SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第三章 ラストアタック
第18話 ちょっとだけ幸せな夜


 西暦2023年4月16日、浮遊城第19層。

 

 中学以来の旧友、現在の名を『ルガトリオ』とするカズや、その仲間達と共闘の誓いを立てて2週間。4月も半ばを越えたところで、プレイヤーは最前線の主街区を19層の《ラーベルグ》へと移していた。

 第1印象は『ゴーストタウン』といったところだろうか。

 アクティベート直後のプレイヤー人口は少ないが、それを差し引いてもNPCの影すら感じないほど、俗に言う『廃墟都市』のような主街区だった。

 俺は高校に上がると同時に、自分でもびっくりするほど幽霊やその(たぐい)の怪奇現象にまったく恐怖心を抱かなくなっていたが、人によっては寝泊まりするだけでもしんどいはずだ。

 そんなフィールドや主街区とは裏腹に、俺の内心はカズ達との再会に待ち焦がれる、期待とも緊張とも言えないバラ色の感情で埋め尽くされている。一日千秋という言葉はこういう時のためにある言葉だろう。

 

「(……カズ……ま〜だっかな〜)」

 

 夜の(とばり)が降りてなおウキウキである。

 1人で戦える、強くなれる。そう強く自分へ言い聞かせてきた、ある種の脅迫概念から少しだけ解き放たれた気がするのだ。

 俺が冒した最低最悪の行いをあの3人が受け止め、許してくれただけで、背負った重圧が消えつつある。もちろん、これはスタート地点である。罪を忘れることだけはあってはならないからだ。

 それはそうと、彼らとの情報交換で判明したことがいくつかある。

 まずはあの3人が結成したギルドの名前だ。

 その名も《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》。ギルドリーダーはロムライル。

 俺にとっては友人のカズこそリーダーと思っていたが、特別カリスマ性のある人間が不在だったため、装備構成から消去法らしい。

 ロムライルは盾持ち重槍。レンジの長いランスと大きなシールドを携えた前線タンク。

 ルガトリオ(カズ)は両手用棍棒。最大火力を誇る棍棒(メイス)使いのダメージディーラー。

 最後にジェミル。サポートスキルである《軽業(アクロバット)》や疾走(ダッシュ)を織り交ぜ、《投剣》による後方支援も可能。《投剣》に至ってはトップレベルの腕前。

 つまり、この時点で2択となる。戦局を俯瞰(ふかん)できるサポーターか、あるいは生存率が高いタンカーか。そしてリーダーとしての素質に差がないのであれば、冷静なロムライルは指揮権を持つべきと言えるのである。

 こうしてみると、寄せ集めにしては蛇足のない戦術的構成(タクティクスビルド)と言えるだろう。

 

「(あの奥手なメンツでも、俺が参加すりゃディーラー2枚の攻撃型小隊になるわけか。……ハッ、笑える。あいつらとの再会んとき、せめて笑われないように強くなっておかなきゃな)」

 

 少しずつ、だが着実に《攻略組》への参戦に近づいているあの3人を思うと、そう考えずにはいられなかった。

 しかし、私考が中断を余儀なくされる。

 

「きゃああああああっ!」

 

 と。女の悲鳴が聞こえてきたからだ。

 緊張が走る。反射的に《索敵》スキルを発動させて辺りを見渡すが、視界にはいくつかの廃屋(はいおく)と枯れ果てた樹木、視界端のミニマップには《索敵》に反応したモンスターが数体映るのみ。

 腰に下げる携行ランプの照度(しょうど)は心もとない。気が緩んでいたこともあり、声の発生源は特定できなかった。

 昔なら歯牙(しが)にもかけなかっただろう。だが今の俺に、これを無視することはできなかった。

 身の安全を天秤にかけ、援護に行くべきか黙考する。最前線では、いくら慎重な攻略をしていても不意の事故は起きるからだ。

 

「(いや、こんな深夜に女がいるか……? 普通に罠って線もあるな)」

 

 冷静になり、考え直す。

 19層のテーマはホラー。ゴースト系、アンデッド系のモンスターはいくらでもいるし、女性の声を模倣してプレイヤーを誘い込むタイプもいる。

 そして何より重要なのは、夜に狩りを行う重要性だ。

 例層なら基本的にメリットは単純明快。強化された夜行性モンスターは、種によっては凶暴化し、経験値効率が非常に高くなるのだ。

 しかし本層は例外。俺の知る限り、19層は夜間にしか出現しないモンスターこそいる物の、経験値効率は昼夜一定。むしろ日が出ている間はモンスターが弱体化するため、日中の狩りが推奨されている。

 時間帯的にも、女性の悲鳴などトラップの香りしかしない。

 とはいえ、まさに俺の認知しない現象が起きている。隠しクエストだろうか? モンスターの鳴き声であるなら、SE特有の機械音ではなかったのが気になるが、はて……。

 

「「きゃああぁあああ!!」」

 

 2度目の悲鳴。1度目よりも大きい。

 しかも、声が重なって聞こえたうえに、あろうことか聞き覚えのある声だったのだ。

 

「(ガチの悲鳴か……?)」

 

 万が一プレイヤーだとして、よもや深夜のフィールドを12時過ぎに複数人でさ迷うものだろうか。門限のないゲーム世界とはいえ、そのリテラシーはいかがなものか。

 ――俺はその分、朝が遅いからいいのだ。

 

「(いや、こんな時間だからこそ2人以上でいんのか!)」

 

 違ったところで納得しつつ、モンスター専用ソードスキル《霊剣(レイケン)》スキルの解放によって、フィールドの危険度が増していることを思い出し、今度こそ特定した音源へ駆け足。

 敵なら敵でいい。狩って俺のエサにするまでだ。

 そうして走るうちに、周りが西洋の墓を模したオブジェなどで埋め尽くされたアート風味の空き地に着く。小山のような大量の落ち葉と枯れた木々の先に、予想外にも本当に2人の女性プレイヤーが戦っていた。

 しかも敵は恐ろしい見た目だった。細部のグラフィックがきめ細かなこのSAOの世界では、精神衛生上あまりよろしくないぐらい怖い。レーティングがZ指定でないのが不思議な、ゾンビのような2メートル超えのモンスターである。

 ゲーム機能である《ディティール・フォーカシングシステム》が自動的に焦点を合わせる。はっきりと表示したその名は、初見のモンスター《グラットン・ゾンビ》だった。

 

「(うおぉっ、初めて見たな。さすがにありゃこえーよ、俺でも……)」

 

 怪奇現象、ポルターガイストといったパニック映像はサスペンス要素が強いだけだと思うのだが、対して奴の見た目は突き抜けてグロい。血塗られた鎌もいい演出。

 夜にあのモンスターを見て反応しないプレイヤーはいないだろう。一昔前にヒットしていた映画、バイオ何とかのワンシーンを再現しているかのようだ。

 

「(ってか、アスナとヒスイじゃん!?)」

 

 よく目を凝らすと、それぞれ白と黒の防具を身に纏うプレイヤーが既知の人物であることが判明した。

 なぜ既知の人物であるにも関わらず、発見後すぐを断定できなかったのか。その理由は珍しく俺のスカスカ頭でなく、彼女達の戦い方にあった。

 「あいつらあんなに弱かったっけ?」と、失礼ながらそんな感想を持ってしまうほど、2人からは舌を巻くほどの剣技が見受けられなかったのである。

 タゲの押しつけ合いと、腰の引けた初心者(ニュービー)さながらの剣筋。加えて敵を直視すらしていない。しかも最悪なことに、敵のHPはとんでもなく多いのか、きちんと命中してもほとんどドットが減っていないようにすら見える。

 

「おいおい、こりゃヤバいだろ……」

 

 狩猟途中のモンスターの横取りはマナー違反だが、傍目(はため)に見ると彼女達は『狩られて』いる。

 でしゃばった真似だと心のどこかが喚起してくるが、気合いでそれを無視し、俺は衝動のままに剣を抜いた。

 続いて敵の真後ろに回り込んで近づくと、現在の愛剣《ブリリアント・ベイダナ》を弱点と予想した首に向けて真横に振る。

 

「手ぇ貸すぞッ!」

 

 怒号と同時に斬撃。ガシュッ! と、右脳辺りを掠ったが、どうやってか敵に軌道を読まれてクリティカルにはならなかった。

 大型、およびノロいモンスターを狩りやすい大剣装備ゆえ、もう少しダメージは通るものだと思っていたが、しかし今はそれどころではない。

 

「おい、ほうけてる場合か! タゲはもらうから、2人は側面から斬ってくれ!」

 

 いきなりの援軍に驚くのも無理は無い。善意で手を貸した身としてはまことに遺憾(いかん)だが、美少女のケツを追うストーカーとでも思われたかもしれない。

 しかし、それにしても攻略組とは思えない反応の鈍さだ。割りと本気(マジ)で不安になる。あの鬼の攻略組達がいったい今日はどうしたのだろうか。

 先ほどから怯える小動物の様になっている2人を差し置いて、1人でガスガス斬りまくっているが、案の定一向に敵の体力が減らない。通常攻撃ではなくソードスキルが必要なタイプだろうか。

 であれば、なおさら協力は不可欠。この際タンクにでもなるが、その隙に2人で攻撃してもらわないと戦術が成立しない。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! スルーすんなよっ!」

「だって怖いんだもん!」

 

 いい加減しびれを切らしてキレそうになった直前に、わざとやっているのかとか疑いたくなるぐらい可愛らしく、そして半泣き状態でアスナが言う。

 庇護欲掻き立て選手権ならたいした腕前だ。

 思わず「女かッ!!」と、(よこしま)な気持ちをかき消すように、ノリツッコミをかましてしまったではないか。

 

「ああ、そういや女だったなアンタら……ッ!! じゃあなんでこんな夜中に戦ってたんだよ……ったく、ヒスイ! こいつを何とかしろッ!」

「無理! だって怖いんだもん!」

 

 ――うわぁ。

 と思わなくもない。可愛いなと思わなくもない。思わなくもなくはない。

 これはいけない。皮膚がただれ、眼球が飛び出し、ヘタなホラー映画よりリアリティのあるアンデッド系ゾンビと戦闘中なのに、不意打ちのような声を連発されると不覚にもクラッとくる。

 よもや彼女らにボケもツッコミもかますとは思っていなかったが、楽しんでいる場合ではない。

 

「くお!? んにゃろ……おい! あんたらあとで説教だぁ!」

 

 血の滴る鎌を押しのけつつ、俺はそう叫ばずにはいられなかった。

 その後、目が潰れていて激しい動きにのみ反応するうえ、こちらの攻撃パターンをまるで学習せずに好き勝手暴れる難敵《グラットン・ゾンビ》と、《見切り》や《ミスリード》が利かない数分間の辛い戦闘は、ほとんど俺1人でやらされたのであった。

 

 

 

 戦闘終了後。タバタ式トレーニングのような激しい運動を経たというのに、インターバルはほぼ皆無だった。

 

「間に合えばいいけど……」

 

 息を切らしながらヒスイがそんなことを口にする。

 しぶといゾンビを倒してから、すでに5分が経過していた。

 予想通り、クエスト専用モンスターだった《グラットン・ゾンビ》にラストアタックを決めた俺のストレージには、《大食らいの生首》なるアイテムがドロップされた。

 その名の通り、見た目は完全に生首。

 それを頭を下げてまで欲しがった女2人に、俺は若干軽蔑しながら仕方なく譲渡(じょうと)。さらに、怪しげな全身黒衣の邪神教集団のようなNPCの所までやって来て、それを手渡している状況だ。

 

「(クエスト報酬が狙いだったのか……)」

 

 もっとも、そうでもないと泣きながらアイテムを手に取っていた彼女達の行動原理が存在しなくなる。

 それにしても、報酬が生首とはとんでもないクエストである。

 実はこれ、受けてみないとドロップ品がわからないものだったらしい。『対象者を倒した証を持参せよ』と漠然とした依頼だったので、『なにを持って対象者を倒した証明とするのか』は受注したプレイヤーが自分で考えなくてはならない仕様だったのだ。

 残念なことに蓋を開けてみると、考える余地もなく圧倒的なわかりやすさを誇る生首さんが答えだったわけだが。

 おまけに現場ま往復だけで時間がかかり、日付が変わって最初の1時間がクリア制限の鬼畜仕様なのである。クリティカルの連発で運良く倒せたものの、本来1人では時間内のクリアすらままならないトンデモクエストだ。

 

「ありがとうね。必ずいつかお礼するから」

 

 アスナがわざわざやってきて頭を下げた。ようやく落ち着いたのか、一挙手一投足に優雅さを取り戻しつつある。

 興奮状態でつい叫んでしまったが、何度見ても俺のような下々民には声をかけるのもはばかれる美人だ。隣にいるヒスイも然り、はぐれソロプレイヤーが一緒にいると強烈な違和感がある。

 ふと、これだけ弱々しい姿がギャップ萌えするとわかると、「ゾンビ系をトレインして恐怖に縮こまる彼女達をゆっくり観察してみたい!」などという、ゲスを突破する最低極まりない欲求が頭をよぎったが、今回ばかりは実行に移さない方が吉だろう。

 当時小学生だった俺のクラスメイトに、怖がりな女の子がいた。俺はそれを知ったうえで、彼女を心霊スポットまで騙して連れ出したことがある。しかもそこは、ネットで拾った恐怖画像を拡大印刷して壁に張ったり、破棄されたマネキンのパーツを回収して現場に散りばめたり、赤いスプレーで不吉な言葉を書きなぐったりと数々の準備を施した、言わば子供を死ぬほどビビらせるためにカスタマイズされた空間だった。

 当時はあれでモテるとでも思ったのだろう。

 だが、現実はそう甘くなかった。

 周到な下準備を経て、泣きじゃくる女の子が帰りたいと懇願(こんがん)するのを無視し、姫を守るナイト気分を30分ほど味わったところで事件が起きた。

 普通に絶交されたのである。

 あれはショックだった。年齢にしては高額だった仕掛けや費やした時間よりも、あまりにもくだらない理由で初恋が散ったのが悲しかった。まさか女の子の嫌がることをしてもその子の気を引けないとは。

 ……まあ、いま考えればごく当然の結末だ。

 むしろ相手の親が招喚(しょうかん)され、力の限り頭をブン殴られても文句は言えなかった。

 そんな恥ずかしすぎる記憶が走馬灯のように巡った俺だが、どうにかそれらを気合いで消し飛ばし、改めてアスナに意識を戻した。

 

「い、いやそれはいいんだけどアスナ、これ何がもらえるんだ?」

「何が……かはまだわからないわ。ストーリーは長いから省くけど、3種類の武器からランダムに貰えるのよ。その内の2種類が《細剣》と《片手剣》カテゴリってわけ。しかもアルゴ……って言ったらわかるかしら?」

「ああ。もちろん」

「彼女曰く、そのどれもがとっても強力みたいなの」

「いま強い剣ねぇの?」

「わたしもヒスイも前回更新してからしばらくたってて、丁度変え時でね。だから一緒にやろうって」

「なるほどねぇ……」

 

 細い眼をさらに細めてみる。そこはかなり際どい葛藤があったのだろう。

 怖がりな――ことが先ほど判明した――彼女らが冒険した理由。なにせ、モンスターは視覚的な恐怖を与えるに過ぎないが、強い武器がないという事実は最前線プレイヤーにとって『死』の恐怖そのものである。

 そこで、彼女達はどちらが出ても文句なしという条件で、一時的に協力し合っていたのだそうだ。アルゴも良かれと思って情報を売ったはずだが、戦闘時に2人がまったくの役立たずになることは誤算だったはずだ。

 しかし、これでクエスト発案者の意図が読めた。

 つまり剣はランダムかつ1本しか貰えないのに、1人ではクリアを困難にさせることで、真の意味での信頼しあった仲でしか臨めない仕様にしたのだ。コミュ障殺しである。

 

『よくやってくれた。あやつがいなくなったおかげで、我々も商売が再開できる。どれ、代わりに古くより封印されていた剣を授けよう』

 

 ――てめぇらそのナリで商人かよ! 

 という言いがかりは声に出さず、黒頭巾のNPCがそんなことを言った。とうとう武器伝授だ。

 

「(よりによって棺桶から出すなよな……)」

 

 十字の刺繍(ししゅう)が入った黒い箱のような棺桶から取り出される武器。

 果てしなく悪趣味なイベントのなか、2人掛かりで運ばれて来たその『強力』と噂の武器はしかし、《片手剣》と《細剣》のどちらでもないカテゴリの武器だった。

 

「え……と、両手剣……?」

 

 予想外の展開に声を出してしまった。きっと運ばれてきたのは『3種類目』の武器だったのだろう。どう見ても片手では振り回せそうになく、それはそれは大きく禍々しい両手用大剣が姿をあらわす。

 エッジには頭蓋骨をイメージさせる文様があり、刀身に血管の様な赤い筋が何本か見える骨塊。鋭く研がれているものの、果たして本当に切断能力があるのかと問いたくなるほどの、怪しげな儀式で使われる装飾用品にも見える片刃の刃物。

 「え~両手剣かぁ……」と、ヒスイも不満タラタラに口を尖らせているが、ランダム報酬だと事前に聞かされていたクエストである以上、後から文句を言っても詮無い。

 なんて冷静に分析しているが、俺からすれば正直ノドから手が出るほどこの武器が欲しい。手に入れ、プロパティを確認し、毎日手入れと研磨に励みながら共に戦いたい。強い武器なら舐め回したい。産廃(・・)なら目の前の商人達を斬り殺したい。

 

「(おっとつい本音が……)……あ、あんたらさ、2人共両手剣スキル取ってないよな? ……売るの?」

「う~ん……いえ、そんなに欲しいならあなたに譲りましょう」

「マジでかぁ……え、マジかぁこりゃラッキーだったな。なんか得した気分だ」

「反応が子供ね……」

 

 思わず口角が上がったからだろう。なるべく平常心を保ったつもりだが、心を見透かされたようで恥ずかしい。だが話しが早く進んだと喜んでおくとしよう。

 それにアスナはそう言うが、このニヤニヤは止めようがない。

 考えてみれば戦っていたのはほとんど俺なので、報酬分配としては妥当とも言える状況だが、俺はクエストを受けていない。ゆえに『学校行こうとしたらその日は祝日だった』的な、棚からぼた餅的な幸福感は誤魔化しようがないのだ。

 

「さてさて早速、うをっ!? ……けっこー重いな」

 

 受け取ると、体がグラつくほど重く、そして良い剣だった。

 柄の部分に浮かぶダイアログからタグをタップ。プロパティを確認すると、銘を《ファントム・バスター》とする信じがたいほどハイスペックな剣だった。

 剣のプライオリティに比例して、クエストのクリアが難関だったわけではない。しかしファントム・バスターを強力な武器にせしめる3つの理由の内1つがこの武器に該当したのだ。

 報酬のグレードが高くなる3つの理由。それは『達成難関クエスト』、『指定時間要求クエスト』、『希少クエスト』である。

 順を追う。まず1つ目は、クリアそのものが非常に困難なクエストだ。《イベントボス》や《クエストボス》の討伐はこれに該当する。場合によっては、討伐によるドロップでもレア物が手に入るだろう。

 次はクリアにかかる時間が物理的に短縮不可能で、長時間を要求してくるクエスト。そのほとんどが誰でもクリアできるようになっているはずだが、なんと言ってもメンドクサい。クエストを見送ったプレイヤーも多々いるだろうが、やはり時間に比例したリワードが保証されている。

 最後は時間指定で発生するか、もしくはクエストの発見そのものが著しく困難なものだ。これらを発見できたら非常にラッキーで、可能ならこなすも良し、不可能なら情報料として売るも良しだ。

 先ほどの暗い場所でのクエストは3つ目に当たり、俺は奇しくも幸運者と言える。

 

「これホントにいいのか? 後で返せつっても返さねぇぞ?」

「そんなジェイドみたいなことは言いませんよー」

「うんうん。それに言うことはまずお礼でしょう」

「うう……む……」

 

 ――で、でもこれって俺1人で……。

 いや、これに限らず面倒な相手に言葉で言い負かそうと考えない方がいい。その勝利に価値はないと最近学んだ。

 

「わあったよ、ありがとさん。大事に使うさ」

 

 と言っても、このまま装備したら剣を振る前に俺が剣に振り回されてしまう。これをメインにするのは、もう少し後の話になるだろう。

 

「素直でよろしい……ふぁ、ぁ……」

 

 ヒスイが手で口元を隠しながら眠そうに欠伸をする。ついでに恥ずかしそうにも。

 それもそのはずで、時刻はもう1時を超えている。俺は夜更かしに慣れているが、規則正しい生活をしている人、つまり彼女達にとっては熟睡中の時間だ。アスナが眠そうにしていないのは……なぜだろうか。睡眠時間を聞いてみたくもなる。

 

「じゃあジェイド、宿までエスコートよろしく!」

「おう。……お……おう?」

 

 獣か俺は。

 てっきりこれでおさらばかと思っていたが、逆に相手は送ってもらって当然という雰囲気である。逆らうだけ労力の無駄だと判断した俺は素直に任意同行するが。

 まあ。釈然としないどころか、嬉しいハプニングというか、もはやリワードのリワードまである。

 

「(女という奴は……それにキリトはどうした。ゲーム始まって以来、こういうのはあんたの役目だろうに)」

 

 そう言えば、と思い出す。

 最近、キリトは《月夜の黒猫団》なる中層ギルドに加入したのだ。

 ヒスイの過去にも同じような経験があるが、同レベルならまだしも、なぜ極限までストイックになれる前線プレイヤーが、あんなヌルい中層プレイヤー連中と徒党を組むのだろうか。今のところメリットらしいメリットは思い付かない。

 俺ですら、カズ達のいるレジクレが前線に追い付くまでは入隊しないと決めているほどだ。

 

「(まぁいっか。俺関係ないし……)」

 

 そうこうしている内に静まり返ったメインストリートを横断し、今度こそ別れの時がやってくる。

 

「宿はこの辺か?」

「うん、ありがとう。明日もお互い頑張ろうね」

 

 アスナは無断でギルドホームを空けていたらしく、ソロリソロリと帰ってしまったので今はヒスイと2人きりだ。ちなみに彼女はゾンビのみならず霊的現象も怖いそうで、ごく当たり前のように19層では寝泊まりしていない。なので、今いるのは18層の主街区である。

 

「そうだな。……まあ、フロアは広いし、次会うのなんていつになるかわかったもんじゃねぇけどさ。会えるとしたらボス部屋とかか」

「え、ナニ? そんなにあたしに会いたいの?」

「…………」

 

 目を細め、からかうような表情を作るヒスイ。

 喉まで出かかったが、見え透いた罠にはかからなかった。偉いぞ俺。

 

「ふふっ……図星かなぁ? 顔赤いよ~?」

「い、言ってろ! 次は泣いてすがっても助けねぇぞ!」

「なら別の人に助けてもらいます~。ま、こう見えてあたしはみんなのアイドルですから! アハハハ」

「こんの野郎……」

 

 がしかし、我慢できずに言い返してしまった。

 わざとだとわかっていても、俺のちんけな反抗心が反応してしまう。バカにされたまま引き下がれない、と。安いプライドとパニックが頂点に達した時……、

 

「じゃあ俺がずっと助けるわ!! 何度で、も……ッ」

「…………」

 

 うっかり終焉の時を迎えた。

 

「(があぁぁあああッ!? あれっ? あれれっ!?!? やっちまったぁあああああ!?)」

 

 究極的にパニクって自虐風自爆特攻をかました俺は、自然な成り行きとして全身に火花が走ったような感覚と共にその場に立ち竦み、自殺を2割程考えてから呆然とする。滝のような汗に加え、手先なんて麻痺しだしているのだ。

 そして、あまりに長すぎる空白ののち、彼女が先に反応した。

 

「……え……ぇえええっ!? 直球過ぎないっ!?」

「ちょっ……な、こっちは恥かいたんだ! もっとこう、気の利いたパスがあるだろ!」

「し、しし知らないわよ! ナニ恥ずかしいこと言ってるの、気持ち悪いからそれッ! ポエムとかハヤんないって!!」

 

 グッッッサリ、と刺さる相手からの言葉の暴力。を、一旦脇に置き、とりあえず理解したことは、相手を多少なりとも道ずれにできたということだけだ。

 

「か、帰る! ……あたし今度こそ帰るから!!」

 

 表現し難い表情のまま、(きびす)を返したヒスイは宿屋に向かっていく。

 まったく、今日のセルフ反省会は長引きそうだ。

 しかし俺がそんなことを考えている途中で、ヒスイはクルッと向きを変え、その黒髪をなびかせると元気よく手を振っていた。

 

「今日はありがとー! また今度ねー!」

 

 なんて、先ほどまでの殊勝(しゅしょう)な態度はどこへやら。

 俺も「じゃあなぁー!」と、左手を軽く挙げて仕方なく答えてやった。今のボリュームは近所迷惑だっただろうか。

 いや、音は壁にシャットアウトされているのだった。

 それにしても、時間にしたらほんの1時間程度のことだったと言うのに、ずいぶんと長く感じるものだ。

 

「(女には勝てんわ……)」

 

 そう思う俺の頭にも、明日の狩りは(はかど)りそうだという浮ついた感情だけは、いつまでたっても消えないのだった。

 

 

 

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