SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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みな様、明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いしますm(__)m


……年内にもう1本上げると言ったな、あれは嘘だ。(ゴメンナサイ)


第113話 一条の光明

 西暦2024年11月20日 ノーム領北東、《滑昇風群発地区》

 

 リアル時間では午前1時を過ぎ、アルヴヘイム時間では夜明けを迎えた。

 マップの遥か北。もの凄い寒さだ。一面を覆いつくす銀世界は果てがなく、歩けど歩けど変化がない。深々と刺さる足を雪の底から抜くだけでも体力を要するのに、体温が奪われると空腹も容赦なく加速する。

 設定上で北に住むノームの連中も、まさかこの雪原を求めてキャラクターを作成したわけではあるまい。

 

「(ざびぃ……冗談抜きにじぬぅ……)」

 

 ようやく風は収まってきたが、そもそもなぜ寒い中を延々と彷徨(さまよ)っているのか。

 もう想像していただけるだろう。一行は今、見事に遭難(そうなん)していた。

 最も北に位置するノーム領に侵入したのが3時間前の午後10時で、その北東エリアにまで到達してしまったのが30分前。例の定期メンテナンスまで、すなわち11時間もの休憩タイムまで残り数時間だし、今日の《脱走者探し》は限界まで続けよう、などと発言したのがそもそもの間違いだった。

 俺達の他に《ラボラトリー》から逃げおおせたプレイヤーがいるという不確定な情報をもとに、これまで6日間半も北上の旅をしてきたが、やはりと前置くべきかそれらしい部隊は発見できていない。

 そんな焦りもあってか、大きくエリア移動できなくなる前に、マッピングもかねて捜索範囲を広げようとしたのだ。

 しかし俺達が足を踏み入れた土地はなだらかな丘陵(きゅうりょう)が多く、しかも環境は非常に不安定で、たいして移動する間もなく地吹雪に巻き込まれてしまった。

 同時に(はね)の鱗粉も尽き、徒歩で坂を避けるといちいち方向感覚が狂わされる。

 似たような境遇のノーム部隊とぶつかってガチンコ戦闘になってしまったことも含め、土地勘に乏しかったとはいえ失態を晒してしまった。

 

「うぅ……サムいですよぉ……完全に行きすぎましたよね、ジェイドさん……」

「……マジですまん。思ってたよりスイスイ進んでたんだな、俺ら。……あ~でもほら、やっと吹雪も終わったみたいだしさ、こっからは飛んでいこうぜ。アルゴとシリカがいりゃあ、大抵の奴らはサクッとかわせるだろう?」

「また調子のいいコトを言っテ……。これで手がかりも掴めなかったらアトでオシオキだゾ」

 

 強く大地を蹴ると3人はほぼ同時に極寒の蒼穹(そうきゅう)へ舞った。途中、「ネコちゃんのオシオキとか、むしろ期待するわソレ」、「ほゥ、死体になっても知らんゾ」なんてジョークも……うむ、ジョークも済ませながら、今度は真っすぐに南を目指す。

 ちなみにシリカも飛行補助ツールとして支給されたコントローラを使わずして空を飛んでいる。なんといっても、俺より一段とまともな睡眠をとっている彼女ですら結構な練習量に達しているからだ。今や一丁前に左手にバックラーシールドを携行し、接近戦による優位性を取り戻しつつあった。

 ついでと言えばもう1つ。俺が暫定的に『手無し運転』と命名していた飛行法だが、どうも正式なゲーム用語が存在するようだった。これはビギナーの練習に付き合っていた鍛冶妖精(レプラコーン)のセリフを盗み聞きしたのだが、《随意飛行(ずいいひこう)》と呼称するらしい。

 発音しにくい名だ。それらしいワードが戦闘中にも『ズイー、ズイー』と何度か聞こえてはいたが、意味まで判明したのは最近である。

 

「《随意飛行》、シリカもできるようになってよかったな。しかも《遠方焦点(スコープ・ファインダ)》と《警戒陣(サーベイランス)》はケットシーなら初期から使える魔導書だ。相手より索敵が早けりゃ、エンカウント回避できるってハナシもあながち間違ってないだろ?」

「でもそれはマナが尽きるまでの話です! いくらポーションがいっぱいあると言っても、ずっとかけ続けていたらすぐなくなっちゃいますよ!」

「シリカちゃんの言う通りだゾ。それにマナが切れたら補充までタイムラグがアル。もし、そのマナ切れのタイミングで鉢合わせたら、開戦早々不利になっちゃうんだからサ」

「へーいへい、わかってるっての。けどこの辺は初見の場所だったんだ。もう切り替えていこうぜ!」

「むぅ~……」

 

 そんなこんなで適宜モンスターとの戦闘も挟みつつ、翅の消費と回復を繰り返すこと30分。帰り道だけあって予定された経路は順調に消化されつつあったが、またも角度が数度ずれていたのかレプラコーン領との地界を(また)いでいた。

 低いピアノ単音と共に、視界端に浮かぶエリア名も《滑昇風群発地区》から同時に切り替わる。

 1時間以上も前に通過した《カルスト台地・ネイビーフェルト》はレプラコーン領の特産岩エリアだ。ニョキっと生えた石灰岩、および白雲岩(ドロマイト)所狭(ところせま)しと身を寄せ合う層状のエリアで、ここで隠れんぼをすると永遠に鬼が入れ替わりそうにない絶妙な地形である。

 アルゴの《スコープ・ファインダ》は強制ズームされてしまう特性上、飛びながら使用し続けるとすぐに《飛行酔い》してしまう点と、この地形のように遮蔽物(しゃへいぶつ)が多い場所で効果を発揮し辛いのが弱点だ。

 しかしシリカの耳は反響した戦闘音を正確にキャッチした。

 

「音がします。これは……11時の方向ですかね。まだ遠いです」

「人数や規模はわかるか?」

 

 飛んだまま俺がそう聞いたのは、無論攻めるかどうかの判断だ。

 確かに節倹した生活も慣れてきた。しかし構外、どころか街の外でしか活動できない俺達だからこそ、少ないチャンスはすべてモノにしたい。

 

「えっと……人数はなんとも……。あっ、でも数が多いのは間違いなさそうです。開戦してすぐなのかもしれません。音の重なり方から考えて、10人以上はいるかと」

「パーティ戦っぽいナ。ならレネゲイドがレプラコーン狩りでもしてるのカナ? 場合によってはイイ武器持ってるらしいじゃないカ」

 

 高度を下げつつ、俺はアルゴの推察に魅力を感じていた。

 

「んん~……そうだな、じゃあこうしよう。とりあえず見に行って、一方的な戦いだったら引き下がる。接戦で片方の生き残りが1人、2人だったら、消耗しているスキに一気に倒す。マジで半分がレプラコーンならレア武器ゲットのチャンスだ、悪くないだろう?」

「どのみちわたしたちは人を探している途中ですしね。先制できるならアリかもしれません……」

「じゃあタイミングはシリカちゃんに任せるヨ。行けそうなら終戦直後に目くらまし(ハレーション)で視界を奪うカラ、ジェイドがトドメを刺してクレ。2人残ってたら片方はオレっちらで誘導しておク」

 

 作戦は決まった。実はこうした《ハイエナ猟法》と蔑称(べっしょう)される略奪は頻繁(ひんぱん)に起きていて、俺達も10回以上はやられたことがある。

  PvPを1度でも行うと、ポーチに忍ばせた消耗品や翅の揚力を使い切ってしまうことが多く、敵のおかわりが乱入してきた時点でひたすら逃走を余儀(よぎ)なくされるからだ。この戦法なら圧縮された報酬を横取りできてしまうわけで、これを生業にした悪質なパーティが存在するほどである。

 もちろん、これらの勝利はなんの栄誉ともカウントされない。むしろ短期間で繰り返すと他の種族から目の敵にされて、悪い意味で噂にされるだろう。こういった同士への不必要なヘイト集めは、各妖精の領主も望むところではないらしく、頻度を下げるなりやるなら徹底的に身バレを防いだりと、何らかの対策は取っているようだ。

 結局やるんかい! と言ってやりたいところだが。

 だがそれこそ、ここにいる3人はハナからレネゲイド。名が知れるのであれば、いい意味だろうと悪い意味だろうと知ったことではない。

 俺達はアインクラッドでの生活、すなわちPKが絶対悪として既成概念化した生活を送ってきた。ゆえに慣れない行為ではあったが、低リスクで確かなリターンが見込める以上、このズルい戦法にアルゴやシリカが迷わず賛成するのも納得である。

 なんてことを考えながら、背の高い石灰岩の上を移動用システム外スキル跳躍急降下(ソアー・ダイブ)でぴょんぴょん飛び跳ねること30秒。

 

「(いるなぁ、10人規模か……)」

 

 視界で集団を捉えた。

 空中移動を止めてダッシュでの移動に切り替えつつ、俺達はパーティ戦にかまける10人ほどの敵群のそばに隠れられた。しかも予想通り片方はレプラコーン勢で間違いない。

 見つかってはいないだろう。後は時を待つだけだ。

 俺は構成、種族、戦術、武器種などを覚えてしまおうと身を乗り出した。するとすぐに飛び込んでくるカラフルな戦闘模様。

 だが次の瞬間、驚きのあまり2人同時に声が出てしまった。

 

『リンドッ!?』

「へっ……え……っ?」

 

 運命とは唐突に訪れるものらしい。

 シリカだけ置いてけぼりになってしまったが、どうやらハモッたアルゴも同時に見抜いたようだ。

 視線の先。装備は燃えるような紅蓮。ほぼ隙のない盾(さば)きと、わずかなほころびも見逃さない正確な曲刀攻撃。古今あらゆるイレギュラーに対応してみせ、そして数多(あまた)のギルドメンバーと窮地を切り抜けてきた功績。

 舌を巻くような高速エアレイド中だと顔をしっかり確認することはできないが、シルエットや戦闘スタイルから彼がかつての《聖龍連合(DDA)》リーダー、リンドその人であることは間違いなかった。

 それに彼だけではなく、俺はさらに2人見知った(・・・・)顔を見つけていた。

 

「あれ! 見えるか、槍持ってるのはSAL(ソル)のリックだ! 他にもいる!!」

「アアわかってル。オレっちの本職は情報屋ダ、ほとんど顔見知りだヨ! ……ということはつまリ、探してた連中にやっと会えたんだナ! こうしちゃいられない、すぐに援護しよウ!」

「リンドさん……ってまさか、あの有名な攻略組ギルドの!?」

「ああDDAのリンドだ。アンブッシュで一気にレプラコーンを叩くぞ。光雲(ハレーション)はナシ、合図は俺が送る」

 

 興奮が冷めないが、現実に復帰してから再ログインしたという線は薄いだろう。周りが止めるだろうし、顔が変わっていない説明がつかない。ということは、彼らが例の『脱走者』なのか。

 いや、どちらでもいい。やるべきことは変わらない。

 影を利用して素早く位置を変えると、俺はアルゴとアイコンタクトを取った。

 狙うのは後方で大魔法の準備をする1人。レプラコーンのチームが全般的に時間稼ぎしているように見えるのは、彼の魔法の一手が逆転のカード足り得るからだろう。

 指を3本立てて、順に折り曲げていく。

 ゼロになった瞬間、同時に地面から飛翔した。

 アルゴがピックを命中させて注意を引き、その後ろではシリカがヒールの準備をする。振り向く彼の頭には「なぜ猫妖精(ケットシー)の女性ペアがこんなところに?」、なんて戸惑いが生まれたのだろう。

 そして敵が無防備になったところへ、真後ろから俺の巨神殺し(タイタン・キラー)が炸裂する。胸当ての金属プレートごと薄ローブを叩き切った鉄塊長剣は、なんと完全に彼のアバターを分離させてしまった。

 すでにダメージが蓄積(ちくせき)されていたのだろう。後衛を任された彼はそれだけで黄土色のエンドフレイムに包まれて散った。

 それからはほとんど一方的な虐殺だった。

 かつての大規模ギルド長たるリンドの指示は的確で、後衛の大魔法が不発に終わった時点で奴らは打つ手がなかったのである。

 以降は何の手助けをすることもなく、潰走者(かいそうしゃ)となり果てた4人は瞬く間に全滅した。

 そして……、

 

「リンド、だよな……?」

 

 思わず声が出る。殺害で舞った敵の残り火にすら目もくれず、俺達は向かい合っていた。

 気が遠くなるほど長い1週間だった。無謀だなんだと悲観していたが、現実はどうだ。俺達は探し出したてみせたではないか。

 達成感を胸に、それぞれの生存者組が左右に向かい合ってホバリングする。

 5人のうち初対面の2人から少々トゲのある目線というか、どうにも言葉にし辛い不吉なオーラを感じはしたが、新たに火妖精(サラマンダー)の種族を得たリンドは4人の仲間を従えつつゆっくり接近すると、笑いながら軽く降参のポーズをとって切り出した。

 

「フフフッ、これでも結構驚いているつもりだよ。2週間ぶりだな、《レジスト・クレスト》の隊長さん」

「アッハッハッ、おいウソみたいだぜ! マジでDDAのリンドだ!」

 

 彼は俺達を認識している。言葉もわかるだろう。きっと彼も、俺達がセリフを理解していることに驚いているはずだ。

 その安堵は、ずっと背負っていた肩の荷を下ろすような感覚だった。

 

「まったく一時は敵の増援かと、連中と一緒に攻撃するところだったぞ。こんど手を貸す時はひと声かけてくれよ」

「信じらんねェっ! SAOの人間に会ったっつーだけなのによ! ハハッ、リックにクロムのおっさんまでいるじゃねーか!!」

「こっちのセリフじゃバカモン! お前さん生きとったんかいな。わしの方が腰抜かすところだったわ」

「ジェイド! 《ラボラトリー》で一瞬見えてはいたけど、まさかあの地獄みたいな戦いで死んでなかったなんて!」

「イヤー、まさかオレっち達以外にも生き残りがいたとワ!」

 

 生存者は5人部隊と3人部隊の計8名。こんな人数で同時に喋り出したものだから、戦場跡は収拾がつけられないほど賑わってしまった。

 積もる話なんてものは積もりすぎて天井知らずだったが、とりあえずひとしきりハグと握手を済ませた俺は場所を変える提案をした。

 ここもまだ歴とした領土。退けた連中とは別のパーティがうろついていてもおかしくない。

 そうして失われつつあった翅の鱗粉(りんぷん)を完全に使い切るころには、レプラコーン領と《アルン高山》の境の位置にある森の茂みに隠れられた。

 ちなみに自己紹介は移動中に完了している。

 まず1人目。言わずと知れたリーダーofリーダーのリンド。

 長身で、細身。質感のあるカイトシールドに、どこで調達したのか得物は相変らずの上等な曲刀(シミター)。ショルダー、アーム、胴、レッグにバランスよく金属防具が装着される。前髪は中心で左右に別れ、ロングヘアゆえに後ろで一房(ひとふさ)小さく束ねられている。1層で伝説となった男を模して染めていた蒼い髪が赤みのかかった茶髪になっているが、他者を射貫くような彼特有の双眸(そうぼう)は間違いない。

 旧ソードアート・オンラインでは全階層にその名を轟かせた最強軍団を(ひき)い、しかもそれを最後までまとめ上げた人物。VRMMO史上でも剣術ではトップの一角を担える男だ。

 そして2年間で培った統率力を以てして、このまったく新しい環境を2週間も耐え抜いたのだろう。

 2人目は4人ギルド《サルヴェイション&リヴェレイション》の隊員、そして唯一の生存者でもあるフリデリック。

 キャッチフレーズ通り、プレイヤーの救済と解放を掲げる善良ギルドだった。柔軟な筋肉を持つ着やせするタイプの体躯に、短くもまとまった淡い青髪。笑えば歯が光を反射しそうなほど男前で、きちんと伸びた姿勢や表情のさわやかさは健在である。彼のリーダーは《スカル・リーパー》の凶刃によって(たお)れたが、隊長亡き後も最後まで武器を取った勇敢な戦士だ。

 メインアームは変わらず長柄槍(ポールランス)。ロングコートで金属装備はなく、左腕に見慣れない民族衣装のような布を巻いている。現在は水妖精(ウンディーネ)として生まれ変わったようだが、サポーターとして優秀な能力を発揮する彼からすれば、それはむしろハマり役にすら見える。

 努力家だった彼のことだ。きっと現段階で発動可能な《魔導書》の説明欄は全て読破し、ノルド語によるスペルも網羅しているに違いない。

 3人目は元《軍》所属の少佐階級にして、犯罪者のたまり場たる《黒鉄宮》看守長を務めたクロムオーラ。スポーツ刈りの短髪に、うっすらと口ひげを生やす初老のプレイヤーだ。

 まだ40代らしいが1人称はわし。俺は個人的に『クロムのおっさん』で通しているが、愛称で呼ぶほど親しくなれた原因は察してほしい。

 ようは、俺が牢獄と接した時間が長かったというだけである。

 しかも《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》討伐戦や残党の後始末に加え、シーザー・オルダートとの約束を果たそうと、地味にSAOが消滅する間際まで何週間に渡り来訪しては世話になった。

 種族は《土妖精(ノーム)》で、武器は片手斧(ワンハンドアクス)。バイザーのない兜に加え装備はガチガチの重金を使用している。

 リンド隊では彼1人だけ《随意飛行》ができないらしく、加えて戦闘職でもなかったので戦力としてはシリカにも及ばないとのことだ。スロットに装填された《魔導書》のスペルを、一定の期間だけアバター付近に滞空してくれる光属性魔法《覗き眼鏡(ピープショウ)》なしでは、どうやら単語もまともに発音できないらしい。

 本人曰く、今生きていることが人生における最大の奇跡、だそうだ。

 4人目は『テグハ』と名乗った。

 ここから2人は俺のあずかり知らない人物である。どうやら彼も《聖龍連合》の一員だったらしく、ということは当然飽くほど剣を振り回してきた戦闘のプロフェッショナルである。

 リンドのことを盲目的に信頼していて、武器は当の本人と同じシミター。ただし『テグハ』という名前がすでに外国の曲刀の形状を気に入ったから付けたものであり、彼のスタイルに合わせたわけではないとのことだ。

 ほっそりとした長身で髪はオールバック、色はスチールグレイから光沢を取り除いた感じだろう。とりわけ悪いのはねちっこい細い目つきで、俺と同じように大衆受けがよろしくない人相をしている。服装はシンプルだがフルアーマーの全身鉄衣。ただし有り合わせなのか脛当てだけはさらに重厚で突起が痛そうだ。

 種族はクロムのおっさん同様《ノーム》を拝命。ただのシミターなら軽量武器だが、彼のそれは《大曲剣》という大型カテゴリで、妖精としての特徴とマッチしている。

 左手には非常に大きな黒鉄の盾を装備していた。こちらは双鳥の紋章が象られた上物で、スピードを殺さないようにした最大限の努力がうかがえる。

 5人目も初めましてのお方で、名を『ブライアン』というらしい。

 中肉中背で特徴らしい特徴がない。顔面偏差値も当たり障りがなく、ヘアスタイルもイジっていないのかナチュラルなクセっ毛の黒髪。種族は不運なことに影妖精(スプリガン)を押し付けられたらしく、一定時間移動しないユニットにしか適用されない長時間麻痺と惑乱デバフ攻撃、という意味不明な効果――これを適用させたかったら、敵を麻痺かそれに準ずる行動不能状態にさせる必要がある。二度手間もいいところ――を持った幻属性魔法を始め、有力な《魔導書》も手に入れていないという。

 

「(テグハっつーのはボス戦でチラホラ……でもブライアンとやらはうっすら記憶にもねーな。よっぽど接点なかったか……)」

 

 尋ねてみると面識がないのにも納得の理由付き。どうやら彼は最前線で攻略に励む類の人間ではなかったらしい。

 ただし先人が未開の地を開いて足場を固めた後は、そのおこぼれを拾い食いするだけの貪欲さは秘めていたらしく、ちゃっかり準攻略組レベルは維持していたようだ。

 おまけに人付き合いが苦手な性格ゆえ、最初期からごく少数のギルド、しかも限られたメンバーで細々と行動する生活が大半を占めていたようで、これでは存じ上げるはずもない。

 そんなこんなで彼らが使用していた森林の中継ポイントへ到着。俺達からも紹介を終えたところで、8人(そろ)って(たきぎ)で囲い暖を取りつつ、俺は切り出した。

 

「でもまさか……俺が言うのもなんだけど、あの高さから飛び降りようなんて人間が他にもいたとはなあ」

「それはこっちのセリフだ。聞けば、ジェイドらは飛べる確信のないまま外周から飛び降りたらしいじゃないか? まったく呆れたよ。……こっちは仲間同士で隠れながら試行錯誤した上、それでも反対票を押し切って賭けに出たぐらいだぞ。君らの方がよっぽどか異常さ」

 

 手を振って「そりゃ確かに」とだけ答えてから、しかし俺は若干ばかり落胆しながら切り返した。

 

「だからこそ気落ちしてんのよ。運任せのこっちと違って、スカイダイブする前から『飛べる』ことを知ってたんだろう? ガチでこれが生存者の全てなんて……。俺らより強力な部隊が北側に配置された、なんつうウワサを聞いて旅してきたもんだから、もっとこう……せめて、10人ぐらいはいるもんだとばかり」

「それは過ぎた期待だったな。あの虐殺を耐えた時点で儲けものだ。だいたい俺から言わせてもらえば、情報屋のネズミと中層のアイドルを(かか)えたまま生き残っている君の方に感激だよ。……まあもっとも、初めはもう少し生存者はいたんだが」

「デ、今いないってことハ、やられたのカ……?」

「……ああ、面目ない限りだ。巨大樹から飛び降りた時点では8人。うまく翅を使えなくて落下直後に即死した人もいたから、実質7人といったところか」

「てことは、2人は他のプレイヤーか、そこらのモンスターに殺されたってわけだ」

「いや、単に後れを取ったわけじゃない。……例の集中狙いだよ。《エラー検出プログラム》に引っかかってることに気づいたのがだいぶ遅くてね。途切れのない玉砕アタックはさしもの経験者でもキツかったよ。しかも魔法やら飛行やら知らない法則ばかり……初日と翌日の時点で3人もやられちまった」

 

 指を折りながら「へっ、3人?」と間抜けた声で俺が返すと、リンドは親指でブライアンを指しながら続けた。

 

「それ以来人数はずっと4人だったんだけど、彼は昨日の午後……つまり君らと同じように数時前に合流した新メンバーだ。2週間1人で生き延びたらしい」

「んなアホな!? 正気で言ってんのかよ……」

「ブライアン、説明してやれ」

 

 リンドは投げやりにパスし、黒髪クセっ毛の青年ブライアンは頬をかきながら俺を向く。

 

「い、いや~。といっても本当に運の良さだけで生き長らえただけですし。それに最初の3日半はカウントしていいのやら……。ああ、というのも、ボクは端っこから飛び降りたわけではないんですよ。あの冗談みたいに太い木の根やら長いツルを、手足を使ってよじよじ下っていったんです。3日間かけて」

「ええっ!? そ、そんなことができたんですね。わたしなんてジェイドさんに言われるがまま飛んだだけで……」

「い、いや~大変でしたよ。なにせ地面が見えないぐらいモノ凄い高さでしたからね。おまけにボクらって街に侵入できないじゃないですか? 巨大樹の真下は中央都《アルン》と呼ばれているらしくて……そう、つまり根を伝って降りるのには限界があったんです。皆さんもただ下に飛んだだけみたいですが、たぶんオンラインフィールドに突入した時点で、座標は《アルン》から離れた位置へ強制的に移動させられたのでしょう。……ああ脱線しましたね。……まあこのせいで、丸1日はなんと、分厚い葉っぱの上で立ち往生しちゃってただけなんですよ」

「じゃあそこからどうしたんダ? シリカちゃんも飛行に慣れるまでしばらくかかったし、ジェイドが抱えて飛んでくれなきゃオレっちも今ゴロ……」

「そりゃあ飛び降りる前に練習しましたよ。なにせ結果的に、時間はたっぷりありましたからね。邪魔だった文字化けアイテムをとりあえず全部捨てたあとは、ひたすら補助スティック説明欄の熟読。自分が飛行するイメトレの繰り返しです。最初はちょっとしたジャンプから、それでホバリングをして、垂直上昇(ズーム)して……最後は頃合いを見て本番へ。滑空していただけなので自慢できるわけじゃありませんが、4日後、今月11日の朝になんとか地面に辿り着けましたよ」

 

 ブライアンは額の汗をぬぐいながら、自分がいかな幸運に守られてきたのか自叙伝(じじょでん)(つづ)った。

 リンドが感心したように頭を抱えているのにも納得だ。俺達3人もそれなりに壮絶な生還法を経験した自負はあったのだが、世の中上には上がいるものである。まさかこんなデタラメな方法であの猛攻を(しの)ぎきった……いやさ、Mobの集中狙いそのものを回避したプレイヤーがいたとは。

 ヘタをすれば風で葉擦(はず)れが起きただけでも真っ逆さま。しかも彼は元《攻略組》ですらない。便利アイテムはおろか、武器や防具まで剥奪(はくだつ)されたままなのだ。

 今でこそいくばか人から強奪したようだったが、隠れるだけでも至難の状況で物資まで現地で調達したとなると、にわかには信じ難い。

 だからかもしれない。

 ここでアルゴが彼を追求するように、10日間にもおよぶ戦法がいかなるものだったのかを聞き出したのは。

 しかし意外なことに、彼はあっさりと答えた。

 

「《ハイエナ猟法》ですよ、聞くまでもないでしょう」

 

 その自然調の声色(こわいろ)には、むしろ質問者の方がたじろいでいた。

 聞くところによると、俺達が先ほど仕掛けた漁夫の利作戦に専念して、待ち伏せと強襲&略奪逃走を延々と反復して物資を確保してきたらしい。もともと得意だったとのことが、もちろん単独で成功させられるチャンスはそうなかったらしく、身の安全を優先して空腹もなるべく我慢してきたようだ。

 ここだけ切り取って聞くと、見上げた執念と(たくま)しさである。

 だがアルゴは1つの猜疑心(さいぎしん)(いだ)いてしまった。

 いや、抱いたのはここにいた全員かもしれない。その戦術は……SAO出身者であれば、普通は『苦手』であってしかるべきだからだ。

 難しい顔をしたまま、アルゴはなおも口をはさむ。

 

「なァ……質問攻めで悪いとは思うが、キミは《ハイエナ猟法》が得意だと言ったナ? しかも普段は少ない人数で活動していて、あまり多くの人と関わらなかっタ。……お前サンもSAOで身を持って体験しただろウ……こういう攻撃は敬遠すべきだったハズ。傾向として……今までお前サンがオレンジだった可能性モ」

「お、オレンジ……ッ!? いやちょっと待ってくださいよ! あ、アハハ……と、得意は大げさに言いすぎました。そうですよね、デスゲームでの競争は……あのっ、その……さ、察してくださいよ! そうしないと生き残れない時があったんですって! ここにいる誰だってズルをしながら2年を生き延びた。時にはライバルを出し抜いて! そうでしょう!?」

「うぅ……それハ……」

「……まあ、確かに。俺やDDAのメンバーはつべこべ言えないかもな」

「むう……」

 

 俺が口を挟むと、わずかな静寂が訪れる。

 どうやら再開した瞬間全員で仲良くしがらみなしで協力体制、なんて単純な話にはならないのかもしれない。いつも冷静で彼のギルドでは仲介役だった印象のフリデリックでさえ何のフォローも入れない辺り、やはり彼が『先輩』と呼んで親身(しんみ)にしていた兄貴分の死が堪えているのだろう。

 騙し、奪い、殺して何が悪いのか。

 この世界において俺達は、今さら遠慮をするような立場ではない。

 ポーカーフェイスのリンドはともかく、彼のギルドメンバーだったテグハまでもが俺達『部外者』に対し、威圧的な空気を(かも)し出していた理由にも少しだけ合点がいった。

 全員がストレスと疑心暗鬼に包まれていて、口では直接言及しないが、どこか懐疑的な思考回路が底流(ていりゅう)している。

 加えて勇者と思っていた聖騎士による、SAO最終日での正体暴露。あの狂った狂乱者達が2週間で植え付けた、これはフラストレーションの(くさび)だ。

 まさかこれを見越したわけではないだろうが、結果的に同業者でしかない他人との間には無視しきれない(へい)ができてしまっていた。

 そんな感情の推移を見切ってか、ブライアンの表情が強気なものに戻っていく。汗だくだった彼は俺の言葉で引け腰だった姿勢を堂々と正し、なおも周囲の目を伺いながら続けた。

 

「い、いや~こういう話をするのはもうやめましょうよ。いがみ合っていてどうするんです? いいですか、ボクは2週間前に初めて、本物の恐怖を体感じました。だってモンスターだらけのダンジョンで、いきなり意識を切断されたんですよ? いっそ本当に死んだのかと思いました。……そして、あの地獄に転送された。《ラボラトリー》と呼ばれる場所では痛みもありましたし、命からがら逃げたかと思えば、2週間も雲の上と見知らぬ土地で1人です。……でも、ボクはついに諦めませんでした。皆さんも気持ちは一緒でしょう?」

『…………』

「SAOのことは忘れましょうよ。ボクだってなにも、みなさんからアイテムを奪おう、なんて企てているわけじゃありません。全員の戦力が互いの生命線……こうなった以上、過去のことを詮索して信頼を損なうことはひとまず避けるべきです」

「言いたいことは山ほどあるが、これは道理だな。俺はDDAで頭を張っていながらアルヴヘイムに来てからわずか24時間で3人もの仲間を失ってしまった。なのに今日は4人も仲間が増えたんだ。……たぶんこれは、最後のチャンスなんだと思う。俺がここにいる全員に頼られるリーダーになるには……」

「おい待てよリンド、もうリーダーが決まったような口ぶりだな。俺だってこの2週間で……」

「ジェイド君、ここは抑えてよ」

 

 とそこで、今までだんまりを決めていたリックが、ウンディーネ衣装のまま割って入った。

 

「DDAを統率した彼の実績は本物だ。もちろん君もレジクレのリーダーだったのかもしれないけど、それは1年にも満たないだろう?」

「そりゃ……そうだけど……」

「対して彼の実績は2年で、人数は10倍以上。これは必然だよ。テグハさん……は元DDAだから当然としても、クロムオーラさんや、死んでしまった3人の仲間も当時は即決だった。僕も同じ気持ちだ。彼は責任を負う……覚悟もあるみたいだし」

 

 再度確かめるように顔色を確認されそれだけ褒めちぎられても、リンドの態度は一貫していた。

 (うな)ってお茶を濁してはみたが、そうまでされては、俺もアルゴやシリカの意志を聞く前に力なく首を縦に振らざるを得なかった。

 彼女達を俺1人の努力と判断で守ってきたという、醜い(おご)り。

 もしアルゴらが俺ではなくリンドこそリーダーに相応しいと判断したら……。そんな予想がよぎり、そのちっぽけなプライドを守るために、彼女達の回答を聞くことを忌避(きひ)してしまったのだ。

 目先のことを考えている時点で器ではないのだろう。だいたい、俺の行動指針の基準はヒスイにある。現実に帰還し、彼女の本当の名前を聞き、そしてしっかりと向き合って大過(たいか)なく幸せに暮らす。これこそが衝動の原点にしてモチベーションの全て。そのためならどんな犠牲もいとわない。

 レールの先に彼女しか、すなわち自分の愛する女のことしか望んでいない。こんな手前勝手な思想を、彼らは薄々感じ取っていたのかもしれない。

 

「リーダーといっても方針にケチをつけるなと言っているわけじゃない。いくらでも意見してくれ。けど、どんな連中と戦うべきか、どういうルートでマップを徘徊するべきか、この辺は大まかには決めさせてもらう」

「……わかったよ、あんたに任せる。ただし司令塔なら簡単にくたばるなよ。俺がイスを取っちまうからな」

「フッ、心得ておこう」

 

 俺がそう締めくくったところで、リンドの横で番犬よろしく(にら)みを利かせていたテグハも、ようやく視線を俺から()らしてくれた。

 やれやれひと段落だ。クロムのおっさんなんてピリピリした空気を逆撫でないように縮こまっていただけである。

 そんなこんなで一行8人は文字通り翅を伸ばしつつ、2人ずつペアを作って水や(まき)の確保、の野菜、食糧探しをする運びとなった。

 どうやらここらに棲息(せいそく)する大半の動物系Mobは、撃破時の肉片ドロップ品をなにかしらの刃物で剪断(せんだん)して湯で煮込めば立派な料理になるらしく、だからこそ彼らは一時この周辺を根城にしていたそうである。

 もちろん腹を満たせる類のストックはいくばかあるだろうが、数時間前に比べ現在は人数が倍に増えている。

 そして本日は水曜日でメンテナンス直前。今後の備蓄(びちく)まで考慮に入れれば、深夜2時を回ろうと人の少ない今のうち、かつモンスターが消滅してしまう前にリソースを回収しようという算段なわけだ。ゲーム界では今がすでに『早朝』で、晴れ模様の天気というのも都合がいい。

 各個強襲の心配も無用である。リンドから各ペアに手渡された角笛を吹けば(くすみ)の役目を果たすらしく、どういう仕組みなのかパーティ登録した仲間にだけ音で危機を知らせてくれるという寸法だ。

 しかしここで1つ問題が起きていた。

 ペアは女性組が自然に固定されたこと以外はテキトーに決められたのだが、なんとも意外なことに敵意すら向けてきたはずの『テグハ殿』が、俺をペアに指名してきたのである。

 ーー聞き間違いかな?

 

「もっかい聞くけど、マジで俺がいいの?」

「……実力も見極めておきたい。一応、戦闘員なのだろう」

「一応とか言うな」

「…………」

 

 さて、不気味だ。目つきを改めて欲しい。もっとも、全力で反対に1票投じたいものの、ここで嫌そうな顔をするとまたぞろ無意味に角が立つ。

 という後ろ向きな理由をもとに、俺は彼の申し出を承諾した。あわよくば気さくな仲になれると期待も少々に。

 ゆえに現在は彼と2人きりである。

 

「(なに考えてんだか……)」

 

 ザックザックと草を踏みしめながら考えてみる。

 食糧、もとい動物系モンスターの湧出ポイントを指示された以外は、かれこれ10分ほどコミュニケーションが遮断される気まずい空気が流れていた。

 仕方なく、悶々としつつバカでかい大剣を振り下ろす。モンスターは一撃で屠れたが、平原で見晴らしがいいとはいえ、これ以上離れるわけにはいかないだろう。

 しかし、ずんずん遠くへ進む彼に対しいい加減しびれを切らした俺は、リポップが収まった時を見計らい、一向に距離の詰まらない悪役ヅラに話しかけていた。

 

「なーあんた、テグハだったか。張りきるのもいいけど気をつけろよ、俺らに《ギルド登録》の権利はないんだ。あんまりエリアを離れすぎると、単なる《パーティ登録》なんてすぐに解除されちまうんだからさ」

「…………」

 

 まだ心を開かない、と。たいした協調性だ。

 俺はわずかに苛立ちつつある感情を必死に抑えながら、髪をガシガシやってから口を開く。

 

「……ハア~、なァおい。話があるから指名したんだろう? ここなら誰もいないんだし、言いたいことあるならそろそろ言ってくれよ」

 

 その曲刀がノンアクティブMobを討伐し終えると、卑屈な男はぶっきらぼうに振り向いた。とうとうその気になったようだ。

 だがその実、口を開いたそばからトゲを感じてしまった。

 

「お前……ずっと3人だったのか」

「あァっ?」

「アインクラッドにいた時……あ、アルゴさんに余計なことを吹聴していただろう。DDAは自分本位で、強引で、ムチャをする人間だと……昔はそこかしこでウワサされていたんだ。それをこの2週間でもしたんじゃないか」

「はぁ~~、なんでそうなる? ……よく聞けタコ助、アンタもそのギルドも別に会話にすら出てきてねぇし、そのウワサってぶっちゃけ事実だろう?」

「その言い草、本性が出たな。かつてDDAからの勧誘を断ったのも、そうした敵意の現れか」

「ちげーっつの。……うあ~なるほど、そういうこと。素性も態度もさんざんだった、かつての《暗黒剣》だ。探りを入れるよう命令されたってワケか? 泣けるなあ、オイ。完全にリンドのペットじゃねぇか。ワンワン」

 

 小バカにした瞬間、奴の眼光がさらに鋭くなった。

 

「オレはともかく、あの人を愚弄するな! これはオレの独断だ。だいたい、お前の方こそまともに戦えない2人を庇いながら、損害もなく……おかしくないか!? 聞けば聞くほど不自然だろう!」

「……何が言いたい。俺もSAOじゃ、対人慣れしたオレンジまがいだったとでも?」

「さっき合流したブライアンは、過去に『ハイエナ』同様のことをやっていたと、正直に白状しただけカワイイものだ。むしろ、それに専念していたなら説得力がある。比べてあんたらの2週間は逃げ隠ればかりしていた……ってわけでもなさそうだ。なんだって、『ビラを配って呼びかけ』? 『地面にSOSと書いて人を呼んだ』? ハッ、バカバカしい。あのリンド隊長の指揮下でも3人死んだのだ! お前が生きている時点で、だまし討ちに慣れていた証拠じゃないか!」

 

 売り言葉に買い言葉は最善手でない。ヒスイから散々教えられてきた俺だったが、こればかりはカチンときた。ヤクザじみた顔になっているだろうが気にもしない。

 

「おい、せめぇモノサシで計るなよ。アンタの考える以上に俺が強かっただけだろう、あァ? なんならさっき、アインクラッド流にデュエルでもすればよかったか? 野郎をボコせばちったァ俺を信じる気になるだろうぜ」

「取り下げろ! 隊長はオレみたいな奴でも仲間だと救ってくれた。お前みたいに、ただ女どもにうつつを抜かして、半端な攻略をしていたわけじゃない……ッ!!」

「クソ野郎がッ、取り下げるのはそっちだろう! だいたい、オマエ、オマエってさっきからウゼェんだよ。俺もメンバーも攻略には真剣だった。外野が知らねぇでゴチャゴチャ抜かしてんじゃねェぞテメェ!!」

 

 だが胸ぐらを掴もうとした俺の腕はビュンッ!! と鳴った鋭利なシミターに塞き止められた。

 モンスター狩りですでに抜刀していたとはいえ、奴は俺に自らの凶器を向けて言い放つ。

 

「オレは隊長を心から信じている。しかしお前はどうだ!? 案の定、隊長の意思を考えもせず対抗したよな!? いいか。組織っていうのはな、数だけそろえりゃいいってものじゃない。トップを信頼し、確たる忠誠心を持たなければならない! じゃなきゃ組織は機能しない!」

「聞いてなかったのかツンボ野郎。意見することまで禁じちゃいねェだろう。あいつ自身、間違った判断をしかねないと公言してくれたんだよ! そこは意図クめよこのアスペカス!」

「そういうところが反抗的だと言っているんだ!! あの人の意に反する言動が! 彼や、ひいては部下全員を危険にさらす!!」

「危険ね……へえ、じゃあどうするよ」

 

 ヒートアップした俺とテグハは、いつしか互いにじりじりと移動しながら距離を取って武器を構えていた。

 圧政の頸木(くびき)から放たれたと思った矢先にこれだ。

 俺も改めて右手に握る《タイタン・キラー》の重さを意識する。まさに一触即発。どちらかがあと1歩でも踏み込めば、本気のケンカ(・・・)が始まりかねない交戦意思だった。

 

「選ばせてやる。この場で黙って去るか、オレに叩き切られるか」

「考えを正そうとはしないのな。……まいいさ、やるならやるぜ。ウラでこそこそされるより千倍マシだ。なンなら第3の選択肢、テメェのあわれな返り討ちってことで手を打とうか」

 

 ペットを飼うなら犬派とは言ったものの、世の中には厄介な犬がいたものだ。単なる忠誠心にしては俺への突っかかり方が尋常ではない気もするが、こうなった以上対立は避けられないだろう。

 もう、こういう星のもとに生まれてしまったのかもしれない。昔から口より先に手が出るタイプだったし、気が立っていたらすぐ物に当たりもした。未だにウマが合わない奴は仕方ないとすぐ割り切るし、八方美人を羨ましいとも見倣おうとも思わない。

 ただ、奴は理解しているのだろうか。

 あくまで推測だが、俺達がこうして意識を保ち無事でいられるのは、きっと『プレイヤー』として存命しているからだ。プレイヤーである限り、ハード機器の側面も持つナーヴギアはどうやっても意識投射の本懐を果たし続ける。

 逆に言えば、あの研究者達に1度でも意識の手綱を握らせようものなら、たちまち実態の掴めない被検体となり下がるだろう。そして、そのまま人生を終える可能性もまたゼロではない。

 しかも俺は、3人の脱落者を間近で見たというリックから、その末路をきちんと聞き出していた。

 結果、『俺達に猶予期間はない』とのことらしい。

 《ラボラトリー》で目撃したように、《リメインライト》になった瞬間にどこかへ転送されてしまうというのだ。光魔法の《蘇生(リヴァイブ)》や《世界樹の雫》など、各種蘇生アイテムは俺達にのみ適用されないことになる。プレイヤーでなくなった瞬間、大枚はたいてモルモットを『購入』した奴らにとって、システムに介入する土台は作成済みというわけである。

 

「(キライなタイプってわけじゃねーけど……ガチでやるしかねーのかよ……ッ)」

 

 どうしたものか。

 俺は人が死ぬことへのトラウマを持っていた。だからこそ、どんな犯罪者ともまずは対話を模索してきた。

 だが4ヵ月ほど前から殺害の連続だ。ラフコフとの全面戦争、PoH単騎での暴走の鎮圧。そして、それらの戦いから学んだことは躊躇(ためら)うことへの危険性である。同時にこれが矛盾した二律背面の理想論だと気づかされた。

 なぜなら和解の試み、妥協した歩み寄りの末に、なんの罪もない人が死んでしまったからである。実力行使できる力を有しながら即座に行動しなければ、結果的に当事者以外の誰かを死に至らしめてしまう。

 殺すわけでは……ない。《ナーヴギア》の殺戮(さつりく)ファンクションは停止しているはずで、これはいわば保留にするだけ。

 頭の中で何度もそう言い聞かせていた。

 これはテグハが仕掛けた攻撃であって、それに応戦することは不可抗力なのだと。

 しかし奴の言い分は、続く震えた声ですぐ判明した。

 

「お前は気楽でいいよなァ、この地獄が終われば現実に戻れると思っていやがる。……変わらないんだよ、なにもッ! 生活も我欲も削って、ようやくボスを倒したと思ったら! 今度はアルヴヘイムだ!? 妖精と空の国!? 結局、ヒースクリフですらウソをついたってことさ!! いい加減にしろクソッたれが!!」

「……んだよ、悲観して俺に八つ当たりか? 現実は変わらないぜ」

「現実ではない、偽りの世界だっ!! こんなところでも得意の説教か!?」

「それはヘリクツだろう! 破滅上等のあんたにとっちゃ、仲間割れしてどっちが死のうが関係ねェってわけだ! 呆れるほどメーワクな奴だな!!」

「だまれだまれェ!! 全部持って生まれた人間にはわからんだろう! 生まれの才能をひけらかしやがってッ!!」

「ぐうッ……っ!?」

 

 ガキィンッ!! と、金属が弾け合う。()の一瞬の踏み込みが開戦の合図だった。

 とりあえず自衛の言い訳が成立するよう初撃だけは甘んじて受けたが、想像していた以上の圧だ。

 ノームという種族補正こそあれど、ただのシミターを力任せに振り回してもこうはなるまい。これは紛れもなく、テグハが2年の月日をつぎ込んで完成させた剣捌(けんさば)きのたまものだった。

 空戦なしの魔法なし。純粋な斬撃だけが折り重なる。もっとも、この距離ならスペルを唱えようとした瞬間に妨害のオンパレードだろうし、ラッシュ中で慣れない単語の発音はそもそも難易度が高すぎる。

 力の限り鍔競り合いを続けながら、ゆえに至近で悪罵を吠え続けた。

 

「井の中のカワズが! 見下したよう目をしてさぁッ!!」

「るっせーよ! てめェなんておたまじゃくしだ!! マジでやったなクソ野郎が、コーカイすんぞッ!」

「《暗黒剣》!! 《黒の剣士》!! そういうのは聞くだけで吐き気がするんだよ! ただの廃ゲーマーが、目立っただけでエラっそうに!!」

 

 金属が弾け、鍔迫り合いが解かれる。

 しかしステップを踏んで下がった俺に躊躇はなかった。

 

「歯ァ食いしばれよ、テグハァっ!!」

 

 直後に鋭い爆音が鳴り響く。

 森奥の夜半(よわ)、人知れず殺し合いが始まった。これが神の悪戯(いたずら)なのか、対立を煽る者の必然なのかはわからない。

 しかし同じ境遇に立たされた者同士、それが早くも1日で。

 抗う者達は日を追うごとに疲弊(ひへい)し、本来の目的を見失い、またしても剥がれ落ちるように消滅していくのだった。

 


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