SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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アナザーロード13  あなたを待つ日

 西暦2023年1月21日 東京都。

 

 シルフ領、とあるカフェの角席。物騒な武器を構えたプレイヤーが闊歩する中、あたしは内心ソワソワしていた。

 異変があったのは昨日、つまり月曜の朝からだった。

 ALOにおいて永遠のライバル、サラマンダー達の動きが活発になったことで警戒したシルフ隊の一部が、彼らの動向を長時間ストーキングしたのだと言う。

 無論、やがてはバレる。結局全滅してしまったらしい。しかし死んでもなお情報が拡散するのは、その殉職があくまでゲーム内での出来事でしかなく、かつ現代がネット社会だからだろう。そして敵対種族が慌ただしいとあれば、シルフが警戒するのは必然。

 本日火曜、夜。我らが《アズール・ドルフィンズ》のリーダー、シズ/ミカはそのギルドメンバーに招集をかけていた。

 11人も集まると席に座れない人もいて、雑談のせいでガヤガヤと喧騒に包まれた。

 

「おっ、全員参加は前の週末以来ですね。トタチさん、イン1週間ぶりじゃないっすか?」

「ちょっとリアルが忙しくて……。今日も2時ぐらいには落ちるつもりです」

「今日何します〜? たまには初狩りでもしますか?」

「ってこの子新人じゃないですか。ヒスイさん、ですよね? ミルキー・ホルンっていいます。ここでは『ホルさん』って呼ばれてます」

 

 各々が軽く挨拶を済ませるなか、1人があたしに向き直った。

 老兵風でノースリーブのワイルドな長衣を羽織っている。名前は伺っていたが、お初の方。あいさつをする彼のアバターは想像以上に筋肉質なので、おそらくアバターガチャにて厳選したのだろう。

 ちなみに、『初狩り』とは初心者を狩る、のスラングである。

 もっとも、あたしはこの10日間毎日ログインしていた。必然的にメンバーと顔を合わせる機会は多く、その大半と1回以上は模擬戦をしている。

 

「初めまして、ヒスイです。シ……ミカの友達で、勧められて他のゲームから来ました。でもサリバン君には悪いですけど、今日は初狩りをしているヒマはなさそうですよ」

「え? そうなんすか?」

「ミカから説明させてもらうね。向こうでもチラッと話したけど、サラマンダーの動きが怪しいってウワサを聞いたの。すっごい数の人が、戦争でも起こしそうな形相で集まってるって」

「そ、そりゃーまた危ない日に召集かかりましたね。それなら今日は街から出ない方がいいのでは?」

「それがそうもいかないの。どうも……狙いはミカ達の領主、つまりサクヤみたいだから」

「ええっ、サクヤさん領土出てるんだ。てか、それ誰から聞いたんすか?」

「サクヤの親衛隊の1人よ。ミカは結構長い付き合いで特別に教えてもらったんだけど、例のケットシーとの同盟……実は今日なの」

 

 この事実には9人の男性からもどよめきが走った。

 かのネコ耳種族と友好的な政策を進めてきた経緯から、同盟を予想した者はいたかもしれない。しかし、それが今日……もとい、メンテナンス直前であることを考えれば、まさに今リアルタイムで行われんとしていることまで予想することはできなかったようだ。

 親衛隊メンバーは引くほどのガチゲーマーだけれど、ゆえにごく少数。極秘とはいえ種属の長が主街区(スイルベーン)を離れたとあればうわつくだろう。

 

「じ、じゃあ……サラマンダーの異様な集まり方って、まさか……!?」

「うん。ホントにまさかとは思うけど、向こうの主街区のログイン率異常だって。あまりにタイミングが良すぎるの。もし重役の誰かが裏切ってたとしたら……」

「そういうことだったんですか。じゃあ迷うことはありません。また奴らに街を占拠されちゃたまらないですからね」

「ささっと援護にいきましょう! 場所はどこなんです!?」

「……それが、まだわからないの」

「えっ!? ミカさんでも教えてくれなかったんですか!? そんなっ、じゃあ……」

「待ってください、あたしが説明するわ。ただし、時間がないので移動しながらにしましょう」

 

 話がこじれる前に、あたしはメンバー間に割って入った。

 大規模戦の身支度を整えると、《アズドル》の一行は全員が翅を広げ、随意飛行のまま高台から飛び立つ。各々も落ち着きを取り戻したようである。

 

「コホン……じゃあ改めて。状況はこう。まず、サクヤさん……ていう人も、ミカの援軍策を知らないのよ。でも仲のいい親衛隊の1人に、追跡できるアイテムは持たせてある。だから、常に位置を把握できるってわけ。そして彼らはまだ移動中」

「な、なるほど。でも隊長、ヒスイさんにずいぶん話したんすね。それにいくら友人でも、今回の戦闘には……」

 

 初対面のホルさんが心配そうに言いかけると、フワッと近づいた最年少のサリバーン君が食い気味に答えた。

 

「それがガチヤバなんすよね〜、ヒスイさんは。ここにいるみんな1回はサシで負けてますから」

「アッハッハ、それはないでしょう1週間ちょっとで。みんな手加減したんですかぁ!?」

『…………』

 

 大声での呼びかけに対し反応が鈍かったせいで、ホルさんは一筋の汗を垂らしながらこっちへ振り向く。

 

「……え、マジ?」

「まあ、一応。足は引っ張りたくなかったので頑張りました」

「ガンバったって、そんな……いくらイン率高くても……だって無敵のミカさんだっているのに……」

「ミカは……ちゃんは、動きは速いですけど、クセが強いんです。特に慌てた時は同じ魔法ばっかり。皆さんにも今度対策教えますよ?」

「もーそういうのはいいから! 1回は油断しただけ! それよりみんなっ、スピード上げるからちゃんとついてきてよ!!」

 

 ミカは照れ隠しに言うや否や、翅のギヤを上げて全速でフィールドを北上するのだった。

 

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

 

 サラマンダー軍団へ向かう、少し前。同盟調停場前日。数日ぶりに訪れることになったジェイドの見舞いの直前に、あたしはシズから特別にその機密事項について話してもらっていた。

 シルフとサラマンダーのトップ争い。これは、アルヴヘイム・オンラインがリリースされてからかなり早期にできた構図だった。

 それでも、あたしにとっては対岸の火事である。

 《グランド・クエスト》を達成し、《アルフ》なる種族を得て、無限の飛翔力を手にする。なるほど、魅力的な報酬だ。このゲーム性や自由度の高さには十分感激しているし、時間と親が許してくれれば本気で挑んでみたいとさえ思えた。

 しかしあたしの目的は、あくまで彼氏の安否を確かにすること。今も活動を続けているれん/ジェイドの意識の所以(ゆえん)を探し出し、現実への復帰を助けることにある。

 であれば、種族間抗争に手を出している場合ではない。《アズドル》への恩返しは彼の問題が終わってから。

 のはずだったが……、

 

「(まさか、頭首を打たれた時のデメリットがこんなに大きいなんて。……10日間も実質的にログインを封じられるとか、そんな時間はないのよ……!!)」

 

 思わず歯軋りしてしまう。主を討たれただけで、備蓄3割と関税率の全権委譲は頭がおかしすぎる。

 頭首投票に参加したことはなかったが、サラマンダーが(はかりごと)をしていた場合、帰属意識に関係なくサクヤなる人物を守る必要がある。シルフのギルドに世話をかけている手前、これはあたしの義務である。

 モヤモヤと考えながら、病室の花を買ってきた新しいものに差し替えると、その日は早々に病室を後にすることにした。文句も言えず寝そべる彼には申し訳ないが、今はどうしても時間が惜しい。

 早く帰って長丁場の支度をしなくては……、

 

「(スピードと魔法で近接に持ち込んで、剣の腕で上回れば勝ち。……戦法は確立してきたし、昨日は初めてシズにも勝った。あとは荒削りを詰めるだけ……あれ?)」

 

 そうして中毒者みたくゲームのことを考えていると、病院のエントランスホールの先にスーツを着た見知らぬ男性が立っているのが見えた。係員と事務的な話をするには少しボリュームが大きいようだが、揉めているのだろうか。

 しかしなんと、受付の1人があたしに気づくなり、慌てたように手招きしてきたのだ。

 心配になり、小走りで駆け寄る。

 

「どうかしましたか?」

「ああよかった、御門女(みかどめ)さん。この方ご存知ですか? 《レクト・プログレス》というところの会社員らしいんですけど……なんでも、フルダイブ技術? の専門家らしくて、もしかすると彼の昏睡状態を治せるかもって……」

「ジェイド……あ、れんの症状を……?」

 

 あたしが改めて向き直ると、黒いビジネスケースを持ったメガネの男性も正面を向いた。

 やや不衛生そうな、長く脂ギッシュな髪。第一印象はあまり良くない。ただ面相はともかく、社名に聞き覚えがある。レクトの子会社で、確か《アルヴヘイム・オンライン》のサーバ管理をする運営組織があったはずだ。

 

「初めまして。御門女さん、ですか? 《レクト・プログレス》、VR電特設計課の土渕総悟と申します」

「初めまして、御門女玲奈です」

「大瀬崎さんとはご学友で?」

「いえ……彼氏です。SAOに……あたしもいましたので」

「……そうでしたか。大変でしたね。……私達は昏睡状態の元ユーザのデータを収集し、その推移から意識回復の手立てを……って、難しい話ですよね。しかし、被疑者の記録にはご家族の承諾が必要。……今日の面会は諦めますが、かわりに少しお話を伺えませんか? 時間は取りません」

「あたしは構わないですけど……」

 

 受付さんをチラ見すると、「共有スペースを使われますか? それとも、大瀬崎様にお電話をおつなぎしますか?」と尋ねてきた。わざわざコンプライアンスすれすれのことを聞いたのも、顔見知りのあたしが来たからだろう。

 あたしは片手で断ると、「廊下で話します」とだけ答えた。

 人気(ひとけ)のないところまで歩く。男性は改めて見るとサラリーマンより研究者といった風情だったが、その彼が先に口を開いた。

 

「ちょうどSAOの管理サーバを継続運営しているのが私の部署でして。……ですので、事件のことはよく耳にします。しかも気の毒なことに、彼氏さんは未だ帰らない……何人かの1人……」

「300人と聞いています」

「そ、そうです。よくご存知ですね」

「……あと、もうSAOにはいないと思いますよ」

「なぜ……そう考えるんです……?」

 

 それは、探りを入れるような声色だった。

 あたしが想像以上に首を突っ込んでいたからか、意識不明の彼氏に対し動揺が少ないからか。いずれにせよ警戒したまま、あたしも決意した。

 

「あそこを出る前、事件の犯人……つまり、茅場さん本人と話しました。彼はれんに負けて、『この世界を終わりにする』と言ったんです。今でも覚えています。崩れるアインクラッドを眺めながら、6000人のログアウトを完了させた、と。……あの表情は本気でした。スジだけは通す人です」

「でも嘘はあった。現に300人は戻っていない。でしょう? きっとどこかで、彼の時間は続いているんだと私は……」

「いいえ、違います。強いて続いているというなら、7人だけ(・・・・)。その人たちは……今も別の場所で戦っているとあたしは考えます」

「そっ……な、なぜ……そんな風に……」

「彼のカルテを見たからです。不定期に動悸が乱れているようでした。それ自体はSAOから続くことですが、毎週水曜の午前4時から乱れるのはこの2ヵ月だけです。土渕さんは彼の容態を知りたかったんですよね? 今の、心当たりはないですか?」

「そ、それは……」

 

 あたしが具体的な理由を述べたからか、彼は明らかに言い淀んだ。

 もっとも、これだけでは単なる唐突かつ脈絡のない質問責め。この男性が無関係であれば、これ以上の追及すら無意味だっただろう。

 しかし、彼の反応は違っていた。

 

「それだけじゃなんとも答えられないなぁ。アハハ……すまないね。思い当たる節がないもので。……でも、興味深い情報だ。今のはウチの部でも展開してみるよ。……じゃあご両親もいないことだし、また日を改めるとするかなぁ」

 

 愛想笑いを浮かべ、早々に話を打ち切ろうとしたのだ。

 立ち去ろうとする彼を、今度はあたしが呼び止めた。

 

「待ってください。思い当たる節がない? へんですね、あなたの会社が運営する『とあるゲーム』のメンテナンス時間と同じはずですけど?」

「なっ……!? い、いや、これは……」

 

 やはり露骨に狼狽する。

 じんわりと湧き立つ怒りを抑え、あたしは冷静に質問を続けた。

 

「……その反応……なんとなくわかりました。あたしの話に食いつかない理由も。……土渕さん、なにかご存知なんですね?」

「…………」

「部外者は勝手な面会ができない。なら、普通は来院前に親に確認を取るものです。そうしなかったのは、秘密裏に調べたかったからですよね? ……あたしは事実を知りたいだけなんです」

「本当に……知らなかったんだ。申し訳ないけど……」

「あたし、また仮想世界に行ってるんです。どこだと思います?」

「……ま、さか……」

「アルヴヘイム・オンライン。……あたしは、彼があの世界にいると確信しています。メッセージがあったんです。親の反対も押し切って、この数日間、ずっと……。心配なんです。あまり理解されないですけど……あたしや多くのサバイバーにとって、SAOで過ごした2年は他の何にも替えられない大切な時間です。……あたしには彼しかいない! 知っていることを、話してください。お願いします」

「…………」

 

 目を合わせ、問う。すると短い沈黙を経て、土渕さんはあたしにも予想できないことを口にした。

 

「いや……ハハ、まさか。……こんなことが起きるんだね。ジェイド君は本当に……物語の主人公のようだ」

「っ!? ……やっぱりジェイドを……知ってるんですね!? 彼は今どこに!」

「院内だよ、御門女さん。静かに。……想像の通り、ALOの中さ。けど、普通のプレイヤーというわけではないし、今はログアウトもできない」

「なんで!! っ……すみません。なんで……ログアウトできないんですか?」

「話し始めると長くなる。でも、少なくとも今の私は敵ではない。解放できるよう努力するよ。冗談みたいな話だけど、ゲームの中で彼と約束したんだ。もし、この1週間でサバイバーの誰かがALOまで探しにきたら……」

「探しにきたら……?」

「……君に会うまで、絶対に起こり得ないと思っていた。……それでも、君はたどり着いた。……ああ、ごめんよ。今は断片的なことしか言えないんだ」

 

 そう言うと、土渕さんはビジネスバッグからタブレットを取り出して短く操作する。そしてしばらくシステマチックにタップすると、腕時計を見ながら三度(みたび)口を開いた。

 

「私はこれから本社へ向かう。君はいま聞いたことを忘れて、誰にも伝えないでくれないか? 外部からの干渉があるほど動きづらくなる」

「あ、あたしにできることはないんですか? ALOから出られないというのは、具体的にどういう状況なんでしょう……?」

「SAOと同じでシステム的な問題だよ。基幹プログラム流用のおかげで、『プレイヤー』への干渉は多少できるけど、『ナーヴギアを被った人間』となると、知っての通り干渉は不可能なんだ。意識を戻すのも無理。電源を落とせば勝手に電子レンジ。……だから、今は彼らの座標を追ってるだけさ。それに残念だけど、君にできることは多分ないと思う。ALOへのログインも控えた方がいいだろう」

「……わかり、ました……」

 

 その場ではそう答えた。この土渕という男性を読みきれなかったからである。

 しかし、ゆえに信用しきれないと直感が訴えていた。彼は「解放できるよう努力をする」といった。その口ぶりから察するに、彼、ないし彼らは確信犯でジェイドを幽閉している立場になる。

 現状は彼個人の証言しかないが、いかようないきさつで解放の一助となるにせよ、信用はしきれない。きっとあたしは自宅に帰るなりあの地へ降り立つだろう。

 

「失礼するよ、御門女さん。君に会えてよかった」

「……はい。ジェイドを……れんを、お願いします」

 

 頭を下げると、その頃には土渕さんはホールの出口へ向かっていた。

 

「(明日まで待とう。もし……なにも起きなければ、今日話したことを警察に言う。意味があるにせよ、ないにせよ……)」

 

 決意を固めると、今度はあたしも出口へ歩き始めた。

 元は見舞いに来たつもりだったし、受付の人にも散々問われたが、今のあたしはいてもたってもいられなかったのだ。

 そしてその夜、シルフ・ケットシー間同盟の策を聞かされたのである。

 

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

 

「それにしてもヒスイさん、今日はやけにハリきってるっすね!」

「えっ……そ、そうかな。初めて《アズドル》が11人揃ったからかと!」

 

 並走するサリバーン君に問われたあたしは、意識を現実にーーここは仮想世界だけれどーー戻しつつ、風切り音に負けないように大きく答えた。

 シルフの首都スイルベーンを出てからしばらくたつ。

 メインフィールドである森林帯を北東に進み、《ルグルー回廊》を突破。そのまま北上を続けること15分。シズはすでに「ターゲットが動かなくなった! 調停式の場所は《蝶の谷》手前の広場みたい!」と周知させている。

 確かにここならアクティブモンスターはポップしない。旨みのある副産物もないので、多くのプレイヤーにとってはただの通過点だろう。

 しかし、今日だけは例外だった。

 

「隊長、前います! たぶんサラマンダー! 数十人規模です!」

「すでに包囲されてるっぽいすよ! やっぱりバレてたんだ!」

「(くっ……なんてこと……)」

 

 索敵役メンバーの報告で体が一気に強張った。望遠で見える限りでは、50人以上のプレイヤーが列を成して飛行しているらしい。

 さすがに領主を討とうというだけのことはある。

 最強のモンスターを狩りに行くのだってその半分で済むだろうに。

 

「むっ、無理ですよ隊長! このまま突っ込んだって死にに行くようなもんです!!」

「…………」

 

 すでに全員目視可能範囲まで近づいたが、その数に圧倒される。あの大軍団にケンカを売っても勝てないことを、誰よりも己の腕と知識が確信させていた。サクヤさんの親衛隊とてシルフが誇るトッププレイヤーであるものの、個々の実力なんてもはや意味をなさないだろう。

 しかし、それでも……、

 

「行こう、みんな!! 負けるなら! あたしは戦って負けたいッ!!」

 

 肺いっぱいに吸い込み出した大声は、風を押し返して響いた。

 直進しながら、今度はシズが……いやギルド《アズドル》の隊長としてミカが命じた。

 

「さっすがミカの妹!! みんなも男でしょう! いっちょド派手に行くわよ!!」

 

 スラリとしたレイピアを抜く。カミングアウトに対する隊の動揺もおきざりに、魔法まで唱え始めた。

 それに、女性2人が先陣を組むことにも意味はあったようである。「ま、ここまで来て手ぶらはないよなァ!」だの、「倒した数少ない人は後でおごりな!」だの、「えっ!? てか、2人はガチ姉妹!? マジ!?」だの叫びながら、戦闘準備を始めていたのだ。

 敵集団、目の前。ALO史上最大級の祭りにしよう!

 

『うぉぉおおおおおおおおっ!!』

 

 雄叫びと共に轟音が炸裂した。

 豪炎、雷鳴、竜巻、そして怒号と絶叫。

 堂々とした接近に対し、邀撃(ようげき)態勢をとっていた集団と、神風と化した11人の手練れが激突した音だった。

 サクヤさん達も状況を理解したのだろう。その側近と、またケットシーらの小隊も一斉に動き出す。といっても、その半数は炎の大波に呑まれていった。

 億すれば孤立する。孤立すればたちまち炎の波。ならば、乱戦の中に活路を見出すしかない。

 あたしも懸命に剣を振るう。こちらは足して27人。単純戦力倍以上の負け戦だが、死の間際まで諦めないメンタルは嫌というほど刷り込まれている。

 

「(なんかさっき、近くに部外者が見えた気もするけど、今は構ってられない! 流れ弾いったらごめんね!!)」

 

 まずは1人目の赤甲冑を斬り伏せながら、胸中でよそ者に合掌しておく。

 そして、改めて集中する。

 横槍の剣撃を間一髪でかわし、人の頭を踏んで姿勢回復。アドレナリンに(たの)んだ急加減速で翻弄すると、さらに2人目の首を真後ろから一閃。返しの刃で受傷痕にもう一撃入れ、鈍い音と共に完全に切断して見せた。

 

「よしっ、2人!!」

 

 平日真夜中にログインしている時点で相応の廃ゲーマーと予想できるが、こうして連キルできるほどにはALOに順応できたらしい。

 しかし、自分のスキルアップを噛み締めたのも束の間だった。

 視界の端で《アズドル》のメンバーが、四方からの凶器によって倒されていたのだ。

 1on1では決して遅れを取らなかっただろう。だが、今回は条件が悪い。敵軍は数に勝ることをいいことに、死んだそばから蘇生ローテしている。不利を加速させる原因である。

 さらに乱戦空域の外周には純魔のシューターが展開し、隙を見てはいやらしい誘導弾を放っている。これでは、ヒットストップによるわずかな減速さえ大きなディスアドとなってしまう。

 

「あッつ……!?」

 

 ジッ!! と、さっそく左のふとももに被弾。魔道士に狙われると仲間を気遣う間もない。

 射線から後方に目を向けると、敵の大太刀使いがまさに眼前に迫っていた。

 

「ぅくッ!!」

 

 ガガッ! と金属音と火花が散る。

 凄まじい重さと技。装備にも妥協がない。おそらく、小隊長格のプレイヤーだろう。

 

「ほーう! よく受けたな!!」

 

 言いつつ、うっすら笑みを浮かべた相手の手は止まらなかった。

 どこにそんな筋肉があるのだろうか。細身の長身から繰り出される乱撃は強烈で、受け流しても反撃に移れない。さらに周囲からは、顔を隠した魔道士数人が、次の標的にあたしを選んだ。またも戦力差が頭をかすめると、あまりに絶望的な状況に心から疲弊する。

 

「(でも……あいつなら……!!)」

 

 ふと、あの男の顔が浮かんだ。

 彼はどんなに劣勢でも、結果敗れることはあっても、投げ出すことだけはしなかった。

 ジェイドがここにいたら、どんな決断を下すだろうか。サクヤさんを見限る? 仲間をオトリに使う?

 自問自答するまでもない。なぜなら、あたしは……、

 

「《レジクレ》の! ヒスイなんだから!!」

「む、う……!?」

 

 ガチィィ!! と、大太刀が全力全開の盾によって弾かれた。

 幾百、幾千と繰り返し体に刻み込まれたガードパリィ。体重を乗せた一撃をいなされたことで、むしろ赤甲冑の方が態勢を崩した。

 ーー脇腹がガラ空き!!

 

「セヤァアアアア!!」

 

 カウンターの突き攻撃。直剣が男のアーミープレートを貫通した。

 一撃で決まらないあたりがさすがの防御力といったところだが、この一戦における趨勢(すうせい)は逆転した。

 後衛の魔法が飛来してくるまで数秒。せめてこの男だけでも道連れにして見せる。

 

「っ……え、なに!?」

 

 しかし、追撃続行の直前、視界の端にいた敵魔道士の1人が燃え上がったのだ。

 ギルメンからの援護ではない。敵の技でもない。あれはまさに死亡確定の演出(エンドフレイム)のエフェクトだった。

 原因は背後からの強襲。それも、かなりの大型武器の使用者である。必然的にシルフやケットシーではないはずだが、こんな乱戦に身投げする部外者がいたのだろうか。デスペナだって軽くはないはず。

 けれど、考える余裕はなかった。……いや、までも(・・・)なかった、か。

 目で追うのがやっとの速度でジグザグ飛行するその影妖精(インプ)らしき男性は、はっきりとサラマンダーのみを攻撃して回っていたのである。よほど彼らに恨みでもあるのか、都合が良すぎるものの敵でないなら放置でいい。

 しかし、脳裏によぎったこの感覚は……、

 

「(なん、なの……この痛みは……?)」

 

 チクリとした、心臓を直接刺されたような感触。知っているはずがないのに、乱入者の戦い方が一瞬、記憶の中にある誰かと一致した。

 ……いや、今はその時ではない。

 あたしはかぶりを振って雑念を追い払った。

 誰だか知らないが、金で雇われた傭兵かもしれない。コトの機密性の高さから可能性は低いけれど、現に先ほどのシルフ・ケットシー同盟軍とサラマンダー集団が睨み合っていた時も、その中央に見知らぬ黒装備の男性が立っていた。

 ということは、思っていたよりも多種族のプレイヤーが今日の調停式について把握していたケースもあり得る。

 

「(何にせよ、これはチャンス!)」

 

 最終的に、あたしは混乱に乗じるしかなかった。

 援護射撃も後方支援もなくなった今、赤服の小隊長殿は体力バーがイエローのまま孤立している。

 あたしは左の直剣を握りしめ、鋼鉄の盾を叩きまくった。

 金属を伝わる振動が痛い。反撃の鉄塊をすれすれで(かわ)す。無酸素運動状態。目まぐるしい駆け引き。

 それはまさに、両雄のプライドがかかった真剣勝負だった。

 

「ぬぁあああっクソ! 速いな、アンタ!!」

「ハァ……ハァ……お互いにね!!」

 

 幾多と重なる剣戟の中で、翅を力ませすぎた相手の軸が崩れる。

 刹那の勝機。短く息を吐き、その手の甲を盾で思い切りブン殴ると、とうとう大太刀がこぼれ落ちた。

 決着が、訪れた。

 

「セあアアアァ!!」

 

 ガンッ!! と、斬るというよりは打撃のような低い音。

 バイザー付きのヘルメットがその根本から破断し、やがて断末魔と共に敵のアバターは炎に包まれた。

 

「ハァ……ハァ……勝った……危なかった」

「ヒスイちゃんナイスぅ! カバーするから回復!」

「あ、ありがとミカ!」

 

 好敵手の死を見届ける間もなく、姉に背を預けながらポーションを飲む。あたしは止めていた思考を再開させ、大声で話しかけた。

 

「ねえ! あたしら以外にも敵と戦ってる人いるよね!?」

「ミカも見たよ! よくワカんないけど、とりあえず利用しよう!」

「顔見た!? 顔!!」

「ええっ!? 見てないよ! そんな余裕ないし!」

 

 そこまで聞くや否や、あたし達は同時に翅を羽ばたかせ、四方から降る火炎を回避した。悠長に喋っている時間もないわけだ。

 しかし、リカバリー直後。4人目の敵に向かう寸前だった。

 次の標的にした人の奥に、とんでもない大物プレイヤーの姿を捉えてしまったのだ。

 手には禍々しいパープルレッドの業物大剣。その装備も明らかに兵隊のそれを上回るグレードで、象徴としての意味も兼ねているのか、装飾品に至るまですべてのカスタマイズが最高級のものである。

 轟く武勇は嫌でも聞いたことがある。常勝無敗の宝剣使い。サラマンダー最強の男。てかチートかグリッチ使ってね? などなど。

 

「(まずいっ! あれって、ウワサに聞く『ユージーン』って人!?)」

 

 サッと全身に緊張が走る。

 おそらく、サシでは勝てない。避けて通れない壁だが、せめて複数人で当たるべきである。

 今は無関係な部外者の大剣使い(・・・・)が交戦しているようだけれど、彼が時間稼ぎをしてくれる間に奇襲の準備を整えるしかない。

 とはいえ周りは敵だらけ。敵兵との応戦やむなし。ギラついた刃を受けながら、あたしはマユをひそめて周囲を見渡した。

 

「(くッ、こんな人と戦ってる場合じゃないのに! ミカは!? 他のみんなはどこ!?)」

 

 しかし、その瞬間だった。

 

「へっ……あ、れ……?」

 

 見覚えのある人(・・・・・・・)が、視界に映ったのだ。それも、その男は果敢にユージーンと武器を交えている。

 そんな、バカな。あり得ない。理解が追いつかない。

 なぜあいつが。何かの手違いでここにいたとして、剣を振るう理由は? 最強の男と互角に渡り合えている理由は?

 そして何より、目覚めないあなたを想って通い詰めた病室で、いくら声をかけても一向に動こうとしなかったくせに……どうしてこんな世界で、元気に飛び回っていられるのか。

 信じられない。あたしがどんな気持ちで……、

 ーーなんで、あんたが……!!

 

「ジェイドぉっ!!」

 

 肺いっぱいに込めて吐き出した。感情の咆哮は、戦域を鋭く駆け抜けた。

 彼が、声に反応する。その横顔はまさに本人そのままだった。

 世紀の大戦も収束に向かい、火の手は散っていく。新しい世界で仲間と出会い旅をして、勇気を振り絞り自らを鍛え直して、運命の輪が最後の回転をする。

 ここが2人の、長い……とても長い、戦いの終着点となるのだった。

 

 

 

 


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