SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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前話で言い忘れてました。お気に入り件数が350を越えていました!感謝感激感涙です!
今後とも是非よろしくですm(__)m


第35話 嵐のあとの静寂(中編)

 西暦2023年6月10日、浮遊城第19層(最前線27層)。

 

 周りを女によって包囲され、俺は四面楚歌とはどういったものなのか、その具体的な心情について身を持って体験していた。

 

「(幸せ者か! ……なーんて言ってる場合じゃないぞ……人いねぇよな? 見られてねぇよな!?)」

 

 キョロキョロ見渡す不審者が1名。を含む、計4人で歩く19層のフィールド、その名も《アンデッド・ロード》。シンプルな名前に恥じない、とんでもなく見た目が恐ろしいモンスターが無尽蔵に放浪しているエリアだ。迷宮区に続く最短の抜け道でもある。

 俺が最近手に入れたアイテム、《ミラージュ・スフィア》は自分が1度通過したフィールドやダンジョンを3Dスクリーンで表示してくれる優れ物で、これを元に選出したルートである。ちなみにこのアイテム、非常に便利で久し振りの必須アイテム枠だ。

 もっとも、そんな細かいことはいい。最大の問題が1つある。

 先にも挙げた女性率と……、

 

「あのさ、ヒスイ……」

「な、何かな……」

「あとそこのリスのペットだっけ?」

「リズベットよ! 失礼ね!」

 

 今の発言者、ヒスイとリズベットの足がすくんでこのフィールドにおいて何の役にも立たなくなっていること。または、彼女を俺が纏めて面倒見なければならないという大変厄介な問題である。

 ――あ、2つだ。

 

「ニャハハハ、そう言えば2人は怖いの苦手だったナ」

 

 《鼠》の異名を持つ情報屋は人ごとのように笑ったいた。

 まずはこのゲームシステムの話から入ろう。

 普通、携帯ゲームや『今までの』RPGにおいて、戦闘職に就かなかったキャラクター、人種は基本的には戦闘をしない風習があった。彼らは職業を極めるだけで、金に困ることもなく生きていくことができたのだ。

 勇者なら戦いの道、鍛冶屋なら武器作りの道、賢者なら……何の道かは知らないが。

 とにかくそのような感じだ。

 しかし、ソードアートの世界ではその先入観は当てはまらない。情報、また質のいい鍛冶用品や素材を手にするには、情報屋、鍛冶屋および商人は自分からモンスターと戦って素材なり経験値なりを貯めないといけないからだ。

 ただし、攻略状況によって戦闘区域はどんどん新しい場に更新される。単騎ではついていけないだろう。

 置いてけぼりをくらいたくなければ、ある程度の戦闘経験などが積まれることになる。ぶっちゃけた話、攻略組との会話のネタもなくなる。

 長くなってしまったが、ここいらで原点に戻ろう。

 目下最大の問題について。

 結論から言うと、アルゴやリズベット……長いので勝手にリズと呼ぶが、彼女達は素材と情報集めをする際にボディガードを雇うようになったのだ。

 モンスターに限らず、これは対プレイヤー対策でもあり、戦闘能力の低い職人プレイヤーが、自らを危険にさらすことなく強化するための安全策である。

 持ちつ持たれつの関係を作ることにより、別段その状況を作り出すのは難しくない。トラブルは付き物だが、オレンジ紛いなプレイヤーからの強襲も、モンスター集団に囲まれる危機も、職人サマ方は相当な頻度で回避できるようになっていた。

 ちなみに、俺のよく知るもう1人の情報屋ミンストレルなる男が、最近ソロプレイヤーから専属の付き添いを見繕(みつくろ)って2人で行動しているらしいことからも、それらは容易に理解できる。俺が彼に同伴したことさえある。

 つまり今日の俺は、アルゴから情報集めの援助を依頼されていたわけだ。平等を謳うネズミさんは、ある程度信用における人物をリストアップして順繰りに回しているらしいが、ヒスイはリズから指名を受けて鉱石集めの援助依頼を受けていた。

 日にちと時間が被っているのなら、一緒に行動して纏めてやっつけてしまおうという魂胆らしい。

 しかし不可解なことがある。

 

「ちょっと聞いていいか? ゾンビ系が苦手なヒスイとリズが、別の誰かに同行してもらおうっつう発想はわかるんだけど」

「ねえ、今あたしのこと愛称で呼ばなかった?」

 

 ここでリズが反応。うむ、気付いたか。めざとい奴だが、話が進まないのでここは無視して強行突破しておこう。

 

「なげーからいいだろ。んでもよ、なんで俺とアルゴが今日一緒に行動することを知ってたんだ? アルゴだって不自然だろう。仕事以外じゃフラットな付き合いだったのに、今日になって突然、『コルは積むからボディーガードをしないか』なんてさ」

「ア~、まあ危ないギルドが増えてきたからナ。こっちは独り身なんだヨ?」

「だからって俺か? ヤクザの舎弟とか言われたことあるぞ」

「……ヤ、今ってホラ……前線に人がいないシ」

「…………」

 

 なんだ、その、いたらローテで回ってくることはなかったみたいな言い方。

 しかしなるほど。緊急時のピンチヒッター程度なら、情緒不安定なモヤシ男を誘うわけである。むしろ道理が通った気分だ。

 泣いてなどいないぞ。

 ただ、アルゴの欲しがっていた情報はこの19層迷宮区にはないので、この要件が終わったら27層……つまり最前線のフィールドに戻ることになる。リズもその辺は理解しているのだろうか。まさか今日が初対面とは思わないが、質問した通り色々繋がりが見えてこない。

 そこでヒスイが答えを教えくれた。

 

「ここってあたし達みたいな女子は少ないじゃない? だから、さほど努力しなくても自然とネットワーク持っちゃうものなのよ」

「おお、それはありそうな話だな」

「年頃の乙女は寂しいカラ、身を寄せ合ってるってことダ。オレっち達は存在そのものが貴重だしナ」

 

 ニャハハハと笑うアルゴには悪いが、今のでさらなる疑問が浮かぶ。しかし疑問を持つだけにしておけばよかったものを、俺はそれをバカ正直に聞いてしまった。

 

「年頃の乙女……? アルゴ歳いくつよ?」

『…………』

「……今のなしで」

 

 アルゴの方に顔を向けながら言ってはならないことを言ってしまったらしく、彼女から返ってきた視線の温度は体感でゼロケルビンぐらいだった。

 

「いや違うんだよ! ほらっ、その、どうしても知りたいわけじゃないけどつい口からさ……あ、あー! とっととクエスト終わらせたいな~! 《異端者の石碑》だっけ!? もうその辺の石を物色しちまおうぜ! ほら急いだ急いだ!」

 

 社会的な意味で生命の危険を察知すると、冷や汗を垂らしながら俺はそう言って会話を打ち切った。

 女性陣3人はまだ何か言いたそうにしていたが、ゾンビ系モンスターとのエンカウントで内2名が言及不可能に陥り、何とかうやむやにできた。

 今だけは魑魅魍魎(ちみもうりょう)としたモンスター群にほんのちょっぴりの感謝を捧げるのもやぶさかではない。その代わりかどうかは定かではないが、俺だけが延々と戦わされていることにもこの際寛大に目をつぶってやろう。経験値うまし。

 

「(損な性格なのか、それとも何だかんだで女に逆らえないのか……)」

 

 今は多勢に無勢だが、なるべく客観的に自己分析するとおそらく後者だろう。

 ヒスイと会った頃から、俺は女に言われっぱなしだ。普段強気なだけにこの性格は何とかせねばなるまい。

 

「あっ……あったぁ!」

 

 そうして歩いて斬ってを繰り返していると、いきなりリズが声をあげた。

 さらに彼女が指をさす方向に全員が一斉に振り向くと、そこは確かにステージ上にわざとらしく備えられた石碑が乱立していた。素人目にはどれも見分けがつかないが、鍛冶職人にとって特定鉱石が抽出できるここの石は光沢の反射具合で即座に判別できるらしい。それなりに貴重で、最近は品切れが多発しているのも一因だとか。

 リズはレベルだけ見れば1人でも19層に来られるらしいが、この層は当時最強とすら言われていた『すり抜ける剣』、《霊剣》スキルを使うモンスター達の巣窟(そうくつ)である。理屈ではわかっていても体が勝手に防御態勢を取ってしまう場合が多く、タンカーを中心に今でも犠牲者が続発している。

 それにしても本人がグロ系苦手なら、もっと俺に感謝があってもいいと思うのだが……。

 

「まぁでも、さすがに余裕だったな。ヒスイは役に立たなかったけど」

「わ、悪かったわね!」

 

 俺の方をキッと睨むが、アルゴの陰に隠れながら顔だけ出してそれをやられてもまったく怖くない。いや、むしろ微笑ましいぐらいだ。ニヤけてはいけない。

 

「んでもどうするよ。次の目的地は最前線の27層だぜ? アルゴはともかく、リズは同行するべきじゃないだろ」

 

 そんなこんなで目標の鉱石アイテムを可能な限り持ち帰ってきた俺達は、ダンジョンを脱出して主街区への帰路に就いていた。

 しかし彼女達も細かいことを考えていなかったのか、俺の事情確認ついでの提案を今さらながらに認識し、みんなして苦い顔をする。

 

「う~んそうねぇ……2人には悪いけど、リズは帰らせた方がいいわね。危険な目には遭わせられないし」

「えぇ~、大丈夫だよ。あたしだってちゃんとしたメイス使いよ? 熟練度だって相当あげたんだから……」

 

 ヒスイが俺達に悪いと言ったのは、自分らの用件には付き合わせておいて、他人の用件につき合えないからだろう。

 しかしヒスイの言う通りで、そんなくだらないことの前にまずレベルを安全圏にまで上げていないプレイヤーを随行(ずいこう)させることは、護衛役としても危なっかしくてお断りしたい。武器スキルの熟練度の前に、レベルが安全圏に達していないなら論外である。

 

「つってもだリズ、なんで1層で大量に死んだか覚えてるだろ? 最初の冒険じゃ、安全マージンを確保できなかったからだ」

「そう、だけど……」

「けど今は違う。だろ? 前線行くのはやることやってから。1人で行くならあんたの責任。俺がついてんなら俺の責任だ。守り切れる保証がない」

 

 それを聞くと、女3人が目をぱちくりさせて驚きの表情を俺に向けている。

 まさか、俺がまともなことを発言したから、という理由ではあるまいな。もしそうなら、そろそろ本気で怒っていいはずである。

 

「ち、調子狂うわね。まぁでも今回はそういうことにしとくわ。ヒスイやアルゴに迷惑かけられないし」

 

 うむ、その通りだ。

 

「って俺も入れろよ! 俺にも迷惑かかってるよ!」

 

 ――こいつ、リスのペットのくせに生意気な。

 だが、哀れな弱者はその言葉を呑み込むしかなかった。

 

「はいはいジェイドも。じゃあ集める物も集めたし、そろそろ帰ろっか……」

 

 たぶんこれ以上食い下がったら俺が完全に悪者になるのだろう、などと少しばかり悟りのような何かを開きながら無言で帰路に就くと、帰りは拍子抜けするほどモンスターとエンカウントせずに主街区(ラーベルグ)に到着した。

 しかし、ここでまたしても問題が発生してしまった。

 リズが「やっぱりあたしもついて行っちゃダメかな? お願い!」なんて言ってきたのだ。

 よもや未練たらしく最前線に行きたがるとは。この話はすでに片付いたものだとばかり。……もしかすると、攻略組に囲まれたこの状況を利用して一気に荒稼ぎする腹かもしれない。

 

「あのなぁ、強いフレンド並べて経験値稼ぎでもすんのか? 死ぬ気かよ。さっきも言ったけど……」

「でも!」

 

 俺がうんざりした口調で話し出すのを遮るように、リズは今日一緒に行動した中で1番大きな声を出した。

 

「でも……あたしだって役に立ちたい。あたしね、4層5層とかが前線の頃からここを追いかけてたの。最初に勇気だした人に続きたいって。縮こまってるぐらいならいっそ抗おうって! でも……徐々にだけど、差は開く一方だったわ。やっぱりあたし、攻略以外の雑念を捨てきれない。鍛冶と攻略の両立なんて、できるはずなかったのに……だから、いずれあたしは前線に行く機会も完全に失うと思うの……」

「リズ……」

「最後のチャンスなのよ。役に立てるかはわからないわ……ううん、役に立てないんだとしても、みんなが歩いている世界をあたしも見たいのよ。勝手なのはわかってる。けど、いつまでも怯えたまま過ごすのはイヤ! 少しでいいからあたしにも……あなた達の世界を見せて……」

 

 最後の方はほとんど消え入りそうな小さい声だったが、目の奥に宿る意志は爛々と輝き、俺に言わんとしていることは痛いほど伝わってきた。

 つまり、彼女もこの大きな牢獄の中でただ指をくわえている自分がやるせないのだろう。

 そんな人間はごまんといる。俺と同じ、どうしようもない負けず嫌いだ。初期のアスナさえこのような状態だったと聞くが、リズも1人の人間としてやれることを、体験できることをしたいのだ。

 それにこの世界に与えられた情報を、風景を、魅力を、刺激を、世界そのものを味わいたい気持ちは過ぎるほどに理解できる。死ぬことよりも、何もできず行動しないことの方が恐ろしい。過去にはそんな発言をした偉人だっている。

 だいたい、ここにいるプレイヤーはそれらを体感するためにソードアートの世界へダイブしたのだ。

 アルゴはソロの情報屋で、ヒスイもソロで活動する剣士。もしリズがギルドを立ち上げるないし、どこかの団体に加盟しているのであれば、わざわざ彼女達に護衛を頼むのは理にそぐわない。同じ仲間で助け合えばいいからだ。

 なるほど。

 あえて聞かなかったが、リズは間違いなくソロプレイヤーだ。そして俺もソロである。つまりアルゴやヒスイは、そんな俺達のとこも配慮してこんなにも回りくどく口裏を合わせたのだろう。ギルドにも満たないソロだらけの傷の()め合いである。

 だからこんなシチュエーションが完成した。そして、リズの湧き上がる衝動に答えてやることもできる。

 

「途中で足手まといだと思ったら引き返してもいい。自分のことは自分で守るわ。だからそれまで、どうかあたしも連れていって」

「リズ……」

 

 俯き続ける彼女にヒスイが肩を貸してやっている。幸い泣き出したりなどはしなかったが、彼女の人間らしすぎる要望をそのまま聞いてやることもまた難しい。

 しかしそれは不可能ではなかった。戦闘員は2名で保護対象も2名だと少々手間取るだろうが、リスクを承知ならその程度だ。

 と言うわけで、俺はヒスイを連れて少し離れると彼女に俺の考えを提案する。

 

「もうここは連れて行こう。ただしフィールド上での俺やヒスイの命令は絶対という条件付きな」

「ちょ、ジェイド! 説得に回るならともかく、連れて行くですって? そんな危険なこと……」

 

 よっぽどリズのことを心配しているのだろうが、この反発に、俺は珍しいことに是が非でも通そうとした。

 今回ばかりはそう易々と引き下がらない。

 

「……コホン。いいかヒスイ、保護欲だけが思いやりじゃないだぜ? 俺は25層戦が終わった直後に低層に降りてルガ達……て言うのはつまり、前から言ってた俺の昔の友達のことなんだけど、とにかくそいつらに『最前線にくるな』って言ってやったんだよ」

「…………」

「わかってることだろう? 前線は危ない。んなこたぁみんな知ってる。死人もたくさん出て、んで……危ないから上の層には来るなってな。……そしたらそいつら、なんて言ったと思う? 『君が守りたい人だって、誰かを守りたいんだよ』ってな、逆に怒られちまったよ。守られる奴は守られることだけを良しとしないらしい。そいつが望むなら、人らしいことをさせてやるのも俺らの役目なんじゃないのか?」

 

 えらくこっぱずかしいことを言っている気がするが、ここは雰囲気でカバーできるだろう。ことこの状況下ではいくら何でもヒスイも俺に茶々を入れないと思う。

 と思っていたら、予想外の反応が起きていた。

 ヒスイがぼけーっと俺の方を眺めるだけで思考が停止したような顔をしているのだ。それどころか、彼女の顔がどんどん赤くなっていっている。

 

「ひ……ヒスイ?」

「へっ? ……あ、あぁえっと……その、わ……わかったわ。ジェイドの言う通りにしましょう……」

「(ん……?)」

 

 やけに早口で慌てた様子だが大丈夫だろうか。もしかしたら俺のセリフに何かおかしなところが……いや、それなら同意しないだろう。

 

「あたしとしたことが……っちゃうなんて……」

「おーい、じゃあ2人にもそう伝えとくぞ?」

「え、えぇそうね、お願いするわ……」

 

 何やらぶつぶつ言っていてよく聞こえなないが、そんな奴はほっといて善は急げだ。善かどうかは知らないが、よく使われる引用にこんな言葉がある。そう、時は金なり。

 そんなこんなでリズにかくかくしかじか。

 

「それでもいいわ。……なんか悪いわね」

「いいってことよ。詳しくは話せないけど、こちとら今までの罪滅ぼしをしているようなもんだしな。まぁ、あんま気負わずについて来いって。せいぜい守ってやりますよ~」

 

 多くのプレイヤーを捨て、ビーター紛いなスタートダッシュをしてきたのに比べれば、今回のこれなどは罪滅ぼしにもなっていないちっぽけな恩返しだ。

 しかし、そこで場が少々静まりかえっていたことに気付く。

 スベったのか。それとも少しばかり声のトーン落としすぎただろうか。あまり感謝などはいらないのだが、それを誘うような物言いになってしまったのなら反省だ。

 

「お前さん案外女泣かせだヨ。見た目がワルだからゲイン効果があるのかもナ。……まア、オレっちも気を付けるカ」

「何じゃそりゃ……」

 

 わけのわからないことをぬかすアルゴを華麗に受け流して3人を集め直すと、今度は俺が先頭に立って(くだん)の情報収集クエストに向けて主街区《グルカコス》を出発した。

 こうして再三に渡る4人の旅は、その今1度幕を開けるのだった。

 

 

 


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