SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第36話 嵐のあとの静寂(後編)

 西暦2023年6月10日、浮遊城第27層。

 

 モンスターの湧出(ポップ)、そのたびに会話中断、それでもって戦闘員2人が非戦闘員2人を守る。俺はこの繰り返しにさすがに辟易(へきえき)しながらも、意外に任務自体はすんなりと遂行されそうだった。

 たった今、ガーゴイル系の設置型銅像モンスターを切り伏せたところだ。

 

「(なんとかなるもんだな……)」

 

 もちろん、油断は禁物。加えるならここも、ひいてはこの先にある迷宮区も、やたらトラップが多発する地帯だとNPCに噂されている。

 

「(ま、ここまできたら2人も3人も変わらんか。ポジティブに……そう、ポジティブにいこう!)」

 

 そう考えることで、自分の判断は間違っていなかったと言い聞かせる。

 なんだかんだ、人と普通に話せるようになった俺からすれば、たかが数人の女と一緒に歩くぐらいどうってことはない。

 そう、俺の後ろでへんてこりんな会話をされてもどうってことはないのだ。

 

「ね? リズ、なにも起こらないでしょう? 所詮こいつもゲームオタクなのよ」

「うぅん、それでも男子はなんかなぁ。……どこか信用がおけないって言うか……」

「だ~いじょうぶよ。こいつ紳士とかそーいうの通り越して単なるヘタレだから。ホンット絶食系。この人と同じ部屋で寝たってへっちゃらよ。どうせ襲ったりなんてできないわ」

「ところでヒスイはどうしてそんなこと知ってるんダ? ……まさカっ!?」

「ち、違うわよアルゴ! あたしは別にこんな奴と……」

「オレっちはまだなにも言ってないゾ?」

「ぅくっ……あ、アルゴー!」

 

 ――ああ、ごめん。やっぱもう無理だ。

 

「あのっさぁ! さっきから聞いてりゃ好き放題言いやがって! 誰がヘタレだ誰が!」

「だってそうじゃない! あたしがあんなに……っ」

 

 しかし言っている途中で思い出したのか、そこで言葉を切ると、しばらく俯き、さらにわなわなと震えながら顔を赤くして「もう知らない!」という捨て台詞と共にそっぽを向いてしまった。

 

「なぁなぁリズさんヤ、これっテ……」

「ええ。これはガチね……」

 

 意味のわからない比喩的なやりとりをする後ろの2人は放っておいて、俺は懸命に心を無心状態にしながらひたすら歩いた。

 正直、確信があるなら勝負に出てやってもいい。俺だって男だ。だが彼女達は逐一からかっている。この戯れ言すべてに反応していたら俺の身がいくらあっても持たないだろう。明鏡止水という言葉があるが、今の俺に必要なのはこれだ。

 ちなみに先ほどの会話だが、おそらく現在がほんの数メートル先までしか見渡せない暗闇のトンネルにいるからだと思われる。

 仮想世界だからと言ってしまえばそれまでだが、暗い空間ではやはり不自然なほど『見える範囲』と『見えない範囲』の差がはっきりとしている。確か各層に取り付けられている時計塔も、そのほとんどが立派な鐘を(こしら)えていて、その鐘が鳴っても聞こえる範囲と聞こえない範囲は一定の距離で区切られている。鐘の音が突然聞こえなくなるのだ。

 そういったシステム的な事情もあって一寸先は、とまではいかなくとも、ゴツゴツとした岩肌トンネルの数メートル先は闇だった。

 カンテラか松明、あるいはロウソクでもあれば話も変わってくるが、なんとも不運なことに俺しか持参してなかったうえに、使用後数分で耐久値(デュラビリティ)が消滅してしまったのだ。こんなことならもっと入念にプロパティをチェックしておくべきだった。

 しかしそんな長いトンネルもいつかは終わりをみる。

 そこに待っていたのは、これまた幻想的で神秘的な、ぼんやりと青白い光が漂う秘密基地のような場所だった。

 しかも細部までディテールに凝っていて、景色は絶世の一言に尽きる。そこには一切の手抜きは感じられず、俗にいう隠しステージであることが(うかが)えた。

 

「へぇ、すごくキレイね……」

「うわぁ、あたしのやってた鉱石探しがアホらしくなってくるわ」

「オレっちもこれには声がでないナ」

 

 三者三様、とも言えないほぼ同じような感想を女性陣3人が漏らしていたが、女が感性に浸るのをただ見守るだけでは話が進まないので次の行動を催促する。

 

「ほらとっととナンチャラの硬玉とやらを集めるぞ。ったく、よりによって採取クエストかよ。被ってんじゃん」

「風流のない男ね~、仕方ないじゃない。ここにいる皆がクエスト内容を知らなかったんだから」

 

 貴金属の採取クエストなる今回のこれは、先ほどまでの石碑の欠片集めとやっていることが大差ない。

 正直に内心を吐露すると『飽きた』のだ。こんな作業ゲーになるとは思わなかったが……いや、RPGのやり込み要素なぞほとんどが作業ゲーのようなものか。

 ただしレベリングは作業ではない。あれを作業感覚で続けていると、いつか『死ぬ』からだ。

 

「ん? おい、これじゃね?」

 

 どこから光が射し込んでいるのかはわからないが、うっすらと輝く洞窟内の色は蒼。……だったはずなのに、その一角が緑色に変色していたのだ。そしてNPCが求めていた貴金属の色は確か緑。つまり俺の目の前で美しい光を放つ鉱石物がそれに当たる。

 

「あ、ホントだ。綺麗だけど、ちょっと見つけるの早すぎだね~。超ちっちゃいとか、もっと苦戦するかと思ったわ」

「まぁトンネル抜けるまでが長かったってことだナ」

 

 なぜか第一発見者である俺への礼がない。護衛にさえ最も貢献したはずなのにこの仕打ちである。

 

「ま、まぁいいさ。んでそれが正解なのかを早いとこ確かめてくれよ。こっちはそろそろレベリングに戻らねぇといかんし」

「もう、せっかちね。じゃあリズ、お願いできる?」

「ん……ちょっと待ってね〜」

 

 武器や防具には《鑑定(ジャッジ)》スキルの熟練度に見合った見分け方が用意されているが、それはアイテムにも稀にある。レア度が高いほど、つまり人目に付く機会が少ないほどその傾向は強くなる。

 そして、今回の石っころのステータスは俺では価値を判断しかねるため、現在この簡易ギルドで唯一《鑑定(ジャッジ)》スキルを上げているリズに頼んだという次第である。

 ――ほう、確かに人に頼らざるを得んとなるとシャクだな。

 

「《翡翠緑のジュリアストーン》ね。うん、翡翠石のことは別名で『硬玉』だし、NPCは緑色の硬玉を拾えと言ってたから間違いなさそうね。これで任務は達成……んん? あ、あれっ?」

 

 会話の前半で安堵しかけたが、いきなりリズが言葉を途切らせる。そして、ヒスイの顔と手に持つ石っころを交互に確認していた。

 アニメみたいな動きである。いったいどうしたというのだろうか。まさかここまで来て見当違いだったという、壮絶に面倒くさいオチが……、

 

「ね、ねぇヒスイ……いま気付いたんだけどさ。確か翡翠緑って英語でジェイドグリー……」

「わぁあー! ちょっとストぉップ!」

 

 今度はヒスイが甲高い声でリズの言葉を遮る――手でも物理的に口を塞いでいる――と耳を塞いでいた俺は、二の轍を踏まないように音量に注意しながら声を荒らげた。

 

「おい! 洞窟だと響くだろうが! キンキンするわマジで」

 

 まだくわんくわんと脳内で鳴り響いている感覚が俺を襲うが、当のヒスイはそれどころではないといった具合にリズに何やら耳打ちしている。

 この状況で無視するとはいい度胸である。

 

「オイこら、聞いてんのかこいつ」

「き、聞いてるって。さっきは悪かったわ、謝るから」

 

 そう言うヒスイの声はどこか弱々しく、誰かに弱みを握られたようななんとも言えない不安な表情を浮かべた。

 しかし情緒の安定しない女だ。ついでに不可解なことを言っていた後ろの人間にも聞いておくとしよう。

 

「ところでリズ、さっき言いかけた言葉って……」

「も、もういいじゃない! さあ皆で戻って、あたし達攻略組はレベルアップ目指しましょう!」

「……いいけどさ……挙動フシンだぞ?」

 

 どこか釈然としない。ヒスイ以外の2人は未だにニヤニヤしていて気味が悪いのだが、確かにレベルアップ効率の悪いフィールドに長居するのは避けたい。

 なので、ここは深追いせずに彼女に従っておいた。

 

「(にしても敵、湧かねぇなぁ……)」

 

 女だらけで遠慮しているのか、帰り道は敵との遭遇を避けられた。今は護衛対象が多いので願ったり叶ったりだが、仕事のしがいがないのもまた悲しい。俺は基本的に狩り中毒者(ハントアディクト)なのだ。居心地が悪い時はモンスターを斬り伏せるに限る。斬ることこそ快感。

 それにしても男女比の割合、取り分け女性の方が多い状態は19層の深夜以来である。

 

「(いち男子として、みょーりに尽きるのかね……)」

 

 メンタル疲労的にはしばらくお断り願いたいが、貴重な体験だったのも揺るぎない事実だ。俺がリアルの世界でただのうのうと暮らしていただけでは、決して起こり得ない人生経験である。

 あと一月(ひとつき)もしない内に、俺はこうして4人で行動することが約束されている。カズ達と4人ギルドとして行動することができる。

 それもこれも、この小さな勇者が俺を変えてくれたからだ。

 

「な、なによぉ……?」

 

 しばらくヒスイの方を見ながら歩いていたせいか、アヒルみたいな口を作って彼女は抗議の表明をする。もちろん「なんでもねぇよ」とだけ言ってまともに返事などしないが。

 ヒスイ、助かったよ。と、声に出して感謝するのはもう少し後でもいいだろう。

 そうこうしている内に、俺達は再三に渡る最前線主街区、《グルカコス》に到着した。途中、主街区とは別の《圏内》でも休憩を挟んでいたからかメンバーに疲労のあとはあまり見られない。

 と言うわけで、ここからはやけに懐かしく感じるソロ活動の再開だ。可及的速やかに再開したい。

 

「っとその前にアルゴ、ギャラくれよギャラ」

「こうしてみるといつもと立場逆だナ。ま、たまには新鮮でいいガ」

 

 そう言いつつコルを受け取ると、俺はさっさと立ち去る、なんてことはできなかった。

 不気味すぎるのだ。先ほどから俺とヒスイの方をチラチラ見ながら「ムフフン」という感じの口元を見る度に、俺には相当な不安が襲ってくる。

 

「あの……さ、アルゴ。ちょっと聞いていいか?」

「なんだネ? オネーサンになんでも聞いてみなさいナ」

 

 俺はチラッ、と横流しに目を向けた。ヒスイは今リズと会話している。

 聞けるチャンスは今しかない。

 

「アルゴはさ、きっとカン違いしてるんだよ。俺とヒスイはマジでなんもねぇから。……あとリズが洞窟で言いかけたこと、アルゴは察してんだろ? 俺にも意味教えてくれよ」

「おやおやジェイドさんは自意識過剰だナ~。オレっちはそんなようなことは思ってないゾ?」

 

 こやつ、あれだけワケありな態度をとっておいて、まだシラを切るつもりか。ここまで除け者にされて意識しない人間のどこに自意識があるというのだろうか。

 ここまで強情ということは、彼女もまたヒスイによって口封じされているのかもしれない。となればその固い口を割るのは一苦労である。

 

「あの宝石になんか意味があるんだろ? う~ん……」

「フフン。お前サンもいつかわかるサ」

 

 またこれだ。アルゴは都合が悪くなるといつも人を煙に撒く。どうやら「聞いてやる」というのは、本当に聞くだけで教えてくれはしないようだ。彼女らしいと言えば彼女らしいトンチである。

 あえて追撃しないが、おそらく多少のコルを払えばどうという問題でもないのだろう。ヒスイのプライベートに関するあれこれだとは到底思えないが、ゆえにサラッと教えてくれないのは謎だが。

 

「(まいっか、俺もこれ以上時間かけてらんねーし)」

 

 後日、質問の機会があった時は今よりは食い下がって聞いてみるとしよう。

 それより、残りの2人にも挨拶ぐらいはかけてやらなければならない。

 

「俺はこのまま狩りに行くけどヒスイはどうする? なんならまた狩った数の競い合いとか」

「あ、あたしはこれから別のクエスト受けに行くから……っ」

「あれ、さっきはレベルアップのためがどうとか」

 

 しかし言い切る前に「話はまた今度ねえ!」とだけ残し、ヒスイはそのまま逃げるようにそそくさと退散してしまった。

 なんだというのだろう。知らない間に逃げられるほど嫌われていたのだろうか。

 

「行っちまった……」

「あんたこのタイミングでよく2人きりになろうとするわね。もしかして狙ってる?」

 

 残されたリズがため息混じりに俺に言うが、妄想と区別がつかなくなりそうで恥ずかしいので、理解不能なふりをして否定しておいた。

 

「俺に狙えるタマじゃねーよ。それより今日はサンキューなリズ」

「助けてもらったのはあたしじゃない。今回はヒスイより役に立ってたわよ? 認めるのはシャクだけど」

「その、なんだ……素直にホメらんねーのか? ここの女性軍団は」

「アッハハハハ」

 

 ――アハハではない。いい加減シバいたろか。

 まあ、俺の過去を知る者なら、この日がどれほど貴重な時間だったかが理解できるだろう。

 こうして平和にしていられるのは、周りの人間が俺を変えたからだ。最近活発になってきた各オレンジギルドの仲間入りを果たしていないのは、人生の分かれ道で本当に紙一重の正しい選択をしたからだ。

 

「それでもサンキューだよ。あと、リズは俺らといて楽しかったか?」

「ん、と……」

 

 さすがに正面切ってこう問われると即答しかねたようだが、次に顔を上げた時そこにあったのは笑顔だった。

 

「なんだろ、でもメッチャ楽しかったわ。あたし攻略が始まってからしばらく独りだったからかな。誰かと過ごすのってこんなに楽しいんだね……」

「だろうな、気持ちはよくわかる。正直俺もいい息抜きになったよ。リズのおかげで笑った回数増えたと思うぜ?」

「えーなんかそれバカにしてる!」

 

 こんな言葉の応酬で笑っている俺がいる。まるで小さなギルドに加盟したようだ。

 そして俺がルガ達と一緒に過ごせるようになったら、こんな日々がずっと続くのだろう。

 

「(楽しみだ。早く会おうぜカズ)」

 

 失った時間は修復できないのかもしれない。しかし取り戻すことはできるはずだ。

 今日1日を通して、誰1人として25層戦の悲劇を語ろうとはしなかった。

 それでいい。過去に失った物をいつまでも見続けていたら、俺達は一生前に進めないのだから。

 今日はまだソロプレイヤーが4人集まっただけのハリボテパーティだったが、俺は今度こそソロプレイヤーを脱却できる。欲望の赴くままに見捨ててしまったカズと、そして彼を1層の頃から支え続けた仲間達と、逃げずに正々堂々向き合っていくのだ。

 

「ぃよっしゃー! レベリング再開だ!」

 

 それまでにはせめて、背中を預けるに値する男になってみせよう。

 

 

 

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