アグレッシブロード1 破壊者の愉悦(前編)
西暦2023年4月22日、浮遊城第20層。
最前線が5分の1地点へと移行してしばらくたつ。
20層主街区。
実際に虫系Mobを不得手とする人間には、昆虫が
そして
「(このぬくぬくとしたアホ面見てると、日本人特有の平和ボケもここに極まれりだな。とてもサバイバルしてるとは思えねェ……)」
『外』でプレイヤーを攻撃すると、いちいち街や村へ入れなくなる、この《
このインターバルがもどかしい。脅しでダメージを与えつつアイテムを強奪しているだけで、まだ本格的な殺しもしていない段階でこの仕打ち。しかし実際、このデメリットがあるせいで恒常的なオレンジ化は首を絞めることになる。毎度足止めされては、獲物探しも満足にできない。
「(……っと、グチってもしゃーない。ドロップ物はNPCに売り尽くしたし、さっさと買うモン買わねーと、まーた俺がキレられちまう)」
せっかくと言えば、せっかく獲物探しを停滞させてまで『ジョニー達』は揃ってグリーンに戻っていた。そしてオレンジプレイヤーは時間にシビア。この間に済ませておくべきタスクは山ほどある。
ジョニーはフィールドで戦うための必需品を
しかしそううまくはいかない。単純に《圏外》へ誘おうにも、ゲームオタク然としたプレイヤーは必ず警戒する。
そうこうしているうちに、手応えがないままNPCショップに到着してしまった。必需品を買い足し、装備も更新。酒屋では攻略情報なども売買されているため、NPCの店主からこれも購入。人から奪った金で時間を買うがごとき所業に、わずかに征服感を覚えた。
「(ん~?)」
そして、機嫌がよくなれば視野も広がるものだ。メインストリート奥のアクセサリー店から、非常に興味をそそる会話が聞こえてきた。
すり足で曲がり角の直前に立つ。お互いの姿は見えないまま、ジョニー息を殺して2つの音源に聞き耳をたてた。
「いや、きみは女性だからこんなこと頼めないし……」
「いいわよ、あたしもそれ受けようとしてたから。ただし、目的はクエストクリアだけ。それ以外のことは一切しないって約束できる?」
「も、もちろんさ! 約束するよ。いや〜助かった。19層の迷宮区って骸骨系が多いだろ? 実は僕の《ポールランス》みたいに『刺して攻撃する系』は効果が薄いんだ」
「ええ知ってるわ。ここの掲示板、そういう人の集まりだしね」
話の流れから察するに、一時的なペア攻略の交渉だろうか。1人は男性。もう1人が若い女の声ということはわかった。
女の方はだいたい予想がつく。おそらく前層から『二つ名』などが付けられてチヤホヤされている攻略組きっての女性ソロプレイヤーだろう。何があって最前線にいるのかは知る由もないが、想像はできる。群衆に持ち上げられることが嬉しくて仕方がない、いわゆるアイドル然とした現状に
そんな盗み聞き男の存在に気付く
「へへ、よかった。……あ、ごめん! 僕の要求ばかり。きみはなに狙い?」
「あぁ~と、ね……19層迷宮区の……クエストにさ。ち……ちょっとだけアレなモンスターがウロウロしている石碑ゾーンがあるの。それでね、希少鉱石を持ってきてって友達に頼まれてるのよ。そこまで一緒に来てくれないかしら?」
「石碑ゾーン、っていうと《異端者の石碑》クエかな? マップだとこの辺だよね。確かゾンビ系がいる。……あれ、武器的な相性はむしろよくない?」
「えぇ~と、まぁ……そうなんだけどね。ほら、事情があって」
「……もしかして、モンスターが怖いの?」
「こ、怖くないわよっ!? 怖くないわ! でも、どうせ行くなら一緒に片づけちゃって方が楽でしょ! ホントよ! っていうか、それ以上聞くなら一緒に行ってあげないから!!」
「ああっ、ごめんごめん。もう言わないから。……じゃあ改めて今日1日よろしく。僕の名前はカインズ。ヒスイさんでいい?」
「ええ。じゃあカインズ君、少しの間だけどよろしくね」
そして付け加えるなら、『19層』と言えば、主街区が移り変わったその日からジョニー達が根城にする
――つまり、飛んで火にいる餌発見というわけだ。
そうと決まれば話は早い。
「な~おめェらさ、《退路無き闘技場》のクエスト受けに行くンだよな?」
気の
突然の介入に驚いたようだが、ヒスイは冷静に表情を取り繕った。
「ええそうよ。でもタイミングが悪かったわね、あたし達は2人で行こうと……」
「そう言うなって、俺も困ってンだよ。あのクエストは参加者が複数いねェとフラグが立たないが、逆に上限はない。……1人戦力が増えるだけだ、悪くない話だろ? なァ頼むよ。どうしてもクリアしたい。力貸してくンねぇ?」
ジョニーは矢継ぎ早に言いたいことを言ったが、2人の表情はそれが悪手だったことを物語っていた。
ヒスイは髪をかき上げ、ジト目で反論した。
「ちょっといいかしら。あいさつもなしに、いきなり仲間に入れてくれ? それってかなり不躾じゃない? 頼むにも順序ってものがあるわ」
その年上を見下した態度に、「キィキィ
もっとも、あまり拍子抜けなら興が冷めるのも事実。
「わあったよ、失礼こいて悪かったな。俺はブラックってんだ」
ジョニーは当然のように偽名を名乗った。
プライベートを守ろうと、とっさについて出た嘘ではなく。
「見ての通り、寂しい独り身でね。クエスト受けるには誰か協力者が必要だ」
「ギルド参加は?」
「してたけど、先月メンバーが死んだ。んで、リーダーが解散だとよ」
「そ……そうだったの。ごめんなさい。じゃあ、他の友人はいないの?」
「ダチにも予定はある。まあ俺も金魚の糞だ。なんならこの際、コルはあんたらで分け合ってくれていいからさ」
「ん〜、とは言ってもねぇ……」
――ンだよ、まだ何かあるのか。
と、またしても口をつくところだった。ジョニーにこれ以上の交渉術はない。
「(クソ、《反射剣》サマはしぶといな。
ネゴシエーションとは、条件の突きつけ合いではない。タイミング、声のトーン、ちょっとした仕草、
ゆえに原因がわからないまま、誘致失敗を
「ええっと、ブラックさん? 失礼ですが、レベルは安全圏でしょうか? 今日にでもこの層は攻略されそうですが、そうはいっても最前線の1個下。攻略組でもなければ十分危険ですから……」
「あァん? 俺は元攻略組だ。レベルだけなら余裕で1人でもできる。受注条件だけが厄介なンだよ」
そこまで言ったところで、今度はヒスイが大きな溜め息をついた。それはまるで、ジョニー達のやり取りを見て呆れているかのようだった。
ジョニーにとってそれはこの上ない侮辱であり、許されざる蛮行だったが、続いて出た言葉に黙る他なかった。
「ハァ……もういいわ、じゃあこの3人で《退路なき闘技場》クエを受けましょう。でもあたしからも条件があるわ」
「あァ、そこで聞いてたよ。《異端者の石碑》クエだろ? つうか何で今になって? いや渋られるよりマシだけどよ」
「……あたしは、カインズ君と2人で、って話をしたの。直後に人が増えたら、その『3人目』がグルだった、とも考えられるでしょ? 2人より1人で話しかけた方が警戒されないし」
「あ~なるほどぉ……」
とはカインズとやらの感想。
しかし、言われてハッとしたのはジョニーも同じだった。ジョニーに処世術を指導した男も、これを予見したからこそ先走らないように先手を打ったと想像できる。
「あのクエストは1人では受けられないから、最初の人と協同作業になるのはお互いの利点よ。でも、それを利用して続けざまに同じ申し出をすると、あたしは2人目を断り辛い。あとは迷宮区に入り次第、いかがわしいことをしようって作戦ね」
ここでカインズが「ブフゥッ!?」と吹いていたが、ジョニーは無視して考察する。
ヒスイの主張はもっともだ。というより、普通そう考えるはずである。その場合、最初に話しかけた者同士が初対面を取り繕おうとするだろう。無論、初めから知人同士なら、その者達でクエストを受ければ済む話となる。
「(なるほど、勉強になった。今回ばかりは失態を認めるか)」
「でもブラック君ってさ、話し方見てると、そんな器用なことはできなさそうって思ったから」
「(あ~キレた。やっぱ殺さねーと気が済まねェぞこの女ァ)」
「だから何となく、2人組であたしを騙そうとしてるんじゃないかって線は外れた気がしたの。ついでに、カインズ君の反応で確信に変わったけど」
「い、いやぁ……それほどでも」
――褒めてねぇんだよ、このどアホ野郎が。
と、またしても殴りかかりそうになった。
しかしジョニーもあまり人のことを言えない。確かに今回は2人組ではなく、ジョニーの単独犯。この読み違いから話はトントン拍子に進んだが、それは単に運が良かったからに他ならない。絶対悪を世に轟かす目的の組織員としては情けない話である。
「ま、理由はわかった。けどこれで疑いは晴れたってことでいいンだよな?」
「あとはあたしがアイテムを採集する時間に、あなたが戦闘につき合ってくれるなら……そうね、問題ないわ」
「オッケーオッケー。確かリザルト付きで受注できる専用クエストでも採集系はあったが、それは1人じゃ行かないんだよな?」
「え、ええそうよ。みんなで行った方が効率も……」
「まあ、理由も聞いてたんだけどな。ようは1人じゃ怖ぇんだろ?」
「な……なっ……!? なに勝手に聞いてるのよぉッ!!」
取り繕いが失敗し顔を真っ赤に染めたヒスイの声だけが、17時過ぎの夕暮れに響き渡るのだった。
それから1時間ほどが経過し、ジョニー達は当初の計画通り19層へ降りてフィールドへと歩を進めると、早速
迷宮区への過程でモンスターと2桁回数におよぶほどエンカウントしたが、別段障害にもならずに突破。破竹の勢いで迷宮区へと進入。迷宮区モンスターは強力だが、たっぷりと蓄えたレベルマージンを相殺するには至らない。という事情の元、ヒスイの要件はあっという間に終了。
だが戦闘がまったく障害にならなかったのは、圧倒的なレベル差があったからで、戦いぶりは全員が満点とはいかない。主にヒスイ1人が足手まといだった。
「くっ……なによぅ。笑えばいいじゃない! そうよ、リビングデッド系は生理的にムリなの! でも仕方ないでしょう!? だいたいここはもう前線じゃないんだから、あたしのモチベーション低いのよっ! それに立ち聞きするような人にとやかく言われたくないわっ!」
「まぁまぁヒスイさん、僕は女の子らしくて可愛いと思うよ」
終いには逆ギレだ。カインズが仲介役として女をなだめるが、ジョニーは茶番に付き合うつもりはなかった。
もっとも、それは根暗な性格だからではない。水面下で
たかだか目的地までのお守りが、まさかこれほどの重労働になるとは想定していなかったが、間近に控えるショーがジョニーの忍耐力を向上させていた。
「(ま、やるこたやった。あとはヘッドが配置についてくれてるだろう。楽勝なクエスト様々だな。あァ、ショーが楽しみだぜ……)」
《退路なき闘技場》。このクエストは複数人用に設定されていることをいいことに、それ相応のギミックも施されている。
まず、クリア条件のメインはアリーナ状のステージでの戦闘である。しかし場を整えるのはプレイヤーの仕事。
入り口に左右対象に取り付けられた大扉開閉用の取手を同時に回し、歯車をほぼ同速度で回転させなければ扉は閉じないのだ。
扉を閉じなければクエストも発生しない。取手間は数メートルと距離があるため、否が応でも複数人で挑む必要があるという次第である。
「……おう着いたぜ。カインズは左側やれよ」
「うん、わかった」
とうとう迷宮区11階のエリアに到達。カインズも黙々と作業に入った。
門は初めこそ開いているが、個人で進入してもイベントは発生しない。ジョニー達のように決められた手順を踏んだうえで、改めて自ら密閉空間を作り出すしかないのだ。
クエストのストーリーは、ある悪趣味な富豪が、人と化物が殺し合うショーを見たいと駄々をコネるところから始まる。
そしてその側近が主の願いを叶えるために『拳闘士』を集めだす。プレイヤーは奴隷並に扱いの酷い拳闘士役を担い、闘技場へ呼び寄せられる。逃げ場の無い状態でモンスターと戦い、これを全滅させればクエスト完了である。
成功報酬は武器素材と大量のコル。最後には連中が飼っている中ボスも
強いて言うとクエスト内容が不可解、を通り越して不愉快といったところか。
とにかくタチが悪い。作成したスタッフの気が知れない。19層では他にも《腐敗髑髏の奉納》、《大食らいの死者討伐》、《首無し騎士団殲滅戦》、《毒沼掃除》、《骸骨パズルの脱出劇》など、名前を聞いただけでやる気の削がれるようなクエストがところ狭しに立ち並び、受注者を待っている。
もちろん、茅場晶彦がすべてを作り上げたわけではない。その多くはゲーム制作スタッフの努力があってこそだろう。
完成品に目を通していないことはないだろうが、だからこそ「よくこんなクエストが審査を通ったものだ」と感心する。
「(っと、くだらねぇこと考えてねぇで……)」
「ふ~……やっと閉じた」
「そうね。初めて受注したけど、こういうのって時間とられて面倒よね」
硬い石材構造の床を踏みしめながら、ヒスイは手伝ってもいないのにまるで協力し合ったかのような物言いだった。
そして改めてフィールドを見渡すと、足場の形状は半球で、その直径は約40メートル。さらに端から中心に向けて5メートルまでは無数の穴があいており、段差で仕分けられている。
「(いや、今はもうどうでもいい。ヒヒッ、もうすぐだ……)……始まるぞ」
「……ええ。NPCの話が終わったら、すぐに集団戦よ」
左官の健闘宣言を聞かされながら肯定しつつも、ヒスイはクエスト以外に何かが同時進行していると感じたのか、不安な顔を向けてくる。
その鋭さに、ジョニーは湧き立った。彼女のそれは勘違いではない。実に警戒心の高い美味そうな獲物である。カインズとやらは相変わらず緊張感が感じられないが、ゆえにこの状況は最高のシチュエーションとなった。
「あっ!」
そのカインズが驚いたような声を上げた。
体全体を振動させる音と共に無数の穴があいていた地面、つまり端から周囲5メートルまでが地の底へ沈んでいくのが見えたのだ。その深さは現在1メートル。2メートル。まだ沈む。
そしてとうとう現れる。最初から設置されていたのだろう長細い槍が、びっしり空けられていた穴から顔を覗かせたのだ。目算で50センチおきには禍々しい槍がそびえ立っている。地面はまだ沈み続け、果ては20メートルほども下に沈んでからようやく止まった。
「外周から落ちたら大変だね。みんな気を付けて……」
「ああ。つまりショータイム、ってわけだ」
「ショータイム?」と首を傾げるカインズ。どうやら俺の遠回しな言い方に理解が追いついていないようだ。
「ヒ……ヒヒヒッ、そうだ。楽しい楽しいショータイム。下を見てみなカインズ。俺の言っている意味がわかるぜ」
実際には何もない。誰もが想像する通り、今や直径30メートル程にまで縮んだ円形フィールドから足を滑らしたら、下に設置された槍に全身を串刺しにされるだけだ。過去の奴隷達が富裕層を喜ばせる義務を放棄しないよう、背を向けるものにペナルティを与えようと細工したのだとか。
だがカインズは無能にも好奇心に従い、言われるままに外周寸前まで近づいて下をのぞき込んだ。
無能だ。無能すぎる。
「んん……なにもないよ?」
「うっせぇよ、消えなァッ!!」
ジョニーはダメージが入らない程度の力加減で、カインズの背中を押そうとした。
だがその直前、カインズは腕を逃れるようにひらりと身を躱し距離をとってしまったのだ。
「なにッ!?」と、今度はジョニーが驚愕する番だった。完全に不意をついてのアクションだったはず。意図に気付いてから回避など……、
「(いや、そういうことか……)……ケケケ、ハッハッハぁ! なァ~んだてめェら、ちゃんと気づいてたのか!! 泳がせたなァ!?」
こりゃあ、やられた。と、ジョニーは
カインズ、ヒスイは『気付いていないフリ』をしていたのだ。その証拠に今や彼らの顔には余裕の笑みさえある。
「そうさ、きみのことは初めからマークさせてもらったよ。風貌も怪しかったし、僕らもそう簡単には騙されないさ。きみはここで……」
「カインズ君っ!!」
しかし会話の途中でヒスイが叫んだ。
カインズの後ろから、非金属装備装着時のみ使用できる《
だが思考が追いついていないカインズは、動くどころか停止しているかのように、ある種無抵抗なままあっさりと外周から落ちていった。
「うっ、うわあぁあぁああああっ!? ガぁあッ!!」
直後にはグシャァアッ、と何本かの槍が人体を貫通した音が鼓膜に届く。相変わらず良いメロディだ。
「カインズ君!? あなたなんてことをッ!! それに、そもそもどこから……ッ!?」
もっともな疑問である。ここは閉鎖空間。
「Hello、お嬢さん。直前とは言え、よくハイドを
外周から落ちる寸前の位置に、その男は立っていた。
作戦を見抜かれるミスはあったが、あらかた軌道に乗った。あとはジョニー達のフィールド。プレイヤー全員に与えられたら平等な権利、『殺し』を存分に楽しむだけ。
唯一、ジョニーが楽しめる物を提供してくれる崇拝者と。
唯一、ジョニーが心から面白い人間だと感じた愉快犯と。
唯一、ジョニーが認めるイかれた思考を秘める犯罪者と。
始まる。最高の『遊び』が。最高のステージが。
「イッツ、ショウタイムだ。楽しもうぜジョニー、そしてそこのお嬢さんもなァ」
女の戦慄した顔だけが、ジョニーの心底を快楽に染めあげた。