SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第31話 攻略失敗

 西暦2023年5月22日、浮遊城第25層。

 

 2度目の取り巻き撃破。モデリングの安い、アポピス顔の銅像が砕け散った。

 ヒースクリフやアスナがいるF隊も出し惜しみをしなくなったのか、俺が《ラディカルガーディアン》にラストアタックを決めるより早い討伐速度で本隊とボスの援護へ向かっていた。

 そこには50人を越えるプレイヤーが乱立し、正確な人数など計りようもなかったが、やはり先刻の劣勢を見るに少しだけ数が減っているように思えてしまう。

 そしてそれは、まさしく事実だった。

 

「ハァ……クソ、主力隊は……ハァ……何人減った!?」

「ひ、ひいぃ……もう嫌だ……もうイヤだよ……」

「おいッ! 何人減ったか聞いてんだよ!!」

 

 俺は後ろの方で怯えて尻餅をついていた奴の正面を膝立ちで占拠すると、胸ぐらをふん捕まえて何人『死んだのか』を問いただした。

 もちろん「ゼロ」だと言ってくれることが1番望ましかったが、そいつは弱々しくも「4人だ」と答えた。

 4人。ボスのゲージはラスト1本なのに。これで、今日だけで13人ものプレイヤーがこの世界から退場したことになる。ボス戦における死者最多数などというレベルではない。今までフロアボスに殺られた『総数』すら軽く越えているのだ。

 

「ちくしょう、なんだよその数……」

 

 E隊全員の蓄積ダメージが回復しようという時に、とうとう視界に移るボスがその体力ゲージ最終段を黄色に染めた。

 あと少し。ここまできたら、本当にあと少しだ。

 

「(くっ……ここで引くわけには……)」

 

 もし撤退なんて話が出たとしよう。その場合、きっと討伐会議なんてものは2度と開かれなくなるだろう。

 事実上、それ以上の犠牲を払わなければ撤退など有り得なくなっているのだ。

 人数が増えることが、ここまでのリスクを負うことになるとは思わなかった。……いや、頭をよぎってはいたのだ。だからこそ、今までのボス討伐では高レベル1レイドで堅実な攻め方をしてきた。2レイド戦術が悪いわけではない。数を生かせぬ戦いをしたから……レイドを2つも立ち上げておいて、誰も統括できなかったからいけないのだ。

 

「(作戦はもっと緻密にテッテーさせるべきだった……)」

 

 俺は心の中で吐き捨てるが、これは結果論である。経験則から今まで通り瞬殺できると確信していたのは、他でもなくこの俺だ。そしてあの時、ボス攻略会議に参加していたプレイヤー全員の総意だった。

 しかし、俺が膝立ちのまま呆けていると、ヒスイがまたも叱咤してくる。

 

「ジェイド、止まらないで。これ以上犠牲を出さないためにも、立ち向かうのよ」

「ヒスイさんの言う通りだ。幸い、俺達の隊から死者は出ていない! しかも、ぶっつけなのにいい連携だ。なぁみんな!」

 

 リーダーが呼び掛けると「ああそうだぜ!」「オレらならやれる!」とみんなして声を揃えていた。

 恐怖を前に、彼らも必死に紡ぎ出しているはずなのに、不思議と気力が湧いてくる。

 さりとて、そうやって生まれた意志や戦意こそが重要なのである。精神的な恐怖の克服は寸分違わず実際の戦闘に影響する。

 

「よし……やれる! 俺達ならできる!」

「おうそうだ! ここまで来たら、俺らの方から軍の連中助けたろうぜ!」

「次のローテでラストアタック取るぞ! レイド1E隊! 戦闘用意!」

『おおぉぉおおおおッ!!』

 

 剣を地面にぶつけ叫ぶことで自分を鼓舞する者、切れ味を確かめるが如く盾と剣を擦り合わせて構え直す者、ただひたすら精神を研ぎ澄ませて目を瞑る者。それぞれの方法で精神の高みへと駆け上がる。

 同時にキバオウがE隊に前に出るように命令してきた。

 最後の参戦だ。

 

「全員、攻撃開始ぃッ!!」

 

 各位が自慢の愛剣を強く握り8メートルの巨人に向けて疾駆(しっく)する。

 すぐに直剣と槍の多彩な攻撃が凄まじい勢いで押し寄せるが、しかし俺達には当たらなかった。意識が恐怖に打ち勝ち、しっかりと剣筋を見切っていたからだ。

 これは非常に不思議な体験だった。このような、例えば本物の剣や槍を避けるスポーツがあったとしたら、生粋のスポーツマンでも委縮して避けられないだろう。筋肉バカな学校の奴らだって同様である。実際に攻撃が当たると『殺される』のだと知ってしまうと、普通はこんなにも体は頭の言うことを聞かないからだ。

 しかし、現にそれを成している。

 

「(スゲーよ、今なら殺せる気がするんだからなァッ!!)」

 

 「ぶっ殺す」。ただこれだけの感情で俺の中が埋まったことは今までになかった。ストレスが極限に達した時であれ、腹の立つ大人達に殺意を持とうとも、俺にも至らないところがあったと感じていたからだ。

 今回は例外である。迫る剣も槍も、しゃがみ、跳び、体を捻り、立ち位置を変え、剣で軌道をずらして回避する。そのまま反撃の一手を確実に決めていき、殺戮マシーン然とした動きで俺達E隊は武器を振る。

 さらにクライン達のD隊や軍の援軍も到着し、圧倒的な人数でとうとうボスを囲むように追いつめつつあった。

 慈悲はない。ひたすら殺意を行動に移すだけだ。

 

「これでようやく……な、なんだぁ!?」

 

 しかしペアギルティは進化を止めなかった。

 奴の周りで半球のような形で爆風が起こり、全周を囲っていた20名以上のプレイヤーが吹き飛ばされていたのだ。

 あざ笑うように。胸に掛けられていた金色の仮面の閉じられていた『目』と『口』がガバァ、と開いてその暗すぎる空洞から真っ黒で血の様なドロッとした液体が溢れ出している。

 

「ひっ……」

 

 そのあまりにグロテスクで不快な恐怖を与える現象に、ヒスイとアスナが強ばった悲鳴を少しだけ上げる。が、言うまでもなく無敵モーションに入っているボスが人を脅すためだけに仮面から液体をこぼしているのではない。

 その液は空気に触れるとすぐさま蒸発し、黒い霧状に気化したまま奴の周りで滞空しだしたのだ。

 これによってボスの体のほとんどがその黒い『霧』に覆われることになる。しかし、薄くぼやけているがボスの姿はギリギリ視認できるため、こんなことにいったい何の効果があるのかわからない。

 

「い、いや……なんだ? 目がかすむ……?」

 

 やがてゆらゆらと視界が揺れ、ペアギルティの姿をしっかりと視認できなくなった。まるで視力が一気に低下したような感覚が襲い、ただでさえ細い目をさらに細めるが、それでも視力は復活しなかった。

 だが、こんなことが許されるのか。

 こんな単純な事で奴と戦えなくなってしまった。

 剣での勝負とは『間合い』が重要。これを見切れるかどうかで、こちらがダメージを受けるか相手にダメージを与えるかが決まるからだ。これでは戦いにすらならない。

 討伐隊の誰かが「おい何だ、バグか?」などと言っている。しかし、聞いていて虚しいほど低い可能性だ。それにボス以外の場所はしっかりと見えているし、鮮明に見えないのは奴の立つ場所だけだった。

 このことから導き出される答えとは。

 

「(まさか、このままやれってのか……っ!?)」

 

 それしか有り得ない。攻略隊のメンバーもこの現象に戸惑っていたが、考えてみれば奴は体力ゲージが最終段になってから攻撃方法を増やしていなかった。

 1段毎に行動・攻撃パターンが『増える』という情報は得ていたが、確かにいつ増えるかは言われていない。つまり、最終ゲージで増える敵の攻撃手段は、《レッドゾーン》になってからということだったのだ。

 もはや攻撃方法が増えるとかそういった次元の話ではない。何もかも超越した現象だった。

 プレイヤーから魔法攻撃を奪っておいて、間合い不明の敵と戦えと言うことは、要するに『玉砕戦法』の強要に近い。

 そして、ボスが動き出した。

 

『『ガゴオォオオオオオオオオオオッ!!』』

 

 大気を震わす音量で絶叫すると固まるプレイヤーに向けて走り出し、たったの2歩で距離を詰めると、その手に持つ槍で主力メンバーではない軍の誰かを突き刺した。

 

「ごぼおぁああッ!?」

 

 くぐもった声が聞こえたと思ったら、そいつはそのまま壁に投げ捨てられている。まだボスの姿は元に戻らない。

 間違いない。間違いなくこのゲームの創始者は、このふざけた状態で攻略を続けろと言っているのだ。ボスに与えられた新たな力、『ディティールフォーカシング・システム無効化能力』に立ち向かえと。

 

「くっ、だけどあと少しだろう! ここまで来てんだよ!」

「じゃあお前が行けよ! こんな奴とやれるかぁッ!」

「落ち着けって! 仲間割れしてる場合じゃねぇだろッ」

 

 討伐間際まで来ているのも確かで、プレイヤー間では攻略と撤退の境界で葛藤が起きていた。

 

「何しとんねん! 避けろやぁッ!」

 

 しかし、戦闘中に見せた隙は致命的だった。

 それを証明するように、ペアギルティが両手の武器でラッシュをかけた。

 そしてやってくる最悪の《平行発動(パラレルオープン)》。あれらは共に水平単発斬りの《ホリゾンタル》と《スレイヤー》で、それらが同じ回転方向で攻撃範囲を180度から『全周囲』へと昇華させながら放たれた。

 

「しゃがめぇええッ!!」

 

 俺の声を聞いたのか、俺の近くにいたF隊とD隊、つまりアスナやクライン達はギリギリ躱せた。しかしボスを取り巻く多くの男達は反応しきれず、ズッバァアアアッ!! と轟音が鳴り響くと、その内の6つの首や胴が一斉に真上に吹き飛んだ。

 時間が停止する感覚。ある者は片足を失い、ある者は武器や盾を全壊させ、ある者は目をつぶったまま開こうともせず。しかも、間合いの読めなかった男達は一瞬の気の緩みの中でその生涯を終えた。

 

「ひっ……やぁ……ぁ……」

 

 その拮抗を破ったヒスイの泣きそうな声だけが鼓膜を揺らした。

 あと少しなのに、ようやく勝てるという時になって死者が重なってしまった。

 それも、6人だ。

 バラバラになって白く(きらめ)く光鱗のようになった6人のプレイヤーが、中心にある黒い靄とコントラストの関係を作り、皮肉なほど眩しく映る。それはまるで、広い樹帯に舞う無数の桜吹雪だった。

 そして、プレイヤーの限界が訪れた。

 

「うわぁあああ! うわぁああああああァアアッ」

「嫌だァアぁああああッ、助けてぇえ!」

「て、転移だ! 転移! リャカムハイト! 早くしろぉッ!」

「俺は死にたくないッ! もうごめんだぁ!!」

 

 《隠蔽(ハイディング)》スキルで姿を隠す者、特殊な鱗粉を自分に振り撒き一時的に対象へのヘイトを無効化する者、敏捷補正アイテムで一気に出口を目指す者、《転移結晶(テレポートクリスタル)》で安全な場所へ移動する者、それぞれの『命綱』で勝手にフロアからの脱出を試みる者が続発したのだ。

 その数はレイド全体の半分以上にも上った。

 しかも特別な脱出手段を持たないプレイヤーはただ闇雲に走るだけで、歩幅に差があるボスに追いつかれては巨大な武器に身を貫かれ、パリンッ、パリンッ、とその姿を無機質な光片に変えて散らしていた。もう死者の数など数えることもできない。

 

「逃げて下さいリンドさん! 転移中は我々がなんとしてでも……」

「逃げられるかッ!! こんな状態で撤退戦もないだろう!」

「それでもです! 隊長が……ディアベル隊長がいなくなってからどうなったかを思い出して下さい! ……リンドさん!!」

「くっ……」

 

 リンドも断腸の思いだったのだろう。しかし、部下にそうまで言われてから自分の命の危険がギルド存続の危険と直結することを悟り、悲痛の趣で転移結晶を取り出していた。

 部下の言うことにも一理あるからだ。リーダーなき組織ほど(もろ)いものはない。

 

「逃げてはならない! 敵に背を向けるな!」

「団長、もう無理です!」

「そうですよ! 総隊長のリンドさんも逃げているんです!」

 

 ヒースクリフは未だ応戦の構えを示し、必死に惨状に歯止めをかけようとしていたがまったく機能しておらず、どころか団員にさえ攻略を諦める傾向が強まっていた。

 それをしてしまったら、今後の攻略に無視できない遅れがでることなど、リンドは元より理屈では全員理解している。撤退は最終手段で、誰しも避けたい結果だった。

 それでも、総隊長がここを『引き時』と定めたのだ。

 

「(いや、でもここで引いたら……こんなところで引いたら攻略なんて……)」

 

 ひいては、脱出なんて夢のまた夢だ。

 2レイドなんて2度と集まらない。事実、それを確信している『撤退しないプレイヤー』が持つ剣の先は、まだしっかりとボスに向けられていた。ここで逃げるデメリットが、少なくとも危機感が、限界ギリギリで踏み留まらせる。

 意外にも俺自身、『逃げる』という選択肢を取らなかった。この偽りの世界から脱したいと強く渇望(かつぼう)しているからだ。

 ヒスイもクラインもキバオウも、まだ30人以上のプレイヤーも攻略を諦めていない。

 

「我々がここで引いたら、攻略そのものを諦めることになってしまう! なんとしても食い止めろ!」

 

 ヒースクリフも言っていて(らち)が明かないと悟ったのか、しかし諦めることはなく剣をしまうとウィンドウを開いて2種類のアイテムをオブジェクト化し、片方をアスナに持たせていた。

 そしてもう一方を手に持って掲げると改めて宣言し直す。

 

「ここに残る者だけで! 討伐隊を再編成する!」

 

 その一言だけで、彼の左手で発光するアイテムが『音声拡張』系のものであることがわかった。そして、音の渦に呑まれないほどの大音量のまま、彼は伝えるべきことと次の指示を簡潔に述べる。

 

「この攻略に撤退はない! それは100層への道を断つ行為と同義である! 我々血盟騎士団と共に戦える者は! フロア最奥部に集まってくれたまえ!」

 

 そこでアスナにアイテム使用の指示を出すと、2種類目のアイテムらしき2つのボールを投げ込んでいた。着弾点からはボフッ、と灰色の煙が立ち込めたので、おそらくは『煙玉』による視界錯乱を行ったのだろう。

 これでボスは一時的に攻撃対象を失っているが、俺達はきっと「今のうちに移動しろ」と言われているのだ。

 俺も初めの内は混乱したが、どうにか意を決してフロアの奥へ疾駆(しっく)する。

 彼は撤退とも言えない逃走中のプレイヤーと()い交ぜにならないように最奥部を指定したのだ。そして煙の中を部屋の奥に向かって走りながら、これに込められた複数の意味を知る。

 まずは時間。

 ボス、ペアギルティは出入り口付近でプレイヤーを殲滅(せんめつ)している。プレイヤーの逃走が終わる頃には当然出入り口にいることになるわけで、ここまでの距離を詰める間に少しばかりとは言え時間が得られるのだ。

 次は決意。

 出入り口から遠ざかることで、かの有名な『背水の陣』状態をこのフロアで作りあげたと推測できる。

 相当に広いフィールドだ。端から端まではかなり距離があるから、まずもって彼は撤退戦のことを視野に入れていない。『撤退』がこの浮遊城(アインクラッド)脱出を放棄する行為だと悟ったメンバーが集うのだから、失敗の許されない戦いに逃げ道などない。

 

「(……ってか、何でだろうな)」

 

 逃げる気が起きないのは。つい4、50分前までは率先して逃げようと思っていたというのに、今では逃げる奴らに軽蔑の眼差しを向けている。俺もつくづく現金な人間だ。

 しかし、現に俺は逃げないでいる。ご都合主義で、自分勝手で、自尊心だけは高くて負けず嫌い。誉められた性格でもなく、触れればすぐにでも割れるほど柔いメンタル。生まれも育ちも素行も行儀も悪く、何をやっても中途半端。負け犬の慣れ果てがここに残っている。

 

「(なんでもいい、格好悪くたって見栄張ってたって。……んでも、残ったんだ。ここにいる奴は逃げなかった!!)」

 

 手を握りしめる。それだけあれば十分だった。背中や顔を伝う大量の冷や汗を無視して、俺の口元には軽い笑みすらこぼれていた。

 獲物を探して遠くでこちらを振り向くボスを背に駆けつけてきたヒースクリフは、人数確認を終えたのか改めてプレイヤーを見渡すと手短に状況説明と今後の作戦を告げた。

 キバオウも、各隊の隊長も、新たなレイドリーダーとその作戦内容に異論を挟む奴はいなかった。

 ここにプレイヤーが残ったから、まだ戦える奴がいるから、だからこれは『攻略失敗』にはならない。

 

「(まだやれる。俺達なら……ッ)」

 

 そうして、残党を思う存分狩り尽くしたボスがゆっくりと歩を進める。

 これが正真正銘のラストバトルだ。

 

 

 


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