SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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初めて画像を投稿してみたり。(コレ貼れてるのかな……?)
むかし描いた主人公大剣の落書きです。ベルセルク、モンハンオマージュが強くてボツにしましたけど、いずれしっかり描きたいな。


第115話 幽覧城塞アスガンダル

 西暦2025年1月12日 砂漠地帯西中央、《イフリー砂丘》上空。

 

 アルヴヘイム・オンラインと呼ばれる新しい仮想世界へ侵入して早2ヵ月。俺達は誰も欠けることなく、しかし脱出のアテもないまま流離(さすら)いの旅を続けていた。

 無論、人体実験を画策する連中、すなわちリアル側からの妨害はひっきりなしに続いている。

 毎週水曜日の深夜。ある意味一般ユーザの監視が必ず(ほころ)ぶからだ。

 そしてスタッフの手の者が、その度に無敵かつ魔法撃ちたい放題・飛びたい放題のチートアカウントで執拗(しつよう)に追いかけてくるのである。『ブライアン』だった頃のアバターを俺が両断した日から数えて、少なくとも一方的な狩りが5回は起こっている。

 となると、俺達が生き残るにはこれらを()(くぐ)る策や罠を用意する必要がある。

 策や罠と言っても、神に等しい絶対者相手に小手先の抵抗が通用するのかという疑問も湧くだろう。

 しかし、これが通用するのである。

 最大手の動画投稿サイトでは、あらゆるジャンルで『チーターを返り討ちにした』なんてタイトルの動画が腐るほどアップされているが、同じことを実行しているわけだ。

 相手はプログラムではない。あくまでアバターは生身が操作するわけで、一瞬の目潰しや各種隠蔽と擬態、不意を突いたノックバックなどが有効なのだ。

 まさかフルダイブ環境がこんな弊害を産むとは思わなかっただろうが、大前提として《ナーヴギア》への機械的な干渉はできない。ゆえに、このアナログなエラー対策が連中の足を引っ張っている。

 それにマッドサイエンティストといえど、奴らにもリアル事情というものがあるらしい。

 なにせ少人数で違法な研究を企てる身である。記憶操作の研究は常に挑戦と失敗の繰り返しと予想され、その多忙さは想像に難くない。

 なにより彼らは、高速域で飛び慣れていない。メンテ最大の11時間ぶっ続けで相手とれるはずもなく、SAOを生き抜いたネズミにしぶとく逃げ回られると、数十分もフライトを続ければすぐに《飛行酔い》を起こしてしまうのだ。

 1ヵ月半前、俺は問答無用で『ブライアン』を倒したが、下した選択はあながち間違いではなかったのかもしれない。

 『悪事を隠す』という枷付きの奴らには、毎週定刻にメンテに確実に割り込む時間も、表の事業部に内密にしたまま《ペイン・アブソーバ》をいじくり回す権限も、結局のところなかったのである。

 あの日、俺に持ちかけてきた魅惑的な交渉は、きっといくつかはブラフだったのだろう。息をするように嘘をつく、汚い大人らしい。

 しかもメンテ日は決まっているので、会敵前には猶予(ゆうよ)がある。時間稼ぎする気満々の熟練プレイヤー7人をキルするなんて、いくら死なないアバターでも容易(たやす)くはないわけだ。

 これが、俺達一団が1ヵ月半も連中を退けられた理由である。

 

「(そろそろか……)」

 

 真っ暗な空と替り映えのない砂丘を7人で飛んでいると、数百メートル先にツブのような影を10も捉えた。

 《暗視》をかけていないため確認し辛いが、モグラのような大型Mobとワーム状の巨大モンスター数匹を相手に、空中から有利な戦術で手際よく狩りをしているように見える。

 捉えたのは攻略を楽しむ普通のプレイヤーである。

 すなわち俺達は、物資不足を理由に、ここで彼らを強襲しようというのだ。

 こちらには猫妖精(ケットシー)が2人いるため、遠くから察知する手段に富む。

 もちろん、攻略中の横槍や奇襲はノーマナー行為代表の《ハイエナ猟法》となる。だが、火妖精(サラマダンダー)連中に勝利する確率が少しでも上がるのであれば関係ない。

 

「(ま、いいトコ取りはお互いさまっつーことで)」

 

 むしろ、こういう時に感知タイプをパーティに編入できることこそ、脱領者(レネゲイド)の大きな利点である。

 梯隊(ていたい)を崩さず射程圏へ突入。近づくにつれ、俺もつらつらとした感慨を忘れて目下(もっか)の敵に集中する。

 大剣のグリップを握ると、背負う革帯(かくたい)鉸具(かこ)がひとりでに外れ、右手にずっしりとした分厚い金属がのしかかった。

 

「もう手順はいいな! リックがバフをかけたら、俺とジェイドで畳みかける! テグハは迂回した狙撃手からの魔法を遮断しろ! 各自キルが無理なら妨害だけでいい! なるべく肉薄して前衛の援護を!!」

『了解ッ!!』

 

 隊長リンドの号令でひと塊になっていた隊列が散開すると、さすがにサラマンダー達もこちらに気づいたようだ。

 半数が応戦の構えを見せた。

 距離があってスペルまでは聞き取れなかったが、各々得意の魔法を諧声(かいせい)しているだろう。それに対し、俺は汎用性の高い《迎撃魔弾(インターセプター)》を唱えておく。

 即座に体の周りに5つの黒いエネルギー弾が浮遊した。弾速のでないホーミング系の牽制程度なら、これらが撃ち落としてくれる。

 対して隣を並走するリンドの左腕がボウッ!! と発火しているのが見て取れる。使用したのは《熱線腕(ボイルレータ)》。

 何も装備していない腕を熱し、打撃に強力な炎属性ダメージを乗せる技である。必然、盾を収納する必要があり、いわゆる近接タイプの魔法といえる。両手に武器を持っている状態に近い。

 しかも、間髪入れず高速詠唱で《纏う高熱(ウェアヒート)》まで発動させている。得物に炎属性の火力を付与する魔法で、かつて斧槍を携えたサラマンダーの強敵が使っていたものだ。

 どちらの魔法も防御性能には乏しい。一気に人数を五分に持っていく腹だろう。

 

「(まった隊長(リンド)はリスキーなことをッ!!)」

 

 保全に逃げた俺には若干ばかり彼への対抗心が芽生える。ギリッと歯ぎしりするが、もう唱え直す時間はなかった。

 凄まじい風切り音。点だった人影がはっきり映る。

 集団の魔法が一気に激突。

 直後、火薬量を誤った爆竹じみたエフェクトと爆音がそこかしこに響いた。

 魔法の弾道は視えている。突風音を追随(ついずい)させながら特攻すると、リンドと俺の刃が会敵3秒で1人の男の胴をなぞるように()いだ。

 弾丸のような直進。大剣の一閃。

 ザンッ、ザンッ!! と相応の反動が跳ね返った。

 轟音はそのままに、弧を描きながら前進し、最大速を維持したまま次の標的をリンドが指示した。

 

「ひっ、1人やられた!? 速すぎる!?」

 

 敵が呆気に取られている。

 ほとんど仲間の真横を通過しただけに見えたからだろう。

 しかし、一拍遅れて仲間がエンドフレイムによって四散すると、「ウッソだろ!?」、「こいつら例のパーティかッ!?」などと、遭遇戦になっても崩さなかった彼らの自信が揺らぐ手応えがあった。

 基本的に《ハイエナ猟法》に頼る集団は小物レベルが多い。もしハイランカーのハイエナが他種族の領地を荒らし回ろうものなら、そんな一団はすぐにマークされる=必然的に無名パーティではなくなる。という、安易な先入観もあったようだ。

 接近しただけでオート発動する、ステータスダウンのデバフ魔法もいい味を出している。

 だからこそ、彼らの狼狽(ろうばい)はあらゆる面で致命的だった。

 

「(いいねェ、その顔ッ!!)」

 

 風の音がすべてを流す。その慌てる姿が優越感の増長とモチベーションになり、俺は脳がスパークするほど加速した。

 今度はリンドから先行し、左腕による炎のラリアットに続き、俺のシルバーグレイの大剣が横薙ぎで一閃。ドドッ!! と、ごく短い間に鈍い斬撃音を2重に受けてサラマンダーが爆散した。

 途中で小粒の炎弾が何発か掠めたが、そんなものはお構いなしだ。

 ヒーラーのリックがパーティ全体にかけた水属性の《純化の聖膜(ホーリブ・リファイン)》は、対象者を透明な膜で覆ってあらゆる魔法からのダメージと衝撃をしばらく軽減する支援魔法だが、それゆえ見込み違わず炎属性には効果が高い。

 弾速に優れ燃費――消費MPに対し、与えられるダメージ量のこと――も悪くないはずの《火葬球(クリメイター)》や《炎回壁柱(フレイムシリンダー)》といった放出型魔法が面白いぐらい相殺される。

 しかし3人目のサラマンダーを(ほふ)り次の標的を決める頃には、さすがにバフも切れかけた。しかもMobの相手をしていたプレイヤーも完全に戦闘を中断し、すでに加勢に入っている。

 

「ホリファが切れる! リック!!」

「わかってますって!!」

 

 激戦、乱戦のさなかでの指示だったが、青衣装のフリデリックが驚異的な広い視野で応答すると、土妖精(ノーム)2人に守られながら次なる水属性魔法を唱え始めた。

 単体でMP30消費の《ホーリブ・リファイン》を3倍消費で全体にかけたのだ。MAG補正の高い彼らとてさすがに連発はできないが、手札はまだある。

 ものの数秒で範囲魔法が起動すると、直径1メートルを誇る無数の巨大なシャボン玉が、気の抜ける音と共に空域を埋め尽くした。

 水属性の妨害魔法《水玉が浮かぶ撹乱(コンフェッティ・ドット)》。

 体が触れればもちろんのこと、別魔法の命中でも弾け飛ぶ脆弱(ぜいじゃく)な風船群だが、その場合は触れた魔法も道連れだ。普通に発動するだけでは両者ともただ見通しを悪くするだけという、使いどころを選ぶものである。

 だが効果はすぐに現れた。

 

「がァあああっ!? くそ、こいつらッ!?」

 

 ガシュンッ!! という斬撃音。

 最後まで発しきれないまま、また1人が天に召された。こちらのチームによる斬撃がまだ続いているからに他ならない。

 そう、これが厄介な障害物になるのは彼らだけだ。

 一見無造作な展開に見えて、発動者の座標と向きでシャボン玉が出現する位置は固定される。つまり、俺達からすれば透過性の高い障害物のようなもので、視界不良による戦力ダウンには至らない。か

 もっとも、これを『利用』までできているのは俺とリンドの2人だけであるが。

 

「リンド、そっちは遠い! 右をやろう!!」

「ダメだ! 目隠しに乗じて《蘇生(リヴァイブ)》のスペルが聞こえた!」

「減らしゃイーんだよそのブンッ!!」

 

 1人の復活を妨害する時間で1人倒せばいい。それに、蘇生に集中している間はさらに1人が戦線を外れる計算になる。

 という独断のもと、俺はリンドの命令を無視して対人に不慣れそうなプレイヤーを標的に定めた。

 しかし、死角から俺の動きを見ていた奴がいたのだろう。

 仲間の掛け声で俺の奇襲に気づくと、ターゲットは情けない声をあげつつも、意図の読めないメチャクチャな機動で逃げ出した。

 

「(シロウトが! セオリー守れよ!!)」

 

 お門違いな愚痴なのはわかっている。もし男がセオリー通りの動きをすれば斬れる自信があったからだ。

 ゆえに、運任せになった大剣攻撃は空を切り、弱点部位の首や心臓にかすりもしなかった。

 

「クソッ、しくった……!?」

 

 そう感じた瞬間、背後にただならぬ気配を感じた。

 すでに詠唱を終えた隊長格のサラマンダーが待ち構えていて、しかも直後に土属性の大技を放ってきたのだ。

 不覚を認めた一瞬で翅にありったけの力を込めたが、危機を脱する前に仲間から援護が入る。

 ゴウゥウッ!! と、吹き荒れる土魔法によって相手のそれも風化し、無害な砂塵(さじん)へと変貌(へんぼう)した。

 目線だけ寄越すと、最近になってどうにかまともに《随意飛行》で飛べるようになったクロムのおっさんがガッツポーズをしている。

 彼が行使したものは、放出系の土魔法を特殊な風で無力化させる土魔法、《岩屑(デトリタス)》だろう。いわゆるミラーマッチ用のメタ魔法である。

 

「ジェイドや! もっと周りを見ろい!!」

「ハッ、ワリィなおっさん!! 助かった、ぜっ!!」

 

 グリップを絞るように握り直すと、語尾を強めて反撃に出た。

 サラマンダーは力強く、打たれ強く、しかも長い飛行時間まで保証される妖精である。しかし優遇妖精とて、SAOの前線で2年も鍛えた剣術に接近戦では及ばなかったらしい。

 この種族は火の他に土と闇にもある程度適正が利く。たった一手で敗色を示した辺り、先ほど放った隠し玉の土魔法は彼にとって切り札だったのかもしれない。

 

「誰か援護を! ぐあ……そんなッ、こんなに早く部隊が!?」

「いっちょアガリィッ!!」

 

 最後は雑になったが気合いでズタズタにしてやると、敵の司令塔はあっけなく死後に残る炎(リメインライト)になり果てた。

 しかも撃破直後に戦場を見渡すと、先ほど殺しそびれた対人初心者がアルゴのクローにチクチクと追いやられ、そのまま右手の特殊鞭(サブウェポン)《フォー・ハウジング・バーブス》に胴を絡め捕られ束縛されていた。

 戦闘が本職でなかったアルゴに手も足も出ないようでは、彼のこの先が心配だ。

 

「ジェイド、行けるカ!!」

「おう、パスパス! やれるっ!!」

 

 背に力を込めた途端、激しい向かい風を感じた。そして、グラッピングフックで巻かれた敵になす術はない。

 一気に飛揚(ひよう)して射程圏に入ると、ズッパァアアアッ!! と、続く2人目も灰色の鉄塊で両断してやった。

 そうして、ほどなくすると戦闘は終了した。

 保険枠の貴重品だけは仲間のテンポラリ・インベントリに転送される仕様上、ラスト2人になった時点で保管されたものだけでも取られまいと逃走に転換していた。が、全滅まで追い込んだ甲斐があったようだ。

 戦利品はきっちり回収できたし、隣の領土で採れるレア素材ものを含め、なかなか旨みのあるドロップも見受けられる。

 リンドが集団に合流すると、納刀しながら切り出した。

 

「欠けてないな。……よし、念のためアルゴさんとシリカさんは周りの警戒を。いったん降りてリザルトを整理しよう」

「了解です!」

「う~い、おつかれ~」

「オイこの報酬、やけにとなりの領地の特産品が多いな」

 

 それぞれが地に足をつけると、翅をたたんで肩の力を抜く。圧勝したように見えても、これは現時点最大勢力である種族のパーティ狩りだ。仮想太陽こそ沈んでいるがリアル時間は昼真っただ中。しかも今日は日曜日ときている。いくら2年のアドバンテージがあるとは言え、気の抜けない数分だったのは間違いない。

 しかし、飛行限界の残量や武器のデュラビリティチェックをしていると、横からささやくように声をかけられた。

 我らが隊長、サラマンダーのリンドである。

 

「ジェイド、ちょっといいか」

 

 その声にはトゲがあった。眉間にもシワ。嫌な予感である。

 

「……どうした隊長さん。戦闘は文句なしだったぜ、見事なモンだ」

「俺から文句を言いに来たんだ。……はぁ、いいか? 俺達はチームで動く。そしてチームがあれば、それを指揮する者もいる。お前もわかってるはずだ。事前にコンビネーションまで練習したのに」

「オイオイまた命令違反の話か? せっかく勝ったんだし、説教クサいのはなしにしようや。それに、そっから15秒で2人倒したんだぜ? かける言葉が違うだろう」

 

 先ほど、敵の一部は仲間を蘇生させようとした。そしてリンドは阻止を命令した。その判断は極めて合理的と言える。

 ただ、モノは考えようだ。

 遠い位置にいるサポーターを止めるにせよ、付近にいる手頃な若輩者を1人始末するにせよ、結局は1:1交換。《リヴァイブ》の詠唱だって、その効果が適用されるまで片手間ではない。むしろ奴らは、その間は1人欠けた状態を余儀なくされるはずだからである。

 俺は独断で動いたが、ラストアタック回数は5。数ではリンド以上の戦果。それは彼も理解しているはずだし、だとしたらこの糾弾はみっともない(ねた)みにも見えるはず。

 しかしリンドの主張は少し違っていた。

 

「撃墜数を競ってるんじゃない。繰り返すがこれはチーム戦だ。それに、ダメージを負わなかったのはクロムオーラさんの援護があったからだろう。よもやあの瞬間、そこまで織り込み済みで突っ込んだわけじゃないよな?」

「うっ……それは……」

「……ジェイドのことだ。瀕死にはならなかったろうさ。けど、連続キルだって同じだ。アルゴさんのアシストなしに1人で成し得たとは思えない。……チームがお前を救い、その傘の下で戦果を上げただけ。それをゆめゆめ忘れないことだ」

「…………」

 

 顔を逸らすとギャラリーができていて、その視線を意識すると、彼の言葉に対し俺は反論できなかった。

 場当たり的なセリフだけなら、責め句を受けた瞬間に頭の中で10は挙がっている。黙秘したということは、俺がどこかで非を認めているからだろう。

 実際、俺は助けられた。

 情けない話だが、リンドが細かいところまで見ていないだろうとタカをくくり、自分が犯した小さなミスを隠そうとした。

 11ヵ月もリーダーをやっていると、人にアゴで使われるのがどうしようもなく頭にくることがある。

 俺の方が効率よくできたのに、俺の方が的確に指示できたのに、と。起きた事象から責任者だけを遡及(そきゅう)するように、言っても詮無い結果論が次から次へと脳裏に浮かぶ。

 それこそ未熟の証明だと言いたいのだろう。

 結果が出てから道を選ぶのはとても簡単なことだ。難しいのは、見えない未来を想像して行動を決定すること。

 言い負かされた俺は、スゴスゴと引き下がるしかなかった。

 立ち止まっていると危険だからか、すぐに移動が始まる。集団の一味である俺もそれに(なら)うしかないわけだが、しかし落ち込んだまま一行の後ろについて歩いていると、1人だけペースを合わせてくれる短髪の老兵がいた。

 

「気負いしすぎるなよジェイドや。お前さんの気持ちもわかるが、こういう時こそ目上は敬うもんじゃ」

「クロムのおっさん……」

「やはは、前から言っとるが長いじゃろうそれ。普通にクロムで通っとるぞ。……まあ、《軍》にいたころは階級が後ろに付いとったが」

「うーん……じゃあ『おっさん』で」

「くはっ、この捻くれもんめ」

 

 甘んじてデコピンを受け入れると、夜間はむしろ冷える砂漠――しつこいようだがリアル側は真昼間――に深く足を埋めながら、見た目倍以上は年の離れる壮麗の男の語りに耳を傾けた。

 

「リンドはあれで責任感は人一倍強い。お前さんの身を案じてキツく言っとるんじゃろう。……お前さんだって、女の子2人に容赦なく対人戦を教えたらしいじゃないか? けど、彼女達はよくお前さんに感謝しとったぞ。恨みたくなるほど厳しかったが、おかげで今も生きとるとな」

「……キツいだけならガマンも利く。だけじゃなくて……俺は正しいことをしたし、結果も残したつもりだ。扱いが不当だってハナシさ」

「さっき面と向かってそう言い返せばよかったじゃろう」

「…………」

 

 いじわるはこの辺まで、という顔をして、クロムのおっさんは続けた。

 

「ヤハハ……まぁ1人なら、な。お前さんは実力だけならリンドとタメを張れるが、わしを含めメンバーまでそうとは限らない。1人で前に行かれると、次こそ本当に誰も助けに入れなくなるぞ」

「そりゃあ……そうだけど……」

「……助け合えなくて辛いのはお前さんだけじゃない。頼むから、わしにも守らせてくれや、ジェイド」

「え……?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 「守らせてくれ」というのは意外な発言である。レベルも剣術も当初から俺の方が圧倒的に高かったはず。

 俺はクロムのおっさんに貸しを作った覚えはない。むしろ俺の無鉄砲な行動のせいで《黒鉄宮》では何かと世話をかけたし、当時は外野による俺への野次を退けさせるなど、いらない苦労もかけた。こうまでして俺を守ろうとしてくれる理由がわからない。

 しかし、その疑問はすぐに解消された。

 この場で最も年配者でありながら、同時に最も戦力として乏しい、1人の男の葛藤と独白によって。

 

「まともに考えれば暇なだけ。……じゃが、わしが階級を上げる前からずっと《黒鉄宮》の番をしとったのはな、若いモンの更生うんぬんと言った正義感ではない。ただの掃き溜めが行きついた……いわば成りゆきじゃ。逃げたことへの負い目もあったなぁ……」

「逃げた……って、なにから?」

「そりゃあもちろん攻略さ。……25層の戦いで、《軍》から十何人と死者を出した……つまり、わしの友人がこの世を去った、悪夢の日からずっとな……」

「うそ、おっさんいたのか? フロアボス戦に……!?」

 

 クロムオーラはシワの多い眼を細めてうなずく

 これは掛け値なしで初耳だった。俺はてっきり、この男が戦い慣れていないのは根っから争いを好まない男だから。そして大集団の中での加叙(かじょ)が、彼のSAOに見出した生きがいだったのかと。

 しかし、考えてもみればその前提はおかしい。

 SAOのソフト購入者は一部の例外を除き、誰しも次世代機RPGに胸を馳せた生粋のゲーマーだったはず。彼もその1人であったのなら、モンスターとの戦闘を絶った何らかのファクターがなければ不自然である。

 ましてや彼は、恐怖のあまり《はじまりの街》から1歩も出なかったプレイヤーではないのだから。

 

「おかげさまで最終レベルは50以下。ゲームクリアのアナウンスが聞こえた時は後悔すら感じた。とうとうなんもしとらんまま、どこかの誰かが悪夢を終わらせたんじゃな、と……」

「そうだったのか。じゃあ俺が……」

「ああ。お前さんの話を聞いた時は驚いたもんだ。《黒鉄宮》に連れられてきたあの感情的だった子供が。……顔を合わす度に説教じみたのは、逃げた自分への……最後の弁護だったのかもしれん。……おっと、ジジイになると長くなっていかんな」

 

 照れ隠しなのか、彼の言う『子供』相手に饒舌(じょうぜつ)になっていた自分を恥ずかしむようにわざとらしい咳をしてから、クロムのおっさんは歩を止めずに続けた。

 

「つまり、老体を言い訳に、いい大人が任せっきりはまっぴらというわけじゃな」

「あっはは、そりゃあ嬉しいけど、やっぱ運動神経は仕方ねェよ。……なるべく俺らでフォワード抑えるからさ、その……後ろでしっかり援護してくれ。……ほら、おっさんがいなくなったら、俺なんて誰も止められねーぜ? ハハッ、これでも《黒鉄宮》で世話かけたのはマジで感謝してんだ」

「やははは……。昔から気遣うウソは下手だな。そんなあまのじゃくな戦い方が逆に難しいことは、お前さんがよく知っとるじゃろうて」

「……うっ、そうなんだけどさ……」

 

 正論を前に、今度は俺の方が頬をかいて顔を逸らしてしまった。

 彼の種族は《ノーム》。与えられた初期魔法は所持武器を硬く、そして壊れにくくする《武器硬化(アームズロック)》と、剣戟による物理攻撃力に一定時間ダメージ補正がかかる《裁断刀(ジャッジメン・トウ)》の2つだけ。

 鈍足で飛行時間と魔力量に難がある、完全な近接タイプ。その真価は両手用の重装を振るい、大盾を構えて味方の壁になる時にこそ発揮される。実際、同種族のテグハは腕こそ細いが、黒きタワーシールドを前面に重装タンカーとして活躍している。

 戦術という観点からも、開戦序盤から彼を後方へ下がらせるのはナンセンス以外の何物でもない。

 であれば当然、チームへの貢献を期待するなら彼は最前線に立つ必要がある。

 

「けどジェイドや、さっきのことで尻込むでないぞ。自信を持てばいい」

「周り頼れとか、自信持てとか、忙しいな」

「謙虚に勇めということじゃ。周りはお前さんを信頼してるし、期待もしとる。リンドのお叱りは発破(はっぱ)をかけとるに過ぎん……」

「葉っぱ……?」

「気合い注入! ってことや」

「ハッ、どうだか。……ならもっとホメるだろ」

「……世の中、最初は誰も期待しとらん。お前さんが期待を上回ったからこそ、初めて期待されたんじゃ。この順序、わかるか? だから胸張らんかい、ほれ」

「のわっ?」

 

 難しい話がわからないでいると、不意を突かれて強めに尻を叩かれたが、尻をさする俺を無視して彼は続けた。

 

「かっかっ、わしも負けとれん。二言は好かんタイじゃ。やると言ったら死んでもお前さんらを守って見せるぞ」

「ハハッ、またエンギでもないことを。……んじゃこうしよう。おっさんは現実に戻るまで俺が暴走しないよう、ずぅ〜〜っとメンドウを見る。これでSAOの貸し借りはチャラだ」

「そいつぁいい、なら宣言し直さないとな。わしはアルヴヘイム・オンラインを脱出するまで守り切る。どうじゃ?」

「じょーとう!」

 

 ニッと笑い合うと、排斥しきれなかった溜飲(りゅういん)もいつしか下がっている。()いも甘いも知る人間との会話は、たった数分足らずで効果を見せたのだろう。

 しかし互いに決意表明した直後だった。

 

「全員警戒! 狙われてるゾ!!」

「プレイヤーが何人か……上からっ!!」

 

 ケットシー達のその鋭い声に、全員に緊張が走った。

 アルゴの示す方向を見上げると、闇夜に紛れて見辛かったが、間違いなくこちらへ急接近する点が少なくとも10は見える。

 ここは風妖精(シルフ)のホームベースとの境界付近。彼らがどこの連中かは2択に絞られた。

 

「来るぞ! 妨害魔法唱えてやがる!」

「範囲系です隊長! 交戦するしか!!」

「わかっている、構えろ! あれはシルフ隊だ! リックとシリカで対シルフ魔法を!! 全員飛べェッ!!」

 

 珍しく女性を呼び捨てにしつつ、リンドの命令で7人が同時に飛翔した。

 ざっと見で7対10。伏兵がいなかったとしても不利な状況で、あまつさえ先にターゲティングされた。

 快勝後数分という、わずかな気の緩みを突かれたというわけだ。勝って(かぶと)()を締めよ、なんて今さらな教訓を思い出すことになるとは。

 それにシルフの襲来と言っても、これは予期できた、いわば起こるべくして起こる遭遇戦だった。

 シルフ/サラマンダー間の不仲は周知の事実だし、休日の昼間ならなおさら人数を集めてパーティ狩りをしていてもおかしくない。

 現に先ほど、サラマンダーのストレージから奪い取った戦利品の中には、シルフ領で採れる特産アイテムが多く見受けられていた。それはまさしく、彼らがすでにシルフの集団を撃破していた証左に他ならない。

 

「(んにゃろ、目的はほーふくか……!?)」

 

 PvP推奨の世界観。敵対組織のプレイヤーを殺害すれば領主への上納金は(うるお)うし、勢力図への貢献にもなる。

 しかし、だとしたら余計に厄介である。

 明確な目的意識を持った人間が徒党を組んで襲ってきた以上、手ぶらで帰る選択肢はあるまい。むしろ、次の対象が忌み嫌われる脱領者(レネゲイド)なら、一切の罪悪感とて湧かないだろう。

 覚悟を決めたその時、さっそく敵からの範囲魔法が炸裂する。

 

「うわワッ!? 浮力がなんかおかしいゾ!!」

 

 俺も異常を感じ取った。明らかに翅が風を押す反力がおかしい。

 しかし、初見の魔法ではない。

 

「クソッ、これ《大気圧解放(アトム・リブレイション)》だ! シリカとおっさんは補助スティック出した方がいいっ!! テグハ、前線張れるか!」

「任せろ! 隊長を死なせるなよッ!!」

 

 ――あったり前だ!!

 心の中だけで叫ぶと、俺とリンドは重力の狂った大空をどうにかジグザグに飛行し、敵の直射魔法を紙一重で躱し続けた。

 体の真横を鋭い衝撃が過ぎ去る。思っていたよりも敵意の圧が高い。

 すぐに包囲され、リンドをしっかりと援護してやれない状態に持ち込まれたが、しかし焦っただけ相手側の優れた統制に苦しまされた。

 誰を警戒するべきかを、相手も事前に決めていたのだろう。

 

「(ちくしょう、やっぱマークされるよな……っ!!)」

 

 俺の得物は最大強化済みの重厚な両手武器。カウンターとクリティカルの併発、および命中箇所とヒット時のスピードによっては、軽装兵を文字通りワンパンできる火力がある。

 ガチガチの大剣一筋オーラを出す俺への警戒はいかにも露骨(ろこつ)で、剣閃から斬撃の波を飛ばす《斬波(スラッシャー)》や、指でエイムした方向へ螺旋状のミニ竜巻をぶつける《振動扇風(ファン・スインガー)》といった風魔法が四方から押し寄せた。

 しかし俺の目的は敵の隊列を()き乱すことにある。

 左の指関節と手首を直角に曲げると、闇紅の隠し盾《スワロゥ・パーム》を展開。ランダムな機動のまま、どうしても回避しきれないものだけをガードした。

 

「おいリンド! つえーぞコイツらッ!」

「さっきのよりはな!! ほら集中しろ!」

 

 魔法カット率95パーセントの性能に(たの)んだゴリ押し戦法だが、おかげで小粒をいくら受けたところでダメージなぞ微々たるもの。多少の時間稼ぎは難しくなかった。

 しかも俺にはとっておきの闇属性魔法、敵弾吸収の《合成反応(シンターゼ)》と倍加反撃の《脱離反応(リアーゼ)》がある。露天風呂の直前でイベントボスから手に入れた魔法で、少なくとも《シンターゼ》による疑似防御さえ成功すれば、戦線維持への一助になる。

 という算段から、どうにか吸収魔法と非実態円形シールドを駆使して耐え凌ぐと、その最中でリックとシリカが同時に範囲魔法を唱え切った。

 

「隊長! 行けますよ!!」

「よし! 総員、反撃準備ッ!!」

 

 命令を聞いたメンバーが防戦を解く準備にかかった。

 くどいようだが、相手にこちらの声は聞こえない。

 長い詠唱を終え、耳障りな音波とライトエフェクトが一帯を包み、味方2人がかりのコンボ魔法が正しく発動されたことが確認できる。

 シリカが発動したのは《鋭敏な聴覚(ヒア・サーチキーン)》。発動者1人だけでなく、初めの一句を変えるだけで仲間や敵への全体付与ができる、対象条件緩めの光属性バフ魔法だ。

 シリカはそれを『敵全体』へ付与した。

 敵全員にエフェクトを確認。これで奴らの優れた聴覚はさらに研ぎ澄まされ、もはや《静寂性(クワイエット)》などの補助魔法なしには待ち伏せも不可能となっただろう。

 そしてリックが使用したのは水魔法の《空洞現象(キャビテーション)》。

 水中ではより効果的に機能するもので、範囲系の無差別タイプ。

 効果圏内で魔法を使うとすると、発動者の近くで大きな音が鳴る。擬態(ぎたい)や隠密技で身を潜める敵など、発動位置を音で教えてくれる一種の奇襲対策用魔法だ。しかも低級モンスターなら、種類によっては音に驚いてエイミングを狂わせる効果付きである。無論、自分が使えばノンアクティブ状態の敵に位置が割れてしまうが。

 

「(やっと来た! オラ、誰か引っかかれや!!)」

 

 願うと同時に視界の端で動きがあった。

 「2つとも乱戦で役立つものではない」、「魔法の選択を誤っただけか」。さしずめそんな風に判断したのだろう。恵まれた速度補正にかまけて嫌らしく戦域の外周を逃げ回っていたメイジ隊4人は、柄を掲げて迷わず大技の発動を続行しようとする。

 しかし敵リーダーらしきプレイヤーの反応だけは違い、甲高い声で制止を掛けていた。

 

「待って! 魔法はダメぇっ!!」

「(うわ、女だったんだ……!?)」

 

 半端なバイザー付きガレーで顔の半分を覆い、やたら動きのいいサウスポーのレイピア使いがいることには気づいていたが、だからこそ彼は男だろうと踏んでいたのだ。その人物はタンカーのテグハに任せっきりだったが、確かに目を凝らすと鉄製メイルでも隠し切れない見事なふくらみが2つあった。

 これまでの経験上、最初期SAOと違いALOでのアバター性転換は不可能とみて間違いない。肉体の性が変わると、どうしても精神的に悪影響が出かねないからだろう。宿の個室でも借りれば、それだけで『自分の体を使って』極めて不適切なことができてしまうので当然である。

 それも、声から察するに相当若いだろうか。

 カンの鋭い女だったが、いずれにせよもう遅い。

 

「うわぁあああッ!?!?」

「み、耳がァああっ!!」

 

 メイジ隊のすぐそばでキーンッ!! キーンッ!! と高い周波の金属音が連続して鳴ったのだ。

 常人からすれば少しうるさい程度の音であるはずが、大げさに耳を抑えるメイジ隊。エイムも外れ、魔法発動の起点となる座標が消滅したために大技もキャンセル。同時に4人ものプレイヤーを行動不能にしてみせた。

 これが魔法コンボの真骨頂である。

 敵種が限定的だが逆説的に対シルフ、ケットシーメタとして有効で、敵味方ともにHP回復行為を封じる広域光魔法《正々堂々(フェアンドスクエア)》や、あらゆる魔法の発動を不可能にする呪いの闇魔法《沈黙の子守歌(サイレンス・ルーラバイ)》とは違い、こちらだけ自由に魔法を使うことができる土台が出来上がった。

 耳を(ろう)すれば、バランス感覚まで狂うのが人の常。

 

「今だ!! 全員前へっ! ジェイドもなるべくシューターを削れ!!」

「あいよォッ!!」

 

 一気に攻勢へ転じる混成部隊。時には一撃離脱、時には阿吽の呼吸で三位一体の連携アタック。状況に応じたチームプレーが功を奏し、会敵直後の劣勢は次第に持ち直された。

 俺も深夜に反復しまくった詠唱を完了させる。

 我は(エック)祈る(フレィスタ)ああ神よ(エーゴズ)この命と(ェアリング)引き換えに(ブリグザ)汝の力の(ブゥアースキ)片鱗を(ティリッツ)

 闇妖精(インプ)が神と崇める、実質的な悪魔との契約術。

 左の掌に発生した、暗く燃える火の玉。それを握り潰すと、全身の輪郭がデバフを象徴する闇のエフェクトを(まと)い、視界にはかすかに赤い(もや)がかかった。これは両目が赤く発光する演出のせいだろう。実際に単位時間おきに継続ダメージ(D O T)が入っている。

 発動したのは《秘めたる狂性(ロードブハイド)》。自発的な解除をするまで永遠にスリップダメージを受け続ける代わりに、瞬間加速と物理攻撃力にボーナスが付加される捨て身の闇魔法だ。

 死ねない身とあれば本来は禁じ手。

 しかし俺は、この《魔導書》を手に入れたその日には貴重なスロットを1つ消費してセッティングし、毎夜毎晩、誰もいない空で発音の練習を繰り返した。

 集中力を一気に高める。

 翅が一層高周波を刻み、文字通り風を切るようなスピードから万能感を得ると、狭まった視野に1人を捉えた。

 接近は一瞬だった。

 

「死ねカスゥウウウッ!!」

「のがぁあああああああっ!?!?」

 

 ゴッパァアアアッ!! と過剰なエフェクトを放出し、魔法特化の男は死亡宣告の炎に包まれた。

 ついつい汚い言葉(カケゴエ)が口をついてしまったが、布の下に簡素なチェインをあしらっただけの魔術師は一撃で葬り去られた。首への命中ではあったものの、カウンター補正のかかっていない、ただの一撃だ。しかも撃破した敵を彼方(かなた)に見つつ、スピードロスまでほとんどない。

 これが俺の出した結論だった。

 しかるべきタイミングで瞬時に間合いを詰め、確殺の一振りを決めたらヒット&アウェイ。術師のワンパン魔法を、逆にワンパンによって撃たせないことこそ安全への近道説、あるでしょう。

 

「ウッソだろ!? 一発退場とかアリかよ!」

「さっきからあのインプうざいぞ! あいつが《キャンセラー》かッ!?」

「マジなら例の部隊で1番厄介だ!! 《スワロゥ・パーム》で魔法もほぼカットされてる!!」

「ボヤいてないでシンは右翼の援護を! エンハしてるなら逃げて時間稼ぎ! サリバーンはあっちのヤバめな赤服の動きを止めて! こっちも足止めるだけでいいから!!」

『りっ、了解!!』

 

 遠くでまた例の女の声がした。

 魔法を遮断する手段に富む俺のスタイルから、次第に戦闘中に俺を呼ぶ呼称が二つ名の扱いを受けているが、残念ながら嬉しい知名度を前に戦局はあまりよくない。

 ワンサイドのみ魔法禁止の――両耳を手で塞げば不可能ではないが――この状況で、隊長としていい心がけだ。彼女の姿勢からはSAO出身者並みの諦めの悪さすら感じる。

 

「(って、ホメてる場合じゃねェ!! せめてあと1人ぐらいは!!)」

 

 しかし、俺が全身エンチャントをしているせいだろう。時間さえ立てばスリップダメージで自滅する俺と、「さあ正面から斬り合おう!」とする敵は皆無だった。

 戦域を漂うか細い男達は、フラフラとした惑乱作戦に出る。

 

「くっそ、タマのちィせー奴らだなァッ!!」

 

 大剣をカラ振りさせながら、俺はなおも毒づき追撃を続けた。

 どうにか数発弱ヒットさせたものの、追加のキル数はゼロ。

 しかも紅一点の隊長シルフが仲間へかけた低級のデバフ闇魔法《加護を封じよ(シールブレス)》により、適用中だったバフ魔法《ヒア・サーチキーン》が上書きされた。きちんと耳を塞いだままアルゴとリックの攻撃を避けており、全般的にハイレベルな対応力だ。

 エフェクトが消えた途端に響く、輻輳(ふくそう)した低音のSE。メイジ隊が水を得た魚のように活気を取り戻している。

 刻一刻と減り続ける体力ゲージをチラ見した俺は非効率と判断し、《ロードブハイド》を解除せざるを得なかった。

 

「よっし、ドーピングが終わった! インプを挟むぞ!!」

「いいけどこれ、やっぱり声聞こえなくねぇ!? 人数もウワサ通りだし、例のスタッフお抱え用心棒イベントだよこれ!!」

「どっちでもいいわ! なりすましも先月いっぱい湧いてたじゃん! いいからお前は右から!!」

 

 シルフメンバーはそんなやり取りをしていたが、『なりすまし』なんて聞くと頭が痛くなる。

 というのも、俺達の存在が眉唾(まゆつば)物として扱われるほど、現実世界への人間へのメッセージは届きにくくなるからだ。

 おかげで「俺達はここにいる」という、たったこれだけのメッセージを、2ヵ月たった今なお誰にも伝えられていない。

 しかし波長の合った巧みな挟撃で追い詰められていた俺達は、次第に視野が狭窄(きょうさく)していった。なにせ、《ロードブハイド》の使用で調子付いていたなか、実は俺の方が誘い込まれていたことに気づかなかったのだから。

 

「ジェイド、それ以上離れるナ!! 高度を上げすぎダ!!」

「アルゴか!? でも()んないと終わらねェぞ!!」

「リンドの指示ダ、今すぐ撤退スル! もう2分ぐらいしか飛べないだろウ!!」

「くっ……!?」

 

 可視設定にしておいた残量に視点だけを合わせて確認すると、俺のそれは2.0minとあった。となると、水妖精(ウンディーネ)のリックは1分を切っていることになる。

 迂闊(うかつ)だった。レネゲイドの弱点、それは飛行限界時間が種族によってまばらになりがちな点である。まさかシルフの女は最初からこれを狙っていたのだろうか。

 微かな悪寒と共に奴を(にら)み付けるが、横からではバイザー越しの表情までは読み取れなかった。

 俺の他にもリンドとテグハが1人ずつ敵を倒していたものの、女シルフの蘇生アイテムによって敵は未だに8人態勢。彼らの飛翔力はまだ十分残っているはずで、制空権を掌握されたらその時点で雌雄が決する。

 

「まずいぞリンド、早く逃げよう!!」

「お前が突っ走りすぎたんだ!! 下もすでに抑えられている! 各自魔法を避けつつ北に全力で飛べ!!」

『了解ッ!!』

 

 悔しいが尻尾を巻いて逃げるしかない。

 数の優位性があったとはいえ、こちらは睡眠時間を含まず1000時間プレイを超える、そんじょそこらのガチゲーマーをも凌駕(りょうが)するゲーム依存集団だ。俺達をここまで追い込んだ時点で、敵隊長の指揮能力の高さは驚くべき水準である。

 しかし、それでも格下だろうと完全に見くびっていた。ここに来てまだわずかな慢心があった。

 

「(ウッソだろあいつら……!?)」

 

 視界の端に移る、緑色の魔法色。

 シルフの誰かが深夜の厚い雲の向こうで、取得難度が高い風魔法《誘導空路(ガイドラウト)》を味方全員に適用させたのだろう。

 これは対象の飛行速度とバランスに補正をかける補助魔法。相手のアバターを取り巻くように風の渦ができあがり、スティック頼りのプレイヤーの速度が急速に上がった。

 徹底した追い打ち姿勢。

 少しでもグライド距離を稼ぐためとはいえ、現時点で俺達の座標は《高度限界》寸前。単純な撤退すら、許されることはなかった。

 シリカやクロムのおっさんの未熟な飛行を突く練度。弱者を的確に利用した彼らの包囲網は火の打ちどころがなく、一行はむしろさらなる上空へと押しやられ、たった30秒で今度こそ打つ手がなくなった。

 

「た、隊長! この高さから落ちたらっ!!」

「わかっている……クッソ……っ!!」

「待てリンド! 上見ろ!! 陸地があんぞ!!」

「上だとッ!?」

 

 俺の掛け声で、隊員全員が視線を上げた。

 怪しく光る満月よりも高い。ゴゴゴッと風を切り、雲の切れ目から覗いたのは圧巻の幻想風景。

 なんと、直径数百メートルはある大陸が、空をゆっくりと浮遊していたのだ。

 地盤は岩。ゴツゴツの礫岩(れきがん)が幾重にも積層を成して絡み合い、そのわずかな隙間からは丸太のように太い木の根や(くき)が無数にだらりと垂れ下がっている。形状は逆向きの円錐が近いだろうか。

 浮力の源は不明だが、先ほど陸を形成する端から覗き込むように見たところ、立派な館の尖塔(せんとう)を捉えた。ただの背景にしては凝ったディテールの説明がつかず、となればここも何らかのフィールドと見るべきだ。

 風貌(ふうぼう)に聞き覚えもある。確か城内は侵入者を阻む仕掛けだらけで、館の主の配下側に付けば敵対妖精と生死を分かつ戦いを強要されるステージ。

 そして、2ヵ月で(つちか)った1つの記憶がリマインドされた。

 

「(思い出した! これ、《アスガンダル》だ!!)」

 

 正式名、《幽覧城塞・アスガンダル》。

 俺達が仮想世界ごと移動するより少し前に、追加で実装された新コンテンツである。

 『その腐った岩の大地と深く根付いた深淵の森は、今なお廃国の覇王と奴隷まがいな傭兵によって、月のもとに生きつく。飽きぬ探求心に呑まれ、その呪われた館へ足を踏み入れんとする愚か者よ。大いなる洗礼と共に、相応の対価を払うがいい』

 これがアップロード時の謳い文句らしい。

 傭兵扱いのMobどころか、覇王の館で従事する下級の使用人まで多彩な武器と嫌らしい攻撃モーション、および高い火力が与えられている。

 おまけにメインとなる戦闘エリアの標高は、わざとらしくギリギリ《高度限界》より高い。これはすなわち、翅なしでの戦闘を強要されているわけである。

 ただし、デタラメな外観を持つアスガンダルはその進路がランダムで、しかもアルヴヘイム内で『月が出ている』時間帯にしかエリアに参加できない。

 進入法も特殊で、地盤の岩より長く垂れ下がった木の根などにしがみ付き、翅に頼らず100メートル以上よじ登って地上を目指すしかない。

 その特性上、飛行時間に限りのあるプレイヤーは上昇と下降分も抜いて数分間しかエリアを探すことができず、ここを見つけることそのものが困難である。

 ゆえに、俺達が戦闘の最中(さなか)に発見できたのはとてつもない幸運だった。

 

「(追ってくるか? 来るなら来い……っ!!)」

 

 覚悟はできていた。

 振り返ると、アスガンダルを目視した敵の対応も連動して変わる。

 そして……相手の怒号を聞いた瞬間、俺のすべての思考が停止した。

 

「ミカドさん、アスガンダルです! まだ追いますか!? たぶん逃げ込まれます!」

 

 敵のメンバーが、こう叫んだのだ。

 

「(は……今、なんつった……ッ!?)」

 

 全身の毛が逆立つ。

 『ミカドメ』の聞き間違いだろうか。ヒスイの本名……そんな、まさか。俺がずっと追い続けていた名前を、敵の男が発したとでも?

 

「くっ、サイアク……蘇生班の合流を待つよ! 追うのはいったん中止!」

「聞いたな、みんな下がれってよ!! 1回立て直す! ……おいサリバーン! 前に行った奴らに伝えてくれ!!」

 

 隊のしんがりを務めていた俺とリンドには、ギリギリその号令が聞こえていた。

 何も知らないリンドはホッと胸をなでおろしている。連戦、奇襲、数の暴力を損害軽微で乗り切ったのだ。大きな運要素があったとはいえ、いくつかの回復アイテムと引き換え程度なら快挙である。

 しかし俺は違った。

 女隊長の名を聞いてすぐ、翅の振動に急制動をかけ、見えない手に急かされるようにクイックターンをすると、1人先行していたシルフとサシで再び交戦しだす。

 リンドを含め仲間からの呼びかけも無視し、意図が読めずに戸惑うその敵すらも1人パスすると、俺は遠くの女へ大声で叫んでいた。

 

「ヒスイなのか!? 俺だ! 俺はジェイドだッ!! わかるだろうっ!!!!」

 

 それは力の限りを乗せた咆哮(ほうこう)だった。

 しかし、「えっ……なに、ミカに言ってる……っ!?」と。彼女(・・)の反応は(かんば)しいものではなかった。

 その態度にどうしようもないもどかしさと苛立ちを覚えると、俺は舌打ちをしてポーチに手を伸ばし、手に入れたばかりのアイテム《翡翠(ひすい)の魅了石》を女に投げつけてやった。

 言葉も顔も忘れたのなら、いっそ遠回しにでも思い出させようとして。

 サラマンダーがドロップさせたばかりの鉱石アイテム。消費すると一定時間アイテム発見力を上げるだけのポピュラーなもので、慣れたプレイヤーならアイテム名を確認するまでもないだろう。

 されど、それを受け取ってもまだ相手の表情が変わらない。不可解な行動に首をかしげるように。まるで、思い当たる節など存在しないかのように。

 そして回答を聞く前に状況が動いてしまった。

 

「とぼけんな! 俺がどれだけ……ッ!!」

「なにをやってるアホ!! さっさと下がれ! 置いていくぞ!」

「バカモンがジェイド! 後ろじゃあ!!」

 

 遠くからリンドの、そして至近からクロムのおっさんの声がして振り返ると、シルフがまた1人肉薄していた。

 完全に反応外。衝突に備えて身を固めた刹那だった。

 1人の老兵の背が視界を遮った。

 限界高度すれすれの戦場で響く爆音。いったい何が、なんて考える間もなかった。

 彼が俺を守ってくれたのだろう。凄まじい衝撃だったはずだ。

 だが、魔法を駆使した突進を生身で受け止めた男は、敵を空中で敵を縫い付けたままこちらに一瞥(いちべつ)もくれず、枯れた声で一言だけささやいた。

 

「行け、今は前を……わしの誓いは、お前さんが果たせ……」

「おっ、おっさん!? イヤだッ!! 俺も一緒に……ぐゥっ!?」

「いい加減にしろヨ、このバカ! 下がれって言ってんダロ!!」

 

 ほとんど殺傷性のないアルゴの特殊なムチ(サブウェポン)、《フォー・ハウジング・バーブス》で腕を絡め捕られると、俺は強制的にシルフ隊と距離を取らされた。

 敵の背中にへばりついてどうにか時間を稼ごうとするクロムのおっさんと、そのシルフ隊がみるみる遠ざかっていく。

 飛ぶ力が半減する代わりに全身を硬化する土魔法、《固縛体化(リストリクション)》の発動によって今は凄まじい物理防御力を得ているが、その抵抗が1分と持たないことは誰の目にも明らかだった。

 

「まっ、待てよ! おっさんがまだ!!」

「もう助からない! 上に逃げるんだジェイドッ!!」

 

 受け入れるより方法がなかった。

 ミスでは許されない、大きな過ちを犯した感覚。

 早計なバイアスがもたらした、あってはならない浅はかな願望。

 全身の血が騒ぎ立て、同時に神経の先では現実を拒否するような麻痺が襲う。その罪の重さを自覚すると、アルゴの鞭やリンドの手を振り払ってでも彼の救出に向かいたかった。

 クロムオーラという男は、俺をずっと見ていてくれたのだろう。俺が逆走した瞬間には自分も続き、窮地(きゅうち)と見るや何の迷いもなく、たいした打算もなく、体を張って暴走するクソガキを助けようとしたのだ。

 翅に限界がある以上、結果は見え透いていただろうに。

 

「(ああ……クソッ、なんで俺はあんなことを……っ)」

 

 敵の女を、彼女(・・)と勘違いしたばかりに。しかしだからこそ、俺は戦友を見捨て空の城塞へ逃げる他なかった。

 無意味と悟りつつ、拘束されていない腕だけが彼方へ伸びる。

 灰のような粉が吹き(すさ)ぶなか、音もなく、ただ仲間を失う喪失感を無力に眺望(ちょうぼう)する。それだけで、今わの(きわ)に遺した彼の小さな懇願(こんがん)が、何度も頭で反芻(はんすう)された。

 善意も決断も無慈悲に。

 今度もまた、薄情者だけがのうのうと生き残るだけだった。

 

 

 

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