SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第27話 再生の王

 西暦2023年5月22日、浮遊城第25層。

 

 勢い勇んで主街区を出発したはいいが、当然迷宮区の総面積は広い。いやさ、そもそも迷宮区の入り口までが長い。広大なフィールドというのは過ぎた表現ではなく広大なのだ。

 踏みしめる大地や吸い込む空気、見上げると異種鳥や見慣れない天蓋(てんがい)付きの空が広がり、身長すら越える多様な植物が生え、図鑑にはない虫が飛び、数分も歩けばモンスターがあちこちで跋扈(ばっこ)している。まるで子供の頃から憧れていたファンタジー世界への参戦を果たしたかのような錯覚。

 しかし俺達は、剣を掲げて命を賭けた殺し合いをしなければならない。

 こんなことまでは望んでいなかった。生まれの環境を言い訳にしてなんの努力もしてこなかった俺が、少しだけ高望みな夢を願ったからどこかの神様が怒ったのだろうか。

 現実に死んでしまうロールプレイングゲーム。そう考えると、本当は錯覚ですらないのかもしれない。

 だが、共に危険極まる戦場を駆けるこのプレイヤー達は、そんな幻想をあらゆる意味で打ち壊すために集った。戦いにも慣れ、そこらのモンスターなんて会話混じりに倒すことができる。

 そんなフィールドを、これまた長い列で100人近くの人間がたらたらと歩くわけだから、当然雑談が混ざってしまうものである。喧々囂々(けんけんそうそう)とした中で若干声を大きくして俺達もだべっていた。

 

「今回のボスは強いって噂よね? NPCの会話イベントしか判断材料がないけど」

「ああそうだな、何つっても技が多彩過ぎる。思い出したかねぇだろうけど、10層ん時のあいつらは相当キツかったし。まあでも21層よりは弱いだろ。21層よりはな」

「ジェイド、自慢はいいって。強いのは10の倍数層だろ。にしても1段毎に新しい技の追加か、あんまし想像したかねぇな〜」

 

 クラインめ、余計なことを。

 なんて具合に、迷宮区にはさしかかったとは言え、まだ2、30分はこの緊張感のない歩行が続くだろう。

 それにしても歩き辛い。前層の攻略も100人近い人数だったが、これほど歩きにくくはなかった気がする。

 

「そういや今回の不参加もそうだけど、最近キリトに会ってねぇな。聞けばジェイドも知り合いだったみてぇじゃねぇか」

「ああ。つうか、クラインと初めて会った時からお互いキリトのことだけは知ってたんだな。あいつのセンスだけはこっそり認めてたりしてるんだけど、生意気なセリフが聞けないのが物足りなくてさ~」

「そいつぁわかるぜ。ツベコベ言えないのはわかってるけどよ、なんだが攻略にも参加しなくなると競争する機会もな。いや、あいつのことだ。もうオレのことは……」

「……恋バナ?」

『違うよ』

「そのわりには、ちょっとキケンな匂いがするんだけど……」

 

 ヒスイが口を挟むがそいつは大いに勘ぐり過ぎだ。男の友情魂。強敵手との再会。それを待ちわびた熱い語り合いなのだが、理解できないのだろうか。この際、相手が俺のことを好敵手と思っているかは別の話である。

 そこでクラインが「冗談はさておいてよ」と仕切り直したところで、ようやく攻略隊はその末端部分まで迷宮区へ進入する。

 そして一旦言葉が途切れたがまたクラインが話し出した。

 

「オレらここ来る前に『撤退の成功率』の話をしてたろ?」

「ええ。転移結晶が起動したら、1、2秒だけをノーダメで凌げばほぼ確実に安全圏へ飛べるわよね。他にもいろんなアイテムとか……」

「そこで思ったんだが、撤退戦のくだりってスキップしてたよな? 結局どうすんだっけ?」

「そりゃあ、どうもしねーよ」

「は……?」

「だから、する気ないんよ。撤退を」

 

 クラインの疑問に俺が即答する。

 

「しないって、そんな……」

「いいか? 言っちゃあなんだけど、2レイドっつうハンパじゃない数が集まってるんだ。討伐はヌルくなるわけで、逆に厳しくなるのがその撤退とやらだ。なぜかって言うと……」

「人数が多すぎて身動きが取れなくなるからか?」

「それも1つ。けど、そんだけじゃないぜ。96人集めておいて勝てなかったとしよう。その場合……以降は全部、『最低でも2レイドで攻めなくては』っつー発想が生まれちまうんだ」

「あ~確かに」

 

 クラインが顎に手を当てながら、少し納得したように首を縦に振る。

 しかし話はまだ終わっていない。

 

「もっち、それはレベルのアベレージ低下が原因だし、なにより集団サイミンみたいなもんだ。このゲームは1レイドでもマージンさえしっかり取っていれば被害なしで勝てる。時間がたてばそのうちみんな気付くだろうさ」

「けれど……バブルと同じってわけね。弾けるまでは下を見ずに突き進む」

「そそ。この超スーパー攻略ペースはいつか終わるだろうけど、たぶんギルマスすら抑えがつかなくなってんだよ。メンバーが自信満々だからこそ危険を承知で、ってワケ」

「真面目な話に悪いんだけど、超とスーパーって意味被ってない?」

『…………』

 

 コホン、と咳払いを1つ。

 

「ま、まぁ撤退もいつかはするだろうな。ただし、それはバブルとやらが弾ける時だ。少なくとも今は大見得切ってる手前、《軍》に撤退の二文字はない」

「珍しく筋が通ってるわね。あたしとしたことが感心しちゃったわ」

「ほめるなら素直に頼む。短いセリフに2回も余計な副詞がついてんぞ」

 

 ――それともなにか、この世界の女は余計な言葉で前置きしないと誉めることもできないのか。

 

「まあ何にせよ、オレ達下々民が危ねぇ橋渡らされてることには変わりないのか」

「残念ながらな。でも、俺らもヤバくやったらガッツリ軍を頼ればいいさ。喜んでタゲ取ってくれると思うぜ?」

 

 先頭の奴らがあらかたモンスターをお掃除してくれたおかげで、俺達はほとんど歩いているだけでボスの部屋へ到着してしまった。

 さて、いよいよ本番だ。

 一応レイド1のリーダーだからか、リンドが集団の前に立った。

 

「皆聞いてくれ! 俺達は今、あらゆる面で最高潮にいる! このまま偵察なしでボス部屋へ突入するが……結果は変わらない! 絶対に勝とうぜッ!!」

『おおぉおおおおおおおおッ!!』

 

 リンドの鼓舞に応えるように剣光帽影(けんこうぼうえい)とした声が響き渡り、それを聞きつけて襲ってくるモンスターを同情するほど大人数で串刺しにしながら、攻略隊はドでかい門を潜った。

 異常な広さだ。

 そして明かりの点灯と共に見えてくる。

 2層の真ボス以来とも言える巨躯を誇る巨人が、祭壇のようになっているボスフロア最奥部にいる。他に類を見ないほど広いボス部屋の奥には浅い階段が数段存在し、その最上部で椅子に座っている異形が姿を現す。

 (わに)彷彿(ほうふつ)とさせる顔と浅黒い肌を持ち、細部に装飾が施された金色の防具。1番特徴的なのは、胸に掛けられたツタンカーメンを思わせる大人1人分ほどの大きさの仮面だろう。

 首から先が分岐し双頭を持つそいつは、静かにプレイヤー達を睥睨(へいげい)していた。

 左右に3体ずつ控えるアポピスのような銅像達も、開戦と共に間違いなく動き出すはずだ。取り巻きすら並みのボスに迫る大きさで、手に持つ武器は両手用長槍(ツーハンドポールランス)。ピラミッドの地下に眠る王様でも護っていそうな姿形と、こちらも何らかの動物を象った頭部をしていた。

 

「来るぞッ!」

 

 攻略隊の誰かが叫んだ。直後にボスは脇に供えられた壁面装飾のような大剣の柄を右手で、長柄ハンマーの柄を左手で掴む。

 8メートル近い巨体もさることながら、奴が立ち上がるとまだ鞘に収まっているのではと疑うほど厚い大剣と、ハルバードじみたハンマーが目立つ。両の鉄槌よりその中央から長柄の延長線上に突き抜けている槍のような先端も特徴的だ。刺突攻撃との使い分けと推測するが、遠目に見ると十字架のような形をしている。それがハルバードに酷似する理由だろうか。

 

『『グオオオオオオオオオッッ!!』』

 

 2つの口から野太い咆哮を上げると、ボスがHPゲージを5段で表示しつつ名前が判明した。その名も《リヴァイヴァルファラオ・ザ・ペアギルティ》。脇に控える6体の取り巻き、《ラディカルガーディアン》もHPゲージを1段で表示している。

 しかし視覚的な恐怖など散々体験してきたのが攻略組と言うものだ。

 だから奴を見てもこう宣言できる。

 

「攻略開始! 全員突撃ぃッ!!」

 

 その言葉を境にガラスも割れそうな程の怒声が渦のように混ざり合い、フロア全体を震え上がらせた。

 俺はヒスイとは同じだがクラインとは別の隊にいる。しかし、この戦いに参加した時点でパーティメンバーが誰だろうと関係ない。背中を任され背中を任す、それだけだ。

 

「(つってもまだ待機だけどな……)」

 

 1度に相手する敵の数が比較的多いとは言え、いくら何でも100人同時に攻めるわけにはいかない。俺達レイド1のE隊はまだ待機だ。

 今回のレイド内容については、分割しやすかったのか珍しく6隊に分けられ、1隊につき8人構成。レイド1と2のアルファベット後半のD、E、F隊はボスと直接対決。前半のA、B、C隊は取り巻きを引き付け、ボスのHPゲージを2本削ったところで随時交代して今度は俺達が取り巻きを相手取るという寸法だ。

 レイド1のA、B隊は主に聖龍連合メンバーでC、D、E隊が小ギルドとソロ。F隊がアスナ、ヒースクリフを含む血盟騎士団で構成されている。

 レイド2は主に軍で構成されていてA、B隊は精鋭部隊。Cは勧誘で集めた有象無象だが、ここのスペックは高い遊撃隊。残りは本当に軍の『残り』。

 そして俺はレイド1のE隊隊員ポジションで、しばらくはボス担当だが人数の関係上まだ待機というわけだ。

 

「どんどん来てるぞ! 下がらず回り込め!」

「アホか、慌てんな! 連撃ならバクステだろうッ、すぐ距離を空けろ!」

「くそっ! ナミングがウザい!」

「カットできる奴いるか! 前に出て被弾者を庇え!」

「遠距離系はほとんど利いてねぇぞッ!?」

 

 待っているのももどかしいほど、前線の奴らがひっきりなしに叫んでいた。

 俺もただ突っ立っているわけにはいかない。今も戦闘中のボスの動きは逐一逃がさず視野に納め、その動きを脳内に焼き付けている。ただ、パターンが実に多彩で腹が立つ。

 

「(ストンプ……フレイムかポイズンブレス……ハンマーのナミングには黄色の、ストンプがナミングを使う時はオレンジ。ディレイを起こしたら3秒……大剣にデバフはないけどソードスキルが複数……顔が2つあるから視野は広いし、おまけに不意打ちやら壁伝いの立体起動やらも見切ってくる。死角を取っても振り返って斬り払い……ええっと、順番は……)」

 

 しかし悲しきかな、あいさつ程度の英単語すら覚えられないバカには限界が訪れる。しかし何もボスの行動パターンが覚えきれないのは俺だけではなく、ここにいる奴ほとんど全員に言えることだった。

 それを証明する苦悩が声となってフロアに響く。

 

「こいつ、デタラメだ! スクランブルでもかけてるのかよっ!?」

「全然読めないぞ! 似た構えから出る技が多すぎるんだッ! 安易な『先読み』を使うな!」

「技見てから動け! ああッ!? 無理でもやるんだよ!!」

 

 技を見てから回避か防御。これらの行為は初心者にありがちな『遅すぎる判断』だ。

 だがこのボスに関しては致し方なかった。《両手剣》スキルがざっと数えて遠距離用単発と四連撃の2つ、《鉄槌》スキルの叩きつけは2層のミノタウロスが使っていた《ナミング・インパクト》。1度目は《行動不能(スタン)》、2度連続ヒットで《麻痺(パラライズ)》のデバフを与える技だ。しかもこの技は踏み付け(ストンプ)でもたまに付随してくる。

 そして最も回避の難しい特殊攻撃が、右頭の《フレイムブレス》と左頭の《ポイズンブレス》だ。ブレス攻撃では共に有効範囲がトップ2に位置し、フレイムに至ってはブレス中最高攻撃力すら叩き出す。

 頭が2つもあるためか、プレイヤーの動きを見て『考えて』行動している。普通は正面、側面、背面の敵の数とその位置構成。ディレイタイム終了直後や俺達の体力残量、ワンパターン戦法をされないための特殊なループ脱却対策。こういった動きをある程度決まった流れの中で行うはずのボスが、まるで臨機応変で柔軟な思考を持つ人間の様な対応力を持っているのだ。

 HPゲージ1本に込められた体力量も相当多く、非常に堅い。それに引けを取らないアクティブな攻撃手段と質の高さ。

 

「くっ、もういいD隊は引け! E隊がスイッチで前にでる!」

 

 命令権もないのに咄嗟(とっさ)に叫んでしまったが、一応E隊のパーティリーダーに「いいよな」と念を押すと頷き返してくれた。

 予想外に敵のHPを削るより早く、プレイヤー側のそれが一刻を争うスピードで削られているのだ。俺達の方が利権争いをしている場合ではない。

 

「助かる! けどすまねぇ、オレらであんま削れんかった!」

「マジで気をつけろ! こいつ筋力値もハンパねぇぞッ!」

 

 そう助言をくれた背の低い少年は、厚い盾を装備した重武装タンカーだった。数値的な体力も攻撃重視のビルドに偏った俺よりはるかに獲得しているはずだというのに、すでにゲージが半減している。

 

「(相当キツいなこりゃ……)……行くぞヒスイ!」

「ええ!」

 

 だがここで文句を言っても始まらない。俺達E隊は号令通り前に出て、一足早くスイッチしていたレイド2側のプレイヤー達と共にタゲ取りを任された。

 間近で確認すると、俺の両手剣なんぞ投擲用ダガーに見えてくるほどぶ厚い大剣だ。当然それを振り回す奴の腕は人の胴ほど逞しい。

 俺もビビっているだけではない。首がそっぽを向いた一瞬の隙を見つけ出すと、そのまま懐に潜り込んで中級単発下段斬り《トラップ・フォール》を発動した。

 右肩にかけた自慢の得物が光芒(こうぼう)をまき散らし、確かな手ごたえと共に敵の左ひざへ食い込んだ。

 しかし、これが何の足崩しにもならない。そしてその情報料として、余計な大技を仕掛けたせいで、避けきれなくなった敵の大剣を自分の大剣で受け止めた。

 重圧が迫る。

 

「があぁああッ!? くっ、おっめぇ……!?」

 

 ゴッバァアアアア!! という、生身の人間が受けるにはあまりに重い衝撃と、眩しいぐらいのライトエフェクトで俺の脳が揺れるのを感じた。

 《武器防御(パリィ)》スキルの鍛錬を怠った記憶も事実もないはずなのに、俺の命は2割ほど削られている。これでは防御しているのか直撃しているのかわからない。

 やはり見ているのと実際に剣を交えるのとは違うというわけだ。しかし各プレイヤーとてただ尻込みするのではなく、戦前の勢いを多少なりとも引っ込めはしたが、それでも鬼気迫る勢いで次々と喉を震わせた。

 

「牽制以外はなるべく正面で受けるな! あと絶対に直撃は貰うなよ!」

「聖龍連合と軍のトップが取り巻き倒すまでもう少し……ッ!」

「キツいけどいける! 分担して何とか耐えろ!!」

「目を逸らしちゃダメよ! みんな相手の動きをちゃんと見て!」

 

 俺とヒスイ、そしてチームの仲間達が即席パーティとは思えない連携を見せ、攻撃の波にさらなる勢いを与えつつ足や胴に絶え間ない斬撃を与えた。

 すると目を疑う現象が起きた。

 

「色はオレンジ! 足踏みのナミングだ!」

「真下にいるやつは距離を取れ! ……いや待て!?」

「おっ、オイ!? どうなってんだ、2つ発動してるぞッ!?」

 

 初めて見る光景だった。

 奴は右脚と左手のハンマーをそれぞれ同時に輝かせ、ストンプによるナミングとハンマーによるナミングを『踏み込みながら振り下ろす』という形を作り、まったく同じタイミングでそれぞれを平行発動させていたのだ。その結果……、

 

『ぐわぁああああああッ!?』

「5人が一撃で麻痺だと!? いや、そもそも今同時に!?」

「た、助けてくれぇ! 《麻痺》で動けない!!」

「そんな……ぐ、軍の人が……!?」

「ダメだヒスイ、間に合わない! 攻撃に集中してヘイトを溜めるぞ!!」

 

 懇願(こんがん)するように助けを請う仲間達。信じられないことに、ナミングを重ねがけでくらってしまった5人のプレイヤーが一瞬で《パラライズ》状態にされてしまっていたのだ。

 俺たちはタンカーではない。レンジ外へ運ぶ時間もない。ならば、追加攻撃の対象を俺達に向けさせるのが先決。

 麻痺中は指をゆっくり動かして解毒ポーションをオブジェクト化し、さらにそれを口まで運んで飲まなければならない。飲み干してから回復まで約15秒あることを考えると、最低でも30秒間はこちらでボスの相手をすることになる。

 

『う、うわぁああああああ!?』

「くっそ、ちくしょう! 何なんだよこれッ」

「きゃああっ」

「オイとまんねぇ! 止まんねぇよこいつッ!!」

「(つえェ……マジで強ぇぞ……)」

 

 既存のボスとは、格も桁も違った。しかも俺を含むE隊も被害甚大で、援護に入っても力になれないだろう。

 背筋に冷たい何かが伝わるのを感じる。ソードスキルの連続、いや『同時』発動を目の当たりにして、討伐隊の動きはさらに悪くなっている。

 そして同時に思い出した。

 俺はこの現象(・・・・)を知っている。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 現実世界の再現度の高さ。この《ディティール・フォーカシングシステム》によって再現される超高画質とリニアな応対性を秘めた世界は、幻想と現実との隔たりを薄くし、他社の追随(ついずい)を許さない技術レベルを確立した。

 同時に、VR史上最高峰と称えられたSAOのそれは、同ジャンルの中で数々の発見と世界観を創り出してきた。

 連日購買欲をあおるよう部分的に報道するマスコミを通じ、それは爆発的な勢いで世界に知れ渡っていったのだ。

 例えばモンスターの質感。

 もっとも、精緻(せいち)すぎる作り込みは、当時の環境ではあまりにもリアルな体験を突き付けてしまい、戦闘を介しプレイヤーに原始的な恐怖を呼び起こすものであった。しかし裏を返せば、あらゆる刺激に対し緩慢になってしまったゲームアディクトにとって、フルダイブ環境下の興奮はビギナーそっちのけで多くの賞賛を得ていた。

 例えば『システム外スキル』。

 与えられる情報量を現実に近づけるほど、これは攻略過程で重要なものにもなっていく。現実でのみ通じるはずの細かいフェイントが、ゲームの相手に応用できてしまうように。

 断言できる。このゲームの完成度は世界一である。

 誉めちぎっておいて、改めて確認しよう。

 古今ゲームにはバグが存在するもので、ソードアートの世界も例外ではない。という風の噂を巷間(こうかん)で耳にした。

 初めてこの『23層迷宮区でバグが発生する』という話を聞いた時、俺より世界を熟知する情報屋に対して「それはあり得ない」と答えてしまったほどだ。

 その男の情報屋、プレイヤー名を『ミンストレル』と言って、俺が利用するアルゴとは別の情報を取り扱うソロプレイヤーでもある。

 身内贔屓(ひいき)になるが、彼もまた優秀な情報屋であった。ただ無愛想なだけで。

 別に、無愛想であることは問題ではない。低次元の話だが、むしろコミュ障が今より断然酷かった当時の俺にとって、それは非常に話しかけやすい相手とも言えた。

 そんな信用はお構いなしに、俺はその情報に反論した。このゲームを動かしているのが誰で、どういったシステムの元で運営、メンテナンスをされているのかは知らなかったし知る方法もなかったが、俺は俺の発言に自信を持っていた。認めたくはないが、あのクソ野郎……つまりゲーム制作者である茅場のプライドの高さが一流だからだ。

 そうでなければ根底が覆る。

 人の命を預かる上で、奴はまるで最低限のマナーを果たすようにこの世界を洗練させていたのだ。

 しかし最前線が24層へと移動して3日。俺はそこでもまた『23層のバグ』の話を小耳に挟んだ。

 何度も浮上する疑惑。だからといって構想を覆すわけではなかったが、拭いきれない胸騒ぎはした。なぜなら、ずっと後になってから、忘却していた過去の流言(りゅうげん)を思い出してしまったからだ。

 23層に入ってからではない。あれは確か前線がまだ5層の頃の話だった。5ヶ月以上も前に、俺はあるカップルが『鉱石が無限湧き』するバグを見つけ、それをバグ利用(グリッチ)して防具を作成したらしい話を聞いたことがあった。

 ぶっちゃけ、当時は鼻で笑い、これっぽっちも信じなかった。だが万が一ということもありうるし、ゆえに記憶の片隅にいた。そんな生産的なバグが発生するなら、ぜひ活用したいとも思った。

 そこで俺は再びミンストレルと面会すると、改めて相応のコルを払って詳しい情報を聞いたのだった。

 バグを起こすと言われる件のモンスター名は《ケルベロッサー》。2足歩行ユニットとしては、視野を得る利点より重心のふらつきによる欠点の方が目立つ、ひたすら毛深いだけの双頭獣人型モンスターだ。

 奴はたまにいる『プレイヤーと武器を共有するMoB』としても有名で、《武器奪い(スナッチアーム)》系の技も持っている。両腕に装備していた《リトル・ソルジャー》と言う片手用短槍も何層か前の主街区に売っていたものだ。

 2本の槍を持っているとは言っても、2本とも活用したソードスキルを発動できるわけではない。脳を2つ持っている《ケルベロッサー》は恐らく利き腕が両方に設定されているのだろうが、3種類のソードスキルは左右どちらか一方でしか発動できなかったし、発動する度にきちんとディレイタイムも存在していて、スキルを繋いで隙を減らすなんてマネもできなかった。

 がしかし。本当にごくたまにだが、奴は《槍》系と《細剣》の専用ソードスキル、初級単発突き《リニアー》を2本同時に発動してくるというのだ。

 《リニアー》程度なら脅威とも言えないが、問題はやはり『2本同時』の部分だろう。

 一応、《リニアー》の動きは左右で構えても、互いの攻撃モーションを阻害しない。けれど同時発動できる理由にはならない。

 反例として《体術》スキルのジャブ攻撃、初級単発拳《閃打》を思い出してみる。

 両手でモーションを組んで試してみたが、なんとこれは同時発動ができなかった。毎度、利き腕が優先して反応する。

 つまり、互いに動きに影響が出ない技でも『同時』に発動することは不可能。人の脳が「発動させたい」と信号を送信した方のスキルが発動してしまうのだ。

 ようするにナーヴギアは脳の信号パルスを余すことなく電気的なものに換え、データ上で区別し、ズルをきちんと防いでいるということが証明された。

 ではなぜ、《リニアー》は同時に発動されたのか。

 そこで浮上した原因は『2つ以上の思考回路』である。もとよりレアモンスターであり、目撃談すら少ない《ケルベロッサー》のさらなる小さな誤差。しかしそれを突き止めようとした酔狂(すいきょう)な小ギルドが、2度目のその現象を見た時確信に迫ったそうだ。

 さながら『脳』がリンクし、別々の信号を流せる循環機関を持つモンスター。

 そんな彼らにのみ許された専用技法。『脳を2つ以上有する』モンスターが『互いのスキルが邪魔をしない』という一定の条件を満たした場合にのみ与えられるシステム外スキル。そう結論づけられ、これを発見したギルドが命名していた。

 その名も《平行発動(パラレルオープン)》と。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 すなわち、これは『モンスター専用システム外スキル』が誕生した瞬間だった。そして俺は今、この現象を確信と絶望の眼差しで網膜に映している。

 

『『グオオォオオオオオオオオオオッ!!』』

 

 2頭の怪物の(たけ)りと、新たな戦闘技法。

 フロアボス攻略活動開始から7分。ボスはその圧倒的な膂力(りょりょく)でプレイヤーをねじ伏せていた。

 戦局の序章は、ペアギルティの独壇場と化した状態で進んでいくのだった。

 

 


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