SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第23話 陽気な午後(前編)

 西暦2023年5月3日、浮遊城第22層(最前線23層)。

 

 21層の、と言うより、そもそもソードアートオンラインの世界に来て、初めてフロアボスという存在にラストアタックを決めた日から3日。

 あの時、クイックチェンジ先に登録しておいた《ファントム・バスター +0》がギリギリ命を繋いでくれていなければ、当然俺はこんなところでのうのうとしていられなかっただろう。

 ともあれ、結果は勝利。レアアイテム《レザレクション・ボール》も、俺のストレージにドロップしている。

 深い緑が美しい透明な球状のアイテムだ。どれだけ危険な状態に陥ってからの使用を前提にしているのかは知らないが、全デバフステータスと被ダメージ、さらには装備中の武器と防具の減衰耐久値全てを一瞬でリセットしてくれる物らしい。

 フロアボスを倒せば、これぐらいの物は手に入っていてもおかしくはない。俺にとっては初めての品だが、今までに倒した奴もそれはそれは強力な何かを手に入れていたはずだ。

 しかし、それをさしおいて俺はとてつもなく落ち込んでいた。

 初めてのボス狩り。しかも低層に降りてフィールドボスやクエストボスをレベル差にものを言わせて狩ったのとは事情が違う。

 最前線で戦う者にのみ相対することを許された《フロアボス》の討伐。当然目撃者はその時レイドを組んでいたプレイヤー全員で、俺は『21層のボスを倒した男』として広く世に知れ渡り、一気に有名人になれると信じていた。

 しかしそうは問屋が卸されず、俺の栄光は恐らくは最速で忘れられる運命にある。

 

「ちくしょう! なんでいつもこんな扱いを!!」

「まぁまぁ……」

 

 昼下がり。22層の穏やかな森林フィールドの片隅で、怒る俺の隣にちょこんと座っているのはネズハ。彼は2層で知り合った俺の友人で、少数編成のギルド《レジェンド・ブレイブス》に所属するプレイヤーだ。

 最前線が2層だった当時はトッププレイヤー集団だったが、今はそうではない。彼らはこのゲームで詐欺をはたらき、それが衆目の元に晒されてから、信頼と名声を失ってかなり出遅れる羽目になっていたからだ。

 ちなみに、これはつい先ほど知ったことなのだが、彼らはすでに最前線を目指していないとのことらしい。しかし、モンスター狩りによるレベリング自体は継続中で、前線入りを目指す中層プレイヤーの手伝いをしているそうだ。

 次層解放の一報を聞きつけて仕事を休むと、本層の主街区である《コラルの村》付近まで足を運んでいる状況である。

 ここも立派なフィールドであるわけだが、それを含めて俺は気落ちしているのだった。

 

「きっとみんな忘れないよ、だってジェイドがいなかったら、この次の層まで行けなかったんだよ?」

 

 弱気な顔をした茶髪君が慰めてくれる。しかしそれはお世辞ですらなく、やはり本当に単なる慰めだ。

 そう、文字通り現在の最前線はここではない。1層上の23層なのだ。

 つまり3日前、4月最後の日の夕方に誉められすぎて調子に乗りまくった俺が「いやっほぉおーーう! 俺が解放したぜぇ!! 有り難いだろてめぇら!」などとのたまいながらここで跳ね回っていたあの夕暮れから、たったの3日でこの層は突破されたのである。

 3日で1層。この時間はおそらく……言い直そう、間違いなく踏破最速記録だ。

 俺の勇姿が語り継がれる時間が少しでも欲しいというのに、なぜよりによって3日なのだろうか。

 もっとも理由は単純明快だ。なぜなら、フィールドに脅威がまったく存在しないのである。

 前層に比べてモンスターが弱い、戦いやすい、なんて層は過去にもあった。しかし今回は次元が違う。なんと、モンスターがポップしないのだ。隠蔽スキルを駆使して隠れているのでも、擬態化してじっとしているのでもない。完全なるゼロ。まさに楽園のような解放感である。

 ただ、逆にここまで極端だと「もうちっと抵抗しろよ……」と思ってしまうから複雑だ。そのせいで俺は三日天下の英雄さんになってしまった。

 モンスター皆無というフィールド設定が初日で露見してしまい、さらに迷宮区モンスターすらあんまり出ないは強くないはで、2日目にしてプレイヤーはボス部屋を発見。そのまま次の日、つまり今日の午前には討伐完了である。ちなみに俺は参加しなかったが、ボスすらとても弱かったらしい。

 ここはまるで、21層のボス強くしてしまったからそのお詫び、とでも言いたげなふざけた層だったのだ。

 

「(はぁ……つっても、結局は一緒か……)」

 

 だが冷静になって考えてみれば、俺はこの層までの『ボスにラストアタックを決めたプレイヤー』なんてものは顔も名前もいちいち覚えていなかった。ただでさえ少ない脳のキャパシティを、わざわざこんなことで消費しようとも思わない。

 と言うことは、今のこの状況など、突破に何日かかろうとも同じだったかもしれない。

 

「で、でも僕もボス戦については聞いたよ! ええっと……確か最後の方で『すっごいこと』をしたんだよね?」

「…………」

 

 いや、彼のフォローに文句はない。動画配信できるレベルでスーパープレイをやってのけた自信はあるが、当の本人が現象を詳しく説明できないのだ。とはいえ、ラッキーだったとはいえ、これは酷い仕打ちである。

 もう少しどこかこう、言い方というものがあるだろうに。もっと『すごいこと』したというのに。

 ――ああ、俺の表現力も変わらないな。

 

「があぁあああッ! でももっと凄かったんだって! 俺一瞬メッチャ格好良かったんだって!」

「お、落ち着いてジェイド……」

 

 ネズハはおろおろと(なだ)めるが俺は止まらない。それに今回意識下で『あの感覚』を体験した俺は、その万能じみた現象の中に弱点がいくつか存在することに気が付いていた。

 まずはその持続性の低さだろうか。

 比喩(ひゆ)ではなく途方(とほう)もない集中力を要し、どうにも連発できない。少なくとも今の俺にはその後の戦闘に支障をきたすほどだ。

 次はやはり安定性に欠ける点だろう。

 スキルスロットに存在する技ではないので、使いたい時に使えるわけでも、ましてやいざという時のために溜めておくこともできない。戦闘において『武器』に求められる多くのウェイトが『信頼性』であることから、とてもではないが命を預けるに値する武器ではない。

 そんなことを考えつつ、ネズハに俺が(わめ)いていると、

 

「な、何してるのあなた達……」

 

 と、いつの間にか近づいてきた人物に声をかけられた。

 モンスターが存在しないことから《索敵》を切っていたとは言え、俺がこうも簡単に後ろを取られるとは。

 社会不適合者代表の俺は、つい反射的に「あァん?」と行儀の悪い声色で返しの言葉を与えてしまう。リアルでせっせと培った陋習(ろうしゅう)の現れだ。

 しかし意外にも、その人物はヒスイであった。

 今日の髪型は半端なサイドポニーで片側は耳にかかっている。普段より肌が白く透き通っているようにも見えるが、初めて彼女と会話した時に比べ、表情もろとも根暗っぽさがさらに払拭(ふっしょく)されているので、可愛さ補正がかかっているのだろう。

 普段着なのか、身を守る装備はカジュアルで動きやすそうだ。ファッションの話をするとダークな色彩と物騒な片手剣だけが惜しい。

 それにしても、既知の人間に安心こそしたが、彼女の声が若干うわずっていたから気づかなかった。

 1つ安堵した理由は、アンチクリミナルコードの保護がないこのフィールドで、《隠蔽(ハイディング)》スキルを使っての集団脅しでなかったからか。

 カズ達を襲った趣味の悪い奴らはまだ2人組だったが、ああいった危ない連中は最近増えているのも事実である。俺が言えたことではないが、慣れとは恐ろしいものだ。

 

「んだよ、男同士の熱い語り合いだよ。あのなぁ、俺だって名声ほしくてなぁ」

「ちょっジェイドッ!?」

 

 しかし、そこまで言うといきなりネズハが慌てたように俺の口を押さえようとしてくる。

 

「この人あの《反射剣》のヒスイさんだよ! 最前線唯一の女性ソロプレイヤーの!」

 

 《反射剣》というのはヒスイの通り名のようなものだ。今となっては使用者も増えてきているが、攻略組初の《反射剣》、つまり《リフレクション》という名のエクストラスキル体得者として、19層を境に周知と化した彼女の得意技。

 ずいぶんけったいな名前である。しかし、盾持ちの特権たるこのスキルを1番最初に手に入れた彼女はやはり偉大なのだろう。隙は大きいが『防御不可』の特性を持ち、回避を強制させられる《霊剣(レイケン)》ソードスキルを弾き返したことで、よりインパクトが強かったのかもしれない。おまけに女の子とくれば、その周知の速さに危うく嫉妬(しっと)してしまいそうだ。

 ――クソが、俺も盾持てばよかった。

 ちなみに、彼女とって通り名で噂される現状はかなり不服らしい。ダサいのだとか。欲張りな女である。

 

「いや、そんぐらい俺も知ってるけど」

「ッ……!?」

 

 とりあえず返事をくれてやると、それを聞いてさらにネズハが驚く。まるで「それを知っていて何でそんなに()が高いの?」とでも言いたげな表情だった。

 鈍い俺にも予想はつく。前線で名を()せるアスナも同様だ。ただでさえ絶対数の少ない女性様は、それだけで俺のハリボテ有名人とは格が違う知名度が付き纏う。

 ここのところアスナも有名になりすぎていて、『KoBの副団長』という肩書きを越えて《閃光》などと呼ばれだしている。

 格好いいとは思ってない。格好いいなどと。しかし彼女の神速とも言えるレイピア捌きを鑑みるに、スタイルにぴったりの二つ名だ。

 ――俺の二つ名? ねぇよ。欲しいよ。

 そこで、彼女達は当然のごとく多くの野郎から神聖視されているため、俺がヒスイにタメ口を聞いていることがネズハにとっては理解できなかったのだろう。

 見てほしい、彼に至っては声が震えている。

 

「ふ……」

「ふ?」

「……2人は知り合い?」

「おう、まあな」

「……仲良いの?」

「どうだろ、会った時よりは良いかもな」

 

 それだけを聞くと、ネズハは「うああぁぁああんっ」と、悔しがった声上げながら走り去ってしまった。

 ついでに見えなくなる寸前に「抜け駆けなんて男らしくない!」なんてデジャヴを起こすようなこと言ってきたが、それは心外というものだ。親密な仲というわけではない。

 どころか、この女については俺に好印象を持っているかどうかさえ怪しいところである。なにせ俺の言った「会った時よりは良い」なんてお茶を濁した部分を掘り下げると……、

 

「ねえ、あたし置いてけぼりなんだけど……」

 

 おっと、そうだった。

 

「俺もそうだよ。またネズハにちゃんと説明しねぇとな。……んで、ヒスイは何でこんなとこいんのさ? もう前線はいっこ上だぞ」

「え、えぇと……そう! お昼ご飯この層で食べたくなったのよ。そうそう、ここは景色が良いし空気も美味しいし、絶好の弁当日よりじゃない?」

「……ま、そうだな。雲も少ないし風はおだやか」

 

 適当に肯定しておいたが、ヒスイはどこか不自然なほど嬉しそうだった。

 

「そんでワザワザこんな森林に来たのか?」

「23層もさすがにまだ主街区調べの段階だから、別に遠くはなかったわ。さっき転移門の近くをたまたま通りかかったし、ついでと思ってね」

「はぁん」

 

 ――なるほどねぇ。

 そのせいで面倒が増えたようにも感じるが。先ほどからどこかヒスイがそわそわしているのは、俺が気にしすぎだろうか。

 

「さ~てご飯ご飯」

「んじゃ俺はぼちぼち攻略行くとすっか」

「え、えぇちょっと!?」

「ち、ちょっとなんだよ……?」

 

 ヒスイがいきなり慌てたように引き止めたことで、思わずどもってしまう。

 何の真似だろうか。ひょっとしたら、このお方は俺が女と話すことが苦手だとこという認識がないのだろうか。この半年で何度か念を押しておいたはすだが。

 俺があからさまに固まっていると、左右をきょろきょろと見渡しながら彼女は、なおもひきつったように言葉を探す。

 珍しく歯切れが悪い。4層で頭角を見せた、他を魅了するほどのリーダーシップはどこへ行ったのだろう。これほど厳粛(げんしゅく)でもじもじしている彼女を見るのなんて、8層で暴漢に遭った日以来かもしれない。

 「しゃーなねぇ冗談の1つぐらい残しておくか」、などと悪いクセを出しつつ口を開く。

 

「じゃどうしたんだよ、らしくねぇな。俺の弁当も用意したってか? ハハハッ、アイサイベントー! アハハハッ」

「…………」

 

 ほう。

 

「…………」

「…………」

 

 いや、どうしてそこで止まるのだろうか。何か突っ込みをいれてほしい。せめて蔑んでほしい。こういう時こそ発揮されるべきいつもの強気は仕事に怠慢か。期待してしまうだろう。まったく、男というものは無視にも弱いが上げて落とされることが1番堪えるものだ。特に俺のような経験の浅いピュアハートは、繊細に扱わないと後でどうなっても知らないぞ~~。

 

「ジェイド!」

「はいぃ!?」

「おっ……」

「……お?」

「お昼2人分作っちゃったから……一緒に、食べよ……」

「…………」

 

 答え方を間違えてはならない。

 どこか顔が赤いが、まだ夕日のせいにはできない時間帯だ。なぜ目をそらすのか。これでは相手の意図が読めないではないか。結果的に発生した無言が空気をより重くしてしまっている。気を付けよう、聞き間違いならファッキン妄想野郎になってしまう。

 「一緒に食べよ」???

 まさか、俺のためにというのが本当にまさかなのだろうか。いや、しかし今「作っちゃった」と言っていた。ということは、不可抗力的な最大公約数的な事態が発生しているのではなかろうか。思春期の過ちというのは時に恐ろしい結果を招くという。だが、その程度のことで、あくまで異性である俺に余った弁当などを分け与えるものだろうか。だとしたら女神の慈悲に近い。そもそもヒスイはソロ活動をしているのに、作りすぎちゃった、なんてことはあるのだろうか。

 この間1秒である。

 

「誰だッ! ヒスイに化けてるな、正体を言え!!」

「ひ、酷い! あたしはあたしよ!」

 

 しばらくギャアギャアと言い合ったが、2つだけ確信を持つには至った。

 1つ目は目の前の人物が本物のヒスイ(当たり前だが)だということ。

 2つ目はこの弁当が毒入りではない(当たり前だが)ということだ。

 不可解な点はまだあるが。

 

「……んじゃお言葉に甘えて……」

「うん……」

 

 こうして3ヶ月前のあの時のように、俺とヒスイはこの日の昼飯を共にするのであった。

 

 


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