SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第2話 プレイヤーキラー

 西暦2022年11月22日、浮遊城第1層。

 

 β時代は鮮やかな葉をつけていた大樹も寂しく枯れ、日を隠す厚い雲と体温を奪う北風に震えながら、砂利だらけで舗装(ほそう)されていない馬車用の大きな通りを歩いていた。

 街への帰路、モンスターも出現する場所だったが、危機感というものはまったくない。1日3時間も同じステージで遊んでいたら筋金入りのゲーマーだって飽きるものだ。それを2週間もログインしっぱなしで過ごしたらどうなるか想像してみて欲しい。

 デスゲーム宣言から2週間と少し。悪夢にも出た瞬間に毎日怯えながらも、俺は麻痺した感覚になお生かされている。

 しかし悪いことばかりでもない。俺はさしあたって目標としていた《両手剣》スキルなるものを、すでに手にしていたからだ。

 万全だ。序盤でやれることは全てやった。没個性な片手剣ともおさらばし、それなりの性能を持つ両刃の大剣を《トールバーナ》の座標固定NPCから購入して装備している。ついでに非常に使いどころを選ぶものの、強力な両手剣用《ソードスキル》も1つ覚えた。

 《ソードスキル》。このゲームにおける生命線とも言えるシステム。

 このシステムアシストを使いこなせないがために命を落としたプレイヤーも多い。俺の単独行動が成立しているのは、β時代の恩恵があるからだろう。

 実際、現在の生存者は8709人しかいない。たった2週間で実に1300人ものプレイヤーが死んでいることになる。そして原因のほとんどが、今の《ソードスキル》についてと『自殺』だ。

 もっとも、これは当然の帰結だった。

 半分のプレイヤーは《はじまりの街》から1歩も出ず、国やこのゲームの発売メーカーが救助するのを待っているそうだが、そんな窮屈(きゅうくつ)な生活をしていたら頭がおかしくなる。

 家族も、友達も、恋人もいない。極論『向こう』のマシントラブルや機器の断線を考えると命の保証さえも無いのだから。

 さらにいえば、この世界には2つの生理的欲求が存在する。それは『睡眠欲』と『食欲』である。

 回りくどい言い方はこの際なしにしよう。存在するということは、満たさなければならない、ということになる。

 各種料理や食材には味覚エンジンが設定されており、それらを食べることで『腹が膨れる』のだ。詳しい作用の説明は専門家にでも聞くしかないが、元を辿ればバーチャル世界を通した新感覚ダイエット活用法だとかなんとか。

 しかし睡眠欲は寝れば済むが、食欲はこの世界の共通通貨『コル』を使って食べ物を買わなければならない。

 戦闘を放棄し街に残る……つまり、安全圏に(こも)って助けを待つと決めたプレイヤーは初期資金分しか食べ物を買えないのである。

 残念ながら我らが極東島国の人間は、食を絶つという文化のない民族。そのストレスは数日とて到底我慢できるものではなく、危険を避けたくとも何らかのアクションを起こさざるを得ないだろう。

 

「(そりゃ死にたくもなるさ……)」

 

 乾いた空気を吸って石段を踏みしめながら、視界に映ってきた(にび)色の積層構造群を眺め、独りでぼやきそうになった。

 呑気に散歩しているようだが、実のところ俺も初めの数日はどうにかなりそうだった。

 今後、国や外部の人間が状況を打開する何らかの対抗手段を開発、考案しなければ……もしくはこのゲームをクリアしなければ、俺達は普通の生活すら送れない。

 学校に行けるかどうかの問題ではない。もちろんそれも大問題だが、まともな人間であればこそ身投げをしだす者だって出るはずだ。なにせ嫌らしいことに、それが『脱出法として有効でない』という証拠もない。

 第一、俺がそうしなかったのは身投げによるゲーム脱出を確かめる勇気も、攻略を諦めて死ぬ勇気も無かったからに他ならない。小心者でずる賢く、しがみつこうと泥まみれになる奴がこの世界では長生きをする。

 

「(ってか、俺……死んでねぇんだな……)」

 

 ()いだ風の寒さに背を丸め、今さらながらに思う。

 勝手な概算だが、今生きている100人足らずのソロプレイヤー達もさぞかし他の追随を許さないステータスを手に入れているだろう。

 1000人を越えるプレイヤーが団結して作られた《ギルドMTD》なる組織も、テスターを中心とした中・小規模ギルドも、やはり俺達(ソロ)ほどのレベルアップ効率には届いていないはずだ。

 理論上、数値だけを見れば俺はピラミッドの頂点に立っていることになる。

 臆面(おくめん)もなくそんなことを考えた折りだった。

 

「(あ、アホやらかしてる奴がいる……)」

 

 俺が拠点にしている《トールバーナ》に到着する直前で、片手用戦槌(ワンハンド・ハンマー)を装備したプレイヤーが《ソニフィ・スクイド》の群れに囲まれている光景が目に入ったのだ。

 粘性が強く、紫の体色をした全長1メートルほどの直立イカのイメージだ。移動速度が遅い上に攻撃手段が乏しく、初心者でも十分戦える相手である。

 だが代わりに稀に大群で押し寄せ、死にかけると破裂しながら周囲のユニットに墨撒きならぬ自爆ダメージを与えることで有名でもある。

 大群相手のセオリーは、こちらも頭数を(そろ)えて各個リンチ。ソロでやるなら十分なレベルを保持するか、両手用の重装備などで一気に倒しきるしかない。それができないなら、運悪く集団に囲まれた瞬間からあのプレイヤーはすぐにでも逃げるべきだった。

 それを、バカ正直に相手取ろうとするとああ(・・)なる。

 

「(ありゃ死んだな……)」

 

 ただそう感じた。同情の念すらほとんど湧かなかった。

 逃走するなら決断は早く下さなければならないはずだが、奴はそれを渋りすぎたのだ。このゲームオーバーは必然である。どこのRPGでも同じ、欲張った奴が死ぬ当たり前の結果。

 

「お、おい……助けに行かねぇのか!?」

「あァ?」

「あんた両手剣だろ、あいつこのままじゃ死んじまうぜ!」

「…………」

 

 ちょっとビックリした。

 立ち止まって死にゆく人間を見続けていたら、隣まで近づいてきたプレイヤーに話しかけられたのだ。

 いつのまに接近したのかは知らないが、気弱そうなシワ寄りの顔面を見定めるように覗くと、俺は悟ったような……同時に相手をあざけ(わら)うような感情にとらわれた。

 なるほど。ようは責任転嫁だ。

 もし自分で行動を起こし失敗してしまった場合、少なからず責任や負い目というものが生まれる。男のオウム返しで「あんたが行けばいいだろう」とも返せたが、発言を引っ込めたのも装備を片手用短槍(ショートスピア)と確認してのこと。

 この男が行ったところで、結果はあまり変わらないだろう。

 そしてその事実を知るがゆえに、彼はまず俺を矢面に立たせた。他人を仲介することでコンスタントに偽善に浸ろうとしたのである。

 助けに行かないのか、だと?

 愚問もいいところだ。

 

「ハッ……バーカ。他の奴なんて知るかっての」

「なっ!? 知るかじゃないだろう、なんて薄情な奴だ! 俺にはできないが、あんたなら……っ」

「るっせぇな!! 軟体系に打撃(ブラント)でやり合ったあいつが悪いんだよ! だいたい、助けながらっつーのは俺にもリスクがある。押し付けこそハクジョーだろーがよォ!? ……けっ、やるならあいつが消えてから狩る……」

 

 偽善も結構だが、男は1つ重大な見落としをしているようだ。

 それは、俺の命だって1つしかない、という点である。お礼に財宝の山がたんまりいただけるというならまだしも、リスクに見合う見返りが保証されていない。

 それに後から参戦するつもりだったのは本当で、今となってはプレイヤーがキルされた際にその場にドロップするオプション兵装とメインアームをかすめ取れなくなってしまったことの方が残念である。

 意思のないイカモドキ共は、当然それらのアイテムには目もくれない。俺は嬉々として失敬(しっけい)していただろう。が、人の前で遺品漁りは心証が悪い。

 

「ッ……お前、人でなしだよ。ひっでぇこと言いやがる。だったら俺が……!!」

「はっ? お、おい待てっ!?」

 

 俺の制止も聞かずに、その男は緩やかな坂を駆け抜けた。

 その行動に、数瞬呆気にとられる。

 この男は俺を介して『人助けをした』つもりになりたかったのではないのか? 危険を伴わないままピンチを救い、心地のいい感謝を共有したかったのではないのか?

 そこまで考えると、寒さを押しのけて背中を汗が伝った。

 みじめな仮説を立てて正当化し、話しかけられた瞬間から言い訳をいくつも列挙した俺は……。

 だが答えが出る前に結果が出た。案の定、敵の全滅直前で最初にいた男は仮想世界で生涯を終える事実に涙を流しながら、そして人の声とは思えない雄叫びと共に消えていったのだ。

 助けるにも遅すぎたし、何より援軍男の装備も貫通(ピアース)系で打撃ほどではないが相性は悪い。

 

「は、ハハハッ……言わんこっちゃねえザコ共が。し、知るかってのあんな奴ら……俺はしらねぇぞ……」

 

 独り言をブツブツとつぶやきながら俺はその場を去った。

 しかし距離を置いたことでまた少し冷静になれた。まさか本当に飛び出すとは思っていなかっただけにインパクトは強かったが、結局あの男も援護に加わったのは先客の死の間際だ。

 だとしたら、バツの悪さからこうして俺が立ち去ることも計算に入れた上で加勢したのかもしれない。目撃者さえいなければ遺品を漁っても誰にも(とが)められないからだ。

 その策士ぶりには感心するが、今回は奴の機転に軍配が上がったということにしておいてやろう。

 とにかく俺は何も見ていない。遠回りして違う門から《トールバーナ》に行けばあの光景を見なかったと言い張れるし、俺が疑われることはまずないだろう。男の言葉を借りるわけではないが、そもそもこの薄情な世界にお節介をはたらく人間は滅多にいない。たったそれだけのことだ。

 『見殺し』も立派なプレイヤーキルだという幻聴も襲ってくるが、俺はあえて無視する。

 

「(関わってない。俺は関わってねぇんだ……あん?)」

 

 誰にも聞こえない弁解を心の中でしていると街へ侵入できる裏道、その脇に生える木々の後ろでプレイヤーが待ち伏せていることに俺は気付いた。

 穏やかな連中ではない。そいつらの正体を予測して、あらかじめ防具を初期装備(・・・・)に変えておく。

 

「止まれ、オラ……」

 

 狙った通り、安い装備のわりに威勢だけはいい3人組が、じりじりと脅すように話しかけてきた。全員男。目的もはっきりしている。

 思わず口角が上がりそうになった。

 それ見たことか。これが人間の本質だ。まるで俺の価値観を肯定してくれているようではないか。

 2人が海賊刀(カトラス)使いで、1人は棍棒(スタッフ)使い。身バレを恐れているのか例外なくスカーフらしきもので顔面の大半を覆っている。

 おそらく、こいつらは今1割ほどいる言わば『はぐれ者』だ。資金をあっという間に使い果たし、路頭に迷った奴らの末路。それがデスゲームを利用して脅しと盗みにすがる、唾棄(だき)すべき放浪者である。

 実際に攻撃したりするとプレイヤーの頭上に表示されるカーソルカラーがグリーンからオレンジに変わるのだが、この3人は見たところグリーンだった。証明手段はないが、《オレンジ》になった後にカルマ回復のクエストを受けたのか、もしくは『攻撃したことがない』か。

 

「やることわかってんだろ。あんま時間取らせんなよ」

「ハ、ハハ。あんたらグリーンじゃねえか。人斬ったことないだろ? ……つ、つまんねぇことしてないで帰れよ」

「ああ? ザケてっと殺すぞ」

「つかもう殺らねえか。なんか喋り方がうぜぇ」

 

 軽いノリで挑発すると、すかさず3人が武器を構えた。効果はあるようだ。

 少なくとも2人のカトラス使いに震えはなかった。

 

「わぁった。わかったよ……装備とか置いてきゃいいんだろ。くそ……わかったよ……」

 

 手をひらひら振って降参の意を表しながら、俺が右手で《メインメニュー・ウィンドウ》を開くと、わずかだが3人の顔が緩んだ。しかし俺はこの時、ウィンドウが他人に不可視であることをいいことに指で長々とある操作をしていたのだ。

 そして次の瞬間、防具変更のサウンドエフェクトと共に全身の装備が最前線のものに一新されると、明らかな戦意を感じ取った彼らは再び表情を固くする。

 

「何のつもりだ、テメェ……!!」

「カスに渡すモンなんざねェよ!」

 

 そう言うやいなや、俺は正面の奴の横をすり抜けようと走り出した。

 

「あっ! おまえッ!!」

 

 驚きながらもとっさに振った相手のカトラスは俺の右腕に(かす)り、次いで左奥にいた奴も剣を振ると俺はその剣を見切ってわざと左手もヒットさせた。

 申し訳程度に切創痕(せっそうこん)が発色すると、たちまち2人のプレイヤーを示す頭上のアイコン色が犯罪者を示す『オレンジ』になる。俺は強力な防具を纏ったためほとんどダメージらしいダメージを負っていないが、ソードアートの世界では立派な犯罪行為だ。

 そして俺はここにきてようやく背中の両手剣を抜刀した。

 短い気合と共にそのまま横に一閃。俺も緊張していて加減ができなかったが、攻撃してきた2人のHPを一気に7割ほど削った。

 踏ん張りすら利かなかったのか、彼らは一様にして吹っ飛ぶ。

 

「がはっ……う、うわぁあああッ!?」

 

 斬られたこと。そして死への階段を7割も登ったことで2人共立つことも忘れ這いずる様に後ずさり、ついでに俺を見て(いぶか)しんでいるようだった。

 おそらく俺のプレイヤーカーソルを見ているのだろう。そしてきっと、その色はグリーンのままのはずだ。

 『オレンジカラーのプレイヤーを攻撃してもカーソルの色は変化しない』というルールを知ったのも、やはりβテストの時だった。

 初めてこの手の輩に遭遇した時、反撃して追い返したことがある。そしてこの世界には、『プレイヤーを示すカーソルカラーがオレンジ色の時、その者は街や村に侵入できない』らしい。

 当然、俺もプレイヤーを攻撃した以上何らかのイベントをクリアするか、何日か待たないと街や村には入れないと思っていた。

 しかしその日、駄目元で街に寄ってみるとなんなく侵入できてしまったのだ。

 そこで俺はオレンジ連中に攻撃しても犯罪者扱いにはならないことを知った。

 ――これで俺は自由に街に入れる!

 それを知っていた俺は、つい先日、この《カウンター・プレイヤーキル》こと《CPK》を1度成功させ、デブなプレイヤーから金品を奪いつつもグリーンのまま過ごしている。と言いつつ、ここでの死が実際の死に繋がるSAOの世界では本気で殺したりはしないが。

 本題に戻ろう。ソロプレイヤーとして最初から重点的に上げている《索敵》スキルのおかげで、俺は大半の相手よりも早くプレイヤーを察知できる。にも関わらず、最弱装備でノコノコ現れたのは端からこれが狙いだったのだ。

 言うまでもなく、まだやることがある。

 

「持ちモン全部置いていけ」

 

 リーダーらしき人物の首もとに剣を突きつけつつも2人から目を逸らさない。

 メンバーはどうにか逆転の糸口がないか視線を這わせていたようだったが、ドスの効いた声でもう1度怒鳴り散らすと、やがて観念したように武器、防具、アイテムを落としていった。

 全員のウィンドウを可視状態にさせ、ストレージに何も残ってないのを確認するとようやく俺は剣をどける。

 

「ほらよ……1本のカトラスと3つのポーションだ。オレンジ2人はしばらく村にも街にも入れないからな。せーぜー頑張って生き残れよクズ共」

「ま、待ってくれ。これだけじゃ死んじまう……」

「し、知るかッ! なら野たれ死んでろ!!」

 

 そう吐き捨てて俺は早足に立ち去った。

 こういう時の相手の顔は嫌でも頭に焼き付いてくる。生々しい、あの憎悪と憤怒の混ざった形相が。

 だが単純に考えて、奴らも俺に同じことをしようとしたのだから、俺だけ悪党なんて呼ばれる理屈はおかしい。因果応報であり、自業自得の結末。

 そうだ、そのはずなのだ。だと言うのに心に(くすぶ)るわずかな善良の心が邪魔をする。

 誰かの声が聞こえてくるように。

 ――クズはお前じゃないのか。

 と。

 

「ッ……う……るっせぇ……」

 

 ――正当防衛を振りかざす哀れな子悪党。

 と。

 

「るっせえッつってんだよッ!」

 

 続く脳内の声を絶叫でかき消す。俺は単純に悪事をはたらく類の狂人ではない。身を守る術を多少豊富に蓄えていて、賊心(ぞくしん)なき生存本能にただ従っているだけだ。

 なのに。だというのに、なぜ。

 

「(なんで消えねぇ……)」

 

 横に広い体格をした俺の《CPK》最初のターゲットの顔ですら脳裏に深く刻まれている。彼が丸裸同然でフィールドに追いやられたあと、無事生還したのか否かは調べていない。いや、むしろなるべく知らないようにしていた。

 以来、一向に消えようとしない。まるで人外の者を見るような表情が。

 だが俺とて必死に生きているのだ。恐怖で直接殺害なんてできやしないが、トップクラスの他のプレイヤーがPKをしないなどという幻想じみた保証はない。

 ならば少しでも強くなる他ない。他人の身ぐるみを剥いででも、自分だけは生き残らなければならない。

 

『クギュルル』

「っ……!?」

 

 本物にしか見えない広野の一角で(うつむ)いたまま突っ立っていると、《ウルフ》3体とエンカウントする。まったく、負のフィーリングでも嗅ぎつけているのではないかと思うほど嫌なタイミングで出会(でくわ)すモンスターだ。

 俺は今、猛烈にいきり立っているというのに。

 「どけよ……」と、言いつつ同時に剣を抜くのは、やはり会話が意味をなさないことを知っているから。

 そして俺はこの2週間で成長した。この程度の雑魚3匹で臆することはない。

 

『クルギャァア!!』

 

 マニュアル通りの威嚇(いかく)が終わると、ついに目の前の2匹が飛びかかってきた。

 俺が冷静に《ソードスキル》による単発水平斬り《ホリゾンタル》を並んだ顔にお見舞いすると、バシュウッと音を立てて2匹が同時に四散する。と、そこに光の隙間を縫うように最後の1匹が左腕に飛びかかり、そのまま噛みついてきた。

 

「ッ!? ……クソがッ!」

 

 《ウルフ》の喉に膝蹴りをかますと、敵はギャウッ、と鳴きながら仰向けに倒れて隙をさらけ出した。

 すかさず俺は(あら)わになったその腹に容赦なく両手剣を叩き込む。

 

「うっ……ぜぇ……よっ……このッ……」

 

 何度も何度も剣を振る。2週間前のあの時のように……嫌なことを、苦しいことを、『何かをする』ことで少しでも忘れられるように。

 ウルフの顔が間近に見える。必死に噛みつく様は、まるで必死に生きようとする俺自身を連想させた。あるいは先ほどの3人だろうか。少ない装備とアイテムでフィールドを生き残らなければならない、痛ましい連中を思い浮かべたのかもしれない。

 ならいっそ、塗りつぶしてやろう。

 そう考えながら改めて柄を強く握りしめた。先刻の3人の顔すら記憶から潰さんがために。

 

「ハァ……ハァ……何ッ……が……」

 

 狩り終えてすぐ、虚しさに襲われる。

 何が成長した、だ。これではレベルが上がっただけだ。廃人生活をしていた時と同じ、システムの中で俺の操作する『キャラクター』が強くなっただけ。俺という個人は何も、あの《手鏡》を覗いた瞬間から何も成長していない。

 心の中で小さく(うな)ると、今度こそ帰途につく。

 《トールバーナ》に到着すると、俺はまずモンスタードロップと《CPK》で強奪した物品を洗いざらいコルに返還した。

 後のことはよく覚えていない。呆れるほど身に染み着いた『費用対効果』の原則から、コストパフォーマンスだけは高いマズい飯を食ったのだろうが、その内容までは思い出せない。

 

「…………」

 

 ただ1つ言えることは、《CPK》を行った日は決まって浅い眠りを繰り返すと言うことだけだ。

 冗談のように長い3時間がたつ。

 デスゲーム開始から17日目の深夜を、俺は覚醒し続ける意識の中で迎えていた。

 

 


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