SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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補足ですが、時系列は前話の約3週間後となります。


エディターズロード1 交差する恋

 西暦2024年12月10日 スプリガン領南西、《石灰の遺構》周域。

 

 理不尽な無敵アバターの強襲を()い潜り、ゴールのアテなく逃げ回ること1ヵ月。

 師走(しわす)に入って一段と寒く、アルゴは白い吐息を出すと、趺坐(ふざ)のまま篝火の向こうをぼうっと見つめていた。

 リアル時間にして、夜。日付変更線が通る直前。

 影妖精(スプリガン)が根城にする《石灰の遺構》なるフィールド、なかでも石造りの墓碑ステージからほど近い安全区域を陣取り、アルゴ達7人集団は疑似的なキャンプを開いていた。

 しかし、さすがは火曜日の不人気妖精領。休日だった一昨日(おととい)に比べ、真夜中に出現するプレイヤーの数は段違いに少なく、暗がりで火を()いても非常に快適な夜となっていた。

 具合のいい段差に腰を下ろしたまま、遠くではしゃぐ2名ほどのプレイヤーを眺め、アルゴはまた溜め息交じりに独りごちる。

 

「(またやってるヨ。よく飽きないなァ……)」

 

 厳密には、目線の先にいるのは2人と1匹(・・)だった。

 1人目はジェイド。漆黒に近いスリムな装備は一貫性を持ちはじた。左手を肘から覆う鈍い白銀の希少メタルで精製された籠手、右手からは廉価品のグローブが外され薄手の上質なガントレットと魔除けのバイバルブレスレットが手首に一輪。

 全身像もよりシンプルかつバランスの取れたデザインに変わった。

 細く編まれた鎖帷子(くさりかたびら)の上から着る黒革の鎧型ベストは、頑丈なだけでなく肉体に張り付くようなしなやかさを持つ。心臓位置にある円形金属の留め金から、背中はその半ばまで、左肩にかけて(すす)けて破れたような短いマントが半身だけ覆うように垂れている。右肩には(かわら)に似た黒塗りのショルダーガードが重厚に輝き、大きな剣を掛けられるようになっていた。これもかつて、死に装束として用いられた上級近衛兵の戎衣(じゅうい)だとか。

 背中には鞘ではなく大剣用の簡単な剣帯、およびバックルと、下半身も黒基調の機動性重視装備。セピア色の膝宛てがあるぐらいで、(すね)からは色彩を抑えた革の長ブーツが覆っている。

 背と細さとが相まってのスレンダー具合である。

 対する赤リボンのツインテールこと、シリカの戦闘服における露出は少々高め。妖精の制約上、重甲冑を着こんでの戦いに向いていないからだ。

 しかし彼女の服装は猫妖精(ケットシー)らしからぬ艶美なディープブルーが目立ち、短いジャケットと前面が大胆に開いた腰から延びるロングスカートの他に、胸部と腰に薄い合金の防護プレートがあしらわれている。黒のミニスカとニーソックスの隙間からベージュのしっぽが覗き、靴もゴールドラインが引かれた蒼のもので統一される。

 手首から手の平にかけて黒いテーピングがされているのは、メインの短剣とバックラーシールドをしっかり握れるように、だそうだ。

 同種族のアルゴも重金は背負えず、非戦闘時には保温用のぶかぶかロングコートを巻いていることを含め、ダークグリーンの色調以外は似たり寄ったりである。

 強いて相違点を挙げるなら、足関節の妨げにならないよう長いスカートを不採用とし、腰から下はラインにぴったりとしたレース型のハイソックスを履いている点だ。

 余談だが、

 

「煽情的過ぎる。どうにかならないのか?」

 

 と、リンドから(たしな)められたこともあるが、俊敏性は数少ない取り柄。第一、戦利品からしか選べないため、贅沢(ぜいたく)(?)を言われてもアルゴは困ってしまう。

 最後の1匹はシリカにできた新しい仲間である、種族名《メア・ヒドラ》なる深緑色の小型草食ドラゴンだった。

 最近になってようやくケットシー専用魔法、《飼い慣らしの鱗粉(テイミング・スケイレ)》による使い魔を得たわけである。

 もっとも、《メア・ヒドラ》はテイムに向いているモンスターだったらしく、ずいぶん前に手に入れた木の実を与えるとすぐに懐柔(かいじゅう)できた。今ではすっかりシリカに懐き、かねてより命名予定だった《ピナ》を引き継いでいる。

 だが名を真似ようと、SAO時にいた《フェザーリドラ》とは体格も性能も違う。新しいもの好きのジェイドとしては、いったいどんなことができるのかを試したいらしいのだ。

 使い魔を武器の延長として見るジェイドに、当初シリカは難色を見せたものの、(かたわ)らの翼竜が本来のピナでないこと、そしてある意味では自分も《攻略組》という自覚を取り戻すと、意を決して合流したばかりの仲間を酷使している。

 当然ながら、その反復がなつき度と連携練度を上昇させ、今では修行程度も慣れたものである。

 しかしアルゴ個人的には、現状は面白くない。

 ムスッとしたまま、彼女と(たわむ)れるジェイドを見やり、ぼんやりと昔の出来事と重ねていた。

 

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 

 《ソードアート・オンライン》でアルゴが攻略に励んだ原点には、情報によって命を救われた男女数人からの感謝があった。

 『ありがとう、おかげで生き延びた。なんとお礼を言ったらいいか』。

 こんな月並みの言葉を、繰り返し繰り返し贈られた。

 初めは情報に値段を付けて遊んでいただけだったが、SAOが本質から変貌(へんぼう)したとき、やめるのは勝手だった。誰に強制されるでもなく、恒常的に賛辞が届くわけでもなく、単に才能があったから続けられただけ。

 もちろん常に1人とはいかない。

 時間は等しく有限で、極低確率の長期に渡るループ検証などはできず、戦闘技術を磨く時間も限られる。そのため、オレンジギルドが台頭した時期はローテーションでボディガードを雇った。

 しかし、ゆえに独り身の孤独感と寂寥(せきりょう)に満ちた日々を乗り越えるにあたり、他人と行動できる時間がいかに貴重かを幾度となく痛感した。

 なぜなら、はぐれ者に対する特有の噂が何度も流れたからだ。

 大事な話の最中もふざけている。知らないところで人の情報を売る非道人。恵まれた容姿に付け上がり、男から性も情をも吸い尽くす遊女など。あまり個人行動で儲けが過ぎると、その不透明な実態が迷惑な邪推を呼び寄せた。

 もしくは競争相手による嫌がらせか。

 気にしないよう努めたとはいえ、それらが精神的な重荷だったことは疑いようがない。たまに同性仲間に相談し、仮初(かりそめ)の好調を見せ、休む間もなく走り回った。

 その努力が、結果的に多くのプレイヤーの助力となったことは理解している。情報屋のパイオニアなどと言われ、純粋な好意と尊敬だけで最後まで贔屓(ひいき)に利用した固定客も多い。

 アルゴはたったそれだけで、ここが引き時と諦める前に「あと少しだけ頑張ってみよう」と踏みとどまった。

 隔絶された世界に震える一方で、彼らの期待に報いることは1つの達成感となっていたからだ。

 だが、アルゴとて人の子。

 時には棄てられた有蓋貨車(ゆうがいかしゃ)に籠り、短剣を握りしめ、うつらうつらと夜を明かす生活もまさに限界。SAOがクリアされる終盤、大勢に影響を与えるほど貢献したケースは少なく、焦燥感ばかりが募った。

 そして、大衆とは刺激を求めるもの。

 攻略当初こそあらゆる記事が真新しく感じたボリュームゾーンの人々も、やがて身を守る最低限のコミュニティを築くと、事実を大きく見せる提灯(ちょうちん)記事こそ娯楽となり、事実しか載せないアルゴのそれからは興味が薄れる。

 ソロでの攻略が困難になるにあたり、ただでさえ真っ向からの戦闘経験に乏しい足手まといが、わずかに残された強みまで奪われた気分だった。

 

『……情けない戦果だよナ。ホントに……すまン……』

『いいって、アルゴのせいじゃねーよ。レジクレは戦うことしか頭にねェんだ。専門職がわからないっつーなら、きっと誰が調べてもわからなかったさ』

『……重ねて謝るヨ。情報が少ない中でのクォーター戦ダ。……その、頑張っテ……』

『おうよ。また76層で会おうぜ!』

 

 これが、SAO内でジェイドとした最後の会話だった。

 酷く悔しくて、無力に打ちひしがれた。

 持ち味を活かそうとソロを貫いた、なんてうそぶいたものの、実際はそれ以外の生き方を知らなかっただけ。

 ほとんど存在意義を失いつつも、浮遊城アインクラッドでのアルゴの戦いは、残照を後に幕を閉じるのだった。

 

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 

 改めてシリカを見る。

 同じケットシーだが、モンスターをテイムし、使役した戦術を心得ているのは彼女だけ。

 不確定要素は慣れた戦術を阻害する。という理由をもとに敬遠してきたが、極力戦闘を避けてきたアルゴに確立された戦術はなく、ジェイドが挑戦する者に敬意を払い、特訓につきっきりになるのは必然である。

 自分は何も変われていない。

 SAOの終わりがけ、役立たずとなり果てた当時の姿から、なにも。

 

「(小さい女の子にまで嫉妬してサ……カッコ悪いなぁ、オネーサンも……)」

 

 アルゴは半分ヤケになって唇を絞めると、つい自虐的なことを考えてしまう。

 炎のように渦巻く嫉妬。ストレスの原因。

 世界樹頂上、すなわち《ラボラトリー》で移動中。全員で生き残ろうとするジェイドに対し、自らを囮にすると発言したことがある。

 しかし彼はそれを強く否定した。

 

『ハッ、冗談キツいぜアルゴ。あんたがいなくちゃ助かるモンも助からん』

 

 飾り気のないシンプルな言葉だったのに、もうずいぶんと長く忘れていた《鼠のアルゴ》の原点を思い出した。

 そして同時に、その戦いで彼のカリスマを見た。

 絶望の(ふち)に立たされ、痛覚のある世界で不死の神を前にしても、臆せず立ち向かった。そして信じる選択を全うしようと奮戦した。

 レジクレのメンバーが、迷いなく彼についていく由縁(ゆえん)見出(みいだ)した瞬間だった。

 きっと、この時には揺れ動いていたのだろう。

 だからアルゴは、真っすぐ惹きつけられた。ヤキモチもやいた。シリカの頭を撫でる手を払いどけ、2人で会話しようものならこっそりと盗み聞き、彼女がその愛くるしさを可愛いと評される度に反射的に絡んだ。

 盲目になると、ジェイドの横暴な態度、強引な方針決定でさえ心地よく感じた。

 全部、彼を愛してしまったがゆえに。

 許されない恋だと頭では理解している。しかし1度芽吹くと抑えられず、むしろ日がたつにつれ背徳感と卑しい想いは膨れ上がった。

 ひときわ表立ったのは露天風呂で見せたアプローチである。アルゴはあの日、本当に自分が求められると期待で昂った。夜も深まり彼だけゴソゴソと起き上がった時、音が聞こえそうなほどバクバクと心臓が鳴っていた。

 ……けれど。

 音がしてからしばらくして、浴槽場から忽然(こつぜん)と消えたジェイドを追った先で突き付けられた現実は、アルゴに大きな痛みを残した。

 昼夜を問わず一緒に行動できるだの、一夜限りのアバンチュールだの、そんな風に浮かれていたのは自分だけで、彼は彼女(・・)しか見ていなかったのだ。

 一刻も早くここを去る。そのためなら腕が上がらなくなるまで剣を磨き、読み()くまでスペルを反復し、脊髄反射で動けるまで飛び慣れてみせる、と。

 そこにあったのは、ジェイドの姿を見つけた安堵より、押し潰されそうな惨めさだけだった。

 だからだろうか。アルゴは最近、徐々に諦めがつくようになった。

 初メンテナンスの昼過ぎに河川敷で聞いた、彼女(・・)の名を繰り返す不快なうわごと。膝枕を中断したのも同じ理由である。

 隊長リンドを含む4人の新メンバーと合流したことで、2人きりで話す機会はめっきり減り、相対的な疎遠は仕方なかった。枯れて久しい恋心は、そもそも(はぐ)くむべきではなかったのだから……。

 そう考えていたら、修行にキリをつけたジェイドの接近に気が付かなかった。

 

「ようアルゴ」

「うわワっ!?」

「うわってオイ、どうしたボーッとして。顔もけわしいぞ」

「ア、アハハッ、ちっと考え事をしててナ……」

「そっか。ネコ笑いじゃなくなってるし相当だな! あははははっ」

 

 ツボに入ったのか、元から上機嫌だったのか。大剣を背からどけると人の気も知らないでドカッ、とすぐ隣に座った。忘れたころに迫るその距離に、アルゴはどうしようもなく意識してしまう。

 自身が低いことも相まって、頭1つ分ほども高い位置にある目を合わせられないでいたら、彼は手始めに「シリカの奴も要領思い出したのか、使うのウマいもんだよ」なんて切り出した。使い魔のことを言っているだろう。

 最後のクォーター戦の終盤では、『使い魔の仕様を理解していなかった』がために仲間を失ったと聞いた。

 その教訓として、この世界に来てからシリカにアレコレ聞いたのかもしれない。気の毒だが過ぎた結果は巻き戻せない。

 もちろん、そんな彼も今の表情は穏やかだった。

 

「なあ、アルゴはテイムしねーの? 都合よく手ごろなモンスター見つかるとも限らないし、やっぱ今から慣らすのは効率悪いかな?」

「……そうだナ。もう足の速さしか強みはないヨ。元情報屋となると、いったいどこで役に立てるのか想像もつかんケド……とりあえず今のまま行こうと思ウ。ムチ、針、光魔法で中距離支援を……どしタ?」

「まーたそれ言ってると思ってさ。じゅーぶん役立ってるだろうに。リーダー名乗っといて、最初の2週間でどれほどアドバイスもらったことやら」

「アレはたまたま、経験と状況が重なっただけデ……」

「だから、その経験とカンの良さが強みだろ」

 

 無意味に否定しようにも、ジェイドは引き下がらない。

 2年前とは比べ、最近は涼しい顔で素直に表現するようになった。アルゴが恥ずかしいぐらいである。

 

「いーじゃん、昔みたいに自由ホンポーにさ。……ほら、俺なんて初めSAOじゃヤバめだっただろ? 人間的にもコミュ力的にも。知ってるか、主街区に帰りたくない日なんて、干し草まいてクサい牛と一緒に寝てたぐらいだぜ?」

「それは引くナ」

「ハハッ。だから……カゲで泥すすってた俺にとっちゃ、ソロでも慕われてるアルゴやヒスイの存在って、ガチのあこがれっつうか、タカミの花でさ」

「高嶺の花……」

「……た、タカネの花でさ……その不屈っぷりは男ながら惚れたもんよ。こいつらカッケーなって。マジ惚れだよ、マジ惚れ」

「ホ、っ……あ、あんまりオネーサンをからかうとアトが怖いゾ。大抵の発言は自動的に覚えちまうんだからナ!」

 

 その何気ない口ぶり1つでアルゴは動揺した。体温が上がったからか、意味もなくごしごしと顔をぬぐい、早口になる。

 わざとかと疑う言い回しだが、まったく情けない話である。

 クライアントに平等たるべき情報屋にとって、恋こそまさに御法度。『情報屋のオキテ第一条』であり、いざその(くさび)から解放されて気が緩んだとはいえ、語るに落ちるほど沼に(はま)っている。

 

「あっはっは、それ武器にするクセやめろっての~。……おっ、そういやチャンスだ。なあアルゴ……ちょっと2人で話したいことがあったんだ」

「話したいコト……?」

 

 うんざりするほど反応してしまう。友人へのチクリとした罪悪感もよぎる。糸より細い可能性にしがみついて、いい大人が恥ずかしいだけ。これこそ自分を傷つける行為である。

 だが、そう言い聞かせた直後、信じられない言葉が続いた。

 

「あーの、その……リアルの話になって悪いんだけどさ。アルゴにとって記念日になるような日って近々ないか? ほら、誕生日とか」

「……そ、そんなこと聞いてどうするんダー。お前サン、暗黙の了解を破るどころか、オレっちが情報屋じゃなくなった途端よく聞いてくるようになったよナ」

「いいだろ、アルゴはプライベート情報も売ってたし。てか、売るにも客がいないんだし! それに、同じギルドぐらい仲良ければたまに話してたぜ? リアルのこと」

「怪しいもんダ。……でも、そうダナ……今年の誕生日は過ぎちまったヨ。……ああそうダ。記念日といえば、あと2週間もすればクリスマスじゃないカ。12月に入って雪が降る演出もされてるシ、なにかしらイベントはあると思うゾ?」

「んん~いや、そういうイベントじゃなくてな~……」

 

 「2週間かぁ」と歯切れ悪くつぶやくが、アルゴ個人のことを聞いたということは、そういう(・・・・)ことだろうか。

 らしくない殊勝な行動。

 アルゴは大がかりなサプライズパーティは好みでなかったが、マクロな形で完結するプレゼントなら歓迎。金目のものならさらに大歓迎だった。

 しかし、いったいどういう風の吹き回しだろうか。ヒスイに首ったけの男が、今さら自分の気を引こうとするだろうか。

 

「(うゥ~……はっきりしろよなァ……)」

 

 しかしあろうことか、煮え切らない態度のまま「とりあえずサンキュー。また明日な」なんて言い残し、ジェイドは立ち去ろうとした。

 こんなクリフハンガーを見過ごすアルゴではない。

 こういう(・・・・)面で察しの悪い彼に苛立ちを覚えながら、アルゴは一瞬の思案でちょうど思いついたことを口にしていた。

 

「……お、オレっちからも用があったんダ。……例の露店風呂で賭けたこと覚えてるダロ。『1日奴隷』だったよナ? 明日の夜までそれ使かっちゃおうカナ~?」

「げげっ、覚えてやがった。……それもうジコーだと思ってたよ」

「時効なんて言葉よく知ってたナ」

「あ、今ので半日」

「だ、ダメだゾ! そんなのズルい!」

「つってもな~……今は特にタイミングが悪いっていうか。まあ……その、賭けた俺も悪いけど、受けたアルゴもアルゴだぞ。ぶっちゃけ1日も半日も変わらなくね? つか、なんなら今夜だけとか」

 

 その言い草とまったく乗り気でない彼に、アルゴははだんだん腹が立った。権利を傘にキスぐらいせがんでやろうか、とも考えてしまう。どうせ初めてでもあるまいし。

 

「(この女たらし〜……んン?)」

 

 なんて会話している間に、ある視線を感じた。首だけ向けると、かたまって雑談をしている男連中の1人からだ。

 オールバックの曲刀使い、テグハ。リンドにべったりの部下である。

 特にジェイドへの警戒だろうか。いくら彼が目つき最悪の悪徳顔とは言え、先ほどから監視されるようにチラチラと見られている。

 確か先のブライアン……なる偽装プレイヤーを操っていた研究スタッフを、ジェイドが独断で撃破した際も、『彼は本当に敵だったのか。あんたが気にくわなかっただけで、誰の監視もないことを逆手にとって手をかけたんじゃないのか!』と聞いたほどである。

 無論、きっかり1時間後のメンテ開始と同時に、無敵のアカウントが追いかけ回してきたことで事なきを得た――ジェイドの証言と一致した現象が起きた――が、彼を目の敵にした発言には悩まされている。

 もっとも、アルゴは複雑な心境のせいで助け舟は出せなかった。

 しかし、ここまで露骨なのはいかがなものか。ジェイドが会話を切り上げようとしている原因であり、アルゴにとってはいい迷惑。

 

「……オドオドしちゃって。またテグハと揉めてるのカ? なんなら、オレっちが話をつけてやるゾ」

「いっ、いやいや、ンなことないって! むしろ関係は向上していると言っても過言ではないことを否定しきれない感じ!」

「……結局どうなってるんだ、ソレ?」

「かなり良くなってるね! チョー順調!」

 

 口角だけ上がっているが、それが演技なのは火を見るより明らかだった。目は口程に物を言うとはこのことだ。

 しかし、約束は約束である。

 シリカの面倒を見始めたリンドへ『2人で周辺を軽く捜索する』旨を伝えると、アルゴは問答無用でジェイドの手を引き、古墳ダンジョンの奥へとノシノシ歩いて行った。古墳内は閉所。これで誰の視線を気にすることもない。

 

「お、おいアルゴ、勝手に行動していいのか? 深夜の見張りだってあるだろう」

「30分で戻ると言っておいたヨ。索敵上手のケットシー付きだ、プレイヤーならこっちが先に見つけてやるサ。隊長もあまり遠くまで行かないなら許可する、ダト」

「ホントにいいのかね~。いくらあまり人がいないつっても……」

 

 そんなことを話している内に、5メートルほどの石造りのトンネルからダンジョンへ侵入。

 中は暗い廊下が続き、やがて老朽化した豪邸の内部へ変化する。

 歩は止まらない。1度通過したことのあるエリアというのもある。以前訪れた時は昼間だったが、ものの数時間で周辺のMobとボスを抹殺できる程度には戦い慣れた。

 加えてサイクルの終わりかけである水曜日へ突入したため、なかには狩り尽されてリポップしなくなったモンスターもいるだろう。

 もろもろの理由から、2人行動はさほど危険ではない。

 アルゴは早速ちょっとしたデートのつもりでダンジョン巡りの戦闘をしていた。

 

「ヒスイちゃんとも! こんな調子で連携してたのカ!」

「いんや! もっとスムーズだったぜ! おっととッ」

「なにおゥ! ハァ……こんなにッ、いいコンビネーションなのに!!」

「そこ張り合うのか……ハァ……ハハッ、けど……あいつはもっと! 俺の考えまで読んでたんだよ!!」

 

 戦いながら、口だけはよく動く。

 アルゴは努めて明るく話した。最近では敵の処理にも慣れ、この調子なら1ヵ月と待たず現実の人が異変に気付いて通報するだろう。と、そんな明るい話である。

 そして、向こうに帰ったら何がしたいか。

 もっとも、帰ってからの話題になると当然彼女(ヒスイ)の名前が挙がり、アルゴとしては耳を塞ぎたくなる。

 

「や~久々によくしゃべった。なーアルゴ、しつこいようだけど、やっぱアルゴもイロイロとしがらみ捨てちゃっていいんじゃないか? 今まで全部ガマンしてきたわけだろ?」

「ムムゥ、お前サンの言う『しがらみ』っテ……?」

「そりゃあアレだよ……ほら、アルゴもイイ顔した女なわけじゃん?」

「なんだソノ『いい歳した女』みたいな……」

「だーもうっ、普通にカワイイって意味だよ! アルゴも誰かと付き合って、もっとこう……自由になるべきだって。仕事だ、相手に平等だ、ってのはもう散々してきただろ?」

「……ムッフッフ、それはオネーサンを誘っているのカナ? イケナイなーそれハ。あの朴念仁が、こんな暗がりで大胆なことをするようになったものだヨ」

「ちげーって、俺はいま彼女に会えないだけ! ……ったく。《暗視(インフライド)》かかってるから、主観的には暗くねェし」

 

 それを聞いて、アルゴからわずかに笑みが消えた。

 アルゴも選べないだけかもしれない。現状、会える男性は限られるからだ。

 場所も然り。誰も好きでこんな掃除のなっていない、ほこりクサい場所は選ばない。贅沢が言えないからである。

 しかし、理由はなんであれ、今(いだ)いている感情だけは本物だ。

 

「おっとヤベ、またモンスター来たぞ」

「……な、なあ、ジェイド。お前サンは……オレっちと一緒にいて、楽しいカ……?」

 

 蛇人型のモンスターを切り伏せる音と重なったが、明らかに口から吹き出したような音が狭い通路に反響した。

 

「ちょっ、えっ、なにその聞き方? いや楽しいけどさ。女と2人とか普通に燃えるしな!」

「……そうか、オレっちもダ。慣れない集団生活にはビビってたケド、なんてことはないナ。こんなにかけがえのない時間はないヨ……」

「ほえ〜、そこまで思ってたんか。まあ、アルゴってばずっと独りだったしな。……じゃああれだ。ひいこら走ってリンド達を見つけたカイがあったってもんだ。だろう?」

「そうだナ。……お前サンは時々、優しすぎるヨ……」

 

 ポツリとつぶやいただけだった。しかしジェイドは耳ざとく聞いており、ペースを落として歩幅を合わせると、アルゴの顔を伺った。

 

「どーしたよ、最近マジで。賭けのハナシ持ってきたからには、なんか言いたいことがあったんじゃないのか? 今は2人だ、俺ならいつでも相談に乗るぜ!」

「ニャハハハ……ありがとナ。でも自分で何とかしてみるヨ。浮遊城(アインクラッド)でもオネーサンが相談に乗る側だと相場は決まってたしサ!」

「おー、ちょっと元気になったな。そんなアルゴにグッドなニュースがあるぜ。ヒゲとフードがなけりゃ相当イケてるアルゴのことだ、むしろ今までなかった方が不自然な……」

「ちょっとタンマだジェイド! 奥にナニかいル!」

 

 暗がりの奥でうごめく真っ黒な(もや)を前に、アルゴは遮って勧告した。

 不規則に胎動する黒い生物……なのだろうか。どういうわけか、その物体は輪郭がはっきりと判別できないばかりか、敵対反応までない。まるでそこだけ背景設定を間違えたかのような、ぽっかりと開く『口』。

 そしてそれは、モンスターですらなかった。

 

「なんだ、コレ!? 急に広がっテ……ッ!?」

「アルゴ伏せろっ!!」

 

 黒い影から守るように、大きな体が覆うように重なる。直後、2人は正体不明の引力に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 衝撃が止む。目を開けると、その景色がガラリと変わっていた。

 アルゴを抱いたまま隠し盾を展開していたジェイドも構えを解き、辺りを見渡した。

 そしてすぐに気づいた。よく観察すると、周囲の劣化状態が修復されていることに。

 全壊していた石造りの階段にもヒビ1つ入っていない。いつ出現したのか、壁沿いには豪奢な燭台(しょくだい)と鼻をつく蝋燭(ろうそく)が横並びに(しつら)われている。床には毛皮の絨毯(じゅうたん)と、異界の小動物を模した置物。そして毒々しい薬液で満たされた水瓶(すいびょう)などが乱立していた。

 これらは例外なく破壊可能オブジェクトだろう。が、先ほどまでの廃墟然とした古墳は、割れた陶磁器の破片やら、見習いが焼きすぎたような粗悪な壺やら、果ては由来のわからないゴチャゴチャとした草芥(そうかい)が転がっているだけの場所だったはず。

 まるで時間を遡ったかのような景色。

 ダメージこそ負ってないが、どう行動するべきか。そう考えていると、ポーン、と慣れ親しんだ低音が遅れてやってきた。

 

「エリア名が出たナ。フ~ム、《圧政者ランダの記憶世界》? やっぱり強制移動系カ~」

「どっかでフラグ立ってたのか。ほら、ザコからのレアドロップで、キーアイテム持ったまま特定の場所に近づくと発生するやつ」

「てことハ、まんまイベントエリアか。マズいなあ……あと5分で帰れると思ウ?」

「言わんこっちゃねぇ。……まあ、ドロップを確認しなかった俺が言うのもなんだけどさ……」

「そーじゃン! ジェイドが悪いんだゾ!」

 

 インスタンスマップに進入したことは疑いようがない。これはつまり、《パーティ登録》が解除され、仲間の位置・状態確認やチャットでのやり取りができなくなることを意味する。

 もちろんイベントを放棄したい普通のプレイヤーなら、接続を断って向こう(・・・)で他の端末でチャットを送れば済む話である。

 しかし、何十分と同じ場所――記憶が正しければ、これらのいわゆる過去の世界線となるステージは永遠に留まれない。無論ログアウトした場合は追い出される――で座って過ごすより、可能な限り前進して出口を目指す方針が決まり、アルゴ達は整然とした廊下で歩を進めた。

 幸いここらに湧く神官クラス、ないし呪いのデバフ攻撃を繰り出す女中モンスターは軒並み魔法攻撃がメイン。ジェイドが左手に装備する非実態の円形シールド、《スワロゥ・パーム》による大幅魔法カットがよく刺さる(・・・)エリアだった。

 骨と皮しかないほど痩せたズタ袋を被るアサシンもいるようだが、それらはアルゴにとって恰好(かっこう)のターゲット。絶え間ないバフ魔法援護と95パーセントダメージカットが重なれば、得意の白兵戦に持ち込むことは容易である。

 そして奴らの得物はナマクラの短剣のみ。

 ザックザックと斬り倒して慎重に20分も攻略を進める頃には、辺り一面は死体の山になっていた。

 

「お、短剣2本ゲットー。ほうほう、銘は《女中の短剣》と《廃潰(はいかい)者の刀子(とうす)》だって。いる?」

「……なあコレ、パラメータ低すぎじゃないカ?」

「タイキバンセー型かもよ。鍛えれば強くなるやつ。……にしても、敵のレベルは低いし、このままボスも行けるんじゃね?」

「そうやってすぐ調子に乗っテ……。ただ前に書いたメモ帳を見るに、この《圧政者ランダ》というのは、たいしたボスじゃないそうダ。むしろ強いのは、取り巻きとして大量に湧く彼の家来だとカ」

「うへー本人と()れんのか、そいつの記憶の世界なのに。ま、NPCフラグすら回収してないし、攻略法がわかったらワンパターン戦法なりで倒そうぜ。どうせショボいだろ。ミッションタスクの報酬もいらない……ってあれ、ヤバいなんか仕掛け踏んだかも……」

「ジェイド危ない!」

 

 足元でガコンッ、という音がした瞬間には飛び掛かっていた。

 先ほどと逆の立場で抱きつくようにして2人とも倒れると、先端を赤く染める火矢がボウッ、とすぐ頭上へ飛来した。

 保護色によって視認しにくいが、足元に仕掛けられた不揃いの瓦礫(がれき)を踏むことで起動する連動式のトラップである。しかしそれ以上の追撃がないことを確認すると、アルゴは今さらながらに現状を把握した。

 すなわち、想い人を押し倒して全身で密着していることを。

 

「わわァッ!? ご、ゴメンっ」

「……いいって。てかサンキュー、よく判断できたな」

「オッ、お前サンが不用意なんだゾ! 勘でも避けた方がいいに決まって……ハァ、まあいいカ。そういえば、この記憶世界に転送される前に言ってたことなんだケド……」

「待て、見ろよアルゴ」

 

 言葉を(さえぎ)ったジェイドが指差す通路の先を見ると、最上階に続く大きな階段と、豪華な金と銀の装飾が施された扉があった。並列する彫像もデザインが凝っている。

 

「なあ、これってもしかして……」

「十中八九ボス部屋だろうナ。……わかったヨ。まずは帰ること優先しようカ」

 

 初見のエリアでも、部屋の位置やドアの装飾で相手の力量は読めてくる。ボス部屋と(おぼ)しき場所へ到着したということは、ずいぶんダンジョンを踏破したようだ。

 アルゴは先の会話を頭から退けると、崩れた廊下の隙間から見えた大階段を目指し、進路を変更して最後のMob狩りを再開した。

 教室の天井ぐらいなら頭をこすりそうなほど大型のモンスターをも突破すると、ついに到達する。

 明らかに異様な圧を感じる大門。ステージ名そのものを冠する《圧政者ランダ》なるボスモンスターがいるはずだ。七光りで国王となった恰幅(かっぷく)のいいランダは、独裁政権によって自国の文明を途絶えさせた。その歴史変動の引き金をプレイヤーに引かせようというのが、《ランダの記憶世界》ステージにおける最終目標となる。

 ジェイドはコンセプトにこそ感心したが、タイムトラベルまでアリ、という自由なファンタジー世界に内心ツッコミを入れていた。

 

「繰り返すようだが、ランダ本人の戦闘力が高いわけじゃナイ。むしろ座りっぱなしでブクブクに太ったただの的らしいカラ、オレっちが取り巻きを引き連れている間にボスを集中狙いしてくレ。両手物の得意分野だろウ?」

「ま、それが最善か。どうせ見飽きた魔法攻撃だろうし、俺の方にタゲついた奴は割り切って《スワロゥ・パーム》で受けることにするよ。……うし。準備はいいか、アルゴ」

「オレっちはいつデモ」

「じゃあいっちょボス狩りと行くかっ!!」

 

 彼が大門を蹴り開けると、壮大な戦闘BGM(オーケストラ)と広範囲に散布する拡散炎魔法に出迎えられた。

 2人のタッグプレイヤーに迷いはなく、弾丸となって大広間に突入するのだった。

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 結果的に、ボス戦は拍子抜けするほどスムーズだった。

 ボスの特殊行動は、視界と進路を制限するために展開される雪のないセラッグもどきのみ。初めこそ手こずった2人だが、直接的な脅威がなければ所詮は時間稼ぎ。

 強いて言えば、スタート直後から壁のように迫る炎の弾に度肝を抜かされた。しかし弾速と追尾性がおろそかで、アルゴとジェイドの俊足による回避は朝飯前だった。

 それからは打ち合わせ通り完全分業攻略。

 きっと、スプリガンで始めた初期ユーザ用のステージだったと推測される。ここを難所と感じるのはガン盾の安全第一マン。仮想界で感じられる風と爽快感を得てもらうために、ある種の試験用に配置された敵だった。

 言ってしまえば、新規勢への教育を兼ねた遠回しのチュートリアル。アルゴ達には不相応な難易度だった。

 

「おお~っ、抜けた抜けた。帰って来れたぞアルゴ! なんかトロフィーもゲットしたし!」

「その表示はオレっちの方にも出てるヨ。まあ、帰ってきたと言っても30分以上の遅刻だけどナ……」

 

 そんなことを言いながら攻略済みの道を戻ると、エリアの途中で人を呼ぶ声が重なって聞こえた。反響しているが、仲間の声だと判断すると2人は構えを解く。皆してアルゴ達を探しに来たのだ。

 予想違わず、30秒もしないうちにシリカの亜麻色のツインテールと蒼い服が見えた。

 

「あーっ! いましたよみなさん! ジェイドさんとアルゴさんです! 2人とも無事みたいです!」

「どこだ!? どこに……おおっと、やっと見つけたぞお前達!」

「ニャっはっは、すまんな隊長サン。イベントに巻き込まれてタ」

「よーリンド。精が出るな」

 

 リンドは「精が出るなじゃないぞ、まったく……」と頭を()いて呆れたが、想像より元気にしていたからか、処罰は少し(とが)められるだけに終わった。

 それから5分。捜索に協力したフリデリック、テグハ、クロムオーラとも合流し、アルゴ達は古墳内から脱出。泥炭(ピート)と乾いた石が乱堆して並ぶ、《石灰の遺構》フィールドの南端まで戻ってきた。

 アルゴはようやく緊張を解き、シリカと雑談する。

 

「いや〜助かっタ助かっタ」

「一時はどうなるかと思いましたよ。『2人で夜逃げしたんじゃないか』って、テグハさんが……」

「ニャハハ、夜逃げって! ずいぶん飛躍したもんダ。しかし、あんなガサツな男でもジェイドの心配はするんだナ。さっき会った時なんて、オレっち達の顔を見るなり凄い顔してたシ」

 

 アルゴは笑いながら適当な相槌を打ち、彼女に返答した直後だった。シリカは胸の前で指をくるくるさせ、わずかに目を逸らした。

 

「あ、あ~……それなんですけど……たぶんあの人は、ジェイドさんの心配ではなく……あ、アルゴさんの……」

「ンン~? オレっちのなにを……エっ!?」

 

 多少は目利きのある洞察力も悲しきかな。

 シリカの反応を見ただけで、アルゴは1つの解答に辿り着いた。

 

「そ、そうナノ!? ……デモ、さっきジェイドを叱ってたシ。……アイツを心配した裏返しの行動じゃなくテ……?」

「……言っていいのかわからないですけど……。ここ最近、仲が悪かったお2人がよく話してるじゃないですか?」

「そうカ? オレっちは見逃してたヨ」

「たぶん、わざと目につかないようにしてますね。まあ……ある日、密会が長い日があって。悪いと思いつつ、つい《ヒア・サーチキーン》を使って遠くから聞いちゃったんです。そしたら、『想ってるだけじゃ伝わらないぞ』と、ジェイドさんがテグハさんに……」

 

 仰天声が口をついて出なかったのは賢明な判断だった。落胆混じりの溜め息を聞かせたら彼を傷つけるだけである。

 シリカが自身にかけた光属性のバフ魔法《鋭敏な聴覚(ヒア・サーチキーン)》の効果は文字通りで、ケットシー、および風妖精(シルフ)と親和性が高い。バフ系魔法全般に多く見られるが、これは初句を変えることで敵味方に関係なく、そして複数人にかけることもできる。

 しかし、すべてにおいて合点がいった。

 なぜテグハが常に動向を伺っていたのか。なぜ初日から因縁をつけてきたのか。

 仕事一筋だったアルゴは、彼らと特別に仲睦まじくしたことはない。推測するに、オールフリーだったゆえに、DDA連合員がビジネスの話をするうちに、遠目で見ては次第に惹かれていったというオチだろう。

 しかもその想いを遂げるどころか、告げることすらないままアインクラッドは崩壊した。

 そしてビッグチャンスが再来してなお、きっと歯痒かったに違いない。

 想い人が2週間ものあいだ男女で1つ屋根を共にし、生活を支え合い、生き抜いてきたと宣言されたのだ。アルゴは極力笑い話に脚色したが、露天風呂のエピソードも伝えている。

 テグハはジェイドに対し「節操のない男」と言ったが、アルゴもその毒牙にかかったと勘違いしたようである。

 フタを開けてみれば、そんな事実はない。

 しかし、だからこそアルゴはテグハに共感できる。

 きっとこれが……つまり《アルヴヘイム・オンライン》で巡り合えた共闘が、人生で最後の機会だからだ。

 

「(オレっちにアレコレ聞いてきたのは、テグハっちに教えるためカ。らしくないと思ったラ……)」

 

 テグハという不器用な男性に対し警戒を解くと共に、アルゴに去来したのは底のない虚脱感だった。

 いったい何度目の肩透かしだろうか。1人で舞い上がり、自意識過剰もはなはだしい。その事実が涙腺を熱し、悔しさで唇を噛みしめる。

 だが、物憂(ものう)げな眼をして呆けたのは、取り返しのつかない失敗だった。ひどく縮こまったシリカに尋ねられてしまったのだ。

 

「あの、ずっと気になっていたんです。……もしかしてですけど。アルゴさんは、その……ジェイドさんのことを……?」

「……ぐ……ぅっ……ど、うして……そう思うんダ。シリカちゃん……」

「だ、だってそんな悲しそうな目を……おかしいと思ったんです。わたしの知る、攻略組でもあった《ネズミ》の情報屋は、今までこんなことをしなかった。……でっ、でもダメですよ、それは! あの人にはヒスイお姉さんがいるんです。……きっと、その想いは……よくないことなんです……っ」

「…………」

 

 そう言われて、アルゴは何も返せなかった。

 しかし頭ではあらゆる反論が渦巻いた。

 ここで言う『よくない』とはいったい何か。生まれた恋心に良いも悪いもない。自由な出会いすら取り上げられていた以上、強いて挙げれば悪いのは『環境』だ。

 子供のくせに。なにもわかっていない立場で、偉そうに口を挟むのか。どうしようもない感情に板挟みになることだってある。経験していないことをいいことに、猫を被ったような言葉を……、

 

「……っ……!!」

 

 わずかな時間で叫びたくなるような衝動が列挙され、そして霧散(むさん)した。

 アルゴの心がどこか認めていた。彼女の言うことは正しい。仮にジェイドが気持ちに応えるとしても、まず現実で待っている彼女との関係にケリをつけてからでなくてはならないはずだ。

 そんな簡単なことをずっと年下の少女に指摘され、名を馳せた攻略組が地に落ちたものである。

 だから、アルゴは目を逸らした。

 

「にゃはは、心配しなくても、そんなんじゃないヨ。テグハっちの気持ちを聞いてちょっと驚いただけサ。……ケド、万年フリーの看板持ちだからナ。どう断ったものかと思案に暮れていたんだヨ……」

「…………」

 

 その上面(うわつら)なセリフでどこまで納得させられたか定かでないが、シリカによるそれ以上の言及はなかった。

 しかし、逆に火がついた。自分の悪あがきがしばらく続くだろう確信もあった。

 確かに今回は、プライベートな質問を大きく解釈しすぎたきらいがある。しかしアルゴの想いとテグハのそれとは、本来無関係なのである。

 環境に変化がなければあと何十日と旅をすることになるだろう。その間ジェイドは彼女に会えない。ずっと先になっても、果たして彼の気持ちが変わらないと、この世の誰が断言できるだろうか。

 

「(まだ1ヵ月ダ。これからもっと長くなル。……そして、いずれアイツの中にオイラの居場所を作れたら、それデ……)」

 

 やがて、一般プレイヤーからの強襲に備えて、各々は決められた順番通り見張りと休憩に入った。

 見張りの順番まで時間のあったアルゴは、少しでも仮眠が取れるよう横になり、保温性の高いアイテムの《寝袋》に潜りこむ。かすかに震えているのは寒さのせいなのか、それとも……、

 だがその日、覚めた頭でいつまでも寝付けなかった。

 ふと顔を上げると、流れ星が1つ。

 迷信なんて一笑に伏すのが情報屋のポリシーだった。ガラにもなく、身を焦がすような切ない愛が実るよう、アルゴは指を組んで偽りの星に祈祷(きとう)するのだった。

 

 

 

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