SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第42話 打ち付けられた先へ(ビヨンド・ストライク)

 西暦2023年6月28日、浮遊城第30層。

 

 決闘(デュエル)システム。本来は3種あるものの、現在では1つのモードのみ使われている。

 《ノーマルモード》、《制限時間モード》、《初撃決着モード》。これらはゲーム開始時、さらに(さかのぼ)るなら『クローズド・βテスト』の時には前者2つの使用頻度が高く、同時に知名度も高い決闘様式だったのだ。

 しかし現在使われているものは唯一の形式、《初撃決着モード》が残るのみ。これが圏内で模擬実戦をするうえで効率的な手段だからである。

 まず《ノーマルモード》、これは別名で《完全決着モード》とも呼称される。つまり対戦者のHPを根こそぎ奪うことで勝者が確定するバトル形式だ。このタブが人々からまったくタップされなくなった理由は、もう踏まえるまでもないだろう。

 次は《制限時間モード》。戦闘時間をあらかじめ決めておき、制限内でどちらが相手の体力を削ったかを競うルールである。言うまでもないだろうが、相手の体力を完全に削りきるなどしても勝利は確定する。よってこれも、もはや使われることのない機能になっていった。

 最後が《初撃決着モード》。思い返してみると、こいつの存在は不思議だった。ゆえに誰からも注目されなかった。しかし、今となってデスゲーム後のために用意されたとしか思えない。

 ルールはやや複雑。勝利条件の1つは、開始後最初の一振りを命中させたプレイヤーの勝利だ。では両者共に命中しなかったらどうなるのか。それからは少し変則的で、先に相手の体力を半減させた方が勝者となる。

 多連撃ソードスキルの攻撃途中でも注意域、つまり体力残量が《半分以下(イエローゾーン)》に割り込んだら、その時点で以降のダメージを無効にしてしまうのだ。これにより、デスゲーム化しておいてもなお使用され続けているというわけである。

 そしてこれは、恐怖の払拭(ふっしょく)にも大いに役立っている。

 《圏内戦闘》ではライトエフェクトとノックバックのみしか再現されないが、デュエルを利用することによりダメージまで再現され、自分が被弾できる限界も見極められるので、さらに実戦に近い戦闘技法を学べるからだ。

 そして俺は今、かつての友人であるカズことルガトリオを《デュエル・ウィンドウ》に表示させ対峙(たいじ)していた。

 

「あん時は俺が勝った。今回も俺が勝つ」

「もうジェイドになんて負けるもんか……」

 

 開始まであと20秒。互いにとって有利な間合いを作ろうと、両足をじりじり動かす。剣撃しか扱えないこの世界では、この間合いこそ戦闘前からのアドバンテージになってくれるわけだ。

 しかし俺は間合いの判定を彼に譲り、代わりに自然な形で体の向きを変えることに成功。そのまま彼の視界に映らない場所、左の太股に取り付けられたホルダーからピックを1本引き抜いて、両手剣を握る時に手と柄との間に挟んでおく。

 そしてカウントはゼロへ。

 

「ふッ!」

 

 開始直後からカズが仕掛けてきた。

 姿勢を限界まで低くし、最初の1歩でカズは6メートル程の距離を詰めた。そして背中に回されていた棍棒(スタッフ)が、両腕の力を借りて真横に振り抜かれる。

 だが俺は1度自分に向けてその武器を掲げられた瞬間から、反射的にリーチを計っていた。

 それに実を言うと、彼の使うメインアームは俺が過去に与えたものである。そのため、迫り来る凶器のイメージ像に従って半歩身を引き、上体を逸らして完全に回避した。

 

「くぉおおッ!?」

 

 ブンッ!! と、髪の先を擦りながら焦げ茶色の木製武器が眼前を過ぎ去った。

 思っていたより紙一重。つまりこれは、彼の攻撃が俺の予想を遙かに上回る速度だったということになる。前に会った時はこんな速度では……、

 

「(いや、今はッ!)」

 

 集中する。目を見開いて相手の動きをはっきりと焼き付ける。

 システム外スキル《見切り》は、なにも目線から攻撃ポイントを予測するだけに留まらない。相手がNPCでもなければ、必ずその奥に感情の起伏があるからだ。

 だから俺はカズの目を見た時から、彼が様子見せずすぐに仕掛けてくると予想を立てた。そう、この初撃空振りはブラフ。

 

「終われぇええッ!!」

 

 首めがけて反撃の横一文字。

 しかしカズは、まるで予見していたかのように体全体を丸めて縮小させると、渾身の一撃を回避。

 小さな弾丸となったまま、俺の腹部に体当たりをしてきた。

 

「やぁああっ!」

「がぁッ!?」

 

 とっさに地を蹴り、自身を後方へ吹き飛ばすことによって何とか衝撃のほとんどを相殺。もつれ合うように転がった後は、お互い身を離して再び正面で構える。

 さらに一息入れる前に、すぐさまカズは攻撃を再開しだした。

 

「(くっ……俺のは本命だった。一発で決まらなかったのは痛ぇ……)」

 

 上下左右、ありとあらゆる場所から迫りくる打撃(ブラント)属性の攻撃を、何とかギリギリのところで凌ぎつつ心の中で悪態をつく。

 元々《両手用大剣》は対プレイヤー戦には向かない。初撃はともかく、一振りが重いためだ。

 重さの乗った一撃を繰り出すには、モンスターなどに設定された一定間隔で存在する行動遅延(ディレイ)など、『隙』のタイミングを見極める必要がある。

 命中すれば強力極まりないが、当然プレイヤーにそんな、いわゆる『一定の動き』なんてものは設定されていない。

 今にして思えば、俺はおそらく乗せられた可能性が高い。つまりカズは、1回振らせるためにわざと挑発的な目線を送ってきたのだ。

 狙いは二撃決着ではなく、『初撃で決着がつく状態を終わらせる』こと。思いつきで始まったケンカではなく、勝利への打算があったわけである。

 

「くっそ……ッ」

「ジェイドはもっと頭使わないと……ねっ!」

 

 発音を強くしたところでカズは左手を武器から離し、右腕の引きと同時に左の肘打ちを繰り出してきた。

 《体術》スキルの熟練度と、単純に高い筋力値が織りなす連続攻撃。

 カズと同じことをしても、剣速に優れる彼が相手ではジリ貧となり、このままでは結局ダメージレースで不利になる。《武器防御(パリィ)》スキルで防ぎきれなかった部分も(あわ)せて、俺はもう体力全体の3割ほどを少しずつ削り取られていたからだ。

 

「(チャンスはこれっきり……ッ)」

 

 俺は肘打ちに合わせてバックステップを踏み、左手を武器の柄から離すと命中箇所をいたわるように腹部に(かざ)した。

 

「ッ! ……今だ!!」

「甘ぇよッ!!」

 

 『隙あり』と判断したカズが不用意に一歩踏み出すのと、俺の左手の中でピックが赤く染まるのは同時だった。

 《投剣》専用ソードスキル、初級基本下手(したて)投げ《アンダーシュート》。

 野球のフォームで言うなら、アンダースローにも似た下段からの投擲(とうてき)だ。それをシステムに認定される境界部分ギリギリに近い予備動作(プレモーション)で完成させると、ほぼゼロ距離でスキルを解放。

 そしてゴシュンッ!! と、貫通(ピアース)属性のビックは予想(たが)わず首の中央に命中し、彼を仰け反らした。

 

「か、かは……っ!?」

「これでェええッ!!」

 

 ここに来てようやく俺の反撃が始まった。

 『気管支』がアバターに設定されていないこの世界では、首を押さえられても、剣で貫かれても、息ができなくて窒息することはない。

 だが俺がミンストレルの首を絞めた時、彼は実際に苦しそうにしていた。やはり人として喉元に攻撃されるということは『不快な麻痺』では済まない苦しさがある。

 現に喉の中で貫通継続ダメージを与え続けるピック1つを引き抜くのにも、彼は相当な精神力を要しているようだ。

 もちろん、この隙は逃さない。

 今度は俺が斬撃のラッシュを続けると、形勢は一気に逆転。次々と被ダメージ値が加算していき、体力ゲージもとうとうカズのそれを上回った。

 しかし、寸でのところで体勢を立て直す。

 

「いい加減くたばれってんだよォッ!!」

「そっちこそぉおおお!」

 

 早朝に響く乾いた斬撃音。

 俺が小学校に通っていた頃、姉とやっていたチャンバラごっことは次元が違う。9ヶ月間、死に物狂いでモンスターを殺しまくってきて、ようやく手に入れた剣捌きが今のこれだ。

 指導者がいたわけでもない。『型』に沿って練習したわけでも、剣道のように反復練習をしたわけでもない。きっと専門家が見たら失笑するような動きだったのだろう。

 それでも、俺は生き残るために最も効率がいい戦闘スタイルを日夜考え、そして実行に移してきた。倒すことだけに特化した自分なりの剣技を、1つしかない命を賭け金(ベット)に死ぬ気で修練してきたのである。

 俺が日本で過ごさなかった9ヶ月の賜物。

 それをぶつける。今この場において、やるべきことは俺の全力を出しきること!

 

「らぁァあアアああああッ!!」

「やアあああああッ!」

 

 ガチィンッ!! と大量の火花が舞う。当初の目的などとうの昔に忘れていた。そして俺達は加速する思考の中で互いに先を読み、ダミーを混ぜ、流れを作り、最後の一撃を叩き込もうとしていた。

 時間にして、ほんの数秒の世界。

 詰み将棋のようにルートを探し、とうとう見つけた。勝利への一本道を前に「いけるっ!」と、確かな手ごたえを得た。

 だがそう思った瞬間、間違いだったと理解する。バギギッ、と金属音が鼓膜を揺らすと、俺の縦斬りが半端な位置で中断されていることに気付いたからだ。

 

「なっ!?」

 

 大剣の(つば)の部分を、カズがの得物であるスタッフの(つか)で受け止めている。

 武器として脆い部分に攻撃を受けると、その武器が持つ《耐久値(デュラビリティ)》は一気に減衰する。場所によっては、ほんの1回か2回ほどで《武器消滅(アームロスト)》をしかねない。

 大切な武器を失うリスクは取るはずがない。そんな先入観があった。

 しかし冷静に考えてみれば、大剣の『鍔』の部分に攻撃力は設定されていない。

 剣を振りきる前に止めるという、口で言うほど簡単でない芸当を目の前に、俺は一瞬見入ってしまった。

 そしてそれが命取りになる。瞬間的に発生した硬直を利用して、カズが大剣の横腹を棍棒で殴り飛ばしたのだ。

 剣が手から放れることはなかったが、これにより俺は大きく体勢を崩してしまう。

 最後に迫るのは、勝利への確信か。

 

「僕だってぇええッ!!」

 

 咆哮が唸る。一瞬、俺は「避けきれない」と悟ってしまった。

 それこそ回避するには攻撃の軌道を、正確な位置情報まで把握していなければ……把握して……、

 

「(え……?)」

 

 ここにきて、およそ2ヶ月振りになる『あの感覚』が襲ってきたのだ。

 21層のボス戦以来の、未来の動きを視認する感覚。

 相手の筋力値が生み出す握力と腕力。

 それに伴い技が織りなす可能性の道。

 自分を倒すために、相手が選択するだろう有効的な攻撃箇所。

 それらが躱された場合、次なる一閃へ繋がれる攻撃と、その際の体の動きと各関節の駆動。

 それら全ての物理現象を加味した、予知にも似る圧倒的な全能感。

 その光景に対し、考えるより先に体が動いた。必中のはずだった武器は、首を軽く捻るだけで完璧に避けきり、顎の下から叩き上げようとした次段も完全に見切ってしまう。まるでドッヂボールでポジションを誘導された際、距離3メートルの位置から放たれた相手チームのボールを、2発連続で適当なジャンプで避けてしまったようなラッキー現象だった。

 

「なぁっ!?」

 

 不安定な姿勢で連撃を躱されて放心状態となっているカズに、俺はいち早く立ち直って両手の握りを強くした。

 

「おらあァああああああッ!!」

 

 しかし俺は容赦なく、回避ついでにカウンターを直撃させた。すると、対戦相手の体力が半減したことを知らせる鈴のような音が鳴り響いた。

 後に残るのは静かすぎる静寂と、互いの得物を振りきった状態で止まる2人のプレイヤー。

 

「ハァ……ハァ……勝った……のか……」

「ゼィ……負けた……僕が……」

 

 激闘は、あまりにも呆気ない結末で幕を下ろすことになった。

 

 

 

 それからたっぷり5分ほどがたち、それでもなお俺達は向かい合ったまま座り込んでいた。

 

「さすがだよジェイド、絶対取ったと思った。まさかあの状況からカウンターまで持っていかれるなんて……相当訓練したんだね」

「…………」

 

 だが俺は2つ返事では喜べなかった。

 俺は最後、どう考えても実力で勝利を掴み取ったとは言えないことをしたのだ。あんなズルみたいなことをしてまで、この戦いに勝ちたかったのかと自問してしまう。

 

「やっぱりさ……ジェイドは憧れだよ。僕だって必死でレベリングしてきたつもりだ。時間をかけてじっくりね。ステータスだけなら、もう引けを取らないはず。……けど、またあっさり負けちゃってさ。勝って君に渇を入れようと思っていたのに」

「違うんだルガ。これは……これは俺の実力じゃない。……俺はルガに負けたんだよ、あんなことしなきゃな……」

「あんなこと?」

 

 事態を飲み込めないカズはオウム返しで聞いてくる。

 そして俺が今までに体験したこと、1層、10層、21層の時、そして今回の戦いで味わった不思議な体験について、包み隠さず初めて他人に打ち明けた。

 カズは途中で何度か言いたいことがありそうな素振りを見せたが、結局は最後まで静かに俺の話を聞いていた。そして俺が全てを語り終えると、ゆっくりと話し出す。

 

「ちょっと、すぐには信じられないけど……僕はどうせいつものアレかと思ったよ。ほら昔よく言っていた厨二病的なアレ」

「オイ、いつも俺をそんな目で見ていたのか……」

「アハハ、冗談だよ。でもなんだろう……その話、僕どこかで聞いたような気がするよ。どこだったかな……」

「マジか。俺以外にもこれ体感した奴いたのか? ならぜひ話を聞きたいもんだ」

 

 だが答えのない答え探しに無意味さを感じ、この話題は一旦ここで打ち切ることにした。

 いつか原因を突き止められる奴に出会えるといいが。

 

「ところでさ、ジェイド。僕は1番重要なことの答えを聞いてないよ」

「…………」

「今度は黙ってたって駄目だからね。ほら、ちゃんとこっち向いて」

「わぁったよ……」

 

 お母さん気取りだろうか、こいつは。

 

「……やっぱ、ここで止まるわけにはいかねぇよな。攻略組はみんな乗り越えて……戦ってる。俺だけこれでリタイアなんて無責任っつーか」

「責任自体は誰にも問われないだろうけどね。今でも攻略に手を貸そうとしない人はいるし。……それでも、ジェイドにはいつも僕らの先を歩いていて欲しいよ。前会った時に言ったよね? 『生きることは死者に対する最大の敬意』って」

「ああ、そういや言ったな……」

 

 その言葉に偽りはない。ケイタにも同じことを言ってやった。

 いつからかは覚えていないが、死人の(あと)を追うことが、死んでいった者達への侮辱(ぶじょく)だと思えるようになったのだ。

 

「それでね、僕考えたんだ。じゃあ友達が死んじゃったからって、生きることだけに執着して、戦うことをやめる……ってことも敬意なのかなって。《はじまりの街》で何もせずに過ごすことが、本当にゲームオーバーになった人にできる最善の行動なのかなって」

「……それ、は……」

「うん、それは違うよね。もっと違う解釈をするべきだ。……何もかもやめるんじゃなくて、いなくなった人達からも何かを学び教訓にして、糧にして……その人の経験を役立てて、初めて『敬意』なんじゃないかって、そう思うんだ」

「ああ、ルガの言う通りだ……」

 

 カズの方がよっぽどか死んだ人達のことを考えていたのかもしれない。

 俺がその考えに至るまでに、いったいどれほどの時間を要し、どれほどの回り道をしてきたことか。

 

「だからさ、ジェイドがここで何もせずに座っていることが僕は許せないんだよ。あんな格好いいこと言った君が、ここで何もしないのは許せない……」

「そう、だな……」

「もっと見せてよ。君がレジスト・クレストの前で活躍する姿をさ。僕はもっと見たいよ」

「…………」

 

 そう言ってくれるだけで俺は救われた。

 俺は座ったままでも、少しだけ空を見上げながら言葉を紡いだ。

 

「ああクソ……ハハッ、そりゃそうだ。グダグダ言うより、やることやんねぇとな。これからもこのふざけたゲームを攻略して、さっさと解放してやんねぇと。今までの努力が水のアワだ」

「その意気だよジェイド。それに、そのための抵抗の紋章(レジスト・クレスト)なんだから!」

 

 カズが立ち上がって俺に手を差し伸べる。そして俺は、今度こそその手を握りしめて立ち上がった。

 俺にも挫折(ざせつ)した時、励ましてくれる仲間ができたことを噛みしめながら。

 

「行こう、ジェイド」

「おうよ、ルガ!」

 

 ケイタ、見ていろ。

 夢を夢で終わらせない。未達で終わったアンタの目標、代わりに俺がこの世界をぶち壊してやる。

 

 

 

 こうして激動の一夜は明け、俺とカズは朝日を背景に歩を進めた。

 俺もまた1歩前へ。この成長が、この世界全体の大きな躍進に繋がると信じて。

 

 

 

 


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