SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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お待ちくださった方々、いつもありがとうございます。ほそぼそと更新してゆく次第です……。


第112話 脱走者達

 西暦2024年11月13日 炭鉱出口、《ドートリ川・河岸段丘》氾濫原。

 

 窓の外から、人の部屋をのぞいているよな感覚だった。

 部屋の中には女性がいる。俺の心を射抜(いぬ)いた女だ。

 化粧台(ドレッサー)の鏡と手元のスマホに対して交互に(にら)めっこし、その動画に出ているインフルエンサーに(なら)ってメイクブラシを走らせる。

 熱心なことだ。おかげで俺に気づくそぶりもない。

 俺は窓を叩いてからかおうとした。

 しかし手が動かない。いや、動かした感覚はあるのに、自分の腕が視界に反映されない。

 やがて彼女は化粧品を畳み、席を立った。俺は慌てて呼び止めようとするも、声が出ない。……いや、これも違う。口は動いているが、音は水中で発したように霧散(むさん)し、部屋の中まで届いた気配がない。

 もうずっと話していない。

 もうずっと会っていない。

 軽く結われた黒髪がなびく。部屋を出たその背中は、やがて見えなくなる。腕を伸ばせばあと少しで届きそうなだったのに。

 

「(ああ……暗い。ヒスイ……会いたいよ……)」

 

 しかしやがて、幻想的な感覚が遠のいていく。

 ジャリ、という小さな音が耳元で聞こえ、俺の意識はゆっくりと覚醒していった。

 頭を誰かに動かされたような気がする。まぶたの隙間から加減を知らない光線が差し込み、遠くからは川のせせらぎのような、うるさい音の連なりが耳朶(じだ)を打った。

 

「(あったまいてェ……)」

 

 長い夢を見ていた気もするが、この時点でなにも思い出せなくなっている。

 たおやかな世界から脱する感覚。

 ところで、この世で最も不快なことは、安眠を阻害させられることだろう。

 視線だけ薄く確保。俺は知らぬ間に外で寝ていたのか。ほとんど真上を向いているはずだが、眩しいと感じるということはつまり、仮想太陽もほぼ真上にいるのだろう。

 ずいぶん長く寝てしまったものだ。おかげで頭痛が痛い、なんて。

 しかし冗談抜きに、清々しい気分ではない。脱力したまま深海から浮上してきたような気怠(けだる)い起床といったところか。こっているのか肩も痛い。寝すぎるのは逆に疲れると聞いたことがある。

 

「(まだ夜だったりしねーかな〜)」

 

 そんな願望が()ぎる。そう、仮想世界で昼でも、今が昼とは限らないのだ。現実との時間の進みには齟齬(そご)があるので、もしかするとまだ夜かもしれない。

 確かめようにもまぶたが重い。はて、つい先ほどまでリアルに深夜だった気もするが。もし今が昼過ぎだとしたら、アルゴ達は俺を起こさずいったいこんな時間まで何をしていたのだろう。

 そう……アルゴと、シリカの奴は。

 そこまで思考がクリアになり、ついに俺は跳ね起きた。

 

「ッ……アルゴっ!!」

「うわアアァあああっ!?」

 

 尻もちをついたまま上体だけ反対に振り向くと、なんとアルゴは目の前にいた。

 しかも近い。彼女も座っているようだが、どうにも近い。このままもう1度上半身を倒すと、彼女の折りたたんだ足の根元辺りに頭が当たってしまいそうである。

 それにしてもこれは予想外な状況だ。

 

「(むむ……普通に生きてんな、俺……)」

 

 思わず首をひねったが、呑気に寝ていた場所は一口に言うと河川敷といったところか。

 こじゃれた架け橋なんてものは見えず、雑草はゴワゴワで砂利も荒い。足元を勢いよく流れる川は泥やら重油のような油やらが結構混じっているようで、パッと見どこぞのお隣大国が有する汚染河水を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 しかしこれまでの成り行きが見えず、俺はアルゴを見やった。

 すると彼女は微かに朱に染め、片手で金髪をとかしながら目を合わせず口を開く。

 

「お、おうジェイドさんや。やっと起きたのカ、お寝坊さんだったナ。突然起きるからその……び、ビックリしちゃったヨ」

「……ハァ~……おねぼーサン、じゃないだろう。てかなんでそんなに早口なんだ」

「はっ、早口じゃないゾ! いつも通りだゾ!」

 

 と、早口に言うアルゴ。

 

「ま生きてるならいいけど、俺はとっくにみんなやられたのかと思ったぞ。あいつら3人相手とかアルゴ達でもムリだったろ? どうやって生き延びたんだ」

「それはこっちのセリフだナ。得意のタイマン地上戦に持ち込んでおいて、あのサラマンダーにこっぴどく負けてたみたいじゃないカ。少なくとも、泥と油の中でHP1ケタにしたまま寝てた奴が言っていいセリフじゃナイ」

「うおっと、そりゃすまなかった。……んで? 今は何時だ、場所移したのか! シリカは? なんで敵が1体もいない!?」

「一気に聞くなッテ。アレからどうなったのか、順を追って説明するからサ」

「ついでに、なんでアルゴは俺のマクラの位置に座ってんだ?」

「あゥっ! そ、それハ……っ」

 

 ふざけたように恥じらうお調子者はともあれ、疲労の蓄積(ちくせき)常軌(じょうき)を逸していたのか、どうやら俺は約10時間半にものぼり盛大に気を失っていたらしい。

 この場所も気絶したポイントからそう遠くはない。ミミズが()ったようなマッピングの仕方ではあったが、簡易マップ上に記された《ドートリ川・河岸段丘(かがんだんきゅう)》というエリア名のすぐ北には、若干ばかりハイライトされた地点に《ドヴェルグスレイブ・油田(ゆでん)工場跡》とある。これは俺がサラマンダー野郎と戦った場所で間違いない。

 それに得心がいった。油の発掘が施設の存在意義だとしたら、川の汚れ具合の原因にも想像がつくというものだ。ろ()なし放水とは許すまじ!

 

「(なんにせよ、ここは略奪上等PK上等のアルヴヘイムのはず。なのにまさか、こんな中立域でぐっすり寝られる時間があったとはなあ……)」

 

 敵はプレイヤーだけではない。激戦続きだっただけに疑問である。

 しかし聞くところによると俺は酷くうなされていたようで、石を枕に寝かせ続けるのを気の毒だと思ったアルゴは、気を利かせて――別に適当なアイテムでもよかった気はするが――自らの太ももを枕代わりに差し出そう……とした直前だったそうだ。

 つまり、していない。

 絶対領域からチラチラ(のぞ)く透き通った白い肌を見ると、「なんだ未遂かよ! じゃあ続きやるか!!」とウキウキで言ってやりたいところだが、あくまでそれは彼女の善意。貨幣どころか紙幣の亡者たる彼女は、アインクラッド時代でも大金を出せば膝枕ぐらいしそうな自由人だったものの、今が非常事態なので煩悩(ぼんのう)は抑え込んだ。

 そうして悶々としているうちに彼女が切り出す。

 

「シリカちゃんは心配しないでイイ。さっき水筒が空になったから、沢に水を汲みに行っただけダ。数分で戻ってくるヨ」

「数分のスキを見て俺のマクラになろうと?」

「そ、その言い方ヤメロ! クローで引っ掻くゾ! ……まったく。……ん、ンデ時間なんだケド」

「ああ見たよ。午後2時半過ぎ……か。エリア名見た感じ、場所もたいして移動してないっぽいし、どっから見ても丸見えじゃねぇかココ。よく攻撃されなかったな」

「それがどうも、今このオープンワールド上にプレイヤーは存在しないみたいなんダ」

「へぇ~……?」

 

 さらに聞くところによると、エリアは移動しなかったのではなくできなかったようだ。どころか、インベントリボックスは眺められるけど調合やクラフトなどの操作はできなかったりと、とにかくロードを挟む行為は全般的に封じられているらしい。

 

「もちろんモンスターもいないヨ。一応可能な限り辺りを散策したんだケド、いかにもNPCが配置されていそうな空間も無人だっタ。おまけに昼前はシリカちゃんと交代で仮眠もとってたんだケド、やっぱり襲ってくる敵はゼロ。たぶんオレっち達以外は誰もいないんだと思うゾ」

「まさかバグじゃないよな……?」

 

 想定外の展開に座ったまま頭を抱えてしまったが、アルゴに緊張感がないため、本当にここ数時間で危機はなかったのだろう。

 それに、いくつか思い出したこともある。去り際に残したサラマンダーのセリフだ。あの飄々(ひょうひょう)とした態度からみるに、自分の言葉を否定するようだがバグの線は薄いはず。

 それを裏付けるようにアルゴは言った。

 

「それは違うと思ウ。今日の午前4時前、洞穴(ほらあな)に逃げる時だったカナ。運営のアナウンスがあったのを覚えているだろウ? 確か週に1度の定期メンテナンスとかナントカ聞こえたようナ……。となると、彼らが消えたのは強制ログアウトってやつだナ。おかげで敵もろとも皆いなくなって、オレっちらはギリギリ生き残っタ」

「幸運すぎてゾッとするな、それ。強いて不幸なことを挙げるとすれば、俺らが強制ログアウトの対象外だったってことか」

「じゃあ全体的に不幸ってことだナ」

 

 ごもっとも。どちらにせよ復調した体にも慣れてきたところだ。

 そうして立ち上がりストレッチをしながら談笑するうちに、シリカが沢の上流から元気に走って帰ってきた。気絶する前、最後に見たのが戦闘の渦中だっただけに心配していたところだ。姿を見られて一安心である。

 ……と思っていたら、俺が起きているのを見るなり、何やら不穏な空気を(かも)し出した。

 しかも彼女は近づくにつれ露骨(ろこつ)にたじろぎ、頬を染めたまませわしなく視線をさ迷わせている。フリフリのツインテールが愛おしい。

 

「よっ、シリカ。無事でよかった」

「はい……ジェイドさんも無事で……」

「……どした?」

「ええっと……こ、こっちもあれから大変だったんですよ……?」

「んん? あ~俺をここまで運んでくれたことか? そりゃあ悪かったな。我ながらあんなハイスイコーみたいなところで気を失うとは思わなかったよ。てか2人とも、どことなく歯切れが悪くないか」

「アァ、そのことについてなんだケド、ジェイドさんヤ……」

 

 しかしアルゴの話を聞く前にシリカに近寄り、「とりま、マジでサンキューな!」なんて言いつつ彼女の肩を叩いた瞬間だった。

 「きゃぁああああ!!」と、甲高い悲鳴を上げられてしまったのだ。

 予想外の応答に体がビクついてしまう。

 

「ち、ちょっと! 触らないでください!!」

「ええっ!? いくらなんでもそれはヒドくねェ!?」

 

 なんて言われようだ。俺達は温泉で裸寸前を見せ合った……もとい、俺だけ一方的に見た仲なのに。

 それに、こちらとしては頑張った自分への褒美に、揺れる尻尾を好きなだけ()で回し、フカフカの猫耳に心ゆくまで顔をうずめ頬ずりし、力の限りケモッ娘を抱いてハグをしまくる権利がある! と主張したい衝動を抑えて『頭なでなで』という妥協点で我慢する予定だったのに、このけったいな反応である。

 いや、冷静に考えてそんな権利はないか。

 

「って、ちょっとちょっと! なんで逃げるのさ!? 逃げると追うぞ! このっ、このっ!」

「きゃぁああっ!? ホントにやめてください! それ以上近づくとケ-サツ呼びますよ!」

「フハハハァッ!! 呼べるモンなら呼んでみろォ! 誰も俺をタイホなんてできないぞぉっ!! フハハハハハハッ……はは……ん?」

 

 ――ん? ちょっと待て。

 1つの疑問を前に、いたいけな少女を追いかける変態行為をやめて立ち止まり、俺は改めてアルゴの方を向いた。

 

「ちょい待ってくれ。なんで俺の体はなんも匂わないんだ?」

 

 嫌な予感がする。

 両手を浮かせてざっと着ている防具を見直してみたが、目立った変更もない。

 右手には本革の指ぬきグローブ、左手は肘から手先にかけて光沢なく白銀に(とも)る希少メタルの籠手。インナー代わりの無地カッターシャツの上からは濃いダークマゼンタにペイルイエローのラインが入った上着。加えて、とある貴族家紋と記章をあしらった上質な戎衣(じゅうい)。聖職者用のぶかぶかの厚いズボンと、足首辺りを麻紐(あさひも)で縛った先にはサイドゴアのダサいブーツ。最後に太ももまで伸びた紺のフード付き襤褸(ぼろ)コート。

 保護色じみた色彩に違和感がないだけ、ギリギリセーフといったところか。だいぶ南下してきたので少々暑苦しいぐらいのファッションである。

 いかにも手持ちの防具を性能順で着ただけという、センスのない出で立ちではあったが、これは俺が10時間前まで着ていた服装とまったく同じものだ。

 しかしだからこそ、例の匂いが付着していない事実が()に落ちなかった。嗅覚で人を追うモンスターもいるぐらいだし……、

 暑いのでハーフコートだけ装備から外しながら確かめてみる。

 

「俺の記憶じゃ、あーいう環境のキツい匂いって付いたら最後、水で洗うか日付またがないと取れないはずじゃあ……? しかも俺は全身ベッタベタに……」

「そ、そうだナ。洗わないと取れなイ……」

 

 真っ赤になったまま俺の体から顔を(そむ)け、岩に隠れ続けるシリカ。その姿を見て、俺は改めて確信を得た。

 

「……え、ウソ……? ふ、2人で洗ったの……俺を……」

「イヤ~、その……臭かったからナ!」

「いやっ、でも下、まで……これはイロイロ武装したままだと無理じゃね……? おいこら、目ェ合わせろアルゴ」

「そこはホラ、勝手に指をいじってメニュー開いてサ……あとは装備を解いて、ボクサー……だ、だけにしてだナァ……だって仕方なかったんだヨ! オレっちもイヤイヤだったんだゾ!」

「…………」

 

 ――セクハラはそっちじゃんッ!!!!

 と言ってやりたかった。猛烈に言ってやりたかった。

 けれど言えなかった。

 シリカの恥ずかしがっている姿に配慮したのではない。男の沽券(こけん)に触れられたことへの絶句でもない。無論、夜通し戦い続けた俺へのねぎらいだったという、彼女達の優しさの意を()んだこともあるが、根本的にはやはり違う。

 役得……である。まさに役得なのである。それだけで十分だった。

 思わず恥部(ちぶ)を見られたことへ言及するより前に、ありがとうございます! と口をついてしまいそうだった。本当に知らぬ間に半裸を見せ合っていたとは。

 

「(なんで寝たフリしなかったんだよ、俺のバカッ!!)」

 

 なんてゲスいことを考えながら、「お互いこのことは忘れよう」と真顔で提案することにより、シリカの思春期が生み出した深い溝をどうにか口八丁で埋め立てるのであった。

 

 

 

 20分もしないうちに、10時間放置していたリザルト整理は終わってしまった。

 しかし久々にリターンが大きかったのは嬉しい誤算だ。特に連中が死に物狂いで取り返そうとした激レアの盾、《スワロゥ・パーム》は文句なしの一品だった。まさにチート野郎が出現させた巨人の宝剣(エッケザックス)級の魔具で、両手用武器カテゴリを主武装にするプレイヤーでも扱える仕様になっている。

 というのも、盾とは名ばかりに実体がないのだ。

 指関節と手首を直角に曲げたまま3秒ほどキープすると円形に平たく出現する赤黒い(もや)のような盾で、直径は約1メートル。もちろん装備欄は消費するし、スロットに選択した時点で他のシールドは持ってもエラー扱いとなる。

 しかし『出現する』とは言葉通りの意味で、普段は見えないよう引っ込んでいるうえ、装備者は状況に応じて展開・解除をすれば両手用武器との併用が可能になるわけだ。

 形状の異質さに加え、また効果も面白い。黒い円盤フィルターで魔法ダメージを95パーセントもカットする()ご用達のトンデモ品かと思えば、物理攻撃はまったく防御してくれない。潔く素通りである。

 この性能から想定するに、魔法の世界と言いつつ、 ️魔法を否定し、手に持った得物だけで勝負を決めに行くために意図して製造されたラウンドシールだろう。

 耐久値(デュラビリティ)はヤケクソのように高いくせに、強化不能ときている。これが初期状態であり、同時にエンド品となるわけだ。

 

「(振り切ってんな~、役割はエッケザックスに似てるか。アルゴ達が使うならあげたいトコだけど、そうするとせっかくの利点が……むむぅ……)」

 

 一応本人らにも聞いてみたが、今のところは不要だそうだ。シリカに至っては空戦中に左手が空かないので、聞くまでもなかったかもしれない。

 焚いた火を囲み、とりあえず誰が使うかは保留にしつつ、シリカが()んでくれた植物を滾沸(こんふつ)させた鍋の湯に放り込む。そして、ようやく落ち着いて今後の方針をまとめる運びとなった。

 ちなみにこの雑草、腹の足しにするつもりでいるが食えるのか定かではない。知るだけ食欲が失せそうだったので、名称やフレーバーテキストは読まないことにした。

 そしてサバイバル術の心得すら持っていない俺が初日から必要に応じて火を起こせているのは、記念すべき初日の戦闘で土妖精(ノーム)連中から奪ったアウトドア用アイテムがあってこそ。夜営や各休憩と、戦闘とは違ったベクトルでひっきりなしに活躍する大当たり商品である。

 

「しっかし、今後の方針と言われてもナァ」

「案は出しつくしちゃった感じですよね……」

 

 2人は弱音を吐いているが、方針が決まらないのは理由がある。

 というのも、この1週間で思いつく策は試してしまったのだ。

 手始めにはビラ配り。方法は単純で、俺達の置かれた状況を書き留めた紙類を、攻撃意思のない――具体的には、飛行中に手を振ったら振り返すような――プレイヤーを探し、弱体化(ウィーケン)のデバフアタックが強制発動する手前で紙を投げ捨てるだけ。

 出し惜しむ意味はないため、これは最有力だった。……のだが、結果はお察し。

 興味本位で紙を拾う人すら少数派で、さらにほとんどは荒唐無稽な内容に呆れて捨てるか、ご丁寧にプルダウンからデリートする薄情者だけ。物資が限られているのでたいした量を確保できず、それを使い切ったらあえなく終了。

 困った人に手を差し伸べない陋習(ろうしゅう)である。人口密度の割に相互の関係、あるいは関心が希薄なのも、かつて村社会だったはずの現代日本が失った美徳の1つなのだろう。

 もっとも、ファッションクール派の俺もその加速に一役買っていた。ゆえに残念ながら、今さら糾弾する資格はない。

 次に取り組んだのは、地面に大きく『SOS』と書いたことだ。

 何人かは釣れた。オンラインゲーマーには、新参の育成を生きがいにする古参が山ほどいるからだ。

 しかし会話ができないため戦闘になることも多く、しかも相手は手慣ればかりで結局逃走。リスクの高さからこれもボツ。

 最後は、街の直前に陣取って手当たり次第に声をかける方法だった。

 無敵のガーディアンが俺達《脱領者(レネゲイド)》兼ノーマナーユーザを追い払おうとする活動圏の15メートルほど手前で待機し、《首都》から出た人を大声で呼び止めたのだ。

 そしてこれもほどなくして廃案。やはりオート発動するデバフアタックがネックで、接近すると待ち伏せ(アンブッシュ)と勘違いされる。さらに必然的にアウェーの《主街区》付近で活動することになり、仲間を呼ばれるリスクが高く、最悪手だったと言わざるを得ない。

 こうして1週間。自分らなりにあの研究者共に抵抗してみたものの、『話せない』、『近づけない』、『街に入れない』の3重苦はもう役満である。

 最終的に、記憶を消される恐怖から委縮(いしゅく)し、一世一代の賭けに出るぐらいなら安全第一で生き延びよう路線にシフトした。

 しかもこの選択のポイントは、生き延びることでもちゃんと希望が広がるところである。

 ゲームソフトのタイトル通りなら、この世界にオフラインは存在しない。だとしたら、オンラインプレイに興じているだけで親族や知人と遭遇(そうぐう)する可能性もゼロとは言い切れない。

 さらに俺達のアバターはSAOから引き継いだ、つまり本人を(かたど)った文字通りの分身である。旧知の仲であれば一目瞭然だ。

 常習的にログインしているプレイヤーが勝利し続ければ、否が応でも知名度は上がり、その名声をどこかで聞きかじれば現状を察する可能性はある。

 生き延びて、生き延びて、コミュニケーションを取ることなく事情を察してもらえる人物に出会うまで粘ろうという魂胆。日々のリスクは少ないが実に運任せの作戦かもしれない。

 ――しかし、あわよくば。

 この世にもし奇跡があるのなら、『SAOからの生還者』に会える場合もある。積み重ねが天文学的な可能性を引き寄せる場合もあるのだ。

 

「(具体案はないけど、あのクソ野郎に屈したわけじゃない……)」

 

 そう思うと、俺は無意識に拳を握りしめていた。

 仮想世界を最も畏怖し、邪悪で危険に満ちたモノだと信じているのは他の誰でもない、君たちではないのか。そんな人間が、せっかく解放されたばかりだというのに、再び殺人ヘッドギアをかぶり、鳥籠の世界に飛び込もうとするだろうか。

 こんな常識的な疑問を持つ者もいるだろう。勇気、勇敢うんぬんといった話を抜きにして、失敗から学ばない愚か者だと唾棄(だき)するだろう。

 しかし2年という歳月を仮想世界で過ごしてしまったからこそ、浮遊城アインクラッドは人生の一部を(はぐく)む、切っても切り離せない存在となった。だとすれば、仮想世界の否定は自らが歩んだ径路(けいろ)の否定に直結する。そこで起きた出会いや別れ、葛藤や挑戦、そして数々の成長を白紙として扱うことは、生還者の誰にもできないはずだ。

 悵恨(ちょうこん)の許容、周囲の理解に時間はかかれど、完全に無関係な生活を想像する方が不自然。というこの気持ちは、おそらく当事者にしか理解し得まい。

 1人でそんな結論に辿り着くと、俺はしなるまでゆでた草をムシャムシャ頬張(ほおば)りながら切り出した。

 

「んぐ……ぷはぁ。……あ~今すぐ有名人になりてぇ。その辺を領主が歩いてたりしないかな。速攻でぶった斬ってやるのに」

「バカ、こっちは真面目に話をしてるんだゾ」

「俺だって大マジメさ。けどま、方針が決まらんならしょうがない。とりあえずひたすら生き延びよう。それが奴らにとっても1番厄介なことだろうし」

「かもしれませんね。やっぱりスタッフの人は少ないんでしょうか? このメンテナンスにも入れないみたいですし」

 

 シリカがそう指摘すると、ニヤリと笑ってから持論を展開する。

 

「だろう? 企業が丸ごと相手なら瞬殺だったかもしれないけど、俺の予想じゃ敵の数は数人だ。だったら難しい顔してないで、例のヒショ地でも帰ってゆっくり風呂に入ろうぜ。こんだけ移動してるわけだし、ムリやり活動範囲を広げた甲斐はあったろう。あとはスタート地点からここまで行ったり来たりしてりゃ、そう同じ連中にも会わないだろうさ」

「そうするしかないかね、これ以上は何をしても無駄だろうシ。……サテ、じゃあそろそろ出発しますカ! なんか草食動物用みたいなメシしか用意できなかったケド、ジェイドはそれで大丈夫カ?」

「すみません、モンスターもいなくなっちゃってて。……あの、なるべく食べられそうな見た目を選んだつもりだったんですけど……」

「(にしてはゲロマズだったな……)……いや~、まあまあだったぞ。ないよりはだいぶマシだ。けど今ので水使い切っちまったから、もっかい補充してから行くか」

 

 午後3時まで5分を切ったことだけ確認しつつ、カラのアンティーク水筒を持ち上げた直後、アルゴが割って入った。

 

「アア、チョッと待っテ! 水はオレっち達で汲みに行くカラ、ジェイドは油田工場の方をもう1回見てきてくれヨ。暗くても松明は焚かないようにナ」

「ええっ、さっきここらの調査は終わったとか言ってなかったか?」

「そうなんだケド、実は洞窟の内部はそんなに詳しく見てなかったんダ。だから見落としてるアイテムもあるかなっテ……」

「おいおいしっかりしてくれよ、明らかに1番大事なトコロじゃん。なんでそこがおざなりなんだ」

「だっテ……臭くてネ……」

「…………」

 

 つまり汚れ役を引き受けてくれというわけか。

 まあ、確かに。年端もいかない少女達に廃油とガソリンを混ぜ合わせた不衛生極まりない炭鉱を探れというのも酷な話しか。気絶している間に体を清めてもらった身としては、ここで強気な態度に出るのも気が引ける。

 もろもろ把握すると、俺は片手を上げながら「あいよ、じゃあサクッと見てくる」と言い残し、アンティークな水筒を投げ渡しながら(ほこら)の入口へ向きを変えた。

 そして1分とたたず鼻腔(びこう)に流れ込んでくる異臭。

 なるほど、この左右にそびえる階段状の岸壁に挟まれた河川敷は、形が珍しいだけにとどまらず、下流から上流に向けて風が吹いているらしい。だからアルゴ達は川を下った先でしか活動しなかったというわけか。シリカが上流から走ってきたのも、排水と混ざる前の清潔な川水を汲みに我慢して登っていただけ、と。

 それにしても汚水を垂れ流す施設が妖精界にもあるなんて、夢のぶち壊しもいいところである。そこまでリアリティ重視の再現はしなくてもよかった気がするのだが。

 

「(つってもアルゴは大げさだな。入口付近なんてちょっと薄めのガソリンが香ってくる程度じゃないか。鼻がいいケットシーだからか?)」

 

 鼻をつまむほどではなかったので、俺はそそくさとダンジョンの捜索を開始した。

 明度は低い。だがありがたいことに、各所の高く伸びた柱の上には、ガラスで囲われた消滅しない灯穂(とうすい)があり、《暗視(インフライド)》必須の暗さではない。

 さりとて松明禁止の忠告は的を射ていたようだ。

 こんなところで着火するのは自殺行為だろう。川の横でする(たきぎ)ならともかく、捜索中に高温体が油に触れでもしたら、瞬く間にエリアごと火の海と化すに違いない。

 最後まで俺と激戦を繰り広げたサラマンダー男、イーサン・ステインとやらも、ラストにトドメを刺すだけとなってなお、得意の炎魔法を避けた。彼も自滅を危惧して撃って来なかったというわけだ。

 そうこう考えながら奥の探索は避け、裸眼のまま桟手(さで)の隙間からわずかな(ユルド)を見つけたり、岩石に突き刺さったままのボロいピッケルを入手したりしていると、ポーンッ、という告知音でちょうど15時を迎えた。

 すると不思議なことに、遠くから金属を打ち付けるような音も同時に聞こえてきた。動力不明の機材が無人のまま動いている音だと思っていたが明らかに人工音だ。

 目を凝らすと、エリアの壁側にカラカラに乾いた通路が見える。油が染み込まないよう丹念に手入れされた跡が見つかり、しかもカンッ、カンッ、カンッ、というリズミカルな高音は継続している。

 歩を進め、音源に近づくにつれ大きくなっていった。

 間違いない。誰かがいる。

 直角に折れ曲がる通路から顔の半分だけ出して様子をうかがうと、そこにはボディビルのコンテストで上位を狙えそうなムキムキマッチョの渋いおっさんが、黄色の火花エフェクトを散らしながら巨大な斧をスミスハンマーで叩いていた。

 音に(はば)まれて気づいていないのか黙々と打ち続けている。本人はかなり巨体のようで、深く座っているのにちょうど俺の首の高さ辺りに目線がある。椅子(いす)も日本のショッピングモールには置いていないほど大きく、彼が立ち上がったら(かが)まないと通路を歩くこともできないだろう。

 タタラ製鉄用の風送り機と燃え盛る炉、分厚い鉄床(アンビル)や熱処理で使われると思われる水溶液が満ちたケースから、彼のキャラクターとしての役割を察する。

 俺は警戒心を解き、大剣のグリップから手を離したところでようやく思い至る。

 こいつもきっと、早朝に対峙したドワーフ部隊の一員だろう。髪の毛を逆さにしたような濃い黒髭(くろひげ)も特徴的だが、彼らの種族は神話上、工芸や鍛冶に長けると聖典に明記されている。

 周囲に散乱する多種多様な凶器から、俺の推測は正しそうだ。とすれば、《奴隷のドワーフ(ドヴェルグスレイブ)》なんて立場でもなければ、目の前の彼こそ本職を全うする本来の姿なのだろう。

 

「(うっわマジかよ!? ついに来たっ!!)」

 

 しかも俺は、嬉しさのあまり大声を出しそうになっていた。彼の頭の上に浮かぶカラー・カーソルに念願のNPCタグが付いていたのだ。モンスターではない。まごうことなき、これはフィールド配置型の職人である証。

 俺はいま一度、彼が敵性ユニットでないことを確認すると、急いで彼女達を呼びつけに来た道を戻った。

 ……のだが、寸でのところで留まる。

 

「(っとと、あれモンスターか? 来た時はいなかったのに、なんかそこかしこでリポップしてるな……)」

 

 人間大にした巨大なカナブン型モンスター、とでもいえばいいだろうか。多腕な見た目とモスキート音が実に気色悪い。

 と言っても所詮はザコMob。意気揚々と圧殺して上流へ探しに行くと、なにげに自ら天日干しになってくつろいでいたお2人を叩き起こして召喚した。

 しかし、ぬかるんだ道を往復し件のマッチョジジイを見せても彼女らは首をかしげていた。

 

「あれ、不思議ですね。3時間ほど前に音は聞こえませんでしたよ?」

「シリカちゃんの耳で聞き漏らしたはずはナイ。……たぶん、なんらかのタイミングで湧いたんだろウ。道理でさっき森の方から動物の鳴き声やらが聞こえたと思ったんダ」

「てことはメンテは15時が区切りか?」

 

 この推測はおそらく正しいだろう。朝4時から11時間、ある意味ありがたいインターバルである。

 

「毎週やってくれるのなら……いやダメか。大きな地名で区切られたフロアは移動できないんだっけ」

「みたいですね。……昔わたしの友達がスマホのソ-シャルゲームをしてたんですけど、メンテ中はボックスのキャラやクエストの条件を見ることはできても、強化したり、売ったり、クエストに挑むことはできないって言ってました。もちろん1度ログアウトしてしまうと再ログインはできません」

「じゃあマジで寝て休めるってだけか。まあそこは仕方ない、とりあえず晴れてメンテが明けたわけだし、このおっさんに話しかけてみようぜ」

 

 鍛冶屋の黒髭ドワーフは思ったよりも陽気な人柄で、手持ちのユルドだけは潤沢(じゅんたく)に所持している旨を伝える――これは事実で、なにせ使い道がほとんどない――と、むしろへりくだりながら武器強化の依頼を快諾(かいだく)してくれた。

 しかもあつらえ向きだったのは彼の取り扱うジャンルの広さで、少なくとも俺達の装備強化については問題なさそうだ。3日前に影妖精(スプリガン)連中からふんだくった鉱石の大半が強化用素材だったことも幸運。短剣(ダガー)鉤爪(クロー)両手用大剣(ツーハンド・ソード)はすべてピカピカに研がれ、さらに鋭さも増した。巨人の宝剣《エッケザックス》は元から最大強化のエンド品だったようだが、少々レア度の高いインゴットを手渡すと、懸念されていた耐久値もすっかり元通りである。

 鍛錬様式がやたらレトロで、一連の作業に30分ほどかけてしまったが、強化そのものはつつがなく終了。耄碌(もうろく)ジジイは何度かミスも起こしていたが、ここぞとばかりに物資を追加でつぎ込んでやったので些末な問題だった。

 

『ヤッハッハッハッ! こいつは助かったぞボウズ共! これであいつらも、しばらくメシには困らんだろう! ヤァーハッハッハッ!』

 

 強化が終わった武器を受け取ると、彼はこんなことを言い出した。

 元来(がんらい)気さくなドワーフだったものと思われる。まだ未発達な同族を守るために汗水垂らすその姿は涙ものだ。

 だが、プレイヤーによっては敵対時専用のイベントセリフを聞くためだけに牙を剥く連中も、また彼を撃破してそのドロップアイテムを奪おうとする者もいるはず。彼らのおかれた境遇はアルヴヘイムの設定上気の毒な面も見られるが、どうか強く生きて欲しいものである。

 炉端(ろばた)から動かず見送ろうとする彼に向かい、「そりゃよかった、こっちも助かったぜ。じゃあなー!」なんて返しながら3人で手を振って別れると、格段に強くなった相棒のプロパティチェックを始めた。

 

「スゲーなこれ。グンバツに強くなってんじゃん」

「死語だゾ、それ」

 

 なんてやり取りをしつつ、その場を離れた。

 俺の得物《タイタン・キラー》は筋力値ボーナスを生かした物理ダメージ特化の火力が高いようで、《属性派生》を選択肢から外した。

 俺はかつての魔剣《ガイアパージ》のために、筋力値を重点的に上げていた。この恩恵を最も受けられるのが、まさに通常強化によるノン属性派生だったのである。わかりやすくて助かる。

 彼女らも強化内容に申し分はないようで、皆一様に満足げなままメニューを眺めていた。

 

「これは本当にラッキーでしたね。わたしのはただでさえレアな短剣ではなかったので、心細かったんですよ」

「ここじゃ使い魔のピナもいないしな。昔のスタイルに合わせるためにも、早いとこその《飼い慣らしの鱗粉(テイミング・スケイレ)》ってのでどいつかテイムしようぜ。……ところで、アルゴはクロー以外も強化してたよな」

「ムチのことカ。オレっちのは片手用のクローだからサ。……それで、最近ジェイドの言う《手無し運転》ができるようになって思ったんダ。『空いた手がもったいない』っテ。クローとムチの二刀流!」

「……まあ、そりゃ確かにな」

 

 理屈はわかる。俺が賛成をあぐねたのは、てっきり魔法の命中率を上げる杖を持つか、シールドでも携えてスタンダードにいくと思っていたからだ。

 大前提として、各種族が(かたよ)りきった性能では突破できないダンジョンやボスが生まれてしまう。ゆえに、その能力はある程度の拡張性が設けられている。

 それぞれ、

 火妖精(サラマンダー)の得意魔法は炎属性、次点は土と闇。

 最高ランクの筋力補正。武器の扱いに長け、炎属性は攻めに主眼を置いた魔法を多数内包する。射程も優秀で、非常に攻撃的な種族である。耐久・飛行時間まで並み以上と、随所(ずいしょ)に優遇がみられ、現在は人気、勢力共にナンバー1の妖精。

 水妖精(ウンディーネ)の得意魔法は水属性、次点は風と光。

 制圧、捕獲、水中移動系統を取りそろえる。回復や支援用が豊富な光属性魔法を覚えるメイジ選択者も多い。パーティ需要が高く、必然的に生存率も上がる。智力(INT)補正がAで、最も多様な《魔導書》を扱える。弱点は短い飛行時間。

 風妖精(シルフ)の得意魔法は風属性、次点は土と光。

 インプとユーザ人気ナンバー2を競う勢力。最長の飛行時間、軽快な加速力に、聴力も優れる。得意の風属性は中・遠距離がメイン。筋力値が最低補正のため武器は軽装に限定されるが、熟練者は高い機動性を駆使して戦いのイニシアチブをとる。

 土妖精(ノーム)の得意魔法は土属性、次点は闇と幻。

 筋力・耐久力と唯一『2つの成長補正が最大』という生粋の脳筋。対して速度は鈍重であり、醍醐味である飛行の爽快感が得られにくい。戦域が限られる場で真価を発揮する。武器の精製や修理に欠かせない金属素材の発掘もお手の物である。

 闇妖精(インプ)の得意魔法は闇属性、次点は炎と幻。

 最高補正項目こそないが、重視される筋力、耐久力、敏捷性で一律Bを獲得するバランスタイプ。マップ中央に鎮座(ちんざ)する世界樹の周りは、翅で飛び越えられない山脈が囲うので、意外に《暗視》や《暗中飛行》の使用頻度は高い。

 猫妖精(ケットシー)の得意魔法はなし、次点は水と風と光。

 魔法関連に秀でた性能がなく、筋力値もシルフ同様最低の伸び率。敏捷補正は最大のA判定だが、本ソフトのスピード算出法から逆転現象はよくあること。ハンデだらけに見えるが、強みは飼い慣らし(テイミング)にあり、それが大型モンスターなら騎乗(ライド)できる点だ。その特性上、この世界で最も長く空を飛べるのはシルフではなく彼らである。

 影妖精(スプリガン)の得意魔法は幻属性、次点は光と闇。

 人気でいえばドベ争い。トレジャーハント能力が数少ない取り柄だが、幻属性は低殺傷力かつ、そもそも種類が少ない。しかもレア素材等の入手をマラソン量でカバーするのは、ゲーマーにとって恒例の対処法だ。近接戦においても「サラマンダーでいい」といった意見は根強い。

 鍛冶妖精(レプラコーン)の得意魔法は土属性、次点は炎と水。

 例外的に生産力(PRO)特化。目的ありきで選択するユーザが多く、《エンシェント・ウェポン》と呼称される強力な武器やアクセサリーを作成できるオンリーワンのニーズがある。多種族と交流が盛んで、《首都》に備蓄されたユルド総額は1番とも評される。

 音楽妖精(プーカ)の得意魔法は光属性、次点は水と幻。

 後方支援型。魔力(MAG)値最高峰は伊達ではなく、マナポイント量はトップに君臨する。対応力ではウンディーネ、戦線維持ではプーカに軍配が上がる。飛行時間もウンディーネと並び最低値で、悪くいえばキャラ被り。荘厳な景色を背に、『歌い手』や何とかチューバーさんが動画をアップするツールにもなっているとか、ないとか。

 といった具合である。

 ゆえに妖精が決まった瞬間、スタイルまでガチガチに固まるわけではない。

 インプも選択肢だけなら炎属性、幻属性を獲得する道は用意されているし、敵の度肝を抜くために気の遠くなる時間をかけて苦手属性を鍛えるプレイヤーもいる。ロールプレイの醍醐味だろう。

 とはいえ、俺は魔法を活用するなら闇属性一筋と決めていた。厳密には、不得意魔法にかけられる時間がない。

 しかしアルゴは投擲(とうてき)武器まで購入していた。いくら旧SAOで訓練したとはいえ、それは二次元回避が前提だったアインクラッドで確立した戦術のはず。現に俺も、魔法は『剣の間合いに引き込むための手段』と考えている。

 となると、彼女も決断したのだろう。

 ケットシーは唯一得意魔法の項目が存在しない種族だが、手ごろな遠距離攻撃の充実した水・風属性までバッサリ捨てたということは、バフの光を主軸に近・中距離戦をこなす支援タイプを目指すわけか。

 それならサブに(むち)という選択にも納得である。

 なぜなら、俺が多用する投げ針(ピック)同様、大半の飛び道具が《サブウェポン》にカテゴライズされるからだ。これならメインアーム複数持ちエラーを回避できる。

 銘を《フォー・ハウジング・バーブス》とする、彼女の(むち)も然り。

 鞭の名は数字の『4』と『収納する』のFor housingを掛けているのだろう。特定モンスターの尾を加工し、伸縮率の高い製品に変えられた物騒な人工物だ。

 取手のトリガーを引くと芯間(しんかん)のワイヤーが引かれ、先端に円環状にあしらった4つの逆棘が展開される仕組みで、主にそのトゲを利用してどこかに引っ掛けたり、敵を引き寄せるのが目的である。グラップリングフックを世界観の便宜上『鞭』と命名しているに過ぎず、先端のごく小さな部分以外はダメージすら発生しない。

 

「まあ、アルゴが納得してるならいいさ。空戦だと当てるの相当ムズいだろうから、どっかで練習しとけよ」

「にゃッハッハ、言われなくトモ。特にムチの方は初挑戦だカラ、反射的に使えるようになるにはそこそこ時間ガ……」

「み、みなさん! 段差の向こうからハネの音が聞こえます!」

「マジか。こっち来てんの?」

「はい。数は4つ、真っすぐこっちに!」

「ウソだろッ、隠れててもこれかよ!?」

「メンテ明けから30分だゾ!? どんだけ人気なんだダ、このゲームぅ!!」

 

 グチグチ言いつつ全員が最大強化のエンド品を構え、シリカだけはスティックを具現化しつつ空戦の準備を整える。

 すると、15秒もたたないうちに4人のプレイヤーが制空権を奪いに来た。意外なことに《手無し》プレイヤーゼロの敵パーティは、すべて薄紫の翅をしている。生粋のインプ部隊だ。

 しかも彼らは、俺達を発見するなり信じられないようなセリフを口にした。

 

「やった! マジでいたぞ!?」

「たぶん《スタッフチャレンジ》だよな!? マジで攻撃していいんだよな、これ!?」

「ヒモ爺さんの適当情報もたまには当たりますね! しかもケットシーがいるってことは弱い方のパーティじゃん! 北に住む妖精はハズレっすね!」

「こらこらぁっ! たまにとか言うな!」

「でもこれ! キルログを送信するだけで、レア武器ランダムでゲットだぜ!? マジ気前良すぎじゃね!? ラッキーイベントだよ!」

 

 突拍子のない会話に困惑せざるを得なかった。

 キルログの送信? イベント? 時間的に考えて、彼らは目的を持って《首都》から真っ先にここへ飛んできたはず。わざわざドワーフNPCによる武器強化をしに来たのでないなら、これは偶然の出会いではない。

 

「なんのこと言ってんだこいつらッ!?」

「そんなの、オレっちにもわからないヨ!!」

「うわっ!? 詠唱なしで弱体化(ウィーケン)のデバステにされたぞ!? 会話も聞き取れないし、間違いないなこりゃあ!!」

「アタリ確定だ! 打合せ通り、早い者勝ちの恨みっこナシな!」

「あっはっは! おいおい誰か解呪してくれよ!」

「うるせぇ、みんな斬り込めーーっ!!」

 

 とにかく、対話を試す時間もなかった。狩り場被り、ギルメンの敵討ち、そういった私怨(しえん)が理由でもなさそうだ。

 彼らは嬉々として襲ってきた。そこに原因があるとしたら、十中八九『奴ら』だろう。

 俺達は応戦する他なかった。インプの彼らに恨みはないが、こんなところで血に(まみ)れるわけにはいかない。

 

「アルゴ、シリカ! 一機ずつやる! 円周なぞるようにして飛べ!!」

「作戦通りだナ! 了解っ!」

「わかりました!!」

「レーギのなってねェカスに吠えヅラかかせるぞッ!!」

 

 やむなく戦闘をすることもあれば、問答無用の不意打ちまで経験してきた身である。接敵直後の開戦に対し、俺達3人は翅を広げて難なく対応して見せた。

 高速詠唱、2人はスティックなしの飛行、アイコンタクトだけで入れ替わる囮役に、ヒット&アウェイを心掛けた連携。各個殲滅フォーメーション。対する彼らは我欲に目の(くら)んだターゲットの奪い合いに、ちぐはぐのエセ小隊編成。手柄に執着しているのか、ウィーケンを解除しようとする者も皆無で、よく向かってきたものだと呆れ果てる。

 しかも剣で攻撃を受け止めると、その軽さに失笑してしまいそうになった。

 その原因は羞恥心だろう。

 コマンドを押せば攻撃モーションに入る旧世代ゲームではないのだ。その手には凶器が握られている。本当に勝ちたいなら、恥ずかしがって動きを大袈裟にならないようだとか、ヘラヘラして負けた時の予防線を張っている場合ではない。

 シリカにも劣るインプらの武器の扱いは未熟と評するしかなく、戦いはたった1分と続くことなく終結した。

 

「うはぁーっ!! スゲー! 生きてるのもう俺だけ!? 強すぎでしょこれ! ぐわぁああああああっ!?」

 

 攻撃力が一段と強化された俺の大剣が斜めから食い込むと、最後の敵もさして残念そうにせずエンドフレイムに包まれ、やがて《リメインライト》になって宙に漂った。

 あっという間の終戦。

 メンテ明けまで待機していたのか、再開直後から張り切って飛んできた割に難敵ですらなかった。勝利したのに虚しさまで感じてしまう。

 おまけに4つの《リメインライト》はすぐに消えている。おそらく再チャレンジするために《首都》に戻って武装でも整えるのだろう。言われてみれば、ここから直線距離で最も近い妖精本拠地はインプのそれだ。

 

「ハァ……ハァ……ヘタなテッポウもなんとやらってか? ったく。案の上リワードもしょっぺーし、毎度こんな調子で来られたらたまったモンじゃねェぞ」

「それよりジェイド、こいつらの言ってたコト……オレっち達を倒しテ、その記録(ログ)を送ればレア武器とかナントカ……」

「わたしたちを見たのに確信しませんでしたしね。情報もあやふやだったのでしょうか?」

「たぶんな。なんせ俺らの顔は見せらんねェ。……でも、それだけじゃないぜ。聞いたかよ2人とも……」

 

 首をかしげる2人はまだ気が付いていないようだ。

 俺はホバリングしたまま納刀すると、一拍溜めて感極まったように笑った。

 

「あいつら、『弱い方のパーティ』って言ったんだ! 俺達3人のことを! 最高だぜッ……これってつまり、俺ら以外にも生き残った奴がいるってことじゃねェか!!」

 

 それを聞いた2人はハッとしたように考え込む。

 

「生き残りっ……と、ということは……わたしたちが《世界樹》っていう大きな樹のてっぺんから飛びおりたあとに、他の誰かもマネして飛んだってことですか!?」

「その人達と合流すれバ! 生き残る確率は高くナル!」

「やっと希望が見えてきたな! ……ああクソッ、でも位置がわからねぇ。適当に飛ぶにも、このマップは広すぎだぜ……」

「え~っと、えと……あ! たしか、さっき『北にすむ妖精もかわいそうに』って」

「それだヨ、シリカちゃん! いいか、つまりこういうことダ。連中はオレっち達の位置情報を追えるカラ、このスタート場所を広めタ。そしてもう一方はずっと北にいるんだヨ! 報酬が同じなら、オレっち達より強力なパーティがいる『北側』はまさにハズレくじ。あいつらの発言にもツジツマが合ウ!!」

「とすると……」

 

 俺は急いで紙に記された《アルヴヘイム・オンライン/全体図ガイドマップ》を実体化して広げると、北に位置する各領土を指さした。

 

「最有力は最北端にあるノーム領とその周辺の氷雪地帯。次いでレプラコーン領の埋め立て地、プーカ領の草原地帯ってとこか。今いる場所は南南東の高山地帯直前……ちくしょう、真逆じゃねーか!」

「そこは仕方ないサ。ケド、行くなら今までよりモット暗い場所を通って移動しよウ。例えばアルン周辺の《虹の谷》を伝っていくトカ! 洞窟内の移動は制限あるケド、敵にインプやスプリガンがいなければグッと追いかけにくくなるだろウ? 仮に洞窟が途切れても、渓流に沿って進めば見つかる確率も減らせル!!」

「オッケー、決まりだ。当分の目標は山脈のふもとを伝うルートで北上し直すこと。……んで、他の脱走連中と合流したら、ひたすら生き残って顔の知れた奴に会うまで粘る。そしたら、奴らの悪事を洗いざらい世にサラしてもらう。これで異論ねーな?」

 

 確認を取ると、彼女らはいっそう強くうなずいた。

 もちろん、無謀は理解している。こんなものは断片的な記号を都合よく繋いだ楽観論にすぎない。

 それに、これから何日もかけて北上するうちに、野良プレイヤーにパーティが鏖殺(おうさつ)される場合もある。もう一方の脱走者達が大きく移動したり、そもそも俺達の仮定が見当違いだったパターンも考えられる。全部うまく行く確率なんて雀の涙だろう。

 それでも、腹の底から力が湧いた。希望にすがることに意味がある。

 惰性で生き続けようと諦めるより、ずっと勇気が満ち溢れた。

 

「決めたらとことんやるぞ! 絶対生き残って、現実に帰るまで!!」

 

 揃って声を上げると、稜線(りょうせん)の見えない旅が、また始まった。

 放浪が終わらない限り、妨害も止まらないだろう。

 しかしこれは、アインクラッド第1層《はじまりの街》を飛び出した瞬間から一貫する決意表明だったはずだ。

 2年以上も前から覚悟した絶対条件を、誰かが口に出して言った。「我々は現状からの解放を渇望している。そして解放を望むということは、数多の岐路(きろ)で安全を捨てる選択を迫られるのだ」と。

 俺はかつての浮遊城でも、安全エリアに留まって待つだけ、という選択肢を早期に()てた。解放を夢見た多くの戦士と同じように。

 これからも俺達は、死にかけてなお、失敗した後のリスクを見せつけられてなお、楯突くような悪あがきに邁進(まいしん)していくのだった。

 

 

 

 

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