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本日は番外ですが次話より新章に入ります。
西暦2023年8月2日、浮遊城第35層。
真夏の深夜の森。もう30分もすれば日付が変わる。
「(ああ……ソロの夜は寂しいなぁ……)」
《迷いの森》フィールドの安全エリアで、ヒスイは心の中でそう独りごちた。
10ヶ月がたった今でも、例え何年かかっても、慣れることはないだろう。
1層《はじまりの街》でヒスイは1人の知人を見殺しにした。罪の意識が
どのギルドにも所属せず、それでいて誰にでも手を差し伸べ、下を向く者がいれば励ましの言葉を贈る。ジェイドはそれを『偽善活動』と
しかし、やはり
もっとも、ストレスに対して我慢するだけの日常ではない。寂しくなればアスナ、リズ、アルゴ、またはシリカ達とお泊まり会などをして、孤独に押しつぶされそうな問題は解決しつつある。アスナを除き、彼女たちもまたギルドに所属するのではなく、あくまでソロの立場でコミュニティを築いているからだろう。あれらのたくましい孤軍奮闘を見せられては、ヒスイとて弱音を飲み込むしかない。
しかし本日は誰ともアポを取っていない。すでに夜も深い。攻略組でもあるまいし、リズやシリカもきっと皆寝ているはずだ。アスナは……下手をしたら起きているかもしれないが。
「はぁ~……」
しかしアスナがこんな時間に起きていたのだとしたら、それは十中八九パワーレベリングだろう。団員が止めても強引に通しているのだから、ここで誘っても無駄である。
たっぷり息を吐いて溜息をつくと、ヒスイはやるせない気持ちになって目尻に涙が浮かべた。同時に『溜息は幸せを逃がす』というジンクスを思い出す。
「あたしもギルド入ろっかな……」
ついに独り言まで声に出た。久方ぶりの深い
なし崩し的にソロを続けた結果、同じくソロのはぐれ者や、あるいはギルドに所属しておきながら劣等感に苛まれる者、果ては前線を目指す数多のプレイヤーにとって、ヒスイが強烈なシンボルになった事実がある。
しかしヒスイ本人としては、好きで象徴をやっているわけではなかった。求められる役割に耐えてきただけであり、前線でのソロ活動の危険性を……つまり、いつか
自分を心から許せる時。それが今なのか、まだ先なのか、そもそもなにを持ってそうだと言いきれるのかはわからない。しかし多くの人に励まされ、支えられ、時には手を引いてもらっておいて、気持ちの上では前進なしというのも失礼な話である。
ギルドに入るとすればやはり《KoB》だが、1つ問題があるとすれば、過去に1度KoBからのお誘いを蹴っているという点である。
「(でも《軍》はもういないし、DDAなんて数えきれないほど断り続けてきた。としたら、やっぱり血盟騎士団になるのかなぁ……)」
かの有名なトップギルドとて男子……否、おじさん方も多いわけで、組織の実態が不透明だけに恐怖は残る。
潔癖症というわけではないが、ヒスイは8層の迷宮区で実際に乱暴されかけた身でもある。
半年たっているからか、暗い洞窟で気が動転していたから、あの時の3人組の顔はぼやけて思い出せない。心が拒絶反応を示しているのかもしれない。それでも、寒気の走るような恐怖心だけは
とそこで、エリアの死角から間近を通過するプレイヤーがいた。
「あっ……」
「え……?」
思い出に浸っていたヒスイは、注意力が散漫になっていた――安全エリアなので《索敵》スキルは切っている――ためか、プレイヤーの接近にまったく気付けなかった。
ほぼ隣とも言える距離から控えめな声が聞こえると、ヒスイは一気に警戒心を高めて勢い良く振り向いてしまった。そしてそこに立っている人を確認すると、既知の人物であることが判明し、ほんの少しだけ警戒を解く。
「えっと確か……あなたジェイドの友達さんよね? ……こんな時間に1人?」
こんな時間に1人なのはヒスイも同様であり、そもそも女性である時点で10倍は危ない。
しかしヒスイは、そういった『おま言う』を棚の上に置き、先に相手の事情を聞き出そうとした。
「あ、え~と……あの、そうです。1人です……」
そのまま彼はしどろもどろしながらも、どうにか反応した。まさか女性の先客がいるとは思っていなかったのだろう。
それにしても、ギルド所属者が単独行動。
驚き方から察するに、この場に来たのは偶然だろうが、それにしては意図が不明である。もう日付が変わる直前だというのに、強化モンスターの
「こんな時間に? この辺、1人でうろついていると最悪《ドランクエイプ》の集団を引っかけるわよ」
「あっはは……今日散々戦いましたよ。ジェイドと一緒に……」
「……ふーむ、なにかあったって顔ね。ギルドでいざこざ? ええっと……」
「あ、ルガトリオです。ルガでいいです。あの、一応確認しますけど、《反射剣》のヒスイさん……でいいんですよね?」
「……え、ええそうよ。《反射剣》はいらないけど。あとお互い敬語はやめにしない? その方が話しやすいと思うし。それで、ルガ君が1人でいる理由なんだけど……どう? あたしでよければ相談に乗るわ」
ヒスイがランプを灯していたので足場を確認できたのか、座れそうな場所を見つけて彼も腰を下ろす。そして開口一番で独断行動をしている理由を明かした。
「実はメンバーと……あ、て言うかジェイドなんだけど、まあケンカして。……別に最後の方はもうどうってことなかったんだけど、こっちも意地張っちゃって。なんだか近くにい過ぎると怖くなるんだ……」
「怖い?」
出会い頭にヒスイがジェイドの名を口にしたことからか、ルガトリオは彼を知っている前提で話を進めた。
話はまだ要点を得なかったが、あの短気男ならなにがあってもおかしくない、とヒスイは考えた。あいにく彼がすぐに怒鳴るタイプということは存分に心得ている。
「初めて会う人に相談するのもアレなんだけど……」
「気にしないで。あたし休憩中とか時間空くこともあるし、趣味で人生相談みたいなこともやってるから」
「へぇ~、それは意外だった。なんでそんな……」
「ん〜……幸か不幸か、ソロの象徴みたいになってるあたしからアレコレ助言もらうと、男子ってのはやる気になるみたいでさ。ホントわかりやすいよ」
「あっはは。ちょっとわかるかも」
「と、言うわけで。話してどーぞ」
そこまで助け船を出してようやく彼は意を決したのか、ここに至るまでの経緯を事細かに伝えた。
かくかくしかじか。
聞いたうえでそれらを要約すると、原因は単純だが、彼の心の中が少々複雑なことになっていることに気付いた。
「なるほどねぇ。ま、確かにそれはジェイドが悪いと思うわ。あの人そういうところあるよね~。血液型はBよ彼」
「あっはっは、確かに!」
血液型と性格が無関係なことはすでに立証されていることであるが、なんとなく民族特有のニュアンスで表現してみる。
まず判明したことは、ケンカ別れという表現に少し
良くある話とは言え、今時の男子では珍しい言い争いである。
「つまりジェイド自身も、ギルドに参加した安心感で調子づいちゃったわけね」
「まあ、言い方は悪くなるけど、そうなるのかな。僕も意地悪したんだけど……でも、これなら前のほうが、お互い上手くやれたんじゃないかなって。適度に会ってた時の方が……そんなこと考えてたら、衝動的に飛び出しちゃって……」
「でもギルド登録を抹消したわけじゃないでしょ? 隠れてたってすぐにバレちゃうわよ?」
「いや、それについては《永久保存トリンケット》に手紙を添えて置いてきたからいいんだ。遅くとも明日には戻ると思うよ……」
《永久保存トリンケット》。耐久値が一切減らない保存ボックスのことで、使い勝手に優れるアイテムのためか最大でも10センチ四方までしか作成できず、大きいアイテムは収納できない。せいぜい指輪やアクセサリーかその他の小物の携帯程度で、最大サイズならクリスタル1つぐらいは入るかもしれない。
そもそも作成はプレイヤーにしかできないうえに、専用スキルの熟練度は相当な高さを要求される。作成に時間もかかることから、ルガトリオ自身がスキルを高レベルで保持していなければ、購入額はずいぶん高額だったと伺える。
それにしても、攻略ボイコットにしては打算があるがゆえに重みがない。これでは子供が反抗期をこじらせたなんちゃって家出である。
「でもね、あんまり友達に心配かけちゃダメだよ? ルガ君の意見も、他のギルドメンバーの意見も、それぞれ思うところがあるはずだし」
「う……ん、まぁ」
ランプの光だけが、弱々しくもヒスイ達の顔を照らす。
そしてルガトリオの顔を見て判明したことは、彼自身も自分の行動に過失があったと認めているということだった。
「こんなの、いっぱい見てきたわ。……う~んそれじゃあね、1回思いっきりぶつかっちゃうのはどう? 男子らしくね」
「思い切りぶつかる……?」
「そ。剣でやりあうの。案外スカッとするものよ?」
「ええ!? オレンジになっちゃうよ!?」
「もちろん《圏内》でよ!」
フィールドでやり合う気になっていたルガトリオを制しながら言う。
「なんだ……まあ、そりゃそうだよね。でもより険悪にならない?」
「だ~いじょうぶだって、ジェイドったら単細胞だから。……ふふっ、ケンカもね、上手な仕方があるの。終わる頃にはなんで怒ってたのかも忘れちゃうわよ、きっと」
「えへへ、そうかも。……でも、なんだか悪いね。僕達の問題なのに、こんな遅くまで時間とらせちゃって」
「いいわそんなの。言ったでしょう、これもあたしの生き甲斐なのよ」
そこまで聞いてようやく罪悪感を拭い去れたのか、少しだけ落ち着いた表情をすると、ウトウトしていたルガトリオは今さらながら大きなあくびをした。
「あ……でもここは先にヒスイさんがいたから……」
「や、それはいいよ。あたしも諸事情あって、安全地帯じゃ寝ないって誓い立ててるから。ここでは仮眠もとらないわ。……寝袋とかある?」
「えっ……あ、うん。ある……から……」
日中に相当無理な狩りをしてきたのか、睡魔は一瞬で彼の体を浸食し、寝袋をオブジェクタイズした後はそこに潜り込んで、泥のように眠ってしまった。
「(ふふっ、無防備なんだから……。《安全地帯》で寝るのは危険ってワリと言いふらしたつもりだけど、みんな宿以外で寝ちゃうんだよねぇ)」
そう思いながらも、いつまでも寝顔を拝見するのは失礼と思い直し、出発の準備を整える。
夜間は一部のモンスターが凶暴化、あるいは行動パターンの変更などがあるので危険度は増すが、それ相応にプレイヤー側へ供給されるリソース……つまり、ドロップされるコルや経験値などが上がる時間帯でもある。
ソロプレイヤーとして自分のやりたい時に存分な狩りができる、という特性を本日ばかりは
「(幸せそうな顔だったなぁ。あ~なんか悔しい! こうなったら、この辺のモンスターを根こそぎ狩りまくってみんな出し抜いてやるっ!)」
悲しきかな、人は他者だけが幸せだと素直に喜べないものである。
しかしヒスイは内心、ルガトリオへ感謝すらしていた。彼が、ひいては彼らがいたからこそ、飢えた獣のようだったジェイドが人らしく過ごしているからだ。
目標があると人は変わる。彼は善良なギルドである《レジスト・クレスト》と行動を共にできるとわかった日から、来るべき日に向けてさらに温厚な性格に変化していった。
実は1ヶ月と少し前、ジェイドは
攻略こそ投げ出すことはなかったが、ギルドの方針を無視して場当たり的に復讐に駆られたこともある。1人でオレンジギルドのアジトや関係者を、それこそ《鼠のアルゴ》や《吟遊詩人》――ソロの男性情報屋ミンストレルの別名である――に頼み込んでまで血眼で探し回った。
しかし個人の力とは
悔しかっただろうし、仕返ししたかっただろう。しかしそれを達成したとして、単純な解決にはならない。なぜなら『犯罪者を殺す』ということは、『その場に新たな犯罪者を生む』ということでもあるからだ。
「(言い聞かせて彼を止めた。それができたのは、きっと彼らだけだったんだろうな……)」
だから今でも感謝している。
ジェイドの変化は、同様に怒り心頭だったキリトの行動にも波及した。彼もケイタ、ならびにギルド《月夜の黒猫団》を失い、相当落ち込んでいたらしいが、レジクレの行動は結果的に2人の心の緩衝材となった。
レジクレの温厚さは攻略組に向かないのかもしれない。だがだからこそ、一部の人は冷静さを取り戻した。
そしてジェイドの存在もまた、レジクレの面々に大きな影響を与えたという。
以前、『前線で戦う』以外の道を提案したことがあった。死なれるよりは《圏内》にいてくれと頼んだのだ。
しかし彼らは聞き入れなかった。自分達を助けたジェイドのように、他人を守れるよう強くなりたいと跳ね
正直、珍しい。それほどまでに、ヒスイが目撃した多くのプレイヤーの心は荒れ果てていた。誰も信用していない、自分だけが生き残ればそれでいい、と。それこそ出会ったころのジェイドのような
「(なんだかなぁ。そこは男子達が羨ましい。それに、ジェイドがちょっとだけ離れていったみたい……)」
彼らに嫉妬しているわけではない。ただヒスイが感じたことは、《血盟騎士団》への入団と同等か、あるいはそれ以上に彼ら《
ヒスイの本心であり、想い。
「(あたしも彼を変えられたのかな……)」
もしそうだとしたら、ようやくお互い様である。
25層の壮絶で
取り繕わないなら、ヒスイがレジクレに「仲間に入れてほしい」と言えないのは、
近すぎると、怖い。情けないことに、先ほどまでルガトリオが
「(でも、ソロをやるのには意味がある。あたしの言葉なんかで救われる人がいるなら……今やっていることを、やめるわけにはいかないわよね……)」
と、そこでモンスターとエンカウントしたため、一旦意識を現実に戻した。
しかし戦闘が始まっても集中力が戻ることはなく、トドメの一撃の際にオーバーキルをしてしまい無駄な
「ああ~、もう! 全部あのおバカさんがいけないんだからぁー!!」
汗をぬぐい、熱帯夜の空に叫ぶ。こうして本日は、いつもより少し長い狩りをしてしまうのだった。