西暦2023年4月30日、浮遊城第21層。
俺達F隊を含む、アルファベットで言うところのD以降の隊はボスの取り巻き《スカルモンス・ピースダンサー》を圧倒していた。
アーチ状のほこりくさい肋骨で組み上げたような計4体の各ピースダンサー。1体ずつが体の一部を異様に『武器を模した形』に変形させ、その異なる部分を使ってソードスキルを発動しているようだ。
異様な形と言っても、それぞれ右腕、左腕、右足、左足が巨大化しているだけである。
しかし、たったそれだけだった。
『四肢のどこでも攻撃できる』という特徴以外は弱小モブと変わらない。
むしろ今となっては3隊しか向かっていないフロアボス、《スカルモンス・ザ・バイオレンスダンサー》との戦いの方が危ない。何とか戦線を保っているがこのままでは……、
「ジェイド、本隊を助けに行きたいなら集中しろ! あと少しだ!」
「あ、ああ悪い……っ!!」
エギルに喝を入れられて意識をピースダンサーに戻す。
ヒースクリフやアスナは強い。そして、強いがために自分の限界も見極めているはずだ。別に血盟騎士団の何を知っているというわけではないが、過去の戦績が彼らの力量を告げている。ここは奴らを信用して俺は俺の敵に集中しよう。
「
F隊の誰かが叫ぶ。あの声はアギンだったかもしれない。
実際にピースダンサーのHPゲージ最終段――と言ってもたった2段だが――は危険域に入っている。取り巻きにモーション変更などもなく、あとは作業の繰り返しのようにモンスターを倒していくだけだった。
「いけるッ……これでラストアタックだ!」
「エギルは上頼むぜッ!」
エギルと俺で、カウントするのも
自慢の得物を光らせる。「おう!」と応答される声がほとんど重なるぐらいの短い時間。その中で俺達は互いをカバーするよう、下段攻撃と上段攻撃をさらに時間差で分けた。
攻防は一瞬だった。
俺の《両手用大剣》専用ソードスキル、中級単発下段斬り《トラップフォール》が
「うォおおおおっ!!」
そこへエギルの《両手用斧槍》専用ソードスキル、中級上段旋回連撃《ワールバリアンス》が一発、そして半回転してからの二発目が2段とも顔面に炸裂。たまらずピースダンサーは吹き飛ばされ、ついには倒れた。
仰向けに倒れるその取り巻きに動く気配はもうない。
「ハァ……ハァ……やったか……?」
「ああ……ゼィ……終わった……」
しかし姿をポリゴンに変え四散すると思いきや、奴の姿は横たわったままその場に留まっていた。
「おい、どうなっている?」とフリデリックが我慢しきれずに呻くが、それには珍しく俺が答えた。
「『
「そんなものか……?」
確かにゲージが消し飛んだ敵が破砕しない演出は、今にも動き出しそうで不気味ではある。だが敵が死んだフリをしている、なんて冗談みたいな事実は聞いたことがないし、過去にNPCが嘘をついたことも皆無だ。そんなところから疑っていては話が進まない。
流石に無益な議論だと悟ったのか、俺の声を境にF隊は攻撃目標をフロアボスに変更する。
「取り巻きの死体はその場に残るッ! 終わったら、迷わずこっち来い!」
アギン達がフロアボス専用のフィールドを走りながらなるべく各隊に情報を伝える。呼応するようにバラけていた各隊のリーダーは了解の意を返した。
そして、ついには参戦だ。
「フロアボス!!」
勝負を、決闘を自ら挑むように俺が叫ぶとF隊はA、B、C隊と合流。どうやら取り巻き組の中では1番乗りだったようだ。
「早速で悪いが時間を稼いでほしい。我々の消耗具合が激しい」と、さしものトップタンカーたるヒースクリフでさえ、いたるところをダメージエフェクトに刻まれたまま、F隊隊長のアギンにそう求めるのが聞こえた。
こちらとしても端からその気だ。
「っつーわけだ、行くぜお前ら! 連携攻撃! 最初はエギル!」
「おう! 行くぜぇええッ!」
掛け声は単純でも連携は取れる。スイッチでの攻撃パターンの簡略化に近い。
最初がエギルということは次の順番は俺だ。
「うおらァあああッ!!」と、肺活量を測ってみたくなるほどの迫力でエギルがハルバードを振り回すと、バイオレンスダンサーの片腕が弾き飛ばされた。
がしかし、奴らの四肢は全てが刃物。ソードスキルの発動は1本ずつなので、今の《ソードスキル》を止めた以上さらなる大技は来ないだろうが、残る腕がきしませるような音と共にエギルを容赦なく襲う。
『ギキキギキッ!!』
「(させっか……)……スイッチ!!」
だが、それをさせないための複数回攻撃だ。
今度は俺が初級垂直三連撃《ガントレット・ナイル》でボスの斬撃を二発まで止めた。
「ヤベッ」
だが最後の1本。バック転しながらの左足斬り上げ攻撃はモロに食らってしまった。
空気を吐いて後方へ吹っ飛ぶ。
これだ。こいつらは筋力値こそたいしたことがないものの、図体に見合わない身軽さでとんでもない体勢で攻撃をしてくる。こちらの射程外から溜め無しで迫る奇襲攻撃と言ったところだろうか。
「(うっぜぇ、避けらンねェだろこんなの!)」
内心悪態をつく。
ある意味『バイオレンス』の名に恥じない戦法と言える。だからこそ、奴以外の取り巻き相手にも、俺達は幾度となく攻撃を頂戴してしまっていた。
この手の小威力連続攻撃は攻略を諦める際の見極めがし易く、安全に撤退ができることから死……つまり、HP全損の危険は少ない。しかし安全ではあるものの、やはり回復ポーションの所持数に限りがある戦いでは、すぐに撤退を
「んがあッ、くっそ! 当たり判定キツすぎだろ……!!」
「いや、よくやったジェイド!」
敵の動きにとうとうぼやいてしまったが、それでも俺にばかり構っていたせいで他のプレイヤーから大技を食らいまくっている姿を眺められたのだからまだ溜飲は下げられる。
しかし突如、「な、なんだぁ!?」と、攻略隊の誰かが訝しんだ声を上げた。
なんと、ボスが後ろを振り向きそのまま『逃走』したのだ。技が効いたのか?
間違いなく出口へ向かって、氷の上を滑っているような凄まじい加速度で俺達4つの隊から距離を空ける。なかなかに珍しい光景だ。
「ん……ッ!? ……まずいぞ!」
しかしまたしても異変が起きた。奴は出口直前で軌道を変え、ピースダンサーと戦っているE隊の集団へ突撃したのだ。
この思いつきで動いているのかと疑うような行動で、当然戦地は大混乱。まさかボスが取り巻きを援護するとは考えていなかった。
「助けるぞ!」と、ようやく回復を済ました対ボス組、並びに俺達F隊は全力で地を駆け援護に向かう。
すると何とか大事には至らず、一時はどうなるかと思った戦線も取り巻きが予想より弱かったおかげで何とか維持された。
ついでに雪崩のように襲った攻略組の猛攻の前に、ピースダンサーがその場に崩れ落ちている。
「これで最終段っ!!」
強豪プレイヤー達が取り巻きを倒して続々と参戦して来てからはやはり安定した討伐がなされた。
少なくとも、目の前のボスのHPゲージ1本を削りきる前にプレイヤーの回復アイテムが底をつくなんて事態はまずもって起きないだろう。
「F隊後退! 我々が前に出る!」
ヒースクリフがA隊前進と同義の号令をかけると、俺達F隊は素直に後退しA隊6人が余さず前に出た。
レッドゾーンに突入していてなお攻撃モーションが変化していないところを見るに、おそらくこの『四肢による多種多様な攻撃』がすでにフロアボスとしてプレイヤーへ向けられる脅威の全てだったと推測できる。
そして名も知れぬ血盟騎士団の団員がその手に持つダガーの5連撃ソードスキルをヒットさせ、ボスはとうとう体力をゼロにした。
『ギキキィ……』
緊張の一瞬を通り過ぎ……、
『ギカカァ……ァ……』
ボスはその特徴的な四肢を着脱式のブロックのように胴体から切り離しながらゆっくりと仰向けに倒れた。
崩れ落ちた手足はサラサラと砂のように消滅していく。
攻略完了。
瞬間、わっと歓声が上がると、それぞれのプレイヤーがこの時ばかりはギルドの
緩んだ緊張がもたらす宴の前夜祭。それを味わえるのはフロアボス討伐に参加した俺達だけだ。念のため確認してしまったが、やはり死者も出ていない。これも血盟騎士団の優れた指揮の
「ふぃ~、やっと終わったな」
「おうエギル、お疲れさん。すげー活躍だったじゃねえか」
肘あたりを軽くぶつけ合いニッと笑うと、俺の体からもようやく緊張感が抜けていくのが実感できた。
それにしても、今回はボスと取り巻きの行動が事細かに伝えられていたおかげで随分倒すのが楽だった。
「んじゃ今日は」
「お、おいッ!」
ボスにとどめを刺した男が大声で叫び、俺の声を遮った。
ストレージを覗き込んで眉をひそめている。レアアイテムが自分にドロップしなかったのだろうか? しかし『ラストアタックボーナス』では誤解を招きそうだが、実際にラストを決めた場合は、ドロップ時のアイテム『獲得率』に大幅なボーナスを与えられる、という仕様なのだ。ラストアタックを決めたからと言って、絶対にレアアイテムが貰えるわけではない。
――ったく、いちいちそんなことで大声出されちゃ……、
「……いや、待て」
俺も異変に気づく。
おかしいのだ。ボスドロップどころではなく、
「終わってねぇぞ……」
誰かが言う。しかしそれはもうここにいるどのプレイヤーも理解していた。ほんの十数秒間の歓声は完全になりを潜め、全員がある一点を凝視している。
俺も今はあの団員が言わんとしていたことを悟っていた。
ズズズッ、と。
そこには四肢をもがれながらなお、残った首と胴を宙に浮かせプレイヤーを呪いの瞳で睨み続けるボスの姿があったのだ。
続いて変化が起きた。黒い煙のような靄をまき散らすボスの四肢に、一向に消えようとしなかったピースダンサーの死骸が、まるで強い磁石に吸い寄せられるように吸い寄せられていった。
そう、まるで何かの
「あ……あぁあッ……!!」
無理に骨を軋ませる、淀んだ
取り巻き4体がボスと合体したのだ。ボスの見た目は再び元の
『キギッギキキキキキッ!!』
全長5メートル。ボス、《ラストダンサー・ザ・スカルファントム》がHPゲージを4段で再表示すると、死神の笑みを浮かべたような錯覚を覚えた。
戦いはまだ、終わってなどいなかったのだ。
「全隊再戦準備! A、B隊は前進し混乱を抑える!」
ヒースクリフが硬直からいち早く脱して指示を飛ばす。
リーダーとして申し分ない判断力だがいかんせん、全員がその速度についていけるわけではない。結果、出遅れた隊員がスカルファントムの猛攻撃を受けてしまう。
しかもボスは復活するだけに留まらず、明らかに総合ステータスを上げて俺達攻略隊に立ちはだかっていた。
「ぐあぁあああッ!?」
「な、何で生きてんだよ畜生! どうなってやがる!?」
「(くっそ……敵だけ蘇生はアリなのかよッ!!)」
つい呻き声が出そうになってしまう。復活したボスは隣の一団へ飛び込んで暴れていたが、俺のところに来なくてよかった。奴は復活前の加速度を殺すことなく、今まで以上の強攻撃を連発している。
「落ち着きたまえ! 諸君なら勝てる! A隊は後退、C隊から戦線を維持する! なるべくボスに行動させまいよう、タンクは前面へ出て攻撃の阻害を!」
混乱に乗じて暴れ回るボスを前に指示が追いついていない。しかし、やはり日ごろから難関を乗り越えて来た攻略組なだけはあって、各自が自分の身を守るための最低限の行動を取れていることが救いだ。
そしてメンバーは次々と意識を切り替え、戦うべき敵に向けて剣を握り直していく。
「エギル! こっちでもなるべく援護しよう!」
「ああ、イエローいった奴を優先に庇うぞ!」
F隊も即座に動いた。ヒースクリフの指示通りに動けないことはもどかしかったが、士気復活までのサポートはやれる奴がやればいい。それだけの話だ。
「がふっ……カハッ……!?」
『ギキキキッ』
しかしエギルと一旦別れた直後、進化前のボスにラストアタックを仕掛けたダガー使いの腹を、そのドでかい刃物で突き刺して地面に釘付けにしているのが見えた。
途端、言いようのない焦燥感が押し寄せてくる。
男を知っているわけではない。仲間でもなければ、命を賭してまで助けてやる義理もない。助けられたこともなく、一緒に狩りをしたこともなく、どころか話したことすらない。
――でも、そうじゃないだろ!
心の中でそう叫ぶと、反射的に動いていた。
俺はそれを学んだはずだ。まだ1層も攻略されていなかった時、《トールバーナ》の付近でプレイヤーが死んでいく姿を遠目から眺めていた。ただ、傍観していたのだ。しかし、その際には感じなかった深い敵対心を、今はボスに向けることができる。
生死の天秤を気まぐれな神の意志に捧げる中で、俺達は最前線を歩んできた。
彼には彼の家族、友達、恋人がいるのだろう。責任を感じないのなら逃げたいはずだ。
だのにここにいる。助ける建て前はもういい。一般的なRPGにおける救助の成功率や、モンスター討伐の可能性を論ずる気はない。
ならば、後はどうするか。
「あァあああああああッ!!」
『ギキキィッ!?』
ザシュッ!! と、硬い何かが斬れる音がした。
そして奴は被弾量から優先される規則性に則り、新たな攻撃対象としてヘイトの矛先を俺に向けた。
ギリギリのタイミングだ。逃げ出したい衝動に駆られる。が、パーティを組むことによって詳細に確認できる『命のゲージ』を真っ赤に染めるプレイヤーが、手の届く範囲に倒れているのだ。それを見捨てられるほど、すでに俺は器用な男ではなくなっている。
「くうっ、ぐああああっ!?」
思い衝撃。次いで、塊のような風圧がゴガッ!! と迫り、防具の一部が削られ破散した。
耐えきれなかった。人に仲間意識を持つようになった、俺の皮肉な弱点なのかもしれない。繋がりを遮断していた頃は、どこの誰が野たれ死んでも動揺せず、腕も鈍らないだろうという自信はあった。しかし年始に考え方を改めると宣誓した時点で、せめぎ合う感性が俺を不安定にしているのだ。
だが、おかげで俺は別ベクトルで強くなった。
だから、今こそ見るのだ。
あの現象を。誰も死なせてしまうことのない、未来を。
「(ッ……!!)」
体制を直し、目を見開く。
敵が新たに得た筋力値による、秒数毎の斬撃回数の微数変化。
互いの身長差からの剣の構えとその位置。
『目線』の先に映るものと、その攻撃箇所の逆算。
敵の人工知能の学習速度とミスリードの進行具合。
記憶に留めた行動のアルゴリズムや、図体の大きさによる長所と弊害。
リーチ、速度、筋力、アグロレンジ、スキル補正、レスポンス速度、敵視点による客観的な動体視力まで。
全てを一瞬で、寸分の違いなく。
「来るッ!!」
左上、左手からの上段逆袈裟二連撃。続いて右足での下段斬り払い。
そこまでを
回避の後には、鋭く風を斬る音だけが空しく俺の周りで鳴り響いた。
「次ッ!」と、今度は心の中で声を上げると、説明不能の現象はなおも続いた。
目に映るのは左足軸で反時計回りの回転後、左手の刃で上段水平なる攻撃方法。
「ふ……くッ!!」
上半身を屈んで両手剣を後ろに構えると、『攻撃をされる前から』の体勢変更とソードスキルの
さらにスカルファントムの右足が地面につく直前、
そのままガシャンッ!! と、複数の金属音による爆音がフィールドを揺らす。
「ハッ……ハッ……ハッ……」
何をしたのか判断するより、何が起こったのか確認する行為が先にくるほど、俺は自身の成した結果が理解できなかった。隣でへたり込む男も我が目を疑うといった風にいつまでも俺を見つめ続けている。
「ほ……惚けてる……ハァ……場合じゃ……ねぇぜ……?」
「あ、ありがとう。あんた凄いな……」
それだけを言うダガー使いも『何が』『どう』凄かったのか詳しく誉めることができていないようだ。俺とて説明できないのだから当然か。
ここでようやく小隊規模の援護が入った。俺はそれに甘えつつ、定まりそうにない呼吸を何とか抑えようと、男を引き連れて一次的に戦線を外れる。
だが1つの事実が俺に安心感をもたらした。
「(たす……けられた。来てくれた……)」
この感覚が何なのかは俺もまだわからない。1層攻略、もしかしたらヒスイを助けた10層攻略の時にも来ていたかも知れない未知の感覚。一瞬先の世界が覗けたような違和感。
少なくとも3回は、プレイヤー達を助けたことになる謎の救済者。
これに名前はない。少なくとも、今の段階ではこれに名前を付けることより大事なことがある。
「エギル! そっちは!?」
「あらかた復帰してる! よく稼いだな、攻略は再開だッ!」
怒鳴り合う中で、状況を把握すると少しだけ安堵する。もちろん、先ほどのお守りを過信したヒーロー気取りなのかもしれない。能動的に使うこともできない力を技術とは言わないのだろう。そこはきちんと理解しているつもりだ。
しかし、おかげで部隊の指揮は高まった。この流れを利用しない手はない。
だから俺は力の限り叫んだ。
「ヒースクリフ! F隊はもういけるッ!」
「了解した! では次のスイッチで前に出て貰う。各位準備をしておいてくれ!」
アギンやフリデリックとも頷き合う。回復アイテムの残量が少し心許ないが、やはり取り巻きの弱さとモーション変更がなかったことが攻略継続を可能にしている。
敵が復活したというならまた倒すだけだ。何度でも何度でも。
――蘇る度に殺してやる!
「前進だ! 全員A隊の前に出ろ!!」
確信の元にF隊が前に出ると、皆が握る愛刀を光らせて1つの極彩色の一団となりスカルファントムに迫った。
俺も渾身の一撃を振るう。《ブリリアント・ベイダナ》はボスの両手の刃をすり抜け、重い手応えと共に腰に直撃した。
『ギキキキキッ』
「このままいけるぞ! 攻撃の手を緩めるな!」
小隊長であるアギンは命令するが、最初からF隊に手を止める気はなく、全員がひるんだボスに追撃を浴びせた。
かく言う俺もアドレナリンを過剰分泌した脳から、必要以上に腕に運動を強要させ、両手に持つ剣の重さを忘れるほど目の前の白い部分に攻撃していた。
しかし、ここでボスが鈍いグレーをまき散らした。
光源は奴の四肢。とっさに「回避優先!!」と叫んだが、間に合わないことを直感していた。判断が遅すぎたのだ。
直後に小隊を襲う、爆風のような衝撃。
『ぐあああぁぁああッ!?』
ほとんど重なるようにF隊のメンバーが悲鳴を上げる。
四肢を利用した、ボスの必殺ソードスキルだ。
半回転しながらの両手右足水平三連撃、足を変えて逆回転の両手左足水平三連撃を斜角180度という広範囲に放ち、周りに張り付く人間を纏めて吹き飛ばしていた。
「ぐっ……マジ、かよ……」
しかもそれだけではなかった。這いつくばったまま確認してしまうと俺は、リファレンスに新たに登録されるだろうその技名を見て絶句する。
四刀。そんな言葉が使われていた。
ボスネーム付近に表示されたその技名は《四刀流》専用ソードスキル、二段広範囲重六連撃《ツイスター・ラウンドトリップ》。灰色のライトエフェクトから始まる、モンスター専用ソードスキルだ。
「おい、退避だ! さっさと動け!!」
唯一、直前で動いてダメージを受けなかった俺の絶叫と、ほぼ時を同じくして別の隊がインターセプトしてくれた。
わずかな空白で、敵の使ったスキルについて頭を巡らせる。
敵の技。四刀と言ったか。こうした、モンスターにのみ与えられたソードスキルについては、今までにも存在はしていた。1層ボスや10層道中で見られた《刀》専用ソードスキル、19層で見られた《霊剣》専用ソードスキルがそれらの例だ。
しかし、だ。《エキストラスキル》という隠れたスキルが大量に用意されたこの世界において、それらをプレイヤーが使えるようになる可能性はまだあった。可能か否かの話である。
しかしそれは破られた。《四刀流》など腕を2本しか持たないプレイヤーには絶対に発動不可能だ。これこそ真に『モンスター専用』と呼ぶべきユニークスキルである。
「(これはもう……撤退か……?)」
俺はそれを
けれど、意外にも弱音を吐くプレイヤーはいなかった。
誰もが新たな脅威を前に臆することなく果敢に攻めている。勝利の美酒を
「もう一段いった!」
「しゃあ、次だぁ! ビビらなきゃローテで持つぞ!!」
「四刀がなんぼのもんだぁあッ!!」
――いける。
強がりではなくそう感じた。
ボスの敗因は、見た目の派手さで俺達の士気を落としきれなかったことだ。奴は他の誰でもない。この俺を、絶好のタイマンチャンスに殺しきれなかったから。プレイヤーの1人でも退場させていれば、この結果は違ったのかもしれない。
しかし、奴はそれができなかった。
だからこの際限のないバトルは未だ終わりを見ない。
敵か、味方が倒れるまでは決して。