SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第3話 人を見下すば穴二つ

 西暦2022年12月2日、浮遊城第1層。

 

 ここは100もの階層からなる浮遊城、アインクラッドが第1層の迷宮区。

 この世界のルールでは、フロアボスを討伐して上層階を解放(アクティベート)するために、まずはフィールドにそびえ立つ円柱タワー型ダンジョンであるこの《迷宮区》を踏破しなくてはならない。

 今はその攻略帰路である。

 無論、次層直前の敵は強い。ここ1週間で例えどんな状況に陥っても苦戦することはなくなったが、正式サービス後にて初めて足を踏み入れた時は、元テスターとして情報をフラゲしていたにも関わらず久しぶりに緊張したものだ。

 初心者(ニュービー)はフィールドでの勝利を重ねる内に自信をつけ、安全マージンを大して取らずにいざ迷宮区へ、なんてことも珍しくない。

 

「(……さすがに死人は減ってきたか)」

 

 デスゲーム開始からもうすぐ1ヶ月。今でこそゲームオーバーになる者が減ってきているが、すでに2000人ものプレイヤーが死んだ。ある程度の死者を予想していたがこの数字は異常である。

 初期の動乱は減るにせよ、このせいで残り100層は事実上8000人でクリアしなくてはならなくなったわけだ。

 

「(情弱共が……バタバタ死にやがって)」

 

 意図的に情報を独占していたことを棚に上げ死者を冒涜していると、俺はようやく迷宮区を出た。

 だが愚痴の1つもつきたくなる。何せ明日は念願のフロアボスの攻略日だからだ。

 前々から『ディアベル』なるプレイヤーが攻略者を募っていて、その決行日が12月3日というわけである。

 ちなみに、個人でのボス攻略は不可能である。かといって己に大人数を纏める統率力やカリスマ性はない。となれば、俺のようなコミュ障がボスと戦いたければ、誰かがこのようにパーティを募り、それに『乗っかる』しかないわけだ。

 そういった経緯の元、俺は明日の攻略メンバー会議にいけしゃあしゃあと参加を表明した。そしてボス部屋までマップが更新されているにも関わらず迷宮区にこもっていた理由は、ボス戦前の最後のレベリングのためだ。

 

「(やれる……やれる。βテストん時はやれた。ハ、ハハッ……もしかしたら俺がラストアタック決めるかもな。そしたら俺……ヒーローじゃねぇか)」

 

 この1ヶ月で味わった無力感や絶望もだんだん薄れている。人とは恐ろしいもので、『慣れ』は多くのモノを頭から洗い流す。まだ懲りてないのかと自問するも、やはり高レベルを維持する俺は自負と自尊心を抑えきれない。

 そしてその先に見える自分の理想像は、ボス攻略に参加を表明した時からみるみるその姿を輝かせる。

 

「ヒーロー……なれる……俺なら……」

 

 高校のクラスメイトが、1人暮らしが長くなると独り言が多くなる、なんてほざいていたが、どうやらそれは本当らしい。しかもなまじ人と距離を置いていたせいで、自分だけ突出して強くなった気分になってしまう。

 ブツブツ言いながら歩いていると、ふと道端に見たことのない花を見かけた。

 花の種類はわからない。興味もない。しかし凝視するとシステムが認知し、ドットが鮮明になり、細部までよく見えるようになった。

 綺麗なものだ。信じられないことに、俺はまだ浮遊城(アインクラッド)第1層での生活しかしていない。

 朝の暖かい木漏れ日、四枚羽根の鳥、見渡す限りの草原、動物や虫を司ったモンスター、燦々(さんさん)と照りつける仮想太陽、肌身を裂く冷たい雨、幅が測れないほどの大きな滝、漆黒の夜空に輝く星々、リアリティのあるキャラクター、とうとう3Dと化した剣や各種アイテム。

 きめ細かに設定された世界がまだ上に99層も広がっているなんて、未だに実感が湧かない。

 だがモンスターやオブジェクトのグラフィックからして、とてつもなく広いフィールドの細部でこのクオリティを保っているわけではない。噛み砕いくと『人の注視する場所だけハイクオリティになる』といったシロモノである。

 システムの名を『ディテール・フォーカシングシステム』といって、メリットは確かシステムにかかる負荷の軽減……など。

 このゲームがまだ楽しいだけだった頃、強制転移中に最後まで《クレイジー・ボア》の姿を視認できていたのも、やはりこのシステムがはたらいたからである。

 

「(すげぇ……テクノロジーだ。この時代に生まれて良かった。なのに何で……血生臭いのはナシにしてくれよ、マジで……)」

 

 全てが今さらだが、そう思わずにはいられなかった。こんなことをしなければ、茅場晶彦は人生の成功者、誰もがうらやむ巨万の富を得た富豪になれたはずだ。

 俺には与えられなかった、その余りある才能を持って。

 まだ時間はあったが、今日はもう帰ろう、と戦闘中の意識をオフにした。

 『帰る』。こんな言葉が自然に思い浮かぶようになったのはいつからだろうか。知らず知らずのうちに、俺達は囚人から住人に変化してしまったのかもしれない。

 それに《攻略会議》に参加するにあたり、やはり時間ギリギリの到着というのも印象が悪いだろう。

 

 

 

 そして、会議当日。

 俺は時間通りに出席していたが、どことなく罪悪感が湧いた。『レア武器が欲しい』という、身勝手な理由がボス戦への参加理由だったからか。……いや、他の人間が俺より強くなってほしくない、と言った方が正確かもしれない。

 しかし、集会場には上層プレイヤーが続々集まってきていて、すでに喧騒に包まれていた。

 首は固定で目線のみ泳がす。思っていた以上に多い。わずか1ヵ月で2000人も死んでいるのに、存外脱出を諦めていない連中は多いようだ。半円状に広がる石段がそれなりに隠れてしまう密度である。

 そして規定人数が集まった頃を見計らうと、『ディアベル』とおぼしきプレイヤーが、円状に囲む俺達討伐隊メンバーを見上げながら演説を始めていた。

 髪色は青とアニメチックだが、精悍(せいかん)な顔立ち。

 まったく、ご苦労なことである。底辺人間の俺からすると、ここにプレイヤーを集めたことを含み、攻略会議やその説明を続けるディアベルなる男性は何もかもが凄いことをしているように見える。

 だだ俺は、意志を認めてなお彼を心底尊敬することはできなかった。

 それはゲーマーとして拭いきれない本性のようなものが、周囲を見下すことで得られる自尊心のようなものが、やはり彼からも発せられていたからだ。

 そういう意味では、ここにいる全員を、ここにいるがゆえに尊敬なんてできようもない。

 

「(俺を含めて、廃人だって言ってるようなもんだよな……)」

 

 あまり考えないよう努めることにした。

 だが討伐における心得やその方法について、つまり俺がテスター時代にすでに体験し、体得し終えたことのある内容についてディアベルが話すのをぼーと聞いていたら、「ではまず6人パーティを作ってくれ」なんて声が聞こえてきた。

 ――うむ、パーティとな。しかも6人?

 

「(ええぇええっ!? ……パーティ作んのっ?)」

 

 常識的に考えて作らないはずがなかった。

 内心焦るが、やはり俺に目を向ける物好きなどいない。

 それもそのはず。いくらメインがソロ狩りでも、普通なら知り合いの1人や2人はできるだろう。「わたくし人見知りなので」なんて言って努力する前から放棄しない限り、普通は。そしてそんなパンピーが合わさればパーティのでき上がりだ。

 ところがどっこい、ビギナー相手に優越感に浸るだけだった俺がわざわざ劣等感を味わう可能性のある元テスターや、最前線プレイヤーの近くに好んで寄るはずもない。

 しかし俺は幸運にも2人パーティを見つけた。片手剣のガキと、もう一方は……フードで顔が見えないがこちらもガキ。これは幸運すぎる。なぜなら、共にガキならいざとなったら脅してでも主導権を握れるからだ。彼らがド下手な成り上がりだったとしても、この際贅沢は言っていられない。

 

「(ハ、ハハハッ、やっぱ俺ついてらぁ……)……ねーキミらさ、俺もチームに入れてくんない? ダチはボスが怖くて来なかったんだよ」

「え? ああ……いいですよ。いい……よな?」

 

 ウソに気づいた様子もなく片手剣の男が言うと、レイピアを持つフード男もかすかに頷く。どうもこのよそよそしさを見たところ、彼らもそれほど深い知り合いではないようだ。なお良し。

 それにしても、まるで女のように線が細い。片方だけでなく2人とも細い。もっとも、もやし体型の俺も背が縮まればこんなものだろうが。

 そうして、そのまま鈴を鳴らしたような音と共に出現したウィンドウを操作し、パーティに加わる頃には体格がどうこうについても忘れていた。が、パーティの名前を見てビクリと反応してしまう。

 『キリト』はいい。どう考えても男だ。

 だがフードの方のHPバーの横に表示された名前は……、

 

「(『アスナ』だぁ? こいつ女かよッ!)」

 

 《手鏡》がアイテムストレージにダウンロードされた1ヶ月前のあの瞬間から、プレイヤーは例外なく性別はおろか事細かなプライベート情報までをさらけ出している。そしてこのゲームの創始者は性別を偽ってダイブしたプレイヤーに対し、救済処置を施していたのだ。

 それこそが、1アカウントにつき1回だけ受注する権利が与えられた《ネームチェンジ・クエスト》。誰でも受けられ、誰でも達成できるような簡単なクエストで、開始直後は殺到していたらしい。主にネカマになっていた男が。

 そしてもう1つ確かなことは、性別の真偽が晒されてなお改名しないネカマはいない、ということ。つまりこの『アスナ』とかいう奴は女だ。

 ――コントローラをピコッてりゃいいゲームじゃねぇんだぞ……ったくよォ。

 眉間にシワを寄せていると、黙り込むフードの女に替わってキリトが話しかけてきた。

 

「よろしく。えぇとジェイド……さん」

「かぁ~、やめようぜそういう呼び方。タメでいこう。こんなクソゲー、長い付き合いをする気はないし」

 

 突然態度のでかくなった俺に少し戸惑うも、さすがの適応力で「あ、ああそうだな」と順応している。伊達に前線プレイヤーをしていないようだ。

 俺がガキに感心していると、そこへ頭上から声がした。

 

「ちょお待ってんかぁっ」

 

 流暢(りゅうちょう)な関西弁(?)で話すトゲ頭のちびたあんちゃんは、まず名を「キバオウ」と名乗り、プレイヤー全員の注目を集めた。

 

「(うわ、すっげー頭。モーニングスターかっての)」

 

 思わず目を細めてしまった。髪型はともあれ、『これからボス戦!』とプレイヤーが気を高めているところへ、でかい声を張り上げて中央を陣取るなんて、よく出鼻をくじくような奇行に出られたものだ。

 しかし個性的な彼は、人の目線を特段意に介した風もないままさらに次のことを言った。

 曰く、βテスターは死んだ2000人を見殺しにしたも同然。

 曰く、βテスターに謝罪と賠償を要求する。今すぐ名乗り出ろ。

 曰く、受け入れられないなら命は預けられない。

 なんて、いつか出るとは思っていたがまさかこのタイミングで出てくるとは。クローズドβテストに当選できなかった鬱憤(うっぷん)もあるのだろう。

 そして何より、トップ集団に出遅れた原因の(なす)りつけとして、俺はとんとん拍子に『みんな仲良く』が通用しないと心では踏んでいた。

 無論、話がスムーズに進むに越したことはなかった。なぜ事態をいちいちややこしくするのか。まったく、こういう自分勝手な奴こそ……、

 

「…………」

 

 『人のことを言えるのか』と。誰かに言われたような錯覚に陥った。

 またあの声だ。あの声が俺に囁く。

 

「(く……そ、見殺した? 俺がルガトリオや、たくさんのプレイヤーを……いっ、いや! 違うぞ、俺は身を守るために仕方なく……)」

「ジェイド?」

 

 ハッ、と気づくと俺は手に汗を握り地面を睨んでいた。キリトの声で現実に引き戻されると、言葉繋ぎで適当にごまかす。

 いつの間にか最初にテスターに喧嘩を売ってきたキバオウを、『エギル』と名乗る肌の黒い大男が黙らせていた。

 道具屋で無料配布していた情報ブックの製作者が元テスター。生き残るチャンスは平等に与えられていたし、いま話すべきはそれを踏まえた上での生き残る方法、つまりボスの攻略手順についてだと。

 いいことを言う奴だ。早死にしそうなその正義感を見習いたいとはまったく思わないが。

 しかし先ほど生まれた罪悪感は消えない。

 確かに一部の信じられないほど善良なテスターは、無償で情報提供などをしていたのかもしれない。けれど、俺自身が何もしなかったことに、それこそ死にかけていた奴すら見捨てたことには変わりはない。

 そうだ。

 機会はいくらでもあった。罪の意識から逃れるように、カズから逃げ続けて1ヶ月。今さらどの面下げてと言い訳をし、頭を下げず、自身を正当化してきた恥知らず。俺の知る限り最悪のエゴイスト……それが俺だ。

 

「(でも明日で……明日で変わるかもしれない。そのためのボス攻略だ)」

 

 頭を振り、再び俺は会議に意識を戻す。ディアベルが最後に明日の10時に出発する旨を伝え、会議はお開きとなった。

 この夜がボス戦前の最後の休息だ。

 

「(ルガトリオ……いやカズ。……これが終わったら俺は変われるんだ。絶対に……そしたらさ、見捨てたことだって許してくれるよな……?)」

 

 思考を放棄し、都合のいい射幸心に身をゆだねる。

 気休めでも俺は、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 


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