SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第5話 奇跡の代償は勇者への渇望

 西暦2022年12月5日、浮遊城第2層。

 

 アインクラッド第2層主街区、テーブルマウンテンを丸ごとくりぬいた盆地のような場所に《ウルバス》はあった。

 プレイヤーが出入りできるようになって2日目。俺は本層から新たに出現しだす頭だけ牛系の直立モンスター《クレータ・ウロス》を尻目に、少しだけ勾配(こうばい)のある丘から見渡す限りの平原フィールドを睥睨(へいげい)していた。

 ちなみにこいつは夜行性設定である。人型である以上、手には立派な得物もあるし、1種類だけではあるがソードスキルも発動してくる。おそらく昼間に湧出させる敵を4足の野牛モンスターに固定させ、夜間と出現パターンの区別をしているのだろう。さすがにまだ2層ということもあって、目で見てすぐ判断できる仕様なのは初心者にはありがたいはずだ。元テスターで敵の出現するエリアや時間帯を熟知する俺には何のメリットにもならないが。

 

「(あれから2日……)」

 

 MMOプレイヤーとは得てして嫉妬深いもので、テスター以外の人にとって、急激に強くなっていく俺達の姿はさぞかし妬ましく映っているはずである。

 そんな彼らが元テスターを侮蔑用語で呼び出す日はそんなに遠くはない……なんて呑気に考えていた訳だが、その日はもっと早く来るだろう。

 そう、《ビーター》と呼ばれる日が。

 《ビーター》なる言葉がなぜ侮蔑用語足り得るのか、そして生まれたのかは第1層が攻略された日を思い出すしかない。

 あの時、ワニのような顔をしたフロアボスこと《イルファング・ザ・コボルドロード》を倒した直後、プレイヤー達の歓声を遮る声があった。

 発言者はキバオウ。彼はリーダーが死んだ理由を問うて、そして彼自身がその問いに叫ぶように答えた。すなわち「βテスターのせいだ」と。

 キリトがボスの使う武器が《ノダチ》だと気付き「下がれ」と叫んだ時、特攻中のディアベルの耳には届かなかったが、付近に展開していたキバオウにはその声が聞こえていたのだ。

 そして彼は、情報との違いに早々に気付いたキリトを元テスターだと看破すると、続いて彼があらかじめそれを伝えなかったことを責めた。

 キリトや俺、それに他のテスター達はしかし、その情報をわざと隠していた訳ではない。作戦会議で出ていた情報に間違いはないと確信していたのだ。

 そもそもβテストの時と正式サービスの時ではボスの装備が変更されていて、ボス攻略の情報ブックもほとんどをテスターが発行していたため、先入観からボスの装備を《タルワール》だと勘違いするのは必然だった。

 もちろん、事情をすべて説明する時間はなかったし、元より彼らとて理解するつもりはないのだろう。言うまでもないが、キバオウの言葉はリーダーを崇拝していた一部のプレイヤーを始め、他の多くのプレイヤーの不満を爆発させるには事足りた。

 彼らは口々にテスターを罵り、キリトや他の見えないβテスターに向けて疑心暗鬼が生じていった。

 所詮は付け焼刃な友情を無理やり圧着させたような、ハリボテのナマクラ集団だ。リーダーが不在の時点であえなく崩壊するのが世の定め。

 俺がそう確信した時、今度はキリトが口を開いた。

 

「俺はβテストで何十層も攻略している。他の不出来なテスターと一緒にするな」

 

 彼はそう言った。それは、明らかに自分を陥れるためのものだった。

 無論、非難の対象はキリトに向かうことになる。そこで数々のプレイヤーが罵倒を浴びせる中で、キバオウの発した《ビーター》なる言葉が生まれたのだ。

 意味は《βテスター》と《チート》の合わせ造語。しかしキリトはそんなこともお構いなしに、彼らの負の感情、あるいは自分ファーストであるβテスター達の業を一身に受け止め、その場を去った。

 なぜそんなことをしたのか確信はないが、俺が思うにキリトはせっかく生まれた攻略パーティは失わせたくなかったのかもしれない。自分が完全にパーティと決別することになっても、必要悪になることを買って出たのだ。

 されど、残念ながらその時の彼は知らなかったのだろう。

 実は彼が部屋を後にしたその後、半分以上のプレイヤーがボス討伐パーティを抜けているということに。結局、最初のリーダーがいなくなる……つまり死んだ時点で、この結果は変えられなかったのかもしれない。これを予想していたディアベルは、だからこそ強いリーダーシップを継続させるために、無理にでもラストアタックを狙いに行ったと推測できる。

 責任が付くともれなく行動しなくなる群衆を前に、自分がそれを先導するリーダーであり続けるために。

 あのパーティが同じメンバーで、かつ再び協力し合って揃うことはもう無いはずだ。

 そして俺も再び独り。

 キリトがパーティを抜けた以上、やはり俺とアスナが仲良く2人でコンビ、なんてことは成り得ず、今に至るというわけだ。

 

「(人はそう簡単には変われねぇよな……)」

 

 かく言う俺も、1度覚えた甘い蜜を忘れられない。

 数刻(すうこく)だけこれまでの振る舞いを反省したた俺も、今では効率重視に再シフトし、弱小プレイヤーから金を巻き上げては、新しい武器や防具を購入している。これも『慣れ』の成せる技なのかもしれない。

 ボス戦で見せたアレは、所詮一時の気の迷いだと。

 あの時、空中で荒技を決めた俺はもういない。しかもあの瞬間でさえ、リスクを犯して人を救った人間だと思い込んでいたが、よく考えると実はそうではない。なぜなら俺には、自分の攻撃が絶対に当たると確信していたからだ。

 一瞬とは言え、敵の動きを完全に予測できた俺にあったのは、どう行動するかの選択だけ。実際は心の奥に根付いた原則に従って行動しただけである。

 

「(にしても……)」

 

 あの感覚は何だったのか。

 それだけは未だに謎である。

 システム外スキルには種類がある。例えばデュエル――ここで言う《デュエル》とはプレイヤー同士のタイマンの戦いのことだ――で散見される、アバターの剣の位置から次の動きを予測する《先読み》。『目』を持つ者の視線から攻撃の軌道を推測する《見切り》。有名なものだと、最適なフォームを保つことで、ソードスキルの加速アシストを最大限に引き出す《ブースト》など。

 先にも述べたように、俺はそれらの有用性を重んじている。むしろ、戦闘中なら常に意識しながら戦っていると言ってもいい。

 しかし、俺が感じた『アレ』はもっと一線を画するものだった。

 

「くそっ」

 

 ブンブンと両手剣を振り回しながら俺は悪態つく。

 『アレ』の感覚が戻らないのだ。アレはまるで、一瞬先の未来が視覚野に投影されたような感覚で、もしあの技法を常に自分の物にできるとしたら、絶対的なアドバンテージになることは明白だった。

 なんとしても手に入れたい。得られる戦力ならなんでも欲しい。あの力があれば俺は無敵だし、誰にだって勝てる。それなのに……、

 

「当たれよ、クソがッ!!」

 

 しかし剣は空振り。また攻撃が外れた。

 オランウータンのような頭に気味の悪い雄牛の面を取り付けたような、毛むくじゃらでフザけた外見を持つ類人猿共が、ステップを踏みながら嘲る様に俺の剣をすり抜けた。

 先が読めない。あのはっきりとした映像がやって来ない。一瞬だけ味をしめた英傑気取りの優越感を、一時の気の迷いにさせるつもりはない。

 1つの可能性が頭の中で膨らむのを感じる。人が意識的に引き起こすことのできない、神のような何かがこの世にもたらす存在、すなわち奇跡。運が良かっただけのラッキーマン。

 しかし、もしそうだったとしたら。そこに新たな《システム外スキル》なんてものすらなかったとしたら、俺はもう自分を誇ることなんてできない……、

 

「(嫌だ、いやだッ……イヤだッ!!)」

 

 またデタラメに剣を振る。もはや子供の駄々。

 しかしそんな思考は即座に中断された。モンスターの拳が鳩尾に入り、酸素が肺から吐き出されたからだ。

 せき込む俺は、同時にHPが《注意域(イエローゾーン)》にまで割り込んだ。

 

「ぐっ……い、いだろう……チョーシに乗ンなよ!」

 

 俺はそう言うと改めて柄を握り直す。

 もう見えない奇跡に頼るのはやめるしかない。このミノタウロスもどき共には早々に死んでもらうとしよう。

 俺は左足を大きく前進させ一気に距離を詰めた。

 両手用大剣が『突き』をイメージさせる位置で止まり、モンスター2匹が右に避けようとするのを確認すると剣身を起こし、両手が右肩の前に来るように構え直す。

 今までは攻撃範囲の狭い突き技を当てる練習をしていたのだ。その規則性を逆算し、敵のAIが勘違いを起こさせた。

 《ソードスキル》発動。俺の剣が紫に染まると肩の力を抜き、システムに乗っかる。

 すると両手剣は、俺の筋力値(STR)では出し得ないほどの速度で2匹に襲いかかった。

 

「らぁああッ!」

 

 剣身を後ろに倒し下から左上に向けての斬り上げ。

 続いて振り抜いた剣の速度を殺さず今度は左下から右上にかけて剣で斬り上げると、愛剣からザンザンッ、と気持ちのいい手応えが伝わってきた。

 《両手剣》専用ソードスキル、初級二連斬り上げ《ダブル・ラード》が2匹の《クレータ・ウロス》の残りのHPを余さずゼロにすると、直立の牛共はパリィンと音を立てて消えていく。《ミスリード》と《先読み》を併用した同時クリティカルだ。

 

「フッ……フッ……ふう……」

 

 サーチングのスキル圏内をチラ見して全滅を確認。

 剣を納めて時刻を見ると数字が22を回っていて、流石に拭いようのない疲労感を感じた。原因としては狩り疲れもあるが、1層で見た不思議な現象の再現という、明確な成果が出なかったことが1番大きいだろう。

 そのうち第2層のボス攻略が議論されるはずだが、今はそれすら眼中にない。このままでは単にレベルが15に上がっただけだ。

 

「(これじゃ意味ねぇんだよな……)」

 

 レベル1つ2つ程度のステータス強化なんて、今はどうでもよかった。

 だが、もう忘れよう。不安定なモノに頼るより2、3人βテスターらしき、もしくは最前線プレイヤーをつかまえて友達になるなり、フレンド登録なりして一緒に行動した方がはるかに安全だ。

 そう思う度に第1層ボス攻略の日、キリトが去り際にアスナに投げかけた言葉を思い出す。

 彼女が美人だったから声をかけたのかは知らないが、『君がギルドに誘われたら断らない方がいい。このゲーム、ソロでの攻略には絶対的な限界があるからな』と、確かキリトはこう言った。そして俺もこの意見には同意だった。

 ソロには限界があり、すでに多くのソロプレイヤーがこの事実を覚悟しているだろう。

 まだ大丈夫だ。がしかし、いつかは必ずその時が来る。8割地点か半分地点か、はたまた十数層でその時が来るかもしれない。それを思わせる良い例が今の二足牛系モンスターである。あいつ等のAIは基本高めの性能を備えているからだ。

 まだ拙速的な行動しかしてこない。たまに呼吸を合わせて同時攻撃をする程度である。だが階層が上がるにつれてより組織的な動きも見せるだろう。攻撃側と防御側を切り分けたり、連続攻撃をしてきたり、果ては《スイッチ》をしてくる可能性も無いとは言えない。

 攻撃力が高い、速度が速い、などの特徴より頭脳戦や毒、麻痺毒などの阻害効果(デバフ)攻撃を駆使するモンスターの方が、プレイヤーから警戒心を集めているのは気のせいではあるまい。

 

「(ああ……腹減った。少しで良いから食って寝よう……)」

 

 リアルで1日1〜2食の生活をしていただけに慣れたつもりだったが、仮想界では勝手が違うのか。

 この食欲不振は日に日にのしかかる危機感からだろう。

 もし俺が名を売るとしたら限界は10層まで、というチクチクとした焦燥。なぜなら、βテスターとしてのアドバンテージはそこまでしか利かないからだ。

 テスターにとってもそこから先は未知の世界であり、ならばそれまでに誰からも声をかけられなければ、この先ずっとソロでやっていく可能性が非常に高くなる。いくら何でも全てにおいて1人は無理だ。攻略も精神も……、

 

「(次のボス戦……ボス戦だ。そこでもう1度『アレ』をやれば周りの奴も俺の重要性に気付くだろう。……1回だけじゃ、みんなもわかり辛かっただろうしな)」

 

 こうして、最後まで未練の残る気持ちを抱えながら、俺はその日も狩りを終えた。

 

 

 

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