SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第16話 狂気の余興(前編)

 西暦2023年4月2日、浮遊城第15層(最前線17層)。

 

「(15層主街区(ラインベール)か。久し振りだなぁ〜)」

 

 サクラの月に入って2日。俺は今、最前線から2層下の15層主街区、《ラインベール》を訪れている。

 15層と言えば皮肉屋でネガティブな住人、陽の光が届き辛いデザインミスに近い街並み、加えてボス攻略戦において1層、9層と続き3回目の死者を出す3重苦の汚点となった層なので、可能なら記憶から消したい街でもある。

 しかし、俺にも生活がある。この層には効率的なクエストも散見されるのだ。

 15層が最前線だった当時、そのクエストは主街区間近にいる序盤のNPCのくせに、迷宮区モンスターのドロップ品を要求してきて、しかも報酬がなんの役に立つかもわからない苗だけという、誰の目にもくれないクエストだった。しかし、その硬い苗は現実の最前線でいくつかの武器の精製に幅広く顔を利かせている。いわば汎用素材だったのである。

 需要も高く、大通りに行けば高レートで取引されている。さらに値段以外にも、《両手用大剣》装備の強化成功率を最高値まで引き上げてくれるこのド硬い苗は、俺にとってメリットは多い。

 しかしあくまで、需要があるのはどんな衝撃にも耐える硬い殻にあるのが悲しい話である。それゆえ、この苗は育てられず花や実を咲かすこともない。

 

「あっ……え……?」

 

 しかし、意気揚々とフィールドに出た俺は素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げ、すぐに身を潜めた。(くだん)のNPCとは別の4人の男性プレイヤーたちが目に入ったのだ。

 反射的に《ハイディング》スキルまで発動してしまい、そのまま様子を見る。その4人の内、3人の顔には覚えがあった。

 

「(カズ……)」

 

 そこにいたのは、かつて友達だった『ルガトリオ』こと和義(かずよし)と、あの時3層で名乗られた記憶が正しければ、でかいのが『ロムライル』、小さいのが『ジェミル』だ。

 3人は俺を「ギルドには入れられない」と言った。独りよがりなテスターに背中は預けられないと。同時に判明したこともある。すなわち、あの3人は3層で俺に話しかけた時点で、すでにギルドを立ち上げていたということになるのだ。

 しかも、ただでさえ疎外感は高まるばかりなのに、俺の見える範囲はもう1人の別のプレイヤーがいた。

 この距離からでは顔ははっきりと見えないが、新参顔の彼もギルドに入っているなら、今やギルドは4人構成ということになる。

 

「(……カズはどんどん仲間を増やすんだな)」

 

 彼にとって新しい仲間が俺でないことが心に刺さる。そして途轍(とてつ)もなく醜い感情が濁流(だくりゅう)のように押し寄せてきた。

 

「(あの新顔、グーゼンいただけだったりして。……クソッ……カズの仲間じゃなけれりゃいいな……)」

 

 友達を増やさないで欲しい。

 俺を忘れないで欲しい。

 この孤独感を少しでも共有して欲しい。

 自分だけ幸せにならないで欲しい。

 ……そんなドス黒い感情が湧き出てきたのだ。

 最低だ。自分に嫌気がさす。しかし、それを知る由もない彼らは、クエストを受けると早々に立ち去ってしまった。一瞬4人目がハイド中の俺を発見したような気がして、心臓が跳ね上がったが結局は何事もなかった。

 彼らが移動したあとは、俺は気持ちの上では本来の目的より優先してその『名も知らぬ1人』の立ち位置を確かめてしまう。

 

「あの……いいっすか?」

『おや、冒険者かい?』

 

 即席の小屋を自前で作ったようなボロい宿を訪ねて、そこにいた初老のNPCに話しかける。すると、その男の頭上のアイコンのさらに上に『!』のマークが浮かび上がった。

 これはつまりクエストが開始されるフラグであり、同時にこれを見ることで俺は大いに落胆する原因にもなった。

 

「(やっぱあいつも……)」

 

 なぜ、クエストが受けられることに落胆するのか。

 理由は簡単だ。このクエストは2組までしか同時進行で発生しない。ギルド単位で受注する場合、当然ギルド1つで1組として扱う。

 先ほどの4人がクエストを受けていたことから、1つの枠は確実に押さえられている。ここでもし2つ目の枠も埋まっていたら、彼らがギルドではなく、たまたま同じクエストを受けるためにその場に居合わせただけという可能性があったのだ。

 フラグ2つ分が埋まっていれば、逆説でカズ達はあれから仲間を増やしてないことにもなる。

 もちろん、彼らがクエストを受ける前に誰かが枠を1つ埋めていたのだとすればそれまでだし、確かめようもなかったが、その心配は杞憂(きゆう)だった。

 

『……という苗を替わりにやろう。どうだね、やってくれるかね?』

「え? ……あ、ああ。やるよ……」

 

 NPCとのフラグ確立の会話はいつの間にか終わっていた。そして俺がクエストを受ける旨の返答をすると、自然と会話イベントも終了する。

 それから俺はひたすら無心で歩いた。少なくとも、無心であろうと心がけた。

 惰性で勝手に足は迷宮区へ向かうが、心はここに在らず。しかも受注したクエストが同じである以上、目的地も同じとなる。彼らと遭遇(そうぐう)する確率は高くなるため、気分はどうしても上がらない。

 

「(そういやカズ達、もうこんな層まで来れるんだな……)」

 

 ここまで来ると、もはや生活を楽しむだけの中層プレイヤーではない。《攻略組》を目指すプレイヤーだ。

 《攻略組》とは下層・中層プレイヤー達による命名で最近できた言葉だが、意味は『最前線プレイヤー』と同義。いわゆるヒエラルキー頂点の先駆者。やっかみと感謝がこもっているのか、その(ひび)きは俺達の自尊心をくすぐる。そしてカズ達も、きっとここを目指しているのだろう。

 

「(いや、それはいいことじゃないか。《攻略組》が増えりゃ脱出は早くなる。……シットしてどうするッ!)」

 

 圧倒的強者であり続けたいという、ちんけで陳腐(ちんぷ)なゲーマーの独占欲は、やはりどこかでカズ達を歓迎していなかった。その感情に気づいた俺は、またしても自己嫌悪してしまう。

 限られた物資と経験値を独占し、時には救いを求める者を置き去りに、錯乱(さくらん)した弱者から根こそぎ奪って正当防衛を(うた)い、満たされない承認欲求をイラ立ちに変えて罵声を飛ばす日々。そんな悪夢が2ヶ月も続いた。

 だとしたら、罪を重ねた俺には攻略……いや、自分勝手な我欲の清算をする義務ぐらいあるはずだ。

 しかしカズ、つまりルガトリオ達にはそれがない。スタート時に見捨てられてなお、仲間を増やして果敢に迷宮区で戦っている。ならせめて、その向上心を友人として誇らないでどうする。

 

「ハッ、今じゃ()友人だったか。……カズにはカズの道がある……」

 

 つい口に出して(つぶや)いていた。

 だが事実だ。俺にできることは、その意思を尊重し、自分の義務を果たすことだけ。今さら図々しく仲間に入れてくれと頼むなんて、そんな未来はあり得ない。俺自身が4ヶ月以上も前に捨てた未来である。

 だから俺は、()われるように課せられた宿命を、淡々とこなしていけばいい。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 早速、迷宮区で武装ドワーフ達を(ほふ)っていると、俺のレベル差からあっと言う間に規定の必要素材が集まり、40分程前に会った初老に再び会うべく道を引き返していた。

 しかし、ここで俺は異様な『声』を聞いた。

 《索敵》スキルや《聞き耳》スキルを発動していたわけではない。後者は獲得してすらいない。だが俺は、近くに何人かのプレイヤーがいるのをはっきりと悟った。

 単なる勘ではなく、これも立派な《システム外スキル》だ。

 システム外スキル、その名も《聴音》。

 フィールドを歩いていると環境音とは別のサウンドエフェクトが時々混じることがある。

 非常に微弱だが、モンスターの足音、呻き声、飛行系モンスターならその翼や羽のはばたき音、どころかプレイヤーの発する甲冑などのすれる音すら聞き取れる。聞き分けられるのは、ひとえにアインクラッドの精密な再現性によるところが大きい。

 そして情報とはキャッチできれば応用もできるもの。視界に移らないオブジェクトの有無や種類、はたまた戦力、方角、距離まで推測することができるからだ。

 繰り返すようだが、俺は常にこれらの小技を過剰に意識しながら日々を過ごしている。そんな生活を続けた俺が、やっと聞き分けられる程度のほんの少しのイレギュラーだった。

 

「(なんだこれ……人の、叫びか……?)」

 

 音源が遠い。距離はかなりある。

 だが風が洞窟(どうくつ)を通りすぎるだけではまず発生し得ない、悲鳴にも似た音が鼓膜をよぎったのだ。

 シャウトの音調は声優だって誤魔化せない。そして、今の波長は聞き覚えがある。

 

「(いや……まさかな……)」

 

 そんなはずはない。

 ここには彼ら以外にもまだプレイヤーがいるはずだし、そもそも人の悲鳴だと確定したわけでもない。聞き間違いで結構。イヤなことばかり当たる予感なら、アテにならない方がマシだ。

 それでも、足だけは落ち着きなく動いていた。

 

「……ハァ……ハァ……外れろよ、クソ……ッ!!」

 

 行ってどうなるかはわからない。ここまで俺なしで努力してきた人間に対して、救いの手を差しのべようとすることが大きなお世話なのもわかっている。会うだけ会って罵声を浴びせられるだけかも知れない。

 それに……それに奴らは……、

 

 ――奴らは俺を見捨てている。

 

「(……ち、ちげぇ……あれは俺がッ!!)」

 

 見捨てたのは俺だ。それに自問自答などしている場合ではない。俺は最悪のケースの想定している。

 肩で息をしながら、あらん限りの敏捷力で音源の方向へ足を動かす。

 嫌な予感がするのだ。拭いようのない不快感が。後戻りもリスタートもできない世界で、このまま帰っていいはずがない。

 

「カズ! ……いるかっ、カズッ!!」

 

 砂利や石が道の至る所に落ちているこのステージをこれほど憎んだのも初めてだ。走りにくいといったらない。

 そして狭い通路を抜けて視界が開けたところで俺が叫ぶと、返事はすぐに返ってきた。

 ただし、視界にはない場所から。

 

「ジェイド!? ……ジェイドなの!? ここだよ! ……助けて!!」

「カズ……?」

 

 音源は下。

 正確にはかなりの広さの半球ドームのようになっているこの迷宮区の一角で、さらにその地面が大きく、そして深く円形に沈んでいるのに気付いたのだ。

 そこに近付き覗き込むと、10メートルほどもある円柱の落とし穴のような場所には、ギルドメンバー3人が『落ちて』いた。ベタな落とし穴にしてはやけに直径が広い。

 

「ウソだろ、おい! どっか出らんねェのか!?」

「ジェイドッ……ダメだ、出られない!」

 

 泣きそうになっているカズ……つまりルガトリオと、そんな彼を守ろうとしている2人。

 彼らの周りに無数のモンスターが湧出(ポップ)していた。モンスター名は《ドワーフ・エリートアーミー》。全長は大きい個体でも1.5メートルほどしかないが、立派な甲冑を身に着けかなり上級のソードスキルまで駆使する、この迷宮区最強のモンスター軍団である。

 そして穴の端には木材の足場、歯車とチェーンが組み合わさった古のエレベーターが見えた。おそらく世界観的には、ドワーフが作成したそのカラクリ装置を利用し、モンスターが出現しているという演出なのだろう。

 であれば、今回のトラップ継続装置だ。つまり『破壊可能オブジェクト』であり、あれらの全損がこのトラップ解除の鍵だろう。しかし、上から見下ろす俺と違って、下の3人はモンスターで隠れて見えていない。

 

「……ルガ! あんたら2人もよく聞け! 周りにトラップ解除のための装置みたいなのがある! それを破壊すれば出られるかも……」

 

 ――いや待てよ、3人?

 おかしい、これはおかしい。俺はきちんと確かめたはずだ、彼らは全員ギルドのメンバーだったと。間違いなくこいつらは4人でここへ……、

 ゾクッ、と背中に殺意すら意識させるダイレクトな寒気が走り、とっさに真横に飛び込む。すると一瞬前まで俺がいた空間をゴガァアアアッ!! と大型ダガーがかすめた。

 いや、その大型ダガーは鞘に収まっている。ゆえにプレイヤーへダメージは与えられないだろうが、今の攻撃スピードから考えて、当たれば俺は落とし穴へ真っ逆さまだった。

 

「ガッ……なっ、なんだァ!?」

 

 地面を転がる俺は受け身を取りながら振り向く。そして粘り気のある唾が喉を通ると、改めてそこにいるプレイヤーを見張った。

 

「Wow、避けたよ。やるな。これが噂の超感覚(ハイパーセンス)ってやつか?」

 

 暴力行為をした人物の声とは思えないその美声に、俺は背筋へさらなる冷たいものを感じていた。

 顔を隠す効果のあるフードに遮られ、目は合わせられない。が、ほんの少しだけ覗く乱れた髪と、ニヤリと笑う余裕から漏れる殺気に、奴の言葉など頭に入ってこなかった。

 そして、俺を驚かせたのはそいつの姿。なぜなら細身で背の高いこの黒ポンチョの男を俺は知っているのだ。こいつはあの時、ほんの40分前のあのクエスト受注の時、カズ達と一緒にいた『4人目』だった。

 

「なんっ……なに、やって……!?」

「フ……クックック。さァてな。当ててみろよ」

「当てろってそりゃ……あ、はは……遊んでたのか? だ……だとしたら、ちょっとカゲキじゃね?」

「…………」

 

 苦笑いに、男は答えない。

 

「あ……あ〜ほら、《圏内》でやれって。な? ……ここだとその、迷惑するプレイヤーも……」

「Oh、こんな奴でも前線組か。イマジネーションが足りない。……ただ、『遊び』か……クク、当たっているよ。強いて言えば余興さ」

 

 あまりに冷たい平常心。緊張、罪悪感、戸惑い、動揺。それらがまったく感じられなかった。

 しかしこの際、目的などなんだっていい。こいつの言葉を反芻(はんすう)しろ。「こんな奴でも前線組か」だと? この腐った記憶力でも、目の前のサイコパスと自分が初対面だと言い切る自信ぐらいある。それとも、俺のプレイヤーレベルに見当がつくとでもいうのか?

 いったいなぜ、どこで……、

 

「(そ、そうか! あの時!!)」

 

 だが直後に理解してしまった。

 やはり見えていたのだ。40分前、隠蔽(ハイド)中の俺と目が合ったのは錯覚ではない。実際に俺の《ハイディング》スキルを看破(リピール)してていたのだ。

 奴は《攻略組》の俺のハイドを破った。つまり奴の持つスキルやステータスは、少なくとも俺のそれと同等レベルのはずだ。ならこいつは、そして俺すらも、その時互いが前線プレイヤーだと知る機会を得ていたことになる。結果、奴は俺の力量を見破り、俺はそれを勘違いで済ました。その差だ。

 

「いいだろう? これ。寄り道のトラップで、トップ連中にも少数にしか認知されていない。その前に《迷宮区》は踏破されたからな」

 

 しばらくその場を不敵な笑い声だけが支配する。

 このイカれた男の供述したことが正しいのだとすれば、わざわざトラップが発動する場所へカズ達を誘い込んだことになる。同じギルドに入って油断を誘うことで、そして自分だけ範囲外へ移動し、たったいま目の前で笑っている。

 正気の沙汰ではない。

 

「ジェイドさん!! ……気をつけて! そいつら、まだ……うわあッ!?」

 

 ロムライルの高い声で俺はハッ、と意識を戻す。

 そうだ。現在進行形で危険な密度のモンスターと戦っている。しかもかなり苦戦している。もとより、こんな上層階に来ていること自体疑問だったのだ。察するに、おそらく彼らはまだ攻略適正レベルに達していない。

 早く助けなければ。このままでは、本当に取り返しのつかないことになる。

 

「(いや……でも、理解できねェ。昔の恨みつらみか? にしちゃあ、やり口が回りくどい。なんでこいつは……)」

 

 3人を罠にかけることによって、この男が得られる利益がわからない。

 それに、危うく聞き逃しそうになった。カズの友人、ロムライルとやらはなんと言った。「そいつら」だと?

 

「プフーフッフ。アレアレ、ヘッドが外すなんて珍しくないっすか」

 

 その冷酷な声が後ろから聞こえると、全身が強ばり鮫肌が立つ。

 俺がゆっくり振り向くと、そこにはもう1人マントに近い丈の長い布製装備に、今度もまたフードで顔を隠して両手に投げナイフを持ったプレイヤーが、口元に笑みを浮かべて立っていた。

 さらに黒ポンチョの男が言葉を繋ぐ。

 

「よく言う。アクシデントはイコール、刺激だ。せっかく抵抗してくれたんだ、サプライズと受け取ろうぜ。さァてと」

 

 流暢(りゅうちょう)なヨコ文字の連発をそこで言葉を区切ると、男はおそらく言い慣れるほどに発声してきただろう滑らかさで、続く英語を発音した。

 

「イッツ、ショウタイム!」

 

 その言葉は本来の意味を超え、限りなく不吉にフィールドに響き渡った。

 

 

 

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