SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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本日は番外ですが次話より新章に入ります。


アナザーロード6 率先垂範

 西暦2023年8月2日、浮遊城第35層。

 

 深夜の森。あと30分ほどで日付が変わる。

 

「(ああ……ソロの夜は寂しいなぁ……)」

 

 あたしは心の中でそう独りごちた。

 10ヶ月がたった今でも、例え何年かかっても、慣れることはないだろう。

 1層《はじまりの街》で、あたしは1人の知人を見殺しにした。あの夕暮れから今まで、どのギルドにも所属せず、かつなるべく多くの人が生き延びられるよう身を粉にしてきたつもりだ。

 しかし、やはり寂寥(せきりょう)感は紛れない。

 以前、あまりの寂しさに衝動的にアスナに一夜だけ共に過ごしてほしいと頼み込んだことがある。邪推されるような意味ではなく。

 今やかの有名なトップギルド、《血盟騎士団(Knights of the Blood)》こと《KoB》の、さらに『副団長』の地位まで登り詰めたお姫様に対して、「今夜貸して」と言われたのだから当のギルドはさあ大変だ。彼女は2つ返事で了承してくれたけれど、周りの団員までそうはならなかったようで「アスナ様と同じ寝室だと、おこがましいわ!」や「夜遊び? させるかぁああッ!!」といった猛反発を受け、一時騒然とさせてしまったことがある。

 アスナも「相手は同性だから!」と説得していたけれど、プライベート情報を守るためかあたしの名は出さず、曖昧な説得になってしまったがゆえの惨事である。

 最終的には団長にだけ話し、ようやく「ギルドの行動に支障がでなければ束縛はしない。好きにしていい」という許可を得て、久し振りに歳の近い女の子と夜遅くまで話し込み、楽しい夜を過ごしたのも今ではいい思い出だ。

 それからはあまりストレスに対して我慢しようとはせず、寂しくなったらリズやアルゴ、またシリカちゃん達と一緒の宿に泊まったりもして、問題自体は解決している。

 しかし今日みたく、夜も遅くなってから人を誘うわけにはいかない。攻略組でもあるまいし、リズやシリカちゃんもきっと皆寝てしまっているだろう。アスナも……彼女は下手をしたら起きているかもしれないが。

 

「はぁ~……」

 

 しかしアスナがこんな時間に起きていたのだとしたら、それは十中八九パワーレベリングだろう。団員が止めても強引に通しているのだから、ここで誘っても無駄である。

 なのでたっぷり息を吐いて溜息をつくと、やるせない気持ちになって目尻に涙が浮かんできた。

 ――あ、溜息は幸せを逃がすんだっけ?

 

「あたしもギルド入ろっかな……」

 

 ついに独り言まで声に出てしまった。

 なし崩し的にソロを続けてしまった結果、同じくソロのはぐれ者や、あるいはギルドに所属しておきながら劣等感に苛まれる者、果ては前線を目指す数多のプレイヤーにとって、あたしが強烈なシンボルになった自覚はある。

 けれどあたし自身、相当長い間耐え抜いてきたわけで、そろそろ自分にご褒美をあげてもいいのではないだろうか。

 自分を心から許せる時。それが今なのか、まだ先のことなのか、そもそも何を持ってそうだと言いきれるのかはわからない。しかし多くの人に励まされ、支えられ、時には手を引いてもらっておいて、気持ちの上では前へ進めませんというのも失礼な話である。

 1つ問題があるとすれば、過去に1度KoBからのお誘いを蹴っているのに、今さら加入希望を出してもすんなり受け入れてくれるかどうかというところか。

 

「(でも軍はもういないし、DDAなんて数えきれないほど断り続けてきた。としたら、やっぱり血盟騎士団になるのかなぁ……)」

 

 しかしかの有名なあのトップギルドとて男子……否、おじさん方も多いわけで、正直何をされるかわからない恐怖もある。

 潔癖症ではないが、あたしは8層の迷宮区で実際に乱暴されかけた身でもある。()りていないと思わせないためにも、『自分の身を自分で守ること』へ執着気味になることに、決してやり過ぎは無いはずだ。

 半年たっているからか、あの時の3人組の顔はぼやけて思い出せない。

 毎日無数のプレイヤーやNPCと出会って会話をしているわけだから、記憶が薄れるのは仕方ないのかもしれない。それでも寒気の走るような恐怖心だけは、傷痕として残っている。

 とそこで、エリアの死角から間近を通過するプレイヤーがいた。

 

「あっ……」

「え……?」

 

 思い出に浸っていたあたしは、注意力が散漫になっていたため――安全エリアなので《索敵》スキルは切っている――か、プレイヤーの接近にまったく気付けなかった。

 ほぼ隣とも言える距離から控えめな声が聞こえると、あたしは一気に警戒心を高めて勢い良く振り向いてしまった。そしてそこに立っている人を確認すると、既知の人物であることが判明し、ほんの少しだけ警戒を緩くする。

 

「ええっと確か……あ、そうよ。あなたジェイドの友達さんよね? ……こんな時間に1人でいるの?」

 

 こんな時間に1人なのはあたしも同じであるし、だいたい女性である時点であたしの方が10倍はアブナい。

 けれどその辺は棚の上にでも置いておいて、先に相手のことを聞き出そうとした。

 

「あ、え~と……あの、そうです。1人です……」

 

 そのまま彼はしどろもどろしながらも、何とか反応してくれた。おそらく先客がいるとは思っていなかったのだろう。しかも女性の。

 それにしても、ギルド所属者が1人。

 驚き方からしてあたしの所に来たのは偶然だろうけれど、それにしてはこんな深夜に単独行動する機会なんて滅多にないはずである。もう日付が変わる直前だというのに、強化モンスターの跋扈(ばっこ)する森フィールドの端っこに、彼はいったい何の用だろうか。

 

「どうしたの? この辺、1人でうろついていると最悪《ドランクエイプ》の集団を引っかけるわよ」

「あっはは……散々戦いましたよ。ジェイドと一緒に……」

「……ふーむ、何かあったって顔ね。ギルドでいざこざでも? ええっと……」

「あ、ルガトリオです。ルガでいいです。あの、一応確認しますけど、《反射剣》のヒスイさん……でいいんですよね?」

「……え、ええそうよ。《反射剣》はいらないけど。あとお互い敬語はやめにしない? その方が話しやすいと思うし。それで、ルガ君が1人でいる理由なんだけど……どう? あたしでよければ相談に乗るわ」

 

 あたしがランプを灯していたので足場を確認できたのか、座れそうな場所を見つけて彼も腰を下ろす。そして開口一番で独断行動をしている理由を明かした。

 

「実はメンバーと……あ、て言うかジェイドのことなんだけど、ケンカしちゃって。……別に最後の方はもうどうってこと無かったんだけど、なんだか近くにい過ぎると怖くなっちゃって……」

「怖い?」

 

 ソロ同士、あたしとジェイドが知り合い関係にあったことはすでに承知していたのか、彼はあたしがジェイドのことを知っている前提で話を進めた。

 ――まあ、あたしが出会い頭に彼の名前を出してるしね。

 あまり要点を得なかったが、あの短気男なら何があってもおかしくない。最近はズケズケと踏み込んでこないが、あいにく彼がすぐに怒鳴るタイプだということは存分に心得ている。

 

「何か初めて会う人に相談するのもアレなんだけど……」

「あ、気にしないで。あたし休憩中とか時間空くこともあるし、趣味で人生相談みたいなこともやってるから」

「へぇ~、それは意外だった。それも使命感みたいな……?」

「んーん。幸か不幸か、ソロの象徴みたいになってるあたしからアレコレ助言もらうと、男子ってのはやる気になっちゃうみたいでさ。ホントわかりやすいよ」

「あっはは。教会の懺悔室みたい」

「まあ、あたしのはモドキだけどね」

 

 そこまで助け船を出してようやく彼は意を決したのか、ここに至るまでの経緯を事細かにあたしに伝えてくれた。

 かくかくしかじか。

 聞いたうえでそれらを要約すると、原因自体は単純だというのに、彼の心の中が少々複雑なことになっていることに気付いた。

 

「なるほどねぇ。ま、確かにそれはジェイドが悪いと思うわ。あの人そういうところあるよね~。血液型はBよ彼」

「あっはっは、確かに!」

 

 血液型と性格が無関係なことはすでに立証されていることであるが、何となく民族特有のニュアンスで表現してみる。

 そんなことより彼らの関係のこと。まず判明したことは喧嘩別れという表現に少し語弊(ごへい)があったということだ。なぜなら、言い争いそのものはすでに解決していたからである。

 良くある話とは言え、今時の男の子がそんなこと考えるというのは珍しい。

 

「つまりジェイド自身も、ギルドに参加した安心感で調子づいちゃったわけね」

「まあ、言い方は悪くなるけど、そうなるのかな。僕も意地悪したんだけど……でも、これならもうしばらく会わなかった方が、お互い上手くやれたんじゃないかなって。適度に会ってた時の方が……そんなこと考えてたら、衝動的に飛び出しちゃって……」

「でもギルド登録を抹消したわけじゃないでしょ? 隠れてたってすぐにバレちゃうわよ?」

「いや、それについては《永久保存トリンケット》に、手紙を添えて置いてきたから元々心配ないんだ。遅くとも明日の夜には戻ると思うよ……」

 

 計画性はちょこっとだけあるみたいだけれど、なんだか重みがない。これでは子供が反抗期をこじらせたなんちゃって家出である。

 ちなみに《永久保存トリンケット》というのは『耐久値が一切減らない保存ボックス』のことで、もちろん使い勝手に優れるアイテムなためか、最大でも10センチ四方で大きい物は収納できない。活用法はせいぜい指輪やアクセサリーかその他の小物の携帯程度で、最大サイズならクリスタル1つぐらいは入るかもしれない。

 そもそも作成はプレイヤーにしかできない上に、しかも専用スキルの熟練度は相当な高さを要求される。ついでに時間もかかることから、ずいぶん高かっただろうと伺える。

 

「でもね、あんまりお友達に心配かけちゃダメだよ? ルガ君の意見も、他のギルドメンバーの意見も、それぞれに思うところがあるはずだし。それぞれが考えて言ってるわけでしょう?」

「う……ん、まぁ」

 

 ランプの光だけが、弱々しくもあたし達の顔を照らす。

 そして彼の顔を見て判明したことは、彼自身も自分の行動に過失があったと認めているということだった。

 

「結局はね、それは伝えきれてないってだけなのよ。そんな人達はいっぱい見てきたわ。……う~んそれじゃあね、1回思いっきりぶつかっちゃうのはどう? 男の子らしくね」

「ぶつかる……?」

「そ。剣でやりあうの。案外スカッとするものよ? だ~いじょうぶだって、ジェイドったら単細胞だから。……ふふっ、ケンカもね、上手な仕方があるの。終わる頃には何で怒ってたのかも忘れちゃうわよきっと」

「えへへ、そうかも。実は前にもやってるんだ。……でも、なんだか悪いね。僕達の問題なのにこんな遅くまで時間とらせちゃって」

「いいわそんなの。言ったでしょう、これもあたしの生き甲斐なのよ」

 

 そこまで聞いてようやく罪悪感を拭い去れたのか、少しだけ落ち着いた表情をして今さらながらに眠そうにうとうとしている。

 

「あ……でもここは先にヒスイさんがいたから……」

「や、それはいいわよ。あたしも諸事情あって、安全地帯じゃ寝ないって誓い立ててるから。ここでは仮眠もとらないわ。……寝袋とかある?」

「えっ……あ、うん。ある……から……」

 

 相当無理な狩りをしてきたのか、睡魔は一瞬で彼の体を浸食し、寝袋をオブジェクタイズした後はそこに潜り込んで、泥のように眠ってしまった。

 

「(ふふっ、無防備なんだから……。《安全地帯》で寝るのは危険ってワリと言いふらしたつもりだけど、みんな宿以外で寝ちゃうんだよねぇ)」

 

 そう思いながらも、いつまでも寝顔を拝見するのは失礼と思い直し、出発の準備を整える。

 夜間は一部のモンスターが凶暴化、あるいは行動パターンの変更などがあるので危険度は増すが、それ相応にプレイヤー側へ供給されるリソース……つまり、ドロップされるコルや経験値などが上がる時間帯でもある。

 ソロプレイヤーとして自分のやりたい時に存分な狩りができる、という特性を本日ばかりは遺憾なく発揮しよう。

 

「(幸せそうな顔だったなぁ。あ~なんか悔しい! こうなったら、この辺のモンスターを根こそぎ狩りまくってみんな出し抜いてやるっ!)」

 

 悲しきかな、人は他者だけが幸せだと素直に喜べないものである。

 しかしルガ君への感謝が大きいのもまた揺るぎない真実だった。彼らがいたからこそ、今のジェイドが普段通りに過ごせているからである。

 目標があると人は変わる。彼は善良なギルドである《レジスト・クレスト》と行動を共にできるとわかった日から、来るべき日に向けてさらに温厚な性格になっていった。

 実際に1ヶ月と少し前、ジェイドは途轍(とてつ)もなく荒れていた。『ケイタ』という名の知り合いを、目の前で殺されたかららしい。

 攻略こそ投げ出すことはなかったけれど、ギルドの方針を無視して場当たり的に復讐に駆られたこともある。1人でオレンジギルドのアジトや関係者を、それこそ《鼠のアルゴ》や《吟遊詩人》に頼み込んでまで血眼で探し回っていたらしい。

 ちなみに《吟遊詩人》というのはソロの男性情報屋ミンストレルさんの別名である。そもそも『ミンストレル』の和訳が『吟遊詩人』なわけだけど。

 しかし個人の力とは儚いものだ。捜せど捜せど本命を見つけることはできず、砂漠で砂金を探すような途方もない行為は、ルガ君達《レジクレ》が抑制剤となって終幕した。

 悔しかったのだろうし、仕返しもしたかったのだろう。しかしそれを達成したとして、単純な解決にはならない。なぜなら『犯罪者を殺す』ということは、『その場に新たな犯罪者を生む』ということでもあるからだ。

 

「(言い聞かせて彼を止めた。それができたのは、きっと彼らだけだったんだろうな……)」

 

 だから今でも感謝している。

 精神面で救われたからこそ、彼は同じ事をするキリト君の行動をもやめさせられていた。彼もケイタ君、ならびにギルド《月夜の黒猫団》を失い相当落ち込んでいたらしいけれど、レジクレの行動は結果的に2人の心も和らげたことになる。

 レジクレは攻略組に向かない性格なのかもしれない。だが彼らがいるからこそ、事実プレイヤーは冷静さを取り戻している。

 

「(なんだかなぁ。そんなところで器用になれる男子達が羨ましい。それに、ジェイドがちょっとだけ離れていったみたい……)」

 

 彼らに嫉妬しているわけではない。ただ思うのは、あたしが血盟騎士団に入団したいと願っているのは事実でも、その気持ちと同等か、あるいはそれ以上に彼らのギルドの仲間になりたいと感じたことだ。

 あたしの気持ちであり、あたしの想い。

 

「(何でだろ……)」

 

 唯一の前線にいる女性のアスナは血盟騎士団にいるというのに。それを踏まえた上で、あたしにとってその2択は両極なのだ。

 ジェイドはレジクレの面々に、『前線で戦う』以外の道を提案したことがあった。

 それでも彼らは聞き入れなかった。自分達を助けてくれたジェイドのように、人を守れるよう強くなりたいと跳ね除けた。

 正直、珍しい。それほどまでに、あたしが見てきた多くのプレイヤーの心は荒れ果てていた。誰も信用していない、自分だけが生き残ればそれでいい、と。それこそ初期のジェイドそのままの人達がこの世界にはごまんといる。

 

「(あたしも彼を変えられたのかな……)」

 

 もしそうなのだとしたら、ようやくお互い様になれたというものだ。

 それに25層の壮絶で凄惨な戦いがあった後、次のフロアまでのあの螺旋階段で彼と話してあたしは確信した。あたしは……彼に惚れている。彼のことが好き。目をつぶって想うほど、夜も眠れない。

 取り繕わないなら、あたしがレジクレに「仲間に入れてほしい」と言えないのは、(ひとえ)に彼に近づくのが怖いからだ。

 近すぎると、怖い。先ほどまでルガ君が(うれ)いていた感情がこだまする。情けないことに。あたしは人のことを偉そうに言えない。

 

「(でもあたしの言葉で救われる人がいるなら。……あたしは今やっていることを、やめるわけにはいかないわよね……)」

 

 と、そこでモンスターとエンカウントしたため、一旦意識を現実に戻した。

 しかし集中力不足のあまりオーバーキルをしてしまい、無駄な行動遅延(ディレイ)が課せられる。そこで初めて、あたしは普段の落ち着きがどこかへ行っていることに気づいた。

 

「ああ~、もう! 全部あのおバカさんがいけないんだからぁー!!」

 

 こうして本日は、いつもより少し長い狩りをしてしまうのだった。

 

 

 

 数日後。

 フロアボス討伐のための会議でレジクレの姿を見かけた時、そこにわだかまりは微塵も残っていなかった。どころか、初めからそんなものが無かったかのように4人で騒ぎ合っていて、実に仲の良さそうなものだった。

 

「(まったく……)」

 

 人騒がせな人達である。しかしだからこそ、彼らの生活は輝かしいと思う。

 あたしもいつかはあのように、誰か信ずる仲間と一緒に過ごしたいと思ってしまうほどに。

 

 

 

 


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