SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第41話 失敗者から学ぶこと

 西暦2023年6月28日、浮遊城第30層。

 

 人を1人殺しているのに、まるで意に介した様子はなかった。そして同時に、行動の節々にどこか常習性を匂わせる彼らにとって、その余裕は紛れもない事実なのだろう。

 プレイヤーを殺めることへの背徳感も、否応なく発生する罪悪感も、似た行動を何度も繰り返すことで骨の髄まで馴致(じゅんち)させてしまっているのだ。

 何事もなかったように、彼ら犯罪者共はその場から撤収していった。突然すぎて反応できなかった。ケイタを刺し殺しておいて、奴らは殺したことに何を感じることもなかったのだ。

 

「(ケイタ……)」

 

 今はミンストレルと共に崖のてっぺんから降りて、ケイタと犯罪者集団が口論をしていた場所に佇んでいる。

 遺品すらない。ケイタが使っていた……すなわち、ゲームオーバーになった者がその場にドロップさせる愛刀、《両手用棍棒(ツーハンド・スタッフ)》カテゴリの最大強化武器も、当然のように犯罪者共が奪っていったからだ。換金目的だろう。

 後に残るものは静寂だけ。形見の1つも拾ってやれなかった。

 

「今の君には殺意しかない……か。ふん、やめとておくがいい。復讐など詮無きことだ」

「ッ……うるせェ!!」

 

 全力でミンスの喉に手をやり、彼を黙らせる。

 自分のやっていることがいかに無意味で、いかに自己中かを自認しながら、俺は彼の首にかける手の握力を弱めることができなかった。

 しかしプレイヤーへの攻撃認定をされる、つまりオレンジプレイヤーになる直前で彼が無理矢理俺の手から逃れる。

 

「ゲホ……ケホ……酷いじゃないかジェイド。言っておくが私に不徳があったわけではないぞ。確かに、最初に彼らを発見した時は、まだ黒ポンチョの男1人だった。しかしあっと言う間に残りの3人が姿を現したのだ。主人に従う眷属のようにね。……それで? 戦闘職に就いていない私に対して、彼を救いに行かなかったと責めるのかね? しかしそれは自分勝手だ。君が彼のそばにいなかったのが原因とも返せるし、それにキリト君もそうだろう。ケイタ君を置いて、彼はどこへ行ったのだ? 友人であった君達こそ責任を問われるはずだ。結局彼は不可抗力の波に(さら)われただけのさ」

「……じゃあ何で……なんで……ッ!!」

 

 彼の言っていることは正しいのかもしれない。理にかなっているのかもしれない。だがそれを理由に、くだらないことをのべつまくなしに語る彼を野放しにはできなかった。

 俺が間違っているのだとしても、それを理解しているのだとしても。

 

「じゃあ何でミンスは……そうだよ……護衛役はどうした? あんたが最近雇いだした付き添いのプレイヤーは、確か攻略組だったろう! そいつがいれば、少しは抵抗できたんじゃないのか!? 少なくとも、見てるだけではなかったはずだッ。なのに……何で連れてこなかったんだよッ!?」

「じゃあ聞くがね、今は何時だい? 深夜も回って2時間以上がたっている。感情論もいいが、それで私に当たられても困るな。常識的に考えて、君みたいにいつも深夜まで狩りをしている人間は攻略組にだってそうはいない。むしろ君への連絡に最短でこぎ着けた私を評価して貰いたいね。……それに失礼な言い方だが、私は彼に命を賭けるほど感情を入れ込んではいない。私も、私の専属護衛も、そこまでする義理がないのだよ。どころか私は情報を営む身分ゆえ、誰にでも平等に接するつもりだ。無論、唯一呼び捨てにしているジェイドにも、ビジネスの上では対等に扱っているつもりだ」

「ぐっ……で、でも……ッ!!」

「……だから君は、目の前で死にかけてくれるなよ、絶対に。……私は助けに行かないからな」

 

 乱れた(えり)を正すと、ミンスはそう断言した。

 彼の方が正しい。と、心の中の俺が言い聞かせてくる。

 事実だろう。俺の意見は独り善がりであり、端から見ても一介の情報屋があの場で悲劇を回避させられたとは思えない。むしろ彼の助言通り、俺に知らせてくれたことはそれが例え子毫(しごう)の道でも彼を助けうる最後の可能性だったかもしれないのだ。

 だとしたら彼を称えこそすれ、悪罵(あくば)を浴びせるのは道理に背いている。

 しかしだ。なら俺のこの気持ちはどこに吐き捨てればいのか。そんな場所がないなら、一生背負うしかないのか。

 そんなことはできない。

 俺は最後にここにいた男達が立ち去る前に、リーダーらしきポンチョ姿の奴の顔が一瞬だけ見えた。ケイタを殺す直接的な合図を出した男の素顔。それはあろうことか、カズ達3人のギルドに自ら潜入して、それらを破壊しようとしたあの時の雨がっぱの男だったのだ。

 なぜ気付かなかったのか。どうしてもっと早く疑惑を持てなかったのか。あの場にはカズ達を殺そうとした2人目の男、当時投げナイフを構えていた奴もいたのだ。だのに、俺が現場にいながらその答えに辿り着けなかった。本物の役立たずは俺自身なのだ。

 奴らの正体に気付けていたのなら、俺は躊躇(ためら)いなくケイタを助けに走っていたはずだ。あいつが人を殺すような奴だとわかっていたら、ケイタが殺されるのだと判断できていたら、俺は死ぬリスクを背負ってでも物陰から飛び出していた。

 殺しを止めるチャンスを、永久に失ったのだ。

 俺が無能だから、俺が無能だから、俺が無能だから、俺が……、

 

「ジェイド!」

「……ッ!?」

 

 肩に乗せられた手を振り解くように、俺は勢い余って振り向く。しかしそこで、俺は初めて自責の念に自分の意識が取り込まれそうになっていることに気が付いた。

 

「私らしくもない慰めだが、君は悪くないよ。悪いのは……」

「言うなッ!」

 

 そんなことはわかっている。理屈ではないのだ。

 ミンスはついに表面上の慰め行為を断念すると俺に背を向けた。

 

「……そうか、ではもう行くよ。君もくれぐれも今後気をつけてくれ給え。金蔓(かねづる)だから忠告しているのではないぞ。攻略組の数が減少して現実への帰還が遅れる、なんて打算的な見解も眼中にはない。しかし君とはこれでも長い仲だ。意気消沈という言葉が私に当てはまるかはわからないが……そうだな、君を失うとそうなってしまう気がするよ。……また会おう。また会える日まで、互いに生き延びよう……」

 

 それだけを残して、彼は長めのコート系装備のポケットに手を入れたまま立ち去った。

 最後のセリフは、不器用なりに俺を心配しての発言だったのだろうか。しかし今となってはそれを贈られてもなお、やりきれない気持ちが膨れるだけだ。

 

「(ケイタ、何でここにいねぇんだよ……今日から俺らと組むんだろう? だったら何で……なんでだよ……)……ふざけんなよっ! けぃたァああッ!!」

 

 俺は叫びながら何度も壁を叩いた。

 苦しんでも喚いても返事が来ないことに腹を立てて。

 泣いても罵っても慰められないことに孤独を覚えて。

 祈っても願っても友が還ってこないことを理解して。

 

「あぁアあッ! あぁあああッガあぁアッ!! なんでこうなるっ!! クソったれがあぁああアアあああああッ!!」

 

 俺はいつまでもいつまでもその場で辺り一面を破壊し尽くした。

 喉が枯れても、腕の力が枯れても、俺も取り巻く空気が枯れても、零れ続ける涙が枯れても、俺を覆い尽くす闇が枯れない限り……いつまでも。いつまでも。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……くそ……ちく、しょう……」

 

 俺は破壊衝動を抑えない。いつまでも、それは続いた。

 とうとう力尽き、俺は生気を失ったままうなだれる。

 

 

 

 気付けば、朝日が俺を照らしていた。

 そしてザリッ、という砂を踏む音が聞こえると、ほんの手前で立ち止まった男は、顔を上げようとしない俺に頭上から声をかけてきた。

 

「……ジェイド。こんな所にいたんだ。待ち合わせ場所にもいなかったからみんな心配したよ?」

 

 …………。

 

「えへへ、ほら僕らってフレンド登録してたからね。そっちの設定もデフォルトみたいだったから、すぐ見つけちゃったよ。……さあ、座ってないでさ……」

 

 …………。

 

「……ねぇジェイド、僕も聞いてるんだよ。ケイタ君のことでしょ? 彼を守れたのに、その機会を逃してしまった。……そして君はそれで自分を責めているんだ」

 

 …………。

 

「つい数時間前のことなんだって、それも聞いたよ。昨日話してくれた人が僕達の仲間に入れなかったことは、僕も悔しいし悲しい。本人に会ったことはなくても、その気持ちは本当だよ」

 

 …………。

 

「でもねジェイド、それでも立たなきゃ。立って前を向かなきゃ。……そうしないと、いつまでたっても……」

「黙れよッ!!」

 

 俺の声を聞いて体を短く痙攣(けいれん)させた彼だったが、それでも言及を止めなかった。

 

「黙らないよジェイド。君は前に言ってくれたよね? 僕達3人が攻略そのものに閉鎖的な考え方をしちゃってた時、たまたま低層に降りてきて僕らを励ましてくれたじゃないか。あのおかげかもしれないんだよ? ジェイドとの誓いを破らずにここまでこれたのは。今こうして最前線のフィールドで会っているのは……」

 

 励ましの言葉や慰めの言葉がこれほど辛いとは思わなかった。ある意味、大切な友を失う絶望の予行演習でもした気分である。

 しかも、たった半日。会ったその日に気さくに話し合っただけの男が死に去っただけで、俺の精神はこれほど傷ついたのだ。もしこれから、ギルドに加盟して幾重にも思い出と経験を共有した仲間が同じ末路へ行きついたとしたら……。

 考えただけで怖気が走った。

 こんなに辛いのならやめてしまった方がいい。感じなくなった方がいい。聞きたくない。聞きたくないのだよ、カズ……。

 

「ミンスの奴が片っ端から吹き込んだんだろ? あいつ、見かけによらず余計なことを……だいたいな、ルガ。俺も頭ん中じゃ全部わかってんだよ。俺のこれが無意味で、時間の無駄で、労力の無駄で……全部アホらしいってことはな……」

「そんなこと……」

「いやそうなんだよ、ビタイチモンにもなりゃしねぇ。わかってる……わかってるさッ! でももうグチャグチャでわけわかんねェんだよ。過ぎたことでいつまでも言って……俺が今まで散々クソ食らえって思ってたことさ! けどっ、俺の身に降りかかると……もう立てない! ムリだ、こんな状態で今後の攻略なんて……俺にはムリだ……」

「ジェイド……ごめん……」

 

 それだけ言ってカズは拳を握りしめると、俺の胸ぐらを掴んで持ち上げた。

 

「なっ……!?」

 

 声を発する前にゲンコツが飛んできた。

 目元にスパークが走る。「ごぁッ!?」と、俺はたまらず両手で顔を押さえるが、殴った張本人はまっすぐと見据えるだけだった。

 

「ルガてめぇ! なにしやがる!?」

「そのバカっ面見ていると、頭にきて自然に手が出た」

「ん、だと……こらテメェ!!」

「今のは、僕の怒りをほんのちょっぴりぶつけただけさ。まだ僕は怒っているよジェイド」

 

 そう吐き捨てると、カズは腰から振り回すように両手用棍棒を引き抜いて、その先端をまっすぐ俺に向けてきた。

 額を右手で押さえたまま情けなく涙の跡を残す俺と、それを立ったまま見つめ続けるカズ。いつかの時とは逆の立場だ。

 

「ジェイドは言ったよね。守りたい者を、守れる範囲にあるものを、可能な限り救いたいって。もう僕を捨てた頃の自分じゃないって、前を向いて歩くと言ったよね?」

「……う……く……ッ!?」

 

 俺は迫力に圧されて呻くことしかできなかった。

 確かに過去において、俺はそう宣誓した。博愛的な行為に準じることはできなくても、目の前に転がっている善を全うするぐらいは実践できるのだと。自分を鼓舞(こぶ)するようにはっきりと口にした。

 

「じゃあ見せてよ。どれだけ強くなったのか! 守るって言ったからには、それ相応に強くなったんでしょう!? 僕に見せてみなよ! ジェイドが口だけの男じゃないのなら、僕にデュエルで勝って証明して見せてよッ!!」

「デュエルで、だと……?」

 

 『決闘(デュエル)』システム。それはこの世界に存在するプレイヤー同士の戦いが、合法の下に許可された戦闘方法。

 合法といっても当然これは比喩(ひゆ)であり、コードの庇護下なら前置きなしに街中で斬りかかってもいかなるシステム的ペナルティすら課せられない。無論、現実世界にて法律で裁かれるわけでもない。

 このシステムは、『オレンジカーソル』へ変化しないままプレイヤーへダメージを与えられる世界で唯一の方法である。

 互いの許可なく発生することはなく、いつでも降参(リザイン)する事で中断することはできるが、それでも先述の特性を悪用した輩もいる。それは意識のない人間の手を勝手に動かしてデュエルを成立させ、その上でプレイヤーをゲームオーバー……否、『殺害』する犯罪行為だ。

 これを最初に思いついた奴は知るよしもない。しかしケイタを殺したような、あのキチガイ連中と同類であることは明らかである。もしかしたら彼ら本人かもしれない。

 されど、使われ方はネガティブな方法だけではない。それこそ、日々世界のどこかで訓練に利用されている。

 中にはプレイヤー間での揉め事――各種依頼を後払いをした際、取引材料の価値が乱高下するとよくある――などでも活躍していると聞く。

 フロアボス以外のボス戦や、大掛かりなビッグクエストの成功報酬を巡って、最も採用率の高いのは『ドロップさせたプレイヤーのもの』というものだ。しかし、ラストアタックだけ掠めとるプレイヤーが多発したことから、それでは納得できないと主張する人がよく使うのが今回のこれ、《初撃決着》デュエルである。

 最終的に1番強いプレイヤーが手にするアイテム分配システム。大型ギルドでも毎日のように使用されていることから、この世界においてかなりメジャーなコマンドだと言えよう。

 それをカズは俺とやろうと言ってきたのだ。

 俺はアイテムの分配についてなどからも、このシステムのことを「くだらない」と割り切っている。早い話がデュエル自体、俺は嫌いだった。

 実は同意見のプレイヤーも一定数いる。所詮これは口約束であり、いつでも逃げ出せる。おまけに前述の通り、損得や理屈ではなくキャラクターのレベルで雌雄が決してしまう。

 利用されている回数の上昇に伴い、1回毎の『重み』の低下もそれらに拍車をかけているのだろう。

 結局、良心に訴えかけるだけではこの『デスゲーム』という特性を上塗りすることはできないということである。

 だのにカズは「僕と決闘しろ」と、こう言っているのだ。

 

「(本当に努力したなら、それを見せてみろってか? ……負けるようなら誓いがウソだったと。カズはそう言いたいんだろう。……なるほどな。それで俺が勝ったら『そんなに頑張っているのなら悔やむことはない、自信を持て』とでも言っときゃいい。結局はいいように事が運ばれるわけだ)」

 

 だが俺は、自分の言葉がまやかしだったとこの世の誰にも言わせないため、全力を尽くすしかない。いや、それどころか負けることすら許されないのだ。

 しかも勝ったら自分を許せてしまう。心の奥底ではそうでなくとも、体面上では成り立つだろう。カズにしては機転の利いたヘリクツだが、俺がここで断ったらきっとオレンジ化もお構いなしに直接斬りかかってきたに違いない。

 俺の怒りと衝動を、こいつは受け止める気なのだから。

 

「いいよ、やってやるよ。調子に乗りやがって……攻略組をナメんなよルガ……」

「そうこなくちゃ。でもやっぱり、今の君には勝てそうな気がするよ」

 

 どうやら前線歴最長クラスの人間を甘く見ているらしい。

 ここまでされたら1人の男としても、プライドに賭けて目の前の奴を叩っ斬るまでだ。

 

「僕は勝つよ。フヌけたジェイドになんて負けないさ」

「やってみろよカズ(・・)……」

 

 俺は決闘コマンド、《デュエル》システムの申し入れを受諾する。

 今日の深夜からエンカウントしたモンスターと絶え間なく戦って消耗していたため、体力回復用のポーションを取り出して一気に呷った。

 いつまでたっても好きになれない常温の薄いレモン水だったが、この時ばかりは嚥下(えんげ)した味を脳に伝達させる前に、バトル以外の全情報を遮断できた。

 

「俺は強くなって、どいつもこいつも守るとちかった……それだけはウソじゃない」

「言葉だけならなんとでも言えるよ。悔しいならぶつけて、それを剣で語ってよ」

 

 相手も本気。それは目を見ればすぐに確信できた。

 しかし俺とて本気だ。

 この試合がただの気遣いだということは理解している。カズが気を利かせて、俺を奈落の底から引き揚げようとしていることも全部伝わっている。その気持ちを汲み取った上で、受けて立つ。

 だがこの形骸化した決闘とやらが終わったとして、果たして俺は自分の至らなさを許容しているのだろうか。その答えだけは終わってみなければわからない。

 それに例え結末いかんによらず、確かなことが1つある。

 

「(今は暴れたい。誰でもいいからぶった斬ってやりたかったんだ……)」

 

 ここで体面を気にしても仕方がない。俺は誰かを斬りたかった。

 斬って斬って……そして、思う存分ウサ(・・)を晴らしたかった。

 

「行くぜカズ……!!」

「来なよ。僕が全部受け止める……っ」

 

 カウントが刻まれる。60から順に0へ向かって。

 体力も回復し、あとは限り斬るだけだ。

 そして親友との再会の朝、俺達は互いの全力を懸けた闘いを始めるのだった。

 

 

 

 


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