SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第五章 ギルド
第34話 嵐のあとの静寂(前編)


 西暦2023年6月10日、浮遊城第27層。

 

 壮絶なクォーターポイントのボス戦からしばらくたった。

 平日の真っ昼間。多くの中層プレイヤーを置き去りに、21層から4層も爆速で駆け上がった攻略組とて、今やそのなりを潜めているようだ。

 夜間も豊富な光源により明かりを灯す必要がなく、広い草原には障害物も少ない。Mob集団に囲まれても大概は全力疾走で()ける、レベリングにはうってつけの地形だ。本来であれば経験値のかき入れどきである。

 しかし、右を見ても左を見ても人の姿がない。見晴らしの良さとは裏腹に、この殺風景具合はとてもアインクラッド最前線とは思えない。

 ゆえに豪運である。先ほど、俺がモンスターに追い詰められた際どいタイミングで、ある人物に窮地(きゅうち)を救ってもらえたのは。

 そんな彼女が神妙に口を開いた。

 

「あんまり人……見かけないね」

「そうだな。てか、まったくいねーな……」

 

 片手剣を鞘に収めながら、ヒスイはキョロキョロと見渡した。

 ふと、彼女の装備を見る。深い紫のコートと薄手のアームカバーにハイソックス。佩剣(はいけん)される直剣と胸当てに純銀のプレートがなければ、つばの広いとんがり帽子の方が似合いそうだ。

 

「……みんな、攻略やめちゃったのかな……」

 

 その不安に、俺は曖昧に首を振ることしかできなかった。

 多数の死者が出た現実。攻略を中断するプレイヤーもいるようだが、やはり最前線で常に活躍したいという自尊心か、前線にも人は少なからずいる。かく言う俺もその1人だ。

 しかし2週間もかかってしまった。

 俺が中継にしている拠点は27層の主街区だが、26層のボスを討伐する際に、これだけの長い時間をかけてしまったのだ。数えるまでもなく、これは1層以来の遅さであり、前線に立つ人間が減ったことでさらに拍車がかかっている。

 恐怖は伝播(でんぱ)する。例えそれが、討伐隊とは無関係な人でさえも。

 

「(消えてはないけど……まぁ、ずいぶん減ったな……)」

 

 もっとも、視界に誰かいたらその時点でヒスイとの会話を打ち切る必要があるが。

 27層が最前線になってから5日。

 今日にも行われるフィールドボス討伐作戦に俺は参加しないが、ボス発見までのマッピングなどは、しぶといプレイヤーが消極的な姿勢ながらも行っている。

 しかし情報の少ないフィールドでの戦闘では、やはりソロ活動をしている以上、数多の危険に見舞われてしまう。事実、先ほど《麻痺(パラライズ)》状態にされながらモンスター集団に囲まれた時は、久し振りに口が乾ききるほど焦ってしまった。

 偶然近くを通ったヒスイに助けられなければ、最悪死ぬことはなくても、未だに貴重すぎる《転移結晶(テレポートクリスタル)》を早速消費するところだった。

 

「にしてもサンキュな。正直さっきはヤバかった」

「気を付けなさいよね、人口減ってるんだから。たまたま通りかかったから助かったものの。……あなたにいなくなられたら……ほら、こっちも困るし」

「ああ。……ん? あ~、戦力的にな」

 

 危うく聞き流しそうになったが、とりあえず意識をヒスイとの会話の場所にまで引っ張ってくる。しかし失言だったのか、彼女は今さら異様に慌てだした。

 

「そ、そう戦力が減るから! 別に他の人でも助けたし! ヘンな気起こさないでよね、ホントに!」

「わぁってるって。念を押すな、念を」

「なんか……わかってない気がする」

 

 俺はヒスイのセリフを言葉通りに受け取ったつもりだが、彼女は頬を膨らませていた。終いにはぷいっとそっぽを向いてしまう。もっと動揺してやればよかったのだろうか。げに難解なのは女心である。

 それにしても、最近はおかしい。なんというか、彼女に対する感情がどうもおかしいのだ。その説明しきれない感情は日に日に膨れ上がっている。

 恋なんて我ながら単純な思考が一瞬よぎるが、これは非常に良くない。現実問題、あまりゲームの中で恋人を作らない方がいいのだ。彼女いない歴何とやらのゲーマーが言っても説得力に欠けるかもしれないが、女が1人混じっただけでギルドが揉めて解散、なんて話は山ほど聞いた。

 だからこそ、ヒスイと話しているだけで感じる、このモヤモヤとした気持ちが攻略の邪魔さえしてくる。彼女も色恋沙汰を完全に排斥したからこそ、そのストイックさが前線での力を保証しているのだというのに。

 

「……って、ねぇジェイド聞いてる?」

「えっ? あ、ああ聞いてる聞いてる。んでなんだっけ?」

 

 言っていて恥ずかしくなるぐらい頭の悪い発言だった気もするが、気にしてはいけない。

 

「……はあ、ちょっと頭が痛いわ」

「そうか。体は大事にしろよ」

「誰のせいよ!」

 

 そんなこんなで一頻(ひとしき)り怒鳴り合った後は、春の暖かな空気を噛みしめながらしばらく壮大な景色を歩きながら楽しむ。

 サクサクと鳴る草原の若草が心地いい。

 

「だから、さっきの話だってば。アイテム量によっては受けてあげてもいいわ」

「えっ……えぇっ!? マジで? あんなに渋ってたのに!?」

「ちょっと、興奮し過ぎよ。あなたも悲しいほどゲーマーなのね……」

 

 最後のセリフは全力では無視。ちなみに、これは少し前に俺が持ちかけた商談である。

 ヒスイの発言、「25層のドロップはなんでこんな使いにくいんだろう……」なる言葉を聞いた俺が、速攻で「なら物々交換してくれ!」と頼み込んだことに端を発する。

 もちろん、レアアイテムかつ強力なそれを簡単には手放すはずがないため、難色を示した彼女をケチ臭いとは思わない。冗談抜きに、ボスドロップのアイテムにはそれほどの価値があるのだ。

 だがヒスイは、今になって「物によっては考えてもいい」と言っている。この隙を突かない手はない。

 俺は全力でゴマをすりにいった。

 

「いや~、デキる女ってのは違ぇなオイ。俺はずっとわかってたけどな! 社会人になってもバリバリやりそう」

「……また適当なことを。わざとらしいよ」

「そ、そんなことないって! これでも人を見る目はある方だ。俺なんて、ヒスイのイイトコ30個ぐらい言えるぜ!?」

「へぇ〜、そう。じゃ言って」

「…………へっ?」

「へっ? じゃなくて。ほら言ってよ。あたしの『イイトコ』30個。言えたら交換してあげる」

「ぐぬぬ……」

 

 しまった、そう来たか。

 引きつった顔でたじろぐ俺を見た彼女は、フフン、といった表情をしている。ちくしょう。

 こうなればいつもの戦法だ。爆弾抱えて特攻。

 

「あ、ああもちろん。じゃあ……ほら、ええっと……そう! まずかわいい!!」

「え……えぇっ!?」

「髪がきれいだろ。脚が長い。姿勢がいい。声がすんでる! 野郎のアイドル! 露出増やせ! 脚がきれい!!」

「んあ〜もぅわかったから! 大きい声出さないでよ、バカ! 恥ずかしいとか思わないの!? ってか後半あんたの願望じゃん!! かぶってんのあるじゃん!!!!」

 

 内心火を吹きそうなほど照れながら、子供のようにギャアギャア言い合う俺達は、ハタから見たらただの馬鹿騒ぎ……なのか、はたまた恋人同士に見えるのか。

 ……いや、よそう。

 俺の魂胆には気づいていたのだろう。彼女もすぐに落ち着きを取り戻す。

 しかしひとしきり笑ったからか、その表情は柔らかだった。

 

「……ふふっ、相変わらずね。安心するわホント」

「ハハッ、たまには冗談言うもんだろ」

「たまにはぁ? まったく、あなたは存在が冗談だから」

「ひど!」

 

 前言撤回。やはりひどい女である、

 そもそも、ヒスイのポリシーは人を励ますだの、お悩み相談だの、聞いて呆れるほどの慈善活動にある。俺以外でこのようなぞんざいな扱いを受けているプレイヤーを見たことがない。

 そんな言い合いをしつつも、歩きながらフィールドの端まで到達。ここから先は崖と海である。

 無論、泳いでどこまでも進めるわけではない。閉鎖空間の浮遊城(アインクラッド)において、この先にはシステム的不可侵の壁があり、文字通り行き止まりだ。

 しかしプロジェクションマッピングを楽しむがごとく、ヒスイが景色を見渡せる草原に腰掛けると、つられて俺もその隣に座る。見慣れたはずなのに、見渡す限りの雲海が広がる幻想的な風景を目に飛び込む。ベタベタのファンタジー世界だが、モニター越しには決して味わえない臨場感がある。

 そして口には絶対に出さないが、ヒスイが壮麗な風景を背に座っているとずいぶんと絵になる。

 

「……じゃあ、サイソクするようだけど、ちゃちゃっと交換するか。ヒスイなにか足りてないアイテムとかあるのか?」

「ん~とねぇ……」

 

 その後はお互い損得の関わる真面目な話をしたが、どうやら俺は交渉事に弱いらしい。最終的に『乗せられて』話が進んでいたように感じる。

 話し合いは「これで文句なしね、ハイ」というヒスイの一言によってあっけなく終了した。

 25層戦で俺は、何度か取り巻きにトドメを刺したこともあり、ラストアタックボーナスにともない、3つのレアアイテムを手にしていた。

 1つは《回復結晶(ヒーリングクリスタル)》。2つ目は《天眼通(てんげんつう)の鏡》、最後は《天耳通(てんにつう)の筒》だ。

 そのすべてが消耗品。《回復結晶》については今さら説明不要だろう。

 《鏡》の効果は、指定したスキルの派生機能(モディファイ)を鏡に映しだし閲覧できるというもの。主な使い方はスキルが持つポテンシャル、すなわち将来性を確認することにある。スキルスロットを埋め、時間をかけて育て、結果的に〇〇の下位互換だの、産廃スキルだの、そういう悲しい話は枚挙にいとまがない。それを見極めることができるのだ。

 《筒》の効果は、それをオブジェクト化して耳に当てれば、視界に映るプレイヤーの会話を盗聴できるというもの。人様のプライベートに干渉する、非常に嫌らしいアイテムである。ある意味需要は高そうだ。

 

「くぅ~……いてぇけどしゃーなし! 防具サンキューな!」

「ええ。どういたしまして」

 

 交渉成立。

 《回復結晶》に限らず、結晶系アイテムついては26層の主街区からショップ販売が始まって暴落じみた値下げが起きているが、それでも高額レート。

 俺はすべてのレアアイテムを交換材料に、さらに大量のコルも支払い、ようやくヒスイが手にした現状最強の防具を手に入れたのだった。

 

「(そう言えば……)」

 

 余談だが俺はソロの情報屋、ミンストレルに26層が解放された時点で逆依頼されていた仕事をこなしていた。その内容は『26層主街区のショップで結晶系アイテムが売られているか、また売られているのなら主街区の名前をメッセージで伝えること』だった。

 目的は単純。クリスタルの転売である。転売ヤーである。

 ミンストレルも人が悪い。遅れて26層に来た者……すなわちサメトレ(・・・・)の被害者達は気の毒だが、授業料だと思ってもらうしかない。

 

「(ま、それはともかく。しばらくはメシ抜きか……)」

 

 防具の性能については見た目も含めて文句なしだが、レアアイテムのために余計な出費を出したものだ。

 いくぶん安価に落ち着いた結晶系アイテムの購入すらままならない状態になっているのだ。しばらく倹約(けんやく)した過ごし方を強いられるだろう。

 

「んでも、よくそんなレア度しか取り柄のないアイテム欲しがったな」

「……まあ《筒》は趣味が悪いからすぐ売るとして、《鏡》はなにかと便利よ? 今後自分にとってそのスキルがプラスにはたらくかどうかを見極められるんだから。あなたもあるでしょう? スキル取って、あとでいらなくなること」

「う……まあ、あるにはあるな」

 

 確かに言われてみれば、プレイヤーの損得に直結するアイテムだけが貴重というわけではない。

 『事前にスキル内容を把握する』というのは、時間ロス防止に大いに役立つ。改めて言われると、途端に手放したアイテムが恋しくなるのだから不思議だ。

 時は金なり。せめて《鏡》だけは死守するべきだったか。

 

「ち、ちょっとヒスイ、さっきのなんだけど……」

「だぁめ。もう交換しちゃったもーん」

「あっ、こんの」

 

 しかし当然、返してくれるはずもなかった。

 俺も本気で取り返そうとしていたわけではないので、休憩もそこそこに俺達は帰路につく。

 道中、特に戦闘にも苦労することなく再び最前線、つまり27層の主街区《グルカコス》に到着。これだけ戦闘が楽になると、カズ達との約束がなければペアを組まないか、などと口をついてしまいそうになる。

 もっとも、こちらが大いに分不相応だろうが。

 

「ん、と……そういや言ってなかったな。俺このあと依頼受けててさ、そこ行かないといけないんだよ。つーわけで今日はこの辺で……」

「知ってるよ、アルゴのところでしょ。あたしも彼女のいるところに用があるから。このまま一緒に行く?」

「あ、ああ。いいけど……」

 

 いいのだが、そもそもなぜ知っているのだろうか。

 

「あっ! アルゴ~!」

「おお! ヒスイじゃないカ!」

 

 なし崩し的に《転移門》がある広場まで一緒に歩き、さらに女2人のキャッキャウフフを見せられているわけだが、どうも()に落ちない。

 しかもそこには、俺の知らない女まで立っていたのだ。よもや無関係なプレイヤーではないだろうが、これでヒスイを入れて女が3人。なんだというのだ、この異様な女性率は。アインクラッドの乾いた女性事情を鑑みれば、普通は比率が逆のはずである。

 これはまた高度な心理戦が……、

 

「ジェイド!」

「ハイナンデショウ」

「ぼーっとしすぎよ。紹介し忘れてたけど、この子はリズベット。リズ、この人が前言ってた……」

 

 俺は三白眼をさらに吊り上げてまじまじと観察していた。

 見た目は中学から高校生なり立てぐらいだろうか。背はヒスイより若干低く、色のいい茶髪が特徴的。防具に就く油汚れのエフェクトがいくつか目に入るが、不摂生を感じさせない、いかにも活発そうな女性だ。

 アバターがもはやアバターではなくなった初日のことを考えると、この女性は元来壮齢(そうれい)なのも知れない。しかも両頬にそばかすがあるからか、髪の色を含めて全体的にカズのギルドにいた小柄なサポーター、ジェミルに酷似している印象がある。

 はじめましてになるのだろう――俺の記憶はいつだって怪しい――が、コイツはいったいどんな経緯でここにいるのだろうか。

 聞きたいことは山積みだった。

 

「あ、どうも。えぇとジャイロさんでしたっけ?」

「誰だよジャイロッ!」

 

 ――スコープか? コンパスか? なんにせよ人ですらねーよ。

 俺へのぞんざいな扱いが全国共通の規格なのかは知らないが、俺が納得した覚えは1度もない。

 

「もう怒鳴らないでよ。せっかくのハーレムなんだからもっと真摯に、ね?」

 

 ヒスイがたしなめるように言うが、こちらとしては気が気でない。贅沢(ぜいたく)な悩みかもしれないが、この状況は嬉しさより不安が勝るのだ。

 むしろ、数十分前まで女にまつわるいざこざから遠ざかろうと思案に暮れていた俺にとって、これは生き地獄である。ギャルゲーではあるまいし、なんの冗談でこんな魔界の巣窟に入り込んでしまったのだろうか。依頼されたのならともかく、この手の経験の薄いコアな引きこもりゲーマーに、いきなりこの女性率は逆効果なのだ。

 ……さて、ここらで素直になろう。

 正直ウキウキである。

 

「まーまーそう言うなヨ。ジェイドにはオレっちから正式に護衛依頼も出しているわけだしナ。それぞれ都合もいいしこのまま出発ダ」

「リズもそれでいいわよね?」

「ええ、まあ。相対的には護衛が増えたようなものだよね?」

「そそ。じゃあ出発進こーう!」

「オイ待て、よくねぇぞ……」

 

 ウキウキだが、なお説明がない不服はある。女3人寄ればかしましいともいうものの、俺が危惧しているのはゲーマーによる嫉妬。もしこのような刺激的なシーンが知人に見られようものなら、その時点で平穏な人生は壊滅する。

 それにハラスメントコードがあるとは言え、こいつらもこいつらだ。男は聖職者を含めて皆ケダモノと教わらなかったのだろうか。まさか、3人がかりなら何とかなるとタカをくくっているのだろうか。

 まあ、俺にそんな肉食性はないわけだが。

 しかし前述の通り、客観的にただこうして並んで歩くだけでもアインクラッドではリスキーな行動である。バレたらきっと集団無視が始まる。

 ボッチは嫌だが、集団の中でのボッチはもっと嫌だ。

 

「も~文句の多いことと言ったら。女子に嫌われるよ? 黒一点なんだから、むしろ率先して前歩きなさいって」

「なんだその紅一点の反対みたいな造語。……わ、わかった、団体行動はまーいいさ。けど、もうちょっと俺に説明があってもいいんじゃねぇの?」

「しょうがないな。リズはね、これでも結構長いこと鍛冶屋やってるのよ。影で攻略を支える重要な職人さんで」

「ふむふむ」

「それでねで……ん~、面倒ねこれ。つまり、みんなでパーッと狩りに行こうよ、っていう話よ」

「ふ……ふむふむ」

 

 なるほどね、と。そう答えるとでも思っているのだろうか。

 

「だからジェイドも、その女性嫌いを直すチャンスだと思って一緒に行こう!」

「別にきらいってわけじゃ……」

「さあ情報屋は時間が命だゾ! 茶番が終わったらさっさと出発ダ!」

 

 抗議の続きはアルゴの仲介によって風のごとく(かわ)された。

 こうして4人で狩りに出発する羽目になったわけだ。俺の弱々しい肯定は、3時の転移門広場に空しく響いただけだった。

 

 

 

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