西暦2023年4月16日、浮遊城第2層(最前線19層)。
昨日の……否、今日の午前0時から始まった『クエストボスの生首集め』。命名センス最悪のイベントから約21時間後。こうして1日を振り返ると、時間の巡りは速いものだとヒスイは感じた。
本日は結局、ジェイドに会わずじまいだった。ヒスイが手渡した剣にお礼を
ふむふむ、といった具合に妄想をした時点でヒスイはハッ、と気付く。
「(い、いや別に会いたかったわけじゃ……)」
誰かに弁解しているようで、内心は悔しがった。
しかしこれもジェイドが悪い。女子2人のピンチに駆けつけるという、まったく普段の彼らしからぬ行動だったからだ。そんなシチュエーションは、市民がピンチになるまで付近で待機している戦隊ヒーローものでしか見たことがない。だから、彼の珍事件がチラつくのは仕方がないことなのだ。
だが、感謝をするのはやぶさかでない。19層はゴースト系のMoBだらけで恐怖のフィールドだったが、彼の乱入で良くも悪くも気は紛れた。同行したアスナにも良い印象だっただろう。
そして何より、今回のサプライズが慢性的な攻略に刺激を与え、危険極まる深夜の冒険が楽しいとすら感じた。であれば結果的にはイーブンである。
「ん……ぅん……」
ふと、隣で寝ているプレイヤーの口から小さな声が漏れた。同じベッドで他のプレイヤーと寝ている、という字面は大変な誤解を招きそうだが、決してやましいことはない。
そもそも、寝息をたてている人物はヒスイと同性で、それも年端もいかない女の子である。
仮想世界ながらに現実より厳しい生活を突きつけられ、知り合いがいないことから
悲哀に近いその表情を思い出し、いたわるように頭を
「(今日は本当にいろんなことがあったなぁ)」
つい感慨深げになってしまう。
無防備にも隣で可愛いらしく寝ている小さな女の子と、ここがいつも使っていた18層の宿屋でないことも含めて。
◇ ◇ ◇
今日が始まってすぐ――本当にすぐの0時――のこと。
びくびく怯えがらアスナと手を繋いで全身黒衣のNPCにクエスト受注を告げると、ヒスイ達は周りが西洋の墓で形作った、不気味で悪趣味なフィールドの一角まで走って到着した。
脇道のモブキャラさえも
結局、ヒスイとアスナは悲鳴を上げながら、しまいにはお互い顔がひっつくほど抱き合い、悲鳴を聞きつけて援護に来たジェイドをただ見守るという愚行を犯したが。
今回のことで得られた報酬は、体が密着したことでアスナの胸の大きさが尋常ではなかったという、悲しい事実ぐらいだろう。
そのまま無事にイベントが終了して6時間。朝7時に起きたヒスイは、許容オーバーな恐怖体験をしたにも関わらず、気分のいい目覚め方をした。朝日を浴びる時間を過ぎて準備を整えると、すぐさま迷宮区で狩りを再開する。
武器は更新できなかったが、ルーティン以外にも楽しみはある。
「(ん〜〜、やっぱり新スキルはいい調子!)」
盾から派手なエフェクトを撒き散らし、モンスターの攻撃を弾き返す。最近体得した《
これが存外、体に馴染むのである。
これは18層最奥部にある難関クエストの成功報酬で、防御不能であるはずの《霊剣》スキルすら塞き止める性能を持つ。もちろん、《盾》を装備するプレイヤーしか扱うことは許されない。
初の《シールドスキル》とも通称される本エクストラスキルは、スキル発動中に盾に命中した攻撃力と衝撃を最大1.5倍にして弾き返すという、一風変わった攻守両立の技だった。
これは物理攻撃、特殊攻撃の両方に有効で、発動がジャストタイミングなら敵にダメージが入ることもある。いわゆる《ジャストガード》だ。筋力値が大きく劣る場合は反動に押し負けるが、正式サービスとは違って今のSAOでは常に《安全マージン》を踏まえたうえでの戦闘が主流である。すなわち、ボス戦を除いて筋力値において優勢な局面が多く、両手の装備を変えることなく手数が増えたヒスイにとって大きな助力となった。
ただし、入手難度は高い。鋭い反射神経が必要なことから、『レベルが上がれば誰でも手に入るスキル』ではない。習得に丸1日かかることも、所有者が増えない原因の1つになっているはずだ。
「(たぶん、あたしが最初の体得者なのよねぇ……)」
19層では敵が《霊剣》なるソードスキルを繰り出してきた。
ガードをすり抜けるタンカー殺しの技であるが、《リフレクション》による『攻撃力の方向反転』は例外に当たる。となれば、18層終了間際で手に入る《リフレクション》は、次層で解放される《霊剣》の対策だったと考えられる。
しかし19層前に発見できた者はヒスイだけで、意外なことにその後もクリアを果たすプレイヤーがしばらく現れず、結局はヒスイ特有のスキルとして有名になってしまった。
豪運としか思えない隠しクエストの発見。かつ、先述の理由から知名度だけが見る見る上がっていき、そのせいで2人目以降の使用者が『2番煎じ』と
「(……やだなぁ、有名人)」
しかしヒスイにとって、《反射》スキルによる知名度上昇はリスクそのもの。
なにせ、おかげで《反射剣》のヒスイ、などという寒い名称で呼ぶ輩が生まれたからだ。広まらないでください、と空の星に願ったのも無意味。
それを言えば、と。アスナにも二つ名があったことを思い出す。
「(確か《閃光》だっけ。ダサ~。可哀想に……)」
さしずめキラキラニックネームといったところか。しかしそこは人間の強み。きっと時間の経過がこの恥じる感情すらも洗い流すと信じよう。
なんて感傷にふけっていると、付近にホバリング飛行をする動物を見つけた。
「(コウモリ……? これ、《迷宮区》内で連絡が取れるアイテムよね)」
モンスターリポップの波が
このコウモリはモンスターではなく、言わば『ゴーレムもどき』。歴としたアイテムで、同ダンジョンにいる対象プレイヤーまで飛び立ちメッセージを送るという、その名も《メッセンジャー・バット》である。
同層にいるプレイヤーに対する《インスタントメッセージ》を含め、あらゆるメッセージ機能をシャットアウトしてしまう迷宮区において、非常に重宝されるアイテム。迷宮区専用にして、唯一の連絡手段だからだ。
どうやら差出人はアスナのようだった。
本来迷宮区では開くことが滅多にないはずのメッセージタブを押して中身を確認すると、
「(なになに……『ボスフロア発見。今日の夕方に攻略開始』? はっや。最近の《血盟騎士団》は本当に凄いわね)」
おそらくボスはおどろおどろしい姿をしていると想像できる。文面からも「参戦してちょうだい。お願い!」という切ない思いがありありと伝わってくる。情報をタダでヒスイに渡したのはそのためだろう。
しかし、アスナには謝らなくてはならない。ヒスイも《迷宮区》の時点ですでに限界なのだ。
「(だって怖いんだもん! ……アスナには悪いけど、今回はパスして防具でも買いに行こっと。素材も十分集まったし)」
もとより、個人的に非常に恐ろしいモンスターが溢れる19層の迷宮区で狩りをしていた理由は、普段通りのレベル上げやボス部屋の捜索以外にもあった。
それは防具と御身具の素材集めだ。特にこの周辺素材から手に入る防具は全身が黒いため、ヒスイ好みの色である。ショップで自由に閲覧した完成品のステータス、スペックにも申し分がなかったことから是が非でも欲しかった。同じくダークカラー帯が好きな《黒の剣士》ことキリトも、あれらの装備を見たら必ず欲しがるはず。
もっとも、見るからにレディース物ではあったが、なんとなく彼なら着こなせてしまいそうである。
そんなこんなで、19層主街区である《ラーベルグ》まで戻ってきたヒスイは、溜め込んた買い物を一気に済ませることになる。
「あっちゃあ、お金足りないや……」
わずかにため息。ヒスイはいつの間にか散財しすぎたことに気付いた。
19層主街区は一見ゴーストタウンだが、本当にもぬけの殻だとゲームの拠点として機能しなくなる。そのため、汎用品のショップや各種施設は街の隅と地下の一角に集中しており、逆にそのエリアにはオシャレな衣服、珍しい食材、最前線クラスの装備など、物欲を刺激するアイテムが所狭しと立ち並ぶ。
街の大半とは打って変わり、このエリアだけは活気と音楽に満ちた
おかげで、ショップ販売で最高性能の片手剣を買う前に、貯めた
深夜0時のアレ……つまり、アスナと受注した趣味の悪いクエストで、NPCが《ファントム・バスター》などという両手用大剣を報酬に持ってこなければ、こんな悩みはなかっただろう。
しかし今夜再び《グラットン・ゾンビ》との戦いに挑戦しようにもそうはいかない。なぜなら、あのクエストは2日を待たなければ再発しないからだ。
あれが特別というわけではなく、他にも再発まで一定期間を要求するクエストは多々ある。
一瞬だけよぎった地味なコル集めの再開に絶望的な嫌気が差し、ヒスイは意を固めて《転移門》へ向かった。
目標地点は7層。
「(現在時刻は16時50分か。もう蓄え使っちゃおっかな)」
緊急用の
装備を一新したこともあり、所持アイテムの整理やスキルセットの組み合わせ、新たに購入するだろう片手剣とそのプロパティアップの素材集め
なんてよそ事を考えつつ、ついでに今晩の
ここは7層のモンスター闘技場。目的はまごうことなきギャンブルだが、一気に荒稼ぎしたければ手っ取り早い。
安易な博打で全財産をスった話は枚挙にいとまはないが、ネガティブになっても得はしない。今は耳を塞いで勝つことだけを信じよう。
「(あっ、珍しい。女の子だ……)」
とそこで、ヒスイはセミロングでブロンズヘアをツインテールに
「きみ、ちょっといい?」
「ヒッ!? う……えっと……は、ハイなんですか?」
「ここは博打所よ。お金ないの?」
「それは、その……」
同性だからか、とっさに全力疾走で逃げられるようなことはなかった。しかし彼女は小さな体をビクッ、とさせながらも振り向かず、どうにか前を向いたまま話そうとしている。顔を見せられない事情があるのだろうか。
ちなみに、しぐさはあどけなさも相まって、小動物のような可愛らしさである。
「えぇっと、そうです。きんりょく値を上げる装備の……お金が欲しくて」
「(あ、なるほど。そういうことね)」
そう言う彼女がふと顔を上げると、その両頬には3本ずつのヒゲのペイントがあしらってあった。たったこれだけで、異様に恥ずかしがっていた理由が判明した。
本ソフトには体得できるスキルの1つに《体術》なるものがある。貫禄のあるオジサンNPCに伝授を依頼し、顔に消えないヒゲのペイントをあしらったら、あとはひたすら与えられた岩を素手で割るクエストだ。
柄の短い腰の装備を見るに、ダガー使いと推測できる少女は身軽な軽装備。例のクエストフラグを持っているが、筋力値が足りなくて岩が割れなかったと推測できる。そして、一時的にも筋力値を上げる防具ないし付属オプションを購入して、装備性能のゴリ押しでクエストを突破しようと踏んだのだろう。
が、いかんせん
「でもダメよ。お金が欲しくても子供がこんなことしちゃ」
「ぅぅ……でも、あの……お姉さんどうしてここにいるんですか?」
ヒスイは人のことを言える立場ではなかった。そんな隙を突くように、少女は痛いところを、そしてもっともな質問をした。
「えぇっと……ほ、ほら! あたしはもう大人だからいいのよ?」
「…………」
汚い大人である。大人と言っても16歳である。
「そ、それはそうと……あなたは《体術》スキルが貰えればいいんでしょう?」
「え? どうしてそれを……」
「大人だからわかるんです。筋力値あげてなかったのね? あれはコツを掴まないと厳しいわ。でもあたしが来たからにはもう大丈夫」
「でも、どうやって……?」
ヒスイにひけらかす気はなく、すぐにコツについて話した。もっとも、《体術》スキル獲得者であればごく自然に身につく内容だ。
つい『できるお姉さん』風なことをしたものの、女性が
それにしても、つくづく子供とは数値化できない不思議な魔力を持っている。せめてクエストが終わるまで手伝うとしよう。
「でも、いきなり上層の人からアイテムを恵んでもらうのは……い、いいんですか?」
「もちろん。もっと大人を頼りなさい。と言っても……まあ、あんまり歳の差はないかもだけどね。あたしはヒスイ、あなたは?」
「あ、あの、あたしはシリカって言うい……っ」
「……ぷふっ、シリカちゃん。じゃあ一緒にあの岩を割りに行きましょ?」
「……は、はい……」
きっと、この世界で名乗り慣れていないのだろう。シリカというのも本名ではないはずだ。
こうして真っ赤になったシリカと、ヒスイにとっても初めての経験となる、歳下プレイヤーとのツーマンセルが始まるのだった。