SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第四章 クォーターポイント
第25話 それぞれの戦況


 西暦2023年5月21日、浮遊城第25層。

 

「納得いかねぇ……」

 

 そんなことを言う俺は、25層の主街区《リャカムハイト》の南西地区大通り商店街を歩いている。

 舗装(ほそう)に飛び出した家屋の敷地。傾いた立地条件を押して無理に建てられた建造物。そして統一性のないカラフルな屋根。外国人が侍や忍者を間違えて認識するように、日本人が中世ヨーロッパを間違えて覚えて街を作ったら、このような感じになりそうだ。

 俺の不満は、ボチボチ繁盛しているエギルの店に寄った時のこと。ようは彼にぼったくられたのだ。

 会話中、いつどこで金が定価から移り変わったかは覚えていないが、巧みな話術と怖すぎる顔のせいでまともな思考回路すら構築されていなかったと思う。完璧に上から目線で来店して「お客様だぜ? あんたにとっちゃ神様だぜ?」的な気分で足を踏み込んでしまったらとんでもないことになったわけだ。これはいつかリベンジせねばならない。

 

「くっそぉ、あの黒人め……」

「やあやあジェイドじゃないカ」

 

 口に出してしまった愚痴を若干恥じながら振り向くと、そこには相も変わらず身長の低いアルゴが立っていた。

 

「オレっちに何か用がありそうな顔をしているじゃないか」

「いやそれ俺のセリフだよ。いま絶対待ち伏せてたよな」

「ナハハ、察しろよそこハ。オレっちの方からジェイドのところに出向くなんて気が引けるだろウ?」

 

 気が引ける、のだろうか。ヒスイにも言われたが、この世界では俺に善意をはたらいたり素直にお礼をしたりするとバチでも当たるのだろうか。だとしたらこの世界は残酷だ。神様とやらはいつも俺にだけ厳しい。

 もっとも、口からでまかせの絶えない彼女の言葉を端から真に受けていたら日が暮れてしまう。適当に受け流そう。

 こちらとしてもコルを先払いしている。早いところ情報を渡してもらわなければ困る。

 

「とまー冗談は置いといてダ。ホレ、これが前言っていたレベリングスポットの位置ナ。オレっちがコル受け取った時より相場上がってるが、ここで上乗せすると信用買いの意味がなくなるからナ。もう要求はしないサ」

「おうサンキュー」

「それはそうと、ここだけの話なんだがジェイドさんヤ。最近アーちゃんから指輪をもらうは、ヒスイから弁当作ってもらうはでウハウハなそうじゃないカ?」

「…………」

 

 さて、と。

 はてさて気を付けていたつもりだが、どこからの情報だろうか。どこからその事実が漏れたのだろうか。情報を横流しにした奴、俺は孫の代まで恨むぞ。

 

「くっ、てかどうすりゃもれるんだよ!? 誰かに見られてたのか!?」

「隠そうともオネーサンには筒抜けサ! にゃハハハッ」

 

 がしかし、アルゴの言うことに間違いはない。

 蓋を開けてみるとそれらにはムードもドラマもへったくれも無かったはず――たぶん――なのだが、確かにそんなイベントがあった。

 しかしだ。念のために索敵スキルで周りを確認していたのだ。まったく、いったいどうやったら情報の漏れる隙があるのだろうか。もしかしたらこの《鼠》という怖い小さな悪魔は、ここいらでどこかの魔宮にでも閉じ込めておいた方がいいのではなかろうか。

 そもそも、アスナとヒスイにあの深夜クエストの情報を渡したのがアルゴだと確定している今、いよいよもって目の前の女は策士なのかもしれない。危険だ。バトル以外に趣味を持つ連中はみんな危険だ。

 俺とて一般的な勉強はできなくても、ゲームにおける発想や応用力だけは柔軟だと思っていたのだが。

 

「んデ、早速ここで高速レベリングに行くわけカ」

「ああいや、こっちの作業が終わってからだ」

「こっちの作業とナ?」

 

 俺達は会話をしながらも、さらに南を目指して歩を進め続けている。願わくばビジネス感を出さずデート感覚で歩きたかったが。

 ただ、こんなに慌ただしくないアルゴの方が珍しい。クライアントからの依頼は俺ので一旦区切りがついたのだろうか。しかし、スケジュールを聞けばまた金を取られるだけなので、浮かんだ疑問は思うだけにしておこう。

 そうこうしている間に、街のほぼ最南端に到着した。

 

「ここクエストあったっケ?」

「『偉業の塗り替え』ってクエなんだけど、アレ知らなかったのか」

「ほウ?」

 

 そう言うアルゴが少しずつ興味を持ちだしたのか、キョロキョロしては色々聞いてくる。しかし、これを教えてくれた人物がアルゴ以外に利用しているソロの男性情報屋なんて事実を伝えたら、彼女も商売相手に燃え上がるのだろうか。

 

「なにをすれば終わりなんダ?」

「木の板を膝蹴りで割るっていう、ただそんだけだ。体術スキルに関するクエストだけどこの手のやつは頭使わなくて済むから助かるぜ」

「ジェイドは頭悪いからナ」

「…………」

 

 今のは俺のミスだ。目をつぶろう。

 

「んで具体的に割る枚数は1002枚なんだよ」

「せ、せン!?」

 

 やはりというか、いくら何でもこのでたらめな数字にはアルゴも驚いていた。

 このゲームにおいては時間のロスは極力避けるべき行為。ある程度使い勝手のいい単発スキルのためだけに、わけのわからない枚数の板を割っていくのだから「正気か?」と思われても致し方ないと言うものだ。当事者でなければ俺もそう思う。

 基本的にクエストとは、専用ボスを単騎で相手取ろうなどと考えなければ、どんなものも1時間もかからずにクリアすることはできる。むしろそんな時間があれば、大抵のボスですら単独で撃破できるかもしれない。

 もちろん、このクエスト報酬は分類上《ソードスキル》。たかだか1つのアイテムが貰えるだけのクエストより時間がかかるのは条理。

 ちなみにこれが《スキルスロット》に追加される、例えば2層で言う《体術》スキルの獲得のためとなれば、さらなる膨大な時間が要求されるだろう。だが『レベルが上がれば適当にやっていても手に入るスキル』でないのなら、今後の将来性のことを考えて挑戦することは決して愚かではない。

 その上で、先述の通りこの報酬は単なる《ソードスキル》の一種である。そして板を1枚割るのに4~5秒ほどかかるこのクエストは、集中していても1時間半ほど持っていかれる計算になるということだ。コスパの悪さは言うまでもない。

 途方もなく地味という点も辛い。

 

「ま、まぁジェイドの勝手だけどナ。だが最後の2枚はどこから来たんダ?」

「ああこれか。この『偉人』って奴が残した記録を超えていくクエストなんだけど、最初は適当なのか1000枚。んで誰か1人クエスト受けたんだろうぜ。今は1002枚を割れば晴れて『偉人の記録』として登録されて膝蹴りスキルが手に入るって寸法だ。ああ、ちなみに1003枚以上割ってもいいんだぜ。自分以外誰にもこれを使ってほしくないなんて意地汚い奴が現れれば2000ぐらい割ってくかもな」

「なるほどナ~」

 

 感心しつつもすでに関心はないようで、その態度には「もうやらないからいいっす」とありありと出ていた。

 

「まあ、メインがバトルじゃないアルゴにはわかんないかもなあ。んでもこれ便利でよ、体操でいう『伸脚』ってあるだろ? 下半身でそれ作ればプレモーション認定されるみたいだから、俺としてはぜひ持っときたいスキルなんだよ」

「両手が塞がる、しかも踏み込み体勢が自然と伸脚状態を作る重量級武器使いにとっては、穴埋めスキルとしてもってこいというわけカ」

「そそ、ごめーとう」

 

 ソードスキルの数が限りなく無限に近い有限数を誇る限り、それらの技の獲得条件や発動のための予備動作(プレモーション)もやはりこの世界には大量に用意されている。

 例えば件の《体術》スキルについて。最初期に貰える《閃打》というパンチ技は簡単に言うとただのジャブ。予備動作も単調で、左右どちらかの腕を折り畳んで拳を肩の前辺りで構えれば完成だ。威力もリーチも弱い単発技だし、極端な話『腕1本』があれば発動はできる。

 次なる例は俺が手に入れようとしているこの飛び膝蹴り。子供でも知っている伸脚体操の構えで技の発動ができて、上半身の形は動きに障害が出ない程度で限定されていない。

 そして俺の多用する大剣技である空中回転斬り《レヴォルド・パクト》や片手剣基本突進技《レイジスパイク》などは、ただ体の形を作るだけでなく、さらに技とは別のものも要求される。

 前者は武器と共にジャンプできる脚力、もしくは空中いること。はたまた後者は一定以上の助走を要求されたり本当に様々だ。手の込みようには真剣に感心する。

 予備動作(プレモーション)がダブる可能性もあるが、その場合は上位スキルが優先的に発動され、そのスキルの冷却中(クーリングタイム)に同じモーションを作った場合のみ、下位スキルが発動するといった具合である。

 ややこしいが、驚くほどの精密さと作り込みでこの作品ができ上がっている。認めるのは(しゃく)だが、このゲームを作った茅場と周りのスタッフが選ばれた天才だったことは疑いようもない。

 しかしここまで考えたところで、俺の鼓膜が小さい金属音を拾った。

 

「アルゴ、シッ……こっちだ」

「どうしたんダ?」

 

 手を握ってダッシュ、なんて大胆なことはせずに、先に身を潜めて手でジェスチャーを送るとすぐにアルゴも隠れる。

 しばらくして見えてきたのは……、

 

「あいつら軍の連中カ? よく気が付いたナ」

「軍が好んで着る鱗鎧(スケイルメイル)の集音がした。ま、《聴音》ってやつよ」

「……いや、気持ちはわかるけどサ。聴音って言ってもアレ耳を澄ましてるだけだゾ?」

 

 アルゴが呆れたように言うが、これには残念ながら強く反論せざるを得ない。

 

「違げーよ。《聴音》つーのは耳を澄まし、音を拾い、んでもって蓄えた知識で視野に入れることなくオブジェクトの有無とその種類を特定する技術のことだ。まるで違うっつーの」

「……好きだナ。システム外スキル……」

 

 しまった。力説しすぎてもっと呆れられてしまった。

 それは置いておいて、どうやら軍の集団も方向を変え始めてくれたようだ。

 

「はァ、なんだか軍に怯えて暮らすのもやだナ」

「しゃあねぇって。バカでかくなりすぎて最近大暴れだからな」

 

 《ギルドMTD》と融合することで参加人数が4桁にまで膨れ上がった《アインクラッド解放隊》、通称《軍》。

 『大暴れ』なんて表現を使ったものの別にプレイヤーへ暴力を振るうといったことではないが、顕著(けんちょ)なのはボス戦だろう。

 3日で通過した22層はともかく、なんと23層と24層を合わせて11日でクリアしてしまった俺達なのだが、その成果はかなり軍が作り上げていたのだ。

 特筆するまでもなく、この速度は驚異的の一言に尽きる。各層には広いフィールドと、前層に湧出するものも含むとは言え数十種のモンスター、さらには10階以上の迷宮区と平均30種類以上のサブクエストが用意されている。村や街だった1つではない。これらの網羅をたった11日で2度もやって退けたのだ。

 そうこうあって、おそらく今日にもマッピングされ尽くされるだろう迷宮区にも、この軍の連中が我が物顔でたくさん闊歩(かっぽ)しているはずだ。

 その強さの源は大集団による物量至上戦闘である。数にものを言わせて敵に何もさせることなく押し潰していくもので、作戦もへったくれもあったものではないが、それゆえに対処されようもない戦法と言える。

 しかしこれが中々どうして有効的だったわけで、ボス戦すらあっという間に終わった理由としては、やはり軍の波状攻撃が大きな理由になっていた。

 21層攻略の際に死者を出してしまった血盟騎士団だが、当然残りの2強ギルドはその隙を突いた。自分らは何も成果を上げていないのに、大きい顔をしてやりたい放題しているのだ。

 そして目に見えてわかりやすかったのは、軍が自分達の陣営のみからボス戦における『レイド』を立ち上げてしまったことだろう。

 そう、23層と24層は共に2レイドである96人で狩りに向かっていて、その半分が軍という一大組織の部隊なのだ。

 ここ最近《軍》というだけでかなりの幅を利かせている理由がこれである。俺達が隠れた理由は、この想像以上にウザい自慢と絡みを避けるためだった。

 

「もう行ったみたいだ。つっても、明日にも始まるボス戦はやっぱ2レイドで攻めるらしいな」

「そうだナ。でも味方勢力の体力絶対量が増えていることには違いないシ」

「ああ、協力し合えば攻略は早くなる。ヒスイの受け売りだけど、やっぱ軍に文句をつけるのは同じ攻略組としてお門違いだしな。だから残りのギルドも渋々協力してんだろうよ」

 

 奴らのでかい態度も今日限りなどといったことはない。少なくとも不測の事態が起こるまで続くはずである。だとすれば、今のうちにでも慣れておくのも世渡り処世術というやつだろう。

 

「じゃあオレっちはこの辺で失礼するヨ」

「ああ、俺もクエ終わらせて明日の準備したらさっさとオネンネだ。いつかの時みたいに寝坊したかねぇからな」

 

 それを最後に俺達は別れた。

 それにしても……、

 

「(4分の1地点か……)」

 

 発音が良すぎて不気味だったが、先ほどの店でエギルはここのことを『クォーター・ポイント』と言っていた。

 クォーター・ポイント。

 響きはいい。ただし、区切りではない。俺達プレイヤーにとって区切りがあるとすれば、そこは100層を指すのだから。

 

「(次も、その次の奴も、速攻で殺す……)」

 

 おそらく次層か、もしくはその次の層で俺達はあの日からちょうど7ヶ月を迎える。サバイバルゲームに変貌したこの世界において、今後もこの攻略速度を維持することはまず不可能だ。レベルアップ効率すら格段に落ちることも予測される。

 終いにはボス部屋へ行くまでに2週間、なんて事態にもなりかねない。

 

「(だけど俺は生き残る。時間がかかっても何が起こっても絶対、茅場にざまぁみろって言ってやる!)」

 

 翌日、予想違わずアインクラッド第25層ボス攻略会議が開かれた。

 

 

 残るプレイヤーは4分の3。残る階層も4分の3。

 だが血塗られた殺し合いは、2500人という死者を出そうとも止めるわけにはいかないのだった。

 

 

 

 


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