ヒロインズロード10 『帰還』
西暦2025年1月7日 東京都
【超速報】ソードアート・オンラインがガチでヤバい件について【SAO】
0002 無意味な名無しのレス包食
◇ Nxb4tzATcok 2022/11/06/16:37:29
SAO開発グループ 公式サイト ×××,×××,×××216
0002. これガチ?
0003. >>1乙。けど実際ヤバいのはソフトじゃなくてナーヴギアの方な。
0004. オタがリアル異世界転生できるってマジ?wwwwww
0005. 華麗に1ゲト
0006. 前スレ消費はえぇ 後いちおつ
0007. >>1 これ本気だとしたら今後のVRゲーのが幸先ねーぞw
0008. 今SNSで確認したところ事実っぽい。俺の友人が住んでるアパートに購入者いて、付近にパトカーが何台も止まってるらしい
0009. >>4不謹慎すぎワロタ
0010. マジレス乙
0011. すでにアーガスは回線が混雑してるらしい。少なくとももう何時間も前からログアウト報告ないし、公式の情報見ると開発者も一部連絡がつかないんだとさ。テレビ速報だとまだ詳しい部分ぼかしてるっぽいけど、メーカー側がトチ狂ったのは間違いないと見ていいよ
0012. 何番煎じのスレだよwww
0013. 人数ヤバすぎない?
0014. ワイ将徹夜組敗北者、呆然
0015. ↑ヤバすぎて草も生えない
0016. 明日月曜だけどこれで会社とか学校休む奴は「ゲームがやめられませんでしたw」とかいうのか?(呆れ)
0017. >>11逃げてんじゃねぇかwwクズ野郎かよwwwwwwwww
0018. そもそもこっちに帰って来られないんですがそれは……
0019. 今死んでるのだけで200人いってるのかこれ!?
0020. な、なんだってー (AA略
0021. これで現実とかいう超ハードモードから抜け出せるとか、軟禁されてもいいから俺もゲームの中に行きたかったんだが
0022. つーかβスレ見たことあるけど、道中長いだけでクリア半年もかからんだろこんなヌルゲー。たかが数ヶ月のためにディレクターの首飛ぶとかwwww
0023. 役に立たん引きこもり一掃されてwinwinだし多少はね?
0024. 正直うらやましい
ここまで読んで、端末の画面をスクロールするのをやめた。
少しだけ
しかしヒスイが温厚だからというわけでもなく、こうした……いわゆる過去に書き込まれただけの不特定多数による感想を覗いてしまったとして、おそらくネット世界に憎悪を抱く当事者はすでにいないだろう。
ヒスイ達の意識が回復しただけでも一大ニュースだったのだ。同時多発的に起こった1万人もの幽閉者に、初日だけで数百人と死んだ狂気のデスゲームとあれば、当人の知らないところでメディアの好むシンポリズムに晒されたことは想像に難くない。今しがた目についた記事も、2年前の同時期に立てられたものである。
ウンザリはしたものの、現にヒスイは単なる好奇心でサイトのリンクを踏んだ。
こんなところに『彼』の情報が載っているはずもないのに。
「(こうして通ってるのに、あなたは返事も返さないんだから……)」
自宅から離れた病院に電車で向かいながら、ヒスイは流れゆく風景を眺め、想いを馳せる男性に心の中で独り
虚構の世界から現実に復帰できた者達。
自由と人権を取り戻した約6000人もの人々は、それでもなお新しいハードルを飛び越えなければならなかった。
もちろん、それはヒスイとて例外ではない。
高校に入学した年で現実を離れ、卒業する年になって復帰する虚しさと
もっとも、2年も姿をくらました生徒が、『元々いたみんなの学友』として迎えられないことは理解しているつもりである。彼らの主観で見れば、特に接点のない同級生なんて転校生か引きこもりの復学と変わらないのだろう。
ましてや、同学校からSAO事件で1人の死亡者が出ているのだ。精神状況に配慮するあまり、クラスメイトがヒスイとの距離に一線を引く事態は容易に想像できた。
痩せ細った体では至るシチュエーションで無理が起きる。ある意味では、この肉体に本来の魂が戻った瞬間、高校生最高学年としてやり直せと言われなかったことは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
「(でも、ああそっか……もうあたしJKでもないんだ……)」
ふと、1つの貴重なステータスを失った気がして、さらに気持ちが沈んでいく。制服も買い替えず、高校行事のあらゆるイベントで友人と思い出を共有できなかった事実が今さらのしかかってきた。
ヒスイは現在、学生ですらない。しかし基礎学力、私生活、健康状態が著しく周囲と
未だに帰還しようとしない
もし、覚醒することがあればの話だが。
「(それにしても、理由ありきで帰って来られないのだとして……まだ原因不明なんておかしいでしょう。もう2ヵ月もたっちゃったよ、ジェイド……)」
見舞いに向かう車両に揺られながら、自分が今でもプレイヤーネームを懐かしんでいることに気づき、その往生際の悪さに内心で
あれだけ危険な目に遭ったのに。
1ヵ月以上入院していた薬品クサい
だのに、心のどこかではまだ捕らわれているのだろう。あるいは、現実に復帰してから真っ先に彼と再会し、互いに将来を語り合おうと息まいていたからかもしれない。
「ヒスイ」という名前で呼ばれることが、時々恋しいとすら思う。
18歳の生徒であるより前に、
という動機から、彼らに会えないのだとしても、せめて情報を少しでも手に入れんと携帯端末をいじっていたのである。不作もいいところだったが。
しかし同じ境遇の人は300人もいると聞いている。そのうち誰か1人でも目を覚ませば……。1人目の覚醒が例え奇跡だったとして、きっとその生還法は他の昏睡状態の人へも応用できるはずである。
そんなことをつらつら考え、数分。
『次はー航空公園駅~、次はー航空公園駅~』
「(やっとついた……)」
車掌さんのアナウンスによって意識を戻されると、気が
しばらくして車両が完全に止まると、ヒスイ/
徒歩10分ほどで目的地に到着。
こじんまりとしたロータリーを横切ると、バリアフリーを意識した段差のないスロープが長く続く。煉瓦色の角ばった建造物を、自動開閉ゲートを渡って正面から進入し、暖かい空気に迎えられたため上着を脱ぎながら歩くと、慣れた態度で係員に話を通す。
すると「いつもごくろうさまね」とだけ言われ、発行してもらった通行パスを手に取り、案内もないまま通路の奥へ歩き出した。
患者と呼称していいかわからないが、それでも多くのゲームプレイヤーの命をつなぎとめた民間経営の高度医療機関。
少なくともこの1ヵ月で、受付の方と軽く会釈するだけで来院目的を察してもらえる程度には通いつめてしまった場所である。
想い人がいる部屋番号はおろか、院内構造のほとんどを把握してしまった玲奈は、乾いた喉を
たまには当人の病室以外に目を走らせてみるものだ。『ナース休憩室』はともかく、『リネン室』は初めて見た。意味もわからない。きっとこんなことにならなければ、人生にとっても背景の一部でしかなかっただろう。
しかしお目当てのスポーツドリンク用に小銭を用意しながら歩いていると、意外なことに自販機には先客がいて、しかもその相手はよく知る者だった。
「あ、ひとみさん。お久しぶりです」
「おおっ、ドメちゃんだ。スカート珍しいじゃん。なに、またあいつのために来てくれたの? 悪いねぇどーも」
背の高い女性が振り向きざまに手を振った。
『ドメちゃん』は生まれて初めてつけられた愛称だったが、弟に似て相変わらずのラフっぷりである。いや、順番的に彼が姉に似たのだろうか。
なんにせよ、言われて気付いた。確かに今日のコーディネートは珍しい。色も暗く随分とイモい格好で外出してしまったが、知人と会うならもう少し考えればよかった。
相手は対照的に凝っていて、上は白シャツの上にはぴったりとしたカーディガン。しかしネイビー色のデニムのスキニーと栗色のムートンブーツが全体をまとめていて、スッと伸びる高身長、わずかにパーマのある黒髪セミショート、腰に抱えるベージュのトレンチコートまで含め、まるで男装した麗人モデルのように見えた。
姉弟そろって成長期が早く、おまけにそれが長かったらしく、その
玲奈は「メイクは最低限したしセーフ!」なんて、若干たじろぎながら話を続けた。
「いえそんな。学校がないとわりとヒマなんですよ、こっちも。……それに、寝てるだけの彼はもっとヒマでしょうから」
「うわやっさし。カ~もったいないね、あんな奴には」
「えへへ。でも、大学はいいんですか?」
「なーにをおっしゃるドメちゃん。今日は土曜だよん」
「あっ……はは、忘れてました……」
いくら休日と平日の境が
改めてあいさつを交わしながら病室に向かう途中、玲奈は並んで歩くスレンダーな女性を
彼女と初めて会ったのは3週間と少し前。衰えた筋肉のリハビリもようやく
そう、つまり偶然に居合わせたのではなく、わざわざ足を運んでもらったことになる。通院中、仲の良かった友人とは何度か会ったが、さすがにこの時点で見舞いに来る者は家族以外にいなかったのでよく覚えている。
「(そういえば、大瀬崎家で初めて会ったのはこの人だったなぁ……)」
しかも開口一番で彼女の弟、つまりレンのことを聞かれた。
どうにもSAOにダイブするプレイヤーに対して、政府側もまったくの不可侵だったわけではないらしい。1万人の命に関わる行為、すなわちプログラムの解除や《ナーヴギア》の破壊こそ
こうした監視体制は当然、必要とあらば家族、親族への状況説明ができるという点も兼ねている。
という側面から、あらかじめ
知り合いなのか、どんな関係なのか、そして彼は生きているのか、など。ドカドカ聞いてきたのは、そもそも意識を取り戻した日に、玲奈の方から繰り返しレンのことを周囲に話してしまったのが大きいのかもしれない。
取材に来た国政府の人に掠れるような声で嘆願し、どうにか「電話でなら」と掛け合ってもらい、ジェルベッドの上で安静にしながら、意識の戻らない一部のプレイヤーが目覚めるのを今か今かと待ちわびたものだ。
なんとも哀れなことに、当時はタイムラグだと思っていたのである。
けれど、現実世界で電話越しに彼氏と話すという、こんなにも小さな願いすら叶うことはなかった。
ともあれ、玲奈から先にアプローチした経緯もあって、瞳はレンがこの2年をどう生き抜いたのかを聞いて回っていたらしい。聞き込みはリアルでも友人関係にあったルガトリオに続き、玲奈が2人目だったそうだ。
「あ、ここはウチの使うから」
「はい。お願いします」
そうこう話しているうちに病室へ到着した。
せっかく借りたパスカードだが、瞳のものをスリットにかざすと、玲奈のそれはお役御免となった。
ほとんど開閉音を立てずに無機質な扉がスライドし、わずかに気を張ってから入室。好待遇ゆえに相部屋ではなく、濃度の高い薬品の匂いに顔をしかめながら、ついに彼と面会した。
けれど、区切られたカーテンの向こうには、未だ意識の戻らない衰弱した空っぽの肉体だけがジェルベッドの上に
しばらくは体温の低い手を握って寄り添ってみるも、どうしようもない虚しさと、握れば折れてしまいそうな細い感触に嫌気が差して立ち上がった。
瞳は彼の伸びた爪を切り、日用品の補充を終えて帰るところだったらしいが、「せっかく美人ちゃんが来てくれたから」と同席したいとのことである。
――まったく、口のうまさも憎たらしいほど弟と似ている。
「罪な男だよコイツも。超カワなドメちゃんをこんなに待たせるなんて。あ、そういえば馴れ初めはどうだったのさ? 聞いてなかったよね」
客である玲奈に質のいい深い椅子を
あまり人の家庭環境について深く追求する気はなかったが、彼女だけがよくジェイド……レンのことを聞いてくる。
「馴れ初めですかぁ~……なんだかハズかしいですね。と言っても初めはヒドいものでしたよ。反発し合っていたというか、なんというか。声をかけたのはあたしからだったんですけど、それは説教のためで……」
「説教! へぇっ、そりゃ意外。までも、わりと男女関係なくつっかかってたっけ。……ったく、コイツはどこ行ってもメイワクばっかり」
「ああ、いや……けどあたしも最終的には助けてもらいましたし、そこはどっこいです。……変わったんですよジェ……レンも。ずっと前、グチグチ言っていたところをひっぱたいてみたら、なんだか日に日によくなっちゃって」
「プハッ、なにそれ~。超オモロいぢゃん。まーコイツ昔からそういうところあるからね。まっすぐにしか進めないバカだから、ウチがハンドル握るしかなかったっていうか」
「そうっ、それなんですよ! しかもブレーキまで故障してて!」
こんな会話をしながら、横たわる本人の目の前で散々笑ってやった。
最初のうちはケロッと起き上がってツッコミの1つでもかましてくれると期待したものの、やがてそうした望みも薄れてしまう。
そしてしばらくSAO内部の話で盛り上がる玲奈達だったが、ふと彼女はこんなことを口にした。
「でもなんでゲーム終了の直前まで一緒にいたのに、コイツだけ帰って来られなかったんだろうね? ……や、ドメちゃんを責めてるわけじゃなくて。もしかしてSAOを作った人……カヤバさん、だっけか。あの人がまだなにか企んでるのかな」
「う~ん、あたしからもなんとも。……でもなんていうか、ヒースクリフさん……ああつまり、茅場さんがゲームを終えると断言した時の声と表情から、どうもウソを言うようには見えなかったんですよ。言葉にしにくいんですけど」
「ふぅん。まあドメちゃんが言うならそうなんだろうね。……ハァー考えてもわっかんなや。学校行ってた時は遅刻魔だったから、単に寝坊かも」
「あっはは、それはさすがに……」
落ち着いたところでドアにノックがかかり、看護士による定期健診の時間になっていたことに気づかされた。
ナース服をぴっちりと着こなす女性は、若作りしているが
無言で見つめるなか
しかし玲奈は、その直前になって彼女が持つ電子媒体のサイン表が目に入ってしまう。
そしてほとんど反射的に、引き
「あのっ、すみません」
「えっ、はい……? なんでしょうか?」
「その……この人、特に変わらないでしょうか? もう2ヵ月です。……その、目覚めるような兆候とかは……」
座ったままの瞳と、目の前の看護師は、それだけ玲奈の言わんとすることを悟ったようだ。
困ったようにあごに手を当て、女性はゆっくりと答えた。
「変わらず、といった感じですね。……まあでも、変わらないというのはその……『例の事件』の時からずっと変わらないのよ」
「と言うとSAO事件から、ですか?」
「ええ、一種のバイタル異常ね。結構な頻度で体温と脈拍が異常に上がって、酷く汗をかくんです。ちょうど御門女さんが以前いらした時もそうでしたよね?」
「はい。静かに寝ていたのに、突然苦しそうにしだしたのでビックリしました」
「
「その内の1人がジェイド……」
ここまではおおむね知っている。また
やはり間違いない。
300人の中に、明らかに法則を脱したプレイヤーがいる。それが見ず知らずの他人なら捨て置くことだったかもしれないが、長く付き添った恋人となれば別。
この事実に気づいてから、玲奈はルガトリオこと、『
無論、玲奈達は一介の元学生。
家族の承認はおろか、いくら政府の人に頼んでも『コンプライアンスに反する』などと、かけあってもらえなかった。
しかし逆サーチした相手側もわずかな希望を
かくして得た情報は、それらの発症者が男性5人、女性2人であること。また、発作が起きるタイミングはほとんど同時期で、それらの内5人がアインクラッドにおける上層階で過ごしていた、すなわち《攻略組》だったということである。
これは、玲奈の個人的な調査に初めから意欲的に貢献してくれたお国の公務員、怪しげな長身メガネの男性からの証言だった。
すべて偶然だろうか?
プレイヤーの開放日である去年の11月7日から数日は特に顕著だったらしいが、彼らが今なお敵と戦い争っている可能性もあるいは……、
玲奈は女性の持つタブレット端末を指さすと、核心に迫った。
「あの、それは彼のカルテ、ですよね? 差し支えなければ、あたしにも見せてもらえないでしょうか? できればこの2ヵ月間分を全部……」
「ええっ!? それはちょっと……患者さんの個人情報となりますので、持ち出しも会社の約款的に……。ご家族の方の許可があれば、一部を閲覧することぐらいはできますが、それも主治医と相談してからになるかと」
「そう、ですよね……無理を言ってすみません」
「家族の許可ですか? それなら出ていると伝えてください。ドメ……御門女さんとは顔見知りですし、父や母もきっとそう答えると思います」
「ひとみさん……」
助力を提言してくれたことは嬉しかったが、玲奈は立ち上がっていた彼女へ思わず振り向いてしまった。
「いいって。仮想世界で一緒に過ごしてたなら、なにかわかるかもしれないし」
「で、ですが大瀬崎さん、ご両親は本当に……」
「だ~いジョーブですって。ほら、ちょっと見るだけと言ってますし、姉の私も反対してないんです。見られてどうこうできる情報でもナシ。いいでしょう、
「う、ん……まあ、大丈夫だとは思いますけど、一応聞いてきます」
そう言って退室した彼女を見送ると、室内には再び2人が取り残される。
ちゃっかり一人称をフォーマルなものに変えたり、さりげなくボディタッチしたり、彼女をきちんと名前で呼んだり。名札を覗いたのか元から知っていたのか、こういうところで駆け引きがうまい。『
それにしても意外である。確かにレンのことを知ろうと大瀬崎家と連絡を取り合い、彼のご両親と対面したことはあったものの、それは時間にして長くないし、自分のことについて深く語った覚えもない。瞳が2つ返事で快諾してくれたのは、単に彼女のあけすけとした性格ゆえだろう。
ほとんどまだ他人なのに。
その友好的な姿勢に、玲奈は改めて礼を述べた。
「ありがとうございます。見たから原因がわかる、というわけではありませんが」
「あっははは、そりゃあね。ま、ウチのバカ弟のせいで長いこと拘束させちゃってるみたいなトコあるし、なんかあったらどんどん言ってよ。なるべく力になるからさ」
「はい、そうさせてもらいます」
失礼ながらバカ、というのは卑下したわけではないだろう。
通っていた学校の偏差値と成績、および授業態度を聞いた時はさしもの玲奈も
そうしてしばらく待っていると、看護師・榎本は数分後に紙束を抱えて戻ってきた。そして「確認してきました。持ち帰らなければご自由に。私は次の検査がありますので、帰宅される際は受け付けにお願いします」とだけ断ってから、過去の資料を手渡してくれた。
玲奈は深めにお辞儀をすると、早速その場でペラペラとめくって目を通してみる。
「(これ……予想が正しければ……)」
すると、いくつかは専門用語と難解な考察だらけで読む気にもなれなかったが、束のちょうど真ん中あたりでお目当てのものを発見した。
そこには日付、時間を横軸に発汗量、体温、
そしてここも予想通り。そこには明らかな規則性があったのだ。
「(この『警戒レベル』って表示……どう見ても休日だけ突出してる。平日じゃなくて、休日に活発になるの……?)」
しかもクリスマスや年末年始など祭日は終始波形が穏やか。これをゲーマーの電図とするなら、むしろ違和感のない結果である。
稀に水曜日の午前4時から数時間かけて容体が急変している現象は不自然だったが、学生であれ社会人であれ、基本的な生活サイクルは誤魔化しようがない。
たった7人だけが。
まるで、現実世界とリンクしているように。
『SAOは完結しておらず、悪魔の遊戯が続けられている』という定説が有力だが、前述の通り玲奈は茅場晶彦という男の本音を聞いた身である。あの崩落した浮遊城を見るに、彼の虚言説は肯定し難い。さりとてこのデータから読み取ると、いずこかのネット通信型ゲーム世界に生きている可能性は否定しきれない。
とすれば、別の世界に移ってから『SAO事件』に便乗した第三者に管理されている、とは考えられないだろうか。
かの狂人科学者のような人間が続出しているとは思いたくない。だが、この仮説が通るなら、多額の補償金によって解散を余儀なくされた《株式会社アーガス》からサーバの維持を委託された企業……すなわち大手電子機器メーカー《レクト》か、少なくともそれに属する子会社が
もちろんゲームだけとは限らない。彼らが大体的に行っている民間とのオンライン事業は、それがいかにゲームとかけ離れた目的のものでもすべてマークするべきである。
「(ジェイド……あなたはまだ戦っているの? もしそうなら、なんのために……?)」
悔しさのあまり、口に手を当てながら頭を働かせる。
苦しいのなら、辛いのなら、せめて寄り添ってあげたかった。自分だけ悠々と暮らしていることに憤りすら感じていた。
しかし同時に、ほんの小さな兆しが見えた。
半刻ほども眺めてしっかり記憶してから、玲奈は生まれた疑問と持論を瞳に――ゲーム初心者にもわかるよう丁寧に伝えてみた。
「な、なるほど。ウチはあんまりゲームに詳しくないんだけど……そんな視点があるなんて。いやホントに感心しちゃったよ。一応ね、ご覧になるか、とは聞かれたんよ。けどシロウトが見たってどうしようもないと思ってたから、ウチも親も医師に任せますって。……ドメちゃん、マジでスゴいね」
「いえ、まだなにもわかっていません。ただ……目隠しが取れたような感じですね。あたしの他にも、プレイヤーが目覚めない原因を探っている友人がいるので、そっちにも報告しておきます。今日はありがとうございました」
「ううん、こちらこそ。……まあ、ホドホドにね。帰ってきて欲しいのはもちろんだけど、これはウチらの問題だから」
「いいえ、ひとみさん。あたしの問題でもあるんです」
目を見てきっぱりと即答すると、瞳は頭を掻きつつ「……そうだったね、ごめん」と失言を謝ってから帰宅の準備をした。
それに
彼女も電車を利用したらしいが、方向が違うので駅のホームであいさつをして別れた。
それにしても今日は非常に前進できた。リハビリ期間中や病み上がりは行動制限もあったが、それにも増して彼の姉から協力が得られたのは大きい。見舞いでいくら誠意を見せたとして、彼女なしにあれらのデータに相まみえることはなかっただろう。
画面設定を戻したスマートフォンで、かつてのレジクレメンバーである井上和義に連絡をした際も、やはり手に入れた情報には嬉しそうにしていた。電話越しからは正式にお付き合いしたというアリーシャ――本名『
これを元に今後の調査をどうするか、どこを重点的に調べていくか。闇雲だった事情聴取はいったん止めて、《レクト》と直属経営の子会社を洗う方針も固まる。そんな話をしていると、行きとは違ってあっという間に所定駅についてしまった。
騒音は厄介だが、自宅と最寄り駅は近いのですぐに家に到着した。
築20年の年季が入った木造建築だったが、こうしてみるとまだ小綺麗なものである。鍵は持っていたので忍び足で入ったが、建付けの悪さが独特の摩擦音を出してしまう。
するとすでに目覚めていたのか、ずいぶんと破廉恥な格好をした姉がドタバタとやかましく玄関で出迎えてくれた。
「レイちゃんおかえり~! またカレのとこ行ってたのぉ!?」
「シぃズ~、『ちゃん』はもう止めようってあれほど……」
「ええぇ今さらムリだよぉ。恥ずかしいんでしょう!? レイちゃん! レイちゃん! あ~懐かしいよこの感じ!」
「もうーわかったから! ほら寒いんだし、風邪ひかないようにもっと服着てよ。まったくシズは……2年たっても変わらないんだから」
インナーに肌色のヒートテックを着用しているものの、上にはフリフリのキャミソールがのっかっているだけなので、パッと見では少々いただけない痴女と化している。これでも3つ上の姉というのだから困ったものだ。
両親も食糧の買い出しと喫茶店での一服が済んだところ……すなわち不在であるらしく、玲奈はセリフ以上に慌てながらグラマーな姉を奥に追いやった。
彼女の名は『御門女
家族間では略称で呼び合っている。
身長はほぼ互角だが、スリーサイズで全敗。雪国レベルの肌の白さに加え、髪は玲奈が知る頃より変化し、澄んだ明るいブラウンになっている。間抜けた表情をしているくせに大抵のボードゲームで勝ち越したことがなく、唯一差をつけて白星がついたのは体を動かすスポーツぐらいだろうか。しかも、それすら仮想世界では逆転された。
身体的特徴と言えば甘く高い声、両目に泣きボクロ、各関節の異常な柔軟性や、玲奈同様左利きといったところか。
瞳と同じく大学3年生で、成績は上位をキープしているクセに玲奈以上にゲームに
昔から隙あらば甘えたがる重度のシスコンで、高校に上がってもなお一緒に買い物に行こうだの、温泉に行こうだの、年甲斐もなくスキンシップはかなり多い。
もっとも玲奈とてそれが苦ではなく、
おまけに成人しても実家に居座り、親に服や食事をねだる甘えん坊さん具合は、ファザコンであり、マザコンであり……つまり
しかし玲奈の記憶する限り、運動不足の彼女はおなかにもっと脂肪がついていたはずだが、この2年で見違えるほど絞られている。おやつ
おおかた予想はついていたが、上着を廊下のハンガーにかけながら一応聞いてみることにした。
「それにしてもシズ、だいぶおなかへこんだよね。やっぱり仮想世界のおかげ?」
「んん~? ああこれねぇ。そうだよ、仮想世界で『食べた気』になって、その満腹感を忘れないうちにログアウトするの。普通は大事なところから減ってくハズなんだけど、これがビックリするぐらい効果的で」
「ふーん。じゃあ思ってた以上に馴染んでるんだね」
「えっ? ……ああっ、違うの! レイちゃんが向こうに行っちゃってから、その……静も気になっててね。仮想世界はどんなところだろう、って。友達には結構言われたんだよ? でも妹が大変な時だからこそ、静がもう1つの世界についてほとんど知らないのはイヤだったから。……だって、もう……会えなくなるかもだったし……」
早口で弁解する姉に、玲奈は慌てて否定した。
「あー違うよシズ、別に責めてないって。むしろあたしのことで負い目を感じてなくてよかったよ。あたしは昔からゲーム好きな家族が好きだったんだから。……今はSEデザインだけど、お父さんだってVR専門のゲーム会社にいるんだし。……ねえ、覚えてるでしょ? お父さんの会社の不祥事のこと」
「う、うん……」
玲奈の言うところの『不祥事』。
つまり、父の務める部署の上司がディレクターを担当したゲームタイトルから、不具合を発生させてしまった事件。
そのエラーは非常に軽視されるべき問題だった。しかし
ストーリー進行に必要のない、揚げ足取りのようなバグ操作で冗談めかした動画が拡散された。ヒットシリーズの続編で、期待の高さからパトロンからの投資された額も頭一つ抜けていたが、結果的に
親の仇でも取るようにネットにバラまいた心無い者達は今でも憎い。父もマスターアップ前は連日夜遅くまで残業していたし、よっぽど悔しかったに違いない。
そうした経緯から、最先端の事業部コースを外され、他にいた開発担当グループ同様、3年たった今でもうだつの上がらない待遇に伏しているらしい。まったく、大人は見る目がない。
しかしだからこそ、御門女家は物事の側面だけを見て事象を全否定しないよう、その事故を反面教師にして生きてきた。
それは姉とて同じ。
確かにナーヴギアは、妹の玲奈を閉じ込めた悪魔の
だが、一家は口々に仮想世界を拒絶しなかった。むしろ門戸を広げ、理解しようとさえした。アーガスがライバル会社だった父を含め、あくまで《ソードアート・オンライン》の総合的な完成度を高く評価していたのだ。
この2年では流線ヘッドギアタイプの《ナーヴギア》後継機に当たる、同心リングが並んだ円環形状のセキュリティ強化版ハード《アミュスフィア》も販売されている。メディアの努力とVR世界への期待から
とはいえ、玲奈が2年におよぶ眠りから覚めたその日に、自宅でこれを2台も所持していたことが御門女家の柔軟性を示していた。
聞かなくとも伝わる。だから姉である静奈も、遠く離れてしまった玲奈に寄り添おうとしたのだ。
第一、帰宅時に「目覚めていた」と感じた由縁でもあるが、玲奈が出かける際に姉はVR界へログインしていたのだから、今さら取り
「そりゃあ最初は驚いたけどさ。もう2ヵ月も見てるんだから、後ろめたいような反応はやめてってば」
「それなら……いいんだけど……」
「……あ、そうだ! むしろシズのことをもっと聞かせてよ。『小ギルドの隊長やってる』ぐらいしか聞いてなかったよね?」
「そうだよ~、レイちゃんのSAOでの生き方はよく聞いていたからね。……だから、静もメンバーにはうるさいぐらい言ってるんだ。『最後まで絶対に諦めるな』って。仲間を1人も見捨てないようにって……」
「アッハハ、ずいぶんSAOに近い教訓だね」
「むっふん。ちなみに、聞いて驚くがよい妹よ。静はそこで
「……ほどほどにしなよ、そのネタ」
「なはは、わかってるって。リアルでは会わないようにしてるよ」
笑顔で言っているが、瞳と同じようなセリフを呟きながらも、つい姉のことが心配になる。
というのも、男日照りのこの方は、過去に某有名オンゲーのオフ会に出席したところ、同出席者によるタチの悪い男性からストーカーに遭ってしまったのだ。
当時17歳だったJKの、不用心な行動だ。被害そのものは警察の力もあって事なきを得たが、彼女は今も男性恐怖症が治りきらないという。おそらく静奈にとって仮想世界というものは、そんな自分を変えようとする1つのきっかけでもあったのだろう。
そういう意味では、憎むどころか感謝すらしている。
ゲームを通じて4年も続いた症状が緩和したという話は、先月の頭には聞かされていた。最近では男性だらけの同じ研究室仲間に対しても、昔のように気兼ねなく話しかけることができるらしい。
「(あたしのせいで家族が壊れなくてよかった……)」
元気そうにはしゃぐ静奈の姿を見て、改めて心の底から安堵した。自身の選択が不幸を連鎖させなかっただけで、それは玲奈にとって最も尊い朗報だったのだ。
この本音に虚勢はない。
しかし同時に、仮想世界で満たされる彼女を羨ましく見ているうちに、玲奈の中にはぬぐい切れない
そしてだからこそ、どこかこの結末を求めていたのかもしれない。
玲奈は今なお
罪深い人間だ。またあの世界に帰りたいなんて、考えてはいけないのに。
ゆえに玲奈は、まったく予想だにしないわけではなかった。姉が
異なる種族が腕を競って争い、奪い合う。無数の魔法が
またの名を、《アルヴヘイム・オンライン》へと。