西暦2023年6月10日、浮遊城第27層。
崩れかけた石造りの建造物。断続的に響く戦闘音。モンスターが
それもあって、道中で見慣れたモンスターと何度目かのエンカウントしたとき、俺はアルゴやリズを戦闘に参加させてみた。
もちろん最新の防具を貸し出し、アイテムによる防御力バフをガチガチに振りかけた状態で、かつ低火力のモンスター限定だ。俺の提案にヒスイは心配したが、こうした体験がなければリズを前線に連れてきた意味がない。
たった今も、
「やった、初討伐!」
「ナイス! やっぱ
俺はカバーに入る姿勢を解いて声をかけた。プレイヤーレベルは低いが、さすがは鍛冶屋の店長。おそらく弱点属性の攻撃というだけでなく、リズの武装が一級品だからだろう。
とはいえ《
「(ま、ここまできたら2人も3人も変わらんか。ポジティブに……そう、ポジティブにいこう!)」
そう考えることで、自分の判断は間違っていなかったと言い聞かせる。
なんだかんだ、人と普通に話せるようになった俺からすれば、たかが数人の女と一緒に歩くぐらいどうってことはない。
俺たちは
4人で近づいて拾うと、それは名前が設定される
「これ、落とし物じゃなければ鉱脈があるはずよね?」
「たぶんな」
「ねえ見て! 向こうに人が通れそうな穴があるわ」
リズが順路らしきトンネルの入り口を見つけ、指を指して知らせる。さすがの目ざとだ。
瓦礫と似た色のため気づきにくいが、よく見ると天盤が崩れないように木材で
地面には
「炭鉱エリアかしら。なら目的地はこの先の奥よね? 暗くて見えないから、結構長そうだけど」
「そういや、19層でカンテラの燃料切らしたんだけど、誰か持ってる?」
「も~何やってるのよ」
「松明ならちょっとだけあるゾ」
「一本道じゃないだろうし、これ持つか微妙だなぁ」
そんな会話をするのも、この世界における《暗い場所》にはいくつかの規則があるからだ。
暗いと言っても段階はあるが、基本的には《見える範囲が限定される》という共通のルールがある。
世界観的にLEDライトなんて便利なものはなく、そんな場所ではカンテラか松明、あるいは
これは音に関しても同様で、各層主街区の時計塔もそれぞれ立派な鐘を
そういったシステム的な事情もあって、一寸先は……とまでいかなくとも、ゴツゴツとした岩肌トンネルの数メートル先は闇だった。
アルゴは《松明》を持っているらしいが、その
「場所はわかったし引き返す?」
「え~! ……面倒なのもあるけど、他のプレイヤーが根こそぎ採っちゃうと、リポップまで時間かかるよね?」
「最悪居座られて、
「ならとんぼ返りはナシだナ。こういうのはダンジョン内に燃料やら落ちてるケースもあるシ、オレっちは多少夜目も利くゾ」
そこまで話し合うと、すでに先客が枯らしていないことを祈りつつ、俺達4人は着火剤となるアイテムで《松明》に火をつけ、炭坑内へ進行した。
内部は坑夫がピッケルを振れるほどには広く、フィールドの一部ということもあって獣人族の小型モンスターが何度か襲ってきた。過去にも散見された《
俺は万一に備え《クイックチェンジ》先に小ぶりの剣を設定しつつ、慎重に歩を進めた。
そしてモンスターと何度目かのエンカウントを終えたころ、とうとうアルゴの松明から火が消えた。アイテムの寿命が来たのだ。
それ自体は予想された結果だが、ここで信じられないことが起きた。
「きゃあ!? ねぇホントに見えないんだけど!」
「わあってるよ。危ねーからあんま離れるな」
「うわわっ! ジェイド! へんなところ触るなヨ、エッチ!」
「はぁ!?」
「最低! そういう狙いだったの!」
「ち、違ェよ! おいコラアルゴ! 触ってねーだろ!」
そう、お調子者が俺をからかってきたのだ。
誓って言うが、指一本触れていない。
「ニャハハッ! ニャハハハハハ!」
「こんのやろうマジでホンマにむかつく」
「ちょ、やめてよアルゴ。あたし本当に警察に電話するところだったよ」
「スマホねーだろ、ここ」
「あー大丈夫よリズ。こいつにそんな度胸はないから」
とそこで、今まで反応が希薄だったヒスイがため息交じりにそう言った。
「そ、そうなの……?」
「そうよ。所詮こいつはゲームオタク。草食系男子なの」
「う~ん、それでも男子はなんかなぁ。……どこか信用がおけないっていうか……」
「保証するわ。紳士とかそーいうの通り越して、ただのヘタレ。同じ部屋で寝てもへっちゃらよ。どうせ手は出せないわ」
「ところでヒスイはどうしてそんなこと知ってるんダ? ……まさカっ!?」
「ち、違うわよアルゴ! あたしは別にこんな奴と……」
「オレっちはまだなにも言ってないゾ?」
「ぅくっ……あ、アルゴー!」
女性陣の話をここまで黙って聞いていたが、そろそろ俺は本気で怒っていいと思う。
「あのさぁ! さっきから聞いてりゃ好き放題言いやがって! 誰がヘタレだ誰が!」
「だってそうじゃない! あたしがあんなに……っ」
しかし反論の途中で思い出したのか、ヒスイはそこで言葉を切る。しばらく
「なぁなぁリズさんヤ、これっテ……」
「ええ。これはガチね……」
意味のわからない比喩的なやりとりをする後ろの2人は放っておいて、俺は懸命に心を無心にして歩いた。
正直、確信があるなら勝負に出てやってもいい。俺だって男だ。だが彼女達は逐一からかっている。この戯れ言すべてに反応していたら俺の身がいくらあっても持たないだろう。
しかし長かったトンネルもいつかは終わりをみる。
通路の奥にうっすらと光を感じた。おそらく出口だ。
俺達は早まる足を抑えつつ一直線に向かい、通路を出た。そしてそこに待っていたのは、これまた幻想的で神秘的な、ぼんやりと青白い光が壁面の鉱物から放たれる秘密基地のような場所だった。
ディテールは細部まで非常に凝っている。人の視線がどう移るか、見渡しやすい空間になっているか。デザイナーの配慮とこだわりが感じられる景色は、まさに絶景の一言に尽きる。俗にいう隠しステージであることが
「へぇ、すごくキレイね……」
「うわぁ、下層の鉱石探しがアホらしくなってくるわ」
「オレっちもこれには声がでないナ」
三者三様、とも言えないほぼ同じ感想を述べる女性陣。
だが、俺は別のところで納得していた。ダンジョン内にカンテラの燃料やら松明やらが落ちていないと思ったが、ゴール地点に発光する鉱石を用意することで、帰り道の光源として利用させるコンセプトだろう。
しかし感性に浸るだけでは話が進まないので、次の行動を催促する。
「ほら、とっととナンチャラの硬玉とやらを集めるぞ。ってか、よりによって採取クエストとか、さっきのと被ってんじゃん」
「もぉ風流を持ちなよ。それに仕方ないじゃない。ここにいる皆がクエスト内容を知らなかったんだから」
貴金属の採取クエストなる今回のこれは、先ほどまでの石碑の欠片集めとやっていることが大差ない。
正直に吐露すると飽きたのだ。こんな作業ゲーになるとは思わなかったが……いや、RPGのやり込み要素なぞほとんどが作業ゲーのようなものか。
「ん? おい、これじゃね?」
俺はうっすら青く輝く洞窟内の一角が緑色に変色していることに気づいた。そしてNPCが求めていた貴金属の色は確か緑。つまり目の前で美しい光を放つ鉱石がそれに当たる。
「あ、ホントだ。綺麗だけど、ちょっと見つけるの早すぎだね~。超ちっちゃいとか、もっと苦戦するかと思ったわ」
「まぁトンネル抜けるまでが長かったってことだナ」
なぜか第一発見者である俺への礼がない。護衛にさえ最も貢献したはずなのにこの仕打ちである。
「んで、それが正解なのかを早いとこ確かめてくれよ」
「はいはいせっかちさん。じゃあリズ、お願いできる?」
「ん……ちょっと待ってね〜」
武器や防具には《
そして、今回の石っころのステータスは俺では価値を判断しかねるため、現在この簡易パーティで唯一《
「《翡翠緑のジュリアストーン》ね。うん、翡翠石のことは別名で『硬玉』だし、NPCは緑色の硬玉を拾えと言ってたから間違いなさそうね。これで任務は達成……んん? あ、あれっ?」
会話の前半で安堵しかけたが、いきなりリズが言葉を途切らせる。そして、ヒスイの顔と手に持つ石っころを交互に確認した。
アニメみたいな動きである。いったいどうしたというのだろうか。まさかここまで来て見当違いだったという、壮絶に面倒くさいオチが……、
「ね、ねぇヒスイ……いま気付いたんだけどさ。確か翡翠緑って英語でジェイドグリー……」
「わぁあー!! ちょっとストぉぉップ!!」
今度はヒスイが甲高い声でリズの言葉を遮る――手でも物理的に口を塞いでいる――と耳を塞いだ俺は、二の
「おい! 洞窟だと響くだろうが! キンキンするわマジで」
まだくわんくわんと脳内で鳴り響く感覚が襲うが、当のヒスイはそれどころではないといった具合にリズに何やら耳打ちしている。
この状況で無視するとはいい度胸である。
「おーい、聞いてんのか」
「き、聞いてるって。さっきは悪かったわ、謝るから」
そう言うヒスイの声はどこか弱々しく、誰かに弱みを握られたようななんとも言えない不安な表情を浮かべた。
しかし情緒の安定しない女だ。生理だろうか。ついでに不可解なことを言っていた後ろの人間にも聞いておくとしよう。
「ところでリズ、さっき言いかけた言葉って……」
「も、もういいじゃない! さあ皆で戻って、あたし達攻略組はレベルアップ目指しましょう!」
「……いいけどさ……挙動フシンだぞ?」
どこか
なので、ここは深追いせずに彼女に従った。
「(にしても敵、湧かねぇなぁ……)」
女だらけで遠慮しているのか、帰り道は敵との遭遇を避けられた。今は護衛対象が多いので願ったり叶ったりだが、少なすぎれば仕事のしがいがない。俺は基本的に
それにしても男女比の割合、取り分け女性の方が多い状態は19層の深夜以来である。
「(いち男子として、みょーりに尽きるのかね……)」
メンタル疲労的にはしばらくお断り願いたいが、貴重な体験だったのは揺るぎない事実だ。俺がリアルの世界でのうのうと暮らしていては、決して起こり得ない人生経験である。
そして何より、集団行動の予行演習ができたのは大きい。
おそらく今月中には、こうして4人で行動することが約束されているからだ。カズ達と4人ギルドとして行動することができる。
それもこれも、この小さな勇者が俺を変えてくれたからだ。
「な、なによぉ……?」
しばらくヒスイの方を見ながら歩いていたせいか、アヒルみたいな口を作って彼女は抗議の表明をする。もちろん「なんでもねぇよ」とだけ言ってまともに返事などしないが。
本当に感謝していると、声に出して伝えるのはもう少し後でもいいだろう。
そうこうしている内に、俺達は再三に渡り最前線の
と言うわけで、ここからは懐かしく感じるソロ活動の再開だ。可及的速やかに再開したい。
「っとその前にアルゴ、ギャラくれよギャラ」
「こうしてみるといつもと立場が逆だナ。ま、たまには新鮮でいいガ」
そう言いつつコルを受け取ると、俺はさっさと立ち去る、なんてことはできなかった。
不気味すぎるのだ。先ほどから俺とヒスイの方をチラチラ見ながら「ムフフン」という感じの口元を見る度に、俺は相当な不安に襲われる。
「あの……さ、アルゴ。ちょっと聞いていいか?」
「なんだネ? オネーサンになんでも聞いてみなさいナ」
俺はチラッ、と横流しに目を向けた。ヒスイは今リズと会話している。
聞けるチャンスは今しかない。
「アルゴはさ、きっとカン違いしてるんだよ。俺とヒスイはマジでなんもねぇから」
「おやおやジェイドさんは自意識過剰だナ~。オレっちはな~んにも思ってないゾ?」
「ここで意識しない奴がいたら、たぶんそいつに自意識はねーよ。……あとリズが洞窟で言いかけたこと、アルゴは察してんだろ? 俺にも意味教えてくれよ」
「ニャンのことカナ……?」
「あ、こいつッ。しらばっくれる気か。さっきなんでも聞いてみろって言ったじゃなーか」
「答えるとは言ってないヨ」
ここまで強情ということは、彼女もまたヒスイによって口封じされているのかもしれない。となればその固い口を割るのは一苦労である。
「あの宝石になんか意味があるんだろ? う~ん……」
「フフン。お前サンもいつかわかるサ」
またこれだ。アルゴは都合が悪くなるといつも人を煙に撒く。
あえて追撃しないが、おそらく多少のコルを払ってどうこうなる問題ではないのだろう。ヒスイのプライベートに関するあれこれだとは到底思えないが、ゆえにサラッと教えてくれないのは謎だ。
「(まいっか、俺もこれ以上時間かけてらんねーし)」
後日質問の機会があった時は、今より食い下がってみるとしよう。
それより、残りの2人にも挨拶ぐらいはかけねばならない。
「俺はこのまま狩りに行くけどヒスイはどうする? なんならまた狩った数の競い合いとか」
「あ、あたしはこれから別のクエスト受けに行くから……っ」
「あれ、さっきはレベルアップのためがどうとか」
しかし言い切る前に「話はまた今度ねえ!」とだけ残し、ヒスイはそのまま逃げるようにそそくさと退散してしまった。
どういった了見だろうか。知らない間に逃げられるほど嫌われたとでも?
「行っちまった……」
「あんたこのタイミングでよく2人きりになろうとするわね。もしかして狙ってる?」
残されたリズがため息混じりに言うが、妄想と区別がつかなくなりそうで恥ずかしいので否定しておいた。
「俺に狙えるタマじゃねーよ。それより今日はサンキューなリズ」
「助けてもらったのはあたしじゃない。今回はヒスイより役に立ってたわよ? 認めるのはシャクだけど」
「その、なんだ……素直にホメらんねーのか? ここの女性軍団は」
「アッハハハハ」
――アハハではない。いい加減シバいたろか。
まあ、俺の過去を知る者なら、この日がどれほど貴重な時間だったかが理解できるだろう。
こうして平和にしていられるのは、周りの人間が俺を変えたからだ。最近活発になってきた各オレンジギルドの仲間入りを果たしていないのは、人生の分かれ道で本当に紙一重の正しい選択をしたからだ。
「それでもサンキューだよ。あと、リズは今回の冒険は楽しかったか?」
「ん、と……」
リズは口に手を当てる。さすがに正面切ってこう問われると即答しかねたようだが、次に顔を上げた時は笑顔だった。
「なんだろ、メッチャ楽しかったわ。あたし攻略が始まってからしばらく独りだったからかな。誰かと過ごすのってこんなに楽しいんだね……」
「気持ちはよくわかる。正直俺もいい息抜きになったよ。リズのおかげで笑った回数増えたと思うぜ?」
「えーなんかそれバカにしてる!」
こんな言葉の応酬で笑っている俺がいる。まるで小さなギルドに加盟したようだ。
そして俺がルガトリオやその仲間達と一緒に過ごせるようになったら、こんな日々がずっと続くのだろう。
「(楽しみだ。早く会おうぜカズ)」
失った時間は修復できないかもしれない。しかし取り戻すことはできるはずだ。
今日1日を通して、誰1人として25層戦の悲劇を語ろうとはしなかった。
それでいい。過去に失った物をいつまでも見続けていたら、俺達は一生前に進めないのだから。
今日はまだソロプレイヤーが4人集まっただけのハリボテパーティだったが、俺は今度こそソロプレイヤーを脱却できる。効率化と自己保全のために見捨てたルガトリオと、そして彼を1層の頃から支え続けた仲間達と、逃げずに正々堂々向き合っていくのだ。
「ぃよっしゃー! レベリング再開だ!」
それまでにはせめて、背中を預けるに値する男になってみせよう。