠もできないまま、余りに過酷な戦いを3日間も強要され、極限まで高まったフラストレーションを抑えきれないからだ。

 得られる食材はほとんどが未加工のまま口にできない物ばかり。水分補給はもっぱら自然の湧水のみで、しかも水筒は戦時中にでも使われそうなアンティーク調の革デザイン。

 惨めな生活にみすぼらしい衣服。プレイヤーが落とす非常食すらご馳走の一種で、清潔な着替え、寝床、体を休める風呂など、不可欠な『衣食住』がキレイなほどすべて不足している。女性の2人はむしろよく耐えている方である。

 しかし、それを配慮する余裕がなくなっていた。

 シリカはそんな俺を見て泣きだしそうになってしまい、その事実がまた自己嫌悪となって心を(むしば)む。

 

「……ぅ……そ、そんな……ぅぅ……わたし、そんなの……」

「お、オレっち達は……記憶操作が成功するまで意識不明になるカ、殺されるカ。どっちかしかないのカ……ッ」

「そうだ。《ナーヴギア》が殺したなら、茅場のせいにできる。だからこそ、あいつらに成功はあっても失敗はない。あるのは文字通りの口封じか……もしくは……モノ凄い時間を消費させられた挙句、この殺意すらアト形もなく消されるっつう、クソッタレた現実だけなんだよ!!」

 

 2人はいま一度、置かれていた実情を認識した。自分達がいかに『ゲームオーバーになってはいけない』状態なのか。そのためには、結果オーライで済まされない覚悟と行動が求められるのだということを。

 しかしまた消え入りそうなシリカの謝罪を聞くと、適当な岩に座り込んだ俺の方は、頭を抱えて深いため息をついた。

 

「ああ、違うんだシリカ……もう1回確かめたかっただけだ。責めたかったわけじゃない。……すまん。過ぎたものはな。今度はうまくやれるように……しよう、そうだろう?」

「は、はい……」

 

 今度は言葉を選んだつもりだが、座ったまま手だけ軽く振ると、目も合わせずそっぽを向いてしまう。八つ当たりしてしまったが、本来シリカが悪いのではない。悪いのはあのマッドサイエンティスト共だ。

 それに今回のミスについて、恒久対策をまじめに考えるのはアホらしい。人間は24時間年中無休で集中することは不可能なのだ。

 加えて、彼女が知識と技術を求め、フィ-ルドや戦場を貪欲に渉猟(しょうりょう)していたことは誰よりも知っている。それでも口が先に動いたのは、俺が今朝、スカルリーパーにヒスイを殺される夢で目覚めたからだろう。

 それ自体は個人的なストレスで片付くが、思い出すと余計にかつてのギルドと比較してしまった。朝の5時、近くで寝るネコ耳の2人を眺めながら、なぜこの2人はカズやヒスイのように阿吽の呼吸で動いてくれないのか、と。なぜ今までの仲間ができた簡単なことがいちいちできないのか、と。

 しかしそれは、支えられていたことも忘れ、独りで何でもこなせると勘違いした男の傲慢(ごうまん)さの表れだった。

 元の地盤に差こそあれ、上達速度だけでいえばシリカこそが真のMVP。その向上心を認めているなら、彼女だけはしっかりと褒めてやるべきである。

 まったく、未熟者はどっちだろうか。1度学んだはずの経験を忘れてしまうところだった。

 俺はかぶりを振って重いまぶたをこすると、声のトーンを意図的に変えた。

 

「ワリーワリー、せっかく4人に勝ったんだ、アイテムの分配でもするか。相手はトレジャー専門のスプリガンで、しかも戦線復帰した2人は2回倒してる。こいつは相当期待できるぞ」

「……1発重いのもらっちまったから、ポーション1個くれるカ? あと服も新しいのがあれば欲しいカモ。初期装備のヘソ出しほどじゃないケド、11月なのに雪が積もる山に立てこもってるわけだからナ。まだ寒いヨ……」

「ほろよアルゴ。……ん~、でも服はねーな。そりゃいくらあっても足りねえか。……俺もつぎはぎだし新調したいぜ」

 

 仲直りのついでに望みの品を探してもみたが、残念ながらといったところか。

 ちなみに、敵がドロップさせた防具がなぜ小柄なアルゴやシリカでも着られるのかというと、そこにはとても単純な理由がある。

 防具には大抵、《アジャスト機能》が備わっているからだ。

 プリントされた模様が不自然に伸び縮みすることは往々にしてあるが、利便性とゲームの快適さを優先させたのだろう。

 考えれば考えるほど不足品が列挙されるが、俺は左手でウィンドウを見やりながら少しナーバスになっていた。

 

「あ、わたしは使っている武器が初期装備とほとんど変わらない性能なので、できればそろそろ更新したいです」

「武器なぁ、そう言うと思って探してるんだけど、武器も俺らの装備からしたらハズレだな。曲刀にそこそこのモノが一振り。あとは市販タイプの槍とハルバードと魔法の杖が1本ずつってところか。他には謎のオレンジ塗料に質のいい砥石がいくつか……見たところ強化用鉱石だらけで、めぼしい消耗品のドロップはねえな」

「仕方ないさ、こればっかは選べないからナ。むしろオレっちに使えるマシな性能のクローが最初にドロップしたのは、かなり幸運だったヨ」

「しかしヤベーぞ。俺も耐久値のこと考えると、早いとこ《エッケザックス》に頼りっぱなのを卒業したいんだけど……鍛冶屋を探さないとな」

 

 チートコードによって顕現(けんげん)した、巨人が鍛錬した宝具級の神装とされる《エッケザックス》。

 確かにエクストラスキル《あまねく魔法の追放(ソーサリィ・マグバニッシュ)》は解放後10秒間のうちに触れた最初の魔法を打ち消す強力な効果を持ち、ブレードの素材が半透明なペイルブルーの結晶製だからか、リーチの割には重量もない。ゆえに神々に等しいアカウントからパクれた最高峰のプレゼントではある。

 だが決して万能兵器ではなかった。

 まず、大剣カテゴリの武器のくせに与えられる衝撃が直剣並に設定されていたのだ。これでは隙の大きいスイングが至近で炸裂しても、(ひる)ませにくい大型の敵からは常にカウンターの危険性が付きまとう。

 極めつけはエクストラスキル使用時に起こる猛烈な《耐久値(デュラビリティ)》の消耗だろう。

 世界樹のてっぺん、すなわち《ラボラトリー》で使用した際はそんなそぶりも見せなかったが、オープンワールドではわずか5回の使用で耐久値がちょうど全損してしまうのだ。しかも手入れの手間も無視できず、砥石による耐久力回復なんてものはとっくに試したが、やはり(かんば)しい結果は得られなかった。

 壊れれば当然剣が使えなくなってしまうのだが、いざ鍛冶屋に頼んで鍛え直してもらおうにも、スタート時から《レネゲイド》かつ非マナー行為常習犯扱いにされた俺達は、《領地》はおろか中立域の街に近づくこともできない。

 転移初日の深夜にたまたま横切ったプレイヤーから、文化の興隆(こうりゅう)が盛んだと盗み聞けた王都に立ち寄ろうとしたところ、半端なく強い近衛兵に執拗(しつよう)に追い掛け回されたことがあるのだ。

 《鍛冶妖精(レプラコーン)》なら戦場でも対応できたのかもしれないが、このメンツではどうしようもあるまい。

 以上のことから、選択肢としてはスキルの発動を4回までに留めるか、もしくはさっさとフィールドにいるNPC鍛冶屋を見つけてメンテナンスをしてもらうかの2択。

 そして現時点でのスキル使用回数は2回で、フィールドの鍛冶屋なんて見つけていない。

 これでは摩耗限界のリミットがいつも気になってしまう。

 

「だあーちくしょう。やっぱポーションだけ補充できてもな……あっ、でも《重力渦旋(グラビテーション)》の《魔導書》を落としてる! あいつら余ってたのか!」

「チョッと待ってくれジェイド。あれ見テ!」

「へっ……?」

 

 突然アルゴが口をはさむと、先ほど大量の《火炎大壺》が炸裂した洞窟の崩壊箇所を指さした。

 階段、だろうか。ただの段差に見えなくもないが、言われてみると破壊されたオブジェクトの奥にはまだ暗い空間が広がっていた。先の戦いで爆発とは似て非なる崩壊音も聞こえていたことから、これは自然にできた空洞ではない。

 だとしたら……、

 

「へえ、こいつはスゲー。通路になってんのか」

「ニッシッシ、どうやら隠しダンジョンを見つけちまったみたいだナ! オレっちのカンだと、こういうのは魔法攻撃じゃ開かなかったパターンだヨ」

「しかも壁面に装飾まであるじゃねーか。こりゃ、それなりの地位にいるキャラクターが使ってそうだな」

「オレっち達が1番乗りなんじゃないカ!?」

「金目のモノが残ってたりして」

「ジェイドさん。アイテムがあるなら、わたしたちで盗っちゃいましょう!」

 

 なんて言うシリカ。強くなれと発破(はっぱ)をかけたのは俺だが、その成長(たくま)しい姿に若干の寂しさを覚える。

 とは言え、本当にアイテムの取りこぼしがあるなら、スプリガン連中が最後に残した土産(みやげ)としてありがたく頂戴しておこう。

 俺達は並んで不気味な通路を下に降りていくと、肌を()でる生ぬるい風と、《暗視(インフライド)》適用中でも視界を妨げる煙の存在に気が付いた。

 いよいよキナ臭い。

 

「気ィ付けろよ2人とも。シリカはそのカワイイ耳で死角を頼むぜ」

「か……可愛い……ですかね……」

「お、オレっちにもネコ耳はあるゾ!」

「アッハッハ、どこで対抗してんだよ。ふざけてないでアルゴはロングレンジ見張れっての。いやこの場合は耳張れ、かな」

 

 思わず笑ってしまったが、猫耳に貴賎(きせん)はない。彼女らほどの容姿なら――まだ発展途上とはいえ――よほどダサい服でも着ない限りサマになるだろう。

 なんて冗談はさておき、やはりゲーマーの(わずら)う不治の病か。俺はワクワクする気持ちを抑えられず、自然と足取りが軽くなっていた。

 ほとんど光の届かない場所で、名前もわからない草木が茂る畦道(あぜみち)を渡り、湖のほとりでかつての文明を彷彿(ほうふつ)させる船の残骸を見やり、時折朽ちかけた木箱や野営の痕跡(こんせき)が見つかるだけで、すべてが興奮に塗り替わる。

 謎解きの新発見、未踏の地の開拓、隠された財宝。そんな言葉で、まるで子供に戻ったような高揚感に包まれるだ。

 

「(ハッ……やっぱトリコになってんなァ俺……)」

 

 これだから冒険はやめられない。何時間だってプレイできるだろう。

 それから俺達はダンジョンの攻略に専念した。

 そして螺旋状のちょっとした迷路の踏破と、そこに棲息(せいそく)していた獣人型モンスターと数回におよぶ戦闘をこなす頃には、やや開けた空間に外の光が差し込む場所に到達。

 これまでは登り道ばかりで、きっとこの《虹の谷》なる山岳フィールドの山頂付近まで来たのだろう。すでに《暗視(インフライド)》は解けているが視界の確保には困らない光量である。

 とうとう広く崩れた外壁から山の外周に脱出すると、淡泊だが大きな石橋が目に入った。どうやら向かい側に続いていて、向こうにも山、というか灰色の崖がある。

 凄まじい高度だ。橋を見渡すこと40メートルほど先には、ディティールの凝った木製の大門、続いてそのすぐ目の前に陣取って仁王立ちしていたアイアンゴーレムのモンスターが目に入った。

 まだ距離はある。相手がいるのは長い石橋を超えた先だ。そしてかすかに、常温ではない暖かな風を感じた。

 ダンジョンのゴールが近いのだろう。途中で夕食と称した残飯あさりと休憩をはさんでいるので、探索開始からすでに2時間ほど経過している。ボスの出現なら頃合いのはずだ。

 俺は改めて警戒を強めた。

 日光なしでもわずかに回復し続ける俺の翅なら、道中の戦闘で絶えず消耗させているとはいえ、現状1分ほどなら飛べる。無論、どうも崩れかけた橋の下は底を見通せないほどの渓谷(けいこく)になっていたので、無駄な飛行を避けるべく足を滑らせないよう慎重に歩を進めた。

 

「翅のないオレっち達にはチト怖いナ……」

 

 この2時間で限界まで翅を使い切ったアルゴ達は身震いしながら言う。そして目の前には絶壁から対岸の壁まであるクレバスのような裂け目。それを繋ぐ中間層の石の道は、もっぱら異世界へ渡る架け橋のようだ。

 橋の先、鎧を着た寡黙(かもく)なゴーレムは、まだ動かずずっとこちらを見ている。

 装備は黄土色の西洋甲冑でショルダー部が異常に大きく、バイザーの奥にはオリーブ色に光る眼球が妖しく揺れ動く。全長は2メートルほどで、佩剣(はいけん)する武器は明らかに両手用。門の奥で何を守護しているかは知らないが、この手の銅像が動かないはずはないだろう。

 俺はアルゴとシリカをハンドジェスチャーで下がらせると、《エッケザックス》を体の正面に構えたままゴーレムないし、門のガーディアンにジリジリ近づいた。

 

「この人も敵なんですかね……」

「人っつーかNPCですらないだろこれ……シッ!」

 

 一定の距離まで近づくとゴゴゴゴ、と突然ガーディアンがゆっくりと動き出したのだ。

 体中の赤錆がボロボロと剥がれ落ち、敵性ユニットとして頭の付近にモンスターアイコンを浮かべる。

 名前も判明。忘却の貴族、《カーディンズ・ホロウ》とある。カーディンさんの魂、という意味だろうか。少なくともそのシステマチックな機動に人間味は感じられなかったが、彼はなんと口まできき出した。

 

『這う者に呪われた地、汝はされど訪れた。生命の秘湯を求める者か……よかろう。では汝ら、代わりに……如何なる進物(しんもつ)を賊王の亡骸に賜すか』

「ヒトー? ……ああ、温泉か。持ち合わせないんだけど」

『……愚かな。蛮勇に酔うは魔に焼かれるが宿世(しゅくせ)よ。(われ)は既に堕ちた身だが……(しか)し、実に愉快! 久しく見ぬ剛勇なる放浪者……巨を断つ吾が刃の血錆(ちさび)と成れることを、最後の慈悲と受け取るが良い!!』

「よーわからんけど、やっぱりやるっきゃないか……ッ」

「ジェイドさん! 入口が!」

 

 声に反応して後ろを振り向くと、石橋の根元に隠すように配置されていた薄い――といっても厚さ50センチはありそうな――円筒状の石灰岩が、ストッパーでも外れる仕組みがあったのかゴロゴロと転がって通路を塞いできたのだ。

 壁面に当たって停止すると、保護色だったそれはサモアパールに変色し、テコでも動きそうになくなった。

 やられた。いま塞がれた通路は唯一の退路でもあった。

 しかも、1人ずつなら運べるだろう、とタカをくくって飛んで逃げようかとも考えたが、腰をかがめて背筋を動かしても翅が現れない。どうやら滞空残量時間に関係なく空戦を奪うという、色々と面倒なイベント(?)に巻き込まれたらしい。

 

「(イベントなのか、高度がありすぎるせいなのか知らないけど、翅が使えないのはヤベェ。……クッソ、しかもどー考えても敵対ルートだよな、これ)」

 

 銅像ガーディアン改め、カーディンの霊体がとうとう武器を構えて橋の上を前進してきた。

 両手にじっとりと嫌な汗をかく。脇をすり抜けようにも幅はわずか5メートルしかなく、これだけ狭く飛べない制約付きとなれば、複数人で戦うほうが危険。トライ&エラーがまかり通る一般人(パンピー)なら落下覚悟で挟撃態勢を狙いに行くのもアリだったが、初見一発勝負でその選択はリスキーすぎる。

 仮に落下しても、特定高度まで下がれば飛べるようになるのかもしれないが、その前にアバターが岩肌にこすった時点で落下ダメージによって絶命すると見て間違いない。

 

「2人は手ェだすな。こいつは俺がやる」

「魔法撃つとお前サンに当たりそうだしナ……」

『フハーハッハァ! 決闘を臨むか、其の意気や良し!』

「く……ッ!?」

 

 突如、カーディン野郎の足がパンプアップすると、ダンッ!! と地を蹴り凄まじい加速を見せたのだ。

 大上段、正面からのフェイントなし。

 とっさに寝かすように構えた《エッケザックス》に敵の鉄塊が激突すると、けたたましい金属音と衝撃波が発生した。

 膝を震わせ「ぐおおおおおっ」と情けない声が出るも、それは決してパフォーマンスではなかった。アインクラッドでバカみたいに鍛えた筋力値を以てしてもパワー負けしたのだ。

 重く、そして鋭い一撃。

 軽く弾いて反撃でもくれてやろうかと思っていたが隙がない。体格差を抜きに、重心の置き方が雑魚のそれではなかった。

 ただのゴリラというわけではなく、剣士としても筋がいいのだろう。

 

『吾が一太刀をも()き留める!! 賊で終えるには惜しい男よ!』

「こいつ結構テンション高ェなッ!!」

 

 腰から踏ん張りを利かせてようやく押し返すと、忘れられた貴族カーディンの霊体とやらは、これまた意外なことに身軽なステップ踏んで狭い石橋の上で構え直した。

 この敵はゲームの設定上では、貴族として生まれたのに賊王とやらに仕えたまま、占領地の守護を任命された男の成れの果てのようだ。

 しかし俺は、対峙した敵のユーモラスなキャラクター性に自身が高揚(こうよう)していることに気付いた。

 期待以上に面白い。こうなったら、是が非でもこいつを倒し、彼が守っていた秘湯なる場所へ到達して見せる。

 

「っしゃあ行くぜオラァ!!」

 

 こうしてアルヴヘイムで初の、イベントボスとの一騎打ちが始まるのだった。

 

 

 

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