SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第29話 飽くなき絶望

 西暦2023年5月22日、浮遊城第25層。

 

 早すぎる死者。時間にして30分は戦い続けているが、討伐の進捗は3分の1程度だろう。

 止められなかった。こんなにも早く、2人のハイランカーの命を掠め取っていくとは思っていなかったからだ。

 いや、これは言い訳なのかもしれない。俺があの時、追い詰められた数秒間に恐怖でボスから背を向けなければ、もしかしたら防げていたかもしれない事態なのだ。

 

「(おい……オイでも、こりゃねェだろ……)」

 

 冷や汗と鳥肌。矛盾するような、場違いな臨場感。この石畳のフロアも、剣を握りしめ敵と対峙していることも、《リヴァイヴァルファラオ・ザ・ペアギルティ》が起こした目の前の悲劇も、何もかもがどこか遠くで起きた夢のような感覚だ。

 そうであってほしい。

 だが、これが現実だ。逃げても状況は好転しない。それに2人目のプレイヤーは、現実から目を背けたからこそ死んだようなもの。

 今もリンドやヒースクリフが戦線を立て直そうと必死に指示を飛ばしている。各プレイヤーも同様だ。怒りを力に変えることが最善の手だと理解している。ゆえに、彼らの死に対して悲嘆に暮れている場合ではない。

 ――呆けてる場合じゃない!

 

「クソッ、ヒスイ! 俺は軍の奴らと合流して一旦引かせてくる! 本隊がガーディアン倒すまで持ち堪えてくれ!」

「わ、わかったわ!」

 

 俺は走ってレイド2部隊のところに行くと、放心状態の奴らを首根っこ掴んででも強引に前線外へ引きずり出した。

 意図的に遮断されていたそいつの感情に、声による渇を無理矢理叩き込む。

 

「しっかりしろ! これ以上失う気か!!」

「おっ、お前に何が……ッ!! 友達だったんだ、あいつは!!」

「だったらなおさら剣を取れ! 考えて動けッ、今度は自分がそうなるぞッ!!」

 

 ボス戦は初参加なのかもしれない。いや、そうでなくとも、死者の目撃はきっと初めてだろう。

 彼らは人数差による圧倒的な勝利を信じてやまなかった。手順の途中でメンバーの誰かがミスをしても、適当にローテしていれば勝手に解決される。なんて、作戦と呼ぶにはあまりにも粗末な対処法だったが、事実それができていた。

 だからこそ俺は、それが愚の骨頂だと言っているのだ。討伐隊全体を危険にさらす行為だと。

 

「だ、だってよぉ、こんなことに……くっ……なる、なんて聞いてない……ッ!!」

 

 とそこで、泣きべそをかく男の小隊長らしき人物がようやく駆け寄ってきた。

 

「キミ、俺からもいいか。……よく聞いてくれ。気持ちはわかる。けど彼の言っていることは正しい。愚図をこねている暇はないぞ! まずはボスを倒す。動くことを止めたら君も終わりだッ!!」

「……わ、わかった。わかったよ……すまねぇ……」

 

 我らがE隊の小隊長も助け船を出すと、何とか絞り出された声からは少しだけ立ち向かう意志が感じられた。

 

「(上々だ。俺より立ち直んの早ぇよあんた……)……ヒスイ、そっちは!?」

「聖龍連合も援護に来てくれてる! 取り巻きと交代の準備しておいて!」

 

 取り巻きのタゲ取りに移ると言うことは、もうボスの《ポイズンブレス》に怯えて解毒ポーションを構えておく可能性がなくなったということだ。

 ボスは斬撃(スラッシュ)属性の大剣、打撃(ブラント)属性のハンマー、そしてハンマーの先端部は刺突(スラスト)属性を持っていて、デバフアタックも豊富。だが、取り巻きのガーディアンは貫通(ピアース)属性の槍しか武器がない。《ポイズンブレス》の毒、並びにデバフ攻撃による《バッドステータス》への脅威は薄まる。

 ヒスイはそのことを念頭に置けと言っているのだろう。

 

「あんたらレイド2だったよな。軍の本隊もそのうち来てくれる。それまで頑張れるな?」

「あ、ああ。……できる」

「よし、そのいきだ! ……やるぞクライン、聞こえたな! もうすぐ交代だ!」

「おう! オレらD隊にも指示は飛ばしてある!」

 

 すれ違い様に戦意の残るクライン達ともう1度だけ確認し合うと、俺はもうボスを注視していた。

 主戦力の参戦で後衛が主流となっているが、それでも俺はピックを《投剣》スキルの《アンダーシュート》で打ち出し、弱点部位に命中させた。

 下投げゆえに円弧を描くので速度は出ないが命中はさせやすい。もちろんダメージなど微々たるものだが。

 

「死んだ仲間のことは数えるな! 悔しかったらこいつを殺せッ!」

「我らが軍の力を見せてやれ!!」

『うおおぉおおおっ!』

 

 いくら技が多彩で強力なボスとは言え、物量攻撃に入ると体力の消費は目に見えて違いを感じた。

 ボスのHPゲージ2本目も瞬く間に赤く染まっている。

 

「待ってんかぁ! 取り巻き出す前にダメージ受けた奴は回復しとけや!」

「もうすぐ2段目を飛ばせる! 本隊はこれより連続でボス戦に入る! その前に各レイドのD、E、F隊はボスのタゲを取れ!」

 

 キバオウ、リンドもさすがに手慣れた猛者で、的確な指示を各パーティメンバーに飛ばしている。

 ボスの相手をしていた俺やクライン達の隊がしばらく時間稼ぎをして、頃合いを見てとうとうボスのHPゲージ2段目を消し去ることに成功した。

 

「守りを固めろ!」

「全パーティスイッチ!!」

「攻撃パターンの追加に気をつけろ!」

「ブレス同時にくるぞ! 回避が早すぎてもダメだッ、よく見ろ!」

「先に解毒飲んでる奴は構わず右に回り込め!!」

 

 怒号が飛び交う。

 双頭がそれぞれ息を吸い込む。ブレス攻撃は『ソードスキル』ではないため、頭が2つある以上、同時攻撃はたまにあることだ。それについては攻略隊も何の心配も動揺もない。

 しかし……、

 

『『ゴアアァァアアアアッッ!!』』

 

 全身がビリビリと振動すると、萎縮してしまうほどの電撃が走る。予想違わず吹き出された魔法攻撃は凄まじい音とエネルギーで有力ギルド達を襲った。

 視界が閃光で埋まる。

 そして攻略隊が目にしたものは、先ほどまでとまるで違う攻撃内容だった。

 

「バカなッ! どうなっている!?」

「フレイムじゃないッ! これは《サンダー》ブレスか!?」

「うわあぁあっ!? 何だッ、なンだよ!? 動けない!!」

「左もブレスが違うぞ!? く、クソッタレが! 何がどうなってんだよこりゃあッ」

「知るかよッ! く……っ!? 次の攻撃来るぞ!」

 

 信じられないことにボスは双頭のブレス内容を《フレイム》は《サンダー》へ、《ポイズン》は《アイス》へと攻撃方法を根本から変えてきたのだ。

 最も厄介な同モーションの攻撃変化。

 このせいで、解毒ポーションによるデバフ無効を前提に動いていた軍の連中は軒並みデバフ《氷結(フリーズ)》状態になり、回避タイミングがまるで違う最速スピードブレスの直撃を受けた聖龍連合の連中は《麻痺(パラライズ)》状態に陥っていた。

 細かい部分で違いはあるが、この2つの阻害効果に共通して言えることは、それぞれ身動きがとれなくなるデバフだと言うことだ。

 

「やべぇぞ、おいっ……ッ!!」

 

 ペアギルティが右手を左の腰にまで構え、背中に大剣を担いでいる。

 そのまま剣色を深緑色へ。次の瞬間、ボスが吠えた。

 咆哮はハウリングのように共鳴し鼓膜を振動させる。

 一喝と共に両手剣用二段斬り払い技《アークトラップ・フォール》を腰溜から一発、さらに俺が常習的に使用している《トラップ・フォール》のモーションを返しの刃で一発。これを目の前で固まるプレイヤー達に振り下ろしていた。

 ボスにとっては『下段斬り払い』でも身長差のあるプレイヤーにとっては違う。ズバァアアアアアアア!! という残響がうるさいほどの振動を携えて襲いかかると、攻略隊メンバーが宙を舞った。

 

「ぐあァあああああああっ!?」

「ふざっ、ふざッけんなや! なんやこれ!!」

「一時後退! 一旦引けぇ!!」

「駄目です! ガーディアンはもうリポップしています! 今我々が引いたら挟み撃ちに!」

 

 追撃は終焉を見ない。人々が震撼(しんかん)した。

 

『『グルアアァアアアアアアッ!!』』

 

 平行発動(パラレルオープン)で《アークトラップ・フォール》と同時に発動していたハンマーによる《ハイパーナミング・インパクト》が続けてプレイヤーを襲う。

 地震に近い包括的な揺れがフロアを襲った。

 背中を這う焦燥感。しかし、俺達は取り巻きの《ラディカルガーディアン》を相手にしているため援護にもいけない。いや、ガーディアン共を足止めすることが唯一の援護方法になっているのだ。

 だが隣で剣を振るう女には我慢しきれなかったのだろう。小隊編列から外れ、単騎で飛び出すのが見えた。

 

「く、見てられない!」

「おい待て!? ヒスイ!!」

 

 あろうことか、軍の本隊と聖龍連合を助けに行ったのだ。

 それを見た俺に浮かんだ感情は、はっきりとした怒りと憤りだった。

 彼女1人が助けに行ったところでたかがしれているし、この勝手な独断はE隊も巻き込む悪手となりかねない。彼女らしくもない。

 

「バッカやろっ……ぐあッ!?」

 

 ガーディアンから目を逸らした隙に、どてっ腹に《ラディカルガーディアン》の槍の直撃を受けてしまう。結果、俺は投げるようにして飛んできた細い槍に腹部を貫通されていた。

 しかも吹き飛ばされて仰向けに倒れた俺が見たのは、上下が逆転した世界でヒスイがボスに殴り飛ばされているシーンと、さらに軍の奴らがボスに斬られまくっている場面だった。

 

「くっそ……ちくしょう……ッ」

 

 (さや)に収まっているようにしか見えない分厚い大剣が、歴戦の戦士であるはずの討伐隊を羽虫のように追い払う。

 助けたいと思うものが、全て両手をすり抜けで零れていく。救えど、(すく)えど、溢れるものが液体のようにせき止められず、後から止め処なく床を血で濡らしていく。

 これ以上失いたくない。これ以上無くしたくない。無慈悲な神はこんなちっぽけな願いも叶えてくれないのだろうか。

 いや……、

 

「(いや違う……ッ!!)」

 

 怒りに身を任せたまま鬱血(うっけつ)するほど拳を握りしめてそう思う。

 そうだ。この世界に神がいるとすれば、それはSAOを運営するシステムであり茅場晶彦その人である。

 奴に頼っても何も成し遂げられない。俺は自分にできることを、決められたルールの中で、そして実力から(つむ)がなければならない。

 へばっている場合ではない。寝ている場合では……、

 

「ねぇぞ、クッソがァあああッ!!」

 

 恐怖を絶叫で吹き飛ばすと、腹に刺さったまま俺に貫通継続ダメージを負わせ続ける槍をズブリと抜き取る。

 左手でそれを投げ捨てた後は、新たな槍を構えているガーディアンめがけて全力で走った。

 靴底から返る圧力。俺の特攻に遅れて気付いたガーディアンはなけなしの反撃をするが、ほとんど点に見えた槍の切っ先は、首を少しだけ左に傾けてギリギリ躱す。

 ガシュッ!! と耳に鋭い痛みが走るが、神経を集中させて無視した。

 

「らあァあああああっ!!」

 

 ゼロ距離で体の重心を左に傾けると、動物を象った顔面に、殴りつけるような両手剣をお見舞いする。

 ゴガンッ!! という金属音をほとんど聞くことなく、返しで腰に一撃。顔をめがけて放たれた敵の薙払いは屈んで躱し、そこへ中級単発下段斬り《トラップ・フォール》を発動して足に命中させると、奴は上下をひっくり返されたように頭から地面に叩きつけられた。

 まだ終わらない。俺が敵を転倒(タンブル)状態にさせると、そいつの槍を蹴り飛ばして狂ったように大剣を振り降ろす。

 

「あぁあああああァアアッ!!」

 

 最後の方はほとんど裏返った声を上げながら獣のように弱点部位へ絶え間ない斬撃を浴びせた。

 ゆっくりと伸ばされた敵の腕が俺の足を捕まえる。

 だが、先行したヒスイを助けるためにも、ここで止まるわけにはいかない。

 

「死ねよ、クソがぁああああッ!」

 

 俺の足を掴み、なお立ち上がろうとするガーディアンの顎にスキル発動。《両手用大剣》専用ソードスキル、初級二連斬り上げ《ダブルラード》を二段とも命中。無理矢理俺から引き離しながら立たせる。

 そのまま下半身を『伸脚』の形にすると、後ろに構えた脚が臙脂(えんじ)色に輝き、《体術》専用ソードスキル、中級単発突進強撃《凱膝華(ガイシッカ)》を膝蹴りの要領で敵の鼻柱にめり込ませた。

 

『ギュクッ、ク……』

「(まだだッ、俺1人で消し飛ばす!!)」

 

 敵はまだ死なない。ならば、攻撃も終わらない。

 声にもならない音の塊を喉から絞り出しながら、反対側から一撃。捻転力を生かし、時計回りに今度は腕を斬り刻む。

 敵の反撃。左肩に噛みつこうにしてきた牙を、体全体を左に向けることで躱しながら腹を斬り、筋力値の許す限りの速さで刃のベクトルを逆向きにして(すね)に斬撃。

 さらに右目に左の肘打ちをくらわせて、敵左腕の掴み技の回避に成功した俺はその手首の『切断』にも成功し、よろめくガーディアンに重い両手剣で延々と首を斬り刻んだ。

 最後の気合が反響した。

 バキイィイイン! と、とうとう猛進撃に耐えかねたかのように、ガーディアンの首が部位欠損(レギオンディレクト)を起こした。

 『首』か『胴』は基本的には欠損しない。する時とはすなわち、『死ぬ』時だからだ。

 

『ギュククク……!?』

 

 体力残量をゼロにした取り巻きの爆散エフェクトすら無視して、俺は後ろを振り返り状況を確認した。

 そして、よりにもよって例の分厚すぎるボスの大剣がプレイヤーの『胴』を真っ二つにしているのを見た。

 

「うわああぁぁああああっ」

「ウソっ。だろッ!? ぐ……おい、タンカーは何やってる! また人が死んだぞッ!」

「ヤバいって! こいつマジでやべぇえよ!!」

 

 本隊の《パラライズ》と《フリーズ》はもう解けている。しかし動けないデバフステータス中に散々攻撃を受けた主戦力は、傷を(いや)しきる前に敵の斬撃を浴びたのだ。

 新たな死者を出してしまった。さすがに間近で『死』を見せつけられると、スムーズに対処できるはずもない。みな戦々恐々としていた。もうどうしようもない、仲間の死に。

 ――間に合わなかった……のか。

 そんな事実だけが眼前に迫った。

 脱力感が押し寄せ、焦点が合わなくなる。俺の原動力は人の死を避けること。だから自分の限界を出したというのに。

 

「(なんっで……なんでだよ……ッ……)」

 

 沸々と湧き上がる怒りは、8メートルもの全長を持つ双頭の巨人へと向けられた。

 こいつのせいで。こいつがいたから、何の罪もない人間が犠牲になった。人殺しが、……人殺しが、……人殺しが!

 

「人殺しがあぁああッ!!」

 

 1歩を踏み出しかけた瞬間だった。

 

「少しは落ち着け、お前も体力見ろ! ったく、死にかけてるじゃないか……」

 

 首元を捕まれて強引に引き寄せられると、そこで俺は初めて自分の命が7割程消滅していることに気付いた。ガーディアンとの戦闘中にも自分が見えていなかっただけで、それ相応に邀撃(ようげき)されていたというわけだ。

 

「くっ、でも……でもっ」

「おい聞け!」

 

 泣き出す寸前だった俺の襟首を掴み上げてE隊のリーダーは額がくっつきそうなぐらい顔を近づけて俺を叱る。

 その手には回復ポーションが握られていた。

 

「飲め。まずは体力を回復しろ! ……さっきのはナイスだったよ。よく1人で倒した。だからこそ、E隊全員で助けに行くんだ。わかるだろ!!」

「……ぅ、くっ……」

 

 俺は今度もしっかりとそいつの目を見た。その射貫くような視線は、同じように怒りに満ちている。

 全てにおいて彼の言う通りだった。いま俺が後先考えずにボスに手を出していたら、『4人目』の死者リストに立候補しただけだっただろう。ここに(のこ)る者達へ、他でもない俺自身が負の感情をまき散らしに行くだけだっただろう。今までがそうだったように。

 

「すま……ねぇ……」

 

 激しい羞恥心に耐えながらそれだけ答えると、未だに震える手で彼のそれをうけとり、一気に呷ってから頭をブンブンと振る。そして「もう大丈夫」とだけ言うと、戦列を立て直して改めてボスを見据えた。

 デバフから立ち直る前に死者を出してしまった攻略メンバーも、未だに勢いがついていない。それでも取り巻き対処組の中で最速でガーディアンを倒した俺達は、準備が整い次第すぐにでも援護に向かえる状態だ。

 もう自暴自棄にはならない。命は俺だけのものではないのだ。共に背を預け合う俺達は運命共同体であり、一蓮托生(いちれんたくしょう)であらねばならないはずだ。

 体力が8割以上回復した時点で「もう心配かけねぇよ」とだけ伝え、俺は改めて敵へ振り返った。

 そして、再戦の時がきた。

 

 


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