西暦2023年6月14日、浮遊城第28層。
20分ほど前、日付変更線を通過。6月も残すところ半分となった今日この頃。俺は28層のメインフィールドたる『狼ヶ丘』にいた。
おかげで気分はブルーである。というのも、俺はどうしても1層でデスゲーム宣言があったあの日から、度々
無論、戦闘で負けるということはなかったが、どうしてもやる気は削がれる。
「(あ~やだやだ……)」
俺はなるべく無心を
すると、近くでよく知る人物の声が聞こえた。戦闘を一時中断し、早歩きでその場に向かう。
そこにいたのは予想違わずクライン達、ギルド《風林火山》のメンバーだった。相手もこちらに気が付くと、俺は軽く手を振りながら近くまで駆け寄る。
「よう、クライン! ギルドもまた人数増えたんじゃねぇか?」
「おおジェイドじゃねぇか。ちょっとお前ら、ザコ頼んだぜ」
そういって彼は新たな武器、《刀》カテゴリのそれをパチンッ、と腰に仕舞いながら走ってきた。
《カタナ》スキル。最近発見されたエクストラスキルである。
1層フロアボスと10層でしか見られず、多くのプレイヤーにとって『モンスター専用ソードスキル』と信じ込まれていたスキルをプレイヤーが使用する。これはつまり、《霊剣》スキルを含む多くの『敵専用』がまだその限りではないという証明になったのだ。
もっとも、それら日本刀の中には飾って楽しむだけの装飾品から、《
それにしても、あの絶望的なボス戦を経て、また最前線フィールドでクライン達と再会できているのだから人間捨てたものではない。
「それいいな、カタナ。結構サマになってんじゃん。俺も曲刀に手出しとくべきだったかな~」
「へへっ、だろう? まぁ黙ってただけで25層戦の時にも使えたんだがな。ただ、あん時はまだ熟練度が心許なくてよ。ソードスキルも最近になってようやくまともなの覚えられたぜ」
言っていて思い出したのか、クラインの表情から笑顔が段々と薄れていった。無理もない。凄惨な討伐結果をただ聞かされただけでなく、彼ら《風林火山》はその場ですべてを目撃してしまったのだから。
あの日、討伐隊に降りかかった重圧は並のものではない。こんな話を続けようものなら、お通夜前の空気になってしまう。
話題切り替えだ。
「そ、それより見てくれよコレ。……ほら、25層のLAドロップだぜ? すっげぇだろ!?」
そう言ってハイテンションに取り出したのは、《ミソロジィの四肢甲冑》なる、肘から先と膝から先のみに装備する特殊な甲冑だった。
レアアイテムの見せびらかしは、個人的にはコンプライアンス違反だが、わずかばかりの優越感と引き換えに今回は目をつぶろう。
付随効果は壮絶。筋力値+50に敏捷値+20、大幅な体力・防御力補正。装備中は四肢による
ついでに手足が
デザインも文句なし。基本のベースを黒としつつ、所々に黄色いラインの入った黒雲と雷鳴をイメージさせる鋭利な防具は、厨二病の
だが、手放しで喜べることばかりではない。
それは
ただ突っ立っているだけでも16分40秒間しか装備できないコレは、勿体なすぎて通常攻略では装備できたものではなかった。
「うぉおッ!! こいつぁ凄ぇ。手足のみの鎧か? 見た目イカすし、飛びっきりに強ぇじゃねぇか。……んでもよ、それ確かヒスイさんがゲットしてなかったっけ?」
ごもっとも。あの時、《リヴァイヴァルファラオ・ザ・ペアギルティ》なる双頭型巨人へ最後に攻撃していたのはヒスイだ。俺のラストアタックは失敗したし、ついでにLAボーナスも機能したため、最初に手にしたのも彼女である。
しかし、この籠手と臑当てをワンセットにした黒色甲冑は、俺やクラインの言うところの格好良い、つまりヒスイで言うところの『ダサい』に当てはまったので、物々交換によって俺の手に渡ったのだ。
「交換したってわけよ。今じゃ財布とストレージすっからかんだ」
「ちぇ、羨ましい。オレが先に話しかけときゃよかったよ」
クラインは愚痴るが、出費を知らないから言えるのだ。実際に俺の出した交換材料見ると仰天するに違いない。
しかし「にしても25層かぁ……」と、付け焼き刃の話題切り替えは長くは持たず、再び
攻略の遅さ。これも問題だろう。しかし、加えてもう1つ気がかりがあるとすれば……、
「オレらは復帰できる状態だからまだマシだと思うぜ? 大量の離反者もあって、あの後の《軍》は相当ヤバかったらしい」
「それは俺も聞いた。攻略行為は凍結だとかなんとか……」
俺の危惧はまさにこれで、彼に同意するように頷いた。俺が特別詳しいわけでも、ましてや《軍》と仲が良いわけでもないが、事情を知らない攻略組は少ないだろう。組織そのものが大きいからか、大々的な発表などしなくても情報がすぐに行き渡るからだ。
組織というものは、炎上騒ぎで
2層では数十人規模の《アインクラッド解放隊》。10層では下層プレイヤーの育成を題した勧誘により巨大化。20層では《ギルドMTD》と合併する事により、《軍》という俗称がつく。22層からは文字通りやりたい放題で、ボス戦の半分をギルド内で
ただし息継ぎのない疾走に、ついに限界が来た。多数の死者を出したことで成長率は急速減退し、現在は逆に軍縮している。こうして振り返るだけでも組織のありようが激変したことを物語っている。
彼らを束ねるシンカーなるプレイヤーやキバオウら重鎮連中であっても、やはり変革のすべてをコントロールできたわけではないのだろう。
最終的に彼らは20名もの戦死者と、それに伴い波のように広がった消極姿勢により最前線から姿を消した。
ボス戦で『良いポジションにつきたい』という理由で仲間入りを果たしたソロプレイヤーや小ギルド達の離反で、彼らが発言力をなくしたことが大きい。
あくまで、利益あっての関係。無理を押してでも加盟する組織ではない。
「(あの《軍》ですらこのザマだ……)」
自然とこぶしを握り締める。
俺はよくギルドという存在について考えるようになった。
もうすぐカズ達が俺に追い付く頃だからだろう。実をいうと、不安が尽きないのだ。俺は我慢強い方ではなく、知らない人間とうまくやっていける保証はない。カズ達と戦う時、彼らを守りきれる保証もない。そして考えたくはないが、『死なれた時』に果たして俺は前を向いて歩けるのか、という懸念もある。
相互の絆が軽薄ならギルドなんてものはたちまち崩れ落ちるだろうし、逆に強ければ喪失感で再起不能になるかもしれない。それらの事態が重なった結果が今の軍であり、『戦わない大集団』でもあるのだ。
「クラインは知らねぇだろうけどさ。まぁキバオウとは……てか、幹部連中とは1層の時から顔は知ってる。……いなくなるとやっぱ悲しいよ」
「わかるぜ。さっきメンバー増えたって言ったろ? あれな、元軍の奴なんだよ。……調子のいい話に騙されたって。友人も亡くしたと言ってやがった……」
頭のどこかでは理解していたことだった。おそらく23層攻略から数えてボス戦初参加の者も、ボス戦による戦死を初めて目撃した者も、数多くいただろう。
同情はするものの、今となっては同情しかできない。
「でもよ……新人に声かけて、救えて、いまじゃ仲間だ。全部がヤなことじゃねぇさ。人間そこは乗り越えなきゃな」
「出た名言。……ま、攻略は続いてる。全部ほっぽりだしたら、死んだ奴らに合わせる顔がねぇしな」
クラインはたまにお調子者で、どこか抜けていて、バンダナの趣味が悪くて、それでいて立派なギルドリーダーだ。普段の容姿と言動からは想像もつかないが、彼には彼の持論があって、仲間意識が強い。その勇敢な行動が仲間達の命を守っている。
スタートダッシュに目が眩み、ビギナーを軒並み置き去りにしたこんな俺を、この男は会った時からいつまでも仲間だと思ってくれている。
「だし、クラインにシリアスは似合わんから」
「おいそりゃ聞き捨てならんぞ! こんにゃろめ」
「アハハッ、ならもうちょい大人なオーラださないと……あっ」
しかし、クラインが小突き合っていると、俺は近くの丘の上で全身を黒い装備で覆った人物が、静かに俺達を見下ろしていたのに気付いた。周辺の明度はかなり低かったが、シルエット、装備、ここが最前線であること、どれをとってもそれがキリトのものであることは明白だった。
俺が小さく「キリトか……?」と呟くと、クラインも目線の先へ振り返った。しかし、そこには鬼気迫る雰囲気があった。俺はもっと2人して喜び合うと思っていたので、この結果は少々意外である。
「おいクライン、どうしたんだ?」
聞いてみるが、クラインは答えないどころか俺の方を見ようともしなかった。
そうこうしているうちに、キリトが少しずつこちらに近づいてきた。そのまま
「クライン……もうこんなところまで来られるようになったんだな……」
「お、おう! へへっ。どうだよキリト、オレも今じゃいっぱしの攻略組ギルドのリーダーだぜ?」
どこか不穏な空気が漂うが、いったいどうしたのか。やはり、キリトのソロ状態と理由が絡んでいて、俺の預かり知らぬ場所で後ろめたいことでもあったのだろうか。
重い空気に呑まれて話し辛くなってしまい、少々うわずった声で口開く。
「そ、そういやキリト最近見ないと思ったら、こんな深夜にレベリングしてたのか。ボス戦にも顔見せないもんから心配してたぜ。……ええっと、確か《月夜の黒猫団》だったか? 入ったギルドの名前は。あいつらとはどうよ」
「……ああ。今でも一緒にいるよ……」
テンションが上がることを願って高めのトーンで話題を切り出してみたが、あまり効果は無かった。俺は諸事情により、《月夜の黒猫団》なるギルドについてそれなりに詳しく知っているのだが、それを知られると後々厄介なので知らない振りをしておく。
そして俺たちへの興味が削がれたのか、先ほどの発言を機に彼はまた歩き出し、会話そのものが終わりを告げようとしていた。
「悪いなジェイド、レベリングの時間が無いんだ。……じゃあまた……クラインも」
「おいキリト! キリトよ……お前ぇも無理すんなよ、オレぁもう気にしてねぇからな!」
その言葉を最後まで聞いていたかはわからなかったが、キリトはほんの少しだけ頷いたように見えた。
買い被りかもしれないが、クラインが人と話す際にギスギスした感じだったこと自体に驚きである。
「(やっぱ《はじまりの街》で、なんかあったんだろうな……)」
人間関係の悪化が1番激しかったのはおそらく1層。いや、あの《はじまりの街》のデスゲーム宣言直後からだ。
誰もが人を気遣う余裕がなく、必死だったがゆえに皆が我欲だけを満たそうと力任せだった。必然的に、本来協力しなければならないはずのプレイヤー間での衝突は後を絶たなかったのだ。
「行っちまった。……なにかあったんだな? キリトはまだ気にしてるみたいだったけど」
「ああ。けど当時は足引っ張るの見えてたし、オレの方から置いてけって言ったんだ。もう気にするなと何度も断ってんだけどな……」
そう言うが、元βテスターなら実体験として理解できる。ビギナーを捨てて、自分の強さだけを求めて、旨い狩り場を知り尽くして強化に
それは逃れようのない罪悪感の鎖。
キリトが最初期からソロだったのなら、あいつにも例外なく『それ』があるはずである。
「オレよ、もう誰にも俺を初心者なんて言わせねぇようにする。いや、オレだけじゃねぇな。このギルド全員をだ。キリトにもう2度とあんな思いはさせねぇ。……だからもっと強くなんないとな」
そこには決意の眼差しがあった。
それだけ言うと、クラインは立ち上がって新たに手に入れた《刀》カテゴリの武器に手を添えた。
「ジェイドもよ、ソロやってる理由なんかあんだろ? それを無理矢理知ろうとは思わねぇが、おめぇもあんま無茶なことすんなよ。オレぁいつでも歓迎する。忘れるな……」
「ああ、サンキューな」
この優しさは毎度身に染みる。しかし俺とて、カズ達と一丸となってこの胸くそ悪いゲームに臨むと誓い合っている。
言葉だけをありがたく受け取って、残り少ないソロプレイをせいぜい満喫することにしよう。
「ありがとよクライン! またどっかで会ったら、そん時は腕試しにデュエルぐらいしようぜ!」
「おうよ! 吠え面かくなよぉっ!」
片手を振ると今度こそ彼は視界から姿を消した。
その時の俺は、ほんの少しだけ心が軽くなっていた。