SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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みな様、明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いしますm(__)m


……年内にもう1本上げると言ったな、あれは嘘だ。(ゴメンナサイ)


第113話 一条の光明

 西暦2024年11月20日 ノーム領北東、《滑昇風群発地区》

 

 リアル時間では午前1時を過ぎ、アルヴヘイム時間では夜明けを迎えた。

 マップの遥か北。もの凄い寒さだ。一面を覆いつくす銀世界は果てがなく、歩けど歩けど変化がない。深々と刺さる足を雪の底から抜くだけでも体力を要するのに、体温が奪われると空腹も容赦なく加速する。

 設定上で北に住む土妖精(ノーム)の連中も、まさかこの雪原を求めてキャラクターを作成したわけではあるまい。

 

「(ざびぃ……冗談抜きにじぬぅ……)」

 

 ようやく風は収まったが、そもそもなぜ寒い中を延々と彷徨(さまよ)っているのか。

 もう想像していただけるだろう。一行は今、見事に遭難(そうなん)していた。

 最も北に位置する《ノーム領》に侵入したのが3時間前。北東エリアまで到達したのが30分前。例の定期メンテナンスまで、すなわち11時間もの休憩タイムまで残り数時間であり、今日の《脱走者探し》は限界まで続けよう、などと発言したのがそもそもの間違いだった。

 俺達の他に《ラボラトリー》から逃げおおせたプレイヤーがいるという不確定な情報をもとに、これまで6日間半も北上の旅をしてきたが、やはりと前置くべきかそれらしい部隊は発見できていない。

 そんな焦りもあってか、大きくエリア移動できなくなる前に、マッピングもかねて捜索範囲を広げようとしたのだ。

 しかし俺達が足を踏み入れた土地はなだらかな丘陵(きゅうりょう)が多く、しかも環境は非常に不安定で、たいして移動する間もなく地吹雪に巻き込まれてしまった。

 同時に(はね)の鱗粉も尽き、視界不良での徒歩はいちいち方向感覚が狂わされる。

 似たような境遇のノーム部隊とぶつかってガチンコ戦闘になってしまったことも含め、土地勘に乏しかったとはいえ失態だ。

 

「うぅ……サムいですよぉ……完全に行きすぎましたよね、ジェイドさん……」

「……マジですまん。思ってたよりスイスイ進んでたんだな、俺ら。……あ~でもほら、やっと吹雪も終わったみたいだしさ、こっからは飛んでいこうぜ。アルゴとシリカがいりゃあ、大抵の奴らはサクッとかわせるだろう?」

「また調子のいいコトを言っテ……。これで手がかりも掴めなかったらアトでオシオキだゾ」

 

 強く大地を蹴ると3人はほぼ同時に極寒の蒼穹(そうきゅう)へ舞った。途中、「ネコちゃんのオシオキとか、むしろ期待するわソレ」、「ほゥ、死体になっても知らんゾ」なんてジョークも……うむ、ジョークも済ませながら、今度は真っすぐに南を目指す。

 ちなみにシリカも飛行補助コントローラを使わずして空を飛んでいる。なんといっても、俺より一段とまともな睡眠をとっている彼女ですら、すでに結構な練習量に達しているからだ。今や一丁前に左手にバックラーシールドを携行し、接近戦による優位性を取り戻しつつあった。

 ついでと言えばもう1つ。俺が暫定的に《手無し運転》と命名していた飛行法だが、どうも正式なゲーム用語が存在するようだった。これはビギナーの練習に付き合っていた鍛冶妖精(レプラコーン)のセリフを盗み聞きしたのだが、《随意飛行(ずいいひこう)》と呼称するらしい。

 発音しにくい名だ。それらしいワードが戦闘中にも『ズイー、ズイー』と何度か聞こえてはいたが、意味まで判明したのは最近である。

 

「《随意飛行》はシリカもできるようになったし、《遠方焦点(スコープ・ファインダ)》と《警戒陣(サーベイランス)》はケットシーなら初期から使える魔導書だ。相手より索敵が早けりゃ、エンカウント回避できるってハナシだろ?」

「でもマナが尽きるまでの話です! いくらポーションがいっぱいあると言っても、ずっとかけ続けていたらすぐなくなっちゃいますよ!」

「シリカちゃんの言う通りだゾ。それにマナが切れたら補充までタイムラグがアル。もし、そのマナ切れのタイミングで鉢合わせたら、開戦早々不利になっちゃうんだからサ」

「へーいへい、わかってるっての。けどこの辺は初見の場所だったんだ。もう切り替えていこうぜ!」

「むぅ~……」

 

 そんなこんなで適宜モンスターとの戦闘も挟みつつ、翅の消費と回復を繰り返すこと30分。帰り道だけあって経路は順調だったが、またも角度が数度ずれていたのかレプラコーン領との地界を(また)いでいた。

 低いピアノ単音と共に、視界端に浮かぶエリア名も《滑昇風群発地区》から《カルスト台地・ネイビーフェルト》に切り替わる。

 1時間以上も前に通過したこの《ネイビーフェルト》は、レプラコーン領の特産岩エリアだ。ニョキっと生えた石灰岩、および白雲岩(ドロマイト)所狭(ところせま)しと身を寄せ合う層状のエリアで、ここで隠れんぼをすると永遠に鬼が入れ替わりそうにない地形である。

 アルゴの《スコープ・ファインダ》は視界が強制ズームされてしまう特性上、飛びながら使用し続けるとすぐに《飛行酔い》してしまう点と、この地形のように遮蔽物(しゃへいぶつ)が多い場所で効果を発揮し辛いのが弱点だ。

 しかしシリカの耳は反響した戦闘音を正確にキャッチした。

 

「音がします。これは……11時の方向ですかね。まだ遠いです」

「人数や規模はわかるか?」

 

 飛んだまま俺がそう聞いたのは、無論攻めるかどうかの判断だ。

 確かに節倹した生活も慣れてきた。しかし郊外、どころか街の外でしか活動できない俺達だからこそ、少ないチャンスはすべてモノにしたい。

 

「えっと……数が多くて人数はまでは……。あっ、でも、開戦してすぐかもしれません。音の重なり方から考えて、10人以上はいるかと」

「パーティ戦っぽいナ。ならレネゲイドがレプラコーン狩りでもしてるのカナ? 場合によってはイイ武器持ってるらしいじゃないカ」

 

 高度を下げつつ、俺はアルゴの推察に魅力を感じていた。

 

「んん~……そうだな、じゃあこうしよう。とりあえず見に行って、一方的な戦いだったら引き下がる。接戦なら、消耗しているスキに一気に叩く。マジで半分がレプラコーンならレア武器ゲットのチャンスだ。悪くないだろう?」

「人探しにも武器は入りますしね。先制できるならアリかもしれません……」

「じゃあタイミングはシリカちゃんに任せるヨ。行けそうなら終戦直後に目くらまし(ハレーション)で視界を奪うカラ、ジェイドがトドメを刺してクレ。2人以上残ってたらオレっちらで誘導しておク」

 

 作戦は決まった。実はこうした《ハイエナ猟法》と蔑称(べっしょう)される略奪は頻繁(ひんぱん)に起きていて、俺達も10回以上はやられたことがある。

 良く起きるということは、有効な戦術であるとも言い換えられる。対人戦(PvP)を1度でも行うと、ポーチに忍ばせた消耗品や翅の揚力を大きく消耗することが多く、敵のおかわりが乱入した時点で逃走を余儀(よぎ)なくされるパターンが大半だからだ。そして決まれば圧縮された報酬を横取りできるため、これを生業(なりわい)にした悪質なパーティが存在するほどである。

 もちろん、これらの勝利はなんの栄誉ともカウントされない。むしろ短期間で繰り返すと他の種族から目の敵にされて、悪い意味で噂にされるだろう。こういった同士への不必要なヘイト集めは、各妖精の領主も望むところではないらしく、頻度を下げるなり、やるなら徹底的に身バレを防いだりと、何らかの対策は取っているようだ。

 結局やるんかい! と言ってやりたいところだが。

 だがそれこそ、ここにいる3人はハナから脱領者(レネゲイド)。名が知れるのであれば、いい意味だろうと悪い意味だろうと知ったことではない。

 俺達はアインクラッドでの生活、すなわちPKが絶対悪として既成概念化した生活を2年間送ってきた。ゆえに慣れない行為ではあったが、低リスクで確かなリターンが見込める以上、このズルい戦法にアルゴやシリカが迷わず賛成するのも納得である。

 なんてことを考えながら、背の高い石灰岩の上を移動用システム外スキル跳躍急降下(ソアー・ダイブ)でぴょんぴょん飛び跳ねること30秒。

 

「(いるなぁ、10人規模で……)」

 

 視界で集団を捉えた。

 空中移動を止めてダッシュでの移動に切り替えつつ、俺達はパーティ戦にかまける10人ほどの敵群のそばに隠れられた。しかも予想通り片方はレプラコーン勢で間違いない。

 見つかってはいないだろう。後は時を待つだけだ。

 俺は構成、種族、戦術、武器種などを覚えてしまおうと身を乗り出した。するとすぐに視界に飛び込むカラフルな戦闘模様。

 だが次の瞬間、驚きのあまり2人同時に声が出てしまった。

 

『リンドッ!?』

「へっ……え……っ?」

 

 運命とは唐突に訪れるものらしい。

 シリカだけ置いてけぼりだったが、どうやらハモッたアルゴも同時に見抜いたようだ。

 視線の先。装備は燃えるような紅蓮。ほぼ隙のない盾(さば)きと、わずかなほころびも見逃さない正確な曲刀攻撃。古今あらゆるイレギュラーに対応してみせ、そして数多(あまた)のギルドメンバーと窮地を切り抜けてきた功績。

 舌を巻くような高速エアレイド中だと顔をしっかり確認することはできないが、シルエットや戦闘スタイルから、彼がかつての《聖龍連合(DDA)》リーダー、リンドその人であることは間違いなかった。

 それに彼だけではなく、俺はさらに2人見知った(・・・・)顔を見つけた。

 

「あれ! 見えるか、槍持ってるのはSAL(ソル)のリックだ! 他にもいる!!」

「アア、わかってル。オレっちの本職は情報屋ダ、ほとんど顔見知りだヨ! ……ということはつまリ、探してた連中にやっと会えたんだナ! こうしちゃいられない、すぐに援護しよウ!」

「リンドさん……ってまさか、あの有名な攻略組ギルドの!?」

「ああ、DDAの! アンブッシュで一気にレプラコーンを叩くぞ。光雲(ハレーション)はナシ、合図は俺が送る」

 

 興奮が冷めないが、現実に復帰してから再ログインしたという線は薄いだろう。周りが止めるだろうし、顔が変わっていない説明がつかない。ということは、彼らが例の『脱走者』なのか。

 いや、どちらでもいい。やるべきことは変わらない。

 影を利用して素早く位置を変えると、俺はアルゴとアイコンタクトを取った。

 狙うのは後方で大魔法の準備をする1人。レプラコーンのチームが全般的に時間稼ぎしているように見えるのは、彼の魔法の一手が逆転のカード足り得るからだろう。

 指を3本立てて、順に折り曲げていく。

 ゼロになった瞬間、同時に地面から飛翔した。

 アルゴがピックを命中させて注意を引き、その後ろではシリカがヒールの準備をする。振り向く彼の頭には「なぜ猫妖精(ケットシー)の女性ペアがこんなところに?」、なんて戸惑いが生まれたのだろう。

 そして敵が無防備になったところへ、真後ろから俺の巨神殺し(タイタン・キラー)が炸裂する。胸当ての金属プレートごと薄ローブを叩き切った鉄塊長剣は、なんと完全に彼のアバターを分離させてしまった。

 すでにダメージが蓄積(ちくせき)されていたのだろう。後衛を任された彼は、一撃で黄土色のエンドフレイムに包まれて散った。

 それからはほとんど一方的な虐殺だった。

 かつての大規模ギルド長たるリンドの指示は的確で、後衛の大魔法が不発に終わった時点で奴らは打つ手がなかったのである。

 以降は何の手助けをすることもなく、潰走者(かいそうしゃ)となり果てた4人は瞬く間に全滅した。

 そして……、

 

「リンド、だよな……?」

 

 思わず声が出る。殺害で舞った敵の残り火にすら目もくれず、俺達は向かい合っていた。

 気が遠くなるほど長い1週間だった。無謀だなんだと悲観していたが、現実はどうだ。俺達は探し出したてみせたではないか。

 達成感を胸に、それぞれの生存者組が左右に向かい合ってホバリングする。

 5人のうち初対面の2人から少々トゲのある目線というか、どうにも言葉にし辛い不吉なオーラを感じはしたが、新たに火妖精(サラマンダー)の種族を得たリンドは4人の仲間を従えつつゆっくり接近すると、笑いながら軽く降参のポーズをとって切り出した。

 

「フフフッ、これでも結構驚いているつもりだよ。2週間ぶりだな、《レジスト・クレスト》の隊長さん」

「アッハッハッ、おいウソみたいだぜ! マジでDDAのリンドだ!」

 

 彼は俺達を認識している。言葉もわかる。きっと彼も、俺達がセリフを理解していることに驚いているはずだ。

 その安堵は、ずっと背負っていた肩の荷を下ろすような感覚だった。

 

「まったく一時は敵の増援かと、連中と一緒に攻撃するところだったぞ。こんど手を貸す時はひと声かけてくれよ」

「信じらんねェっ! SAOの人間に会ったっつーだけなのによ! ハハッ、リックにクロムのおっさんまでいるじゃねーか!!」

「こっちのセリフじゃバカモン! お前さん生きとったんかいな。わしの方が腰抜かすところだったわ」

「ジェイド! 《ラボラトリー》で一瞬見えてはいたけど、まさかあの地獄みたいな戦いで死んでなかったなんて!」

「イヤー、まさかオレっち達以外にも生き残りがいたとワ!」

 

 生存者は5人部隊と3人部隊の計8名。こんな人数で同時に喋り出したものだから、戦場跡は収拾がつけられないほど賑わってしまった。

 積もる話なんてものは積もりすぎていたが、とりあえずひとしきりハグと握手を済ませた俺は場所を変える提案をした。

 ここもまだ歴とした領土。退けた連中とは別のパーティがうろついていてもおかしくない。

 そうして失われつつあった翅の鱗粉(りんぷん)を完全に使い切るころには、レプラコーン領と《アルン高山》の境の位置にある森の茂みに隠れた。

 自己紹介は移動中に完了している。

 まず1人目。言わずと知れた攻略組トップのリンド。

 旧ソードアート界では全階層にその名を轟かせた最強軍団を(ひき)い、最後までまとめ上げた人物。VRMMO史上でも剣術ではトップの一角である。

 長身で、細身。質感のあるカイトシールドに、どこで調達したのか、得物は相変らずの上等な曲刀(シミター)。全身にバランスよく金属防具が装着される。前髪は中心で左右に別れ、ロングヘアゆえに後ろで一房(ひとふさ)小さく束ねられている。1層で伝説となった男を模して染めた蒼い髪は赤みのかかった茶髪になっている。

 2人目は4人ギルド《サルヴェイション&リヴェレイション》の隊員、そして唯一の生存者でもあるフリデリック。

 着やせするタイプのしっかりとした体躯に、短くもまとまった淡い青髪。笑えば歯が光を反射しそうな男前だ。彼のリーダーは75層で《スカル・リーパー》の凶刃によって(たお)れたが、隊長亡き後も最後まで武器を取った勇敢な戦士である。

 メインアームは変わらず長柄槍(ポールランス)。ロングコートで金属装備はなく、左腕に見慣れない民族衣装のような布を巻いている。現在は水妖精(ウンディーネ)として生まれ変わったようだが、元よりサポーターの彼にはハマり役だろう。

 3人目は元《軍》所属の少佐階級にして、犯罪者のたまり場たる《黒鉄宮》看守長を務めたクロムオーラ。スポーツ刈りの短髪に、うっすらと口ひげを生やす初老のプレイヤーだ。

 ギリギり40代らしいが1人称は『わし』。俺は個人的に『クロムのおっさん』で通している。

 《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》討伐戦や残党の後始末に加え、シーザー・オルダートとの約束を果たそうと、地味にSAOが消滅する間際まで何週間に渡り来訪しては世話になった。

 種族は《土妖精(ノーム)》で、武器は片手斧(ワンハンドアクス)。バイザーのない兜に加え、装備はガチガチの重金を使用している。

 リンド隊では彼1人だけ《随意飛行》ができないらしく、加えて戦闘職でもなかったので、戦力としてはシリカにも及ばないとのことだ。スロットに装填された《魔導書》のスペルを、一定の期間だけアバター付近に滞空してくれる光属性魔法《覗き眼鏡(ピープショウ)》なしでは、どうやら単語もまともに発音できないらしい。

 4人目は『テグハ』と名乗った。

 ここから2人は俺の知らない人物である。どうやら彼も《聖龍連合(DDA)》の一員らしく、飽くほど剣を振り回してきた戦闘のプロフェッショナルである。

 リンドのことを盲信しており、武器は当の本人と同じシミター。『テグハ』という名が外国の曲刀の形状から付けたもの、とのこと。

 ほっそりとした長身で髪はオールバック、色はスチールグレイから光沢を取り除いた感じだろう。細い目つきで、俺と同じように大衆受けがよろしくない人相をしている。服装はシンプルだがフルアーマーの全身鉄衣。ただし有り合わせなのか、脛当てだけは異様に重厚で突起が痛そうだ。

 種族はクロムのおっさん同様《ノーム》を拝命。ただのシミターなら軽量武器だが、彼のそれは《大曲剣》という大型カテゴリで、妖精としての特徴とマッチしている。

 左手には非常に大きな木製盾を装備している。双鳥の紋章が象られた上物で、スピードを殺さないようにした最大限の努力がうかがえる。

 5人目も初めましてのお方で、名を『ブライアン』というらしい。

 中肉中背で特徴らしい特徴がない。顔面偏差値も当たり障りがなく、ヘアスタイルもイジっていないのかナチュラルなクセっ毛の黒髪。種族は不運なことに影妖精(スプリガン)を押し付けられたらしく、一定時間移動しないユニットにしか適用されない長時間麻痺と惑乱デバフ攻撃、という意味不明な効果――これを安定して適用するには、敵を麻痺かそれに準ずる行動不能状態にさせる必要がある。二度手間もいいところ――を持った幻属性魔法を始め、有力な《魔導書》も手に入れていないという。

 

「(テグハっつーのはボス戦でチラホラ。……でも、ブライアンとやらはうっすら記憶にもねーな。よっぽど接点なかったか……)」

 

 実際に尋ねてみると、面識がないのにも納得の理由付き。どうやら彼は最前線で攻略に励む類の人間ではなかったらしい。

 ただし先人が未開の地を開いて足場を固めた後は、そのおこぼれを拾い食いする貪欲さは秘めており、ちゃっかり準攻略組レベルは維持していたようだ。

 人付き合いが苦手な性格ゆえ、最初期からごく少数のギルド、しかも限られたメンバーで細々と行動する生活が大半を占めていたようで、これでは存じ上げるはずもない。

 そんなこんなで彼らが使用していた森林の中継ポイントへ到着。俺達からも紹介を終えたところで、8人(そろ)って(たきぎ)で囲い暖を取りつつ、俺は切り出した。

 

「でもまさか……俺が言うのもなんだけど、あの高さから飛び降りる人間が他にいたとはなあ」

「それはこっちのセリフだ。聞けば、ジェイドらは飛べる確信のないまま外周から飛び降りたらしいじゃないか? まったく呆れたよ。……こっちは仲間同士で隠れながら試行錯誤したうえ、それでも反対票を押し切って賭けに出たんだ。きみらの方がよっぽどか異常さ」

 

 手を振って「そりゃ確かに」とだけ答えてから、しかし俺は若干ばかり落胆しながら切り返した。

 

「だからこそ気落ちしてんのよ。運任せのこっちと違って、スカイダイブする前から『飛べる』ことを知ってたんだろう? ガチでこれが全員だなんて……。俺らより強力な部隊が北に配置された、つうウワサを聞いたもんだから、もっとこう……せめて、10人ぐらいはいるもんとばかり」

「それは過ぎた期待だったな。……もっとも、初めはもう少し生存者はいたんだが」

「デ、今いないってことハ、やられたのカ……?」

「……ああ、面目ない限りだ。巨大樹から飛び降りた時点では8人。うまく翅を使えなくて落下直後に即死した人もいたから、実質7人といったところか」

「てことは、2人は他のプレイヤーか、そこらのモンスターに殺されたってわけだ」

「ああ。《エラー検出プログラム》に気づくのが遅れてね。しかも魔法やら飛行やら知らない法則ばかり……初日と翌日の時点で3人もやられちまった」

 

 指を折りながら「へっ、3人?」と間抜けた声で俺が返すと、リンドは親指でブライアンを指しながら続けた。

 

「それ以来人数はずっと4人だったんだけど、彼は昨日の午後……つまりきみらと同じように数時間前に合流した新メンバーだ。2週間1人で生き延びたらしい」

「んなアホな!?」

「ブライアン、説明してやれ」

 

 リンドは投げやりにパスし、黒髪クセっ毛の青年ブライアンは頬をかきながら俺を向く。

 

「い、いや~。といっても……本当に運が良かっただけです。それに最初の3日半はカウントしていいのやら……。というのも、ボクは端っこから飛び降りたわけではないんですよ。あの冗談みたいに太い木の根やら長いツルを、手足を使ってよじよじ下っていったんです。3日間かけて」

「ええっ!? そ、そんなことができたんですね……」

「い、いや~大変でしたよ。なにせ地面が見えない高さでしたからね。おまけにボクらって街に侵入できないじゃないですか? 巨大樹の真下は中央都《アルン》と呼ばれているらしくて……」

「俺らじゃ入れないよな?」

「そうです。つまり、根を伝って降りるのには限界があったんです。皆さんもただ下に飛んだだけみたいですが、たぶんオンラインフィールドに突入した時点で、座標は《アルン》から離れた位置へ強制的に移動させられたのでしょう。……ああ脱線しましたね。……まあこのせいで、丸1日は分厚い葉っぱの上で立ち往生しちゃってたんですよ」

「そこからどうしたんダ? シリカちゃんも飛行に慣れるまでしばらくかかったし、ジェイドが抱えて飛んでくれなきゃオレっちも今ゴロ……」

「そりゃあ飛び降り前に練習しましたよ。なにせ結果的に、時間はたっぷりありましたからね。邪魔だった文字化けアイテムをとりあえず全部捨てたあとは、ひたすら補助スティック説明欄の熟読。自分が飛行するイメトレの繰り返しです。最初はちょっとしたジャンプから、それでホバリングをして、垂直上昇(ズーム)して……頃合いを見て本番へ。滑空していただけなので自慢できませんが、4日後、今月11日の朝になんとか地面に辿り着けましたよ」

 

 ブライアンは額の汗をぬぐいながら、自分がどんな幸運に守られてきたか自叙伝(じじょでん)(つづ)った。

 リンドが頭を抱えたのも納得だ。俺達もそれなりに幸運だったはずだが、世の中上には上がいるものである。こんなデタラメな方法であの猛攻を(しの)いだ……いや、Mobの集中狙いそのものを回避したプレイヤーがいたとは。

 ヘタをすれば風で葉擦(はず)れで真っ逆さま。しかも彼は元《攻略組》ですらない。便利アイテムはおろか、武器や防具まで剥奪(はくだつ)されたままなのだ。

 隠れるだけでも至難の状況で物資まで現地調達したとなると、にわかには信じ難い。

 そんな俺の思考と重なるように、アルゴは10日間にもおよぶ戦法がいかなるものだったのかを追求した。

 しかし意外なことに、彼はあっさりと答えた。

 

「《ハイエナ猟法》ですよ。聞くまでもないでしょう」

 

 その自然調の声色(こわいろ)には、むしろ質問者の方がたじろいだ。

 聞くと、俺達が先ほど仕掛けた漁夫の利作戦同様、待ち伏せと強襲にのみ専念したらしい。もともと得意だったとのことが、もちろん単独行動でのチャンスは少なく、空腹もなるべく我慢してきたようだ。

 見上げた執念と(たくま)しさである。

 だがアルゴは1つの猜疑心(さいぎしん)(いだ)いてしまった。

 いや、抱いたのはここにいた全員かもしれない。その戦術は……SAO出身者であれば、普通は『苦手』であってしかるべきだからだ。

 難しい顔をしたまま、アルゴはなおも口をはさむ。

 

「なァ……質問攻めで悪いガ、キミは《ハイエナ猟法》が得意と言ったナ? しかも普段は少ない人数で活動していて、あまり多くの人と関わらなかっタ。……お前サンもSAOで身を持って体験しただろウ……こういう攻撃は敬遠すべきだったハズ。傾向として……今までお前サンがオレンジだった可能性モ」

「お、オレンジ……ッ!? いやちょっと待ってくださいよ! あ、アハハ……と、得意は大げさでした。その……さ、察してくださいよ! そうしないと生き残れない時があったんです! ここにいる誰だって、ズルをしながら2年を生き延びた。時にはライバルを出し抜いて! そうでしょう!?」

「うぅ……それハ……」

「……まあ、確かに。俺やDDAのメンバーはつべこべ言えないかもな」

「むう……」

 

 俺が口を挟むと、わずかな静寂が訪れる。

 どうやら再開した瞬間全員で仲良くしがらみなしで協力体制、なんて単純な話にはならなそうだ。いつも冷静な印象のフリデリックでさえフォローを入れない辺り、やはり彼が『先輩』と呼んで親身(しんみ)にしていた兄貴分の死が堪えているのだろう。

 騙し、奪い、殺して何が悪いのか。

 この世界において俺達は、今さら遠慮をするような立場ではない。

 ポーカーフェイスのリンドはともかく、彼のギルドメンバーだったテグハまでもが俺達『部外者』に対し、威圧的な空気を(かも)していた理由に、少しだけ合点がいった。

 全員がストレスと疑心暗鬼に包まれ、口では直接言及しないが、どこか懐疑的な思考が底流(ていりゅう)している。

 加えて聖騎士ヒースクリフによる、SAO最終日での正体暴露。あの狂った狂乱者達が2週間で植え付けた、これはフラストレーションの(くさび)だ。

 まさかこれを見越したわけではないだろうが、結果的に同業者でしかない他人との間には無視しきれない(へい)ができていた。

 そんな感情の推移を見切ってか、ブライアンの表情が強気なものに戻っていく。汗だくだった彼は俺の言葉で引け腰だった姿勢を堂々と正し、なおも周囲の目を伺いながら続けた。

 

「い、いや~こういう話はもうやめましょうよ。いがみ合ってどうするんです? いいですか、ボクは2週間前に初めて、本物の恐怖を体感しました。だって、ダンジョンでいきなり意識を切断されたんですよ? いっそ本当に死んだのかと思いました。……そして、あの地獄に転送された。《ラボラトリー》と呼ばれる場所では痛みもありましたし、命からがら逃げたと思えば、2週間も雲の上と見知らぬ土地で1人です。……でも、諦めませんでした。皆さんも気持ちは一緒でしょう?」

『…………』

「SAOのことは忘れましょうよ。ボクはなにも、みなさんからアイテムを奪おうなんて考えちゃいません。全員の戦力が互いの生命線……こうなった以上、過去を詮索して信頼を損なうことはひとまず避けるべきです」

「言いたいことは山ほどあるが、それは道理だな。俺はDDAで頭を張っていながら、アルヴヘイムではわずか1日で3人失った。なのに今日は4人も仲間が増えた。……たぶんこれは、最後のチャンスだと思う。俺がここにいる全員に頼られるリーダーになるには……」

「おい待てよリンド、もうリーダーが決まったような口ぶりだな。俺だってこの2週間で……」

「ジェイド君、ここは抑えてよ」

 

 そこで、今までだんまりを決めていたリックが、ウンディーネ衣装のまま割って入った。

 

「DDAを統率した彼の実績は本物だ。もちろん、きみもレジクレのリーダーだった。けど、それは1年にも満たないだろう?」

「そりゃ……そうだけど……」

「対して彼の経験は2年で、人数は10倍以上。これは必然だよ。テグハさん……は元DDAだから当然としても、クロムオーラさんや、死んでしまった3人も当時は即決だった。僕も同じ気持ちだ。彼は責任を負う……覚悟もあるみたいだし」

 

 これだけ褒めちぎられても、リンドの態度は一貫していた。

 (うな)ってお茶を濁してはみたが、そうまでされては、俺もアルゴやシリカの意志を聞く前に力なく首を縦に振らざるを得なかった。

 いや、判決から逃げた。

 彼女達を俺1人の努力と判断で守ったという、醜い(おご)り。

 もしアルゴらが俺ではなくリンドこそリーダーに相応しいと判断したら……。そんな予想がよぎり、ちっぽけなプライドを守るために、彼女達の回答を聞くことを忌避(きひ)したのだ。

 目先のことを考えている時点で器ではないのだろう。だいたい、俺の行動指針の基準はヒスイにある。現実に帰還し、彼女の本当の名前を聞き、そしてしっかりと向き合って大過(たいか)なく幸せに暮らす。これこそが衝動の原点にしてモチベーションのすべて。そのためならどんな犠牲もいとわない。

 レールの先に彼女しか、すなわち自分の愛する女のことしか望んでいない。こんな手前勝手な思想を、彼らは薄々感じ取ったのかもしれない。

 

「リーダーといっても方針にケチをつけるなと言っているわけじゃない。いくらでも意見してくれ。けど、どんな連中と戦うべきか、どういうルートでマップを徘徊するべきか、この辺は大まかには決めさせてもらう」

「……わかったよ、あんたに任せる。ただし司令塔なら簡単にくたばるなよ。俺がイスを取っちまうからな」

「フフッ、心得ておこう」

 

 俺がそう締めくくったところで、リンドの横で番犬よろしく(にら)みを利かせていたテグハも、ようやく視線を俺から()らした。

 やれやれひと段落だ。クロムのおっさんなんてピリピリした空気を逆撫でないように縮こまっていただけである。

 そんなこんなで一行8人は文字通り翅を伸ばしつつ、2人ずつペアを作って水や(まき)の確保、山菜や食糧探しをする運びとなった。

 どうやらここらに棲息(せいそく)する大半の動物系Mobは、撃破時の肉片ドロップ品を剪断(せんだん)して湯で煮込めば立派な料理になるらしく、だからこそ彼らはこの周辺を根城にしていたそうである。

 もちろん腹を満たせる類のストックはいくばかあるだろうが、数時間前に比べ現在は人数が倍に増えている。

 そして本日は水曜日でメンテナンス直前。今後の備蓄(びちく)を念頭におくなら、談笑で一晩を過ごす余裕はない。深夜2時を回ろうと、人の少ないうち、かつモンスターが消滅する前にリソースを回収する運びとなった。ゲーム界ではすでに『早朝』で、晴れ模様の天気というのも都合がいい。

 各個強襲の心配も無用である。リンドから各ペアに配られた角笛は、吹けば(くすみ)の役目を果たすらしく、パーティ登録した仲間に音で危機を知らせてくれる。

 しかし、ここで1つ問題が起きた。

 ペアは女性組が自然に固定されたこと以外は適当に決められたが、なんとも意外なことに敵意すら向けてきたはずの『テグハ殿』が、俺をペアに指名したのである。

 ――聞き間違いかな?

 

「もっかい聞くけど、マジで俺がいいの?」

「……実力も見極めておきたい。一応、戦闘員なんだろう」

「一応とか言うな」

「…………」

 

 会話のラリーが続かない。さて、不気味だ。目つきを改めて欲しい。もっとも、全力で反対に1票投じたいものの、ここで嫌そうな顔をするとまたぞろ無意味に角が立つ。

 という後ろ向きな理由をもとに、俺は彼の申し出を承諾した。あわよくば気さくな仲になれると期待も少々に。

 ゆえに現在は彼と2人きりである。

 

「(なに考えてんだか……)」

 

 ザックザックと草を踏みしめながら考えてみる。

 食糧、もとい動物系モンスターの湧出ポイントを指示された以外は、かれこれ10分ほどコミュニケーションが遮断され、気まずい空気が流れていた。

 黙々とバカでかい大剣を振り下ろす。モンスターは一撃で屠れたが、勝手に進んでいるうちにテグハと距離が開いていた。見晴らしのいい平原とはいえ、無駄なリスクは避けたい。

 俺は頭をかき、彼の進行ルートに合わせた。しかし、そんな俺に構わずずんずん遠くへ進む彼に対し、いい加減しびれを切らした。

 モンスターのポップが収まった時を見計らい、一向に心の距離が縮まらない悪役ヅラに、俺はぶっきらぼうに話しかけた。

 

「なーあんた、テグハだったか。張りきるのもいいけど気をつけろよ、俺らに《ギルド登録》の権利はないんだ。あんまりエリアを離れすぎると、単なる《パーティ登録》なんてすぐに解除されちまうんだからさ」

「…………」

 

 まだ心を開かない、と。たいした協調性だ。

 俺はわずかに苛立つ感情を必死に抑えながら、また髪をガシガシやってから口を開く。

 

「……ハア~、なァおい。話があるから指名したんだろう? ここなら誰もいない。言いたいことあるなら直接言ってくれよ」

 

 その曲刀がノンアクティブMobを討伐し終えると、卑屈な男は一層目を細めて振り向いた。とうとうその気になったようだ。

 だがその実、口を開いたそばからトゲを感じてしまった。

 

「お前……ずっと3人だったのか」

「あァっ?」

「アインクラッドにいた時……アルゴさんに余計なことを吹聴しただろう。DDAは自分本位で、強引で、ムチャをする人間だと。……よくウワサされていたんだ。それをこの2週間でもしたんじゃないか」

「はぁ~~、なんでそうなる? ……よく聞けタコ助、アンタもギルドも別に会話にすら出てきてねぇし、ウワサってぶっちゃけ事実だろう?」

「その言い草、本性が出たな。かつてDDAからの勧誘を断ったのも、そうした敵意の現れか」

「ちげーっつの。……うあ~なるほど、そういうこと。素性も態度もさんざんだった、あの《暗黒剣》だ。探りを入れるよう命令されたってワケか? 泣けるなあ、オイ。完全にリンドのペットじゃねぇか。ワンワン」

 

 小バカにした瞬間、奴の眼光がさらに鋭くなった。

 

「オレはともかく、あの人を愚弄するな! これはオレの独断だ。だいたい、お前の方こそまともに戦えない2人を庇いながら、損害もなく……おかしくないか!? 聞けば聞くほど不自然だろう!」

「……なにが言いたい。俺もSAOじゃ、対人慣れしたオレンジまがいだったとでも?」

「さっき合流したブライアンは、過去に『ハイエナ』同様のことをやっていたと、正直に白状しただけカワイイものだ。むしろ、それに専念していたなら説得力がある。比べて、あんたらの2週間は逃げ隠ればかりじゃなさそうだ。『ビラを配って呼びかけ』? 『地面にSOSと書いて人を呼んだ』? ハッ、バカバカしい。あのリンド隊長の指揮下でも3人死んだのだ! お前が生きている時点で、だまし討ちに慣れていた証拠じゃないか!」

 

 売り言葉に買い言葉は最善手でない。ヒスイから散々教えられてきた俺だったが、こればかりはカチンときた。ヤクザじみた顔になっているだろうが気にもしない。

 

「おい、せめぇモノサシで計るなよ。アンタの考える以上に俺が強かっただけだろう、あァ? なんならさっき、アインクラッド流にデュエルでもすればよかったか? 野郎をボコせばちったァ俺を信じる気になるだろうぜ」

「取り下げろ! 隊長の努力を! 偉大さを! 知らないからそんな口がきける! お前みたいに、ただ女にうつつを抜かして、半端な攻略をしていたわけじゃない……ッ!!」

「クソ野郎がッ、取り下げるのはそっちだろう! だいたい、オマエ、オマエってさっきからウゼェんだよ。俺もギルメンも攻略には真剣だった。外野が知らねぇでゴチャゴチャ抜かしてんじゃねェぞテメェ!!」

 

 だが胸ぐらを掴もうとした俺の腕はビュンッ!! と鳴った鋭利なシミターに塞き止められた。

 モンスター狩りですでに抜刀していたとはいえ、奴は俺に自らの凶器を向けて言い放つ。

 

「オレは隊長を心から信じている。しかしお前はどうだ!? 案の定、隊長の意思を考えず対抗したよな!? いいか。組織というのは、数だけそろえりゃいいってものじゃない。トップを信頼し、確たる忠誠心がある前提で成り立つ! でなければ組織は機能しない!」

「聞いてなかったかツンボ野郎。意見まで禁じちゃいねェだろう! そこは意図クめよこのアスペカス!」

「そういうところが反抗的だと言っている!! 隊長の意に反する言動が! 彼や、ひいては部下全員を危険にさらす!!」

「危険ね……へえ、じゃあどうするよ」

 

 ヒートアップした俺とテグハは、いつしか互いにジリジリと移動しながら距離を取って武器を構えていた。

 圧政の頸木(くびき)から放たれたと思った矢先にこれだ。

 俺も改めて右手に握る《タイタン・キラー》の重さを意識する。まさに一触即発。どちらかがあと1歩でも踏み込めば、本気のケンカ(・・・)が始まる交戦意思だった。

 

「選ばせてやる。この場で黙って去るか、オレに叩き切られるか」

「考えを正そうとはしないのな。……まいいさ、やるならやろーぜ。裏でコソコソされるより千倍マシだ。なンなら第3の選択肢、テメェのあわれな返り討ちってことで手を打とうか」

 

 俺はペットを飼うなら犬派とは言ったものの、世の中には厄介な犬がいたものだ。単なる忠誠心にしては俺への突っかかり方が尋常でない気もするが、こうなった以上対立は避けられないだろう。

 もう、こういう星のもとに生まれたのかもしれない。昔から口より先に手が出るタイプだったし、気が立つとすぐ物に当たった。未だにウマが合わない奴は仕方ないと早々に割り切るし、八方美人を羨ましいとも見倣(みなら)おうとも思わない。

 ただ、奴は理解しているのだろうか。

 あくまで推測だが、俺達がこうして意識を保ち無事でいられるのは、きっと『プレイヤー』として存命しているからだ。プレイヤーである限り、鉄壁のハード機器《ナーヴギア》はどうやっても意識投射の本懐を果たし続ける。

 逆に言えば、あの研究者達に1度でも意識の手綱を握らせようものなら、たちまち実態の掴めない被検体となり下がるだろう。そして、そのまま人生を終える可能性もまたゼロではない。

 しかも俺は、3人の脱落者を間近で見たリンド達から、その末路を聞いている。

 結果、『俺達に猶予期間はない』らしい。

 《ラボラトリー》で目撃したように、《リメインライト》になった瞬間にどこかへ転送される。光魔法の《蘇生(リヴァイブ)》や《世界樹の雫》など、各種蘇生アイテムは俺達にのみ適用できない。

 大枚はたいてモルモットを『購入』した奴らにとって、システムに介入する土台は作成済みというわけである。

 

「(キライなタイプってわけじゃねーけど……ガチでやるしかねーのかよ……ッ)」

 

 どうしたものか。

 俺は人が死ぬことへのトラウマがある。だからこそ、どんな犯罪者ともまずは対話を模索してきた。

 だが4ヵ月ほど前から殺害の連続だ。ラフコフとの全面戦争、PoH単騎での暴走の鎮圧。そして、それらの戦いから学んだことは躊躇(ためら)うことへの危険性である。同時にこれが矛盾した二律背面の理想論だと気づかされた。

 なぜなら和解の試み、妥協した歩み寄りの末に、なんの罪もない人が死んでしまったからである。実力行使できる力を有しながら即座に行動しなければ、結果的に当事者以外の誰かを死に至らしめてしまう。

 殺すわけでは……ない。《ナーヴギア》の殺戮(さつりく)ファンクションは停止しているはずで、これはいわば保留にするだけ。

 頭の中で何度もそう言い聞かせた。

 これはテグハが仕掛けた攻撃であって、それに応戦することは不可抗力なのだと。

 しかし奴の言い分は、続く震えた声ですぐ判明した。

 

「お前は気楽でいいよなァ、この地獄が終われば現実に戻れると思ってやがる。……変わらないんだよ、なにもッ! 生活も我欲も削って、ようやくボスを倒したと思ったら! 今度はアルヴヘイムだ!? 妖精と空の国!? 結局、ヒースクリフですらウソをついたってことさ!! いい加減にしろクソッたれが!!」

「……んだよ、悲観して俺に八つ当たりか? 現実は変わらないぜ」

「現実ではない、偽りの世界だっ!! こんなところでも得意の説教か!?」

「それはヘリクツだろう! 破滅上等のあんたにとっちゃ、仲間割れしてどっちが死のうが関係ねェってわけだ! メーワクな奴だなァ!!」

「だまれだまれェ!! 全部持って生まれた人間にはわからんだろう! 生まれの才能をひけらかしやがってッ!!」

「ぐうッ……っ!?」

 

 ガキィンッ!! と、金属が弾け合う。()の一瞬の踏み込みが開戦の合図だった。

 とりあえず自衛の言い訳が成立するよう初撃だけは甘んじて受けたが、想像した以上の圧だ。

 ノームという種族の筋力補正こそあれど、ただのシミターを力任せに振り回してもこうはなるまい。これは紛れもなく、テグハが2年の月日をつぎ込んで完成させた剣捌(けんさば)きのたまものだった。

 空戦なしの魔法なし。純粋な斬撃だけが折り重なる。もっとも、この距離ならスペルを唱えようとした瞬間に妨害のオンパレードだろうし、ラッシュ中における慣れない単語の発音は集中力を乱すだけ。

 力の限り鍔競り合いを続けながら、ゆえに至近で悪罵を吠え続けた。

 

「井の中のカワズが! 見下したよう目をしてェッ!!」

「るっせーよ! てめェなんておたまじゃくしだ!! マジでやったなクソ野郎、コーカイすんぞッ!」

「《暗黒剣》!! 《黒の剣士》!! そういうのは聞くだけで吐き気がするんだよ! ただの廃ゲーマーが、目立っただけでエラっそうに!!」

 

 金属が弾け、鍔迫り合いが解かれる。

 しかしステップを踏んで下がった俺に躊躇はなかった。

 

「歯ァ食いしばれよ、テグハァっ!!」

 

 直後に鋭い爆音が鳴り響く。

 森奥の夜半(よわ)、人知れず殺し合いが始まった。これが神の悪戯(いたずら)なのか、対立を煽る者の必然なのかはわからない。

 しかし同じ境遇に立たされた者同士、それが早くも1日で。

 抗う者達は日を追うごとに疲弊(ひへい)し、本来の目的を見失い、またしても剥がれ落ちるように消滅していくのだった。

 

 

 

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