SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第32話 リベンジ

 西暦2023年5月22日、浮遊城第25層。

 

 人の脳とはデリケートなものである。

 俺は指先を動かすだけ、つまり携帯電話やゲーム機、パソコンなどを使っているだけなら、例え何時間だろうと継続させることができる自信がある。だが体全体ではどうだろか。

 答えはノー。

 極限まで鍛え抜かれたスポーツ選手・アスリートの話を持ち出すと例外が生まれるかもしれないが、少なくとも凡人には無理だろう。

 それが殺し合いともなれば、本来は数分も持たないはずなのだ。ストレス、プレッシャー、恐怖などは、人の体力をごっそりと削る。

 結果的に、筋や神経も「諸処が通っていない」と言われるソードアート・オンラインの世界でもそれは例外ではなかった。一定時間狩りをしていれば集中力は落ちるし、『疲労』して動くこともできなくなるのだ。

 それは先述の疲労を招く要因が重なるほど早く訪れる。その最たるボス攻略において、『1時間以上の戦闘』など視野に入れるべきではない。そうならないことを前提にした安全マージンの獲得が必要なのだ。

 そして今。

 攻略開始から既に1時間と15分がたち、人として戦闘時間の上限に迫っていた。

 1層攻略から数えて、この討伐時間は過去最長だろう。何せこれほど時間がかかるなら、今までは撤退していたからだ。

 されど、今だけはそれができない。あまりにも多すぎる死者を出してしまったこの25層戦では、下手に引けばまた1層の時のように長い潜伏を余儀なくされるかもしれない。人々の記憶から惨劇の闇が消え去るのは、相当な時間がかかるだろう。

 だからこそ、ヒースクリフは無理を押して共闘者を集った。

 

「……隊までは後方で控えていてくれ。C隊は私の命令があり次第、速度を生かして高速スイッチを。我々A隊は初めに切り込むが、その後は逐一諸君らの動きを把握しなければならない。しばらくはタゲを各隊に任せる可能性も高い。十分に留意してくれ給え」

 

 それだけ一気に()くしたてると、ヒースクリフはマントをはためかせながら体を反対側、《リヴァイヴァルファラオ・ザ・ペアギルティ》がいる方へと振り向いた。

 このヒースクリフは、ボスが煙の中で俺達を見失った1分間で、各自のステータスやスタイル、クセ、武器の特性を配慮して作戦を立てた。

 まさに、神業に近い天才的な記憶力と判断力。プレイヤーの全てのプライベート情報を、隅々まで把握しているかのごとく御業だった。

 

「(バカと天才は紙一重っつーけど……このおっさんは、いったどんな脳ミソ持ってやがんだ……)」

 

 そんな失礼なことを思惟(しい)する俺を差し置いて、今回新たに集まった……否、『逃げなかった』メンバーはジャスト30人。隊は5分割され、1隊につき6人構成だ。

 俺も元がE隊だったことを考慮され、できるだけ混乱を避けるためか今回もE隊。E隊からの逃走者は3人だったので、追加で1人増やしただけである。

 

「団長、ボスが来ます……!!」

「うむ。では手はず通りの配置についてくれ給え。まずは我々が切り込む! E隊はスイッチの準備を!」

『了解っ!!』

 

 統率された動きを見せ、声を掛け合う。心臓の音と速度が高まっているのは、ただボスが怖いからだけではなく、ここに命を任せられる仲間がいるからだ。

 こいつらの声が聞こえてくる。だから戦える。

 拳を作るように指に力を入れると俺の相棒、ファントムバスターも少しだけ光って俺に応えてくれたように感じた。

 

「再攻略開始! D、F隊は側面に回り込めッ!」

「おォおおおッ!!」

「仇は取る!」

「ぶっ殺す! ぶっ殺してやる! こいつだけは必ず殺すッ!!」

「しゃあァッ、やってやらぁ!」

 

 感情は激流となり、狩人に限界以上の行動力を与え、石畳を蹴るプレイヤーの力強さはむしろ攻略が始まってから数えて最も高いものだった。

 戦意は凶暴的に膨れ上がっている。そして再編された攻略メンバーの中で最前線、つまりA隊が『黒い塊』と重なった時、金属が破裂するような激しい音が数回鳴り響いた。

 

「すっげ……」

 

 衝突した瞬間、暴力的な音響が場を支配した。そのサウンドエフェクトの大きさと鋭さもさることながら、臆《おく》さない血盟騎士団のメンバーの勇気に感服してしまう。

 それに一口に不利といっても、少人数なりの利点はある。

 まず、今までのように『剣を振れば誰かに命中する』といった人口密度はなくなった。

 さらにプレイヤーが移動できる範囲が広がったということは、『絶えず動き続ける』ことができるようになったわけで、こちらが元から持つ『小さい攻撃対象』というアドバンテージを遺憾なく発揮できる。

 いくらペアギルティの攻撃に絶対的なリーチがあったとしても、動き続けることで命中率は下げることができるし、もし被弾してしまっても、フィールドを埋め尽くしていた人の壁が消えたことでスイッチで安全圏へ移動できる。

 肝要なのは攻守のメリハリ。深追いしないこと。これが、残りの攻略隊が出せる最善の戦闘スタイル。

 ヒースクリフは勝つための理論的な筋を示した。それはまさに、モチベーションを底上げする行為でもあるのだ。

 

「次は俺らだ! E隊前進!」

 

 攻略の前半戦からの小隊長が大声で伝えると、俺やヒスイ達がA隊とのスイッチ。左に回り込んだタンカー/D隊の援護を受けながら、感覚だけを頼りに動き回っては突撃をかます。

 そもそも間合いがわからない時点でタンクもヘッタクレもないが、うっすらと動いているのだけは判断できるため、それを頼りに大技を防いでくれる。

 そして壁役の有無で、やはりダメージ効率は大きく変わってくる。

 

「(厳しい、でもっ……!!)」

 

 逃げるわけにはいかない。そう決めたはずだ。

 体力は満タンだったが、俺とて手持ちの回復ポーションは飲み干しているし、おそらくここにいる半分以上のプレイヤーも十分な回復はままならないだろう。

 地を駆けるなか、経験と第六感が警鐘を鳴らす。

 「くるッ!!」と、確信に変わると同時に行動していた。

 爆走中にほとんど運任せで斜め左方向に転がると、真上を敵の片手剣がすれすれで通っていったのが辛うじて感じられた。冷や汗ものだったが『流れ弾』の要領で右にいた奴の左足首を切断(ディレクト)していたので楽観視はできない。

 重力もリアル界と同じ様に設定されているSAOで、足の『切断』をされるということは、戦力外通告とさして変わらない意味を持つ。その男も悔しそうに後退していた。

 嘆いても戻らない。俺は彼のことを振り切って咆哮を上げた。

 

「消えろォおおおおッ!」

 

 ほとんど黒い靄の中心地に向けて歩を進めると、発動可能なソードスキルを連続で使用し、いくつかに手応えを感じる。ダメージが通った。効いているはずだ。

 しかしうまくいくばかりではない。

 

「ごぁああっ!?」

 

 闇の中からズバッ! ズガァアア!! と2回に渡る重い衝撃が体全体を打つ感覚を味わうと、俺は見えない壁に押し出されるように吹き飛ばされていた。

 確信は持てないが、斬られた(あと)から逆算すると発動されたのは《片手剣》専用ソードスキル、初級谷状二連撃《バーチカル・アーク》だろう。だがこれは俺達が待ちに待った《ソードスキル》の発動だった。

 

「今だぁああッ!!」

「C隊、突撃ぃ!」

『うおぉおおおおおおお!!』

 

 俺が全力でペアギルティから距離を取りながら大声で合図を送ると、ヒースクリフの命令でC隊が黒塊の中央へ同時にダッシュした。

 彼らは現時点のレイドでは最速、かつ最高火力のソードスキルを温存させてある。

 さらに、それらの武器全てが爆発的な色彩に輝き出すと、まるでブラックホールに吸い込まれているように一点に収束された。

 そうして聞こえる剣戟(けんげき)と絶叫。

 

『『ガゴアァァアアァアアアアッ!!』』

 

 それは一際大きく、そして強烈な苦痛の叫びだった。

 レッドゾーンとはいえ莫大な体力を内包する1ゲージの内の2割だ。削りきるのは簡単ではなかったが、それでも再攻略に入って1番攻撃が『抜けた』はずだった。

 間合いが測れない中でヒースクリフはディレイを利用した短期接近、連続攻撃、高速退避を可能にした隊をあらかじめ作成しておいたのだ。

 そしてそれが功を成し、今ではペアギルティを怯ませている。

 

「よし、これで……!」

 

 しかし、ボスは両の口から発する音の暴力を止めることなく、悪足掻きのように左手に持つ槍を真後ろに振り回したのだ。傍から見るとやぶれかぶれの抵抗ではあったが、これにより4人が再起不能なほどのHPを失ってしまった。

 回復手段がないなら、この時点で彼らの戦いは終わりだ。

 案の定、神に見放された俺達の最高のアタッカー隊が「これ以上の突撃はできない!」とレイドリーダーに伝えている。せめて、あと1回でも今の攻撃を繰り返していれば随分討伐が近づくのに。

 俺もすでに残りの体力は5割を切っているし、ここまで消耗してしまうと、まともに戦えるのは新レイドの半分にも満たなくなった。

 

「わいらが何とかしてもっかい隙を作る! 騎士団はあんじょうラスト決めやぁッ!!」

 

 だが、それでも討伐隊は失望の目ではなく、殺意の目を向けた。それを証拠に、この期に及んで全力の出し惜しみをしていたキバオウ達B隊も、見たことのないアイテムを展開させている。

 円形に広がるバフエフェクト。そのエリアを利用し、左右に分かれてそれぞれ敵の片手剣と短槍を受け止める構えを示している。

 半ばヤケクソのような彼の行動はしかし、残り僅かな底力を絞り出してレイド全体を動かし、とうとうB隊がペアギルティとぶつかった。

 

「ぐああぁあああッ!?」

「ダメージが大きすぎます!! ここまでです、僕も一旦引きます!」

「キバオウさんッ! B隊も限界ですって!」

「これっきりなんや! こんだけでも耐えきる根性みしたれぇッ!」

「軍が抑えている! 私に続けぇ!!」

『うおぉおおおッ!』

 

 A、B隊とボスによる互いの体を引き裂く痛み分けにも近い斬り合い。

 しかし自暴自棄に近い戦闘法では体力の絶対量に分があるからか、徐々に討伐隊が押され始めた。

 プレイヤーによっては盾を放り捨てて玉砕覚悟での短期決着を目論む者もいたが、やはりペアギルティのゲージを飛ばしきるには遠い。

 

「くっ、A隊一時後退! E隊とC隊のグリーンゾーンの者は前面へ! なるべく時間を稼いでくれ!」

「アスナさん、今の内です! 残りのポーションは!?」

「無いわ! 残念だけどわたし達にできることは……」

「そ、そんな……!?」

「F隊ももうキツい! これで下がるぞッ!」

「もういい加減ヤバいぞ! ……これ以上は、こっちが死んじまうよ!」

 

 俺達はほとんど瓦解寸前だった。

 キバオウがボスドロップで手に入れたらしい《生命の泉》なるフィールド改変型アイテムを使用し、サークル状の場所に立つ全てのプレイヤーを回復させていたが、彼らB隊も回復しきる前にペアギルティに踏みにじられている。

 十分に距離を取っていたはずだったが、8メートル弱の巨体を持つボスにとって、そんな距離は無いも等しいのだ。魔法攻撃では最速を誇る《サンダーブレス》で、回復量を帳消しにするダメージとそれに伴うデバフを与えていた。

 

「ちっくしょう! ……俺が行くッ!!」

「駄目だクライン! F隊が回復するまで耐えろ!」

 

 俺の忠告を無視してクラインはパーティを、逃げなかった《風林火山》のメンバーを守るため単騎で前に出た。

 無謀なことは彼も理解しているはずだ。

 それでも、彼は誓いを捨てずに立ち向かった。ギルドの長にとはこういうことなのだ。「仲間を見捨てるぐらいなら」と、彼の表情はそう語っていた。

 死ぬ覚悟ができているのかもしれない。

 言い様のない寒気がした。

 衝動に逆らわずに叫ぶ。今すぐ止まるようその背中に全力で叫んだ。

 涙声で訴えるが彼は振り向かない。その背には決意以外のものを捨てて極限状態に晒された人間の姿があった。

 そして思い出してしまう。今年の初め、雪も降りそうな極寒の夜に初めて俺に話しかけてきてくれた時の彼の顔と、降りかかった安堵と温もり。あの日彼に声をかけられなかったら、ヒスイに手を貸さなかったら、ヘイズラビットを倒してみんなで楽しい夜を迎えなかったら、今の俺はいない。

 それだけではない。俺はあれからもずっと彼から教わってきた。彼は仲間といる時はずっと楽しそうにしていたし、痛みを分かち合う行為がどれほど支えになるのか、それを教えてくれた。果てしない苦悩と努力があったことも。

 知ったからこそ、数ヶ月で見違えるほど変われたのだ。

 だから、仲間意識というものを持ってしまった。

 

「クライィイインッ!!」

 

 俺は恐怖ゆえに、ボスと距離をとっていた。今さら慌てたところで間に合う距離ではない。それでも俺は走らずにはいられなかった。

 あの凶器が俺の大切な者を奪おうというのなら、そうさせないため全ての力を注ぐしかない。俺にはそれしかないのだ。

 なのに、だというのに、なぜこんなにも遅い。もっと速く動かなければ彼を助けられない。もっと速く。もっと速く。

 

『『ゴアアァアアアアッ!!』』

「ぐ……ッ」

 

 だがこの世界では自身がどれほど早く足を動かそうとしても『敏捷値』という名の制限がそれを阻む。

 そして俺の目の前でクラインはほとんど剣先しか見えない敵の攻撃を受けてがりがりと命を削られていくのが見えた。ポーションによる時間継続回復(ヒールオーバータイム)を遙かに越す勢いで。

 そして彼は……。

 

 

 


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