SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第三章 ラストアタック
第18話 ちょっとだけ幸せな夜


 西暦2023年4月16日、浮遊城第19層。

 

 中学以来の旧友、現在の名を『ルガトリオ』とするカズや、その仲間達と共闘の誓いを立てて2週間。4月も半ばを越えたところで、プレイヤーは最前線の主街区を19層の《ラーベルグ》へと移していた。

 第1印象は『ゴーストタウン』といったところか。

 アクティベート直後に人がいるわけがないだろう、といった屁理屈をこねているのではない。本当にNPCの影すら感じないほど、俗に言う『廃墟都市』のような主街区だった。

 俺は高校に上がると同時に、自分でもびっくりするほど幽霊やその(たぐい)の怪奇現象にまったく恐怖心を抱かなくなっていたが、人によっては正直寝泊まりするだけでもキツいだろう。

 そんなフィールドや主街区とは裏腹に、俺の内心はカズ達との再会に待ち焦がれる、期待とも緊張とも言えないバラ色の感情で埋め尽くされている。意味がうろ覚えで自信はないが、一日千秋という言葉は確かこういう時のためにある言葉だろう。

 

「(……カズ……ま〜だっかな〜)」

 

 夜の(とばり)が降りてなおウキウキである。

 しかし、だからかも知れない。俺は1人で戦える、強くなれる。そう強く自分へ言い聞かせてきた、ある種の脅迫概念から少しだけ解き放たれた気がするのは。

 俺のした最低最悪の行いをあの3人が受け止め、許してくれただけで、背負った重圧が消えつつある。もちろん、これはスタート地点である。罪を忘れることだけはあってはならないからだ。

 それはそうと、彼らと別れるまでの迷宮区での会話で判明したことが色々ある。

 まずはあの3人が結成したギルドの名前だ。

 その名も《レジスト・クレスト》。命名の際に込められた意味は『抵抗の紋章』だと言う。聞いてすぐに意味が理解できなかった辺りに英語力の不足を感じる、何て話はもうさんざん語り尽くしたことであり、しかし少なからず『英語』、『勉強』といったワードから、リアル事情が頭をかすめて焦燥感は迫る。何はともあれ、将来的には俺も参加するギルドだ。意味ぐらいは知っておくべきだろう。

 閑話休題。

 次に判明したことは、ギルドリーダーがロムライルだったということである。

 俺にとっては友人のカズこそリーダーと思っていたが、考えてみればあの3人は初めて俺と会った時かそんな発言はなかった。特別カリスマ性を秘めた人間が不在だったかららしい。

 それなら納得もいく。というのも、改めて彼らの装備を確認すると、ロムライルは盾持ち片手用重槍、カズは両手用棍棒、最後にジェミルが短剣使いだからである。

 身体能力サポートスキル《軽業(アクロバット)》や疾走(ダッシュ)などを完全に排斥(はいせき)したロムライルはレンジの長いランスと、さらにリーチを稼いでくれるソードスキルでの後方支援型。最大火力を誇る棍棒(メイス)使いのダメージディーラーは意外にもカズで、援護や支援は《軽業》、《投剣》スキルを持つジェミルが請け負っている。

 つまり、選局を俯瞰(ふかん)できる後方支援のロムライルは、リーダーとしての素質に差がないのであれば、指揮権を持つことが妥当だと言えるのである。

 もっとも、前衛陣にダメージが重なると、回復までのタゲを重装備の防御力でカバーする、といった具合に前衛とスイッチすることも当然起こりうるが。

 こうしてみると、寄せ集めにしては蛇足のない戦術的構成(タクティクスビルド)と言えるだろう。

 

「(あの奥手なメンツでも、俺が参加すりゃ攻撃型の小隊になるわけか……ハッ、笑える。あいつらとの再会ん時、せめて笑われないように強くなっておかなきゃな)」

 

 少しずつ、だが着実に《攻略組》への参戦に近づいているあの3人を思うと、そう考えずにはいられなかった。

 しかし、私考が中断を余儀なくされる。

 

「きゃああああああっ!」

 

 と。女の悲鳴が最前線の、中でも攻略組なら歯牙(しが)にもかけないだろう、だだっ広いフィールドに響くのを聞き取ったからだ。

 夜も深い。強化された夜行性モンスターを狩る経験値効率というは、種によってはウマイものの、俺の情報力の限りでは19層に存在しない。なぜならどいつもこいつも夜行性だからだ。ここらの敵から得られる経験値は一定のはず。

 時間帯的にも、女の悲鳴などトラップの香りしかしない。

 とはいえ、まさに俺の認知しない現象が起きている。隠しクエだろうか? 声が重なっていたように聞こえたのと、SEに分類される特有の機械音ではなかったのが気になるが、はて……。

 そして、2度目の悲鳴。1度目よりも大きい。

 

「(ガチの悲鳴か……?)」

 

 万が一プレイヤーだとして、深夜の12時を過ぎてよもや女がこんなところを複数でさ迷うものだろうか。門限のないゲーム世界であるものの、そのリテラシーはいかがなものか。

 ――俺はその分、朝が遅いからいいのだ。

 

「(いや、こんな時間だからこそ2人以上でいんのか!)」

 

 違ったところで納得しつつ、モンスター専用ソードスキル《霊剣(レイケン)》スキルの解放によって、フィールドの危険度が増していることを思い出し、一応音源へ駆け足。

 敵なら敵でいい。狩って俺のエサにするまでだ。

 そうして走るうちに、周りが西洋の墓を模したオブジェなどで埋め尽くされたアート風味の空き地に着く。波のような葉と枯れた木々の先に、予想外にも本当に2人の女性プレイヤーが戦っていた。

 しかも敵は恐ろしい見た目だった。細部のグラフィックがきめ細かなこのSAOの世界では、精神衛生上あまりよろしくないぐらい怖い。レーティングがZ指定でないのが不思議な、ゾンビのような2メートル超えのモンスターである。

 初見の敵。ディティール・フォーカシングシステムがはっきりと表示したその名は《グラットン・ゾンビ》だった。

 

「(うおぉっ、俺も初めて見たな。さすがにありゃこえーよ、俺でも……)」

 

 怪奇現象、ポルターガイストといったパニック映像はサスペンス要素が強いだけだと思うのだが、対して奴の見た目は突き抜けてグロい。血塗られた鎌もいい演出。

 夜にあのモンスターを見て反応しないプレイヤーはいないだろう。一昔前にヒットしていた映画、バイオ何とかのワンシーンを再現しているかのようだ。

 

「(ってか、アスナとヒスイじゃん!?)」

 

 よく目を凝らすと、それぞれ白と黒の防具を身に纏うプレイヤーが既知の人物であることが判明した。

 なぜ既知の人物であるにも関わらず、発見後すぐを断定できなかったのか。その理由は珍しく俺のスカスカ頭でなく、彼女達の戦い方にあった。

 「あいつらあんなに弱かったっけ?」と、失礼ながらそんな感想を持ってしまうほど、2人からは舌を巻くほどの『剣技』が無くなっていたのである。

 タゲの押しつけ合いと、腰の引けた初心者(ニュービー)の様なでたらめな剣筋。加えて敵を直視すらしていない。しかも最悪なことに敵のHPはとんでもなく多いのか、きちんと命中してもほとんどドットが減っていないようにすら見える。

 

「おいおい、こりゃヤバいだろ……」

 

 狩っている最中のモンスターの横取りはマナー違反だが、傍目(はため)に見てもどちらかというと彼女達は『狩られて』いる。

 でしゃばった真似だと心のどこかが喚起しているが、気合いでそれを無視して俺は衝動のままに剣を抜いた。

 続いて敵の真後ろに回り込んで近づくと、現在の愛剣《ブリリアント・ベイダナ》を弱点と予想した首に向けて真横に振る。

 

「らあぁああああッ!」

 

 ガシュッ! と、右脳辺りを掠ったがどうやってか軌道を読まれてクリティカルにはならなかった。

 大型、およびノロいモンスターを狩りやすい大剣装備ゆえ、もう少しダメージは通るものだと思っていたが、しかし今はそれどころではない。

 

「おい、ほうけてる場合か! タゲはもらうから、2人はさっさと横から斬れ!」

 

 いきなりの援軍に驚くのも無理は無い。善意で手を貸した身としてはまことに遺憾(いかん)だが、あるいは美少女のケツを追うストーカーとでも思われたかもしれない。

 しかし、それにしても攻略組とは思えない反応の鈍さだ。割りと本気(マジ)で不安になる。あの鬼の攻略組達がいったい今日はどうしたのだろうか。

 先ほどから怯える小動物の様になっている2人を差し置いて、1人でガスガス斬りまくっているが、案の定一向に敵の体力が減らない。ソードスキルが必要なタイプか。

 この際タンクにでもなってやるが、ここは俺が淡々と頑張るより、協力して3人で斬ってかかるところだろう。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! スルーすんなよっ!」

「だって怖いんだもん!」

 

 いい加減しびれを切らしてキレそうになった直前に、わざとやっているのかとか疑いたくなるぐらい可愛らしく、そして半泣き状態でアスナが言う。

 庇護欲の掻き立て具合だけならたいした技術だ。

 思わず「女かッ!!」と、(よこしま)な気持ちをかき消すようにノリツッコミをかましてしまったではないか。

 

「ああ、そういや女だったなアンタら……ッ!! じゃあ何でこんな夜中に戦ってたんだよ……ったく、ヒスイ! こいつを何とかしろッ!」

「無理! だって怖いんだもん!」

 

 ――うわぁ。

 と思わなくもない。可愛いなと思わなくもない。思わなくもなくはない。

 これはいけない。皮膚がただれ、眼球が飛び出し、ヘタなホラー映画よりリアリティのあるアンデッド系ゾンビと戦闘中なのに、不意打ちのような声を連発されると不覚にもクラッとくる。

 よもや彼女らにボケもツッコミもかますとは思っていなかったが、楽しんでいる場合ではない。天然なら許せるものの、狙ってやっているのだとしたらずいぶんと余裕だ。

 

「くお!? んにゃろ……おい! あんたらあとで説教だぁ!」

 

 滴る鎌を押しのけつつ、俺はそう叫ばずにはいられなかった。

 その後、目が潰れていて激しい動きにのみ反応する上、こちらの攻撃パターンをまるで学習せずに好き勝手暴れる難敵《グラットン・ゾンビ》と、『見切り』や『ミスリード』の利かない約10分間の辛い戦闘は、ほとんど俺1人でやらされたのであった。

 

 

 

 戦闘終了後。タバタ式トレーニングのような激しい運動を経たというのに、インターバルはほぼ皆無だった。

 

「間に合えばいいけど……」

 

 息を切らしながらヒスイがそんなことを口にする。

 なかなか死なないゾンビ君を倒してから、すでに5分が経過していた。

 予想通り、クエスト専用モンスターだったグラットン・ゾンビにラストアタックを決めた俺のストレージには、《大食らいの生首》というアイテムがドロップされた。

 グラは完全に生首。超いらない。

 しかし、それを頭を下げてまで欲しがった女2人に、若干軽蔑しながら仕方なく譲渡(じょうと)。さらに、怪しげな全身黒衣の邪神教集団のようなNPCの所までやって来て、それを手渡している状況だ。

 

「(クエスト報酬が狙いだったのか……)」

 

 もっとも、そうでもないと泣きながらアイテムを手に取っていた彼女達の行動原理が存在しなくなる。

 それにしても、報酬が生首とはとんでもないクエストを受けたものだ。

 実はこれ、受けてみないとドロップ品がわからないものだったらしい。何せ『対象者を倒した証』を持ってきてくれという、漠然とした依頼だったので、『何を持って対象者を倒した証明とするのか』は受注したプレイヤーが自分で考えなくてはならない仕様だったのだ。

 残念なことに蓋を開けてみると、考える余地もなく圧倒的なわかりやすさを誇る生首さんが答えだったわけだが。

 そしてこのクエスト、日付が変わって最初の1時間でクリアしなければならない鬼畜仕様なのである。クリティカルの連発で運良く倒せたものの、本来1人では時間制限内のクリアすらままならないトンデモクエストだった。

 

「ありがとうね。必ずいつかお礼するから」

 

 アスナがわざわざお礼を言いにやってきた。ようやく落ち着いたのか、一挙手一投足に優雅さを取り戻しつつある。

 それにしても、興奮状態でつい叫んでしまったが、何度見ても俺のような下々民にはお声をかけるのもはばかれる美人だ。隣にいるヒスイも然り、はぐれソロプレイヤーと一緒にいる方が違和感である。

 ふと、これだけ弱々しい姿がギャップ萌えするとわかると、ゾンビ系をトレインして恐怖に縮こまる彼女達をゆっくり観察してみたい、などというゲスを突破する最低極まりない欲求が頭をよぎったが、今回ばかりは実行に移さない方が吉だろう。

 現実世界の話になるが、小学校のクラスメイトに霊にまつわるあらゆる現象を怖がる女の子がいた。俺はそれを知った上で、彼女を心霊スポットまで騙して連れ出し、ネットで拾った恐怖画像を拡大印刷して壁に張ったり、破棄されたマネキンのパーツを回収して現場に散りばめたり、赤いスプレーで不吉な言葉を書きなぐったりと準備をした上で、彼女を死ぬほどビビらせたことがあるのだ。

 当時はあれでモテるとでも思ったのだろう。

 だが、現実はそう甘くなかった。

 周到な下準備を経て、泣きじゃくる女の子が帰りたいと懇願(こんがん)するのを無視し、姫を守るナイト気分を30分ほど味わったところで事件が起きた。

 普通に絶交されたのである。

 あれはショックだった。年齢にしては高額だった仕掛けにかけたお金や費やした時間よりも、あまりにもくだらない理由で初恋が散ったのが悲しかった。まさか女の子の嫌がることをしてもその子の気を引けないとは。

 ……まあ、いま考えればごく当然の結末だったが。

 むしろ相手の親が招喚(しょうかん)され、力の限りブン殴られても文句は言えなかったはずだ。

 そんな恥ずかしすぎる記憶が走馬灯のように巡った俺だったが、どうにかそれらを気合いで消し飛ばし、改めてアスナに意識を戻した。

 

「い、いやそれはいいんだけどアスナ、これ何がもらえるんだ?」

「何が……かはまだわからないわ。話は長いから省くけど、3種類の武器からランダムに貰えるらしいのよ。その内の2種類が《細身剣》と《片手用直剣》っていうわけ。しかもアルゴ……って言ったらわかるかしら?」

「ああ、アルゴは知ってる。情報は命みてーなもんだし。他にもソロなら何人か……おわ、脱線したな」

「まあ、彼女曰く、そのどれもがとっても強力みたいなの」

「いま強い剣ねぇの?」

「わたしもヒスイも前回更新してからしばらくたってて、丁度変え時でね。だから一緒にやろうって」

「なるほどねぇ……」

 

 そこはかなり際どい葛藤があったのだろう。

 恐がりな(ことが先ほど判明した)こやつらが冒険した理由。なにせ、モンスターは視覚的な恐怖を与えるに過ぎないが、強い武器がないという事実は最前線プレイヤーにとって『死』の恐怖そのものである。

 そこで、彼女達はどちらが出ても文句なしという条件で、一時的に協力し合っていたのだそうだ。アルゴも良かれと思って情報を売ったはずだが、誤算は戦闘時に2人がまったくの役立たずになってしまったということか。

 しかし、これでクエスト発案者の意図が読めた。

 つまり剣はランダムかつ1本しか貰えないのに、1人ではクリアを困難にさせることで、真の意味での信頼しあった仲でしか臨めない仕様にしたのだ。コミュ障殺しである。

 

『よくやってくれた、あやつがいなくなったおかげで商売が再開できる。どれ、代わりに我々の末裔から古より封印されていた剣を授けよう』

 

 ――てめぇらそのナリで商人かよ! 

 という言いがかりは声に出さず、NPCがそんなことを言っていることから、とうとう武器伝授のタイミングかと予想をつける。

 

「(よりによって棺桶から出すなよな……)」

 

 予想にはあったが取り出すのは十字の刺繍(ししゅう)が入った黒い箱のような棺桶の中からだった。

 果てしなく何もかもが悪趣味なイベントの中、2人掛かりで運ばれて来たその『強力』と噂の武器はしかし、《片手剣》と《細身剣》のカテゴリには無い武器だった。

 

「え……と、両手剣……?」

 

 予想外の展開に声を出してしまった。きっと運ばれてきたのは『3種類目』の武器だったのだろう。どう見ても片手では振り回せそうになく、それはそれは大きく禍々しい両手用大剣が姿をあらわす。

 エッジには頭蓋骨をイメージさせる骨格を持ち、剣そのものも血管の様な赤い筋が何本か見えるだけの骨塊だ。刀身は鋭く研がれているものの、果たして本当に切断能力があるのかと問いたくなるほどの、怪しげな儀式で使われる装飾用品にも見える片刃の刃物。

 「え~両手剣かぁ……」と、ヒスイも不満タラタラに口を尖らせているが、ランダム報酬だと事前に聞かされていたクエストである以上、後から文句を言っても詮無い。

 なんて冷静に分析しているが、俺からすれば正直ノドから手が出るほどこの武器が欲しい。手に入れ、プロパティを確認し、毎日手入れと研磨に励みながら共に戦いたい。強い武器なら舐め回したい。弱い武器なら目の前の商人を斬り殺したい。

 

「(おっとつい本音が……)……あ、あんたらさ、2人共両手剣スキル取ってないよな? ……売るの?」

「う~ん……いえ、そんなに欲しいならここはあなたに譲りましょう」

「マジでかぁ……え、マジかぁこりゃラッキーだったな。何か得した気分だ」

「反応が子供ね……」

 

 なるべく平常心を保って悟られぬようにしたというのに、心を見透かされてようで気分的には恥ずかしかったが、ここは話しが早く進んだと喜んでおくとしよう。

 それにアスナはそう言うが、このニヤニヤは止めようがない。

 考えてみれば戦っていたのはほとんど俺なので、報酬分配としては妥当とも言える状況だが、俺はクエストを受けていない。ゆえに『学校行こうとしたらその日は祝日だった』的な、棚からぼた餅的な何とも言えない幸福感は誤魔化しようがないのだ。

 

「さてさて早速、うをっ!? ……けっこー重いな」

 

 なまくらなんてとんでもない。受けとると体がグラつくほど重く、そして良い剣だった。

 柄の部分に浮かぶダイアログからタグを押してプロパティを確認すると、銘を《ファントム・バスター》とする信じられないぐらいのハイスペックな剣だった。

 剣のプライオリティに比例して、クエストのクリアが難関だったわけではない。しかしファントム・バスターを強力な武器にせしめる3つの理由の内1つがこの武器に該当したのだ。

 その3つとは『達成難関クエスト』、『指定時間要求クエスト』、『希少クエスト』である。

 順を追う。まず1つ目は、クリアそのものが非常に困難なクエストだ。《イベントボス》や《クエストボス》などの多くはこれに該当する。この場合、達成を困難にしているものがモンスターなら、その討伐によるドロップでもレア物が手に入るだろう。

 次はクリアにかかる時間が物理的に短縮不可能で、長時間を要求してくるクエスト。そのほとんどが誰でもクリアできるようになっているはずだが、なんと言ってもメンドクサい。クエストを見送ったプレイヤーも多々いるだろうが、やはり時間に比例したリワードが保証されている。

 最後は時間指定で発生するか、もしくはクエストの発見そのものが著しく困難なものだ。これらを発見できたら非常にラッキーで、可能ならこなすも良し、不可能なら情報料として売るも良しだ。

 先ほどの暗い場所でのクエストが今回のそれで、俺は奇しくも幸運者と言える。

 

「これホントにいいのか? 後で返せつっても返さねぇぞ?」

「そんなジェイドみたいなことは言いませんよー」

「うんうん。それに言うことはまずお礼でしょう」

「うう……む……」

 

 ――で、でもこれって俺1人で……。

 いや、これに限らず面倒な相手に言葉で言い負かそうと考えない方がいい。その勝利に価値はないと最近学んだ。

 

「わあったよ、ありがとさん。大事に使わせてもらいますよ」

 

 とは言っても、このまま装備などしたら俺が剣を振る前に俺が剣に振り回されてしまう。これをメインにするのは、もう少し後の話になるだろう。

 

「素直でよろしい……ふぁ、ぁ……」

 

 ヒスイが手で口元を隠しながら眠そうに欠伸をする。ついでに恥ずかしそうにも。

 それもそのはずで、時刻はもう1時を超えている。俺は夜更かしに慣れているが、規則正しい生活をしている人、つまり彼女達にとっては熟睡中の時間だ。アスナが眠そうにしていないのは……なぜだろうか。睡眠時間を聞いてみたくもなる。

 

「じゃあジェイド、宿までエスコートよろしく!」

「おうっ……お……おう?」

 

 獣か俺は。

 てっきりこれでおさらばかと思っていたが、逆に相手は送ってもらって当然という雰囲気である。逆らうだけ労力の無駄だと判断した俺は素直に任意同行するが。

 ま、まあ。釈然としないどころか、嬉しいハプニングというか、もはやリワードのリワードまである。

 

「(女という奴は……それにキリトはどうした。ゲーム始まって以来、こういうのはあんたの役目だろうに)」

 

 そう言えば、最近キリトは《月夜の黒猫団》などと言う中層ギルドに入ったのだった。

 ヒスイの過去にも同じような経験があったと記憶しているが、同レベルならまだしも、なぜ極限までストイックになれる前線プレイヤーが、あんなヌルい中層プレイヤー連中と徒党を組むのだろうか。今のところメリットらしいメリットが思い付かない。

 俺ですら、カズ達のいるレジクレとやらが前線に追い付くまでは入隊しないと決めているほどだ。

 

「(まぁいっか、俺関係ないし……)」

 

 そうこうしている内に静まり返ったメインストリートを横断し、今度こそ別れの時がやってくる。

 

「宿はこの辺か?」

「うん、ありがとう。明日もお互いに頑張ろうね」

 

 アスナは無断でギルドホームを空けていたらしく、そろりそろりと帰ってしまったので今はヒスイと2人きりだ。ちなみにヒスイは幽霊が怖いそうで、ごく当たり前のように19層では寝泊まりしていない。なので、今いるのは18層の主街区である。

 

「そうだな。……まあ、フロアは広いし、次会うのなんていつになるかわかったもんじゃねぇけどさ。会えるとしたらボス部屋とかか」

「え、何そんなにあたしに会いたいの?」

「…………」

 

 喉まで出かかったが、よし。見え透いた罠にはかからなかった。偉いぞ俺。

 

「ふふっ……図星かなぁ? 顔赤いよ~?」

「い、言ってろ! 次は泣いてすがっても助けねぇぞ!」

「なら別の人に助けてもらいます~。ま、こう見えてあたしはみんなのアイドルですから!」

「こんの野郎……」

 

 がしかし、我慢できずに言い返してしまった。

 わざとだとわかっていても好き勝手言ってくれる。

 駄目だ、完全にペースを作られている。こうなったら多少神風状態になってでも、何か状況を打開する逆転のカードがいる。何でもいい、バカにされたまま引き下がれはしないのだ。流れを崩す何かを。

 なんて、安いプライドとパニックが頂点に達した時……、

 

「じっ、じゃあ俺が助ける!! 何度で、も……ッ」

「…………」

 

 うっかり終焉の時を迎えた。

 

「(があぁぁあああッ!? あれっ? あれれっ!?!? やっちまったぁあああああ!?)」

 

 究極的にパニクって自虐風自爆特攻をかました俺は、自然な成り行きとして全身に火花が走ったような感覚と共にその場に立ち竦み、自殺を2割程本気で考えてから呆然とする。滝のような汗に加え、手先なんて麻痺しだしているのだ。

 そして、あまりに長すぎる空白ののち、彼女が先に反応した。

 

「……え……ぇえええっ!? 直球過ぎないっ!?」

「ちょっ……な、こっちは恥かいたんだ! もっとこう、気の利いたパスがあるだろ!」

「し、しし知らないわよ! ジェイドこそ何言ってるの、気持ち悪いからそれッ! ポエムとかハヤんないって!!」

 

 グッッッサリ、と刺さる相手からの言葉の暴力。を、一旦脇に置いておいて、とりあえず理解したことは、相手を多少なりとも道ずれにできたということだけだ。

 

「か、帰る! ……あたし今度こそ帰るから!!」

 

 そして駆け足で俺も過去に使用したことのある宿屋に向かっていく。

 まったく、今日のセルフ反省会は長引きそうだ。

 しかし俺がそんなことを考えている途中で、ヒスイはクルッと向きを変え、その黒髪をなびかせると元気よく手を振っていた。

 

「今日はありがとー! また今度ねー!」

 

 なんて、先ほどまでの殊勝(しゅしょう)な彼女はどこへやら、といった変わりようである。「じゃあなぁー!」と、左手を軽く挙げて仕方なく答えてやったが、今のボリュームは近所迷惑だっただろうか。

 いや、音は壁にシャットアウトされているのだったな。

 それにしても、時間にしたらほんの1時間程度のことだったと言うのに随分と長く感じるものだ。

 

「(女には勝てんわ……)」

 

 そう思う俺の頭にも、明日の狩りは(はかど)りそうだという浮ついた感情だけは、いつまでたっても消えなかったのだった。

 

 

 


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