SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第20話 21層攻略戦(前編)

 西暦2023年4月30日、浮遊城第21層。

 

 ある意味、今日は記念日だった。

 春も進み、暖かくなってきた4月最後の1日。現層の主街区《ミヤミの古城》における、アマゾン森林の辺境にでもありそうな城内で、俺は腕を組んで考えごとをしていた。

 21層フロアボス討伐戦について、である。

 いざボスを討伐せんと意気揚々とメンバーに志願したはいいが、今回のメンバーにある偏りが見受けられたからだ。

 

「(やっべ、顔見知りすくねェ……)」

 

 そう、いきなり大ピンチだ。

 まともに会話した経験があるのは褐色スキンヘッドのエギルしかいない。おかげで、討伐をほったらかして帰ってしまいたい衝動に駆られてしまう。

 ボス攻略においてメンバーがその都度替わるのは周知の事実だが、誰の采配(さいはい)か今日はキリトも、ヒスイも、前回初参加のクライン達《風林火山》も参加していない。『カズ』ことルガトリオのギルドもまだ1〜2層下の階で狩りをしている。

 46人も集まっておいてこれでは運が無かったが、ソロプレイヤーの弊害(へいがい)でもある『周りの戦況、行動を把握し辛い』というツケがこんな形で具現化するとは。

 

「よ、ようエギル。おひさ。他の3人はいないのか?」

 

 彼はスキンヘッドの褐色肌で高身長。「もうあんた日本人じゃねーだろ」と、突っ込みたくなるのを押さえて、俺はその強面と筋肉質な体格にビビりながら話しかけた。なんといっても、知人というよりは客として数回会話した程度である。

 ちなみに『他の3人』とは、このエギルが1層攻略の際に暫定的なパーティを組んでいた時の他の3人だ。今となっては過去だが、詳しく聞くのは野暮というものだろう。考えたくはないが、もし彼らが死んでいたらその時点で会話は終了になってしまう。

 

「ああ。今日は俺1人だ。以前に比べてソロ連中も参加してきているから、俺達もそいつらと組むことになるだろう」

「(でも日本語なんだよなぁ……)……ま、最近ソロオンリーより、ソロは集団の穴埋めって構成多いけど」

「それもそうか。俺らは別々になるかもな」

「あ~あぁ、他に知ってる奴もいねぇみたいだし」

「いやあそこにアスナいるぞ?」

「へっ……?」

 

 つられて彼の指さす方向へ首を傾けると、そこには確かに険しい顔をした栗色の髪を持つ女性が思いのほか派手な格好をしてせわしなく情報交換をしていた。

 ()しくも、みな1層攻略戦に参加したメンバーだ。

 

「そういやギルド入ったんだっけか。最近のボス戦で顔見せなかったのって、ギルドの活動を優先してたからだよな。すっかり忘れてたよ……」

 

 基本ソロ連中にしか前線で知り合いがいない俺は、1人で行動しているプレイヤーをジロジロ見ていたのだが、道理で見つからなかったわけだ。何人も同じような団服を纏っていただけに、埋もれていたようである。

 しかし今さらだが、あの棘のような女がよくもまあ立派なギルドに加入したものだと思う。

 

「(2週間前の夜も、確かギルドを抜け出したのなんだの言ってたなぁ。……やべ、こっちきた!?)」

 

 小動物化して泣きベソをかくアスナのギャップ萌えシーンを思い出していたら、彼女がこちらを振り向いた。

 歳のほども大差ないだろう、整った顔。正面を向いて改めて思うのは、およそコアゲーマーには見えない美貌(びぼう)の持ち主だということだ。神に愛された先天的パラメータのせいで誰もナンパできないのだとか。ただ歩いているだけで、なびく髪からフェロモン的な、媚薬的な、なんらかの粒子をバラまいているに違いない。

 これではアスナがギルドに入れてもらったと言うより、アスナがギルドに『入ってやった』と表現した方が正しいかもしれない。

 事実、戦闘力と象徴性を兼ね備えた彼女の勧誘に失敗した他ギルドは、爪を()んで悔しがっている。

 そんなお人が正面切って歩いてきている。アスナと会話などまさに2週間前以来だろうか。19層が最前線だった頃が遠い昔のように感じる。何を聞かれるか、何と答えればいいか。ああ、もう考える時間が……、

 

「そこのお2人さん」

「な、ななんだよ……」

「なに緊張してるの。もう半年よ? ヒスイとは普通に話せるのに」

「俺はデフォじゃこうなんだよ」

「で、どうしたんだアスナ?」

「攻略に入るわ。こっちでパーティ構成決めといたから。えっと2人は……あ、ほらあそこ。円形に座ってる4人と組んでもらえるかしら」

 

 アスナの示す先にはどこかで会ったような、しかし覚えもないような4人がだべっていた。

 

「わあった、俺らの方で言っとくよ」

「そ、じゃあよろしく」

 

 それだけ言ってアスナは今回の攻略隊のリーダーがいるギルド、《血盟騎士団》の集団の方へ背筋を伸ばしたまま戻っていく。

 ちなみに最近になってトップギルドの仲間入りを果たし、大活躍しているのがあの《血盟騎士団》だ。

 略称は『KoB』。最前線入りから間もないというのに、彼らの躍進ぶりは他の集団も舌を巻いている。結成後、しばらく表に出てこなかったのは、この周到な下準備が起因しているのだろう。

 このギルドがまだ中堅クラスだった頃は、アスナもどこの馬の骨とも知れないギルドによくついていったものだと首をひねったが、今になっては彼女の慧眼(けいがん)に驚くばかりである。

 実力派攻略組のキリトは、すでに他所(よそ)のギルドに入っているから放置のようだが、そんな事情がなければ彼も勧誘必至だっただろう。

 ――と言うか、

 

「(俺んとこにはオファー来ないんだな……)」

 

 悲しくはないが。別に1人でもやっていけるが。そもそも、俺にも《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》に入る先約がある。今さら誘われても困るだけだが。

 なんてくだらない自尊心プロテクトをしていると、

 

「おい、なにを固まってる。こっちで言っとくんじゃないのか?」

「そ、そうだな」

 

 言われて思い出し、渋々4人の方へ歩いていく。どのみち遅かれ早かれ誰とも話さず独りで攻略には限界があるのだから、これもコミュ障改善への第1歩だと思えばいいのだ。

 ネガティブに被害妄想しがちだが、それこそ相手も人間。普通に話せば普通に会話は成立する。自信を持とう。

 

「あのさ」

「ん? どうした」

「俺ら同じパーティになったらしいからさ、よろしく。……ここ座っていいか?」

「ああもちろん。んじゃ早めにパーティ登録しとくか」

 

 俺とエギルが同じパーティとして登録し終わる頃には、すでに俺達は溶け込んでいた。そうならない方が異常なのだが、思わず「おおっ、俺ワリと普通に話せてんじゃん!」とテンションも右肩上がりになってしまう。

 この世界にログインした半年前に比べると信じられないぐらいの進歩だが、今では相手にもちゃんと敬意を払って行動することができている。

 そして話しているうちに判明したが、今回の隊は46人を8分割。A~H隊に分けられており、俺達はF隊のようだ。G、H隊のみ5人構成となっている。

 

「ん? ……っていうか、あんたジェイドか……?」

「えっ……?」

 

 4人の内の1人、ロン毛で赤みのかかった髪を伸ばして顎髭を少し蓄えた三十路に迫っている感じの曲刀(シミター)使いが俺の名前に覚えがあるような声を上げた。

 「え、なになに、俺を知ってるのか?」なんて自然体を装って聞いては見たが、彼らの反応に俺はつい喜びを覚えずにはいられなかった。この胸くそ悪いゲームが始まって以来、俺はずっと、文字通りずっと最前線で戦っているのである。そろそろ俺の有名人化時代が到来してもいい頃合いだろう。

 

「いや、知ってるもなにも正月ん時一緒に戦ったろう? 覚えてないのか。アギンだよ。ほれ、こっちのチャラい金髪がフリデリック」

「先輩、その見た目で人に向かって『チャラい』はないでしょう」

「正月ってーと……ああ!」

「あの時は慌ただしくて、まともに自己紹介してなかったね。長いからリックって呼んで。よろしくジェイド」

「…………」

 

 シミターのリーダー格の男、アギン。と、その隣にいた金髪の優男が改まった紹介を済ませる。

 正月といえば5ヶ月前。無論、当時の俺はウサギ型のボスにかかりっきりで記憶しようとも思っていなかったが、耳にピアスを開けたこのイケメンの兄ちゃんは、律儀に俺のことを覚えていたのだろう。

 だからこそ、まず自分の鳥頭を(さら)したこと。次に俺の最前線での活躍などは別に知らなかったこと。最後に相手だけさらに仲間が増えていること。それらすべてが俺を惨めにさせた。

 

「あ、ああ……よろしく……」

「なんか涙目になってないか?」

「いや……別に……」

 

 しかし俺とて、ルガ達が前線プレイヤーのレベルまで追いついたら、その時は一緒にギルドとして頑張ろうと約束したばかりだ。仲間ができたことは唯一の救いである。

 ひがんだ考え方もこの辺にして、次のボスについて考えなければ。

 

「攻略に集まってくれたプレイヤー諸君、ご足労すまない。早速だが攻略会議を始めたい。私の声が届くところまで集合してくれ」

 

 そう呼び掛けている声の先には、ロングで銀髪のおっさんが見えた。

 その名も『ヒースクリフ』。彼らはところどころに白いラインの入った赤を象徴する防具を(まと)っている。片手用直剣を装備したイケおじは、その丁寧な喋り方から連想される下っ端ではなく、未だに信じられないが、なんと件の《血盟騎士団》のトップオブトップなのだ。

 名だたる大ギルドを差し置いて、本層は彼らのギルドと無名の中小ギルド、あるいはソロプレイヤーだけで狩りをすることになっている。そしてそれは、ひとえにKoBないし、彼が指揮官を名乗り出たからに他ならない。

 名乗り出る、といっても簡単ではない。

 レベリング効率だけを見るなら、ハイランクMoBが徘徊する迷宮区の狩りが最大効率である。しかし、ボスへのラストアタックでドロップ率が上がる《ラストアタックボーナス》を狙うのなら、ひいてはユニーク性の高いレアドロップ狙いなら、ボス攻略には参戦必須。

 ゆえに、強ギルドを抑えてこの状況を作り出した彼の手腕、影響力は計り知れないのだ。

 とはいえ、大ギルドが集まるとタゲの取り合戦になるため、《アインクラッド解放隊》、《ドラゴンナイツ》は今回こそ身を引いてくれたが、ここで結果を残せなけれぼ《血盟騎士団》も立つ瀬がない。

 

「(あ~そういや、もうこの呼び方は古いのか……)」

 

 ふと、最近のギルド事情を頭に浮かべる。

 確か《ドラゴンナイツ》は《聖龍連合》へと名前を変えたし、《アインクラッド解放隊》はギルドネームこそ変えていないものの《ギルドMTD》と呼ばれる4桁数のプレイヤーを内包するギルドと合わさって、もはや過去の面影を感じさせない規模となっている。

 最も広く使われている俗称は《軍》。そして今となっては内外共に、さらには名実共に《軍》と呼ばれるに相応しい、まったく新しいギルドだと思った方がいいだろう。攻略組トップギルドと言えば《血盟騎士団》、《聖龍連合》、《軍》の3つを指していると言っても過言ではない。

 

「……という立ち回りをして欲しい。取り巻きは倒し次第、順次ボス戦への参加という形にする」

 

 考えているうちにも淡々と説明は続く。

 今回のボスはスピードタイプ。取り巻きは4体で、1度倒し終えたら再湧出(リポップ)はしないという情報だ。俺もアルゴと――彼女を信用していないわけではないが――別の男を通して敵の情報を買い取り、数やステータス、さらには戦闘スタイルを戦う前からほぼ確信している状況にある。

 俺の狙いもラストアタックであり、情報は力なのである。おそらくエギルを始め今回の暫定的な6人パーティの中でも、これだけ周到(しゅうとう)に前準備した者は少ないだろう。

 ヒースクリフの言っていた攻略手順はおさらいのようなものだったし、彼自身からも攻略隊の配置を伝えているだけといったニュアンスを感じ取れる。

 

「まぁ、勝てるだろ」

 

 俺はボソッとそうこぼしていた。聖龍連合や軍がいないのは一見戦力ダウンに見えるが、前述の通り足の引っ張り合いになるのは明らかだ。そもそも血盟騎士団とて『最強』を目指す、そしてその実現が不可能ではないトップ級ギルドである。

 俺も1層、9層、15層で死者を出している攻略行為にこれ以上被害結果を追加しないため、せいぜい体を張って頑張らねばならない。

 

「それ、負けフラグじゃなきゃいいけどな」

 

 アギンがニヤッと笑いながら指摘すると、同じくニコやかなフリデリックが続いた。

 

「お、先輩ナイスです。フラグって指摘すると無効になるらしいですから」

「こんなの、気の持ちようだって。負け戦イメージして戦う奴なんていないだろ!」

 

 ハハハ、と互いに笑い合う俺達F隊のメンツも、まさか本気で言っているわけではない。

 ボスの持つ瞬発火力の前には安全マージンなどあってないようなものであり、気を引き締めるという意味では冗談を言うべきでない場合もある。しかし人とは面白いもので、大事の前にほんの少しでも笑顔を作っておくと、体がスムーズに動いたりもするものだ。トップアスリートが試合前に談笑にふけることだってある。

 

「では諸君! 22層への扉を共に開こう!」

『おぉおおおおッ!!』

 

 男達が集団で叫ぶと、胸にジンジンしたものが響く。ファンタジーな容姿をしているからか、はたまたここがオンラインゲームであるという根強い意識が残っているから。

 現実では理解できなかった体育会系のむさ苦しい男達も、この熱気を求めていたのだろう。

 しかしボス討伐中は協力できるのに、戦闘が終わるとまたバラバラに散っていくのだから不思議である。人の、そしてゲーマーの性だろうが、やはり《ソードアート・オンライン》という1つのオンゲーに参加する以上、それとこれとは別なのかもしれない。

 俺だってレアアイテムは独占したい。

 

「そういやエギル、旅商人やめてきちんと雑貨屋開いたんだってな。商業の話はよーわからんけど繁盛してんの?」

 

 ボス部屋に向かう途中、エギルにそんな雑談をふっかけてみた。

 

「まぁボチボチだ」

「そっか。客来てんなら良いけどさ。ってか店持ってて、いつレベリングしてんの?」

「そう言えば最近寝てねぇな……」

「……バトル以外に趣味持つと大変だな。しゃあねぇ、ヒマだったら俺も店に顔出してやるよ」

「…………」

 

 そんなこんなで進むと、迷宮区もそろそろ突破する頃である。

 上から目線な『客は神様』精神に若干ご立腹なエギルのようだが、大戦前の言葉遊びだと思ってほしいものだ。それにしても、彼の顔は凄むとさらに怖い。

 

「ここがボス部屋前のマッピング場所だ。ここまでに少しでもダメージを負ったプレイヤーは念のために回復しておいてくれ。……良いか? では諸君の健闘を祈る!」

 

 いよいよ到着した。

 薄暗い大理石のトンネルのような場所で、巨大なボス部屋の門を前に討伐対は今一度息を整えた。

 俺にも馴染みの感覚がやってくる。強大な敵を前にした時の、心身の奥から響くバイブレーション。ここから先は文字通り死闘となる。

 

「(む、武者震いだし)」

 

 誰にも聞かれない言い訳をした直後、いよいよボス部屋の扉が開かれた。

 真っ暗だったボスの部屋に明かりが灯されていく。

 そしてその奥に気配があった。四方に1体ずつボス自身の縮小版のような取り巻きを控えさせている、あの『両手両足がそれぞれ片刃の大剣』になっている骸骨モンスターがボスだ。

 その全長は3メートル弱で、人体骨格然とした丸みを帯びた形状。足はブーツのような形をしており、さらにその下にフィギュアスケートのような、鋭利な刃物と言えるほどの足裏を持っていた。

 全体的に胴より四肢が(たくま)しい印象――もっとも、骨だらけで筋肉は見受けられないが――で、『人間』として見るならアンバランスでも、モンスターとして見れば、細部が滑らかで非常に格好いいフォルムをしている。

 取り巻きも細部に違いが少しずつあるが、基本的にはボスの全長を1メートル程縮めたような姿をしている。

 

「戦闘開始!」

『うおおぉぉぉおおおッ!!』

 

 しかし敵が格好良かろうが、可愛いかろうが、結局は消し去らなければならない。奴らの共通点はそこだけだ。それが俺達の現実への帰還方法であり、まさに『人生』を取り戻す唯一の方法なのだから。

 

「くおぉおおおお!!」

 

 ヒースクリフ率いるA隊とアスナ率いるB隊、そして血盟騎士団とは別の元から6人構成だったギルドのC隊が、フロアボス《スカルモンス・ザ・バイオレンスダンサー》へ向かった。

 さらにD、E、F、G隊が散開してボスの取り巻き、《スカルモンス・ピースダンサー》を抹殺しにかかる。

 直後にゴウッ!! と、土煙が舞った。

 そこの日もまた、互いの命を賭けあった刃が幾度とも知れず交わっていくのだった。

 

 

 

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