第25話 それぞれの戦況
西暦2023年5月21日、浮遊城第25層。
「納得いかねぇ……」
そんなことを言う俺は、25層の主街区《リャカムハイト》の南西地区大通り商店街を歩いている。
俺の不満は、ボチボチ繁盛しているエギルの店に寄った時のこと。ようは彼にぼったくられたのだ。
会話中、いったいいつどこで金が定価から移り変わったのだろうか。巧みな話術と怖すぎる顔のせいで、まともな思考を乱された。完璧に上から目線で来店して「お客様だぜ? あんたにとっちゃ神様だぜ?」的な気分だったが、これはいつかリベンジせねばなるまい。
「くっそぉ、あの黒人め……」
「やあやあジェイドじゃないカ」
口に出してしまった愚痴を若干恥じながら振り向くと、そこには相も変わらず身長の低いアルゴが立っていた。
「オレっちに用がありそうな顔をしているじゃないカ」
「んな顔があるか。ってかそれ俺のセリフだよ。いま絶対待ち伏せてたよな」
「ナハハ、察しろよそこハ。オレっちの方からジェイドのところに出向くなんて気が引けるだろウ?」
気が引ける、のだろうか。ヒスイにも言われたが、この世界では俺に善意をはたらいたり素直にお礼をしたりするとバチでも当たるのだろうか。だとしたらこの世界は残酷だ。神様とやらはいつも俺にだけ厳しい。
もっとも、お調子者の言葉を端から真に受けていたら日が暮れてしまう。適当に受け流そう。
こちらとしてもコルを先払いしている。早いところ情報を渡してもらわなければ困る。
「とまー冗談は置いといてダ。ホレ、これが前言っていたレベリングスポットの位置ナ。喜べ、先払いでもらった額より相場上がってるゾ」
「マジ? ラッキー。情報サンキューな」
「それはそうと、ここだけの話なんだがジェイドさんヤ。最近アーちゃんから指輪をもらうは、ヒスイから弁当作ってもらうはでウハウハなそうじゃないカ?」
「…………」
さて、と。
はてさて気を付けていたつもりだが、どこからの情報だろうか。どこから漏れたのだろうか。情報を流した奴、俺は孫の代まで恨むぞ。
「くっ……てか、どうすりゃもれるんだよ!? 誰かに見られてたのか!?」
「隠そうともオネーサンには筒抜けサ! にゃハハハッ」
がしかし、アルゴの言うことに間違いはない。
蓋を開けてみるとそれらにはムードもドラマもへったくれも無かったはず――たぶん――なのだが、確かにそんなイベントがあった。
しかしだ。念のために索敵スキルで周りを確認し、警戒したはず。もしかしたら、この《鼠》という怖い小さな悪魔は、ここいらでどこかの魔宮にでも閉じ込めておいた方がいいのではなかろうか。
そもそも、アスナとヒスイにあの深夜クエストの情報を渡したのがアルゴだと確定している今、いよいよもって目の前の女は策士かもしれない。危険だ。バトル以外に趣味を持つ連中はみんな危険だ。
俺とて一般的な勉強はできなくても、ゲームにおける発想や応用力だけは柔軟だと思っていたのだが。
「んデ、早速ここで高速レベリングに行くわけカ」
「ああいや、こっちの作業が終わってからだ」
「こっちの作業とナ?」
「とあるソードスキルが欲しくてな。まぁ、《体術》スキルって言ったほうがいいか」
俺達は会話をしながらも、さらに南を目指して歩を進め続けている。願わくばビジネスパートナーではなく、男女のデート感覚で歩きたかったが。
ただ、こんなに慌ただしくないアルゴの方が珍しい。クライアントからの依頼は一旦区切りがついたのだろうか。しかし、彼女のスケジュールを聞こうものならまた金を取られるだけなので、浮かんだ疑問は思うだけにしておこう。
そうこうしている間に、街のほぼ最南端に到着した。
「ここクエストあったっケ?」
「『偉業の塗り替え』ってクエなんだけど、アレ知らなかったのか」
「ほウ?」
そう言うアルゴが少しずつ興味を持ちだしたのか、キョロキョロしては色々聞いてくる。しかし、これを教えてくれた人物がアルゴ以外に利用しているソロの男性情報屋なんて事実を伝えたら、彼女も
「なにをすればいいんダ?」
「木の板を膝蹴りで割るっていう、ただそんだけだ。ほら、木片が置かれてるだろ? 無限に取れるから、台にセットして延々と膝蹴り。この手のやつは頭使わなくて済むから助かるぜ」
「ジェイドは頭悪いからナ」
「…………」
今のは俺のミスだ。目をつぶろう。
「んで具体的に割る枚数は1002枚なんだよ」
「せ、せン!?」
やはりというか、でたらめな数字にアルゴも驚いていた。
基本的にクエストとは、報酬の重要性によって難度が変わる。
最も低いのが消耗品。つまりアイテム報酬。
次に戦闘力に直結する技。つまり《ソードスキル》。
さらにその次は、旅の愛棒ともいえる高レアリティの武器。
最後は《スキルスロット》に追加される、ロールプレイそのものに影響を及ぼす《エクストラスキル》。それこそ2層で手に入れた《体術》スキルなどがこれにあたる。
そして上述の通り、この報酬は《ソードスキル》の分類であり、ほとんどの場合は1時間とかからずにクリアできる。
そのうえで、板を1枚割るのに数秒ほどかかるくせに、それを1000枚。どんなに集中していても1時間半ほど持っていかれる計算になるのだから、「正気か?」と思われても致し方ない。当事者でなければ俺もそう思う。
途方もなく地味という点も辛い。おそらく全力の集中力は1.5時間も続かないだろう。
「ま、まぁジェイドの勝手だけどナ。だが最後の2枚はどこから来たんダ?」
「ああこれか。この『偉人』って奴が残した記録を超えていくクエストなんだけど、最初は適当なのか1000枚。んで誰か1人クエスト受けたんだろうぜ。今は1002枚を割れば晴れて『偉人の記録』として登録されて膝蹴りスキルが手に入るって寸法だ。ああ、ちなみにいくらでも割っていいんだぜ。自分以外誰にもこれを使ってほしくないなんて意地汚い奴なら2000ぐらい割ってくかもな」
「ホエ~」
感心しつつもすでに関心はないようで、その態度には「もうやらないからいいっす」とありありと出ていた。
「まあ、メインがバトルじゃないアルゴにはわかんないかもなあ。んでもこれ便利でよ、体操でいう『伸脚』ってあるだろ? 下半身でそれ作ればプレモーション認定されるみたいだから、俺としてはぜひ持っときたいスキルなんだよ」
「ニャルホド。両手が塞がる、しかも踏み込み体勢が自然と伸脚状態を作る重量級武器使いにとっては、穴埋めスキルとしてもってこいというわけカ」
「そそ。ごめーとう」
ソードスキルの数が限りなく無限に近い有限数を誇る限り、それらの技の獲得条件や発動のための
例えば件の《体術》スキルについて。最初期に貰える《閃打》というパンチ技は簡単に言うとただのジャブ。予備動作も単調で、左右どちらかの腕を折り畳んで拳を肩の前辺りで構えれば完成だ。威力もリーチも弱い単発技だし、極端な話『腕1本』があれば発動はできる。
他にも、大剣技である空中回転斬り《レヴォルド・パクト》なら、数メートル以上ジャンプできる脚力か、空中にいること。
あるいは、片手剣基本突進技《レイジスパイク》なら一定以上の助走など。本当に様々である。
ちなみに、
そして今回の飛び膝蹴り。子供でも知っている伸脚体操の構えで技の発動ができて、上半身の形は動きに障害が出ない程度で限定されていない。両手武器を扱うプレイヤーにとって非常に都合がいい。
しかしここまで考えたところで、俺の鼓膜が小さい金属音を拾った。
「アルゴ、シッ……こっちだ」
「どうしたんダ?」
手を握ってダッシュ、なんて大胆なことはせずに、先に身を潜めて手でジェスチャーを送るとすぐにアルゴも隠れる。
しばらくして見えてきたのは……、
「あいつら軍の連中カ? よく気が付いたナ」
「軍が好んで着る
「……いや、気持ちはわかるけどサ。聴音って言ってもアレ耳を澄ましてるだけだゾ?」
アルゴが呆れたように言うが、これには残念ながら強く反論せざるを得ない。
「ちげーよ。《聴音》つーのは耳を澄まし、音を拾い、んでもって蓄えた知識で視野外のオブジェクト種類を特定する技術のことだ。まるで違うっつーの」
「……好きだナ。システム外スキル……」
しまった。力説しすぎてもっと呆れられてしまった。
さておき、どうやら軍の集団も方向を変え始めてくれたようだ。
「はァ、なんだか軍に怯えて暮らすのもやだナ」
「しゃあねぇって。バカでかくなりすぎて最近大暴れだからな」
《ギルドMTD》と融合することで参加人数が4桁にまで膨れ上がった《アインクラッド解放隊》、通称《軍》。
『大暴れ』なんて表現を使ったものの、プレイヤーへ暴力を振るうといったことではないが、
3日で通過した22層はともかく、なんと23層と24層を合わせて11日でクリアしてしまった俺達なのだが、その成果のウェイトは《軍》の存在が大きい。
この速度は驚異的の一言に尽きる。各層には広いフィールドと、前層に湧出するものも含むが数十種のモンスター、さらには10階以上の迷宮区と平均30種類以上のサブクエストが用意されている。村や街だって1つではない。これらの網羅をたった11日で2度もやって退けたのだ。
そうこうあって、おそらく今日にもマッピングされ尽くされるだろう迷宮区にも、この軍の連中が我が物顔でたくさん
その強さの源は大集団による物量至上戦闘である。数にものを言わせ、敵に行動される前に押し潰す。作戦もへったくれもあったものではないが、それゆえに対処されようがない。ボス戦すらあっという間に終わった理由としては、やはり軍の波状攻撃が大きい。
そして目に見えてわかりやすかったのは、軍が自分達の陣営のみからボス戦における《レイド》を立ち上げてしまったことだろう。
そう、23層と24層は共に2レイドである96人で狩りに向かっていて、その半分が軍という例層にない状況となっている。
ここ最近《軍》というだけでかなりの幅を利かせている理由がこれである。俺達が隠れた理由は、この想像以上にウザい自慢と絡みを避けるためだった。
「もう行ったみたいだ。つっても、明日にも始まるボス戦はやっぱ2レイドで攻めるらしいな」
「そうだナ。でも味方の体力総量が増えることには違いないシ」
「ああ、協力し合えば攻略は早くなる。ヒスイの受け売りだけど、やっぱ軍に文句をつけるのは同じ攻略組としてお門違いだしな。だから残りのギルドも黙認してんだろうよ」
連中のでかい態度は、少なくとも不測の事態が起こるまで続くはずである。だとすれば、今のうちにでも慣れておくのも世渡り処世術というやつだろう。
「じゃあオレっちはこの辺で失礼するヨ」
「ああ、俺もクエ終わらせて明日の準備したらさっさとオネンネだ。いつかの時みたいに寝坊したかねぇからな」
それを最後に俺達は別れた。
それにしても……、
「(4分の1地点か……)」
発音が良すぎて不気味だったが、先ほどの店でエギルはここのことを『クォーター・ポイント』と言っていた。
クォーター・ポイント。
響きはいい。ただし、区切りではない。俺達プレイヤーにとって区切りがあるとすれば、そこは100層を指すのだから。
「(次も、その次の奴も、速攻で殺す……)」
おそらく次層か、もしくはその次の層で俺達はあの日からちょうど7ヶ月を迎える。サバイバルゲームに変貌したこの世界において、今後もこの攻略速度を維持することはまず不可能だ。レベルアップ効率すら格段に落ちることも予測される。
終いにはボス部屋へ行くだけで半月、なんてことも考えうる。
「(だけど俺は生き残る。時間がかかっても何が起こっても絶対、茅場にざまぁみろって言ってやる!)」
翌日、予想違わずアインクラッド第25層ボス攻略会議が開かれた。
残るプレイヤーは4分の3。残る階層も4分の3。
だが血塗られた殺し合いは、2500人という死者を出そうとも、止めるわけにはいかないのだった。