西暦2023年8月2日、浮遊城第35層。
季節のせいで熱帯樹林と化した森林フィールドの一角で、俺の所属するギルド《
剣戟によるSEと怒号、そしてモンスターの雄叫びが混ざり合う。
しかしとある理由から、最も大きな声を張り上げていたのは俺自身だった。
「スイッチ今! オイおっせーよ! ダメージ溜まった奴を引かせんなって。そんなんじゃソードスキルもあたんねぇぞー!」
幾度となく苛立たしげな声を上げながら、俺はしぶしぶモンスターにトドメを刺して仲間のミスを穴埋めする。
斬りながら頻繁に怒鳴りまくっているため、リアルならそろそろガラガラ声になってもおかしくないほどだ。
「ジェイドもあんまり怒らないでよ。僕らだって新しい指揮にまだ慣れきってないんだから、簡単に理想の戦いなんてできないよ」
「あァっ? 俺のせいだってのかよ!?」
「ま、まぁまぁ2人ともぉ……」
小さい陰が俺達を遮る。この高校生男子生徒の平均身長から、5センチ以上は低いだろう茶髪小僧はジェミルだ。主に飛び道具による支援を目的としていて、ギルド内でもサポートキャラに回っている。喧嘩仲介の意味でも有能である。
それにしても、カズと俺との暴言寸前の言い合いは、彼が介入することで事なきを得たが、ギスギスした雰囲気だけは続いている。
《
俺達はあの日、カズと俺が決闘した数十分後には完全にギルド加入への手続きも終え、過去のことは忘れてすぐに打ち解け合った。カズを見捨てたことも、ロムライルやジェミルが仲間外れにしようとしたことも、今となっては気にも留めていない。
ではなぜ、俺はカズと口喧嘩をしているのか。その理由は簡単なようで、そこに至るまでが少々ややこしい。
「あの~。オレがまたリーダーやれば済む話なんじゃ」
「そうだよ、やっぱりロムに任せようよ。そもそも、ジェイドにギルドを任せようとしたのが間違いだったんだ! どう考えてもリーダーに向いてないよ!」
「なっ……んの野郎、言わせておけば!」
『顔は怖くても低姿勢なロムライル』を無視して、再び口論になってしまう。
カズが言ったように、俺は一時的にロムライルに代わってレジクレのギルドリーダーを任されている。理由としては、俺がこのギルドに加盟してから1ヶ月間で
ギルド結成初日からロムライルは残りの2人を引っ張り頑張ってきたのだろう。それは重々承知していたし、当初は彼の行動方針に文句を付けなかった。
それに俺は、共に同じ道を歩く誰かがいるだけで感じたことのない安心感と、2度と手に入らないとまで思った楽しい時間を
ただし、それはずっと続くわけではない。
『なぁ、それムダじゃね〜?』
『絶対いらんってそのアイテム!』
『人が困ってるぅ!? 他人なんてほっとけよ!』
と、俺は事あるごとに文句を言い出したのだ。
俺には攻略組として長年蓄積してきたノウハウがある。チュートリアルが始まってからずっとソロでプレイしてきた者と、ギルドで支え合ってきたミドルゾーンの者達の見解の相違。
「じゃあジェイドがやってみなよ。文句ばっかり言って。ギルマスだってメンバーのこと考えて必死にやってるんだよ?」
と、カズに言い返されて感情任せに反論してしまった俺は、臨時でギルマスとして3人に指示を出し、改善の兆しに賭けたのだ。
そうこうあって頭を張ること1週間。35層フィールド《迷いの森》で、俺の指揮のもと行動していたわけである。
最初は順調だった。強引ではあったが遅れも取り戻した。しかし命令と並列した戦闘、またメンバーの状態を意識しながらの行動は想像以上に難しく、たちまちボロが出てしまったのだ。
メンバーはスパルタ式にバテてしまい、その度にカズが俺に注意してくる。そこへ売り言葉に買い言葉。いつまでたっても喧嘩が収まらないのが現状である。
実のところ、俺はこのうえなく焦っていた。
詳しいことはメンバーにも伏せているが、俺は密かに数人のプレイヤーと結託し、ケイタを殺したギルドの一員を捕らえる準備をしているのだ。
レジクレを個人的な復讐に巻き込みたくはないと思う一方で、だからこそ目標の達成には高いレベルや、優秀なプロパティを持つ武器が必要だった。
そのため、数日前に自前の大剣をレア物に新調したのだが、これも元を辿れば同じ経緯である。危険の回避をおもんぱかるあまり、それを本人達に説明できないことがもどかしい。
つらつら考えるものの、今は隊のリーダー。効率が悪いなら改善案を考えねばならない。
「(んん〜てか、単体で強い大ザル相手にすんのは失敗だったな。思考停止したいレベリングじゃ足引っ張るだけだ。うかつだった……)」
こういうところでも不慣れが
戦っていた相手は《ドランクエイプ》で、35層フィールドでは最強クラスの猿系モンスターだ。単体では『最強クラス』でも、複数現れれば『最強』のモンスター集団だ。
というのも、かの有名な戦闘技法、システム外スキル《スイッチ》を初めて実戦投入したモンスターである。連中には前衛と後衛という概念が存在し、非戦闘時には体力を回復してくる。《スイッチ》の応用、『PoTローテーション』だ。
よもや技術的に不可能な連携と思っていただけに、いよいよ狩りが惰性の延長ではできなくなってきている。
「んあ〜クソ。でもな、指示通りならこんな奴ら瞬殺できたんだよ。それがモタモタしてっからこーいうことに……」
「あのタイミングでスイッチは無理だよ! もっと早く言ってくれないと! ワンテンポずれるのは仕方ないでしょっ!?」
「あーハイハイまた俺のせいね。聞くだけは楽だよなぁ、俺のことなんて」
「お前らいい加減にしろッ!!」
ロムライルの、いつもとはまるで違う口調と音声を聞き、俺とカズは体をビクッとさせて言い合いを止める。
「……ハァ……あの~。怒鳴ったのは謝るけど、オレらはチームだ。このままじゃ話にならないから、リーダーはまたオレが引き受けるよ」
「……チッ。んでも言っちゃあなんだけど、もうちょい前のめりにやんないとこの先辛いぞ? このギルドは人がよすぎる。前線入りが予定より遅れた理由がよくわかったよ。この世界じゃ致命的だ」
俺はそう吐き捨てると、ギルド用の
しかし、大して期待せずに開いた俺だったが、そこには信じられないほど珍しいアイテムがあった。
「ん……えッ!? 《コリドー・クリスタル》って、マジでか!?」
俺の驚き様を見て他の3人もストレージを確認する。そして超レアアイテム、《
何層か前から存在自体は認知されている。がしかし、安価な《
その内容とは、あらかじめ指定しておいた場所と現在の場所を繋げ、集団で転移できる代物だ。
《転移結晶》にも似ているが、利点と欠点はきちんとある。
《転移結晶》は《圏内》に1人だけ飛ぶ効果。対してこちらは、あらかじめセットした場所なら、あらゆる場所から多人数が転移できる。ゆえに、即効性に欠ける点はデメリットだ。
オレンジ連中を投獄する場合、《特殊圏内》である《はじまりの街》の《黒鉄宮》奥の牢獄エリアに出口を設定しておけば、いつでも敵を飛ばすことができる。経費はかさむが効率面と確実性では軍配が上がる。
しかも《転移結晶》は効果を発動しきるまでの1~2秒間に攻撃を受けると不発に終わってしまう。それに対し、コリドーが作るプレイヤー転移用の光の輪は、いかなる攻撃によっても消滅しないのである。
今のところ唯一の多人数転移手段となっているため、主に大規模ギルドが躍起になって手に入れようとしているのだ。
当然、相場も相当に高い。売るなら売るで、レジクレの軍資金通帳に相当なプラス修正が入るほどに高い。
けれど俺は、この濃紺色のクリスタルを手放すことが、どうしても惜しいように感じてしまった。
「うわぁ、これってぇみんなで一斉に移動できるレア物でしょぉ? でも使い勝手悪いからねぇ……」
「ち、ちょっと待った!」
そばかす付きの茶髪っ子が余計なことを言う前に、手と声でそれを制す。これから手に入る確率などを考えても、やはり売り飛ばすのはもったいないからだ。
「なあ、俺らも集団行動してるわけだろ? 必要になる時が来るかもしれないし、ある意味究極の命綱だ。もうちょい考えてからでも」
「いや売っちゃおうよ。結晶アイテムに頼りすぎるのは良くない。……これは前、ジェイド自身が言ったことじゃん」
しかしそこで、したり顔のままカズが意地悪なことをしてくる。確かに俺は過去にそう提言したが、今は明らかに嫌がらせで俺と反対の意見を主張しているのだ。
「ルガてんめぇ、わざとだろ! イヤがらせのつもりか!? 他の結晶アイテムとコリドーはほぼ別モンだろうが!」
「それはジェイドの勝手な意見だよ! ここ最近はきみの武器のために沢山お金使ったし、少しは自重しなよ!」
「う……くっ……」
そう言われるとぐうの音も出ない。
前層で最高級の両手剣作成のために、俺はかなりのコルを使いたいとロムライルに申し出ことがある。一時は却下されたが、改めて俺がリーダーになってから、職権乱用に近い強引さで新しい武器を買ったことも事実だ。
しかし、俺にも言い分がある。
今まで散々意見することを我慢してきたし、金を多く使ったのもそれ1回きりだからだ。ソロから合流した時に最も金持ちだったのは俺だし、使用した量は総合的、相対的にもむしろメンバー内では少ない方だろう。
直近の浪費、過去に使用した量、この場でコリドーを手放すこと、全てが別問題だ。
「それとこれとは話は別だ! とにかく、最後のギルマス権限としてこれだけは売らない。ハイもう決定!」
俺は早口でそう言うと、持ち出されないように高速タップで《回廊結晶》をオブジェクト化し、俺はそれを自分のポーチに仕舞う。
だが当然のように反抗の嵐が俺に降りかかった。
「ちょっと! 自分勝手過ぎるよ! ロムもなんとか言ってよー!!」
「んん~……でも、一概に売るのがいいとも言えないし。まあ、最後の指示なら別にいいんじゃ……。頑張ってくれたし。それに、ジェイドだってまさか、それを自分のためだけには使わないでしょ? ならコリドーの使い道だけ気を付けてくれれば」
ロムライルは強気な発言を滅多にしない。ほとんど変わらないだろう年齢の割には、温厚な部類に入るだろう。されど彼の立場上、その特性のみでは欠陥だと言い切れる。
俺が苛ついていたのは、この遅々として話が進まないリーダーシップの欠如が原因でもあるのだ。
「ルガぁ、あんまり怒ると疲れちゃうよぉ。ロムもそう言ってるんだしぃ……」
「……ふんだ……」
ジェミルの説得でようやく収まったのか、それっきり
だが、知ったことではない。
誰だってストレスぐらい溜まる。互いにそれをぶつけ合い、俺だけ責められるのはお門違いである。それにリーダーを元に戻すなら、最後に少しぐらいワガママを言ってもいいではないか。
「(やっぱ俺は悪くねぇな。悪くないったら悪くない……だから謝らねぇぞ……)」
このやりとりを最後に喧嘩こそ途絶えたが、その後もギスギスしたままこの日は21時に狩りを終えた。
真夏の暑さにうんざりしながらも、ジェミルがアイテム欄から各種簡易調理セットをオブジェクト化。
そして手際よく火を起こすと、レトロなオーブンスタンドに鍋を立て、具材を切りながら料理を始めた。
「ああ、腹減ったな~。俺は規則正しい生活とかしてこなかったけど、やっぱ毎日3回食ってると決まった時間に腹って減るもんだな」
「もぉ、もっとしっかり食べなきゃぁ。ボクら育ち盛りなんだしぃ。ちょっと待ってねぇ、すぐ作っちゃうからぁ」
ジェミルは俺との会話を継続させながらも、休むことなくせっせと手を動かした。
ちなみに無頓着なのか、ジェミルは「ボク、母子家庭なんだぁ……」と、リアル情報をメンバー全員にバラしている。ゆえに自炊に近い状態が『向こう』でも続いているようで、レジクレの中で唯一《料理》スキルを獲得し、食に関しては彼に一任されている。彼を怒らせると食事にありつけないというわけだ。
そして最後にオブジェクト化したこは、袋詰めにされたなにかの
「ええ~またシチュー? こんなに暑いんだから、もっと冷たいのが良いなぁ……」
シャクだが今回ばかりはカズに同意だ。冷麺などは無いのだろうか。
「でもぉ、シチューは栄養を逃がさないしぃ、この人数だとレパートリーがねぇ。……ロムぅ、なにか料理できないのぉ? ジェイドでも良いけどぉ」
『いや、無理』
なにはともあれ、22層の森林区に生えている無料の野菜――私物なら失礼だが勝手に摘んできた――とショップ販売されている人参や白菜、最後にフィールドで狩った飛行MoBからのドロップ品、《ビッグパラキートの胸肉》、《ビッグパラキートのもも肉》が次々と切断され、鍋の中へ放り込まれていく。
ものの数分で調理は完了し、ホワイトシチューに似たドロドロとした物体ができ上がると、男4人でそれらを平らげた。
「んぐ……んぐ……ぷはぁ。やっぱ旨ぇな。熟練度上げてるとこんなの作れるのか。《料理》スキルとかバカにしてたけど、あながち捨てたものじゃねぇな……」
「へへぇ、でしょう? これがねぇ、簡略化されてるけど結構楽しくてねぇ。野菜の皮剥き不要にぃ、みじん切りもワンクリックだけどぉ、ぶっちゃけその辺は向こうだと面倒だったからねぇ」
そう言う彼もやはり誉められると嬉しいのか、頬を染めて少しだけはにかむ。野郎なのでドキッとはしない。
俺はスキルについて誉めたが、まさか今さら料理について勉強する気にはなれない。スロットの空きも限られているし、スキルを獲得するかどうかはもはや論外である。
「(役割分けられてるからこそ、こういうの取ってる余裕あるんだろうなぁ……)」
上がったばかりとは言え、俺のレベルは現時点で50。これは攻略組の中でも、数字だけを見るならさらに
この世界でのスキルスロットはレベル1の時点で2つ、さらにレベル6で3つに増え、レベル12で4つに増える。レベル20で5つに増えてからは10の倍数レベルでスロットが1つ追加される仕様になっている。
つまり俺のスキルスロットには今、8種類のスキルが名を連ねていることになる。
内訳は《
他人がどうかは知らないが、俺はこれらすべてを戦闘での使用を前提に獲得している。次の目標の《
だのに、俺がこのギルドに入った時には、3人が3人とも直接戦闘とは関わりの薄いスキルを得ていたのだ。
カズは《
これこそ『ギルド』最大の利点で、スキルごとの役割分担でもあるのだが。
「せっかくの安全地帯だし今日はここで寝てくか? もう22時回ってるし帰るのもアレだろうから……」
「あの~。それじゃあリーダー変更の手続きは……」
「あっ……あ~まぁ、それは明日やるってことで! んだよ、いいじゃねぇか寝袋4人分買ったんだし。今日使ってみようぜ!」
ガキのようにはしゃいでしまったが、距離的な概念よりも《迷いの森》ではその特殊なフィールド効果ゆえに帰るのは非常に困難なのだ。
それに、手に入れたアイテムを試してみたくなるのは、古今ゲーマーとしての自然な欲望である。
「じゃあそうしよっかぁ。……ふぁ……もう眠いしねぇ。今日はほとんど休憩もしてなかったしぃ」
「悪かったって。俺のペースじゃデフォなんだよ」
言い終える前に早速ジェミルが睡眠体制に入る。俺としては、まだ1時間ぐらい狩りを続けてもいいと思ったが、ここは言い出しっぺということもあるため、特に発言することなく横になった。
起床アラームを6時半に設定すると、かなり早い段階で睡魔に襲われそのまま俺は暗闇の中に落ちていった。
翌日。
起床アラームは設定した本人にしか聞こえないため、音もしないのにほぼ同時に3人の男が目覚めるという、なかなかシュールな光景をいつものように体験してから周りを見渡す。
そしてその結果、メンバーが1人欠けていることに気付いた。彼がいた場所には小さな箱が1つ置かれているだけだったのだ。
カズが、姿を眩ましていた。前触れもなく
「(カズ……?)」
彼はその日、いつまでたっても帰ってくることはなかった。