西暦2023年1月18日、浮遊城第5層(最前線7層)。
5人ギルドの《シルバーフラグス》。通称《シルフラ》と行動を共にするようになってから11日が過ぎた。
『誰かと行動する』という体験の無かったあたしには、相手に対する気遣いやら、戦闘スタイルの共存を意識し戦っているからか、やや疲れていた。実際の日数より1日が少しだけ長く感じる。
それでも、接点のなかったギルドメンバーであれ、彼らと過ごす時間は楽しいと思えた。
1番体がしっかりしていて受け答えにも覇気のある隊長さん、
寒さが身を裂く5層のフィールドだが、彼らといられるならなんてことはない。
「(初めて……心を休ませてる感じね……)」
寒草がまばらに配置されるだけの荒地を歩きながら、そっと独りごちる。
それに、着込めばそれだけでシステムが体温に補正をかけるこの世界では、手先が出ているからと言ってかじかんで剣も持てない、などということにはならない。
よって、ただでさえギルドメンバーだけで狩りをすることができる5層のフィールドは、あたしが一時加入することで圧倒的な戦力を手に入れていた。
「慣れてきたなぁ。狩り場も移動しないと枯渇してきたみたいだし、もう1層上げられるんじゃない?」
「だな。ヒスイちゃん来てから余裕だし」
「そんなことないですよ。あたしがいなくてもこのギルドは十分強いと思います」
ゆっくりと話す温和なフェスカにアドルフが同意し、続くようにあたしが答える。比較的慎重に階層を上がり、控えめな攻略行為に勤しむ彼らではあったけれど、あたしの参戦でちょっと強気に出ているようだ。男の子だな、とは思う。
もちろん、それが暴走気味なら止めるつもりである。見栄だけで話しているのではなく、次層へ前進できるタイミングなのは間違いなさそう、という判断だ。
「リーダーはどう思うん?」
「そうだな……」
ぽっちゃり体型のフェスカによる質問系になる言葉は誰かが答えないと会話が成立しない。けれど、やはり最後はリーダーの采配によるところ。あたしの口出しは厳禁だ。
人を纏める能力もさることながら、長身の彼は戦闘面でも手練れで、あたしが来るまではシルフラ最強だった両手剣使いのプレイヤーでもある。
しかし両手剣ときた。両手剣……。
「(いやいや……)」
「よし決めた、俺らは前線入りが目標だからな。今日を境に、5層の狩りは終わりだ。明日から6層で戦うぞ」
『おおぉ!』
メンバーは歓声の次には「遂に6層かぁ!」「だな。ゴブリン系のMOBともこれでおさらばだ」と、本日をまだ7時間以上残しているのに明日のことを考えていることが伺える。
しかし常に最前線を渡っていたからこそ、上階層への前進はRPGならではの胸高鳴る興奮があることをあたしはよく知っている。だからこそ、この雰囲気は大切にしなければ。
「この調子なら、あっという間に最前線行けちゃうんじゃないかしら?」
「あっハハハ、やっぱヒスイちゃんは強気だねぇ。βテスターだっただけのことはある。それに男だらけでむさくるしかったのに、今じゃ花があるよね!」
「つってもまぁ、最前線の奴らはもう7層の迷宮区を突破しかけてるんだし、まだまだ遠いぞお前ら」
リーダーが冷静な判断を下す前、このやたらハイテンションな人がエド。エドは結構盛り上げ役なので彼がいるだけで結構笑いは絶えない。
だが気になるのは最後の1人。今もアタシの方を見続けるこの人は……、
「…………」
「えっと、ヴィルヘルム? ……どうかしたの?」
「えっ、えぇっと……いや、何でもない……」
「おいおい辛気くさいぞ。ヴィルはスロット打つのが趣味とか言ってなかったか? 7層は賭け事に関する建物が充実してるっていうし、今こそメッチャ喜ぶところだろう」
「だよな。最近元気ねぇぞお前」
「……いや、スロットって言っても勝てそうな台しか座らないし。金が好きなんだ。賭けそのものが好きってわけじゃあ……」
「だとしてもだよ! テンション上げよーぜ」
フェスカやアドルフの呼び掛けにもあまり反応がないヴィルヘルム。それに何だか彼は、あまり言いたくはないけど、あたしが来てからこんな調子が続いているように見える。
これについてリーダーは何も言及しないので問題ないのか。少なくとも、あたしには解決方法がわからないので、深いところまで踏み込んで理由を問い正せない。
「明日は6層に行くけど、だからって今日サボっていいってわけじゃないぞ。さあ、もうひと狩りだ、ヒスイちゃんもいい?」
既存のギルドメンバー全員が年上だけれど、だからこそなのか『ちゃん』や『さん』を付けてくるのが少しだけむず
「大丈夫です。これぐらいやらないと前線行けませんしね」
でも「呼び捨てでいいです」とはもう断っておいたので、不満はおくびに出さず賛同の意を表明する。
そしてその日は午後8時まで狩りを続けたのだった。
翌日、あたし達は待ち合わせ場所に朝早く――5時半早すぎ! ――から集まると、早速転移門で懐かしの6層に来てフィールドへの北ゲートをくぐる。
しかしフィールドに向かったその足は、ほんの数歩で止まってしまった。なんと、ゲートの付近で怪しげな行動をしているプレイヤーを見つけてしまったのだ。こんな冷え切った早朝からご苦労なことである。
正義感の強いリーダーは物陰に潜む2人のプレイヤーを呼び止めていた。
「ん? ……おい、君ら何してる!」
「うげっ、マジかよ!?」
声でこちらに気付くと、なにやらごそごそしている2人のプレイヤーは作業を止めて一目散に走り出した。よく見ると、どうやら寝ていたプレイヤーを物色していたようだ。
寝ているプレイヤー……に、見覚えがある。眉間にシワを寄せてガンでも飛ばせば即ヤクザ。実は臆病なくせに、気に入らないとすぐに声を荒らげる困った脳筋。
例の男である。
例の男に、コソ泥が2人張り付いている。
絵に描いたような小者具合に肩から力が抜けかけたが、しかしここまで
そして、リーダーは案の定だった。
「あ、待てこら! お前らも追うぞ!」
「え~ほっとこうよロキア」
「隊長がまぁ〜た厄介ごとに顔突っ込んでる……」
逃げる2人となし崩し的に追う6人。しかし3倍の人数からかすぐに追い込んで、ふん掴まえてから怪しげな行動の詳細を聞き出した。
それにグダグダ言っていたあたしも、この時は全力で追いかけていた。なぜならその『怪しげなこと』をされていたのがあのジェイドだったからだ。理由になっているかはわからないが。
「何をしていたんだ。寝ているプレイヤーのウィンドウ開いて勝手に物色か? 何にせよ、感心しないな」
「わ、悪かったって……ほんの出来心で……」
リーダーも、このような利益の無い面倒ごとに片足どころか全身を突っ込むあたり、見た目通りな人だとは思う。しかし、そこが魅力でこれだけのギルドができ上がったのだ。貧乏なギルドでも、だから不満を漏らすメンバーがいないのだろう。素直に感心してしまう。
それにしても、こんなフィールドの端で寒そうに丸まったままぐうすか寝ているジェイドはアホの子なのだろうか。しかも、こんな男のことが脳裏をよぎっては忘れられないあたしはいったい……。
「(い、いやいや!)」
頭をぶんぶん振って余計な思考を吹き飛ばすと、まだ起きないおバカさんを蹴りで起こして上げる。
「ジェイド! 起きなって……もう」
「んぁ? ……あ、あ~寝てたのかぁ……?」
うつろな両目をこすりながら、彼はあくび交じりにあたしに答えていた。しかも背負った大剣が邪魔をしてうまく起き上がれないようだ。
――寝ぼけているわね。
うん、やはり。何度見てもアホ面としか思えないし何ともない。良かった。これで安心だ。
「ん……んん!? な、なんでここにヒスイが……ってか何だッ? 誰だあんたら!?」
ようやく脳の隅々まで覚醒したのか、しっかりと目を覚ましたジェイドにシルフラのメンバーが今起きていた状況を説明する。ついでにあたしはなぜフィールドで寝ていたのか質問してみたけれど、返ってきた答えは意外なものだった。
「いや、俺《圏内》で寝てたぜ? ……しかも俺のアイテム無くなってるしッ!」
これには流石に捕まえたプレイヤーを睨んでしまう。
何をしていたのかははっきりしてきたけれど、少なくともどうやってアイテムを奪取していたのかは確認しておかないとあたしも不安になってくる。
ロキヤが「話して貰うぞ」と言うと、2人は観念した風に自分達のしでかしたことを切れ切れに話し始めた。その『アイテム奪取』のトリックを。
以下はその要約である。
1つ、まず《圏内》だろうとなかろうと、同性間であれば《ハラスメントコード》は発動しない。もしくは、何らかの原因で発動してしまっても、コードボタンを押す意思がないので牢屋に飛ばされる前に逃走できるセーフティがつく。
2つ、その特性を利用し、NPCから借りた人力馬車及び
3つ、意識のない人の手を勝手に操っても、決まったモーションをなぞれば《メインメニューウィンドウ》を開くことができるので、手を操作して本人にウィンドウを開かせる。
4つ、そのまま手探りでウィンドウの可視状態ボタンを押し、《全アイテム完全オブジェクト化》の選択肢がある階層までタブを進める。
あとは人力車に落ちたアイテムはそのままで、寝ているプレイヤーを地面に降ろしたらとんずらするのが作戦。
だそうだ。
「(誉めれられたことじゃないけど、そーいうのよく考えるわね、この人達……)」
正直、あたしが最初に
ターゲットが起きないのであればそのまま逃げればいいし、万が一にも意識が覚醒する前にオレンジ覚悟で攻撃する。そして「死にたくなければ」と脅してその場で盗みをはたらく。戦う前から回避のしようがない。奪う側のリスクは、最低でも『オレンジ』になるだけである。
「テンメェら……ふざッけんなよ! 俺のアイテム返しやがれ!!」
「わ、わかった! 返すって! もうやらねぇから……」
ジェイドはアイテムを返して貰ってようやく少し溜飲を下げたようだけれど、まだどこか納得していないようだった。
それはあたしも感じている。
何かがおかしい。彼らのやっていることは、プレイヤーの拉致と生命線ともいえるアイテムの強奪だ。こんな大胆な考えが思いつく人達にしては、肝が据わって無さすぎる。そもそもあたしなら考えようとすらしないと思うのだけれど……、
「……ジェイド、ちょっといいかな。……あなた達2人に聞きたいんだけど、これを考えたのは誰?」
ジェイドを退けて座り込む2人の正面に立つと、相手のどちらか、とは聞かずに誰が考えたのかを問う。
すると、読みは当たっていた。
「じ、実は教えて貰ったんだ。黒い雨ガッパみたいなのを着た優男に……なあ?」
「あ、ああ。報酬なんかは要求してこなかったんだ。ただやり方だけを教えてくれて、その男はどっか行ったよ」
「顔はよく見えなかったけど、何となく手慣れてる感じで声……とかも。あ、あとは知らねぇ。ホントだ、あいつのことはそれ以上知らない!」
あたしも、そしてシルフラのメンバーも頭を抱える。
報酬が目的でないのなら。なぜそんなことをするのか。非マナー行為を通り越して『犯罪』を促しているということを、この手順を教えた人はわかっているのだろうか。
それに、前にも似たようなことが起きている。
確かあれはジェイドの友人である『ネズハ』という鍛冶職プレイヤーの武器強化における詐欺。その方法を思いついたのは、ネズハはおろか彼のギルドメンバーですらなかった。
報酬を求めない犯罪行為促進活動。今回のケースとかなり酷似している。同一犯である可能性は、十分にあり得る。
「(やらしいわね。自分でやりなさいってのよ……)」
実行犯が本人なら、ひん捕まえて更正ないし説教をすることぐらいはできる。牢獄送りにすることも。
しかし、火元を断たなければ目の前の2人を拘束しても根本的な解決にはならない。無論、それが真犯人の狙いなのだろうけれど、把握していて対処のしようがない時ほど
「事情はわかった。見つけたらその男も捕まえておくよ。でも今回はぎりぎり『未遂』だったけど、2人とも今度はないと思えよ」
「わかった、わかってるって……もうやらねぇよ……」
それだけ言ってロキヤは2人を放してやっている。
おそらく、あの人達も『リスクの少ない悪さができる』ということで、魔が差しただけなのだとは思う。
だがこの方法が広がるのだとしたら、ジェイドのように宿代をケチって
「ジェイド、これからはきちんと宿で寝なさいよ」
「わ、わぁったって。俺も不用心だった。ん、んでよ……名前知らんけど、そこのギルドもサンキュな。助かった」
「ああ、君もこれからは気をつけてくれよ……えぇと、ジェイド君」
それだけ言って、まだ目をこすっているジェイドとは別れた。ここまで来てようやく平穏が戻った。
シルフラのメンバーはリーダーしかほとんど喋っていなかったが、やはり朝っぱらからのアレは精神的に堪えたようで、せっかくの新マップ更新日和が台無しである。
「ハイハイ、テンション上げよーぜ! 気持ち入れ直してモンス狩りだって!」
「だな。犯人のこと考えたって今はわかんないわけだし、今回ばかりはエドの言う通りだ」
「今回ばかりってどーいう意味だよ!」
「ハハハハッ」
こんな感じでエドとアドルフがその場を仕切り、本日のモチベーションの維持をはかってくれた。この力はリーダーには若干不足しているところだ。
「(やっぱり、仲間を持つことは……ッ!?)」
その時、あたしは安堵の直後に何か視線を感じた。
鋭い視線だった。けれど、とっさに辺りを見渡すも、やはり一瞬浴びせられたピリピリとした気配は感じ取れなくなっている。
「(熟練度の高いあたしの《
あたしは釈然としないままギルドの行進に戻っていった。
その日も、朝のいざこざを除けば無事に狩りを終えた。
しかしその帰りアクシデントが起きた、と言うと失礼に当たってしまうか。ただ、珍しいことが起きた。
「あの……さ、ヒスイさん。今朝のジェイドって人、知り合い? ……何かさ……仲良さそうだったけど……」
珍しくヴィルヘルムの方から話しかけてきたのだ。だけどその内容は心外なものだった。
「ち、違うわよ。あいつはちょっと前のボス戦で一緒にいたってだけ。しかも1ヵ月以上前のことだし、以来ほとんど話してないわ。でも一応共闘したわけだし、その時名前を聞いておいたのよ」
「そ、それならいいんだけど……」
どうしたのだろう。あたしがジェイドと知り合いだと困ることがあるのだろうか。
「(でも、ヴィルも彼とは初対面のはずだし……)」
そしてその時のあたしは気付けなかった。
例え気づけたとしてもどうしようもなかったのかもしれないけれど、そのせいでシルフラとの行動はその日の夜に幕を閉じることになる。
まるで神様か何かがあたしの罪を思い出させているかのように。あたしは、ソロプレイヤーとして縛られていった。