SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第19話 小さな成長(スモール・グロウフ)

 西暦2023年4月20日、浮遊城第20層。

 

 さて、サクラの月も始まってはや3週間。とうとうSAOの参加者はこのゲームの5分の1を踏破していたが、俺は少し困っていた。

 発端は俺のいる《圏外》、メインフィールドとなる《ひだまりの森》のこと。

 このエリア、広い上に虫が多いのである。しかも、迷宮区へ進みたければここを通過するしかない。

 もっとも、迷宮区のマッピングはすでに始まっていて、しかも極めて順調。明日か明後日にもボス攻略が始まるだろう。ではなぜ、最前線の手前で進みあぐねているかと問われれば、このステージには蜂型のmobが出現してしまうからだ。

 俺は幼少期に蜂の集団に刺されて死にかけたことがある。そのトラウマもあって、ほぼ全ての虫を可愛いと思える俺にも苦手なものが何種類か存在する。そしてその内1のつが『蜂』というわけだ。あとはGなど。

 しかしよりによって蜂だ。これだけは本気で勘弁してもらいたい。

 なんてことを考えながら首をひねっていると、付近を通過しかけた集団の1人が駆け寄って声をかけてきた。

 

「おいおい、どうしたジェイド。しょぼくれちゃってさ」

「あん……? って、クラインじゃねぇか! おっひさー!」

 

 《索敵》スキル全開でプレイヤー集団が近くにいたことはわかっていた。

 ただ、まさか話しかけてくるとまでは思っておらず、条件反射のように弱い部分を隠そうと強めの口調で切り返したわけだが、しかし顔を上げて目を開くとそこにいたのは俺の知る人物、および彼が統括する小規模ギルド《風林火山》のメンバーだった。

 

「おう、久しぶりだな! イベント戦で重なった時以来か?」

「おいおい、それよりもう最前線まで来れるようになったのか!? すっげぇスピードだな」

「いやぁまだまださ。これでも迷宮区モンスターはちょいと危険だからな」

 

 謙遜(けんそん)して言いつつ、それでもこのエリアを進んだ先にある迷宮区は紛れもなく今の最前線。口で言うほど簡単ではない『最前線入り』を、この者達はもう目前まで控えていることになる。

 

「いや、やっぱすげぇよクラインは。んで、なんか用か?」

「用ってわけじゃないけどよ、なんか調子悪いのかと思ってさ。……さっきの見てたぜ? 毒しか取り柄のない《エストック・ビースパイク》なんて、今さらビビるような相手でもねぇだろう。解毒ポーション持ってき忘れたとか?」

「いや、この層でそんなミスはしねーけど……」

「じゃあどうした? 似たようなの、2層辺りにもいたじゃねぇか」

「《ウインドワスプ》か、いたな〜そんなの。んでも俺、あいつも極力避けてたんだよ。ハチ系苦手でさ」

 

 他愛もない会話で8人揃って狩りを続けるが、やはりクラインに対して感じるのは『取っ付きやすい』という印象だ。

 この男は土足で懐に飛び込んでくるような図々しさがあるくせに不快感を相手に与えないような、本当に不思議な魅力を持つ男だ。いや、魅力といってもああいうアレではなく、もっとこう友情的なアレだが。

 

「……ってな感じだ。どうよ?」

「どうよってアンタらさぁ、そんだけ準備が整ってんなら今日にでも迷宮区入りしても何ら問題ねぇよ」

 

 信頼されているのかは知らないが、会話の途中で彼らのギルドの平均レベルや武器、防具をあらかた教えてもらったのだが、その内容は唖然とするものだった。

 理由は呆れるほど平均ステータスが高かったからだ。

 影の努力なんて推し量れるものではないが、少なくともこれだけは言える。「早く迷宮区来いよ」と。勇み足が過ぎると確かに危険を招くが、遠慮も過ぎるとまた前に進めなくもなるものだ。

 

「やっぱ過剰マージンだったか~。まぁでも、7人だからだと思うぜ? 個人じゃやっぱキツい時が……」

 

 そう言うクラインからは自嘲などの(たぐい)の後ろめたさは感じない。きっと真剣に考えた上で『万が一』の場合も死なないように考えているのだろう。

 毎朝早くから毎晩遅くまで狩りを続け、資金を切り詰めて助け合い、信じ合って成長しつつも生き残る。俺にはできなかった、そして俺より遙かに崇高な戦闘スタイルを、もう長いこと繰り返しているのだ。

 

「(クライン……やっぱあんたとその仲間には学ばされること多いよ……)」

 

 4層でこいつらと会った時から、その脆さをあざ笑っていた。ソロの方が効率もいいのに、弱者同士身を寄せ合って傷の舐め合いなんてみっともない。群れる連中には理解できないだろうが、仲間なんていなくても俺は独りで戦える力がある。

 そんな虚しい虚勢ばかりを考えていた。

 しかし、そうであってほしいと願っていただけで、実際には強烈な劣等感から彼らに嫉妬と羨望を抱いていたのだと、今になっては認めざるをえない。

 振り返ったら視線が交わせる、踏み外したら道を正す、怖じ気づいたら励まし合う、そんなことができる奴らが俺は欲しかった。だからこそ、仲間を求めて4層であの3人に話しかけたのではなかったのか。

 

「(キリト……あんたも、そういう奴らと旅をしてるんだろ……?)」

 

 あいつは今輝いている。初めて参加させてもらっている仲間達と幸せに過ごしている。

 アスナとヒスイを深夜に救助してからこの4日間、俺はずっと考えていた。例え格段にレベルの低い足手まといなプレイヤーであれ、仲間として守っていくことにメリットがあるのかと。それでは自分にだけ負担がのしかかってしまうのではないかと。

 しかし、それはとんだ勘違いだった。

 中層プレイヤーと組むメリットを最近になって少しだけ理解することができるようになった俺は、もうその行いを笑わない。いや、もはや『メリット』ではない。これはもっと人が人足る根本からの衝動と本能だ。

 俺はそれを手にすることができたはずだった。俺の取捨選択が今の結論を生んでいる。

 後悔は死ぬほどしたが、しかし失敗から学んだことはたくさんある。

 

「(なら、この恥ずかしいぐらいデキの悪い頭にも、多少は感謝しねぇとな……)」

「なあジェイドよ、今日だけでも一緒に狩りしねぇか?」

 

 そんな葛藤の中、ふとクラインがそんなことを言い出した。

 友達の申し出だ、断るはずがない。しかしメンバーに武器の自慢をしつつ、らしくもない感傷に浸っていると……、

 

「うわぁああア!!」

 

 と、ちょうどエリアの区切りとなる場所から女の叫び声が聞こえてきた。

 目を凝らすと彼女の顔がヒゲペイントをあしらったものと、群青色の馴染みのフードを被っている、つまり情報屋アルゴのそれだということに気づいた。

 しかし、この際そいつが誰だろうと関係ない。問題はその後ろにどでかい蜂、《ビースパイク》を大量に引き連れてこちらへ走ってきていることだ。その数、20匹はくだらないだろうか。

 隠してきたので俺の苦手属性などアルゴの知る由ではないはずが、これは大問題である。よりによって蜂である。無論、迫り来る異常な量も去ることながら精神的に助けたくはない。

 ――て言うか、

 

「きんめェええええ!? うわっ、こっち来んなって!!」

「何だあの数っ!? 何をどうしたらあんな釣れんだ!?」

「ぎゃあぁあああッ! に、逃げろぉおおお!」

 

 俺と一緒に《風林火山》のメンバーも絶叫しながらアルゴ……もとい、蜂から逃げ出す。

 このメンバーが本気でかかれば勝てるだろう。いくばか時間は取られるだろうが、レベルと人数的にはまず脱落者も発生しないはずだ。

 ゆえに彼女は助けを求めた。

 

「薄情ナ! 助けてくれヨ!」

「多すぎんだよッ! ……あと怖え!!」

 

 俺はともかく、クライン達まで木々を縫うように逃げ出している。つまり、それほどまでに壁のように迫る集団がうぞうぞと(うごめ)いていて気持ち悪いのだ。鳥肌が立ってきた。

 しかし「ラチがあかねぇ……オイお前ら、片付けるぞッ!」と。逃げ回るだけだったクラインが、振り返り様に格好良く海賊刀(カトラス)を抜くと、ギルドメンバーはまだ文句を言いつつも渋々攻撃態勢に入っていた。そして剣を握る頃にはおふざけ時の表情を消滅させ、流れるような連携の中で敵を屠っている。

 

「(うおっ、すげぇ。人数そろえた連携技見んのって、ボス戦以外じゃあんまねぇからかな……)」

 

 だがその変わり様に感心するのも束の間で、アルゴが「あウッ」と言いながら肩を押さえるのが見えた。

 どうやら敵の攻撃を受けたら確率で発生する毒、《ポイズン》状態になってしまったようだ。

 このSAOの世界には10種類のバッドステータスが存在する。アルゴはその内の1つ、つまり『毒』をくらってしまったのだ。毒の種類により減少具合や継続時間に差はあるが、例外なく数秒ごとに体力をどんどん削っていく。

 そして今アルゴのHPはイエローゾーンへ。解毒しないということは、手持ちの解毒ポーションが切れたのだろうか。

 

「くっ……おいッ、アルゴ!」

 

 ゾクッ、と嫌な予感がして、一瞬だけ恐怖を忘れてポーチを探りながらアルゴの元へ走る。そのまま俺は緑色の固形物を取り出すと投げつけて叫んだ。

 

「それ使え!」

「わ、悪イ……リカバリー!」

 

 それをアルゴは空中で掴むと、発動キーを発声してアイテムを使用した。パリンッ、と。片手サイズの結晶が割れる。すると、たちまちアルゴから毒が抜け、正常な状態に戻った。これで数分は何度毒系の阻害効果攻撃(デバフアタック)を受けても完全に回復してくれるだろう。

 そして危機が去ってからさらに数分。

 

「ふう、ようやく片づいたか」

「みてぇだな……」

 

 クラインに若干以上に疲れた返事をしてやる。俺の索敵に引っかからないことも含め、おそらくこれで全滅だろう。数の暴力があったとは言え、特段危険な敵が湧出(PoP)しないはずの現フィールドでは手こずった方だった。

 それにしても散々な目にあったものだ。

 

「おいアルゴ、何をどうしてああなった。悪質な押しつけ(トレイン)だったぞ」

「い、いヤ~」

 

 問いつめるとバツが悪そうに人差し指をクネクネと合わせつつ、照れ笑いを浮かべてアルゴは答えた。

 

「実は《クイーンビーの卵》の採取を目的としたクエストを受けててナ。でもついでだかラ、近くにあった巣から《コバルトの蜂蜜》にも手を出しちまったんだヨ。食べてヨシ、売ってヨシ、一部の敵には釣り餌として機能……そそるだろウ? そしたらネ……」

「ゴタクはいい、つまり欲張ったんだな」

 

 ――言い訳は聞きとうない。

 人差し指をちょんちょんするアルゴの言葉を遮って、俺は原因を断定した。

 リアル世界の蜂は怒ると黒色、つまり人間の死角部分にあたる『髪』に攻撃してくる特性持ちで、さらに最高速度は時速でおよそ30キロ。毒を持つ非常に危ない昆虫だ。過去にウィキで調べた。

 この世界での再現率がいかほどかは知らないが、今回俺は散々恐怖を与えられた上に現段階では滅茶苦茶貴重な《解毒結晶(リカバリング・クリスタル)》を使われたのだ。

 結晶(クリスタル)アイテム。極力魔法が排除されたこの世界において唯一の魔法アイテムとも言える品で、当然金額はその全てが目を疑う高さを誇っている。倹約精神の盛んな俺には買えたものではないほどだ。

 高騰(こうとう)の原因は言うまでもなく、初ドロップしたての珍しいアイテム、かつ決定的に絶対数が少ないからだ。

 そしてやはり恐怖。何よりも俺に与えた恐怖。理由を問い正した後は直ちにアルゴを説教して……、

 

「まあまあ、許してやれよ。クリスタル分のコルを受けとりゃ済む話だろ?」

「…………」

 

 なんて。この世界に来て2番目にフレンド登録をしてくれた奴からそう言われると、自然と許せる気分になるのだから不思議だ。

 

「しゃあねぇ、んじゃ適当に金だけ貰って後は不問にしとくよ」

「ニャハハハ。……お、オレっち今月装備をフルスペックにしていてナ……素材は時間なくて買い揃えたシ、ボーナスアクセサリも最新の高額商品デ……その……金欠なんだヨ、とっても。……ニャハ」

「…………」

 

 つまり払えないと。だから色々欲張ったと。

 ――だいたい、ニャハじゃないが。

 「許す!」と、響いた潔い免罪宣言は俺ではない。クラインだ。そしてクラインよ、たった今すこぶる重い刑罰を考えていたところなので、余計なことを言わないでほしい。女なら誰でもいいのか。

 俺は無表情になっていくのを自覚しながら、ため息混じりに口を開いた。

 

「ハァ~……まぁねぇもんはねぇしな。んじゃ、この層のボス情報やマッピング具合と、アルゴが受けたっつーそのクエストとやらを教えてくれよ。俺は絶対受けないから」

 

 俺は半ばやけくそになってそう嘆いた。この程度では全然割に合っていないがもうそれは言うまい。

 

 

 

 そんなこんなで、結局9人で行動することになり、そのまま夕飯までパーティ状態で済ますことになった。

 今はその宴会の途中で、俺達はクライン達がギルドのコル全額をはたいて買ったらしいギルドホームの大広間にいる。

 

「ジェイドのコレ、見て見ろよ! すんげー重さ!」

「なになに《ファントム・バスター》? 聞いたことねぇな……まだブリリアントベイダナを使ってるのは、やっぱ要求筋力値足りてないからか?」

「じ、ジェイド! 俺もメインは両手剣なんだ。この剣の入手方法教えてくれよぉ!」

 

 骨組みの片刃大剣、《ファントム・バスター》。

 どんな食生活をしたらこれほどの骨密度になるのか、俺は未だにその剣が重すぎるせいで装備できていない状況だが、一旦《ブリリアント・ベイダナ》を引っ込めてそれを見せると風林火山のメンバーが口々に俺の剣を評価した。

 内1人が耐えかねた風に入手方法を聞いてきたわけだ。

 

「ま、まぁ教えてやるのはやぶさかじゃ……」

「待っタ! 1200コルは堅いナ!」

 

 俺が答えようとするのをアルゴが止め、情報料をかっさらおうとしている。めざとい奴め、と言いたいところだが俺も剣のステータスを閲覧するだけで相当額のコルを要求しているわけだから人のことは言えない。

 もっとも、思わぬ出費がでてまった上に手の内を晒しているのだから当然か。

 それにしてもブーブー言いながらもコルを支払っているのだから男も律儀だ。《ファントム・バスター》入手のクエストを見つけたのはアルゴなのだから彼女の理屈も通る。ただし、彼女の説明の最後で『ランダム報酬』と聞かされて落胆している姿を見てしまうと、結果を知っていた俺には同情を禁じ得ないが。

 

「ハハッ、平和なもんだ。ソロは大変だな……」

 

 その微笑ましくも暖かい晩餐会を眺めながら、半ば以上に自嘲をはらんで呟くと、アルゴが返事をしてきた。

 

「オレっちは足の早さと柔軟性がウリだからナ。ケド、ほんの少しのきっかけで変わるもんだゾ? 今のキー坊がそうだっタ。あの時のヒスイもナ」

「…………」

 

 彼女はギルドに入れと言っているのだろう。いくらレベルに余裕を持たせていても、ソロで限界に近いレベリングをしていたら集中力が途切れることもある。さらに言えば、深く集中し油断していなかったとしても、運のないエンカウントを連続で発生させ脱出が困難なほどの大集団に囲まれることだってある。

 そんな時ピンチを打破する、あるいはそんなピンチを事前に回避するのに最も効率的な手段が仲間との連携だ。

 クラインが今日、狩りの帰り道で「うちのギルドに来い」と誘ってくれたことはすごく嬉しかった。しかし、それでも誘いを断ったのには理由があり、それを知らないアルゴは俺がまだ過去の罪から自分を許せていないのだと思っているはずだ。

 ――アルゴ、読みが外れたな。

 

「へへん、予約済みだよ……」

「んン……?」

 

 意味がわからないといった風に首を傾げるアルゴ。

 なにせ俺はソロをやっている理由をアルゴに話していないのだ。さしものネズミも、プレイヤー全員の人間事情を把握するのは不可能だし、金にならないのなら知ろうともしないはずである。

 

「ま、見てなって。その内仲間引き連れてくるからさ」

 

 決意と確信の言葉。

 俺が表情を緩めて流し目を送ると、しばらくして意味を理解したのかアルゴは自分のことのように喜んで、そして微笑んでくれた。

 

「飯代はいらねぇぞ! もっと食え!」

「……おう! 食ったるぜぇ!」

 

 と、クラインのノリに俺も合わせる。

 今の俺には仲間が、友がいる。この半年で育んだ頑丈な絆だ。優勢になると調子づく悪いクセではあるが、どこかでモニターしているだろう茅場晃彦に堂々見せてやりたい気分である。

 この、クソッタレ野郎が。俺達はまだ、諦めてなんかいないんだぜ、と。

 

 

 

 そして、この2日後のフロアボスとの戦いには、クライン達《風林火山》の姿もあったのだった。

 

 

 


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