SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第40話 《月夜の黒猫団》(後編)

 西暦2023年6月28日、浮遊城第30層。

 

「はぁ~狩った狩った。50匹はいったなこりゃ」

 

 (したた)る汗を拭きながら、俺は満足げに(つぶや)いてしまった。

 30層の解放後、フィールドで確認された最高レベルのモンスター、《カウンター・パラキート》なる鳥類モンスターを休みなく狩っていると、再湧出(リポップ)の波が収まって一息つく。

 鳥の頭部を持ち、さらに飛行能力まで有するこのモンスターは、ソロで相手をするにはやや手強い。安全マージンというのは実に大切である。

 

「(ま、キリもいいしそろそろ帰るか……)」

 

 ケイタと宿屋で別れてもう5時間がたっていた。日付も変わり、今日は記念すべきカズ達との再会の日だ。

 ケイタについての連絡事項は、メッセージに載せてすでに送ってある。ちなみにロムライルにはあっさりと受け入れられた。あとは(じか)に会わせてロムライル本人の了承を得れば、晴れて俺と一緒にギルド、《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》に加入することになるわけだ。

 

「(とうとう今日かぁ。最前線が17層だった頃に約束したから、ちょいと時間かかった方かな……)」

 

 打算的な俺はついそう考えてしまうが、むしろ彼ら3人の性格からすれば、よく前線に追いついたものだ。せっかくギルドに入れてもらうのに失礼な話だが、どう転んでもカズ達が攻略に向いているメンバーとは思えない。

 しかしそれも今日まで。夢にまで見るとはよく言うが、昨日のケイタにとってはそれこそ夢であって欲しかっただろう仲間と再会する。

 だがやはり、ケイタのことを思い出すだけで自分のことのように不安に感じてしまう。

 彼の体験した悲劇が、今後は俺にも起こり得るからだ。

 今まで攻略組として前線を走ってきた俺が、なにかの拍子に分不相応な助言をしたとしよう。その誤謬(ごびゅう)が原因でカズ達《レジスト・クレスト》の面々を守れなかった時、俺はケイタと同じ運命を辿(たど)ってしまう。

 

「(そうはさせない。もう誰もやらせない。そしてケイタ……それはあんたも同じだ)」

 

 メインメニュー・ウィンドウを開くと、俺のフレンド登録者リストの一欄を開示する。そこには、もう幾人ともしれないフレンドが記されていた。

 システムの名称ではなく真の友人。そこについ数時間前、新たに「ケイタ」の名が追加されているのを認めると、少し感慨深い気持ちでそのタブを右手の人差し指で押した。

 

「(ケイタ……また誰かと笑い合えるようになるためにも、俺らがそばにいてやんねぇとな。……んん?)」

 

 だがウィンドウを閉じる寸前、俺は奇妙な違和感を感じてそのままケイタの情報を映したそれを凝視した。

 すると彼の位置情報が主街区の端、それを大きく通り越し、はるか西に位置していることに気が付いた。記憶する限り、この地に《圏内》設定の村や街はないはずであり、それ以前に今の時間は午前0時を過ぎて50分。こんな時間にコードの効かない30層のフィールドに出向くなど、理由としてはパワーレベリングをするためとしか思えない。

 あれほど無茶な狩りは止めておけと言ったのにも関わらず、彼は忠告を無視してこんな時間にモンスターと戦おうとしている。いや、すでに戦闘に入っているかもしれないのだ。

 

「ばっかやろッ……!!」

 

 声に出して視界にいない友を軽く罵ると、俺は瞬間的に感じた悪寒に従って全力で彼のアイコンがある方向へと両足を動かした。

 いいようのない胸騒ぎ。

 そしてそれを示唆(しさ)するように、ウィンドウの中で少しずつ移動していたケイタのアイコンが突然消失した。

 まだ表記されるネームは灰色に変わっていない。ゆえに死んでいないのは明らかだが、マップ上で姿を消す方法は限られている。十中八九、彼は専用のローブないし、それに準ずる特殊なアイテムを身に纏っているはずだ。

 しかし、今さらメッセージで言って聞かせようという発想は生まれない。俺に黙ってこんなことをする時点で、彼も後ろめたさを感じているはずだからである。なら直接会って「2度とこんな無茶なレベリングをするな」ともう1度ぶん殴ってやるしかない。

 

「(くそっ、急ぐ気持ちはわかるけど……ッ!!)」

 

 ブーツのスパイクが地を抉るような加速をしながら、それでもなお疾駆する。

 広大なアインクラッドをこの目に焼き付けたいがために俺はSAOのソフトを購入したが、今となってはこの広さが憎たらしい。

 しかし、ふとウィンドウの中でメッセージタブが点滅していることに気づいた。これは俗にいうメールの着信光だ。

 

「ハァ……ハァ……ケイタじゃねぇ……こんな時間に誰だッ」

 

 鬱陶(うっとう)しく思いながらも走る途中でそのタブを押す。すると差出人の欄には、今や《吟遊詩人》という二つ名まで付けられたソロの男性情報屋、ミンストレルの名が刻まれていた。

 日も沈んで久しいこんな夜間帯にミンスがいったいなんの用だろうか。

 走行中では文字が揺れて読めないので、俺は一端止まってその内容をじっくり読み上げる。

 そしてそこには、信じられないほどタイムリーな情報が詰まっていた。

 

「(はっ!? どうなってやがる!?)」

 

 それはケイタの居場所と、彼が危険にさらされている、という情報だった。

 裏切りに見えるかもしれないが、トップを独走するキリトの高いゲームセンスを評価している俺は、彼の行動について定期的にミンスから情報を買っていた。当然ここしばらく《月夜の黒猫団》と共にいたことから、ギルドの情報についても流れている。まさかこんな時になって功を奏するとは思わなかったが。

 しかし、予想外だったがこの知らせはありがたい。彼の場所が判明すると、俺達は早速インスタントメッセージで情報交換を行った。

 

「(ミンス貸しにしとけ、ぜってぇ後で返すから!)」

 

 場所は近い。《索敵》スキルを全開にして走っているため、位置も問題なく掴めている。そろそろ視認できてもおかしくないはずだ。

 あとは見つけるだけ。合流したらケイタが無茶なレベリングをしている場所を特定すればいい。

 と同時に、またもある疑問が浮かび上がった。

 彼は「私と合流するまで声を出すことを控えろ」と言ったのだ。視界が悪いのだから音に頼るのは道理のはず。彼にしては理由をはっきりさせず、非常に漠然(ばくぜん)としたものだった。

 暗闇で音に反応する強力なモンスターが出現するとでもいうのだろうか。しかし、その程度なら俺1人でどうにでもなるはずだ。

 

「(あっ……いた!)」

 

 ともあれミンストレル本人を発見すると、俺は思わず心の中で叫んでいた。

 そのまま全力疾走してあっという間に彼の隣に立つと、ことの経緯を詳細に聞こうと身を乗り出した。

 

「どこだ、ケイタ……あのバカは、どこに!」

「落ち着け。こっちだ、ついてこい」

 

 背の丈は俺と同じほど、下側だけに(ふち)がある丸メガネに、灰色の髪の毛。いつも体格に合わないダボダボのコートで防具を隠す、一見すると怪しい不審者にも見えかねない風貌(ふうぼう)だ。男のくせに一人称が「私」なのも特徴である。

 しかし彼の言葉を悠長に聞いている暇はなかった。

 

「あのな、急いでんだ。先に場所教えてくれ。どうせ黒猫団の状況は知ってんだろ? あいつは……まだこのフィールドでは戦えない。モタモタしてられないんだ!」

「声を出すな。黙ってついて来い」

 

 相手につられてヒソヒソ声になったが、鬼気迫る勢いで()くし立てるとさすがに彼も歩幅を大きくして道を案内してくれた。

 そうして到着した場所は、広めの窪地(くぼち)を一望できる絶好のスポットで、逆に下の位置からはこちらが死角となる岩影だった。

 お互いに身を屈めて、限界まで身を乗り出しながら見下ろす。

 現実世界を模して作られた偽造品だが、星々が爛々(らんらん)と輝き月光もあるため、夜でもある程度の距離は見渡せるのだ。

 目を細め、頼りない光源から窪地(くぼち)の底にケイタらしき人物を見つけだすと、同時に見知らぬ4人のプレイヤーが彼の周りを囲っていることにも気づいた。

 もちろん黒猫団ではない。キリトは確かに「死んだ」と断言した。

 ここにいるはずが、ない。

 

「(じゃあ……それなら、あいつらは誰なんだ……?)」

 

 言い争っているように見える。穏やかな雰囲気でないことは一目瞭然だった。なんらかの交渉で揉めているのだろう。

 

「なぁミンス、まだわかんねぇよ。あいつらなにしてんだ……?」

「察しが悪いな。……まあもっとも、私の理解はレアアイテムである《天人通(てんにつう)の筒》による盗聴で成り立つ。きみが現段階で判断できないのも致し方ないか」

 

 やたら仰々しい言い回しをするメガネ男の遠回しな伝え方は、今の俺にとってストレスを増加させる促進剤でしかなかった。

 彼と初めて会ったときは、あまりに無愛想な話し方だったのを覚えている。良い変化なのだろうが、代わりに面倒な喋り方になったものだ。

 少しだけかつてのムスッとした表情が懐かしくもなったが、今はそんなことを言っている場合ではない。俺は一層詰め寄り催促(さいそく)した。

 

「いいから早よ言え」

「……ふむ。計5人の集団……つまり、あそこに立っているケイタ君以外の4人の他に、『まだ1人』いる。彼らは、ある特ダネをケイタ君に流したのさ」

「ある特ダネ?」

 

 いちいち回りくどい話し方でイライラしてくるが、ここで口論をしても詮無いことなので、重要な部分だけを抜き取って会話を継続させる。

 

「それも今の彼にとって喉から手が出るほどのな。いや、そんな薄っぺらくないか。とても重要なアイテム情報を……ああ、わかったわかった。催促はやめてくれ。それでその情報というのは『プレイヤー用蘇生アイテム』だ」

「バカなッ!?」

 

 つい大声で叫び、すっくと立ち上がってしまったが、口元を抑えて再びしゃがむことで身を隠す。

 それにしても目の前の黒メガネはなんと抜かしたか。プレイヤーを生還させるアイテムだと?

 そんなバカなことがあってたまるか。それが成立してしまうのなら、今なおプレイヤーがこの浮遊城に捕らわれている理由がなくなる。なぜなら、ゲームオーバーになっても脳が焼かれずに放置されているのだとしたら、一向に死者が出ないことに疑問を持つ現実世界の誰かがナーヴギアを取り外しにかかるはずだからだ。

 ついでにナーヴギアの取り外しても死なないのなら、晴れてみんな解放である。

 だがそうではない。こちらで死ねば、向こう(・・・)でも死ぬ。だから茅場の計画は今も続行されているのだと、そんなことはもう何ヶ月も前に結論が出たことだった。

 

「なんでケイタはそんな単純なこと……」

 

 言いかけて思い至る。言わば彼は、その詐欺に騙される『下準備』ができているのだ。

 比喩ではなく、このタイミングにおいて彼は盲目だ。プレイヤー蘇生アイテムなんて聞かされれば確かに必死になるだろう。周りが見えなくなり、見ようともせずに、(わら)にも(すが)る思いだったに違いない。

 例えば、今日から仲間になってくれると約束していたカズ達《レジスト・クレスト》の面々が目の前で全員死んでしまったとしよう。その直後の俺なら、気が動転して初歩的な詐欺すら見抜けなくなる可能性はある。

 

「なんでッ……こんな。……くそ、なんつータイミングであいつらデマ情報を……!!」

「なぜこのタイミングかは、きみも予想がついているのだろう? 詐欺グループは相当なやり手だ。なぜなら、奴らは……《月夜の黒猫団》が壊滅したのを計らって、人の弱みに付け込んだからさ。耳の広さ、行動の迅速さだけではない。非情さも兼ねる、とても厄介な連中だよ」

 

 これでは交渉どころではない。きっと祈る相手など、破滅の神でも救済の悪魔でもよかったのだろう。

 そして彼はまともな思考すらできないまま、あのハイエナ共に持てるすべてを吸い尽くされかねない。それにそれだけではない。ただでさえ、あいつらは傷ついたケイタの心を弄んでいる。

 

「くっ……許さねぇ。こうなったら俺が……!!」

「待ちたまえ」

 

 ガシッ、と腕を捕まれて俺は身を乗り出したまま足を止める。

 

「おい、このまま黙って見てろってのか!? ……ミンス、殺しは論外だけど、詐欺や強盗も立派な犯罪だ。ケイタの今の気持ち考えてもの言え……ッ」

「それでも待つのだ。……きみこそ、冷静に状況を見ろ」

「なんだ……と……?」

「しっかりしろ。彼らの防具、武器。そして警戒の仕方。どう見ても前線ないし、それに準ずる場で狩りをしている者だ。あの男達がケイタ君に手渡したローブは、周囲にいる連中の《索敵》から逃れ、隠密行動をするためのもの。しかし、『索敵スキル遮断』はなにもメリットだけではない。我々のように敷地に侵入したネズミの位置すら、彼らは把握できなくなってしまうのだ。ゆえに目視で敵を発見するための配置なのだよ。手練れだということが推測できるだろう?」

「くっ……だけどよ……」

「三方を壁のような崖に囲まれた場所、一木一草(いちもくいっそう)のない荒野。……見事だね。私は心理学者ではないが、ここは場当たり的な不人気スポットではない。用意された舞台であると予測が立つ」

「脅迫!? まさか、交渉さえする気ないのか!?」

「だろうな。目的を履き違えている。連中は先ほど武器さえ向けていた。……残念だが……彼らからは欠片も容赦が感じられない。非常に凶暴だ。もしここできみが伏兵じみたことをしてみろ、金ですむ損失が命まで取られかねんぞ!」

「ぐ……くっ……」

 

 つまり中途半端な増援は、奴らがケイタを攻撃するトリガーになりかねない。回りくどい言い方しかできない奴だが主張は大概正しい。そんな彼が「ここは出ていってもいい結果は生まない」と、こう助言しているのだ。

 八方塞がり。こうなったらケイタの技量とその器に託すしかない。騙されなければ、盗みや強奪などシステム的にそうできないのだ。

 あとはケイタ自身が現実を直視し、「蘇生アイテムなど存在しない」と考え直してくれれば、彼らだってまさか殺しにいったりはしないだろう。

 冷静に、浮き足たたずに、相手を刺激しないようにゆっくりと交渉を終わらせればいい。お互いデリケートな状態に陥っているのはわかるが、それでもだ。

 

「(頼むぞオイ……)」

 

 しかし俺の祈りは通じず、ケイタはおそらく全財産とも言えるあの『鍵』をオブジェクト化してしまった。

 ここでの『鍵』とはつまり、最前線主街区で主の到着を待つギルドホームの鍵のことだ。使用者権限が切れるまで手放したままにしてしまうと、その時点で手にしているプレイヤーの物になってしまう。残ったホームは使うも売るも鍵を持つ人の自由だ。資金が底をついていることから、おそらく代わりに要求されたのだろう。

 そしてそれを躊躇(ためら)いもなく正面に立つ黒ポンチョ姿の男に手渡している。まるで神に貢ぎ物でも捧げているかのような光景だった。それで救われると。金と引き替えに、ギルドメンバーを生き返らせると(ささや)かれたかのような。

 

「(ケイタ……なんでッ)」

 

 悔しくて唇を噛みしめてしまう。彼があまりにも優しく、誰よりも仲間思いだから。だから奴らは、(もろ)い部分を突いたのだ。

 しかも努力と思い出の結集された遺品に近いアイテムを、まるで腫れ物でも触るように受け取っている。

 

「くそっ……野郎ッ!!」

「待て、待つんだ落ち着け!」

 

 これ以上音量を上げたらいくら距離があっても『叫び(シャウト)』として扱われ、彼らの耳に声が届いてしまう。

 しかし今になって思い返しても、もしここでミンスが体を張って止めなかったら、俺も殺されていたのだろう。少なくとも、間違いなく危険な立場に立たされていたはずだった。

 その証拠に。

 鍵を手渡された瞬間、黒ポンチョの男はその手を軽く振って合図を送ったのだった。

 

「えっ……おい……?」

 

 たったそれだけ。

 ケイタの周りを取り囲むプレイヤーが、一斉に得物をケイタに突き立てた。

 命乞いをしながらわき目も振らずに泣くケイタをよそに、とうとう2つの細身の凶器が、逃げ場を失った彼の体を貫通しているのが見えた。直接攻撃したプレイヤーを示す『カーソルカラー』が2つ同時にオレンジ色に変わった。

 目の前で広がる凄惨極まりない非道。

 失意の光景がスローモーションで流れていく。そしてケイタの体力ゲージの最端が左へ。

 もっと左へ。そして……、

 

「…………」

「…………」

 

 音は聞こえてこない。

 ただ光の粒をばら捲いて、弾けただけだった。

 

「……けい、た……?」

 

 心臓が不規則に鳴る音だけが耳朶を打った。

 リーダーを除いて団員全員がこの世界を去って、たったの1日。いや、たった数時間。

 彼らの死を乗り越えて、次の冒険を夢見て、翌の日が始まって……そしてすべては(つい)えた。

 この日、《生命の碑》に新たな無慈悲が刻まれる。それはもしかすると、残り数千の役目を果たすまで刻まれ続けるのかもしれない。

 

 

 

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